改めてそういえばこの話ケンイチ要素微塵もねぇと思いました。
いや、本当にすいません。いつか何かしら入れようと思います。
あくまで東方二次創作だから気にしないよ!と言ってくれると有難いです。
前回魔理沙編クライマックスと言ったな、あれは嘘だ。
まだもうちょっと続きます。それでは本編へどうぞ↓
夜中の霧雨魔法道具店、もう既に閉店している筈のその売り場に魔法使いと半妖の姿があった。
一人は魔法使い霧雨魔理沙、もう一人は半妖、森近霖之助である。
店内の西洋窓から差し込んでいた月明かりが雲に遮られて暗さを増していくと同時に、最初に話を切り出したのは霖之助だった。
「さて、蓮一が君の所でお世話になっているようだけど、彼は元気かい?」
わざとらしい霖之助の問いかけに魔理沙も嘲るような笑いを浮かべながら言葉を返す。
「ええ、元気よ。私の
「そうか、まぁ死んではいないようなら良しとしようか」
「霖之助、お前は蓮一に関してなんか知っているのかしら? もしくは彼の言う師匠についても」
霖之助はその質問にしばらく答えなかったが、軽く首をかしげてから窓の外の景色を見つめながら話を始めた。
おそらく霖之助の中で今の魔理沙が知るべき情報と知るべきでない情報を分別していたのだろう。すなわち、これから彼が口にする言葉はおそらくは全てが真実だろうがあくまでも『差し障りのない』真実であるという事であった。
「まぁ、蓮一君に関しては知らない事だらけさ。彼の師匠であるらしい人物に彼をこの魔法の森に誘導するよう言われただけさ。まぁ、自主的にその監視も請け負わせて貰っていたのだけれど、運良く君に拾われたようで良かったよ。一度彼を見失った時はそれは焦ったものさ」
「……その師匠というのは何者なのかしら?」
「それに関しては答えかねるよ、お客様の個人情報だからね。まぁ、長い付き合いの友人とでも言っておこうか」
霖之助から返ってきた返答はおおよそ予想通りというか、魔理沙にとっては面白味のない情報をただ詰め合わせただけのようなものだった。
嘘を吐かず真実だけで人を誤魔化そうとするとこういう情報の表層を剥がしただけのような言葉になる。そこには情報の深層は愚か、そこに繋がり得るものすらない。
魔理沙は大きく溜息をついた。彼女が霖之助に期待していたのはそんな言葉ではなかった。その師匠とやらとの付き合い程ではないかもしれないが魔理沙自身もそこそこ長い時間を彼と過ごしている。
だから、せめてもう少しマシな返答を期待していたのだが、どうやらその期待は空振りに終わったようである。
「ああ、わかったわよ。よくわかったわ、あなたがこの件について私に何も話したくないという事がね」
「察しが良くて助かるよ」
笑みを崩さず魔理沙の嫌味に感謝の言葉すら漏らす彼を怪訝な瞳で見つめる。
「まぁ、今日は蓮一君の様子見と君の耳に入れておきたい話があってね」
「ん?」
霖之助の言葉に僅かな重みが感じられ魔理沙は反応を見せる。
そもそもこんな夜更けに彼がこの場所を訪ねてくるのも不思議な話だった。蓮一の様子見なら魔理沙に様子を聞くのではなく、日中にどこかの物陰から実際に見ればいいだけの話だった。
つまり、彼がこの夜中に来たのは魔理沙と二人で話すべき要件が他にあった事を意味していた。
「ついさっきだが、魔法の森に妖怪が入った」
「……ここに入ってくるって事はそれなりに強い妖怪ね。狙いは、まぁ魔術師の血肉かしらね」
「ああ、おそらくそうだと思う。くれぐれも用心してくれ」
魔術師が妖怪に狙われるのも人間程ではないがよくある事である。徳のある人間や特別な力を持った人間の血肉は妖怪にとっては非常に甘美なご馳走であり、それを口にしたものに同時に不思議な力を与える。
特に魔術師の血肉はもっぱらその類の最上級の部類に入り、力を持たぬ者には力を、力を持つ者にはその力の昇華をもたらす。
しかし、とは言っても魔術師と正面から戦って勝てる者などほとんどいない。それがこの魔法の森という魔術師の聖地ともあれば尚更である。
それでもこの魔法の森に入ってきたという事はその妖怪はかなり強力な部類に入る存在であるという事だと霖之助は警告しているのである。
しかし、魔理沙には動揺も焦燥も一切ない。霖之助の警告が届いている訳でも慢心している訳でもない。ただ、今魔理沙には魔法の森に入った脅威以上に興味を惹かれる存在がある、それだけの事だった。
生物の物事に対する関心は興味、好奇心だけでなく有害、無害や利益、不利益などの様々な事象で左右する。しかし、この魔理沙という魔法使いに限り、それは当てはまらない。
彼女の関心を左右するのはただ純粋な興味だけである。利害も損得も彼女の関心には一切関与する事はあり得ない。
「話はそれだけかしら? じゃ、私はそろそろ寝る事にするわ」
「あ、ああ、おやすみ魔理沙」
欠伸をしながら店から自室へと戻っていく魔理沙の背中を見送りながら、霖之助は頭を掻きながらそのまま帰るしかなかった。
魔理沙の希薄な反応は大方予想していたので霖之助もそれに何か思う所はないが、何か胸の奥でどす黒い不安が蠢いていた。
言葉に言い表せない不安、それが今彼の胸中にわだかまりとなっている。
霖之助が指をパチンと鳴らすとさっきまで腰かけていたアームチェアはみるみるうちに小さくなってついには手のひらに収まる位にまで小さくなっていた。
それを拾ってポケットに入れると、霖之助はドアを開けて霧雨魔法道具店を後にする。
「魔理沙、蓮一君、どうかこの不安が杞憂である事を祈っているよ」
そう言い残して彼もまた夜の魔法の森の中へと消えていった。
☆
明け方、蓮一が魔理沙の声に起こされると、蓮一の目の前に液体の入った試験管が突きつけられていた。
液体は濁ったピンク色をしており、明らかに自然物ではない。
眼鏡を掛けてその液体を視認した蓮一はこれから起こるであろう未来を薄々感じとりながらも、あえて魔理沙にこの液体は何なのか尋ねる。
「昨日のお前を見て改めて味覚の深刻性を感じたからね、昨日お前に採集を手伝って貰ったもので味覚を取り戻す薬を作ったのよ」
「……それは、塗り薬ですか?」
「飲み薬よ」
やっぱりか、と蓮一はうなだれる。見た目だけでもかなりグロテスクな色合いをしているが、何より試験管に入った液体を飲むという行為が何だか無性に飲む気力を削ぐ。
「いや、別に味覚も嗅覚もないんだから何も感じないでしょ? ほらグイッといっちゃいなさい」
「はい……」
魔理沙から試験管を受け取り、蓮一はそれを一気に飲み干す。舌の上から喉へ何かが流れていくのをほんの僅かに感じる。
しかし、これで味覚が戻るのなら安いものだと蓮一は安堵の溜息をつく。てっきりもっと時間の掛かるものだと思っていたし、昨日魔理沙に言われた治療期間で断定もされた。
しかし、あくまでもそれは五感全てが復帰するまでの期間であり、五感の一つ一つがそれぞれ回復するまでの時間はまた別なのだ。
治療期間の間ずっと五感の回復しない状況が続く訳ではないと考えると気持ちも大分楽になる。
「流石に毎日朝昼夕の食事が拷問になるのは精神的にもくるだろうし、十分な栄養も体に摂取されないからね。味覚、嗅覚は比較的早い期間で簡単に作れるから次は嗅覚を回復する薬を作ってあげるわ」
「ああ、助かる、魔理――――うッ!?」
急に蓮一は口を押さえて何かに耐えるように身体を震わせる。
「に、に、苦ぁぁぁぁぁぁい! 何だ、この苦味! 苦いを通り越して痛い!」
「おお、それなら良かった。味覚が戻ったようね、その薬表情が歪まざるを得ない位苦いから」
「おおおぉぉぉ、口の中がぁ……」
味覚が戻った喜びと口の中の苦味が混ざり合って何とも言えない表情を浮かべている蓮一に魔理沙は事前に用意していたであろう水の入ったコップを笑いながら渡す。
それを受け取り、喉を鳴らしながら水を一気に飲み干したところで、蓮一はようやく口の中の鬱陶しい苦味から解放された。
そして、同時に蓮一の中で今まで気付かなかった感動が生まれていた。
「……水ってこんなに旨かったんだな」
今まで何も気にする事なく当たり前のように飲んでいた水。そのおいしさに蓮一は感激を受けていた。
喉が極限にまで渇いた時に飲む水は格別に美味しいが、今蓮一が感じていたそれはその数倍以上のものだった。
味覚のない生活を経て、蓮一の中の物の感じ方、捉え方が確かに変わっていたのである。
「ふふ、じゃあ朝食はきっと涙が出る位美味しいわよ。さ、朝食にしましょうか」
「ああ!」
魔理沙の言った通り、朝食は冗談じゃなく涙が出る程美味しく感じた。
昨日は結局ろくに食事が喉を通らなかったため空腹である事もあるが、やはり味覚が復活した事が大きかった。
嗅覚は依然として失われているため、鼻が詰まっている状態で食事をした時のようではあるものの、昨日に比べれば段違いだった。トーストも、ベーコンも、サラダも、全てが舌から脳へ味が伝わる度にその食欲を際限なく湧き立たせる。今の蓮一にとってはご馳走であった。
結局その後も食欲は尽きず何枚かトーストをおかわりしてようやくお腹が落ち着いた。朝食だけで昨日の全食事量を既に上回っているだろう。
「うん、中々の食べっぷりだったわね。これなら栄養失調の心配はないわね」
「今の状態ならいくらでも食えそうだ」
「過食も体には毒だから気を付けなさい」
「ああ、わかってるよ。それで、今日も採集に行くのか?」
「ええ、でも今日は採集とは別にお前の修行もやるわ」
「俺の?」
現状魔理沙の道具によって視覚と聴覚を補助し、嗅覚を取り戻した蓮一であったが尚日常生活をするので精一杯であり、魔理沙の助けがあってようやく外出できる程だ。
その状態で一体何の修行をするのか蓮一は疑問であったが、その疑問を口に出す事はなかった。
魔理沙の考えに口を出しても仕方がないからである。今まで共に生活して魔理沙と蓮一の間には戦力的にも技術的にも、そして知識的にも大きな差がある。そんな蓮一が魔理沙の考えに異を唱えたところでそれに意味はない。
魔理沙は自分より広く、深く物事を見て考えている。その末に導いた結論が蓮一に論破できる程陳腐なものである筈がなかった。そして、それを蓮一はよく分かっている。
賢者に愚者が説法を説く程に無知で無意味な行為である。だから蓮一は魔理沙を全面的に信用し、全てを任せる事に決めた。
何よりこの魔法の森にいる間、魔理沙は自分の師匠なのだから。
「わかった、よろしく頼む」
「ええ、任せなさい」
そうして、今日も同じくリュックを背負って蓮一と魔理沙は魔法の森を闊歩する。
☆
魔法の森のどこか、霧の深いその中はキノコの胞子が舞い、魔力瘴気に包まれ、大部分の生物の生活に致命的な支障をもたらす。
しかし、その中をひたすらに歩いている一人の男が居た。
その全身をマントを羽織って隠しており、その顔を頭部を包むフードでうかがい知れない。
男は森の中を歩き慣れない歩調で歩き、少し先に川を見つけると走ってそれに近づき、その水を手ですくって夢中で飲む。
しばらく手で水をすくい、口へ運ぶという動作を繰り返した後、男は溜息をつき、そこに休憩がてら座り込む。
「ここが魔法の森か……噂に聞いてはいたがすごい魔力瘴気の密度だ。まさか水にすら魔力が籠っているとは。ここなら……ふふふ……」
男は一人言を呟きながら薄笑いを浮かべる。フードで隠れていた口元が浮かび上がる。口角が吊り上がって見えるその歯は前歯の何本かが抜けており、残った歯も歪に曲がったり欠けたりしており酷い惨状だった。
また、さっきまで水をすくってまだ僅かに濡れている両手も古傷だらけで右手に関しては人差し指と中指が綺麗に無くなっていた。
しばらくして男はマントの下から竹でできた水筒を取り出し、川の水を一杯まで汲み入れて立ち上がる。
「さて、急いでゆっくり術ができる場所を探さねば。この森は妖怪はいないが魔法使いはいるのだ。人目に付きにくい場所を早急に探さねばならん」
男はブツブツと呟きながらまた森の中をひたすら歩き続ける。
すり減ったブーツから男が随分な距離を歩き続けているのがわかる。しかし、男に疲れたような様子は一切見られない。
まるでそれに憑かれたように、男はある名前を呟く。その名前が呟かれる度に男の歩調はより速くなり、必要以上に強い力で地面を踏み込むようになる。
男は憎しみと怒りの籠った言い方でその名を呟き続ける。
「霧雨魔理沙……!」
そして、やがて魔法の森を包む霧に隠れ、男の姿は見えなくなった。
☆
「よし、採れたぞ! 魔理沙!」
「わかったわ、じゃあゆっくり降りてきなさい!」
木の上で数枚の葉を掲げて見せる蓮一に魔理沙は大声で声を掛ける。
その木の高さはゆうに20mを超している。落ちればただでは済まないだろう。しかし、魔理沙の心配とは他所に慣れた様子で危なげなく蓮一は木から降りる。
「さて、大分材料も集まったしここで一旦昼食でもたべながら休憩にしましょう」
「わかった」
リュックの中から魔理沙が既に作っていたかと思われるサンドイッチの入ったランチボックスが出て来る。
それをおいしそうに頬張りながら蓮一は昨日の食事の事を思い返す。
「いやぁ、昨日の食事とは段違いだなぁ」
「あら、昨日はお前を思って少量で栄養補給できるものを作ったのよ」
「いや……だからって透明なゼリーとパサパサした固形スティックはちょっと……見た目的にな」
昨日は味覚のない蓮一を考慮して魔理沙は少量で栄養補給の可能なゼリーとショートブレッドだった。
決して口には出さないが、ゼリーは飲み易かったものの僅かに感じるプルプル感が気持ち悪くて仕方がなく、ショートブレッドの方はパサパサして口が渇く上に飲み込み難いというのが蓮一の本当の感想だった。
すなわち、最悪という意味である。
「仕方ないでしょ? どうやったら少量で栄養補給ができるか調べてたらそれに行きついたのだから」
「一体何を調べていたんだ……」
「以前霖之助から盗ん…………貸して貰った外の世界についての本に栄養食品というものがあってね、それを参考に作ってみたの。確かウ●ダーとカ●リーメイトと言ったかしら?」
「外の世界にはあんなものがあるのか?」
「栄養食品として食べている人は多いらしいわよ。美味しいんですって。外の世界の技術には本当に感心するわ、あんな画期的な食物を作り上げるのだから。是非いつかは完璧に再現してみたいものね」
ゼリーの方もショートブレッドも見よう見まねの魔理沙には作るのは一苦労だった。味覚を失っている蓮一相手なので栄養摂取だけを考えて味を考慮する必要がなかったから完成したものの、あれの味見をする気にはなれなかった。
今まで幻想郷の技術に関してはある程度マスターしてきたが、外の世界の技術に関しては魔理沙にも理解できないものが多い。その度に自分の未熟さを学び、より探求意欲を燃やしてきた。
今回の件でこの栄養食品というものもその一つに入る事となった。
「ふう、サンドイッチ旨かったよ、魔理沙」
「はい、お粗末様」
蓮一はあっという間にランチボックス一杯に大量に詰め込んでいた筈のサンドイッチを平らげ、水筒の茶を飲んで一息ついていた。
魔理沙も自分の昼食を終えると立ち上がって移動の準備を始める。次の蓮一の修行のためである。
「ん? 移動するのか?」
「ええ、これからは採集の合間に同じ修行をやっていくから今日はある程度の感覚を掴んでくれればいいわ」
魔理沙に着いていき、少し歩いて行くと昨日行った場所と似たような開けた空間に出た。
その中心に蓮一を連れて行くと魔理沙が説明を始める。
「昨日、霊力回路がお前の中に出来た事は話したわよね?」
「ああ、これで霊力が生成されているんだろ?」
「その通り、でも生産された霊力を自分の力として扱うのには技量が求められるわ。だからお前には霊力を練る修行を続けてもらうわ」
「霊力を練る? というか、魔理沙は霊力について専門じゃないのに大丈夫なのか?」
「問題ないわ。霊力と魔力は似て非なるものだけど、似ている事には違いないのよ。基本までは魔力の扱いとほとんど同じよ」
魔理沙はそう言うと蓮一を中心に座らせる。
相変わらず魔法の森は薄暗く、霧がかかっている。しかし、この空間だけは日の光が良く当たり霧も多少薄く感じられる。
「まずは心を静めなさい。それからゆっくり深呼吸をして自分の視点を『内』に向けなさい」
「内に向ける?」
「外界への意識を断って自分の内部に目を向けるよう意識しなさい。まぁ、今は眼鏡を取ってしまってもいいかもね」
そう言って魔理沙は蓮一から眼鏡を取る。蓮一の視覚を担っていた眼鏡がなくなり、瞬間視界が闇に包まれる。
蓮一は魔理沙に言われた通り自分の身体の内部の一つ一つを観察するよう意識を移していく。心臓の音が響き、血流が流れているのを感じる。
しかし、その中に別の何かが全身を行き交っているのを蓮一は感じ取った。
「これが、霊力……か?」
「よし、霊力の循環を感じ取るまではいったようね。蓮一、次はその霊力を一か所に集めてみなさい。そうね、じゃあ両手に集めるよう意識してみて」
「やってみる……」
体の中を流れる霊力、その流れを操作し、両手に溜めていく感覚。少し気を抜くとすぐに流れはまた同じように戻ってしまう。
集中しているのか、蓮一の身体に僅かに汗が浮かび始めた。
「呼吸が乱れているわ。呼吸が乱れると循環が上手くいかなくなって余計に霊力の操作が難しくなるわ。もう一度呼吸を整える所からやり直しよ」
「わ、わかった」
一旦、集中を解いて蓮一は深呼吸する。
そして、もう一度意識を『内』に向け、霊力を操作する。呼吸が整っている時の霊力の流れは非常に穏やかである。
しかし、少し呼吸を乱すだけでその流れは激流に変わる。かといって呼吸を意識しすぎれば逆に呼吸は乱れる。
無意識に常に一定の呼吸のリズムを刻み、尚繊細な霊力操作を行う。
しかし、わかっていてもできる事ではない。この日は数時間やった後、蓮一の集中の限界と辺りが暗くなってきた事で修行は切り上げとなった。
ふらつく足で帰路につく蓮一には前を行く魔理沙の歩調に着いていくのも精一杯だった。肉体的ではない精神的な疲労でフラフラになるのは初めての経験だった。
「まぁ、疲れただろうが心配ないわよ。肉体的な疲労と違って精神的な疲労は回復が早いから明日にはまた全快しているわ」
魔理沙はそう言うが、蓮一はこんな疲労が明日に回復するなど信じられなかった。
家に着くと、作り置きしておいたのかすぐに夕食のシチューが出てきた。蓮一はそれを夢中で頬張るとすぐに就寝した。
正直、帰路からずっと気を抜くと気を失ってしまいそうな位気力を消耗していた。蓮一が寝たのを確認し、食器を洗い始める。
本来なら魔法で手を使わず家事洗濯をする事も可能なのだが、できる限り自分で出来る事は自分でやるのが魔理沙の主義だ。
それにあまり魔法使いらしくなるのも魔理沙の好むところではなかった。
自分は『中途半端』なのだから。
「はぁ……それにしても、夜には座学をしようと思っていたのに蓮一の疲労があそこまで大きいとはね。明日はペース配分を考えないといけないわね」
最後の食器を拭き終わり、食器棚に入れると魔理沙は今日採集した材料を自分の部屋へと持っていき製薬作業に入りに階段を上がっていく。
「ま、あの修行は慣れれば楽になるし、今の所はいいか」
そして今日も夜が更けていく。
☆
魔法の森の深く、たき火もせず闇に溶け込むように座り込んで微動だにしない男の姿があった。
男は小さい声で早口か何かを呟き続けており、それは永遠に終わる事はないのではないかと思う位に際限なく口から発せられる。
息継ぎなど一切感じられないその呟きと共に彼の周りを包む霧が蠢く。
魔法の森には依然として濃い霧が覆っているが、男の周りの霧はそれより一層濃いもので座っている男の頭部位しか視認できない。
また、霧が僅かに蠢く。霧の中に何かいるのか、霧そのものが動いているのか分からないが、その蠢きは徐々に頻度が増し、彼の周辺の至る所で蠢くようになった。
まるで男の周囲を霧の中で何匹もの何かが動き回っているようである。
「グルルル……」
「……狼か」
男のよからぬ気配に勘付いてきたのか、一匹の狼が男の目の前で今にも飛びかかってきそうな勢いで唸っている。
男は呟きを止めると目の前の狼に視線を送る。
狼は口からよだれを垂らし、嫌に痩せこけている。どうやら飢えているらしく、目の前の男も久々に巡り会えた肉の塊としか見ていないようであった。
はぁ、と男が大きく溜息をつくと同時に狼は足のバネを使い、男の頭より上まで飛び上がり、鋭い爪と牙を剥き出しにして襲い掛かる。
狼のその爪が男の眼球辺りに突き立てられようとしたその時、今まで動きを止めていた霧が揺らいだ。
狼の牙は男に届く事はなかった。
その前にその頭が無くなってしまったから。
霧が蠢き、狼の頭部を飲み込んだ後にはその身体だけしかのこされていなかった。しかし、飛びかかってきた身体は体勢を崩しながらも首から血をまき散らしながら男の方に降ってくる。
が、その身体も案の定彼に触れる前に血の一滴残らず霧の中に飲み込まれ、そして消えた。
まるで本来そこには何も存在しなかったような、そんな静けさだけが残る。
男は狼がいなくなったのを確認するとまた何事も無かったように同じく小声で何かをブツブツと唱え始める。
そして、さらに霧の動きは増えていく。まるで霧の中で蠢く何かがどんどん増えていくように霧の蠢きを活発になり、その範囲も広げていく。
しかし、その様子に男は満足気な様子は見せない。むしろこの程度では満足できないと言いたげな表情すら見せる。
獰猛な狼一匹を毛一本残さず瞬殺する力を持ちながらまだ男は満足する事はなかった。
――まだだ、まだ足らない。もっと、もっとだ。
月に雲が掛かり、辺りの闇を一層濃くしていく。
不穏な夜が更けていく。
☆
魔法の森、開けた空間。昨日と同じ場所で採集の後蓮一は同じように修行に励んでいた。
大分呼吸は昨日に比べ安定してきたが、まだ霊力を『溜める』事ができない。
少し集中が揺らぐと霊力の流れがまた元に戻ってしまう。川をせき止めるダムが決壊したかのように、溜められた霊力が一気に霧散する。
しかし、蓮一は決してダムのように霊力をせき止めている訳では無い。霊力は自身の身体を循環している事で流れているのだから、完全にそれをせき止めると流れそのものが止まってしまう。それでは意味がないのだ。
あくまで流れを絞るイメージ。一定の抵抗を設けて一部に霊力を渋滞の要領で溜めていくそのようなイメージで蓮一は霊力操作に臨んでいた。
未だ認識できるまでにも溜める事はできないが、昨日よりは大分霊力の操作ができている。僅かながら慣れと成長が見えてきていた。
「……よし、蓮一。今日はもう切り上げて帰るわよ」
「え? まだ夕方になるかどうかって時間だけど……」
「あまり疲労して昨日みたいにすぐ寝て貰っちゃ困るのよ。お前の修行はもう一つあるんだから」
「――?」
額の汗を拭いながら蓮一は修行を切り上げる。正直、魔理沙の意図は読めないがきっとこれも自分に必要な事なのだと大人しくついていく。
家に帰ると、魔理沙は蓮一をダイニングのテーブルにつかせ、一旦自分の部屋に入っていくと、しばらくして何冊かの分厚い本を持って蓮一の元に戻ってきた。
「さて、蓮一。お前には昼は採集の手伝いと修行、夕方と夜はこうして知識を蓄えてもらう」
「なッ!?」
「お前には妖怪退治をするに向けて足りないものが沢山ある。だが、その中でも深刻なのは知識量の乏しさよ。妖怪と戦っていく上で賢くあって困る事はないわ」
「た、確かにそうだけど……」
勉強、それがもう一つの修行の正体だった。確かに蓮一自身、自分の持つ知識の乏しさは自覚している所であるし、それを魔理沙が教えてくれるとなれば断る理由はないが想像以上の詰め込み具合に既に気が参り始めていた。
まさか昼も夜も通じて修行漬けなど予想もしていなかった。これでは休む時間が寝る時位しかない。
覚悟を決めるしかない、目の前でやる気まんまんの魔理沙を見て蓮一はそう思った。
「まぁ、今日はお前がどれだけ知っているかも見たいから大雑把な所から行きましょう。まず、この幻想郷は『忘れられた者達の最後の楽園』、というのは知っているわね?」
「確か外の世界で存在できなくなった妖怪が幻想郷に来るんだろ?」
「よろしい。ではこの幻想郷には多くの種族が共生しているけれど、それらをどこまで言えるかしら?」
「えーと……人間、妖怪、魔法使い……他には何か居たっけ?」
魔理沙が大きく溜息をつく。予想外に何もわかっていないと落胆している顔だ。しかし、蓮一は所詮小さな村で育った田舎者。
山で狩りはよくやっていたから山の知識には経験として富んではいてもほとんど遭遇機会もなかった妖怪の事などに関しては一般人レベルより下なのだ。
「あのね、一括りに妖怪と表現したけど、それはかなり大雑把な存在でそれを種族と呼ぶ事は限られているわ。あくまで種族を持たない一体一種族か、存在が希薄過ぎて種族を持てなかった者。そう言ったその他の存在を妖怪とまとめるの」
「そうなのか。じゃあ、有名な天狗とか河童とか鬼とかも種族なのか?」
「その通りよ、基本的に存在がある程度認知されていて複数体の個体を持つなら皆何かしらの種族よ。他には妖精、幽霊、亡霊、妖獣、獣人、天人、仙人、神霊、死神、閻魔みたいのもいるわね」
「結構多いな、覚えきれない」
「そのうち嫌でも覚えるわよ。痛々しい経験と共に」
その言葉に少しゾッとさせられるが、元より妖怪退治に危険がないなどという甘い認識を引きずってきた蓮一ではない。
その恐怖と力は初めての妖怪退治の時に心に刻みつけられている。
「まぁ、これで一個体一種族を含めたらもう覚えきれないわね。そうね、妖怪で代表的なのは妖怪の賢者、八雲紫ね」
「あの人も独立した妖怪なのか」
「あんな化物が何匹も居てたまるもんですか。命がいくつあっても足りないわ。後は種族では妖精、妖獣、獣人、幽霊辺りは出会いそうなものだし覚えておいてもいいかもね。どれも私達人間には強力な相手が多いわ」
「ああ、それはわかってる。妖怪を舐めたりなんか……ん? 私『達』」
魔理沙の言葉に違和感を覚える。魔理沙は確かに『私達人間』とそう言った。しかし、魔理沙は種族的には魔法使いでこの言い方は正しくないのだ。
元人間という事の名残だろうか、とも思ったが魔理沙がすぐにその答えを出した。
「ああ、確かに元人間とも言ったけど私は魔法使いって訳でもないのよ」
「どういう事だ?」
「魔法使いの条件は魔力回路を有している事、そして
「どういう魔法なんだ、それ?」
「物を食べなくても魔力でそれが補えるのよ。そうなった時点で人間から魔法使いに種族が変わる。でも私はその術をかけてないから魔法使いの種族ではないわ。しかし、かと言って魔力回路を手に入れた時点で人間でもない。中途半端なのよ、私は」
「何でそれを使って完全な魔法使いになろうとしないんだ?」
「どうしてかしらね、まだ人間への未練があるのか、人間を辞める事が怖いのか、私にもわからない。だけど術をやる気にはどうしてもなれないのよ」
蓮一はそれからポツリポツリと語られた魔理沙の話を黙って聞いていた。
魔理沙は元々商人の娘であった。将来もそこの跡取りとして育てられていたし、彼女自身もそのつもりだった。しかし、ある時偶然にも店に持ち込まれた魔道書を読み、彼女は魔法という存在に心を奪われた。
そして、魔法使いになりたいと心から思った。
その後は親の反対を押し切り勘当されてまで魔法の勉強を我流で進め、霖之助などの助けもあり現在に至るのであった。
魔理沙は最後に懐かしむように語った。
「やっぱり、父さんと喧嘩別れになってしまったのがいけないと思うのよ。あれをまだ引きずっている。だから私は魔法使いになりきれないんだわ」
「…………」
「悪いわね、辛気臭い話しちゃって。さぁ、勉強の続きを始めましょう。まず、最も弱い妖精の種族についてだけれど――――」
その後も途中夕食を挟みながらも様々な事を詳しく魔理沙は蓮一に教えた。意外にもと言っては失礼だが、魔理沙の教え方は上手く、蓮一の興味を駆り立て、決して勉強に飽きさせる事はなかった。
これは蓮一の学習意欲の高さにも起因するものがあるだろうが。
蓮一も少しずつではあるが成長していく。ここで過ごした事に無駄な事など一切なく、その全てが蓮一に刺激を与え、成長の糧としてくれる。
そうして希望の光と一抹の闇をチラつかせつつ、今日もまた夜は更けていった。
長かった夏休みも終わってしまい忙しくなるので更新はさらに遅くなります。
具体的には一週間一本だったらいいなぁ位。
おそらくは二週間に一本になりそうです。