東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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第五十一話「蓮一・改」

 

 

「――うおおおおおおおお!」

「うわ!? なんだ、こいつ!? レーダーにはこの辺りに選手はいない筈!?」

 

 突然、目の前の茂みから突進してくる蓮一に混乱する相手をなぎ倒すのは容易いことであった。

 特にこれと言った苦戦もなく、三十秒ほどで有効打を六発当てると、二つの星を残して相手はワープしていった。

 

「おし! 奇襲成功だべな!」

「ああ、これでいくつ集まった?」

「合わせて12個だぁ。二人で分けると6個ずつになんなぁ」

 

 今の所、五右衛門の立てた作戦に従い、蓮一達は順調に星を回収していた。

 レーダーを見て、近隣に相手選手がいない、もしくは他の選手と距離が離れている、所謂孤立した相手を狙い撃つ。

 基本的には蓮一が先制して突撃し、苦戦を強いられるようであれば五右衛門が死角からの不意打ちにかってでるという手順である。

 しかし、今の所は蓮一の実力を前にして敵になる相手とは巡り合っていない。

 それもその筈だろう。予選開始からかれこれ六時間が経過し、星の数も大きく差がついて来た。

 そうなると、星が少なくなった選手はここで一度保守的な姿勢になってしまう。星を失った選手達は最初こそ奪われた星を取り戻すために奮起するものだが、時間が経って精神的な疲労が見え始めると、がむしゃらに戦いを挑みにいくことを避ける。

 星を多く持っているということはそれだけで強者である証。無理にその猛者を相手取るよりも自分と同じ位の星の個数の者。つまりは弱い者を狙うようになる。

 そうすると、自然と体勢を立て直すため、一旦密集地から離れ、孤立するように動くようになる。そういう、『逃げ』に走った弱い選手を五右衛門は狙い撃っているのだ。

 

「さて、次はどうする?」

「……次からは、少し強い奴を狙い撃たせてもらうべ」

 

 端末を睨みながら、五右衛門は蓮一にそう告げた。何やら穏やかでない空気が蓮一にまで伝わってくる。

 

「どうかしたのか?」

「このアイリスって奴がすんげぇ勢いで星を奪い取っているべ。今更新されたレーダーを見ても流石に0はふえてねぇけんど、反応が小さい奴ばかりだぁ。ランキングにも1個しか星がねぇ奴が数人出て来てる。この中から2個以上持ってる奴を特定したうえで狙い撃つと手間と時間がかかり過ぎるべ」

「アイリスか……!」

 

 おそらくは彼女の操る数多の人形達が島の各地で暴れているのだろう。蓮一は依然としてアリスのいいようにされている現状に歯軋りする。

 しかし、星は確実に2個以上持っている者でないと狙わないと五右衛門と相談して決めた。

 何故なら、今集めている星は最終的には蓮一と五右衛門で山分けするからだ。その時に奇数個ではなにかと揉める。

 

「まぁ、逆に言えばランキングのボーダーが下がったって意味でもあんだ。見てみろ、今の12位。星11個だけだべ」

 

 五右衛門に促されて蓮一も端末のランキングを見ると、半分以上が開始時からマイナス収支の選手ばかりで、星を十個維持しているだけでも相当上の順位に食い込めるようであった。

 図らずも一位のアリスが人形を使い、弱い者から星を奪い取っているためである。アリスの人形よりも戦闘力がない者は自然と星を失っていく。アリスによる弱者と強者の選別ともいえる状況が起こっているのであった。

 

(ん? 岩流さんと武村が同率で二位か。星の数ではアリスに差をつけられているけど流石にあの人達はそうそう負けないか)

「ま、おらとおめぇだったら少し強いくらいの相手にゃ負けねぇ。安心していいべ。取り敢えず、今取った星、さっさと寄こすべ」

「ん、ほら」

 

 蓮一はさっきの選手から取った星二つの内、一つを五右衛門に投げ渡し、もう一つを自分の腰についた革袋の中に入れた。

 グローブに星を付けてしまうとレーダーに引っかかってしまうため、こうして革袋に入れて保管しているのである。

 

「うし、そんじゃここから一番近ぇ奴のとこにいくぞ。そろそろ日が暮れ始めるべ。急ぐぞ!」

「おう!」

 

 端末を片手に、五右衛門のナビゲートに従い、蓮一は駆ける。

 

 

「――名は?」

「明羅、という。人里の一刀流剣術道場師範、岩流殿とお見受けするが、相違ないか?」

「如何にも」

 

 背後を巨大な滝が流れる大きな河原。そこで岩流と明羅、二人の剣士が相対していた。

 

「この時を待ちわびたよ。あなたの師、一刀斎殿の噂は私の耳にもよく入って来たからな。剣聖とまで謳われたかの一刀斎殿が自身の剣を託した剣士。一度手合せしたいと思っていたのだ」

「私に師匠程の技量があるかは怪しいが、望みとあらば相手になろう」

 

 好戦的な笑みを浮かべる明羅に対し、岩流はゆっくりと背中に背負っていた木刀を引き抜き、構えた。

 

「参る!」

 

 先制は明羅。間合いを詰めると同時に木刀を横に振り抜き、斬撃に突進の推進力を加算している。

 それに対し、岩流は一見して防御といった行動はとらない。

 むしろ、木刀の軌道上にある脇腹をさらに曝け出すかのように腕をさらに上げ、構えを上段に動かす。

 そこまではかわり映えのない、むしろ悠長なほどにゆったりとした挙動であった。

 が、その直後。

 

「――――ッ!?」

 

 まるで、その場に隕石でも落ちてきたかのようなすざましい轟音と共に、岩流と明羅の間に激しい砂埃が舞い散った。

 先に砂埃の中から飛び退くようにして姿を現したのは明羅である。額に大量の汗を噴出しながら、これでもかというまでに間合いを取る。

 それはいささか、剣士同士の闘いで取られるような距離ではない。

 

「ほう、寸前で強引に飛び退いたか。良い、反応だな」

 

 砂煙の中から岩流の声が響くと同時に、木刀を振り抜いたことにより起こした風で砂煙が一気に晴れる。

 足元を見れば、明羅が踏み込むつもりであった地点は、大きく抉られ、敷き詰められていた小石は吹き飛ばされるどころか、そのまま叩き潰されて粉微塵と化していた。

 あと一歩、飛び退くのが遅かったら。そう考えて明羅は顔を青ざめさせた。

 

「その木刀……一体、どれだけの重さがある……?」

「これか? 何、精々、大の男一人分程度のものだ」

 

 そう言って、重さなど感じぬかのように振り回して見せるそれは明羅としては想像を絶する重量であった。

 精々、刀の中でも巨大で重い大太刀すら8kg程度。だというのに、目の前の岩流という剣士は大の男一人分と言った。それはもう60kgを超えるということである。

 とても、剣として扱えるだけの重量を超えてしまっている。

 何故岩流が木刀をわざわざ背負って帯刀していたのかを明羅はここで理解した。

 

「はは、面白いな、岩流。想像以上だ……!」

 

 一合も打ち合わないままに圧倒的な攻撃力の差を見せつけられつつも、明羅は笑って見せる。

 ただ、対する岩流は対照的に詰まらなさそうな表情で彼女を見ていた。

 

「お主も、この程度の攻撃を避けてしまうのか」

「何?」

「今の剣戟は切落と言ってな。一刀流の中でも基本的な型なのだ。今の一撃など技としての名も持たぬ『素振り』と同程度のもの。そんなものでここまで警戒されては、流石に興が削がれるぞ」

「心配するな。その余裕、すぐに奪い去ってくれる」

 

 そう言うと、明羅は居合のように腰を沈め、木刀を腰に差すようにして構えを取る。

 しかし、開き過ぎた間合いは踏み込みで埋めるにはあまりにも遠すぎる。

 

「どうした? 間合いに入らねば私は斬れぬぞ? それとも私から行くか?」

 

 一向に間合いを詰めようとしない明羅にゆっくりと近づきながら、岩流は再び上段の構えを取る。

 さっきと同じ、切落の構えであった。

 しかし、明羅は不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「何を言っている? そこは、もう私の間合いだぞ?」

「む!?」

 

 その直後、明羅が剣を横に振り抜く。

 空気を斬っただけにしか見えない、その剣の軌跡は次の瞬間、白い閃光となって、目の前の岩流に向けてまるで視認できるかまいたちのように迫って来た。

 岩流は慌てて防御の体勢に入るが、その剣閃の威力にあえなく吹き飛ばされることになる。

 

「私の剣に間合いは無い。敢えて言うならば私の認識する世界全てが私の間合いと知れ」

「……ほう、斬撃を剣閃として飛ばす。これは中々、面白い」

 

 地面に木刀を突き上げて立ち上がる岩流は、先刻とは一変して嬉々とした笑みを浮かべて明羅を見ていた。

 

「ふ、来い、明羅とやら。その剣閃、真っ向から斬り伏せてくれる!」

「ようやく、本気になってくれたということか。ならば、受けて見よ、我が剣閃!」

 

 その声と共に明羅が動く。

 まるで木刀で空中に線を引くようにして、地面と水平にV字に剣閃が描かれたかと思うと、それが岩流に向かい、一直線に飛んできた。

 

「一刀流、卍の型、『円流』!」

 

 剣閃と垂直に木刀を構え、剣閃を受けると同時に木刀を回転させて剣閃を逸らす。

 木刀の廻し受けたる岩流の卍の型の防御は既に一刀斎のそれに近づきつつあった。

 しかし、明羅もそう甘くはない。剣閃と同時に踏み込み、二の矢、三の矢を繰り出すため、剣閃を盾にする形で間合いに入る。

 

「はぁッ!」

 

 剣閃を逸らした直後に明羅から縦に真っ直ぐ振り下ろされた木刀は受けることができず、後ろに二歩後退する事で避ける。

 無駄のない、完璧な動きであったが、今回ばかりはそれが仇となった。

 

「剣閃を忘れているぞ」

「ぐッ!」

 

 縦に振り下ろした剣の軌跡が剣閃へと変化し、それが質量をもった斬撃となり、岩流に向かってくる。

 木刀でガードするものの、体勢が整わぬままでの防御は大した意味を持たず、そのまま押し切られるようにして、岩流の身体は川の中へと吹き飛ばされた。

 

「私の剣に間合いはない。そして、私の斬撃は、相手を二度斬り伏せる」

 

 一振りで二度の斬撃を繰り出す明羅。

 その特異な剣術に、岩流は追い詰められつつあった。

 川から水しぶきを上げながら起き上がった岩流は、長い髪に水を滴らせながらまた河原へ戻ると、髪をかき上げ、再度切落の型を構える。

 

「来い!」

「言われずとも!」

 

 再び、横薙ぎに木刀を振り、剣閃を飛ばすと共に明羅は同時に踏み込む。

 剣閃の威力を考えれば、岩流は全力の受けに回るしかない。しかし、受けに回れば、即座に来る明羅の斬撃に対応できない。

 しかし、岩流は戦法を変える様子はなかった。相変わらずの真っ向勝負の正面突破である。

 

「この剣戟、返せるか!?」

「一刀流、切落の型!」

 

 初撃に見せた切落を岩流は剣閃に向けて放った。

 相手の攻撃に対して攻撃で叩き伏せたのだ。しかし、それで剣閃はかき消せるが、それではさっきと同じ。むしろ、全体重をかけて叩き斬る切落では重心が前に偏り過ぎるため、左右、後方への動きに致命的な隙ができてしまう。

 

(おそらくは切落で私が距離をとることを狙ったのだろうが、浅はかだな。一度見た攻撃の間合いは既に見切っている!)

 

 砂煙で岩流の正確な位置は確認できないものの、十分に斬り伏せられる間合いであったし、剣閃があれば猶の事逃がしようがない。

 勝利を確信し、明羅が木刀を振り上げた瞬間、それは砂煙を強引に押しのけるようにして現れた。

 

「むぅん!」

「なっ!? 突っ込んできただと!?」

 

 次の明羅の攻撃を避けるために左右後方へ避けようとするどころか、むしろ前に偏った重心を利用し、突進を図ったのである。

 しかし、その木刀の切っ先は依然、地面すれすれに向けられ、ここからさらに切落をするには無理がある。

 

「秘剣――――」

「なっ!? 連続技だと!?」

 

 一刀流はその性質上、一つの技の中での連撃は存在しても、複数の技を混成接続するようなことはない。

 故に、明羅は油断していた。岩流の攻撃が、今の切落で終わったと思い込んでいた。

 下に向いていた木刀のその刃渡りが返されるのを見て、明羅は直感的に『逃げ』を選択した。

 しかし、一度斬り伏せに全力で踏み込んだ足は、重心は、もう元には戻らない。

 むしろ、そこでブレーキをかけるのは、余計に大きな隙を生むだけの愚策であった。

 

「誇っていい。お主は私に初めて『秘剣』を使わせた猛者であった」

 

 何が起こったのかは明羅自身にも分からなかっただろう。

 気付けば、木刀は薙ぎ払われ、後には明羅からドロップした星が一つ残された。

 

 

「――あいつか? 次のターゲットは?」

「ああ、そうだべ」

 

 木の上から、50メートル程先を歩く坊主頭に長い黒ひげの筋骨隆々の大男を差して、蓮一は尋ねた。

 この人武祭が始まってから、単に身体が大きく、筋肉だるまのようになっているような選手なら数多と見てきた。

 だが、蓮一の目から見ては明らかにその男はその容姿とは別に何か危険な空気を漂わせていた。

 

「どっかの僧兵みてぇな風体だ。随分と強そうだべ。いけっか?」

「ああ、無論やる」

 

 いくら相手が強そうだろうと、いずれは倒さねばならない相手。戦わずして退くという選択肢は蓮一にはなかった。

 

「おし、そんじゃ合図をしたらいくべ」

「ああ」

 

 一定の距離を保ちながらも男の後をしばらくついていくと、不意に男は木の幹に腰を下ろし、背負っていたリュックサックから何かを探し始める。

 これ以上ない好機であった。

 

「おし! 今だ、行け!」

 

 木から飛び降り、一直線に男に向けて蓮一は突進していく。

 しかし、男は蓮一の方に目をやると驚くでも困惑するでもなく、静かに笑った。

 

「やっときおったか」

「な!?」

 

 確かに小声ではあるが、男はそう呟いた。

 やっと来た。つまりは目の前に依然として佇む大男は今まで待っていたのだ、蓮一が攻撃を仕掛けてくるのを。

 蓮一と五右衛門の存在に気付いたうえで、あえてあからさまな隙を見せていたのである。

 

(やられた!)

 

 しかし、蓮一が足を緩めることはない。むしろ、余計に力強く、一歩を踏み込み、さらに加速していく。

 確かに自分達の存在が相手にばれていたのは誤算であった。しかし、既に戦いは始まっている。先手を取れている今、ここで足を止めることに意味はない。

 

「うおおおおおおおおお!」

「ふ、誘い出されたと知って尚、飛び込んでくるその蛮勇! 大した器量じゃ!」

 

 大男がリュックを蓮一に投げつける。

 口の大きく開かれたリュックは中身を吐き出しながら、さながら散弾のように蓮一に襲い掛かってくる。

 

「ぐ……!」

 

 いくつかのリュックの中身を弾き飛ばしたところで、大男が大きく拳を振りかぶっているのが見えた。

 相手の先制攻撃に対してリュックによる牽制、そして目くらまし。

 最早、その拳を避けるには遅すぎる。

 

「砕け散れい!」

「――制空圏!」

 

 だから、蓮一はその拳を受け流した。

 この程度の攻撃は椛や哨戒天狗と戦った時に比べれば受け流すに容易い。

 加えて、あれからさらに修行を積み続けていた蓮一にこの程度の拳は最早脅威足り得てはいなかった。

 

「ふん、制空圏を使えるか。そこそこ骨のある武人と見受ける」

(ここで腕型・阿修羅でも使えれば、決め手になるんだが……)

 

 しかし、昨日の二次予選でも使った腕型・阿修羅を使うのは靈夢から禁じられている上に、そもそも身体への負担が計り知れない。

 再び、間合いを取ると、しばらくの均衡状態が両者の間に訪れた。

 

「……儂は鬼若。とある山寺で僧などをしておる者じゃ。貴様の名は?」

「高天原の一番弟子、蓮一!」

「そうか、蓮一。儂の星が欲しいのじゃろう? ならば、遠慮せずかかってこないか!」

「言われずとも!」

 

 蓮一はその言葉と同時に踏み込み、間合いを詰める。

 さっきの大振りの一撃を見たうえで、相手がスピードに劣る事は明らかに見て取れた。ならば、よりスピードを意識した連撃で相手を攻めに転じさせなければいい。

 

「はッ! はっ!」

「むぅ!?」

 

 息もつかせぬ猛攻に、鬼若も流石に防御に回るしかない。

 しかし、しばらく蓮一の拳を受けていたかと思うと、一転して防御の構えを解き、隙だらけの大振りの構えを取る。

 

「隙だらけだ!」

 

 ここぞとばかりに、蓮一は渾身の力を込めて五発の打撃を入れる。

 しかし、鬼若は微動だにせず、まるで今の攻撃がまったく効いていないかのようにニヤリとほくそ笑む。

 五発もの拳を打ち込んでおきながら、グローブから星が落ちていないのがそれを物語っていた。

 つまり、今の蓮一の拳は有効打足り得ていない。

 

「効かぬわ、小童ぁあああああ!」

「なっ!?」

 

 まるで、一瞬、そこで台風でも巻き起こったのかと錯覚するほどの風圧を全身に感じたかと思うと、牛車にでも撥ねられたかのような全身を砕く衝撃と共に、蓮一の身体は容易く20メートルは後方に吹き飛ばされた。

 

(うわあああああ! 何やっとるべ! おめぇは星ねぇからすぐにワープしちまうんだぞ!?)

 

 遠目に様子を見ていた五右衛門は思わぬ蓮一の苦戦をはらはらして見つめていた。そして、ゆっくりと気配を消しながら枝から枝へと移動を開始する。

 

(もう、撤退だべ! あいつ、思ってたより何倍もやべぇ! こんなのまともに相手取ってちゃ非効率だべ!)

 

 しかし、途中でその足は止まった。

 何故なら、先程吹き飛ばされた蓮一が立ち上がって右手を横に上げていたからである。

 手をだすな、という合図である。

 

「ふぅー」

「ほう、儂の渾身の一振りを耐え抜くとは、随分頑丈じゃのう」

 

 鬼若が立ち上がった蓮一に素直な賛辞を贈る中、蓮一の脳裏には修行の一風景が蘇っていた。

 

 

「おりゃ! おりゃ! おりゃああああ!」

「はい、全然駄目!」

「ぐはああああああああ!」

 

 高天原では師匠達と弟子との実践的な組手も修行の一つとして組み込まれている。

 しかし、その天と地以上に離れた実力差から、師匠側は片手しか使わない、目を瞑る、片足だけで戦う、防御しない、など複数のハンデを付けて組手をすることになる。

 勿論、限界まで手加減をしたうえでの話である。

 その日は蓮一の組手相手は霖之助であった。

 片足立ちで目を瞑り、片手には鉄球を持ち、浮かせた片足には積み上げられた本を乗せて、頭には数個の鉛玉を器用に乗せている。

 当然、蓮一は空いたボディに正拳突きを入れまくる訳だが、何発入れても霖之助の筋肉の鎧はびくともしない。

 そして、息が上がりきって自ら拳を下げるまで攻撃した後、霖之助に片手で軽々と宙に持ち上げられ、背中から地面に叩き落とされた次第であった。

 無論、足と手と頭に乗せた鉄球や本、鉛玉は依然として彼の上に乗っている。

 

「ずるい!」

 

 よくわからないが、とりあえず蓮一は行くアテのない感情を適当な言葉にして霖之助にぶつける。

 ただの八つ当たりに近い。

 

「ずるいと言ったってねぇ」

「そんな筋肉の鎧持ってるんじゃ全然俺の攻撃通る訳ないじゃないですか!」

「いや、そんなことはない」

 

 蓮一のブーイングに、霖之助は静かにそう答えた。

 

「蓮一君の攻撃が僕に効かなかったのは、君の正拳突きの練度がまだ低いからだ」

「これでも一日千本は正拳突きを打ってるんですけど」

「うん、足りないね」

「そんな無慈悲な!」

「武の道に易い道など存在はしない。地獄の道なら良し、茨の道ならなお良い」

 

 厳しい言葉に蓮一は打樋がれてしまう。

 

「蓮一君は最初の方こそそれなりに様になった拳を打つけど、十三発目から徐々に腰の捻りがなくなり、二十五発目にはもう膝の屈伸すら忘れている。そんな構えから放たれた拳は蚊に刺されたのとほぼ同然の威力さ」

「う……」

 

 確かにがむしゃらに拳を振っていては徐々に疲労と共にその構えは崩れ、いくら力を込めようと、それが拳まで伝達されない。

 

「一発一発を全身全霊で打つんだ。適当に何万回正拳突きをしたところで意味はない。一発一発を初心に帰って、丁寧に打つんだ。身体は自然と楽な方に動こうとするから、最初はキツイかもしれない。だが、その積み重ねは必ず君の力になる。修行の苦しみは勝利の礎だ」

「一発一発を初心に帰って……はい! わかりました!」

 

 

(――なんてことが以前あったなぁ。今の状況はその時と似ている)

 

『お前はまだ気が付いていないのだ。私達が毎日のようにお前に課している基礎がどれだけ心強い武器になっているのか。私から言わせれば今日の予選、どちらも大技を使うまでもなく確実に勝てた相手だ。お前はまず、自分の本当の力量を知る必要がある』

 

 予選前日、靈夢から言われた台詞が脳裏に浮かぶ。

 

(師匠は俺には力がある、と言ってくれた。そして、俺が師匠達から得たものは何も大技ばかりじゃない、むしろ、俺が最も師匠達に叩き込まれているのは『基礎』!)

 

 蓮一は再び鬼若へと向かっていく。

 

「己の牙を真っ向から折られてもまだ諦めがつかぬか?」

 

 確かにさっきは真っ向から攻撃して、それを真っ向から返された。

 それは事実だ。

 しかし、今から放つ拳と先刻の拳では格が違う。蓮一は強く拳を握りしめた。

 

(正拳突きの神髄は引手と腰、そして手首の回転だ。腰を落とし、腰の回転と共に力を伝達、引手と突手が紐で繋がっているようなイメージで同時に動かして放つ。そして、拳を放つ際は手首を回転させることで筋肉の弾力を最大限に引き延ばす!)

 

 鬼若はさっきと変わらず、隙だらけの大振りだ。

 あらかた、さっきの攻撃で蓮一の攻撃に大した脅威を感じていないのだろう。

 ならば、存分にその隙を突くまで。

 

(これは、以前幽香師匠に習ったアレを試すチャンスか……?)

 

『蓮一。この板を叩き割ろうとするなら、あんたならどうする?』

『え、えーと……踏みつぶすのが一番簡単かなぁって?』

『そうね。踏みつぶすように力を加えるのが板を折る効率的な方法。なら、それを正拳突きでやってみるとどうなると思う?』

『え?』

『こうなるわ』

 

 その瞬間、幽香の横にあった巨大な岩は幽香の突き一発で粉々に砕け散った。

 あの時はまだ正拳突きの構えもろくに染み込んでいなかったため、応用編という事でずっと試したことはなかった。

 だが、今の自分なら。

 蓮一は、引手を脇下に構えた。

 

(やる!)

「来い! 再び粉砕してくれるわぁ!」

「正拳突き・改!」

 

 その叫びと共にいつもより若干下向きに、相手を拳で踏みつぶすようにして放たれた正拳突きは、鬼若の腹にめり込んで至ったかと思うと、その巨体を数センチ程、浮かせた。

 

「ごふぅ!?」

 

 予想だにせぬ威力に、思わず鬼若は後ろによろめき、腹を抱える。

 何が起こったのか理解できていないといった表情である。

 この隙を逃す手はなかった。

 

「山突き・改!」

「ぐはぁ! なにぃ!?」

 

 上段と下段の同時突き。上段に動の気を集中させることで上段への防御を誘導させた鬼若の腹に下段突きを更に突き刺す。

 苦悶の声を上げる鬼若はそれでもまだ攻めの意思は潰えてはいない。

 右手を振り上げ、間合いの詰まった蓮一を振り払おうとする。

 しかし、それもまた蓮一にはさらなる追撃のチャンスであった。

 

「ぬおおお!?」

 

 伸びてきた右手を両手でつかみ取り、流れるように鬼若を背負い込むように彼の重心の下に入り込むと、そこからは一瞬であった。

 

「一本背負い・改!」

 

 以前の多少力任せであった一本背負いとは比較にならないキレであった。

 重心をとり、最低限の力で投げる。力任せに投げるだけでは力の方向が分散して威力が弱まってしまう。重力に沿うように力を加えて投げ落としてやることで、初めてその威力が発揮されるのである。

 一本背負いとは力の技ではなく、力のコントロール、すなわち業の技。

 それをようやく蓮一は成し遂げて見せた。

 

「か……はっ!」

 

 白目を剥いた鬼若のグローブから星が一つドロップする。

 それを素早く掴みとると、腰の革袋に投げ入れ、また構え直す。

 蓮一の二倍は巨大な力の塊とも言える鬼若を、洗練された基礎と技で完全に圧倒していた。

 

「く、ふふふ、ふははははははは! なんだ、貴様! 面白い! 先とは別人ではないか!?」

「…………」

 

 星の回収など先の攻撃の中では少しも考えてはいなかった。だから、最後の一本背負いも戦闘不能にするつもりで投げた。

 それでも、鬼若は少し首をひねりながらも悠々と立ちあがってきた。

 

「一つ前に戦った盾使いも中々楽しめたが、貴様はさらに楽しめそうだ……!」

「盾使い?」

 

 この人武祭で盾という稀有な武器を使っている者など一人しか心当たりがない。

 

「玄亀さんのことか!」

「そうじゃ。奴も面白かった。儂の力の前には屈したようじゃが」

 

 そう言いながら、鬼若は肩を回しながら同じように蓮一に迫ってくる。

 

「気付いているとは思うが、儂に技なんぞない。儂にあるのは如何なる敵をも捻じ伏せるこの『暴力』のみよ!」

「暴力……」

 

 確かに、ここまでの戦闘の中で鬼若はただ拳を振り回すだけで他には何もしなかった。

 あの様子だと、本当なのだろう。

 鬼若という男は、唯力任せに戦うだけで、ここまで勝ち残って来た異質の猛者なのだ。

 一種の我流とも見て取れる。

 

「さぁ、どんどん打ち込んで来い!」

「応!」

「――いんや、その必要はないべ!」

 

 その声と共に木の上から、鬼若に向けて黒い影が飛び降りた。五右衛門である。

 素早く視線を向ける鬼若の目に向けて、容赦なくその奇襲はかけられた。

 

「む!? ぐおおおおおお! 目が……!」

 

 人差し指と中指を尖らせて突き出した拳は鬼若の左目を抉った。

 左目から血を流しつつも、鬼若は怒りの形相で地に降りた五右衛門に拳を振り上げる。しかし、その動作よりも圧倒的に早く、五右衛門は鬼若の懐に潜り込むと、その腹に掌打を打つ。

 

「発勁!」

「がぁあああああ!」

 

 そこまで勢いのある突きにも見えなかったが、五右衛門の打撃は幾分か鬼若に効いているように見えた。

 

(こやつ! 浸透勁の使い手か!? あからさまに突きを食らって脆い箇所を狙いおってからに!)

「今だべ! 蓮一!」

「わかってる!」

 

 五右衛門から声を掛けられる前に既に蓮一は走り出していた。

 しかし、同時に鬼若もそれを読んでいた。

 

「甘いわ! 返り討ちにしてくれ――――る!?」

 

 蓮一に向けて薙ぎ払った腕は、蓮一のいる位置よりも遥か手前で空振り、終わった。

 

(失念していた! 遠近感が!?)

 

 片目を失ってすぐでは思うように遠近感は掴めない。

 余計に隙の出来た鬼若の身体を蓮一の掌打が抉った。

 

「双纏手・改!」

「なんという……勁力じゃ!?」

 

 足からの力を背中の筋肉で増幅させる、全身の一致によるロスのない勁力。

 その威力はすざましく、鬼若の巨体は数メートル後ろの木に叩き付けられ、ミシミシと大きな音を立てる程であった。

 同時に鬼若のグローブから二つ目の星がドロップすると共にワープが始まる。

 

「ふふ、ここまでか。蓮一、次会った時は儂が屠る……!」

 

 そう不敵な笑みを浮かべながら、鬼若は姿を消した。

 

「ふぃー、なんとか乗り切ったべなぁ」

「ああ、危なかった」

 

 結果的に蓮一が基礎に帰ることで、成長した実力を爆発させたことが勝因であった。

 ただ、あくまで今回は二対一、しかも有効打六発を入れての強制終了。

 加えて、最後の鬼若の笑みを見て、蓮一は勝った気がしなかった。

 勝ったというよりは、逃げ切ったという感覚に近い。同様の感想を五右衛門も持っていたようであった。

 

「あいつは、まだなんか隠してるべ。戦い方がいくらなんでも荒っぽ過ぎる。なんにせよ、もう二度と会いたくはねぇべな」

「ああ、そうだな」

「ま、でも、蓮一、おめぇすげぇ力持ってんだなぁ! おめぇが鬼若を吹っ飛ばした時は驚いたべ!」

「ああ、俺自身も驚いてる。まさか、あの修行の積み重ねがここまで実を結んでいたなんて」

 

 今までも修行の成果を身に染みて感じる事は多々あった。だが、今回の技の成長は改めて見てもこれまでとは比較にならないものである。

 今まで、大技に頼っていたばっかりに知らず知らずの内に封印してしまっていたのだろう。

 靈夢の言葉の意味がようやくもってわかってきた。

 

「これなら、予選終了までに一位も倒せるかもしんねぇ! 希望が湧いてきたべ!」

(確かに、今の力があれば、もしかしたらアリスにも……!)

 

 蓮一の中で、アリスへのリベンジという闘志の炎が密かに灯り始めていた。

 

 




人武祭出場者紹介

鬼若(オリキャラ)
人武祭第三次予選にて台頭して来た選手。
山寺で僧をやっていたというが、それにはあまりにもその気性は荒く、明らかに相手を力でねじ伏せることを悦楽としている。
これといった技を持たず、持ち前の『暴力』のみでここまで勝ち進んできた異質の武人。最早武人とも言えないかもしれない。
しかし、その力は絶大であり、一撃当たれば常人であれば死、鍛えられた武人であっても意識を保つのが難しい程の威力を持つ。
どうやら、まだ何か力を隠しているようだが、現在は不明。
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