東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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読者の皆様お久しぶりでございます。
更新が一カ月以上もできず大変申し訳ありませんでした。中々執筆時間がとれずぐだぐだやっている間にこんなにも期間があいてしまいました。

今後もこの亀更新は続くと思いますが、ご了承いただければ幸いです。


第五十二話「裏切りと共闘」

 

 蓮一と五右衛門が順調にステルス戦法で星を少しずつ回復しつつある中、西方でも一人暴れている者があった。

 

「畜生! 一体なんなんだ、あの意味不明な女は!?」

「意味不明じゃないよ、小兎姫ちゃんだよ~」

「うわぁ!?」

「逃がさないわよ~」

 

 森の中を全速力で駆ける男に対し、そんな気の抜けた声で迫りくる着物の女。

 小兎姫の姿がここにあった。

 

「はぁ! はぁ! 女の癖になんて足の速さだ! 追いつかれねぇまでも振り切れねぇ!?」

 

 さっきから計ったようにしっかり30メートル後ろをしっかりついて来る小兎姫のプレシャーは並大抵のものではなかった。

 追いつかれてもいないのに、すぐ後ろにいるというだけで精神的に追い詰められていく。追われる者のプレッシャー。

 そして、精神的な衰弱はやがて体にも影響を及ぼすのである。

 

「く、くそ……息が……あがって!」

「つ~かまえた!」

 

 徐々に速度が落ちていく男に小兎姫は容赦なく腕を振りかざす。

 ガシャン、という金属音と共に、男の右腕には二つ繋がりの金属の腕輪が手首に駆けられていた。

 

「な、なんだこれは!?」

「この人里では使ってないのぉ? 手錠っていう捕縛道具よ? 一度手首にかけられたら外す事はできないわ、私以外には!」

 

 素早く男を組み伏せると手錠のもう片方の輪を男の右足につける。

 男はたちまち身動きがとれぬよう無力化された。

 

「く、くそ! 外しやがれ!」

「え~、やだぁ」

 

 なんとか手錠を外すべく力任せに引っ張っているが、鉄でできた手錠はびくともしない。

 男が転げまわりながらもがく様を小兎姫はしばらく楽しそうに見つめていた。

 

「畜生! 畜生! もうひと思いにやれ! 俺の星が欲しいんだろうが!」

「星がほしいって何それダジャレ? おもしろ~い!」

「ちげぇよ!」

 

 罵声を飛ばす男に、小兎姫はゆっくりと立ち上がると腰から十手を引き抜き歩み寄っていく。

 

「じゃあ、そこまで言うならお言葉に甘えて」

 

 その言葉と同時に、十手で男の顔を三回殴りつけた。

 星と共に男の口から血反吐と数本の歯が噴出す。

 それを見ると、突然小兎姫は目を輝かせてしゃがみ込む。

 

「来た! これ前歯じゃない!? 前歯だよね!?」

「そ、それがどうしたってんだ」

「頂戴!」

「断る!」

 

 ドロップした星など目もくれず、半分が地で赤く染まった男の黄ばんだ前歯を拾い上げて小兎姫は目を爛々と輝かせていた。

 

「私、前歯あつめてるんだよねぇ」

「知るか! とっとと捨てろ! てめぇにだけは絶対やらねぇ!」

「いいもん、勝手にもらうから」

「返せ! なんだその小瓶!? 大事にしまおうとしてんじゃねぇ!」

 

 その小瓶を見て男はぞっとした。

 小鬢の中には大量の前歯がぎっしりと詰められていたのだ。少なく見積もっても三十人分以上はあるだろう。

 

「てめぇ……今まで一体何人の……」

「う~ん、もう、六つ目の瓶も一杯になってきたなぁ」

「な……!?」

 

 手錠で右の手足を繋がれている男はなす術もないまま、彼の前歯は小兎姫の懐に収められた。

 その後、思い出したかのようにドロップした星を拾うと、小兎姫はまた手錠を取り出し、今度は男の左手に取り付けるともう片方を太い木の枝に通した。

 

「ちょ!? おい、何しやがる!」

「これで動けないよね?」

 

 小兎姫は変わらず終始笑みを浮かべて続ける。

 

「あなたには次の相手が来るまでここで釣り餌になってもらうわね? そうすれば私が動き回らなくても勝手に星が手に入るもんね!」

「……!」

「そう簡単には釈放してあげないから、ね?」

 

 男は彼女の笑みに潜む狂気に背筋が凍るのを感じていた。

 

「さて、今度は釣れるかなぁ、あの『大泥棒』は」

 

 

「さて、蓮一。ちょいとここらで星の数の確認をするべ」

「ん、おう」

 

 辺りが暗くなってきたところで、一旦五右衛門は足を止めて蓮一にそう声をかけた。

 蓮一と五右衛門が腰から下げている革袋の中にはそれぞれ同数の星が入っている。しかし、何かの手違いか、アクシデントでそれが誤っていないよう時折五右衛門はこうして星の確認を徹底していた。

 蓮一も二つ返事で了承すると、革袋の中の星を取り出して数を数える。

 十個の星が入っていた。

 

「十個だな」

「ん、こっちも同じだべ」

 

 つまり、これで合計二十個の星を集めたことになる。

 二人で分けるので互いに十個ずつ。つまりは予選開始当初の星まで回復したに過ぎないが、0からのスタートを考えればとんでもない成果である。しかも、現在は十個の星を持っているだけでもランキングは上位になる。

 このまま上手くいけば、予選通過は確実である。

 蓮一はいよいよその事実に胸を躍らせていた。

 

「蓮一、気ぃ抜くんじゃねぇぞ? むしろ大変なのはこっからだべ」

「え? ああ、わかってるよ。ここからはあの鬼若って奴と同じレベルの奴も狙っていかなくちゃならないからな」

 

 上位ランカーからの星奪取。星を手に入れると同時にランキング上位者をランキング外に落とすことも可能だが、それに見合う難易度の高さを誇っている。

 蓮一も五右衛門も星が0である。三回有効打を受けてしまえば強制ワープが待っている。しかし、これからの戦いで果たして三撃未満に有効打を受け流しつつ勝つことができるのか。

 攻撃と同時に回避にも念頭を置かなければいけない状況で、その相手の技量が高くなると言うのは思いの外厳しい条件に他ならなかった。

 

「なんか、もっと効率のいい方法があればいいんだがな」

「そいつは甘えだべ」

 

 蓮一の言葉に五右衛門が厳しく言い放った。

 

「この世の中にローリスクハイリターンなんてもんはありえねぇ。相応のリターンには相応のリスクがあるのが常だべ」

「随分と達観してるな」

「ま、おらも苦労してきてるってことだべさ」

 

 五右衛門はそう言うと、取り出した星を素早く革袋に入れなおし、今度はリュックの中から端末を取り出して何かを確認している。

 

「ん、そろそろ頃合いだべな」

「ん? 次のターゲットか?」

「いんや、こっちの話だべ。今日はもう十分星は集まったべ。辺りも暗くなってきたしとりあえず明日に備えてどっかで休むべ」

「いや、俺はまだいけるぞ? それに、暗い中の方が奇襲もかけやすいんじゃ?」

「わかってねぇなぁ」

 

 五右衛門は蓮一に呆れたように笑ってそう言った。

 

「星を持ってる奴は基本的に十分毎にレーダーで位置がばれるべ。これはつまり、どっかで気を抜いて呑気に寝てるとすぐに敵に見つかっちまう訳だべな。星を持っている奴ほど見つかり易い上に狙われやすい訳だから、おら達がこれから狙っていく上位ランカーは大体昼の戦いで消耗した体力を回復しきれねぇべ」

「成程」

「んでもっておら達は星0個のステルス状態。レーダーで見つかることもねぇし、星も持ってねぇと思われてるから襲われることもねぇ。持たざる故の無敵状態って奴だべ。ここでのベストはしっかり食って寝て、今日消耗した分の体力を全快させることだべさ。人間、慣れねぇ環境下では思ったよか消耗してるもんだべ。今疲れてねぇと感じてんのは単純に戦闘の高揚感でアドレナリンが出まくってるだけの話だべな」

「お、おう、わかったよ。よし、野営場所を探そう」

「ん、わかりゃいいべ」

 

 五右衛門の説明に反論の余地もなく、蓮一達は野営の場所を探し始める事にした。

 幸い、現在地点が水場に近かったので野営に適した場所は案外早く見つかった。

 もしかしたら同じく野営場所を求めた敵選手と鉢合わせる可能性も考えていたが、そのようなこともなかった。

 

「じゃあ、取り敢えず夕飯にするか」

「んだ」

 

 リュックからレーションを取り出して二人で頬張る。パサパサしていて味も簡素でお世辞にも美味しいとは言えないが、戦闘の最中の栄養補給としてはこれが最適な形なのだろう。

 

「んー、うまくはねぇけど腹にはたまるなぁ」

「ああ、あんな少量でもう腹一杯だ」

 

 夕食を終え、一息つこうと蓮一は水筒を取り出し、その中身が既になくなっていたことを思い出した。

 この時のために水辺を選んだのだ。蓮一はゆっくり立ち上がると川の方へ水を汲みに行く。

 

「ん、わりいけどおらのも水汲んどいてくれ」

「ん? ああ、いいぞ」

 

 立ち上がった蓮一に五右衛門から水筒が投げ渡される。

 しかし、水筒を受け取った瞬間に確かに五右衛門の水筒内部に水の重みを感じた。

 その時に五右衛門の意図に気付いていれば、蓮一にもまだやりようがあったかもしれない。

 

「おい、これまだ水が入って――――」

「わりぃな、蓮一」

 

 蓮一が五右衛門の方に視線を向けた瞬間、既に五右衛門は蓮一の懐に入り、拳を固めていた。

 

「発勁!」

「がッ!?」

 

 蓮一の腹部に強烈な衝撃が走る。

 同時に腰に付けていた星の入った革袋が宙に舞うのが見えた。

 

「終わりだべ!」

 

 通常の蓮一ならば、この一撃に対し、反撃せずとも避ける程度のことはできただろう。

 しかし、今は状況が違った。

 身体が重い。本人が自覚していなかった疲労がこのタイミングで蓮一を襲ったのだ。これまで蓮一の疲労を麻酔していた交感神経の活発化によるアドレナリン分泌。それが食事という一時の休息を持って副交感神経に切り替わり、アドレナリン分泌は停止した。

麻酔は切れ、蓮一の身体はまるで全身に鉛が括りつけられたかのような気怠さに襲われていた。

さらに、加えて両手が水筒で塞がっていた事、これも災いした。何かを持ちながらの徒手空拳というのは想像以上に感覚が違う。蓮一のような無手の武人にとっては、手が空いているということは実力を発揮するためのファクターの一つである。

しかし、それが今、蓮一のものと、五右衛門に投げ渡されたもの、二つの水筒で埋まっている。

この場合の正解は素早く水筒を投げ捨てることであったが、蓮一には今のような状況下での戦闘経験が不足しており、その判断が一瞬遅れた。

 

「が……はっ!」

 

 視界が上に飛ばされる。顎を下から撃ち抜かれたのだ。

 意識まで飛ばされていないのが救いだと、素早く蓮一は戦闘態勢をとろうと身体をうねらせようとした。

 しかし。

 

「これで、有効打三回だべ」

「あぁ!?」

 

 視界が真っ白な光に包まれる。何度となく見たワープ時の光に相違ない。

 それを見て、一瞬遅れて蓮一も理解した。昼に鬼若に食らわされた一発。それに加えて今の五右衛門の二発。

 

「くそ! 五右衛門!」

「わりぃな、おらはどうしてもここで負けられねぇ」

 

 その言葉を最後に蓮一の視界は失せた。

 してやられた。自分の愚かさに気付いた時には、蓮一はどこかの森の中で仰向けに倒れていた。

 

「…………」

 

 腰に付けていた星、食料の入ったリュック、水の入った水筒。一瞬にして全てを失った。

 

「は、はは……おいおい、これは……本当にやばいだろ……」

 

 

 会場でもその様子はモニターの一つに映し出されていた。

 しかし、時刻は既に午後八時を回り、会場の人々も流石に少ない。加えて沢山のモニターの中から蓮一のその様子のみを映し出しているものを見ている者など極一部である。

 

「あーあ、やっぱりこうなると思ったね」

「まぁ、蓮一君には人を疑うことなんて教えてなかったからねぇ」

「それにしても無防備過ぎるわ」

「どん…………まい」

「アバ!」

 

 ワープしていった蓮一の姿を見て、刃空達はそれぞれ苦い顔をしている。

 

「あんたは随分冷静ね」

「いや、まぁね」

 

 横で唯一何も言わず、それどころか蓮一の今の状況に一番動揺を見せそうな靈夢は存外、特に驚いた様子もなく、すました顔でモニターを凝視し続けている。

 

「あんたが一番動揺すると思ったんだけどね」

「いや、それなりにハラハラしてるわよ」

「そうは見えないけど?」

「まぁ、それよりも、ね」

 

 幽香と話しながらも靈夢の口角はゆっくりと釣り上がっていた。

 まるであの絶望的とも言える状況を見て、楽しんでいるかのような様子である。

 

「これは、良い修行になるな、って思ってね」

「……弟子思いなのか、ドSなのか」

「紛れもなく愛よ」

 

 はっきりと靈夢はそう断言した。これには流石の幽香も顔を引きつらせている。

 

「さぁ、蓮一。この逆境で、あなたの真価が問われているのよ。頑張りなさい」

 

 別モニターで倒れている蓮一に靈夢は力強くエールを送った。

 第三次予選の最初の山場、一日目の夜が始まろうとしていた。

 

 

「ぐわあああああ!」

「ぎゃあああああ!?」

 

 第三次予選、一日目の夜は酷く凄惨な悲鳴が各所から鳴りやまなかった。

 夜。昼の戦闘で疲弊した身体に加え、闇による視界の低下、それがもたらすのは自分がいつ襲われるともわからぬ恐怖。

 眠気と戦いながら、選手達は精神的にも追い詰められていくのである。この第三次予選において、夜間は昼以上の激戦区に変わる。

 

「ふ~、これで何人目だい? ろくに休めもしないじゃな~い」

 

 拳鬼武村と言えどもその苦痛は変わらない。

 今の所三十分に一回のペースで襲い来る他の選手にいい加減武村はうんざりしていた。48時間の長期戦と聞いた時から体力のペース配分はしっかりやっていた。

 ただ、それはあくまで夜間の休息が十分にとれると想定しての配分である。こうも頻繁に夜も襲われてしまうのでは身体が持つはずもない。

 

「まぁ、スラム育ちのおかげで夜目が利くのが唯一の救いじゃな~い」

 

 もう五人目になる敵を撃退すると、武村は野営場所を変えるべく走り出す。

 このままではジリ貧である。

 

「これもう、土を掘って空気口いれてその中で寝るとかしかないんじゃな~い?」

 

 一歩間違えれば酸欠死してしまうが、絶対に死なないこの島ならばと割と本気でそんなことを考え始めていると、武村の目の前に、突然人影が現れた。

 

「うお!?」

「む!?」

 

 素早く武村が拳を構えると、相手もこちらに向けて木刀を構える。

 

「全く、また新手か!」

「きりがないな!」

 

 お互い言っている事が噛み合ってないように感じたが、構わず武村は拳を打つ。夜間において武村級のボクサーのジャブはほとんど視認が不可能である。

 今までの相手もこのジャブを一撃も躱せず倒れていった。しかし、この相手は違った。

 的確に木刀で武村のジャブを弾きつつ、さらに踏み込んでくる。

 

「うおっと!」

 

 大きく横薙ぎにされた木刀をバックステップで躱し、ようやく武村は相手の姿を認識すると両手を上げて声を掛ける。

 

「おいおい、ちょっとストップ! 君、岩流だろ?」

「ん? そういう貴様は、武村か?」

 

 武村の声に反応し、木刀を収めた岩流の姿が月明かりに照らされて現れた。

 

「その様子だともしかして君も夜襲かい?」

「ああ、さっきからもう四人は斬り伏せた。おかげでろくに休息もとれん。そっちもか」

「ああ、同じだよ。星を持ってる者同士苦労するじゃな~い」

 

 互いに見知った仲である上に、お互いに今この相手と戦うのは得策とは思わなかったのだろう。本来ならばライバル同士の二人はお互い矛を収めるに至った。

 二人が一息ついた。その時、それぞれの真後ろの茂みが動いた。

 

「隙ありいいいいいい!」

「星を奪わせてもらう!」

 

 武村と岩流、それぞれの星を狙う新たな夜襲であった。

 しかし、二人の表情には既に驚愕はなく、代わりに心底面倒そうな表情が現れていた。

 

「隙など!」

「ないじゃな~い!」

 

 それぞれ、拳と木刀で相手を一撃で吹っ飛ばす。もう有効打など意識していない。

 一撃で意識を刈り取られ、夜襲を仕掛けてきた選手達は一瞬でワープしていった。

 

「……岩流。君を武人の中の武人と見込んで提案があるじゃな~い」

「奇遇だな、私も一つ相談をしようと思っていたところだ」

 

 肩で息をしながら、二人は向き合う。

 

「この夜の間だけ、停戦協定を結ぼうじゃないか」

「一人が見張り、一人が休息をとる。これを一時間毎に交替することでこの夜を乗り切る。いいな?」

 

 利害の一致から、拳鬼と侍。奇妙なタッグが成立した瞬間であった。

 

 

 また別の所では、これ以上ない激戦が始まろうとしていた。

 島の火山部、その頂上付近。そこは、彼女の城であった。

 第三次予選現ランキング一位、アイリス。真名をアリス・マーガトロイド。最早その圧倒的な実力差を星の数により見せつけたことで、彼女の位置は昼から現在にかけて微塵も変わっていないにも関わらず、誰もそこに奇襲を仕掛けようとする者はいなかった。

 まさに絶対王者たる風格で山の頂上に君臨しているのである。

 

「…………ん、やっと挑戦者が来たみたいね」

 

 今まで睡眠をとっていたアリスは山の頂上に近づいて来る存在を素早く感知し、目を覚まして、近づいて来る人影に笑った。

 

「こんばんは、起こしたかしら?」

「あなたは……博麗霊夢ね」

 

 現ランキング第二位。アリスに星の数では劣っているものの、やはり同じく選手の中からは頭一つ飛びぬけている実力者、妖怪退治の達人『博麗』の血族、博麗霊夢。

 幼齢ながらもその所作には既に一級の武人たる風格が備わっている。この人武祭に関して他選手を基本的に見下している傾向のあるアリスといえども彼女に対してだけはある一定の警戒を怠らなかった。

 

「こんな素敵な夜にこんな素敵な来客なんて、とっても嬉しいわ」

「二次予選の時と比べて随分とおしゃべりね」

 

 アリスはフードを脱ぎ去って素顔を見せ、素の口調で霊夢と話している。アイリスとしてではなく、アリスとして霊夢と接していた。

 これは彼女からすれば最大限の敬意ではあるのだが、一方の霊夢はその敬意など糞くらえと言わんばかりに殺伐とした殺気と明確な敵意をアイリスに向けている。

 

「そんなに睨まれると怖いわ」

「そう? 悪いわね、でも私、今最高に気分悪いから」

「あら、どうして?」

 

 アリスは霊夢の怒りの理由に関して既にある程度検討はついていた。しかし、あえてすっとぼけて見せる。

 つまりは、面白がって霊夢を挑発しているのだ。

 

「……蓮一の星を根こそぎ奪っていったのはあんたよね?」

「ええ、そうよ」

 

 アリスはあっさりと肯定した。別段隠す必要性も感じなかったし、その程度のことは端末を見れば一瞬でわかるようなことなので白を切っても仕方がないのだ。

 

「そんなに彼の星を奪った事が不満?」

「いいえ、別に。星を奪われたこと自体はあいつが弱かっただけよ」

「じゃあ、なんでそんなに怒ってるのかしら?」

「妖怪風情が、私の獲物に勝手に断りなく手を出したからよ」

「酷い言いがかりね。あと、私は妖怪じゃなくて魔法使いなんだけど?」

 

 妖怪風情。その言葉にアリスは少なからず眉をしかめた。

 妖怪と自分が同一視されていることに腹が立ったのだ。

 

「妖怪も魔法使いもおんなじ異形でしょ? 妖怪退治屋()から見ればどっちも変わんないわよ」

「言ってくれるじゃない、人間風情が」

 

 ここに来てようやくアリスもほのかな殺気を隠しきれなくなっていた。

 

「あなたの獲物だろうがなんだろうが、人間の都合なんて私にはどうでもいいわよ。それともあなたは蟻の都合を考えて一々地面を注視しながら歩くの?」

「そう、あなた、まだ私が何者なのかわかってないのね? 博麗が何者なのか、理解していないみたいね」

「理解しているわよ? その上で、言っているの」

「……丁度いいわ。偶にはあなたみたいな世間知らずを調教するのも悪くはない」

 

 瞬間、二人の間の空間が一瞬歪みを見せた。

 霊夢が霊力を、アリスが魔力を放出し始めたのだ。

 

「教えてあげるわ。蓮一を捻りつぶすのは私、叩きのめすのも私、敗北させるのも私。それ以外の有象無象、一切合切に、私の邪魔は赦されない」

「言うのは自由よ、誰にだってできる。でも、それを強制させるだけの戦力があなたにあるのかしら?」

「今から嫌というほど身体に叩き込んでやるわよ、妖怪(虫けら)!」

「やってみなさいよ、人間(虫けら)!」

 

 その瞬間、アリスの横に控えていた人形の一体が霊夢に向けて突進してくる。

 霊夢はその人形を睨み付けたまま動こうとしない。真正面から迎え撃つ気である。

 

「甘いわね」

「――――!」

 

 アリスの小指がゆっくり曲げられた瞬間、霊夢の真下の地面から人形の腕が伸びて来て彼女の両足を掴む。

 

「ゆっくりとなぶり殺してあげるわ」

 

 霊夢の背丈の三倍はある巨大な人形が拳を振り上げながら突進力の加算された拳を霊夢に向ける。

 しかし、人形の拳は霊夢の顔面の一歩手前で、人形の身体もろとも木っ端みじんに砕け散った。

 突如どこからか乱入してきた選手の隕石のような踵落としによって。

 

「な!?」

「あら、あんたも来たの?」

「ええ、私も彼女と戦いに来たので」

「あなた……!」

 

 アリスの顔が驚愕と僅かな苦渋を含んだ表情に変わる。

 すっかり忘れていた。アリスが一定の警戒を怠らない霊夢に加え、もう一人、警戒を怠れない人間がいたのだ。

 

「小夜……!」

 

 月明かりを背に受けて、小夜はアリスに向けて視線を向けていた。

 

「あなたは、どうしてここに来たのかしら?」

「……アイリスさん、そんな綺麗な顔してたんですね。二次予選の時はフード被ってたので気が付かなかったです」

「は?」

 

 小夜も霊夢同様、自分への敵意をむき出しで襲い掛かってくるものかと思っていたが、予想と反して小夜は笑いながらアイリスにそう言った。

 アイリスは勿論のこと、霊夢も困惑した表情をしている。

 

「うわぁ、金髪だぁ、瞳も蒼くてすごく綺麗ですねぇ。美人さんで羨ましいです」

「あなた、何を言って……?」

「ああ、勿体ないですねぇ」

「――――ッ!?」

 

 その瞬間、霊夢とアリスは同時に小夜から五メートル程距離をとった。

 小夜から発された殺気を鋭敏に感じ取ったのだ。

 彼女から発された殺気。それは、第二次予選時に彼女の見せた幽化時の殺気そのものであった。

 

「本当に、勿体ないです。今からその綺麗な顔を、ボコボコにしなくちゃならないんですもんね」

「…………ッ!」

「私は霊夢さんやアイリスさんみたいに蓮一さんを目の敵にしてる訳でもないですよ。ここに来て、アイリスさんと戦うのは、シンプルな理由です」

 

 小夜はアリスを睨み付けて言った。

 

「蓮一さんを傷つけられて腹が立ったから、だから、今からあなたを完膚なきまでに叩きのめします!」

(こいつ! 相変わらずキレると別人じゃないの!? こういう相手が一番やり難い!)

 

 相手に最も恐怖を与えるシチュエーションとはどのようなものだろうか。

 ただ幽霊やゾンビを並び立てればいいだろうか。いや、違う。

 幽霊やゾンビがただそこにいるだけでは極論、そこら辺で人が歩いているのとほとんど変わり映えしない。

 私達が何故幽霊やゾンビに怯えるのか。ホラー映画を見ている時などを思い出せばおのずと答えは見えてくるだろう。

 答えは、急に幽霊やゾンビが現れるからである。

 何もいない、平常で静かな空間。そこに突如現れる幽霊やゾンビ。その平常時から異常時へと変化するふり幅に私達は恐怖を覚える。

 普段温厚な人ほど、怒り狂った時は怖いというのはよく聞くだろう。それはすなわち通常の温厚さから憤怒時へのふり幅がより大きいからである。

 この場合も同じである。

 普段、温厚でまるで戦闘に映えない小夜。しかし、それは幽化によってほぼ正反対の印象に変わる。

 この振り幅こそが霊夢とアリスが小夜に対して異常な警戒を示す理由である。

 つまり、今この場で小夜は最も恐れられている存在に他ならない。

 そして、この精神的な優位は戦闘の中でも大きなアドバンテージとなりえる。

 

「いきますよ」

「ぐッ!」

 

 その言葉と同時に小夜が地面を蹴り出して突進してくる。さっきまでのアリスであれば迷わず人形で迎撃していただろう。

 しかし、今のアリスは小夜の幽化にすっかり気圧されてしまい、あろうことか、ここで防御を選んでしまった。

 

「邪魔です」

 

 いとも容易く、小夜の前に立ちはだかった人形達は彼女の蹴り一発で粉々になってしまう。

 

(小夜……二次予選の時は口調まで変わって戦い方も暴力的だったけど……随分と理性的になったわね)

 

 それでも殺気と攻撃力は低下どころかむしろ上昇しているように感じるが、戦い方により無駄がなくなっているのは確かである。

 霊夢の中で小夜の評価が変わりつつあった。

 

(三次予選で最初に戦った時はあっさり負けてくれたようだけど、ここまでの底力を見せるんなんてね。私も油断はできない)

 

 霊夢は未だに自分の足をがっちりと掴んで離さない人形の手首を握ると軽く捻ってやる。

 それだけで、まるで人形自身が自発的にやったかのように、体を横回転させながら地面から飛び出てきた。

 それを容易く地面に叩き付けて破壊してやると、霊夢も小夜の加勢に向かう。

 いくら小夜が幽化しているとはいえ、今小夜の周りには数十体もの人形が取り囲むように配置されている。

 流石に長期戦になれば不利にならざるを得ない。

 

「はっ!」

 

 小夜の方に襲い掛かろうとする人形の一体の左腕を掴むと、同時に右足を絡ませてバランスを崩し、一気に頭から地面へと叩き落としてやる。

 

「ぐっ! 生意気な!」

 

 霊夢の参戦に気付き、より多くの人形が霊夢までも取り囲むように集まってくる。

 

「私に勝負を挑んだことを後悔させてあげるわ」

「ちっ、うじゃうじゃと……!」

「霊夢さん、提案をよろしいですか?」

「何よ?」

 

 こんな半ば絶体絶命の窮地の中で背中合わせになって小夜が霊夢に声を掛ける。

 

「私は、アイリスから星を三つ奪った上でそれを蓮一さんに渡そうと考えています」

「はぁ!?」

「それでも、私に協力してくれますか?」

「それじゃ、あんた……私達はただ働きみたいなもんじゃない!」

「ええ、私は別に星に興味ないので」

 

 小夜は淡々と言い切った。

 

「私はアイリスの顔面に一発蹴りを入れられればそれでいい」

「こんな状況で何か策でもあるの?」

「いえ、ただ人形を倒しつくして、蹴りを入れる。それしか私にはできないので」

「……敗北した惨めな男のために女が復讐なんて、安いドラマだわ。しかも、まるで無策。呆れて物も言えないわね」

「駄目ですか?」

「いえ、気に入ったわ」

 

 霊夢は不敵に笑った。

 

「いいわ、私も丁度あいつの顔面殴りに来たのよ。やってやろうじゃない、共闘よ、小夜」

「そう言ってくれると信じていました」

 

 迫りくる無数の人形、その先にいるアイリスに向けて、二人は闘志を燃やして構えを取った。

 長い、夜が始まる。

 




人武祭出場者紹介

明羅(旧作キャラ)
東方封魔録二面ボスのキャラクター。一見美男子に見えるが実は女侍。
人武祭に出場しており、その中でかつて因縁のある博麗靈夢の血縁たる博麗霊夢に目をつけている模様。
能力は「剣閃を放つ程度の能力」。刀の斬撃軌道がそのまま剣閃として形を成し、弾幕のように襲い掛かってくる。本人曰く、「間合いは視界に映る世界全て」。また、刀本体で直接攻撃をしながら、その軌道から生み出される剣閃がさらに相手を襲うという二段攻撃が可能であり、本人曰く「私の剣は一太刀で二度斬る」とのこと。
第三次予選では同じく剣豪と謳われる岩流に勝負を挑んだが、彼の秘剣の前に敗北した。
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