別にタイトルと話数狙ってこうなった訳じゃないから!
失礼しました本編へどうぞ↓
森、薄暗い森の中で木々と草木以外に何も見えない視界。しかし、蓮一はまるで何かに掴みかかるように必死に手を伸ばすが、それは虚しく空を切るばかりである。
額から汗を流しながら、蓮一はどこにいるかもわからない魔理沙に叫んだ。
「隠れてないでさっさと出てこいぃぃぃぃ!」
「いやよ」
「そこか!」
後ろから聞こえた魔理沙の声を頼りに蓮一は体の向きを変えて突進するが、瞬間何故か後ろから背中を押され、バランスを崩した蓮一は地面に手をついてしまう。
すぐ後ろには頭を掻いた姿で佇む魔理沙の姿があった。
「まだまだ本質を見抜けていないわ。そんなんじゃいつまで経っても修行終わらないわよ?」
「くそッ!」
少し前、魔理沙と正式に師弟として握手を交わした後、蓮一は何も言われないまま外に連れ出され、突然この修行が始まった。
修行の内容は魔法で姿を隠した魔理沙に一瞬でも手で触れるというもの。しかも、魔理沙は蓮一の半径5m以内からは決して離れないと言う。
下手すれば闇雲に手を振り回しているだけでクリアできそうな修行。
しかし、修行開始からいくらやっていても蓮一の手が魔理沙の身体に触れる事はなかった。無作為に暴れ回っているだけで無駄に時間ばかりが流れている閉塞状態が長い事続いている。加えて、魔法の森の魔力瘴気によって体力も奪われている蓮一は今のように背中を押されただけで姿勢を崩し、手をついたままの姿勢ですぐには立てない程に疲労していた。
別に気配が全くない訳では無い。声も聞こえれば足音も聞こえる。
森では木々が風に揺れ、その木々の中で獣や鳥が蠢いている。しかし、それが聴こえてはいても、その位置までを特定するには至らない。
それと同じように、近くに居る筈の霧雨魔理沙の声や足音は聞こえていてもその位置を把握する事も触れる事もできないのだ。
蓮一の参っている様子を見かねた魔理沙がしゃがみ込んで蓮一に語りかける。
「なぁ、蓮一。この修行は第六感を開花させるものなんだよ? それなのにお前ときたら五感に頼ってばかりじゃないか」
「仕方ないだろ! じゃあ五感を消せばいいんじゃないのか!?」
「お前から五感全部奪ったら十分経たない内に発狂するだろうけど、それでもいいの?」
「う……」
反論はできなかった。
目も見えない、何も聴こえない、何も感じない、何も臭わない、何も味わえない。無明、無音、無感、無臭、無味。そんな空虚に、絶対的孤独に自分が支配される事を考えるだけで不安と絶望が心に満ちていく。
その状態で第六感という境地に辿りつけるなど到底思えなかった。
「それに、この修行はお前を疲れ難くするためのものでもあるのよ?」
「え、何言ってる? 俺はこの通り息も上がって立ち上がるのも辛くなり始めているんだが?」
「でも、もうそろそろ二時間経つわね。あなた、最初この魔法の森に入って何分持った?」
「ああ、言われてみれば確かに……」
最初、この森に入った時は三十分持たずに意識を失っていたのに、既にその四倍近くの時間を魔法の森の中で過ごしているにも関わらず、まだ倒れていない。
こんな短時間に自分が成長したとも思えない。では一体、何が蓮一をここまで持たせているのだろうか。
まるで蓮一の疑問を見透かしたかのように魔理沙は指を二本立てて見せて答える。
「理由は主に二つ。一つはこの修行でお前の五感への集中が和らいだこと」
「五感への集中?」
「魔法の森の魔力瘴気は極端に人間の体力を奪う。それは必要以上に魔力に当てられて知覚が極度に鋭敏化するからなのよ。例えば、ほら――」
「――!」
魔理沙の言葉が途切れるのと同時に彼女の立てていた二本の指の間から七色に輝く光弾が放たれていた。
前兆など欠片も感じさせない至近距離からの不意打ち。しかし、それは蓮一の目にはまるで止まっているかのようにコマ送りで見えていた。実際にはその光弾の速度は残像が映る程で到底今の蓮一に避けられる筈もない攻撃の筈だった。
身体をギリギリまでのけ反らせる事で光弾を回避して見せた時、それに何より驚きを見せていたのは蓮一本人に他ならなかった。
「まぁ、そういう事よ。あなたの五感は今限りなく極限状態まで高められている。でも、それはあくまで強制的に活性化されているものだから、お前は過剰に神経を集中させられている状態なの。その状態は非常に体力の消耗が激しい上に、それが続くと逆にオーバーヒートして人体に害を為す。だから五感に頼らない第六感への意識をあなたに芽生えさせる事で神経を極力五感に集中させないようにしているのよ」
「そうだったのか」
「そして、五感が活性化されれば自然と第六感も表層に出易くなる。だからこの森に居る間はその第六感を開花させ易いという訳。わかったら頑張んなさいな」
「まぁ、それは頑張るけど。ところで二つ目の理由ってのは何なんだ?」
「それはこの修行をクリアできたら教えてあげるわ。まぁ、簡単に言うとお前の身体の変化、かしら」
「――?」
意味深な台詞を残して魔理沙はそれ以上口を開く事はなかった。後は自分を捕まえて聞け、という事だろう。
五感に頼らず、第六感で魔理沙の居場所を見つける。しかし、どうすればいいのか見当もつかない。
修行が再開しても、蓮一はその場から動けなかった。闇雲に動いてもただ体力と時間を浪費するだけと理解したからだ。
魔理沙は言った、五感に頼るな、と。
また、魔理沙はこうも言っていた。第六感とは森羅万象、その本質を捉える力だと。
そして、それは五感の活性化した今、表層に出易い。
「――よし」
蓮一はその場に座り込み、深呼吸を繰り返す。まずは気を緩める。魔理沙の気配を追うために気を張っているとまた自然に五感に頼ってしまう。
――大丈夫だ、今の環境なら俺にもできる。何、第六感のイメージはある。だってすぐ身近にいるじゃないか。第六感のスペシャリストみたいな奴が。
「くしゅんッ!」
「あらあら、やっと暖かくなってきたのに風邪かしら?」
「大丈夫よ、母さん」
鼻紙で鼻水を拭いながら霊夢は心配そうに自分を見つめる母に霊夢は笑顔で答える。
結局、蓮一が魔法の森に向かった後、しばらくして何故か後を追うように母が神社から出て行ってしまい、一時は自分と母の時間とを蓮一に奪われたような苛立ちに苛まれていたが、すぐに母が帰ってきて霊夢のテンションは再度最高潮となっていた。
もうそろそろ夕刻を過ぎ、夜になる。
「蓮一の奴いつ帰るのかな?」
「あら、心配なの?」
「い、いや違うわよ!? ほら、夕飯とか何人分用意するのかとか決めなきゃいけないから……それだけだから!」
「はいはい、可愛い可愛い」
「うぅ」
顔を真っ赤にして必死に否定する霊夢の頭を母はさも楽しそうに撫でる。霊夢の反応を見て単純に愛くるしいという理由と、霊夢の中での蓮一に対する認識が徐々に良い方向へ変わりつつある理由から自然と母の顔にも満面の笑みが浮かんでいた。
「ま、多分蓮一は今日からしばらくは帰ってこないだろうから夕食は二人分にしましょう」
「なんでそう思うの、母さん?」
不思議そうに見つめる霊夢に対し、人差し指を立て、右目でウインクしながら上機嫌に母は答えた。
「母の勘、よ!」
☆
直感、霊夢の持つ天賦の才。霊夢は勘などと言っていたが、それは最早条理の領域を超えたものであった。
森羅万象、その本質を捉える力。それは霊夢の勘にも同じ事が言えるのではないだろうか。第六感とはすなわち霊夢の勘と同義ではないのだろうか。
点と点が繋がったかのように蓮一の中のイメージは霊夢に固定されていた。
――そう、あの決闘の後、俺は霊夢にその直感について聞いたんだ。
霊夢は言った、ただ神経を集中させていると思考する前に答えがわかるのだ、と。
しかし、本当にそうだろうか。蓮一は疑問だった。選択肢が二つ三つなら確かに直感でも正解しても不思議はない。しかし、霊夢のように無限に近い選択肢からたった一つの正答を導きだすなど勘でどうにかなるのだろうか。
勘とはすなわち適当である。本当に霊夢が適当で正解できているとは――また、その適当に身を委ねられるとは蓮一には思えなかった。
――つまり、霊夢は無意識のうちに何かを『感じている』のではないだろうか。決して無視できない正しい答えを指し示す何か、を。
適当に選ぶだけなら蓮一にもできる。しかし、蓮一と霊夢の勘の正答率は大きな差が出る。つまりは霊夢の勘の中には蓮一の勘の中にない未知の要素があると蓮一は考えた。
勘の正しさを裏付ける何かを霊夢は感じている。そして、その『何か』を感じる力こそ直観力であり、第六感なのだ。
そう蓮一は考えた。
――その『何か』が何かわかれば……。
そういえば、魔理沙は五感が鋭敏な今だからこそ第六感が表層に出易いと説明していた。何故五感に頼る必要のない筈の第六感が五感の鋭敏化している時に出易いのか。
五感と第六感は本当に別の物なのだろうか。本当はこの二つには何の関係がないのか。
否――――
――五感全てが極限まで高まった状態。その時こそ物事の本質が見える時じゃないか? つまり、第六感というものの実態は五感の究極形という事ではないのだろうか。
蓮一は目を開き、立ち上がった。そして鼻と口から肺一杯に空気を吸い込む。
――まず嗅覚で空気の臭いを、味覚で味を知る。
すると、待っていたかのように蓮一の周りを取り囲むように何体もの魔理沙の姿が現れる。そして、その魔理沙の一人一人が蓮一に語りかける。
言うまでもなく魔理沙による幻覚魔法の一種に違いない。蓮一にも焦りはない。ただ、目の前の何人もの魔理沙を一体一体丁寧に観察し、その声を聞き続けていた。
――視覚で姿形を、聴覚でその音を知る。
蓮一は一番近くにいた魔理沙に手を伸ばす。しかし、蓮一の手はその魔理沙の身体に触れる事なく彼女の身体を通り抜けてしまう。
その魔理沙は幻影であり、そこに存在しないのだから当然の結果だった。
――そして、触覚で実体の温度、感触を知る。
そうして回転しながら周りの魔理沙達を見回す。どれも全く同じ挙動で全く同じ声で全く同じ姿で蓮一を見つめていた。
――これは幻覚。幻覚はそこに実体がある訳じゃない。だから五感を極限まで高める事で、見破れる。神経を集中させろ、身体の負担なんて気にする必要はない!
本当にそこに実体がいるのなら、その周囲の空気には必ず『差異』が生じる。体温を持つ事によって空気が僅かに暖かくなり、呼吸をしている事で空気中に湿気が混じる。体臭や衣服の臭いを持つから空気に臭いがつき、体表や衣服に付着した僅かな成分や彼女の放出する魔力がその味すら微細に変化させる。
つまりその『差異』こそが、本質の、実体の象徴なのだ。
幻覚は実際には姿形を持たず、音を発しているのでもないのだから鼓膜が震える事も目に姿が映っている訳でもないのだ。ただ、自分が魔法によってそう思考させられているだけ。
ならば対処は容易だ。
――考えるな、感じろ。その五感の全てで。そこに第六感の境地がある!
蓮一の目から光が消える。そして、一度目を閉じ、ゆっくりまた開くと、周りの魔理沙達は全て跡形もなく消えていた。そこには本来何も存在していなかったのだ。
空気の臭いも味も温度もこの森の空気と差異がなかった。そして、その声が耳から響く事も目に映る事もなかった。
では、本当の魔理沙は一体どこに潜んでいるのか。蓮一は自分の半径5m以内をグルリと見渡すが、それらしい何かは感じない。
そこでようやく蓮一は自分の視野の狭さに気付いた。
――そうか、半径5m以内というのは何も前後左右だけじゃないじゃないか
蓮一は首を傾ける。自らの真上に向けてゆっくりと傾けて、そしてようやくそこに周りとの『差異』を見つけた。
ようやく霊夢の感じていた『何か』を掴んだ。そんな嬉しさが蓮一の胸の内を満たしていた。
蓮一は笑いながら手を伸ばす。魔理沙の姿は魔術で透明化しているのか視覚で捉える事はできないが、他の感覚が確かに告げている。
そこに魔理沙がいる、と。
限界まで手を伸ばしたところで、手の平に何か皮のような感触を捉える。蓮一はそれを力一杯握りしめ、そして言うのだ。
「魔理沙、見つけたぞ」
その瞬間、今まで何も見えなかった空間に虹色の光と共に箒に腰かけた魔理沙が現れた。
蓮一は箒に腰かけた魔理沙の靴の先端部を握っていた。
さっきの皮の感触はその靴の素材のものだろう。
「いやはや、こんなに早くクリアするとは思わなかったわ。後三時間位は掛かると思っていたのに」
魔理沙はニヤリと笑みを浮かべながら箒を操り、地面に降りてくる。
しかし、蓮一が修行の完遂に胸を撫で下ろし、大きく息をついた瞬間、急に視界が闇に包まれ、そのまま蓮一は魔理沙の胸に飛び込んでいくような形で倒れた。
消えていく意識の最中で魔理沙が何かを叫んでいるのが薄ら見えるが、蓮一にその声が届く事はなかった。
☆
蓮一は闇の中で意識を取り戻した。いや、もしかしたらまだ取り戻してはいないのかもしれない。
蓮一の目の前に光は無かった。自分では目を開けているつもりだが、その闇に目が慣れる事もない。だから、蓮一はまだ自分がこの闇に包まれた悪夢の中に意識を飲まれている状態なのだと考えた。そして、この闇から早く覚めないものかと一心に願っていた。
しかし、いつまで経っても闇が晴れる事はない。意識はここまではっきりしているのに夢から覚める事はなかった。蓮一の脳裏に嫌な予感が浮かぶ。
――俺は、本当に夢の中にいるのか? もしかしたら既に目が覚めているんじゃ……
目の前は依然として闇が無限に広がるばかりだが、蓮一は体を起こすよう動いてみる。
ここでさらに違和感が生じる。
――なんだ……この感覚。なんだか肌に分厚いゴムを介して物に触れているような、触感が掴みにくい感じ
蓮一はさらに自分の身体の異常に気付いていく。さっきから自分の周囲に一切音も臭いもしないのだ。
起き上がるような所作をすれば蓮一の着物と床か何かが擦れる音位してもいいのに、自分の居る場所が外であれ室内であれ何かしらの臭いがしてもいいのに、今の蓮一にはその両方を認知できなかった。
蓮一の心の中を大きな不安がうずめく。自分が今どこに居てどのような状態なのか、それが知りたかった。
「誰か! 魔理沙!? いないのか!?」
そう叫んだ筈だ。その声も蓮一の耳には届いてはいないが。
いよいよ自分の身体の異常の深刻さに蓮一は何かを求めるように動き始める。感覚が鈍いためかうまく自分が動いているのかもわからない。
不意に自分の身体に衝撃のようなものが走る。どうやら少し高いところから転げ落ちたようだが、感覚が鈍っているためか痛覚もない。
とにかくこの場所から動きたかった。このままじっとしていたら不安に心が押し潰されかねなかったのだ。
『おや、ようやく起きたのね』
突然、声が響いてきた。耳から聞こえた訳ではない。頭に直接響いてくるようなそんな声だった。
しかし、間違いなく魔理沙のものであるその声にようやく蓮一の心の中に安堵が生まれた。
「魔理沙!? 俺はどうなってるんだ! ここはどこだ!?」
まくしたてるような蓮一をまぁまぁとなだめながら魔理沙の声が状況の説明を始める。
『まず、今お前は五感のほぼ全てを失っている状態よ。今は魔法でお前の頭の中に直接言葉を送っているわ』
「なんだと……!」
『今お前が居るのはお前が私に運ばれてきた時に寝かされていたのと同じ部屋だ。目も視えないのに動き回るからベッドから落ちたのさ』
「なんで、俺の五感が急に……」
その蓮一の問いにしばらく沈黙が続いたかと思うと、不意に脳内に魔理沙の溜息らしきものが響き渡る。
『お前がどういう経緯で私の存在を察知したのかはお前が気絶している間に記憶を見させてもらったからわかっているわ』
「まさか、それが原因だと?」
『まさかも何もそうに決まっているじゃない! あれ程言ったでしょう、魔法の森では知覚が過敏になってしまうから大きな負担がかかると! それを、五感をさらに鋭敏化させて気配を探るなんて……自殺行為もいいところ!』
魔理沙の声には明らかな怒気が籠っていた。しかし、その怒気は純粋に蓮一だけではなく魔理沙自身にも向けられているように感じる。
蓮一の中ではあれが第六感としての答えのつもりであったし、実際それによって魔理沙の居場所を見つける事もできた。
だから蓮一は間違いなく第六感を身に付けていたと、そう思っていた。しかし、実際はむしろ第六感に逆行していたのだ。
第六感とは五感を超えた知覚機能。その前提を蓮一は見失っていた。その結果が五感の酷使による五感の消失だった。
『お前はただでさえ普段より鋭敏化していた五感をさらに鋭敏化させる事で自分の周囲の世界全てを知覚するまでに至っていた。しかし、それは明らかに人間の域を超えた神業。故にリスクとしてお前は五感をほとんど失ったのよ』
「俺は間違っていたのか?」
『ええ、そうね。あなたがやってみせたのは第六感ではないわ。それ以外の何か、よ』
その言葉を最後に魔理沙は蓮一の身体を引っ張って再度ベッドの上へと放り投げた。
体に伝わる衝撃を僅かに感じながら蓮一はされるがままでいた。これ以上無闇に動くのは得策ではないと悟ったからであった。
『まぁ、触覚だけはギリギリ消失していないみたいだし、治療の見込みはあるわ。今日は朝までゆっくり反省していなさいな。ああ、朝になってもわからないわね。じゃあ、次に私が起こしに来るまで休んでいなさい』
その言葉を最後に魔理沙の声は完全に無くなった。
目の前に広がる無限の闇をひたすらに見つめながら蓮一は後悔と自責に震えていた。
☆
魔理沙は蓮一をベッドへ投げ込み、待機を命じて部屋から出た。蓮一の部屋は既に電気が消えていたため真っ暗であったが、一度外に出てしまえば部屋のランプの灯りが明るく室内を照らし出している。
「まぁ、この家の中でなら魔力瘴気もないし、これ以上五感の鋭敏化によって消耗する事はないだろうけど、これはどうしたものか……」
魔理沙の家の中には特殊なお香が焚かれており、それが魔力瘴気を打ち消す役割を担っていた。だから、修行中に蓮一が余りにも消耗していたならば一旦家の中に入れて休ませる。そうする事で五感を酷使しすぎて人体に害が及ぶような事態は確実に避けるつもりであった。
しかし、結果としてはこのザマだ。
我ながら自身の師としての才能の欠如に頭を抱えざるを得ない。いくら人間と対話する機会が少ないとはいえ、自分の弟子の思考一つ見抜けないとは。弟子が危険に身を投じている様に一切気付けないとは。
魔理沙は自身を叱咤するように額を何度かこづく。それで状況が好転する訳でもないが、そうしないと気が済まなかった。
「しばらく蓮一に修行はさせられない……魔法薬を作るのにも材料から集めなければならないから数週間はかかる。一週間で何とやらと大手を振っていたのはどこの馬鹿よ、この馬鹿」
さらにもう一度自分をこづく。今度は少し強めにやったため、こづいた跡が赤くなっている。
そうしてしばらく自分を責め続けるとようやく心を入れ替えるかのように両手を叩く。
「まぁ、でもやるしかないわね。もしかしたら蓮一の師匠とやらが探しに来るかもしれないけど、その時は事情を話して詫びましょう。まずは蓮一の回復が最優先ね」
そう言って自分の部屋へ向かおうと足を進めた所でふと魔理沙は自分で口に出した『蓮一の師匠』という言葉に疑問を抱いた。
――そういえば蓮一は武道の師匠と言っていたけど、一体何者なの? この魔法の森の中に弟子一人放り込むなんて正気じゃないわ。弟子の生死など知った事ではないのか、それともよっぽど弟子の力を過信しているのか……。
考えれば考えるほど蓮一の師匠という存在に興味が湧いた。一体どこまでを見越して蓮一をこの魔法の森へ行かせたのか。計り知れなかった。
――計り知れないと言えば、蓮一もね。
魔理沙は蓮一の覚醒させた第六感『もどき』の事について思い出していた。
五感を極限まで鋭敏化させる事による周囲の完全把握。確かに第六感とは異なってはいるがこれもまたとんでもない能力であった。
あの時、蓮一の知覚範囲内にはいかなる幻覚も魔術による不可視も通用していなかった。それはすなわち、蓮一があの知覚範囲に存在していた全てを本質的に把握していたからに他ならない。
何かがそこにあればそことそれ以外の空間との間には何かしらの『差異』が生じる。あの時の蓮一はその『差異』を幻覚魔法の中で正確無比に感じ取る事が出来ていた。空間把握ならぬ空間掌握とでも言うべき五感の究極形を彼は体現していたのだ。
そして、それはいくら魔力瘴気で知覚が鋭敏化していようと人間の域に収まる所業ではない。
――確かに森羅万象の本質を捉える力という一点に関しては第六感も蓮一の空間掌握も同じ。でも、アプローチの前提がまるで逆。五感を捨てるどころか蓮一は五感を極限まで活用する方法をとってしまった。さて、どうするか……。
『ええ、そうね。あなたがやってみせたのは第六感ではないわ。それ以外の何か、よ』
去り際に蓮一に言った言葉が思い起こされる。自分の言葉を鼻であしらうように笑うと、魔理沙は階段を上って自室の扉を開けた。
中には机とベッド、大量の本棚だけでこれと言って嗜好品といった類は見受けられない。また、大きめの机の上にも何かの液体が入ったフラスコや試験管、ビーカーや読みかけの魔道書が多々散乱しており、一見自室というよりは実験室か何かの印象を受けるような部屋だった。
しかし、魔理沙本人としてはこの部屋程自身の欲望を詰め込んだ部屋はないと自負している。それは彼女にとっては自身の魔術的知識の貯蓄とその昇華こそが生きがいだからである。
絵本より魔道書を好み、花より薬草を好み、遊戯より研究を好み、集団よりも孤独を好む。それが魔法使い霧雨魔理沙の在り方だった。
「蓮一、お前が今日やってみせたのは確かに第六感じゃない。でも、それ『以上』の何かであった事もまた事実よ」
蓮一の隠れた才覚に少なからず魔理沙は惹かれ始めていた。自身の探求気質が一人の人間の根源に向けられていた。
魔理沙は机の上の邪魔な道具や本を乱暴に片すと、また本棚から分厚い本を何冊か取り出してきて並べる。そして、それらの文献を読み漁りつつ、目的の魔法薬の調剤について羊皮紙にその調合方法をまとめる作業に入った。
「やっぱり、五感を失った程度で修行が滞るのは我慢ならないわ。蓮一、お前に非常に興味が湧いてしまったもの!」
その夜、魔理沙の部屋から灯りが消える事はなかった。