コンコン
「どうぞ」
「失礼する」
将和は海軍横須賀基地の軍病院へと足を運んでいた。目的の部屋へと見舞い用の花を片手にノックをし、了承を得てから部屋へ入ると、ベッドから一人の女性が起き上がっていた。
「あなたは?」
「レナ、こちらは三好将和提督よ」
「あなたがアドミラル・ミヨシ!」
「ああ、楽にしてくれ」
患者衣姿で急いで敬礼をするレナを将和は制し苦笑する。
側では彼女の親友で療養を手助けしていた伊藤静もいる。
「初めまして、レナ・スプルアンス提督。三好将和大将だ。先の戦いでは第零航空戦隊司令官として参戦していた。体の具合は如何かな?」
「は、はい。おかげさまで最近は日常生活を送れるまで回復しました」
「それは良かった。先の戦いでは君の叡断によって葦美双方共に多くの将兵達が助かった。軍人として心から感服する」
将和は自己紹介と共にリスペクトをするとあえてレナに手を出す。レナの方も、一瞬戸惑ってから将和の手を握り返した。
「いえ。私の方こそあなたの采配は圧倒的でした。それに一歩間違えればお互いにどちらかが戦死してもおかしくありませんでした。私の決断で今日という日を迎えられたことに感謝したいと思います。ところでどうして私の元に?」
レナはただ将和が自分を称えるためだけに来たとは思っていなかった。
とはいえ自分は捕虜の身なので、情報を聞き出したいなら下々の者にさせれば良い。
わざわざ将和が自分の元に訪れたことがレナには分からなかった。
「ああ。まず君に伝えたいことがあってな。我が軍が基本的に捕虜を取らない姿勢なのは知ってるな?」
「はい。軍籍を離れることが条件ではありますが、我が国もそれに同意して捕虜解放に応じております。……部下たちもヴィンランドへ解放してくださるん、ですよね?」
レナは多少心配になった。捕虜返還に関することで葦美間でなにか問題が発生し、部下たちが解放されないのではないかと考えたからである。
「参謀や佐官以下の者達はすべて解放する手筈だ。ヴィンランド政府も応じているので第三国を通じて近々ヴィンランド本国に帰国するだろう。問題なのは君だよ、スプルアンス」
「私?」
「うむ。ヴィンランドの側が君の返還に待ったをかけてきたんだよ」
事の経緯を説明すると、ヴィンランド、特に軍としてはレナ達軍籍に就く一部の〝優秀な将官〟が軍籍を離れずに戻ってきて欲しかったことに起因する。先の戦いで艦隊と共に多くの人材が(軍籍を離れて解放されるとは言え)喪失し、若干の人手不足を起こしたヴィンランド海軍にとって人的資源は何より貴重だった。艦や航空機はまた作れば良いし、佐官クラス以下の人材は兵学校を繰り上げ卒、徴兵すれば間に合わせられるが、提督等の将官クラスのエリート人材は代えがきかない、一朝一夕には育たないので〝特に必要〟であった。
特にスプルアンスに関しては、その能力を高くかっていったセシリア・ニミッツとフレンダ・ハルゼイの強い要望によって「なんとか捕虜交換に持っていって欲しい」と大統領に要請した結果、ルーズベルトも「ミッドウェーでの戦いで捕虜になった者は将官一人を除いて応じる」ということで話が進んだということであった。
また、ヴィンランド政府としても多数の捕虜返還には応じて国民感情を抑制する一方で、一部の者ならなんとかゴリ押しして応じなくとも国民からの反感は買わずに済んでいるので、可能になったやり方であった。このやり方を当てはめるのも、ヴィンランド政府としても捕虜となっているマッカーサー大将を軍籍のまま返して欲しかったからである。※
ただヴィンランドとしては対葦戦で敗退続きで葦原側の有力な将官を捕虜に出来ていないので、葦原側が交換を受け入れる適材な捕虜が今のところ居ないのが問題ではあったが。
話を聞いたレナは何とも言えない表情だった。
「えっと……この場合、私は今後どうなるんでしょうか?」
「……まあしばらくは葦原に滞在することになるということさ」
つまりレナはまさかのヴィンランド側からの要請によってしばらくは捕虜生活を送っていくことになるということであった。葦原側からしたら予想外なことであり「まさか民主主義の国が捕虜返還に応じないとは…」であったのだから、仕方ないといえば仕方なかった。
「だが、我が国は捕虜を取らないことを指針としている以上、我が国にとって君は客人だ。何か生活に不便があれば遠慮無く言えば良い。出来る限りの便宜を図ろう」
「っ!?……静を私の側につけた時から疑問に感じてましたが、何が目的なんですか? 私に対してここまで葦原が譲歩する必要はないでしょう」
葦原軍に降伏して以降、レナは降伏する前まで考えていた捕虜の処遇とは違って手厚い待遇を受けているだけに、『うまい話には裏がある』と疑った。※1
将和は苦笑して答える。
「懐柔しようとしていると疑われても仕方ない。もちろん、目的があって君に対しそれ相応な待遇をしている。俺等としては君に〝葦美のかけ橋〟となって貰いたいんだ」
「葦美のかけ橋?」
「うむ。まあ、その話は今から1週間後に迎賓館の方でしよう。君ともう一人交えて話したいからな。今日は君の体調を見るのと同時にアポイントを取るために訪れたんだ。構わないかい?」
「あっ、はい。そういうことでしたら別に構いませんよ」
それから将和はレナ達と多少の雑談を交わして退出しようとするが、レナに呼び止められる。
「あっ、あの一つ良いですか?」
「うん、どうした?」
「捕虜返還にヴィンランドが応じなかったのは私だけなんですか?」
「そうだが、どうかしたのか?」
「……いえ、なんでもありません」
『ジェニファーさん、プライドが傷付いただろうな…』
捕虜の中に居る上位将官は自分を除けば、第17任務部隊を率いていたジェニファー・フレッチャー少将が居たはずなのに、ヴィンランドは彼女の返還には応じた。つまりフレッチャー少将はヴィンランド軍上層部が『軍人として残す価値は無い』と判断したということである。レナはジェニファーに顔を合わせづらいと感じた。
それから1週間後、迎賓館に将和達は訪れていた。
「はじめまして、マッカーサー将軍」
「君がアドミラル・ミヨシか」
男の名はダグラス・マッカーサー。元在比美軍司令官である。
「海に入れる葦原の男の海軍提督とはどのような者か興味があったが、意外と若いのだな」
「今年で22になりますね」
フィリピン戦で最後まで徹底抗戦した末に降伏し捕虜となったマッカーサーは、その後は葦原本土へ運ばれてきていた。マッカーサーは既にフィリピンで降伏した自身を除く美軍の捕虜達は軍籍離脱と共に解放されているのを知っている。ヴィンランド政府の意向によって自身の返還に待ったがかかっていることも。
そんなマッカーサー、捕虜としての生活はレナ達と同じように葦原側がある程度便宜を図っていたため、顔色は然程悪くない。なんせ監視はつくものの外は自由に出歩けるようにしているし、書物や新聞等も読もうと思えば読めるので「やることないし、それなら葦原人を知ることに努めよう」と暇な時間は葦原について色々見聞きする生活に従事していたのである。
そんな折りに葦原で現われた男の海軍提督でハワイ・ミッドウェー戦で空母機動部隊の指揮を執った将和が会合を望んでいると聞いたため、二つ返事でOKした次第であった。※5
「マッカーサー将軍、お久しぶりです」
「むっ…君はどこかで見た気がするな」
「レナ・スプルアンスです。以前は第5巡洋艦戦隊司令官を勤めておりました」
「ああ…そう言えばフィリピンへ居たとき軍事物資を運んでくれてたな」
この場に連れてきたレナがマッカーサーに挨拶をかわす。どうやら以前、業務的に会っていたらしかった。
「それで私とスプルアンス君をこの場に呼んだ目的は何かな、アドミラル・ミヨシ?」
マッカーサーは単刀直入に今回の会談目的を将和に尋ねる。
「前にスプルアンスにも話しましたが、二人には〝葦美のかけ橋〟となって貰いたく、お願いしに参りました」
「葦美のかけ橋?」
どうやら自分たちに捕虜としての役割以上のことを求めに来たようだとマッカーサーは理解する。
「なにを企んでいる」
「葦美戦争を終わらせるためです」
将和はあっけらかんと言う。
「もうすぐ我が軍はハワイ攻略に乗り出します」
「「!?」」
軍事機密を話した将和に二人は驚いた。ミッドウェーを攻略した今、葦原がハワイ攻略に乗り出すことは想像に難くはないが、確信したものではないため、捕虜であるとは言え、敵である自分たちにそう告げたことに驚いたのである。
「そしてヴィンランド政府に講和を打診します」
「ハワイを返還することを条件として、かね? 悪くはないが、我が国は既に戦時増産体制に入りつつある。葦原に妥協せずとも、戦備を整えて奪還に乗り出せば良い。無駄な努力だな」
マッカーサーはそう告げる。ヴィンランドがわざわざ葦原に妥協する必要はないのであると。今は劣勢でも戦力を整えれば最後は必ず優勢になると確信していたが故の発言だった。
「だからこそ、お二人の出番という訳だ」
「なに?」
「えっ?」
この時、将和は一つの案を提示する。それを聞いた二人は難しい顔をする。
「…………」
「…フン。なるほど。それで我々に〝葦美のかけ橋〟となって欲しいという訳かね?」
「それだけの為に言った訳じゃあない。ヴィンランドに帰ったら葦美間の国交回復の為に働いて欲しい」
「無理だ」
マッカーサーは即断する。
「はっきり言うが私は君たちを好意的に見てはいない。それにフィリピンを葦原から取り戻すという使命がある。君たちから受けた雪辱をハラさねば腹の虫は収まらないな」
「葦原政府は占領地に欧美植民地からの独立を促し実行に移す予定だ。当然、フィリピンも含まれる」
「我々は承認したわけではない! 宗主国の承認のない独立は空証文と同じだ」
「それはおかしい。ヴィンランドは1946年にフィリピンの独立を約束していた筈だ。施策に関しては利害は一致している。寧ろ葦美の利権争いのために、これ以上フィリピンの地を破壊すべきではない」
「フン。では、その提案を私ではなく大統領に説いてみたらどうかね? おそらく認めないだろうがな。根本的な問題点は葦原人がヴィンランド人を怒らせたことなんだよ」
「だから葦原が降伏するまで戦い続けると?」
「仕方が無いだろう。それが民主国家たる我が国の総意だ」
「国民を納得させるのが政府の役目だろう。我が国はアジアを欧美支配勢力の首枷から解放する政策を実施した。これにより、この戦争の意味合いは変わった。ヴィンランドが侵略者、葦原が解放軍となったのだ。そうであるからこそ、宗主国であるヴィンランドが自主的にフィリピンの独立を承認する側に回るべきだ。葦美間の関係改善も。それがアンタならできると俺は考える」
「……君は私に大統領になれと言ってるのか?」
マッカーサーは将和が自分が大統領になって葦美間の関係改善をして欲しいと遠回しに言っているように感じられた。
「どうとでも受け取って構わない。だが、俺とアンタ達は協力し合うことができる。戦争をしてるからお互いに敵同士として戦わなければならないだけだ。戦争さえなかったら俺達にとっての敵になったのは誰だ?という話だろう」
「…………」
「…………」
将和の発言にマッカーサーとレナは考え込む。
「無資源国家である葦原はヴィンランドをはじめとした連合国が資源の供給を断ち切ったために、資源が算出される東南アジア植民地を領有していた欧美連合国へ仕方なく経済的な自衛戦争を仕掛けるしかなかった。もし資源の供給を断ちきられたままだったなら、葦原では1000万人から1200万人の失業者が生じていただろう。それが分かっているからこそ、ヴィンランドが葦原へと絶対に飲むことが出来ないハル・ノートを提示させ両国が戦争になるように……仕向けられたんだ」
「仕向けられた?」
ここで今まで沈黙していたレナが将和に問い掛ける。
「そう。ルーシー連邦、スターリンによってな。ヴィンランドの大統領府や省庁には多数のル連スパイが潜んでいる。其奴らを操ってスターリンはトメニアと同盟関係にある葦原が自国に参戦してこないように、葦原とヴィンランドが対立するように仕向けたんだよ。大統領主席補佐官のホプキンスや『ハル・ノート』の原案を作成したハル国務長官の側近ホワイト財務次官補等はル連のスパイだ」
「「なっ!?」
将和の発言にレナとマッカーサーは絶句する。
「なぜ、俺がそれを知っているか、不思議に思うか?」
「当然だ。このわたしでさえ、詳しいことは何一つ知らされていないのだぞ」
「アドミラル・ミヨシ、あなたはいったい何者なんですか?」
レナは将和に確信をつく質問をする。※6
「それは俺が歴史を知っているからだ」
「えっ?」
「なに?」
「俺はこの世界の人間ではないということだよ」
マッカーサーとレナの二人は唖然とした。
「多次元世界というのはご存知かな?」
「多次元世界……たしかアインシュタインという学者がそんな説をとなえていたのを聞いたことがあるが……」
「それが分かってるなら話が早い。俺と俺の世界の兵器はこちらへ一緒にやって来た。そして、別世界ではマッカーサー、アンタはフィリピンを脱出し後に反攻作戦でフィリピンを奪還した。スプルアンスはミッドウェー海戦で勝利していた。だが俺たちが介入したこの世界ではこれらの事象は防がれた訳なんだよ」
レナは真顔で将和を見つめていたのに対し、マッカーサーはくだらない冗談だと思ったらしく『馬鹿にするな!』と、怒っている様子であった。
「いいか!」
マッカーサーは顔を赤く染めて怒鳴った。
「わたしは囚われの身だ。だが、これ以上の侮辱は許さん!」
「まあ信じられないのは当然だわな。という訳で証拠を見せよう」
「証拠?」
将和は足元の鞄から例の小箱を取り出すと、テーブルの上に置き、赤いスイッチを押した。数条の細い光が小箱の内部から発して、マッカーサーとレナの頭に吸い込まれた。およそ5分間は二人は思考停止したように静止した。史実の太平洋戦争から朝鮮・ベトナム・湾岸戦争とアメリカの20世紀の終わりまでの歴史を音声付きのホログラフィ映像を頭の中に流したのである。5分後に光線が消えると、二人は夢から覚めたように身じろぎだした。
「これは……いったいなんだ?」
マッカーサーは言葉に詰まり、将和の顔色を窺う目を向けてきた。
「まさか、本当なのか」
将和はゆっくり頷いた。
「別世界からやってきたという話……いま、ようやく信じられる気になったよ。それにしても兄さんが提督で、男性でもふつうに海に入れる世界があっただなんて……」
レナはたいぶトーンダウンした声で言った。
種も仕掛けも理解した二人だが、マッカーサーは苦虫をかみつぶした。
「しかし…これは到底フェアな戦いとは言えないじゃないか!」
「元々、葦美の戦力比はフェアじゃないだろう。多数の補助艦艇を揃えたとは言え、依然として合衆国の国力・生産力は上だった。こっちは主力艦が一隻でも沈んだら代替が利かないのだから、決戦に勝てば劣勢になっていたのは俺たちの方だった」
「っ…」
「っ…」
将和の言うこともそのとおりなので、二人は何も言い返せなかった。今の情勢を招いたのは自分たちヴィンランド陸海軍が葦原軍との決戦に敗れたからに他ならない。ここで何を言い返そうとそれは自分達が負けた言い訳に過ぎないため、その部分に関しては恥じらいを持っていた。
しかし、将和が自分たちに正体を明かした理由が分からなかった。
「アドミラル・ミヨシ、わたしたちに、何をしろって言うの」
「さっき話したとおりだ。二人には〝葦美のかけ橋〟として動いて貰いたい」
「対ル連として共に手を取りあおうと? 確かに見せられた映像ではル連は戦後台頭していくようだが、現状では依然として葦原がヴィンランドの脅威であることに変わりない。敵の敵は味方である限りは現状でヴィンランドとルーシーは葦原を共通の敵として協調していくだろう」
「ならば、俺等は今後もヴィンランドが講和を申し込むまで戦い続けていくだけだ。そしてアンタが史実の様に占領軍の最高司令官になることはない」
「何故だ?」
「俺がいるからさ」
将和が宣言する。
「俺がいる限り葦原が負けることは絶対にないからだ」
「…………」
「…………」
戦争を勝利に導いている実績がある将和の言葉だけに、二人にとって一笑に付すことはできなかった。
「しかし、未来を変えることができるのは俺たちが証明している。ならアンタも頑張れば連合国最高司令官になれずとも、大統領にはなることはできるかもな」
「むっ……」
ここではじめてマッカーサーは興味を注いだ。フィリピン陸戦でもミッドウェー海戦でもヴィンランド側が敗れたことにより、史実の未来は既に幻と化した。しかし逆を言えば自分たちの行動次第で、新しい歴史を作っていくこともまた可能であることが証明されている訳である。
「これをピンチと捉えるかチャンスと捉えるかはアンタら次第だ。お互いに祖国を守るため戦ってるが、心より1日も早い全面停戦を望んでいる」
マッカーサーとレナは将和の発言に言葉を窮する。
「……いますぐに返事はできん。私にも合衆国軍人としてのプライドがある」
「…………」
マッカーサーは返事を見送り、レナは無言で申し訳なさそうに目線を反らした。※7
「構わない。ボールは投げた。あとはそれを受け取るも返すも無視するも自由だ。どちらにしろ、ハワイ作戦が終わるまでは事は大きく動かないだろうしな。しかし、有意義な時間だった」
将和が握手を求めると、マッカーサーは躊躇していたが、最後には軽く握手を交わし、レナと共に部屋から出て行った。
『あの男、嘘は言っていない。これまでの葦原人は腹の中がよく分からない。不気味な連中と思ってきたがその認識を変えるべきかもしれないな……』
将和とマッカーサー、この二人の会合はずっと後になって刊行された『マッカーサー大統領回想録』という本の中にも書かれるエピソードになるのであった。
「…………」
「…………」
ところでお気づきだろうか? この場に居たのは将和とレナとマッカーサーの三人だけで無い。
捕虜二人と将和だけを対談させると言う訳にはいかないため、当然護衛として二人程が部屋の後ろに控えていたが、口は挟まないが彼・彼女達の話は聞いていたのであるが、
「ねえ、何言ってたか分かる?」
「私に聞かないでよ」
この時代の並な人間には未来情報を交えた次元が違う三人の会話に話がついていけなかった。それがふつうであったのだが、この時代の人間であるレナとマッカーサーは理解し将和と交渉会話が出来ていた。ここがレナとマッカーサーが常人とは違っていたという証拠であった。
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