東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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なんとか一週間強で投稿する事が出来ました。
この話から(今度こそ)魔理沙編クライマックスに突入していこうと思います。

余談ですが、最近はお気に入りの人数が増えたり感想を頂けたりと新人の私には嬉しかったりする今日この頃です。

皆さんの応援を糧に今後も頑張って書いていきます!


第九話「管狐」

この魔理沙の家に蓮一が来てからそろそろ二週間近くが経つ。

 毎日昼は採集と霊力操作の鍛錬、夜は座学という決まったサイクルで過ぎていく毎日。しかし、その毎日が蓮一にとっては充実した日々だった。

 これだけ同じサイクルを繰り返した所でその中身は大きく異なる。霊力操作では昨日は出来なかった事が今日はできるようになっていたり、また昨日はできたのに今日はできなかったり。

 座学に関しては毎日が新しい知識の連続で蓮一はこの数日で随分とこの幻想郷について理解が深まっていた。

 ただ、毎日座学が終わった後に復讐をしないと蓮一は全てを覚えていられないが、それでもできる限り魔理沙は他の知識とも関連付けて物事を教えていた。

 いつまでもこの日々が続くのも悪くないと蓮一も心の片隅で思い始めてはいるが、そう言う訳にもいかない。もう夏に入ってしまった。

 慧音の天体観測の授業までもうあまり猶予がない。そろそろ慧音に天体望遠鏡を借りることができる事を伝えなければ授業自体を白紙に戻してしまう可能性がある。

 霖之助に交換条件として出されたマダラ茸、魔法杉の葉、七色花を見つけ出さなければならない。

 

「蓮一」

「ん? なんだ、魔理沙?」

 

 朝食のシリアルを口に運びながら魔理沙が怪訝そうな顔をして蓮一を見つめている。

 

「お前、朝食に全然手を付けてないが、調子でも悪いの?」

「あ、いや、ちょっと考え事してて……」

「ここ最近のお前はどうも気が逸れて修行にも座学にも身が入っていないようね。一体何をそんなに思い悩んでいるのかしら?」

「……そろそろ、霖之助さんに頼まれたものを持っていかないといけないんだ」

 

 それを聞いて一瞬考え込むように視線を逸らした後、ああ、あれね、と今思い出したかのように相槌を打つ。

 確かに魔理沙には些細な問題ではあるが、蓮一にとっては重大な問題だった。元々蓮一がこうして魔法の森に入っているのは天体望遠鏡を慧音に届けるためだ。

 修行だけ達成しても目的を達成できないなら意味はない。蓮一はその焦燥を余す事なく目の前に座る魔理沙にぶつけた。

 魔理沙はそれを聞いて腕を組んでしばらく思案にふけっていると、唐突に目を見開いて蓮一に言う。

 

「ふん、まぁ、いいでしょう。そこまで見つかり難いものでもないし私の採集を手伝っている合間にその採集をしてもいいわよ。ただし、私は一切手を貸さないわ。せいぜいあなたの採集してきたものが霖之助に頼まれた品かどうか判定してあげる程度よ。あなたがしてきた約束なのだから、きっちりあなたの力で果たして見せなさい」

「ああ、わかった。ありがとう、魔理沙!」

「ま、一日の負担がさらに増えるだろうけど頑張りなさいな」

 

 魔理沙の了解も得て、その日から蓮一は霖之助に頼まれた植物の採集を始めた

 しかし、霖之助は分かり易いからすぐ見つかるだろうと言っていたものの、素人の蓮一にそれが適用されるわけもなく。

 

「魔理沙! このキノコ、マダラ茸じゃないか!?」

「それは、スー●ーキノコね。食べると少しの間身体が大きくなるわ。久しぶりに自生しているものを見たわ」

「何それ!?」

 

 赤に白の斑点模様がマダラにも見えなくはなかったのだが、蓮一はそれを手放した。

 何故かキノコはひとりでに何処かへ行ってしまった。

 体が大きくなるというのなら一口食べても良かったかもしれないという小さな後悔が蓮一の心に芽生えた。

 

「魔理沙! この花、七色花じゃないか!?」

「それは竜●花ね。太古にいた竜人族の間で好まれた仙薬『竜仙丹』を作る材料になるわ。かなり珍しいものを見つけたわね。いらないなら私にくれない?」

「え? あ、ああ、いいけど」

 

 貴重そうな雰囲気を漂わせている花を魔理沙に渡した。なんだか魔理沙はとても嬉しそうにしていた。

 しかし、蓮一が探しているのは七色花の方である。いくら珍しくとも意味はない。

 

「魔理沙! これ、魔法杉の葉じゃないか!?」

「お、お前、それは……世●樹の葉!? 一体どこでそれを!?」

「え、いやそこで拾ったんだけど……」

「お前……すごいわね。それは死者をも復活させる力を持つ葉なのよ? もう幻想郷からなくなったと思っていたのに……」

「……いるか?」

「断る理由がないわ」

 

 蓮一はその奇跡の葉を魔理沙に渡す。渡した時の魔理沙の手が興奮と驚きで震えていた。

 しかし、魔法杉の葉ではないのなら天体望遠鏡一つ借りる力もないという事だ。当分死ぬ気はない蓮一に今はいらないものだ。

 こうして色んな所をくまなく探索したつもりなのだが、結局三つの植物の内の一つすら見当たらなかった。

 これ以上は後の修行と座学に支障をきたすと判断し、蓮一は惜しみながらも今日の探索は切り上げる事にした。

 

 

「なぁ、魔理沙。目的の三種類の植物は簡単に見つかるんじゃないのか?」

「価値のあるものでも使い道のあるものでもないとは言ったけど、簡単に見つかるとは言った覚えがないわね」

 

 夜、夕食を終えて座学に勤しむ中、だらけた姿勢で机に倒れ込み蓮一が呟く。

 あまりの収穫のなさに蓮一はすっかり参ってしまっていた。いつもの座学への熱心な姿勢も今日は見る影をなくしている。

 そんな彼を見て魔理沙も今日はこれ以上座学を進めても仕方ないと判断し、開いていた本を閉じて溜息をつきながら蓮一の方に向き直る。

 

「それに、まだお前はこの魔法の森の一割だって探索し終えてないんだ。その程度で見つかるなんてそれはラッキーが過ぎるでしょう?」

「……まぁ、確かにそうだけど、時間がないんだよ」

 

 蓮一の表情に焦燥が浮かんでいた。

 慧音の課外授業を成功させるために天体望遠鏡を求め、ここまで来たのだ。もう引き返す事は考えられない。

 自分の休憩時間を裂き、探索に回したせいで既に蓮一の身体は相当の疲労を抱えている筈だった。

 正直、魔理沙としても蓮一がここまでやるとは思っておらず、明日は一日休養日にするか考えあぐねていた程だ。

今の蓮一の状態は魔理沙の魔法道具(マジックアイテム)によって安定しているように見えるが実際は違う。五感を失った状態でさらに身体に害をきたすような疲労を抱えては『手遅れ』になりかねない。

 蓮一の五感消失は五感に極端な負荷を掛けたダメージによるものだ。いうなれば魔理沙が処方した味覚を取り戻す薬は回復薬のようなものだ。味覚へのダメージが全快したから蓮一に味覚が戻ってきた。

同様に、蓮一の他の五感も依然としてそのダメージが残った状態にあるのだ。そして、そのダメージがある一線を超過してしまえば五感は永遠に消失する。

今までは、森での採集と霊力を練るだけの比較的安全かつ穏やかな修行だったからこそ蓮一の五感はまだ取り戻せる域にあるのだ。

これ以上の疲労の蓄積は五感の回復に影響を及ぼしかねない。

そんな蓮一の不安定な状態を一人理解している魔理沙は蓮一以上の焦燥と葛藤に襲われていた。

 

「ううん……確かに……でも……むむぅ……」

 

 一人唸り声を上げて頭を押さえる魔理沙を不思議そうに見つめながら蓮一は明日の探索について考えていた。

 蓮一自身も今日の疲労感には堪えるものがあるが、だからと言って探索を休む気など一切なかった。

 そんな蓮一の心情を読み取ったのか、魔理沙はついに折れた。元々蓮一の方に手を貸すのは本人の成長を遮るため避けたかった手だが、それ以上に五感消失というリスクに目を瞑る訳にもいかなかった。

 

「わかった、わかったわよ! 明日は修行も座学も休み! 一日お前の探索を手伝うわ」

「え? そんなに気を遣わなくても俺は……」

「全然平気じゃないでしょうが! それにお前に頑張られ過ぎても困るのよ!」

 

 事情を知らない蓮一には何故魔理沙が怒り気味にまくしたてるのかわからないが、有難く魔理沙の助力を受ける事にした。

 実際、身体の方は平気とは言い難い状態であるし、何よりこの森に精通した魔理沙の助力は大きかった。

 

「ありがとう、魔理沙」

「いいわよ、たまには弟子の我が侭に付き合ってこそ師匠だもの」

 

 若干、しかめ面で返事をする魔理沙に今日はもう寝てしまいなさいと言われ、蓮一は疲労困憊の身体を引きずるようにしてベッドへ向かう。

そして、重力に任せてそのまま倒れ込み、数秒でその意識を心地よい闇へと預けた。

そんな中、蓮一は愚か魔理沙でさえも気付かなかった――いや、あるいは魔理沙が少し気を張っていれば気付いたのかもしれない――この魔法の森のどこかで着々と力を溜め、その力を放出する機を狙う者が潜んでいた事を。

 

 

 魔法の森のどこか、男は依然としてそこに座っていた。まるで男は周りの木のように微動だにせず、一瞬死んでいるのではないかと思われる程だが、その口元は僅かに開き、非常に薄く、息を殺すかのような呼吸を繰り返している。

 やがて、その口元は徐々に口角の筋肉が吊り上がり、僅かな呼吸音すら漏らさなかった口から噛み殺した笑いがこぼれだし、それはやがて大きな笑い声へと変わっていく。

 男はただ笑っていた。

 

「アハハハハハハ、イヒヒヒヒヒヒ、ガハハハハハ――――」

 

 地の底から鳴り響くように辺りに反響する狂気の入り混じった声はその周辺の動物の鳴き声を打消し、しばらくその空間の支配権を奪っていた。

 しかし、やがて疲れたのか徐々にその笑い声は小さくなり、最後には元の静寂が残った。

 立ち上がり、大きく深呼吸をして息を整える男の顔にはまだ邪悪な笑みが残り、時折ヒヒと甲高い笑いが漏れていた。

 

「やっとだ、やっと準備が整った。この時をどれだけ待ち望んだ? あの小娘と対峙してから今日で何日経った? ヒヒ、覚えてすらいねぇ」

 

 その場で男は早口に独り言を呟き続ける。心なしか、男に呼ばれたかのように濃い霧が男の周囲に集まるように彼の身体を包み込む。

 

「――そう、あの日を忘れた事は一日だってなかった、俺はあの時からあの小娘を殺すためにずっと生きていたんだ、そう、それが俺の目的、俺の人生、俺の俺の俺の……」

 

 狂ったように喋り続ける男は焦点の合わない両目をフードの下から光らせ、そして頭上の月を仰ぐように手を広げ、一心に見つめる。

 同時にフードが外れ、男の素顔が露わになる。男の手の傷も目を背けたくなる程悲惨ではあったが、その顔はそれ以上だった。

 もし今、男の露わになった姿を見た者が居たのなら、きっとその生涯で最もフードというものの役割の重要性を思い知る事になるだろう。

 男の頭部に髪の毛は一切なかった。そのかわり、頭皮全体に数えきれないほどの赤黒いい斑点が広がっているのだ。そして、その顔はどれだけ殴られればそうなるのか(いびつ)としか表現できない程に骨格が歪んでしまっており、その姿を見て人間か妖怪か見分けられる者は少ないだろう。

 いや、それ以前に彼のそんな醜悪な姿を見ただけで例え人間だと分かっても近づかないだろう。

 

「……時は満ちた、今行くぞ。霧雨、魔理沙」

 

男の周りの霧はその言葉と共に踏み出された男の歩みにピッタリとくっつく様に同時に動いていく。

男は霧と共に移動をし始めたのだ。しかし、その霧はどこか妙である。

男に合わせて動くと言うだけで既に十分妙ではあるが、その霧は生き物のように波打ったりうねったりしているのだ。

まるで何かの生き物が集まった集合体がこの霧を形成しているのだと言わんばかりにその霧は異様であった。

そして、次の瞬間、霧の中から声が響く。

男のものではない。動物の鳴き『声』である。そして、それは決して一匹だけではない何匹もの同じ鳴き声が霧からこだまするように無限に聞こえてくるのだ。

そして、それは「コーン」、「コーン」と、狐のような鳴き声をしていた。

 

 

「魔理沙、これはまさか……!」

「ええ、今回は嗅覚を取り戻せる薬よ」

 

 その朝、蓮一が目を覚ますと、その目の前に試験管を持った魔理沙の姿があった。相変わらず試験管の中身は緑とオレンジが入り混じった醜悪な色をしており、しかも今回はなんと液体が沸騰しているのかゴポゴポと気泡を立て、黄色い湯気を立てている。

 魔理沙の笑顔と対照的に蓮一の表情は引きつり、明らかに魔理沙の掲げる薬を拒絶していた。

 

「……まさか、それを飲むのか? 俺、もう味覚は戻っているんだけど」

「飲みたい?」

「せめて! せめて、冷ましてくれ!」

 

 懇願する蓮一の反応を見て愉快に笑う魔理沙は、蓮一の頭をわし掴んで、強引に試験管の口を蓮一の顔に近づける。

 試験管から絶えず出て来る黄色い湯気が蓮一の顔に当たる。

 蓮一は必死に抵抗を試みるが、魔法をかけられたのか全く身体の自由がきかず、魔理沙のされるがままであった。

 

「まぁ、落ち着きなさい。これは飲み薬じゃないわ。この湯気を鼻から吸いなさい」

「あ、今回はそれでいいのか……よかった」

 

 ほっと安心したのも束の間、不意に強い刺激臭が蓮一を襲い、蓮一は危うく意識を失いかける。

 魔理沙がその反応を見て蓮一の拘束魔法を解いて試験管を遠ざける。

 蓮一は再度ベッドに倒れ、痙攣している。久しぶりに感じた臭いが強すぎたのだ。これ程の衝撃は初めて狩りで熊の毛皮を纏わせてもらった時以来だった。

 しかし、あの時以上に酷い臭いである。意識すら失いかける臭いなど蓮一にとって初めての経験であった。

 

「こ、これは……」

「よし、これで嗅覚も戻ったわね。今日の朝食はさらに美味しく感じるわよ」

「そ、それはいいんだが……少し休ませて……」

 

 嗅覚が戻ったにも関わらず、早速鼻声になっている蓮一を無理矢理叩き起こして魔理沙と蓮一は食卓についた。

 今まで感じていなかった臭いが蓮一の嗅覚を刺激し、自然と唾液が零れ落ちそうになる。

 そして、トーストを一口かじった瞬間、あの味覚が戻った時以上の感動を蓮一は覚えていた。

 『風味』という概念は案外ないがしろにされがちであるが、臭いといえど立派な『味』である。

 風味の大切さを知りたいならチョコレートを鼻をつまんで食べてみると分かり易いだろう。チョコレートらしきカカオ、砂糖、ミルクの味はするが、あまり美味しく感じない筈である。

 これはチョコレートの風味が味と混ざり合って初めてチョコレート本来の美味しさが顕現するからである。

 これでわからないのなら同じように紅茶を飲んで見ればよい。当然であるが風味のない紅茶などただの砂糖の入ったお湯である。

 『味』とは味覚だけでなく、嗅覚でも感じ取るものなのである。

 それを、蓮一は今回の体験を通して身に染みて思い知った。

 

「うまい、うまいよ……」

「ええ、自分が生きるために食す『命』の結晶だもの。それが美味しくない筈ないでしょう?」

 

 魔理沙の言葉に何度も頷き返しながら、蓮一は夢中で朝食を味わい続けた。食事が美味しいだけで力が湧いてくるようであった。既に昨日の疲労など感じない。

 蓮一は朝食を堪能すると、すぐに探索の準備を始めた。今日だけで全て、までは望まないが、せめて一種類位は採集しておきたい。

 そのための時間は最低限無駄にしたくはなかった。

 

「よし、魔理沙、行こう!」

「わかったから、そんなに急かさないでくれる?」

 

 最初に辿りついたのは、今まで主な採集地域となっていた魔法の森の南西部から離れた北東部だった。

 蓮一がそこを選んだ訳ではない。魔理沙がついて来いと言って移動魔法で二人は魔理沙の家から遠く離れたこの地帯へと足を踏み入れたのである。

 

「魔理沙、ここに俺の求める植物があるのか?」

「ええ、ここ周辺にある杉の中に魔法杉が混じっているわ。それを見つけて葉を採集すればいいんじゃない?」

「ここの杉の中から……?」

 

 蓮一が見渡す限り、この一帯は杉林になっており、四方八方に杉が見える。

 この膨大な杉林の中から魔法杉を見つけ出す事など不可能に近かった。

 

「こんな大量の杉のどれが魔法杉なのかなんてわからないぞ?」

「お前、忘れたの? 魔法杉は周囲に魔力を放出しているのよ? それを見れば一発じゃない」

「……とはいっても、どうすればいいのやら」

 

 蓮一の目にはそれらしい魔力がまず見えていない。魔力を放散している杉という情報以前にまず魔力を視認する技術が不足していた。

 例外として魔法のように魔力を密集させたりするものは視認できるが、僅かな魔力を捉えるだけの技量は蓮一にはまだなかった。

 杉林に到着して開始数秒で既に頭を悩ませる蓮一に魔理沙は一つアドバイスをする。元々魔理沙はこのアドバイスを狙っていた。

 修行と採集とを同時に進めるために。

 

「蓮一、お前はこの数日で随分と霊力を手に集中できるようになったわね」

「ああ……? まぁ、まだ上手くいかない時も多いけど大分安定してきた気がする」

 

 日々の修行の成果か、蓮一は僅かながらコツを掴んできていた。最初は滝のような汗を流しながらようやく保っていた霊力の流れの操作も今ではかなりリラックスしてできるようになった。

 

「それじゃあ、その霊力を今度は手でなく、目に集中させてみて」

「目に……?」

「ええ、五感は失われていてもきっと見えるはずよ」

「……わかった、やってみる」

 

 そう言うと、蓮一は目を閉じ、大きく深呼吸をして呼吸を整え、今度は霊力が両目に集まるように霊力の流れを操作する。

 基本は手に集中させる時とほとんど同じだが、位置が違うだけで力加減も異なってくる。しばらくその誤差に悪戦苦闘しながら、ようやく安定して両目に霊力を集められると、蓮一はゆっくりと目を開く。

 

「……これは!」

「何が見えた?」

「この杉全部から白い(もや)みたいなものが出てきているのが見える」

「いいでしょう、上出来ね。その白い靄が魔力よ。まぁ、ネタ晴らしをしちゃうとここの全ての杉が魔法杉だった訳ね」

 

 蓮一は魔理沙の声を半分危機流し、魔力の見える新たな視界にしばらくの間見入っていた。蓮一の見え方は眼鏡から脳に送られてくる景色のイメージに白い靄が重なるように見えていた。

 おそらくは蓮一の本来の視界には霊力によって見えるこの白い靄だけが映っているのだろう。それが眼鏡から脳に送られるイメージと重なり合っているのだ。

 そして、その風景はその目をしばし無意識に釘付けにするような、神秘的で深淵な、どこか神々しいものであった。

 

「蓮一、採集しなくていいの?」

「……ハッ! そうだった。少し見入っていた……」

「魔力には何とも言えない魅力があるようだしね、初めてなら無理もないわ。これから慣れていくわよ」

 

 我に返った蓮一はリュックから採集ケースを取り出し、普段採集しているように手慣れた手つきで何枚かの魔法杉の葉を手に入れた。

 しかし、その途中不意にその中に奇妙な葉を見つけた。

 

「魔理沙、これはなんだ? これだけ魔力を放出っていうか、纏わりついているっていうか……」

「ああ、これは……蓮一、折角だから触ってみなさい」

「――?」

 

 意味も分からぬまま魔理沙の指示通りに魔法杉の葉の中に隠れた謎の葉に触れる。その瞬間、今まで葉にへばりつくようにくっついていた魔力が放散したかと思うと、直後頭が痛くなりそうな強烈な臭いが蓮一の鼻をつく。

 

「う!? なんだ、この臭い!?」

「これは他の植物に寄生する植物でモドキ草という名前よ。寄生した宿主とそっくりの葉、枝、幹、花、実をつけるのだけど、他の生き物がこのモドキ草に触れると、魔力と共に内包している刺激臭を周囲に飛ばすわ。しばらく臭いがつくから気を付けなさい」

「できれば俺が触れる前に言って欲しかったよ」

「何事も実際に体験してみた方が記憶に残り易いのよ」

 

 さぞ面白そうに鼻をつまんで悶える蓮一を見つめる魔理沙はそう言って指を軽く横に薙ぐように動かすと、蓮一の触れたモドキ草がまるで見えない刃物に切られたかのように葉の部分が綺麗に切り取られ、そして空中で浮いていた。

 

「そのモドキ草、中々いい実験材料(サンプル)になるのよ。ついでにあなたの余ったケースに採集しておいて頂戴」

「も、もう一度触れと……?」

「今は魔力で葉全体を覆っているから触っても臭いは出さないわ」

「そういう事なら……」

 

 蓮一は恐る恐る余っていた採集ケースに魔法杉の葉そっくりに擬態したモドキ草を採集した。

 同時にこれで魔法杉の葉も同時に手に入れ、ようやく霖之助に頼まれた一つが採集できた。

 

「よし、魔理沙次に行こう!」

「じゃあ、ここから近くにキノコの密集地帯があるからそこまで行ってマダラ茸を探しましょうか」

 

 そう言って歩いて行く魔理沙の後をついていく事数分。

 さっきまで杉の木しかなかった森の風景が一変、キノコがそこら中に生え渡る密集地が突然目の前に現れた。

 キノコは一種類だけでなく、様々な色、形、大きさのキノコが数多に生え、数本見える巨大なキノコからは絶えず胞子と共に魔力瘴気が放出されているのが見える。

 

「うわ……なんだここ」

「ここは魔法の森に原生するキノコが集まる場所。そして、幻覚、麻痺、致死毒を与える有害胞子が飛び交う魔法の森で最も危険な場所よ」

 

 魔理沙の説明を聞いているだけで足がすくむ。本当にこんな所入っていくのが蓮一は不安で仕方なかった。

 魔法の森の霧、それが他よりもこの場所だけ一層濃いのは何故だろう。

 簡単な事だ。この周辺の霧を形成しているのは他でもない、ここの数多生えるキノコから放出される胞子なのである。

 数十メートル先を見失いかねないような、そんな濃霧を形成しているのは魔理沙が説明した有害胞子なのだ。

勿論、吸い込めば間違いなく死に直結するレベルの濃度であろう。

 

「こんな所、探索できるのか?」

「ええ、できるわよ。お前の霊力があればね」

「霊力で?」

「そう、限界はあるけど全身に霊力を巡らせる事で少しの間お前の体内に入った毒を霊力がろ過してくれる。今まである一点に集中させていた霊力を次は全身に放散するのよ」

「霊力を全身に巡らせる? それっていつもの状態と何か違うのか?」

 

 霊力回路をその身に宿した時から霊力は蓮一の中で生産され続け、同時にその体内を血流のように流れている。

 では、魔理沙はどういう意味で霊力を全身に巡らせろと言ったのか、蓮一にはその真意が掴みきれていなかった。

 

「確かに、お前の体内には絶えず霊力が流れている。ただ、その流れには淀みがあるわ。ある所では滝のように、またある所では小川のようにと流れが安定しない。それを意識的に一定に淀みなく流れるよう操るのよ。淀みなく流れる霊力は内功を高め、お前の身体を活性化させるわ」

「……わかった、とにかく淀みなく一定に全身に霊力を流せばいいんだな?」

 

 そう言って、また蓮一は大きく息を吸って霊力の流れに集中する。

 今までのようにある一点に集中させるのとは違う。今は体を流れる霊力全てに意識を向ける。魔理沙の言った通り、蓮一の体内の霊力の流れはその時々で変化を繰り返し、安定しない。

 時には凄い流れで身体を巡っていく事もあるが、時には少しずつしか流れていかない事もある。

 

――この流れを制御するのは一点に霊力を集中させるよりも骨が折れそうだ。

 

 蓮一の額から一筋の汗が流れた。

 

 

 結局、あの後蓮一が目的のマダラ茸を見つける事はなかった。それどころか、霊力の流れを一定にし、いざ胞子の濃霧の中へと足を踏み入れた途端、そのあまりの毒量に霊力によるろ過が追い付かなかった。

 瞬時に蓮一の周りの風景は夜夢の中で見るような摩訶不思議な風景へとその容貌を変え、ありもしない幻覚に襲われた。

 それだけならまだ良かった。立て続けに今度は身体が痺れて動かなくなる。触覚が鈍っているため、麻痺毒の侵食に気付くのが遅れた。

 既に引き返したくても引き返せない状態に陥っていた。

 そして、最後には息が苦しくなり、全身を激痛が襲う。脳内麻薬の一種で実際の痛みはない。おそらく毒性胞子の中に幻覚の痛みを誘発させるものがふくまれていたのだろう。

 息ができず、全身を走り続ける鋭い痛みに意識が朦朧となった瞬間、魔理沙の手に強い力で濃霧の外まで引っ張り上げられ、そこで蓮一は意識を失った。

 気付いた時にはもう夕刻で蓮一はキノコの密集地から少し離れた大木の根本に寝かされていた。

 幸い、魔理沙が持ってきていた薬と森の中で採集した材料から蓮一の身体を蝕んだ毒は全て中和されたらしい。

 そんな事があったので、蓮一は今日の探索を切り上げる事にした。

 急がなければならないのは確かだが、かといって今あのキノコの密集地に飛び込むのは自殺行為だと蓮一は悟っていた。

 

――もっと、強くならないと……!

 

「魔理沙、明日はまた霊力の鍛錬をしてくれないか?」

「ええ、わかったわ。まぁ、焦らず確実にいきましょう。まだ夏は始まったばかりなのだから。きっと間に合うわ」

 

 励ますように語りかけるその魔理沙の言葉に蓮一は何度も何度も頷いていた。

 自分はまだ戦うための術を手に入れただけだ。それを使いこなす事が出来ていない以上、まだ力を得た訳では無いのだ。蓮一は最近の浮足立った自分の行動を反省する。

 しかし、特定の誰かが世界を回している訳ではないように、誰かを中心に世界は回ってはいない。

 そして、『試練』とは大抵、本人の望まぬ時にこそやってくる。

 この蓮一もその例外足り得ず、同様にその『試練』は突然やって来た。

 ようやく、彼が強くなろうとしている時に――つまりはまだ強くない時に。

 

「……あれ? 魔理沙、あれって人、だよな?」

「…………」

 

 転移魔法で魔理沙の家までワープしてくると、その数メートル先の玄関付近に誰かが立っていた。

 全身をマントとフードで覆っているのでその後ろ姿からはあれが何者なのかは見当がつかない。

 ただ、マントの裾から覗かせる包帯の巻かれた細い枝のような足はおそらくは人間のそれと同様のものである事を蓮一は確認できた。

 

「もしかして、俺みたいに迷い込んできた人なのかな?」

「…………」

 

 小声で話しかける蓮一に対し、魔理沙は何も言わなければ微動だにしない。まだ自分達に気付いていないらしいマントの人間に勘付かれないよう息を殺して動かないようにも見える。

 何はともあれ、魔理沙が今玄関の目の前に立っている数メートル先の謎の人間を警戒している事だけは確かだった。

 蓮一もその様子を見ると、流石に身構えざるを得ない。

 

「魔理沙、どうしたんだ? 何か危ないのか?」

「……蓮一、霊力を練っておきなさい」

「え?」

 

 小声でそれだけ唐突に言われた蓮一は思わず、必要以上に声を洩らしてしまう。慌てて口を塞ごうにも遅かった。

 マントがピクリと反応したように動くとゆっくりと蓮一達の方に向き直る。

 体格的にも大体予想はついていたが、やはり男のようだった。マントとフードで全身を覆っているためその顔は岡が言知れないが、男は蓮一と魔理沙を交互に見るような首の動きを見せると、フードから僅かに覗かせる口の口角を釣り上げ、邪悪な笑みを浮かべた。

 その口の中から覗かせる歯は明らかに正常な人間のそれの本数よりも遥かに少ない。

 しかも、その歯一つ一つがまるで人為的な、金槌で打たれたかのような歪な欠け方をしている。

 

「……つけた……見つけたぞぉぉ、ククククククク」

 

 男は不気味な笑い声を夕日に包まれ照らされながら辺りに響かせ続けていた。

 蓮一はその異常な男の姿を見て自然と後ずさりしてしまう。

 

「見つけた、みつけた、ミツケタ、みぃぃつけたぁぁぁぁ!」

 

 不意にマントの下に隠れていた左手が動き、その手が魔理沙と蓮一のいる方向に向けられる。

 その左手には何か小さな竹筒のようなものが握られており、その口が二人に向けられている。

 

「『憑け』、管狐(くだぎつね)!」

 

 男の叫びと共にその竹筒から突然大量の真っ白な何かが噴き出すように蓮一達に向かっていき、二人を霧のように包み込んだ。

 蓮一は何が起こったのか理解できないままもがくが、何かが全身を這いずり回り、その場から動く事すらままならない。

 

「チッ! 蓮一、ちょっと手荒いけど我慢しなさいよ!」

「え? うわぁ!」

 

 魔理沙の声が聞こえたかと思うと、突然横から巨大な魔力弾が放たれ、その白い何かを蹴散らしながら蓮一を霧のようなものから押し出す。

 尻餅をつきながら改めて自分達を包んでいたものを見てようやく蓮一はその正体がわかった。

 

「……これは、狐!?」

 

 白い毛並をした細長い体の狐。それこそ長さを考慮しなければ、出てきたあの竹筒に入れそうなくらい細見の白狐が群を作り、絶えず数多に蠢いていた。

 それがあまりに多すぎて、大き過ぎて蓮一の目には霧にすら見えていたのだ。

 しばらく数えきれない程の狐達は魔理沙を包み込んだまま忙しく動き回っていたが、やがて、その霧はだんだん収縮し、やがて巻き込まれていた魔理沙の姿が蓮一にも視認できるようになる。

 

「あ、魔理――」

 

 魔理沙の姿を見た蓮一はその続きの言葉が出なかった。

 そこにいた魔理沙は既に蓮一の知っている彼女ではなかった。狐達に操られ、無理矢理立たされているような脱力状態で佇む彼女の金色に輝いていた髪は狐達のように真っ白に染まり、健康的な肌も今は色白を通り越して死人のように青白く変色している。

 そして、彼女の全身の肌には見える所だけでも奇妙な文様が描かれており、それが時折赤く脈打つように鈍い光を放っていた。

 開かれた目に光はなく、苦しそうに俯いている。

 

「魔、魔理沙……?」

「ようやく仕留めたぞ、霧雨魔理沙。これでお前も終わりだ」

「……ゼェ……ゼェ……」

 

 最早言葉を喋るのも辛いようだが、それでも僅かにでも抵抗しようと弱々しくマントの男を睨みつける。

 しかし、その睨み顔も男はさも満足気に笑って一蹴する。

 

「な、なんなんだ、お前は! 何で急に俺達を襲う!?」

「あぁーー?」

 

 男は今やっと気付いたかのように蓮一に視線を向ける。

 その目に先刻魔理沙に向けていたかのような狂気、闘争はなくただ蓮一に対する無関心さだけをひしひしと感じさせる。

 

「別にお前の事なんざ知らねぇよ。見逃してやるからさっさと失せな、俺は今からこの霧雨魔理沙に用があるんだ」

「こんな事をされる謂れが魔理沙のどこにある! 早くこの狐みたいなのを消せ!」

「……あぁ?」

 

 瞬間、蓮一に向けられていた視線は途端に無機質なそれから憎悪と敵対心の籠ったものに変わった。

 そのあまりの殺気と威圧感に思わず蓮一は睨み付けていた目を逸らしてしまう。完全に相手の空気にのまれかけていた。

 しかし、そんなのお構いなしと言わんばかりに怒気の籠った口調で男は畳み掛けるように反し始める。

 

「このクソ魔法使いがこの程度の報いも受けないで済む訳ねぇだろうがぁ! 知ったような口を利くなよ、クソガキ! こいつはなぁ、俺をこんな体にしやがった張本人さ!」

 

 そう言うと、男はマントを脱ぎ、その全身を晒す。

 顔は骨格が歪み、頭には赤い斑点が広がる。身体中は傷だらけでいくつもの古傷が見受けられ、しかもその中のほとんどは膿んでいるのか黄色く皮膚が変色している。

 さらに良く見れば右手の人差し指と中指が綺麗になくなっており、足の包帯も所々血と膿が滲み出ている。

 明らかに自然にこうなったのではない。恐らくは拷問かリンチのようなものを受けてこうなっているのである。

 そして、男はそれを魔理沙が原因だと公言した。

 

「俺の名は飯綱使(いづなつか)いの孤助(こすけ)。管狐を使った呪術師だ。そして、この女に人生を狂わされた復讐者だ!」

 

 孤助と自らを名乗ったその男は憎悪に満ちた濁った瞳を目の前の霧雨魔理沙に向けた。

 日が沈んでいき、闇が辺りを包み始めた。

 




パロネタ解説(念のため)

スーパーキノコ……マリオが好むキノコ。何故動くかは永遠の謎。
竜仙花……モンハンのアイテム。わかる人はわかる。
世界樹の葉……ドラクエ定番蘇生アイテム。ザオリク覚えたら余してたりする。
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