東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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皆さま大変お久しぶりでございます。
小夜&霊夢VSアリス
決着編でございます


第五十四話「蹴る、殴る」

 次から次へと無尽蔵に、湧き出る水のように、絶え間なく、しかしその全てが明確に自分への敵意をもって襲い掛かってくる。

 まるで、これは殺意の海原である。小夜は百体目辺りの人形の頭部を粉々にしながらそんなことを考えていた。

 

「もう何体倒したか数えきれないわね。本当にきりがない」

 

 小夜の後ろで霊夢が気怠そうに呟く。心底面倒そうというだけで、決して疲労を抱えているようには見えない。

 小夜が幽化と動の気によって得られた破壊力によって人形達を粉砕しているのに対し、霊夢は非常に不可思議な戦い方をしていた。一体どういう力の加え方をすればそうなるのかは小夜にはさっぱり理解できない。ただ、その目で見てわかることは、霊夢に向かっていった人形達は皆、何故か霊夢に近づくとまるで自ら地面に突っ込んでいくかのように叩き伏せられる。

 霊夢が人形の手や足に自分の手を付けているのは見て取れたが、そこからどうすればあんな不自然に人形達が次々に地面に叩き落とされていくのか。

 何にせよ、汗だくになっている小夜とは対照的に涼しげな霊夢の姿がそこにあった。

 

「……ずるい」

「は?」

「なんでもありません!」

 

 小夜は苛立ち混じりに百一体目の人形を踵落としで粉砕した。

 

「…………」

 

 この様子を高みの見物といった様子で見降ろしている人形使いアリスには表情には出さないまでもその内心には少なからず焦燥が沸き上がってきていた。

 今、アリスの周辺から黄金の光と共に無尽蔵に湧き出てくる人形。魔法に関して理解の浅い者ならばこれを見てアリスが魔法によって人形を無限に生成していると勘違いしてしまうかもしれない。

 しかし、それは大きな認識の誤りである。

 今の状況に対する認識の誤り、ではない。それも含めた魔法という概念に対する認識の誤りである。

 魔法は決して万能ではなく、その根幹は科学となんら変わらない。無論、魔法も使えぬ普通の人間から見れば、魔法はどんなことでもできる科学とは相反するものと思ってしまうだろう。

 しかし、それは魔法の華やかさに錯覚をきたしているだけに過ぎない。魔法も科学もこの世の絶対的な法則には逆らえない。質量保存の法則、熱力学第一法則、第二法則など、自然の理を歪めることはできても超越することは不可能である。

 無から有を作り出すことはできず、有を無にすることも叶わない。一見して魔法はそれを当たり前のようにやってのけているが、それは実際には魔力によって自然法則の因果過程に歪を起こしているだけに過ぎず、魔法と科学は実は非常に類似している。

 

 わかり易く説明するために一つ魔法の例を出して説明しよう。

 転移魔法、転送魔法というものがある。ある地点の人や物を任意の地点に一瞬で移動させる魔法である。一見してまるで自然法則を無視したような現象に思えるが、これはA地点にあるものをB地点に持っていくという現象のうち、魔力によって『距離』と『時間』を短縮しただけに過ぎない。

具体的な例を挙げよう。今、自分が今右手に持っているボールか何かを左手に移動させるとする。方法としては、右手でボールを投げて左手に移動させたり、右手を左手まで動かしてボールを移動させたり、いくつかやり方はあるだろう。

この右手から左手にボールを移動させるという事象に関して、右手の力を使うか、魔力を使うか。これが科学と魔法の差である。

 つまりは、魔法とは魔力――加えて魔法陣や魔導書による補助――によってその方法、過程が代替され、短縮化された事象に過ぎない。事象を起こす基礎理論自体は魔法も科学も何一つ変わらない。そこに魔力という存在を認めるかどうかが二つの差異と言える。

 自然の理を歪めることはできても超越することは不可能、と前述したのはこうしたことが理由である。結局、魔法そのものの基盤にあるものが自然の理である以上、その理を踏み越えることは叶わない。

 ただ、この中で自然法則を超越しているものがあるとすれば、事象の短縮を担う魔力という自然の理を歪めている存在。いつ如何なる時と環境においても、全ての方法、過程そのものに代替することで現象を短縮化する『万能の代替エネルギー』、この超常的概念が魔法を魔法たらしめている要因といえよう。

 

 ここまで来てようやく、話は元に戻る。具体的にはアリスが人形を無限に生成しているという認識の錯誤の話に戻る。

 長々と話したように、魔法によって無から有は作り出せない以上、この認識が誤っていることは明白な訳である。では、この人形達は如何にして無尽蔵に現れるのか。それはとどのつまり、アリスが事前に用意した無尽蔵な量の人形をどこからか魔法で転送してきているというだけに過ぎない。

 ここまで言えば、何故依然として無尽蔵な人形達を相手取るばかりで自分には指一本触れていない小夜たちに対し、アリスが焦燥感に苛まれているのか想像がつく者もいるかもしれない。

 アリスがこの人武祭に参戦するににあたって予想していた人形の総消費数、おおよそ50

体程度。しかし、現在第三次予選の前半までに消費した人形の総数、実に236体。既に予想の四倍以上もの人形を壊されてしまっているのである。

 

(たかが! たかが人間に! 私の人形がここまで遅れをとるなんて!)

 

 アリスは依然として人形を次々と破壊していく小夜と霊夢を睨みつけて歯ぎしりした。

 現在、この場所と転送魔法で繋がっている魔界の人形倉庫にはアリスが長い年月をかけて一体一体丁寧に作り上げた人形が約二千体ストックされている。

 既に倉庫から10%以上の人形が消え、今尚その消費は止まらない。自分が格下と思っていた人間に、しかもたった二人に自分が丹精込めて作り上げた人形達が壊されていく現状にはアリス自身見ていて耐え難いものがあった。

 

(このままではいけないわね)

 

 今の状況を維持したままではいずれ、自分の数年の努力がほんの数時間で粉々にされてしまう。そんな予感がアリスの心中を巡っていた。

 現実的に考えて二千体もの人形をたった二人で相手取るなど不可能である。少なく見積もって一人頭千体もの人形の討伐。技術的にも体力的にもそれはあまりに無理難題。

 しかし、アリスは常識的な見解よりも根拠のない自分の直感を優先して動いた。何故そうしたのかはわからないが、気が付けばアリスは人形達を一旦全員小夜達から退かせていた。

 

「どうしました? もう、終わりですか?」

「ギブアップ? まぁ、そんなことしても結局殴るけどね」

 

 片方は肩で息をして、片方は嘲笑を浮かべて、人形を退かせるアリスに勝ち誇った目を向ける。

 

「……認識を改めるわ」

「ん?」

「は?」

 

 アリスの一言に、二人は困惑を表情に浮かべる。

 彼女は小夜と霊夢と視線を合わせて断言した。

 

「人間は弱くないわ」

「んん?」

「はぁ?」

 

 ますます困惑に包まれる二人にアリスはそう、断言した。自分に言い聞かせるという意味も含めて、口に出した。

 

「今まで忘れていたわ。人間の潜在能力というものを。私もかつては人であった筈なのに」

「…………」

「だから、これはそれを思い出させてくれたほんのささやかなお礼とでも思って頂戴」

 

 その言葉と共に数多の人形達が消え、代わりにアリスの左右から黄金の光と共に新たな二体の人形が現れた。一体は青を、もう一体は赤をそれぞれ基調とした洋装に身を包んだ金髪の少女の姿を模した人形。

 これまで小夜と霊夢が壊した生気のない無機質な人形達と比べてあまりに異質、明らかに今までの人形達の何倍もの手が加えられていることは明白であった。

 しかし、それ以上に驚くべき点は他にあった。

 

「……え、小さくない?」

「うわぁ、可愛いです」

 

 今までの人形が大きさに多少の違いはあれど大体成人男性より一回り大きめのサイズをしていたのに対し、新たに現れたこの二体の人形はアリスの腰くらいの背丈しかない。

 驚く二人にアリスはそれぞれの人形を指さして説明した。

 

「こっちの青い服の子が上海人形。そして、こっちの赤い服の子が蓬莱人形よ。ほら、ご挨拶して」

「上海? 蓬莱?」

「シャンハーイ」

「ホウラーイ」

「喋ったッ!?」

 

 謎の鳴き声のようなものを発しながら笑ってお辞儀をするその様は、まるで生きている子供を見ているかのようであった。

 先刻までの人形とはあまりに正反対で、緊張感すら薄れてしまう。

 

「ここからはこの二人でお相手をするわ」

「ふぅん、人形劇でも見せてくれるのかしら?」

「多分、それ以上に満足頂けると思うわ」

 

 その瞬間、二体の人形は同時に地面を蹴って小夜と霊夢に向けて突進してきた。

 

「は、速い!?」

 

 あっという間に間合いを詰められ、小夜は距離を取るために牽制として蹴りを繰り出す。

 しかし、上海人形はそれを容易く避けて見せると、繰り出された小夜の足を掴み、たやすく体ごと持ち上げた。

 

「うわぁ!?」

「なんて馬鹿力よ!?」

 

 向かってくる蓬莱人形との距離をバックステップで取りながら霊夢は横目で上海人形に持ち上げられている小夜を見て驚愕した。

 その一瞬、蓬莱人形から視線を外した隙を突かれた。

 

「え……!?」

「ホウラーイ」

 

 右足に突如走った激痛に霊夢は足元に視線を向ける。

 霊夢の右足の太腿に吹き矢の鋭い矢が突き刺さり、袴を血で赤く染めていた。

 見ると、蓬莱の手の平が霊夢に向けられており、その手の平の中央辺りに発射口のような丸い穴が開いていた。

 

「飛び道具まで……!」

 

 間合いの差に油断して敵の飛び道具の可能性に関して考えていなかった霊夢のミスであった。

 霊夢は片膝をついて、矢を引き抜く。返しによって引き抜く際に更に肉が抉られ、出血も増すが、この程度の痛みは紫との修行の中では日常茶飯事であった。この程度の傷で霊夢が闘志を失うことはなかった。

 

「は、離せぇ!」

「シャンハーイ」

 

 一方、片足を真上に持ち上げられて完全に自由を奪われた小夜は掴まれていない左足で必死に抵抗するが、いずれも空を切るばかりで上海人形には掠りもしない。

 しばらくその様子を眺めていると、上海人形は飽きたように小夜から視線を外し、足を持ち上げた腕を勢いよく地面に振り下ろした。

 

「がっ……はッ……!」

 

 強い衝撃が体中を駆け抜け、視界が大きく歪み、息ができなくなる。しかし、まだ辛うじて意識を残していた小夜はその場で体全体を捻って回転し、ようやく上海人形の腕から逃れ、間合いをとった。

 

「れ、霊夢さん、この人形……」

「ええ、さっきの人形とは比べ物にならないわね」

「当然よ。言ったでしょう、これはお礼」

 

 アリスは自分の元に戻った上海人形と蓬莱人形の頭を撫でて言った。

 

「この子達は私の人形の中でも最高傑作の試作人形。人間しかいないこの大会ではそもそも使用すら予定されていなかった代物」

 

 アリスは表情のこわばる小夜達を見て笑う。

 

「まだ試作段階とはいえ、弱い人間じゃ試運転にもついていけないと思っていたから」

「――――ッ!」

「でも、あなた達のおかげで人間は弱くはないとわかった。この子達の試運転についていけるとわかった。だから、お礼にあなた達をこの子達の初の試運転に付き合わせてあげるわ」

「……どこまでも、人を舐めているのね」

「いいえ、あなた達人間は決して弱くない。それは認めているわ。ただ、だからと言って魔法使い(私達)より弱いという事実は変わらない、それだけよ?」

 

 瞬間、アリスが右手を軽く振ると、再び嬉々とした表情を浮かべた上海人形と蓬莱人形が襲い掛かってきた。

 

 

「――これで、何回負けたのよ、あんた?」

「うぅ……212回です……」

 

 脳天に踵落としを喰らい、地面に伏した小夜は冷たく自分を見下ろす幽香に細々と呟いた。

 幽香に弟子入りをしてから初めてのマンツーマンでの修行。それはひたすらに幽香と組手をすることであった。小夜はいずれかの急所にどんな威力でも一撃でも当てれば勝ち。一方で幽香は小夜を戦闘不能にすれば勝ち。このルールで初日は朝から一日中組み手を行っていた。

 日が暮れて体力も精神力も限界を超えて倒れ伏す小夜を見て幽香は小夜の目の前に座り込む。

 

「攻撃が単調過ぎる」

「う……」

「一撃と一撃の間の繋ぎが甘い」

「うう……」

「そもそも一撃が軽い」

「ううう……」

「汗っかき」

「気にしてるんですから言わないでくださいよ!」

 

 ますますうずくまって起き上がる気配のない小夜に幽香は尋ねた。

 

「あんた、何でそんなに蹴りにこだわるの?」

「え?」

「あんたの攻撃、ほとんどっていうか全部蹴りじゃない。あんたのその腕ってもしかして飾りなのかしら?」

「だ、だって、蹴りは拳よりも強いじゃないですか!」

「そうね。足は腕の数倍の筋肉があるし、リーチも足の方が長いしね」

「ほら――――」

「でも、安定に欠くわ」

「う……」

 

 その幽香の一言に小夜は口をつぐんだ。

 

「足の本来の役割は体を支えること。そのために人は二本の足を地につける。でも、蹴り技は自分の体を支える足の片方を地から離して攻撃に用いる。これはつまり、自ら好んで体勢を不安定に、大勢を不利にすることに等しい。見方によっては相手に殺してくださいと言っているも同然の隙。得られる恩恵以上に不利な面が多過ぎるわ」

「…………」

 

 厳しい言葉をかけられながらも、小夜は顔を挙げて幽香に視線をぶつける。

 しばらく二人の視線がぶつかり合うと、幽香が笑って小夜の額を小突く。

 

「ま、いいわ」

「え?」

「別に私が教える武術にも蹴りはあるし、別に捨てろとは言わないわ」

「そ、そうなんですか?」

「ただ、もう少し視野は広く持ってもらうわ」

「あの、私はなんの武術を教えて頂けるんでしょうか?」

「そういえば、まだあんたには私がどういう武術をやってるのか言ってなかったわね」

 

 小夜の襟首を掴んで強引に引っ張り上げながら幽香は言った。

 

「空手、それがあんたがこれからやる武術よ」

「空手……?」

 

 

「――――なんて、なんで今こんなことを思い出しているんでしょう?」

「ちょっと、小夜、先にくたばったら承知しないわよ!」

 

 目の前に映る夜空の星を見つめながら小夜は仰向けになって虚ろに呟いていた。

 霊夢がそんな小夜を激励するように声をかける。

 

「人形は二体、あいつはすぐ目の前だっていうのに……まだ私達はあいつの顔面殴り飛ばしてないでしょうがッ!」

「――――ッ! そう、でした!」

 

 その言葉で我に返り、小夜は再び起き上がる。体の節々に鈍い痛みが走るが気にはならない。

 そんなことを気にしている場合ではないのだ。

 

「まだ、立ち上がってくるなんてタフねぇ」

「はん、この程度で私達が倒れるはずないでしょ?」

「傷だらけでよく言うわ。まぁ、どちらにせよ後三回攻撃を受ければあなた達は揃ってワープだけれど」

 

 既に霊夢と小夜は星を二つずつドロップしている。

 後三回有効打を浴びればその時点でワープ。夜通し戦い、もうこの山を目指すだけの体力は残っていない。

 あと有効打を三回入れられるまでに攻略しなければならない。

 あの上海人形と蓬莱人形を。

 

「シャンハーイ」

「ホウラーイ」

「あの人形……本当に厄介ね……! 最高傑作というだけはあるわ。あの人形さえどうにかすれば術者はがら空きだっていうのに!」

「……霊夢さん、あの二体を相手取って何秒間持ちますか?」

「策があるの?」

「はい、一度しか通用しない策ですが……」

 

 小夜は若干自信なさげにそう答えた。

 

「ふん、まぁ、やれることがあるんなら、全部やってみようじゃないの」

「じゃあ、私が上海人形を抜いたら、五秒間、二体を足止めしてください」

「任せなさい。なんならそのまま二体まとめてぶち壊してやるわよ」

「相談は終わったかしら?」

 

 アリスは余裕を含んだ笑みを向けてくる。

 彼女の問いかけに対し、小夜と霊夢はただ、構えることで答えた。瞬間、再び上海人形と蓬莱人形が小夜達に突撃してくる。

 

「はっ!」

「シャンハーイ」

 

 前蹴りで間合いに入らせないよう牽制すると、そのまま蹴った足で踏み込み、小夜は立て続けに膝蹴りを繰り出す。

 幽化と動の気の開放による怒涛の攻めは上海人形を防戦一方に追い込んだ。しかし、アリスはその状況になっても決して焦ってはいない。むしろより勝利を確信し、口角を釣り上げている。

 

(小夜の攻撃スタイルは蹴り。つまりそれは足場が常時不安定ということ。最初にやって見せたように蹴り技に対してカウンターを決めることができれば、確実に足場が不安定で踏ん張りの利かない小夜は何もできない。あれ程ノーガードで隙だらけのスタイルもないわね)

 

 今は小夜が攻撃し続けているから問題はないが、いずれ、最初のように蹴りを避けられ足を掴まれればその時点で小夜になす術はない。攻撃力では拳に勝る蹴りだが、その防御力はほとんど0に等しいと言える。

 もし、次に蹴りをカウンターされれば、その時は小夜の負ける時となるだろう。

 

(私はその機を待ち続ければいい。あれだけ攻めていれば体力の消費も尋常ではない。疲労が溜まって動きが鈍るか、勝負を焦って攻撃に溜めを作ったその時、それが小夜の最後)

 

 その一方で、避けるばかりでほとんど戦おうとしない霊夢の方を見てはアリスは苛立たしく息を吐いた。

 

(まるで正反対ね。片方はひたすらに攻撃、片方はひたすらに防御。何を考えているのかしら?)

「はぁッ! はぁッ!」

(そろそろね)

 

 汗を散らし、攻撃を続ける小夜に苦しそうな呼吸音が混じってきていた。おそらくはあと一分程度で体力も底をつくだろう。

 その時、蹴りから地面に戻した小夜の右足が普通よりも後ろにつけられたのをアリスは見逃さなかった。

 

(溜めを入れた! ここしかない!)

 

 アリスは素早く魔力の糸を通して上海人形に攻撃命令を下す。

 勝負を焦って小夜はより強力な一撃に賭けて溜めを入れた。ここですかさず攻撃を入れれば溜めのせいで回避も間に合わず、防御の術もない小夜はもろに攻撃を受けることになる。

 決着はついた。上海人形が命令に従って小夜の懐に飛び込んでいったその時、小夜の笑みと共に異変は起こった。

 

 

「――違う! もっと脇を絞めて、腰を落とす! 引手への意識が低いわよ!」

「む、難しいですよ! っていうかなんで私今パンチの練習なんてしてるんですか!? 蹴り技を教えてくださいよ!」

「パンチじゃないわ。突き、よ」

 

 空手の修行を開始して一日目。小夜はひたすらに正拳突きを打たされていた。

小夜の抗議にもほとんど耳を貸さず、幽香はひたすらに突きを打たせては罵声を浴びせ続けた。

 

「も、もう、腕が上がりません……」

「だらしないわね。今の突きじゃ蚊も殺せやしないわ」

「私は蹴りしか能がないんですよ! それに、非力な女の私が突きを極めたって効かないじゃないですか!」

「男か女か、空手にそれは関係ないわ」

 

 幽香は静かに、しかし強い口調でそう言い放った。

 

「空手っていうのは四肢の武器化を旨とする武術。男だろうが女だろうがナイフで刺せば人を殺せるでしょ?」

「私の手足がナイフになるっていうんですか!?」

「その通りよ。私との修行を経て、あんたの手足は鈍器に、そして刃に変わる」

「本当に、私の手足が、刃に……!?」

「まぁ、最低でも十年は先の話だけれどね」

「じゃあ、結局今私の突きは通用しないですよね!?」

「当たり前でしょ? 言ってるじゃない、蚊も殺せやしないって」

「やっぱり意味ないじゃないですか!」

 

 うなだれる小夜に幽香はため息をつくと、突然、目の前で正拳突きの構えをとる。

 

「え? どうしたんですか、幽香師匠?」

「見てなさい」

 

 不思議そうに幽香を見つめる小夜に幽香はそれだけ言うと、引手を動かす。

 

「せいッ!」

「うわああっ!」

 

 正拳突きを警戒して正面をガードした小夜だったが、正拳突きが飛んでくることはなく、代わりにいつのまにか幽香の右足が小夜の横腹に付けられていた。

 

「え?」

「今、突きが来ると思ったでしょ?」

「は、はい」

「今日は一日正拳突きしかやってなかったから手に意識が行き過ぎてるのよ。構え全体を見ればすぐに引手はブラフで蹴りが来ることは分かった筈よ」

「あ……」

 

 確かによく見てみれば引手以外はまるで突きの構えとは言えなかった。あまりに引手に集中しすぎていて騙されたのだ。

 

「小夜、喧嘩のコツっていうのはね。如何に技を磨くかとか、如何に体を鍛えるかとかいう所にはないわ。そんなのは所詮、競技の中だけの話。本当に重要なのは如何に相手をビビらせるか、よ。特にあんたは蹴りばっか繰り出すから突然、突きなんてきたら多分相手は何もできないわよ。そういう無防備状態ならあんたの突きだって十分に効くわ」

「なるほど……」

「ま、そういう『駆け引き』もできるようになっておきなさい。蹴りだけじゃなく色々勉強するといいわ。ただ攻防を繰り返すのが戦いじゃないわ。空手っていうのはそういうことを体で覚えられる武術よ」

 

 そこまで言うと感心する小夜を置いて幽香は道場の扉に手をかけ、最後に思い出したように振り向いて言った。

 

「それにねぇ、あんたが思う程『殴る』って悪いもんじゃないわよ?」

 

 その時の幽香は非常に凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 

「正拳突きぃいッ!」

「シャンハッ……イ!?」

 

 突如、小夜から繰り出された正拳突きが上海の顔面にめり込み、勢いよくふっ飛ばされる。

 

「今です!」

「なっ! しまった! 上海!」

 

 小型化による軽量化が災いし、距離が離されてしまったものの上海人形の機動力ならば辛うじて、動の気を全開した小夜のダッシュにも追いつくことは可能であった。

 

「よし、がら空きの背中に一撃入れて――――」

「――何か、忘れてない?」

「な!?」

 

 小夜の背中に上海人形の手が届く寸前、その真横から同じ程度の大きさの物体が凄い勢いで投げ飛ばされて衝突した。

 

「ホ、ホウラーイ」

「蓬莱人形!?」

 

 見れば、手をパンパンと叩いて埃を振り払う霊夢の姿がある。

 小夜が上海人形に突きを入れてふっ飛ばした時にアリスに走った動揺、それが魔力の糸による人形操作を一瞬停止させ、結果蓬莱人形は一瞬硬直してしまった。

 そして、それは霊夢が蓬莱人形を組み伏せて上海人形に投げつけるには十分過ぎる隙であった。

 互いの体ががんじがらめになって上海人形と蓬莱人形は動けない。

 全ての障害は消え、今、アリスの目の前には小夜が迫っている。

 

「あ、新しい人形を――――」

「遅いッ!」

「ひっ!」

 

 地面を蹴り、その勢い全てを右拳に乗せ、小夜の拳は転移魔法で人形が現れるより先にアリスの顔面を打ち抜いた。

 

「ぎゃ…………ああっ!」

 

 鼻から真っ赤な鮮血を吹き出しながら、アリスは白目を剥いて倒れる。既に彼女の意識はなく、その体は光に包まれてワープされる。

 一方で小夜は肩で息をしながら自分の右拳を見つめていた。あまり殴り慣れていないせいだろう。皮がずる剥けて僅かに血が滲んでいた。その手に残る痛み、アリスの顔面に拳がめり込んだ感触。

 そして、胸の内に去来する謎の高揚感。

 

「勝ったわね。一発で気絶させちゃったのは勿体ないけれど、まぁ、いいでしょ」

「はい」

 

 霊夢も満足気な笑みを浮かべている。アリスの居た場所に落ちた星一つを手に取り、小夜は言った。

 

「霊夢さん、私今まで大きな勘違いをしていたみたいです」

「え?」

「殴るっていうのも案外スカッとしていいですね」

「……あんた、今酷い顔してるわよ」

「え?」

 

 その時の顔は、幽香が小夜に見せた笑みとそっくりであった。

 

 




人武祭選手紹介

博麗霊夢
 誰もが知っている東方シリーズの顔。ただし、本編は旧作時系列のため、若干幼く、未熟。
 博麗靈夢の娘であり、次代の博麗の巫女。そのため幼少期から紫に厳しい修行をさせられ、そのせいで母親といる時間が極端に短い。また、年の割に達観した考え方をしており、誰に対しても堂々と振る舞う器量を持っている。
 勘、と本人は言っているが、第六感能力が非常に高く、生半可な攻撃は目を閉じたままでも避けられてしまう。ただし、体勢などの問題で骨格的に避けることが不可能な攻撃や霊夢の反応スピード以上に速い攻撃なら避けようがないため普通に食らう。
 人武祭に向けて蓮一へのリベンジのため紫と修行していた模様。その修行で会得したと思われる未だ謎に包まれた技を使い、今の所負けなしである。
 「空を飛ぶ程度の能力」を持っているが、人武祭では敢えて使っていない。
 
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