NEW『三好in山本五十子の決断』   作:フォークロア

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第八・八話(仮) 三好inハッピーバースデー(1)

「ガダルカナルへは討って出て来なかったか。ルンガ飛行場も健在なんだな?」

「はい。定期的に偵察機を飛ばしては、ときには夜間爆撃を仕掛けてきておりますが散発的攻撃でありますので、今のところ大きな被害を受けておりません」

 

 光文17年8月8日、トラック諸島にて美軍の反攻に備え待機していた将和たちはGFから出向してきた渡辺戦務参謀から「南東戦線は異常ありせん!」と報告を受けていた。

 史実では昨日の7日にはガダルカナルに敵からの上陸作戦を仕掛けられて半年間に及ぶ攻防戦が繰り広げられていったが、本世界ではその戦いが起こる気配がなさそうだった。

 今現在将和をはじめとした第一航空艦隊の戦隊司令官達は「加賀」に集まって作戦会議現状分析を行なっており、GFからも宇垣と渡辺の二人が参加していた。

 

「むぅ……美軍も余程懐事情が厳しい、といったところなのか。情報参謀中島少佐によると、ハワイ・美本土間の通信頻度は以前にも増して増えているそうだ」

「美軍は決戦の場をハワイに定めたように思える。ガダルカナルへ下手に討って出てもかえって〝やぶへび〟になると踏んだんだろう」

「だろうな。先のミッドウェー海戦で機動部隊を喪失、、し、南太平洋で統率を執るはずだったマッカーサーがいない状況を鑑みれば美軍も〝守勢〟に戦略をとった可能性が高い」

 

 小澤と草鹿の意見に将和も同意する。

 それは確かだった。既に葦美共にミッドウェー海戦もちろん葦原軍の勝利でを終えた段階で、次はハワイが決戦場になるという認識で一致していた。

 葦原軍はミッドウェー島を占領後、陸上基地とりわけ飛行場を早期に復旧させた後、零戦を主力とする航空隊を進出させることで、ハワイ攻略への前哨基地化に成功していた。既にミッドウェー島は100機以上の海軍機で防空は固められている。美軍としては葦原軍にミッドウェー島を拠点化される前に奪回作戦に動きたかったが、肝心要の機動部隊が〝護衛艦艇を含めて〟全滅していた為、ミッドウェーの早期奪回自体空母による作戦支援なしに不可能だった。

 それほどミッドウェー海戦の結果は美軍にとって惨憺たる結果で、パール・ハーバーへ帰還できたのは葦原艦隊の包囲を抜けて難を逃れた数隻の駆逐艦のみだった。空母だけに限らず参加していた護衛艦艇を含めた大半が葦原艦隊に降伏し乗員・搭乗員も葦原軍の捕虜となってしまっては、流石のニミッツ大将も攻勢どころか自軍の再建に労力を費やす方に戦略を見直すしか無かった。

 艦艇の喪失もさることながら乗員の喪失、、、、、も痛い。ネイビーガール艦艇の運用スキルを持つ人材は一朝一夕には育たない専門職だからだ。大砲一つ撃つにしろ陸上砲台を撃つのとは訳が違う。ただでさえ今現在は人員不足※1で新規にネイビーガールズを育成している途上だというのに、この大事な時期に保持していた大多数の人材を失ったのだ。※2

 そして、ミッドウェー島を占領した段階で葦原政府も美政府へ和平を打診していた。戦前から用意していた美太平洋艦隊の既存戦力を事実上全滅させることに成功したのである。この意義は大きいと葦原政府も正しく捉えていた。下手をすれば本土を葦原軍の空母によって空襲されてしまう可能性だって高くなったのだ。停戦妥協を模索せざるを得ないだろう。

 

ーーーこれで戦争が終わってくれるならそれに越したことは無い!

 

 それは将和だけでなく五十子や嶋野、葦原の指導者達にとって一縷の望みであった。

 しかし、彼・彼女達の思いもむなしく美政府は葦原政府の和平声明を黙殺してしまった。

 一部では葦原との和睦を考える勢力もヴィンランド内には居たにはいたのだが、ルーズベルト美大統領が最終的に拒否してしまった為、終ぞ葦美講和は実現しなかった。こうなると戦争を継続するしかない。継続するしかない以上、ハワイを攻略して同島の返還を条件に再度和平を提案するしかない。上手くいけばルーズベルトも大統領の座から失脚させられるだろう。そうなれば新たに大統領に就く者が自身の支持を得るべくルーズベルトの方針と真逆の政策を実施して葦美講和成立がなるかもしれない。ハワイ攻略にはそこまでの成果が見込めるのだ。

 もちろん葦原軍の意図に気付いていたニミッツも黙ってはいない。ミッドウェー戦後もハワイにあるB17をはじめとした長距離爆撃機等を活用しミ島の空爆を実施して葦原軍のミ島拠点化を阻害しようとしていたが、警戒配備についていた葦原海軍の軽空母部隊に敢えなく撃退され終ぞ飛行場建設を許してしまっていた。※3

 またルーズベルトは、ミッドウェー海戦の凶報を聞いて直ちにチャーチル鰤首相にブリトン空母の貸与を申し出ていたのが、残念ながらチャーチルが首を縦に振ることはなかった。理由は先のセイロン沖海戦で東洋艦隊が鰤艦隊の方が先に壊滅してしまっていた為だった。

 

ーーーインド洋はもはや葦原軍に跳梁跋扈を許してしまっている状態だ。ただでさえトメニアとの戦いに懸命なのに、なけなしの空母をヴィンランドに貸し与えて、またヴィンランド軍が敗北し空母が喪失するでは自国の空母を捨てるのと同意義である。それなら自軍で葦原海軍に(勝敗は別として)攻撃を加えた方がよっぽど有意義だ。例え勝てずとも葦原軍がインド洋を越えてトメニア軍と連携させる事態を防げればそれで良い。これ以上、ブリトン海軍が失墜するのを防ぐのが最善手だ。

 

 チャーチルがそう判断艦隊保全するのも無理なかった。ただでさえ今は大西洋でトメニア海軍のUボートによる跳梁跋扈を許してしまっている状態なのだ。これ以上、ブリトン海軍が磨り減ってしまったら本土と前線への補給が滞り最悪トメニア軍に押し負けてしまう可能性があった。ブリトンにとって本命はトメニアとの戦いだったのである。唯一、同盟国の契りとして葦原政府からの講和要求は拒否し戦争状態は継続したのであった。

 そんな美鰤の思惑は別として将和たちが一番懸念していたのが『ガダルカナル戦』であった。史実同様にガダルカナルに美軍が攻勢を仕掛けて来たとして、最悪の場合として考えられる展開が、ここで激しい消耗戦に遇うかもしれないことである。ここで手間取ったりしたら、後に企図している『ハワイ攻略作戦』に支障を来たしてしまうかもしれない。『ガダルカナルの戦い』は早期に終わらせる必要があった。

 その為、連合艦隊は三川中将を司令長官とする第八艦隊を創設しラバウルへ配備させ、機動部隊もトラックに駐留させて美軍が上陸してきても早期に迎え撃てるように待ち構えていたのだが、先に述べたように美軍がガ島に討って出てくることがなかった為、将和たちの心配は杞憂に終わった。

 この美軍の動きの理由の一つは将和が述べたように、本来は南太平洋軍で総指揮を執るはずだったマッカーサー大将がいなかった為だ。この為、南太平洋軍美陸軍自体の戦略方針が当初の予定どおり豪州にて守勢を執る方針になっていたからである。

 また、実のところ将和たちも気付いていなかったことだがヴィンランド軍は攻勢ウォッチタワー作戦に出たくとも出れなかったというのが実情であった。これには第一段作戦時に葦原が稼いだポイントも大きく作用していたのである。初戦にてハワイ基地を壊滅、、させられたヴィンランドはまず多くの輸送船や機材をパール・ハーバーの復旧を中心に駆り出した為、豪州アウストラリス方面への兵力移動がいまだ遅々として進んでいなかった。※4

 この為、8月時点での南太平洋軍の指揮下に在る航空兵力はすべてかき集めても、現状で200機程度しかなかったのである。

 美軍とて、葦原軍がガダルカナルに飛行場を建設している情報を掴んでおり、そこからならニューカレドニアやニューヘブリデス諸島のエファテ島等が攻撃範囲に含まれるばかりか、ニューカレドニア攻略の為の中継基地になってしまうことを理解していた。

 だが、

 

ーーーこの貧弱な航空兵力でガダルカナルの奪還に乗り出したとしても、とても成算が立たない。しかも、味方が策源地として使えるエスピリトゥ・サント島からガ島までの距離が500海里以上も離れてるのだから、陸軍機による単独作戦では爆撃機に戦闘機の護衛を付けることさえ叶わない……

 

 南太平洋軍はこう判断を降したのも、無理からぬことだった。ただでさえ陸軍はラ・メール症状の影響も相まって渡洋作戦が不得手であるのだ。また前のミッドウェー海戦の影響で肝心のヴィンランド海軍機動部隊からの支援を受けれない状況ときた。無理やりガ島へ部隊を送り込んだとしても味方上陸軍は充分な航空支援を受けれず、ひとたび葦原の空母に南太平洋で暴れられたら、それこそ手が付けられない状態になるだろう。それは美海軍でも同様の意見であった。しかも無理してガ島を取ったとしても、ポートモレスビーが葦原軍の手中に収められている以上、敵からの美豪遮断攻撃を完全阻止することには繋がらないのである。

 

ーーー根本的な問題解決にならない!

 

 この為、海兵隊を送り出すという判断は下されなかったのである。

 そして美・陸海軍は現状を踏まえた上で協議した結果共に戦略方針を一致させていた。

 

ーーー最優先すべきはハワイの防衛強化である! ここで葦原軍を迎え撃つ!!

 

 こうした経緯があり、光文17年8月時点でも多くの輸送船が美本土ーハワイ間の行き来きに躍起になっていたのである。美・陸海軍は主だった航空兵力をオアフ島へかき集めていた。

 損な役回りを引き受けてしまった形の南太平洋軍は戦力の増強を満足に受けられず仕舞いとなっていた。こうなると守勢にまわって航空兵力の消耗を極力避けるようにと考えるのも無理からぬことだったろう。

 

 かくしてガダルカナル島の戦いは終ぞ生起することがなかったのである。

 

 

「最悪、ガダルカナルは切り捨てるつもりだったが消耗しない分には此方にとっては好都合だったな」

「でもなんだか上手く行き過ぎてる気がして逆にこわい気がするの」

「いや、そうでもないだろう。蒋介石が停戦に応じてきたのも美軍の戦略を見直さざるを得ないきっかけになったはずだ」

 

 楠木の不安に小澤が答える。

 彼女の言うとおり、既に支那大陸方面では葦原軍と国民党軍は停戦状態に入っていたのである。

 

「吉田は上手くやってくれたな」

「だな。それにしても汪兆銘が南京政府の解散に応じて蒋介石の元に戻るとは思わなかったぜ」

「元々が考えの相違があって袂を別っただけだからな。それより戦前とは政府の主張が180度変わることだっただけに、そこまで持っていった畑首相には頭が下がる思いだ」

 

 宇垣の発言に将和はそう思う。

 

 

 

 

 葦原がヴィンランドと開戦し「これで対葦戦争の風向きが変わる!」とよんでいた蒋介石だったが、開戦以来現在に至るまで美軍は連戦連敗を重ねており、逆にビルマ・インド洋方面まで葦原軍が進出して援蒋ルートを次々に遮断してきた為に、「まったくヴィンランドは頼りにならない!」と以前よりも劣勢になってしまっている状況に落胆していた。※5

 葦原としては国民党軍の補給路を断てば、あとは自壊していくのを待ってれば良い訳である。

 それでも葦原軍が支那の内陸部にまで攻め込んでくれば徹底抗戦の構えで遅滞戦術によるゲリラ戦を続けたはずだが、肝心の葦原軍もこれ以上攻勢をかけてくるつもりがないのか奥地へ侵攻してこないので、葦支戦争は散発的な銃撃戦に終始していった。

 そこに葦原から和平が提案されてきたのである。

 講話条件としては「満州国の承認および国境線確定」「盧溝橋以南の葦原軍はすべて撤退」「両国間で賠償金なし」「香港等の鰤領は葦原確保」「上海の土地租借権を一部葦原確保および支那民国と共同で運営。自由貿易港とすることで、葦原および東南亜細亜との太い交易路を葦支共有」「支那国内の内戦終結に伴い支那国内鉄道の満州鉄道への連結および支那民国への利用権確保を約束」「大戦終結まで連合軍による支那国内の軍事基地貸借使用を認めないこと」であった。

 この和平案に「今までの葦原と態度が違うなぁ」と蒋介石は興味を抱き始めた。連合軍への軍事基地提供・使用の禁止は当たり前として、賠償金の請求や大きく領土の割譲を要求してこないばかりか、上海を共同で自由貿易港として利用することや鉄道網利用による支那全土の陸路輸送の大動脈を確保できる等、此方にとって悪くない条件であった。

 そんな最中葦美間でミッドウェー海戦が発生したのである。このまま行けば葦原は間違いなくハワイを攻略しヴィンランド本土へ王手をかけるのが誰の目にも明らかだった。

 

ーーール連の支援を受けている共産党軍は日に日に力を増して支那国内の民衆からの支持を集め始めている。仮に我が方国民党軍が全力を注いで葦原軍を打ち倒したとしても、次に共産党軍と決着をつけねばならない。太平洋方面でヴィンランドも敗勢であり、仮に今後葦原へ反撃に転じるとしてもあと2,3年は時間がかかるだろう。それまで我が軍は葦原軍と激しい消耗戦を演じなければならず、そのあとの赤軍との戦いにもし敗れるようなことがあれば本末転倒ではなかろうか……

 

 この時、蒋介石の頭の中には日に日に力をつけてきている共産党軍の方に目が向いていた。

 

ーーーしかし、共産党軍を倒して疲弊しているところに再び葦原軍が攻め入ってきて漁夫の利を得られる可能性はなかろうか? 第一葦原は南京政府汪兆銘政権について講和内容に触れていない。以前まで支那の正当政府であると主張していた。まずは奴らの腹の内をよんでみなくては……

 

 ここまで考えた蒋介石は講和する条件に葦原側が提示した条件+「葦支両国は最低10年の不戦・及び不可侵」「南京政府汪兆銘政権および共産党毛沢東政権の否認および支那国民党が正当政府であることを葦原支持」を盛り込むよう付け加えた。これは蒋介石にとっての譲れないラインだった。と同時に葦原政府の出方を見る政治的発言だった。「これならどうだ? 葦原も今までの政治方針を一転するような内容には流石に躊躇する筈だ」そう踏んでの提案だった。ところが予想に反して葦原側は「その方向で講和を進めたい」と回答してきたのである。その意向が嘘でない証拠に政府特使を重慶に派遣してきたので、蒋介石も出迎え交渉に応じたのである。

 

「将軍自らお出でとは」

「本来は総理が直接この場に出向きたかったのですが、今は国内が予断を許さぬ状況のために、こうして私が出向いた次第です。しかし陸軍としては本気で貴国との講和を望む所存であることをご理解頂きたい」

 

 派遣されてきた葦原陸軍一式輸送機から降りてきた人物に蒋介石は微笑を浮かべた。

 梅津美治郎。関東軍司令官である。それだけでも葦原側の本気が窺えるだろう。 

 

「紹介しよう。葦原全権代表の吉田真紅殿だ」

 

 梅津が言ったことで、蒋介石も彼女へ視線を向けた。

 

「ようこそ、お目にかかれて光栄です」

「此方こそ、総統」

 

 蒋介石は吉田へと握手を求め、彼女もそれに応じた。

 蒋介石は吉田に好印象を抱いていた。彼女は天津・奉天などの総領事から鰤国大使を務めており、戦争に反対するリベラリストであることを知っていたからだ。

 しかし、そんな雰囲気もある人物が機内から降りてきたことで一変した。

 

「お前は!?」

 

 蒋介石側の閣僚の一人が眼を見開いて言葉を失った。

 蒋介石も表情を強張らせた。

 

「どうして、ここに」

「総統、お久しぶりです」

 

 目の前に現われた人物こそ、汪兆銘。南京政府の首班であった。

 今現在、南京政府は葦原の傀儡政権であり、当然蒋介石にとって支那統一を目指す上でのライバルであった。そんな彼がどうしてここにいるのか?

 とは言え、ここで一触即発なんて事態になれば今日の和平交渉は頓挫してしまう。

 それは蒋介石も分かっているだけに閣僚を宥めて、両者一堂は空港の貴賓室で会談した。

 

「我が国は以前其方より提示された『不戦』の条件を付け加えると共に支那の首班は蒋介石閣下であることを正式に認めます。ゆえに正式に葦原との講和条約に同意して頂きたい」

「その前に南京政府について、葦原側は如何する? 我が方は南京政府を否認することを貴国に求めたはずだが」

「南京政府は閣下との講和条約調印とともに解散になります。ここに汪兆銘殿に来てもらったのもそういうことなのです。して、今後とも両国共に太く長くより良いお付き合いしていきたいと考えておりますので、我が国は両国の架け橋に汪兆銘殿を推薦したいと思います。国民党が政権の座に着いたとき彼を閣僚に戻して頂きたいのです」

「なんだと!? 出来る訳がない。汪兆銘は裏切り者だ!」

 

 吉田の提案に蒋介石側の閣僚の一人が反発する。

 

「閣下、この男は国民党を離脱し、葦原の軍門に下りました。その男を今さら閣僚に戻すなど言語道断です」

「そう言われると思いましたよ」

 

 吉田は苦笑いを浮かべる。

 

「しかし、彼が国民党軍を離脱した理由を考えて頂きたい。彼は支那の将来を憂えていた。毛沢東と手を組んで葦原と対抗するのは我慢できなかったのです。支那を思う心は総統と一緒です」

 

 吉田の発言を聞き、蒋介石は汪兆銘を見据える。

 

「……して、汪兆銘、きみはそれに同意しているのか?」

 

 蒋介石は汪兆銘の真意を確かめる。

 

「きみは政権を降りるのだぞ。葦原はヴィランドとの戦いに勝っている。そのまま南京政府があれば、きみは支那の支配者になれるかもしれない」

「総統、何をいわれます。支那はもともと国民党のものなのです。孫文師の志を私はなによりも大切に思います」

「…そうか」

 

 蒋介石は吹っ切れたような表情になると立ち上がって、汪へ右手を差し出したが、汪兆銘はその手を取って思わず平伏した。

 

「よしてくれ、汪兆銘。きみは国民党軍創始以来の同志ではないか。同じ釜の飯を食った仲だ。また会えて嬉しい」

「総統閣下……」

 

 汪兆銘は言葉にならず泣き伏した。

 蒋介石は吉田を見据えた。

 

「此方に異論は無い。調印はどこで行なう」

「正式には上海で行ないましょう。両国で共同運営していく場所ですので、終戦宣言講和条約にはもってこいでしょう。ただ、休戦協定についてはここで行なって頂きたい。これ以上は両軍が不慮の事故で戦いあうのを避けたいですから」

 

 けろりとして吉田は言うと、黒い鞄を梅津から受け取り、中から革のバインダーを取り出した。

 

「書類を用意してきました。調印でき次第、ただちに休戦となります。わたしは電報で上海公館を通じ、葦原政府に結果を報告します」

「支那派遣軍も休戦に応じるのだな」

「もちろん」

 

 蒋介石が梅津へ視線を向けると梅津も頷く。

 

「実を言うと、すでに停戦命令は出しているのです。部隊は前線より後退させております」

「よろしい」

 

 蒋介石は再び吉田に向かい合うと「お受けしよう」といい、文章へと調印し両者は再び握手を交わした。

 かくして光文17年7月7日、奇しくも盧溝橋事件が発生したこの日、足かけ5年にわたって行なわれた葦支戦争はここに終結した。※6

 

 

 

 

「永田総理、あの時だけは普段は控えていたお酒を飲んでましたよ」

 

 新高山登子が言う。彼女は現在連合艦隊に乗船していたのである。

 

「あー、やっぱり本人が一番ほっとしたろうな」

「そらそうだ。なんせ戦前からの因縁にケリがつけられたんだからな」

 

 将和と宇垣は総理の心情を慮る。

 

「どうせならヴィンランドとも和睦出来たら良かったんだけど、流石に高望みかねえ」

「まあ、向こうにもプライドがあるだろうしな。いくら戦前の状態に回帰しようと和平を提案しようが、やられたまま無条件講話では大国としての維持に関わってくると考えるだろう。まあ、対美和平についてはあまり期待はしてなかったがな」

 

 角田の発言に将和は答える。それは前の世界で対米戦を経験していたが故に「あの国が容易に妥協してくるはずがない」と思っての発言だった。

 因みに彼が今言った無条件講和案は葦原政府としては最悪の場合に妥協できるラインでの和睦なので、ヴィンランドへの和平交渉時に提示はしていたわけではなかった。

 話し合いを進める前に、向こうが蹴ったので和平交渉が成り立たなかったからである。

 

「南東方面からの反攻の兆しがない以上、〝ここしばらくのあいだは敵の本格的な反攻はない〟とみるがGFとしてはどう見ている?」

 

 将和の問いに宇垣と渡辺が顔を見合わせて頷く。

 

「長官と同じ考えだ。敵が無理なく、、、、仕掛けてこれるとしたらソロモンしかねえだろうが、そこに来ない以上は別方面に仕掛けてくるとは考えにくい。虚を突いて本土へ空襲という手段も考えられたが、西太平洋を警戒に当たらせている哨戒部隊からもハワイより西進してきているのは今のところ、潜水艦と偵察機ぐらいしか見当たらねえ。インド洋も同様だ」

「そうか。陸軍の方の準備は?」

「5月頃から上陸の為の訓練をこなしてるそうですが、その訓練が成るのは〝9月頃になる〟と軍令部を通して聞いております」

「なんせ史上空前の大作戦だからな。どうしてもそれだけ時間がかかるんだろ。まあ、こっちはそれまでにキュア島の飛行艇基地を設けることが出来るから渡りに船ではあるんだがな」

 

 宇垣がニヤけて言った。

 今、彼女が言った『キュア島』とはミッドウェー島の北西に位置する『クレ環礁』のことで、「MI作戦」時に同時に占領していた島である。浅い礁湖をおよそ10キロメートルのほぼ円形をしたサンゴ礁が取り囲んでいる為、飛行艇基地を設けるのに適しており、環礁内・最大の島であるグリーン島には兵舎の設置も可能だった。

 葦原海軍はそこに目をつけ、ここに飛行艇基地を設ければ、ハワイに対する攻守の役割を担えると踏んでいた。ミッドウェー航空基地と連携させてオアフ島からミ島へ来襲する美軍爆撃機からいじめられるのを防げれば、1200海里離れているオアフ島へ偵察・爆撃も可能になる。既に二式飛行艇という航続距離3800海里の後続力を持つ機体も開発に成功しているのだ。

 ハワイ作戦時にキュア島の飛行艇基地が生きていれば、連合艦隊はこれを大いに活用できるという算段を抱いていた。

 

「……よし。なら予定どおり10に『星一号作戦』開始だ。それまでに各自新規補充された搭乗員の訓練を進めモノになるようにしておくぞ」

 

「了解!」と皆から返事を返されてこの場は解散となった。

 

「あーところで長官、今日の夜は空いてるか?」

 

 ふと、この場に残った宇垣が将和に問い掛ける。

 

「うん?ああ。ガ島に行く必要がない以上今日は非番だぞ」

「そっか。なら、今日の一九◯◯に『大和』へ来てくれないか?」

「? 分かった」

 

 将和は「はて?」と思いつつ了承の返事を返した。

 端から聞いたら逢引きの誘いに見えるが、宇垣が「大和へ来るように」と言ったということは順当に考えて〝GFからの呼び出し〟であろう。

 艦内電話で済まさないあたり『直接意見を聞きたい』ことがあると将和は捉えた。

 

 

 1850

 

 約束の10分前に将和は内火艇に乗り戦艦「大和」へ出向いていた。

 『大和はいつ見ても飽きないな』と感慨にふけながら、長官付き士官に案内されて長官室へと赴くと多数のクラッカーで出迎えられた。

 

パン!パン!

 

「「「「「「「「「「「三好長官……お誕生日おめでとう!!!」」」」」」」」」」」

 

「おめでとうございます、長官」

 

「おおっ……あーそうか。そう言えば今日だったな。ありがとう、みんな」

 

 どうやら自身の誕生日を祝うために呼ばれたようだった。

 面子を見ると、五十子や嶋野、淵田等将和と特に親しい間柄であるGFと一航艦の提督・参謀・搭乗員等12名程が参加していたが

 

「嶋野も来てたんだな」

「あら、意外ですか」

「意外だ」

 

 将和はニカと笑った。

 

「登子さんに頼んで連れて来てもらったんですの」

「将和さんを直接祝いたいからとお連れしました♪」

「そうか。いや、有り難いよ」

 

 それから会食の席について将和の正面に誕生日ケーキが置かれた。

 

「「「「「「「「「「「「ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデー ディア 三好長官 ハッピーバースデートゥーユー♪」」」」」」」」」」」

 

 拍手が送られるなか、将和はケーキにともされたロウソクの火を消すと再び盛大に拍手が巻き起こった。

 

「みんな、ありがとう」

「おめでとうなぁ、長官。ところで長官って何歳になるんや?」

「…………あっ」

 

 淵田の質問に将和はツッコミを返せなかった。

 

 

 

 

「月が綺麗ですね、将和さん」

「本当にな…」

 

 あの後、盛大に祝われて楽しんだ誕生日パーティは縁もしめ縄にお開きとなって解散となった。

 そんな将和は今、登子の希望で夜の海をボートを走らせてデートしていた。

 なんだかんだこの二人仲が良かった。

 

「ていうか俺って22なのな」

「1941年から始めるなら21からスタートした方が数字合わせにはちょうど良いと思いまして」

 

 将和の質問に登子はその意図を答える。

 『ああ……そういうことね』と将和は納得した。

 

「将和さん、この世界での生活は楽しいですか? 来て早々戦争に参加してますから複雑かと思いますが」

「……お前には本音を言うが、楽しいか楽しくないかでいえば楽しいよ。前の世界で培ってきたスキルを存分に活かせてるんだ。提督としての三好将和、俺にとってそのあり方が負担であるのと同時に心地よいものでもある。海軍大臣から果ては内閣総理大臣まで経験したが、やっぱり提督としてのあり方が一番良い」

 

 「まあ、別に転生した世界で平々凡々と暮らしていくのも有りだったが」と語ると同時に将和は水平線へと目を向ける。

 

「だから、お前には感謝してる。俺を〝提督として〟この世界に連れてきてくれてな。何も出来ずに見ているだけの立場ほど辛いものもないからな」

「いえいえ、そう言って頂けてなにより。ですが、ずっと提督をやっていくつもりですか? 戦争が終われば自身のあり方も考えなくちゃですよ。前の世界と同じく政治家を目指しますか?」

「……どうだろうな。少なくともこの世界では提督じゃなくなった俺の姿が想像出来ない」

 

 将和は考える。提督業を離れたら、どうするか?

 

「隠居でもするか」

 

 カカカと将和は笑って答える。

 

「将和さんがそうしたいなら、その考えを尊重しますよ。ですが貴方を慕ってるたちはどうされるんですか?」

「それこそ……彼女達が見ているのはあくまで提督としての俺だよ。提督を辞めてただの三好将和になってもそれでも共に歩んでいってくれるだろうか」

 

 将和はそう言う。何人か心当たりがある者はいるが、提督としての自分の姿を通して抱いた『羨望』『吊り橋効果』ではないかという思いが拭えないのだ。

 

「お前だけは俺をただの三好将和として見てくれる」

「将和さん……」

 

 将和は登子の頬へ手を当てると、熱いキスを交わす。

 

「今後ともよろしくな」

「いえいえ、此方こそ末永く宜しくお願いします」

 

 微笑んだ彼女の顔は月に照らされて綺麗だった。

 

 

「……将和さん、誕生日プレゼントをまだ受け取ってなかったんじゃありませんか」

「うん? いや、受け取ったが」

 

 将和は思い返す。誕生日パーティの時に、五十子からはGFを代表して『箱根温泉・旅館1週間宿泊権』を、嶋野からは海軍大本営を代表して『帝都の一等地と住宅』を※7、小澤からは諸提督達を代表して『1級品のスーツ』を、草鹿からは参謀達を代表して『戦艦大和のスイーツ1年間食べ放題権』を、淵田からは搭乗員を代表して『海軍航空隊仕様の精巧高級腕時計』をそれぞれ受け取った筈だ。※8

 

「先ほどのはあくまで海軍乙女の人達を代表してのプレゼントです。個々人で将和さんにお渡ししたいというたちは居たんですよ」

 

 そう言うと、登子は某スキマ妖怪のような空間を開く。

 

「此方へ。彼女たちが待ってますので、直接受け取ってきてください。そうそう、この空間内では外の時間軸より遅く進行してますので、一人一日24時間の時間が設けられており、こっちに帰ってくる頃には約1時間程経過しているようにしてますので」

 

 まるで某鳥山ボールに出てくる『精神と時の部屋』みたいな仕様である。

 

「将和さん、貴方は一つ思い違いをしております」

「思い違い?」

「それを自分の目で確かめてきてください♪」

「……行ってくる」

 

 そう言うと将和は空間へと進んで入った。

 

「……いってらっしゃい、将和さん」

※1
現状のヴィンランド海軍は戦前から保持していた戦力+αで戦っているため、新規の戦力が配備されてくるのは来年度からの予定である。

※2
失ったという表現は大袈裟で実際は捕虜となったネイビーガールズ達は軍籍を離反することを条件として美本土に帰還させる予定だから、ネイビーガールズ達の帰りを待つ本土の住人たちからしたら命を取られずに再び再会できるのだから喜ばしいことだったろう。しかし、美海軍からしたらどちらにしろ貴重な人材を喪失したも同然なのだから泣きたくなる事態であった。

※3
また、ニミッツは潜水艦を用いた通商破壊戦を実施していたが、長谷川清の指揮する海上護衛総隊により攻撃を阻まれて良い成果は挙げられず仕舞いであった。

※4
ヴィンランドがパール・ハーバーの復旧を終えたのは、光文17年の5月頃であった。

※5
支那から葦原本土への爆撃? 雀の涙であるばかりかヴィンランドは得しても支那軍にとってはまったく利になってませんが何か? しかも、一度や二度は成功しても三回目以降は防空を固められてまったく効果ありませんよ。ていうか(兵の)無駄(死)です。

※6
休戦に入ったのが7月7日であり、正式に講和調印したのが翌月の8月20日であった。ヴィンランド・ブリトンは支那が単独で葦原と講和したことを非難したが、だからと言って蔣介石は方針転換しなかった。黙殺されたことで、連合加盟国は7月の段階で講和を前提とした休戦に葦支が入ったと正しく、、、受け取った。

 共産党軍? 国民党と和睦したなら葦原が相手をする必要なし。攻めてくれば撃退すれば良いだけである。しかし、共産党軍に再び葦原軍と戦う余裕は、その後に国民党軍との内戦に再び突入していくことでなくなるのである。

※7
いや、えげつなすぎるって!? なぜ嶋野が直接赴いてきたかがよく分かったであろう。

※8
なお(嶋野を通して)長谷川からは『突撃一番陸軍仕様のゴム』を贈られた模様。




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