東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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大変お久しぶりでございます。

人武祭、第三次予選決着です。






第五十五話「大泥棒、石川五右衛門」

 

 ――――コツン

 額に何か小石みたいなものが当たる感触で蓮一は目を覚ました。

ゆっくりと瞼を開いて起き上がると、目の前には霊夢と小夜の姿が見える。

 

「おはよう、蓮一」

「ん? ああ、おはよう」

「何で、あんたはこんな道端で寝てんのよ!」

「グフっ!」

 

 霊夢の蹴りが蓮一の腹に直撃する。

 蓮一はしばらく悶えたあと、一呼吸おいて立ち上がり答えた。

 

「いや、俺星0個だから別に誰に襲われても関係ないし」

「だから! なんで星0個の予選敗退筆頭が呑気に道端で寝てんのよって言ってんの!」

「ぐはあっ!」

 

 今度は霊夢のアッパーカットが蓮一の顎を天高く跳ね上げた。

 

「あの、霊夢さん、もう二回攻撃しちゃいましたから……次攻撃したら蓮一さんワープしちゃいますから、その辺で……」

「チッ、そういえばそんなルールあったわね」

「ふぅ、助かったよ、小夜」

 

 一向に変わらない態度に霊夢は蓮一を睨みつける。

 

「あんた、わかってんの!? 明日の朝9時よ!? それまでに上位十二位に入らなきゃ予選敗退よ!?」

「わかってるよ」

「だったら、さっさと星集め行きなさいよ! あんたの実力なら大抵の奴には勝てるでしょう!?」

「……そんなことはない」

「弱音はいてる場合!?」

「ここまで予選を上がってくるまでに既に俺は師匠との修行で得た大技を二つも使っている。予選ですらここまで一筋縄ではいかない」

「だから何よ? だったら母さんとの修行で得た技でもなんでも使えばいいでしょ!?」

 

 蓮一は霊夢を見て困ったような笑いを見せて言った。

 

「いや、それが、俺この予選はそういう大技使わずに乗り切るよう師匠から言われているから」

「なっ……!」

 

今まででさえ出し惜しみなく全力で戦ってきてようやく突破してきた予選を、しかも最大の難関であるこの第三次予選を、縛り状態で突破しろと、そう蓮一は靈夢から言われている。

その言葉を聞いて霊夢は愕然とし、言葉を失ってしまう。

蓮一は続けて話す。

 

「でも、その縛りのおかげで気が付けたこともある。俺が疎かにしていたことや、可能性について俺はこの予選の中で多くを学ぶことができた」

「……予選を突破できなきゃ意味ないのよ!」

「霊夢?」

「霊夢さん……」

 

 霊夢は拳を震わせて、静かに言った。

 

「あんたが、本戦にあがってくれなくちゃ! 私がいつまでも決着つけられないのよ!」

「…………」

「私はここまで来たっていうのに! 何でそこであんたの方が落ちてんのよ! ふざけるんじゃないわよ!」

「ちょ、霊夢さん、抑えて!」

「あんたがここで負けるんだったら、もう、今、この場で決着をつけるわ!」

「れ、霊夢さん!」

 

 霊夢が蓮一に向けて一歩踏み込む。

 本気で闘うつもりだ。そう小夜が確信し、止めに入ろうと手を伸ばしたその時、霊夢の動きは蓮一の右腕によってピタリと止められた。

 

「う、ぐ……」

「動けないだろ?」

「え? 何? 何をしているんですか?」

 

 小夜の言葉は蓮一と霊夢の状況の不可思議さを表すのには適格な台詞であった。

 蓮一の腕は霊夢の体に触れている訳ではない。むしろ、霊夢の真横に伸ばされている。攻撃をしているでも防御をしているでもなく、ただ、手をその位置に置いたといった感じだ。

 別に霊力か何かを放っているようには見えず、少なくともその程度のことが要因ならば霊夢はすぐに対処をしていた。

 しかし、霊夢は動けないままでいる。一体何が起きたのか、小夜の目からではさっぱりわからない。

 

「何なのよ……その技は……」

「技って程のものじゃない。俺は今、お前の『因果』を塞いだんだ」

「因果を塞ぐ?」

 

 蓮一の言葉の意味を霊夢と小夜が図りかねているのを見て、蓮一は手を下す。同時に霊夢は一歩、二歩と後退する。

 

「まぁ、俺はまだ因果の理解が浅いから、かなりデキる奴にしか通用しないけどな。霊夢にならきっと通用すると思ってたよ」

「…………何を言ってるのかさっぱりわからないわね」

「ああ、俺もだ。ほとんど師匠からの受け売りだからな」

 

 蓮一は照れ臭げに笑っているが、得体のしれない何かをされたという実感は霊夢の中での蓮一という壁をさらに高くするには十分すぎた。

 

「まぁ、今のは師匠から教わった究極奥義『曼荼羅制空圏』の基礎みたいなものでな。技ですらないんだが、俺にはそれすら難しい」

「曼荼羅制空圏?」

「ああ、一次予選で使ってみせただろ?」

 

 それを聞いて、霊夢と小夜は蓮一が第一次予選の時、四剛と呼ばれる四人を一瞬で倒して見せたことを思い出した。

 

「あの時はこの基礎ができてなかったからあんな感じで失敗したけどな」

「あれで失敗なんですか!?」

「ああ、実はあの時、今の霊夢みたいに動きとめるのが精いっぱいで、思わず『手数を増やす能力』で全員に手刀をな、はは……後で師匠に叱られたよ」

 

 苦笑いを浮かべて蓮一は続ける。

 

「でも、この『基礎』さえ使いこなせれば、多分この予選、通過できると思うんだ」

「……本気で言ってるの?」

「ああ、相当な集中力を要するし、間に合わなかったらそれまでだけど、一発逆転のアテが一つある」

 

 蓮一は今度は不敵な笑みを見せる。少なくとも嘘を吐いているようには見えない。

 霊夢は大きくため息をつく。

 

「……信じていいのね?」

「期待には応えるつもりだ」

「いいわ、じゃあ、精々足掻きなさい。行くわよ、小夜」

「え? あ、はい! あの、蓮一さん、頑張ってくださいね!」

「ああ……あれ? そういえば二人はなんで俺のところに? ていうか、よく俺の場所分かったな。俺星0個でステルスなのに」

 

 立ち去ろうと背中を向けた霊夢に尋ねたその今更な質問に、霊夢は振り返ると、地面を指さす。

 見れば、蓮一の足元に星が一つ落ちている。

 そういえば、寝起きに何か小石のようなものが当たった感触があったことを思い出し、その正体がこれだったのだと蓮一はようやく理解した。

 

「これは?」

「アリスから小夜と私で奪ってきた星よ。あんたにあげるわ」

「え、いらないんだけれど――――」

「人の厚意は大人しく受け取れ!」

「ぎゃああ!?」

 

 星を拾い上げて返そうとする蓮一を霊夢が背負い投げして木に叩きつける。

 同時に三回攻撃を受けて蓮一はワープされ、手に持っていた星と共に霊夢と小夜の前から消えていった。

 

「ったく、貸し一つよ」

「恩の押し売りじゃないですか……」

「事の発端はあんたでしょうが!」

「まぁ、そうですけれど」

 

 第三次予選終了まで、あと、23時間23分。

 

 

 次に蓮一がワープされたのは湖の畔だった。

 素早く辺りを見回すが、どうやら敵の気配はなく、蓮一は安堵の息を洩らす。

 

「全く、なんて乱暴な巫女だ、師匠とは大違い――――でもないな、やっぱり親子か」

 

 独り言を呟きながら、手に残っている小さな星を見つめる。

 

「……まぁ、捨てる訳にもいかないし、借りておこうか」

 

 星をポケットの中に入れて、湖の水で顔を洗い、ひとまず朝食とした。

 

「ふぅ、水場の近くにワープしてきて助かったな。水も何もなかったから」

 

 近くの木の実などを探してきて齧りながら湖の水で喉を潤す。

 山で幾度か過ごしたことがあった経験が活きた。

 

「さて、霊夢達にも急かされているし早速星を取りに行きたいのは山々だが、しかしまだ動けないな」

 

 蓮一は空を見上げて呟く。

 澄み渡るような青空に、小鳥が数羽飛んでいくのが見えた。

 

「もう少し、もう少しで『因果を追える』。それまで、間に合うといいが……」

 

 そう呟くと、蓮一は座禅を組み、瞑想を始めた。

 最低限の水と食料は得た。攻撃される心配もさしてない。ここまで条件が揃えばあとは蓮一自身がやるか、やらないかの二択に尽きる。

 

「まぁ、なんにせよ、逆襲のチャンスは一度。明朝のタイムリミット寸前。待ってろ、五右衛門、借りは返すぞ!」

 

 

――生まれた時から、親はいなかった。

 

「おらぁ! その服の中に隠したもん出しやがれ!」

「持ってねぇ! なんも持ってねぇ!」

 

 道端でうずくまって懐に隠した餅を守る。盗みをやれば大体こうなる。

背中には店主らしき男の罵声と鈍い衝撃が何度も響いてくる。多分、こん棒か何かで殴られているのだろう。

 

「テメェがウチの餅一つ懐の中にくすねてッたのは見えてたんだよッ!」

「うっ!?」

 

 後頭部に強い衝撃が走り、額が地面に叩きつけられた。

 ゆっくりと目を開けると地面に血がこびりついている。流石に今のはやり過ぎたと思ったのか、背中に叩きつけられるこん棒が止まっている。

 

「う……二度とするんじゃねぇぞ、クソガキ!」

 

 きっとこのままでは殺してしまうかもしれないという思考がよぎったのだろう。

 店主はそう言って店の方に引き返していった。

 

「へ、へへ……ちょろいもんだべ……」

 

 おらは立ち上がって懐の餅を取り出して口の中に押し込む。

 すっかり潰れている上に砂利も混じっているが気にする程のものではない。

 

――生まれた時から、何もなかった。だから、盗むしかなかった。

 

「何がちょろいだ。餅一つ盗むためにボロボロじゃねぇか」

 

 住処に帰るおらを一つ年上の少年が迎えてくれた。

住処は腐臭と疫病がはびこるゴミ山だ。同じ境遇の『持たざる者』たちと共に、おらは日々『持てる者』から生きるために必要なものを奪い、生きてきた。

 

「誰が餅一つだなんて言ったべ」

「お!? マジかよ、何個あんだよ!?」

「わかんねぇ、取り敢えず詰めるだけ詰めてきたべな」

「全くわかんなかったぞ……」

 

 おらが懐に隠していた大量の餅を取り出すと、たくさんの子供がゴミ山の影から現れる。

 

「お前ら、はよ取らんとなくなんぞ!」

 

 子供達が一斉におらに群がって餅を取っていく。

 その様子を見て少年は笑って言った。

 

「お前、将来大物になりそうだな」

「そうだべか?」

「ここにいる他の奴なんて大人だって自分のことだけで手いっぱいの奴ばっかだ。こうやって多めに盗めてもそれを分けようと思う奴なんざ一人もいないぜ?」

「自分と同じような境遇の奴見てるとな、なんか落ち着かねぇんだ」

「お前、ここに似つかわしくねぇ位いい奴だな」

「盗人だけどな」

「こうして喜んでるやつがいるなら、それも悪くねぇよ」

 

 盗みは生きるために自然と身についた。

 良いことか悪いことかは数回盗みをやった後に気が付いた。だが、やめようとは思わなかった。

 生きるために盗みは必須であったし、それによって喜んでくれる人もいる。むしろその技により磨きをかけることに集中した。

 盗みの技が、その日の食い扶持になる。

 その日一日を生き残るために盗む。それを何日も、何年も繰り返しているうちに、いつの間にか、おらは五右衛門なと呼ばれる大泥棒になっていた。

 

「――――っと!? 少し居眠りしちまったべか」

 

 木の上で目覚めると、五右衛門は下の方を見回し、敵の姿がいないことを確認してから次に空を見上げる。

 

「日は寝ちまう前とほとんど変わってねぇ。寝てたのは大体30分くらいだべか」

 

 安心して息をつく。

 革袋を取り出して中を覗いて盗まれていないかを一応確認する。

 

「まぁ、流石にそれはねぇか」

 

 革袋に詰まった星を見て五右衛門は蓮一を思い出す。

 

「あいつ……」

 

 五右衛門はワープする寸前の蓮一の目を思い出していた。

 一秒前まで仲間だった者に裏切られる。その精神的なダメージは限りなく大きいはずだ。普通は心が折れるか、怒り狂うかのどちらかだ。

 しかし、蓮一のあの目だけはそのどちらでもない。

 

「諦めねぇって目だったべ。闘志がんがんに燃やして、何が何でもおらからもう一度星奪い返そうって、そんな感じの顔だ」

 

 五右衛門はそう言うと、口角を釣り上げてまた呟いた。

 

「あいつがおらにリベンジしにくるとすれば、明朝のタイムリミット直前を選ぶはずだべ! 面白れぇ、返り討ちにしてやる、盗人は盗んだもん返さねぇんだ!」

 

 

 そして、時間は過ぎ去り、第三次予選から実に47時間が経過したという時。

 ついに事態が動き始めた。

 

「――ん? おう、そろそろ来る頃だと思ってたべ」

「ああ、久しぶりだな、五右衛門」

 

 森の中を歩いていた五右衛門の前に、木の上から降り立つ影があった。

 蓮一である。

 

「さぁ、俺の星を返して貰うぞ」

「教えてやんべ、蓮一」

 

 笑いながら五右衛門は挑発的に言った。

 

「盗人は盗んだもんは返さねぇんだ!」

「――!」

 

 真っすぐに蓮一に向かっていき、五右衛門は掌底を蓮一に放つ。

 しかし、蓮一もそれに対し素早く反応し、五右衛門の掌底を完璧に見切ったうえでその手を掴み、一本背負いを仕掛ける。

 

「うおらああああ!」

「がふっ!?」

 

 地面に投げ落とされた五右衛門は苦しそうな呻き声を上げる。

 

「お前の技は発勁を見た時もう見切っている! 中国拳法の動きなら俺にだって心得があるんだ!」

「……へぇ、そうだったべか」

 

 五右衛門はゆっくりと立ち上がる。その顔には不敵な笑みが浮かぶばかりで少しも焦る様子はない。

 

「でも、本当に見切ったべか?」

(この動きは!? 中国拳法のものとは明らかに違う! 柔術の動きか!?)

 

 柔術に似た足さばきで五右衛門は動揺した隙をついて蓮一に切迫すると、今度は拳を固め、それを蓮一の鳩尾に撃ち込む。

 気血が集中したその拳による正拳突きは蓮一の体を後ろの木に叩きつけるには十分な威力であった。

 

「これは……空手!?」

「数種類の武道を使えんのが自分だけだと思ってたべか?」

 

 五右衛門は驚きを隠しきれない蓮一に悠々と説明を始めた。

 

「おらはな、天下一の大泥棒、石川五右衛門なんて呼ばれているべ」

「石川、五右衛門?」

「おらはどんなものでも必ず盗める。盗みのプロだべ。でもな、おらに狙われることを恐れた『持ってる』奴らは用心棒を雇ってるもんだべ。まぁ、そいつらの目を掻い潜って盗むのもいいんだべが、向こうも用心棒のプロ。どうしても上手くいかねぇ時がある。そういう時は戦いになるべ」

 

 五右衛門は目を瞑って懐かしむように話し続ける。

 一見隙だらけのように見えるが、微塵も攻撃できるような隙は見当たらず、蓮一は構えたまま五右衛門の話を聞いているしかなかった。

 

「そうして用心棒と何度か戦う間にな。おらぁ気付いたべ。もしかしたら、こいつらの技も盗めるんじゃねぇかってな。やってみたらこれが大当たりだった。そんな訳で、おらはこれまで沢山の用心棒や傭兵と戦って、その中で相手の技を盗み取ってきたべ。こんな風にな!」

 

 そう言うやいなや、蓮一の腕をつかみ取ると、そのまま重心を蓮一の真下に移動させて鮮やかに蓮一を腰に乗せて見せる。

 

「一本背負い!」

「なぁ!?」

 

 蓮一は成す術なく地面に叩きつけられる。

 蓮一はしばらく起き上がることができなかった。ダメージのせいではない。今蓮一がやられた一本背負いが、あまりに先刻蓮一が五右衛門にやって見せたのと酷似していたからだ。

 

「これは……俺の一本背負い……!」

「盗ませてもらったべなぁ」

「くそ! ならば!」

 

 蓮一は地面を全身で叩いて起き上がると、今度は五右衛門の頭を抑える。

 

「カウ・ロイ!」

「ぐぶっ!?」

 

 首の逃げ場をなくした上での膝蹴り。これは五右衛門も効いたらしく、よろめきながら近くの木の幹に手をついた。

 蓮一はさらに追撃を加えんと距離を詰める。

 

「これで終わりだ!」

 

 さっきの仕返しとばかりに、幹についていた五右衛門の手を取り、一本背負いの姿勢に入る。

 しかし。

 

「……え?」

「どうしたぁ? 持ち上がってねぇべさ」

「あ、れ……?」

 

 上手く重心が移動できず、五右衛門を投げられない。何度も霖之助に投げられながら文字通り体に刻み付けた技だ。こんな初歩的なミスをする筈はない。

 五右衛門は小ばかにするように笑うと、膝を曲げる。

 

「ふふ、最初に言ったはずだべ。『盗人は盗んだもんは返さねぇ』ってよ」

「な、なに……?」

「ほれ、投げられないんだったら、俺から投げられてやるべ!」

「うわっ!?」

 

 五右衛門が蓮一の真上を跳び越す。蓮一はその拍子に思わず五右衛門の腕を自由にしてしう。

 地面に降り立った五右衛門は即座に蓮一に飛びかかる。

 

「確か、こんな感じだべな」

「ぐ!?」

 

 頭を両腕で押さえられる。

 

「カウ・ロイ!」

「ぶっ!」

 

 顔面に容赦なく、五右衛門の膝蹴りが入った。

 そして、蓮一は三発目の攻撃を受け、ワープが始まる。

 

「いやぁ、この膝蹴りはおら見たことなかったべ。いい経験になったべ、あんがとよ、蓮一」

 

 ワープさせられる寸前、そう言って笑いながら星の入った革袋を腰の後ろから取って見せつけるように揺らす五右衛門の姿が見えた。

 

(くそ! 何をされたのかはわからないが、こいつ……只者じゃない!)

 

 第三次予選終了まで、残り50分。

 

 

「――あの時もこうだったべ」

 

 蓮一が消えた後、五右衛門は場所を移動しながらいつかの日に商人の館に盗みに入った時のことを思い出していた。

 金庫まで特に警備の者に見つかるでもなく、すんなりと入れた。随分と上手く行き過ぎていた。

 罠だったのだ。

 

「へぇ、お前が最近噂のこそ泥さんかい」

「げ……」

 

 金庫を開けて金を積み込む俺の背後に大柄な男が立っていた。

 相手は強いとすぐにわかった。

 単に腕っぷしが強いというのではない。体に纏う荒々しいオーラ、球体のような間合い。明らかに今まで戦ってきた相手とは格が違う。

 

「武人、だべか……!」

「動の気、発動ッ!」

 

 そこからは成す術なく一方的に殴られ続けた。

 

「ぐ……うう……」

「はっ!弱い弱い! ほうら、いくぜ! こいつが俺の必殺技だぁ!」

 

 男はおらを背中からホールドしながらブリッジをし、頭からおらを叩き落とした。

 

「ジャーマン・スープレックスッ!」

「がっ……!?」

 

 頭から全身に広がる衝撃、目まぐるしく回る視界、一瞬の浮遊感。その時、おらはあろうことか痛みに悶える前に、自分がかけられた技の感触を反芻していた。

 

「へっ、さて、他の奴らにこいつの死体を処理させねぇとな。おい! 誰かいねぇのか!?」

 

 背を向けた男におらはよろめきながら立ち上がると男の背中から手を回し、クラッチする。

 

「なっ!? てめぇ、まだ生きて――――」

「こんな感じ、だったべか?」

「う、うおおお!?」

 

 背中を逸らしてブリッジ。同時に男の頭は脳天から地面に叩きつけられた。

 

「がふっ!?」

「成程、これが、ジャーマン・スープレックス」

「てめぇ!」

 

 流石に男の方も屈強だ。すぐに起き上がってきて、もう一度おらを背中からクラッチする。

 

「効かねぇなぁ! 全然なってねぇんだよ! こいつが本物の、ジャーマン――――」

「ん?」

「あ、あれ? 何で俺のクラッチが簡単に外されて……ああ!?」

 

 さっき受けた時とは打って変わって男はクラッチすらまともにできていなかった。

 おらもその時は一瞬不思議に思ったが、すぐに気が付いた。

 

(そうか、さっきのおらの技がこいつの脳裏にこびりついてリズムを狂わしたんだべ)

 

 おらの技は完全なコピーではない。

 受けた技を頭の中で反芻し、基本だけ覚えて後は自分なりにやり易いようアレンジを加えている。しかし、それを受けた本人は自分の技がコピーされたショックでおらの技が脳裏にこびりつく。

 技には必ずそれぞれそいつ独特のリズムだとか、呼吸がある。おらの呼吸とリズムのイメージがこびりついた相手は、もうその技を使えない。なぜなら、自分のリズムを狂わされているのだから。

 

「へっへっへ、頭うって必殺技忘れちまったべか? しょうがねぇ、おらが教えてやんべ」

「ひ、ひぃ!」

 

 自らの技を奪われ、精神的に弱った男はまるで弱かった。

 その後、やられた分だけしっかり殴り飛ばし、おらは大量の金を盗み取ったのだ。

 

「――おらは技を真似るんじゃねぇ、盗むんだべ」

 

 五右衛門は笑って呟いた。

 

「だから、誰にもおらには勝てねぇ!」

「――そいつはどうかな?」

「なっ!?」

 

 五右衛門はその声と、数メートル先の木の陰から現れた人物に驚愕の声を上げた。

 

「ラウンド、2」

「れ、蓮一!? なんでここに!?」

 

 さっきワープされてからおおよそ三十分程度しか経っていない筈である。

 それなのに、この短時間の間に二度も合いまみえるなどまずありえない。

 

「因果を、追った」

「因果!? 何言ってんだべ!?」

 

 蓮一は動揺を隠せない五右衛門を他所に適当な木の傍に行き、その幹に手をつける。

 

「例えば、こうして俺が幹に手をつけて、揺らす!」

 

 木が揺れて、一匹のクワガタが落ちてきた。

 

「俺が木を揺らすという因により、クワガタが落ちてくるという果が起きた。これが因果、だ」

「原因と結果ってことだべ? それとお前がここにいることが何に関係するんだべ!」

「だから、お前があの位置からどの方向に、どの速さで動くか予測して、俺がどういう因を作ればこうして再びお前と会える果が得られるか。その因果を追った」

「そんなん不可能だべ!」

「一流の武人っていうのは、観察力が優れているらしい」

「また何の話だべ!?」

「武人の達人級とも言われる人たちなら、そいつの立ち姿をみただけで、そいつが次にどう動くかが予想できるんだって師匠が言っていた」

 

 つまり、因果を追うとはそういうこと。

 相手の次の行動を、どのような因によってどのような果が起こるかを予測する。

 武の究極である。

 

「まぁ、俺はまだまだ未熟だから、正直確率は低かったと思う」

「ぐ……」

「でも、こうしてお前と再戦できるようになったってことは、つまりはそういう因果なんだろうな、俺も、お前も」

「ふざけんなぁ!」

 

五右衛門が怒声と共に飛びかかる。

蓮一はそんな五右衛門に笑って言う。

 

「さっきのようには行かないぞ? お前のその武術の欠点、俺は三つ見つけた!」

「そんなもんはねぇべ!」

 

 五右衛門は、蓮一に詰め寄ると、両腕を曲げて拳を顔の辺りまで上げて小刻みにステップを踏む。

 武村のボクシングとよく似た動きだった。

 

「1・2! だべ!」

「今度はボクシングか。じゃあ、教えてやる、まず一つ目――――」

(ジャブで牽制してからのフェイントでアッパーだべ!)

「ジャブで牽制してから、フェイントでアッパー、か?」

「なっ!?」

 

 五右衛門のパンチは全て蓮一に捌ききられた。

 

「欠点その一。技の練度が低い」

「――!」

「確かに一瞬で相手の技をコピーしてしまうお前の『盗み』は凄い。しかも、お前のコピーは若干お前なりのアレンジが加えられていて、盗まれた方は技のリズムまで崩される。この狂いは最悪もう一度技を習得しなおさないと直らないだろうな本当に恐ろしい技だ」

 

 だが、技の練度自体は素人に毛が生えた程度。

 そう、蓮一は付け加える。

 

「まぁ、そりゃそうだよな。技っていうのは何度も繰り返し反復して高めていくもの。技を磨くために積み重ねた時間まではコピーできる筈も無い。まぁ、だからお前はコピーした技をアレンジする必要があり、そのせいで結果的に俺達がリズムを狂わされる訳だが」

 

 技の形は覚えても、キレは覚えられるものではない。キレとは何度も体に動きをしみこませていくうちに、ある日習得できる。

 技を盗むだけで、磨こうとしなかった五右衛門にそんなキレなどある筈も無く、普段から達人級の技に目が慣れている蓮一から見れば、五右衛門の攻撃一つ一つは取るに足らないものばかりであった。

 

「さっきは、動揺していたせいで遅れをとったが、もうお前の付け焼刃の技じゃ俺には届かない」

「くそが!」

「欠点その二!」

 

 蓮一はゆっくりと正拳突きの構えを見せる。

 その構えと技は五右衛門も良く知っていた。蓮一の倍はある巨体を持つ鬼若を吹っ飛ばす程のキレと威力を持った正拳突きだ。

 

「せいッ!」

「うおぁ!」

 

 正拳突きをバックステップで避ける五右衛門。しかし、蓮一は笑っている。

 

「この正拳突き、盗めるか?」

「気付いてたべか……!」

「盗めないよな? 何故ならお前の盗みは必ずその技を受けなければならないからだ!」

 

 五右衛門は蓮一の言葉に苦渋に満ちた表情を見せる。

 五右衛門の盗み、は相手の動きの観察と同時に、その技の威力や技を受けた相手がどうなるかをその身で知ることで可能となる。

 逆に言えば、一発攻撃を受けなければその技を盗むことはできないし、技を受けた後にその技を再現できるだけの体力が残っていなければならない。

 

「不思議に思ったんだ。『盗む』なんてとんでもない技を持っておきながら、なんでお前は俺と組んで星を集めていた時に奇襲する相手を選んでいたのか。それはこの欠点のせいで技を盗めなかったからだ」

 

 第三次予選のルール上、星0個状態の五右衛門は三発攻撃を受ければ即ワープさせられてしまう。

 だから、蓮一との共闘関係を崩さぬために攻撃を受ける訳にはいかなかった。

 

「加えて言うなら、上位陣の武村や岩龍さんの攻撃なんて一発もろに食らえばその時点でKOものだ。お前はそれを警戒していたんだろう?」

「……まぁ、そうだべ。全くもってそのとおりだべ」

 

 五右衛門はそう言うと、再び笑みを見せて笑い始めた。

 

「でもな、あの時と今じゃ状況が違うべ。ほら、もう一度攻撃して来い。さっきはビビっちまったけど、よく考えたら避ける必要なんてなかったべ」

 

 五右衛門は第三次予選終了までの残り15分の間に蓮一から逃げ切ればほとんど勝ったようなものなのだ。

 よって、五右衛門は現在二発攻撃を食らっている自分に蓮一がもう一度攻撃すればいいと考えた。

 蓮一が五右衛門の動きを呼んで先回りできても、ワープの位置までは特定しようがない。次五右衛門の位置が消えればもう蓮一には成す術がない。

 

「ほら、どうした殴れるもんなら殴ってみればいいべ!」

 

 蓮一が自分を攻撃できないとわかるやいなや、五右衛門はノーガードで蓮一に突進する。

 蓮一が攻撃しなかったとしても五右衛門が三発攻撃を食らわせればそれでもいい。

 

「おらぁ!」

「…………」

 

 五右衛門の拳が何もできない蓮一の顔面に突き刺さったその時、五右衛門の笑みは一瞬にして消え失せることになる。

 

「欠点……その三ッ!」

 

 顔面に刺さったままの拳が掴まれたかと思うと、一瞬蓮一の体がぶれて見え、気づけば五右衛門の体はうつ伏せに倒されていた。

 

「が……あっ……こいつはぁ!?」

「この技は盗めない筈だ――――」

 

 五右衛門の腕を体全体で絡みつくようにしてひじ関節を伸ばして固めるその技を見て、焦燥から五右衛門の額から汗が滲み始めた。

 

「――この、固め技だけは!」

 

 腕拉十字固め。それが今五右衛門がかけられている技の名称。

 腕の肘関節を伸ばすことで関節を極めて固める関節技。

 

「固め技は他の技と違って、『継続する』技! 俺がやめるか、お前が返さない限り、この技に永遠に終わりは来ない!」

 

 『盗み』は技を受けてから、その技をコピーして返すことで成立する。では、いつまでたっても技の受けが終わらない固め技は、まさしくこの『盗み』の天敵とも言える技だった。

 加えて、固め技はダメージを与えることを目的とはしていない。つまり、第三次予選のルールではこれは攻撃を受けたことにはカウントされない。

 この瞬間、五右衛門の敗北が決定した。

 

「う、うおおおおおお! 畜生! 畜生がぁああ!」

「お前の負けだ、五右衛門」

 

 多少自由の利く足で器用に五右衛門が先刻見せつけた星の入った革袋を蹴り外し、蓮一は止めに五右衛門の関節を、外した。

 

「がっ……!?」

 

 関節へのダメージは攻撃と判定され、五右衛門は星の入った革袋を残し、ワープしていった。

 

 

「――ふう、なんとかギリギリ間に合ったな」

 

 試合終了まで残り3分を切っているという所で蓮一は木の上に上り、安全を確認してから五右衛門から奪い取った革袋を開ける。

 しかし、すぐにその違和感に気が付いた。

 

「……少なすぎる!」

 

 一方、ワープした先で五右衛門は関節を外された右腕を抑えていた。外された関節自体は回復しているが、その時の気持ちの悪い感触はまだ残っている。

 しかし、五右衛門は尚も笑っていた。

 目の前にある、星の入った革袋を見つめて。

 

「へ、へへ……ちょろいもんだべ……誰が、星を一つに密集させておくか!」

 

 蓮一に奪われた革袋の方は五右衛門が集めた計23個の星のうち、11個だけを入れてある。

 これなら万が一奪われたとしても12個が入った方の革袋さえあれば問題はなく、また、総量の半分弱入れておけば満足して第二の革袋の存在を疑う者もいない。

 

「盗人は……盗んだもんは、返さねぇんだ……!」

 

 12個の星をグローブに付けて端末を確認する。

 ギリギリ自分は11位。上位十二名のうちには入れている。しかも、その下の12位を見て五右衛門は笑う。

 

「星11個の奴が三人もいるべ! はっ! これで蓮一は足切りだ! 俺までの11人が予選通過で決定だべ!」

 

 端末と右上に表示されている残り時間を見て五右衛門は勝ち誇って笑い続ける。

 残りは後十秒。依然として星は増えない。

 

「勝ったべ!」

 

 残り5秒。五右衛門がそう叫んで端末を投げた瞬間、端末の表示画面が変わった。

 

「なあああああ!?」

 

 同時刻、木の上でへたれる蓮一の姿があった。

 そのグローブには12個の星がはめられている。

 

「でかい借りができたな。霊夢と小夜に」

 

 あの時霊夢と小夜から強引に渡された砂で汚れた星を見つめて、蓮一は笑った。

 そして、空から島全体にアナウンスが鳴り響いた。

 

『第三次予選、終了おおおおおおおおおおお!』

 

第三次予選突破者

順位   名前      星

一位   アイリス   44個

二位   武村     21個

二位   岩流     21個

二位   霊夢     21個

五位   鬼若     20個

六位   岡崎夢見   17個

六位   小兎姫    17個

八位   明羅     15個

九位   玄亀     14個

九位   小夜     14個

十一位  五右衛門   12個

十一位  蓮一     12個

 

 




人武祭出場者紹介

五右衛門(石川五右衛門)
 人武祭の出場選手の一人。蓮一のいる人里からは遠く離れた里からやってきた。生まれついたころから孤児でゴミ山を拠点に日々盗みをして生きてきた。そのせいで盗みの技量は幻想郷一とまで呼ばれ、人々から石川五右衛門という呼ばれる大泥棒になった。
 戦闘では相手の技を『盗む』という規格外の技を使う。模倣とは異なり、盗まれた技はもう使えなくなる反則技。ただし、欠点も多く、第三次予選では蓮一にそこを突かれて敗北した。
 人武祭に出場するに至った経緯や目的は依然として不明。


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