「ハワイよりご帰還ご苦労さまですわ。小澤さん、草鹿さん」
「ご無沙汰しております、嶋野先輩」
第一航空艦隊が内地へ帰投後、小澤と草鹿の二人は軍令部総長の嶋野から呼び出しを受けていた。軍令部に赴いた二人は軍令部内の海軍乙女達から敬礼されて見送られていた。
「軍令部に来てからやけに私達は丁重な扱いですね」
「お二人は真珠湾攻撃を実行し成功させた大功労者です。海軍内で尊敬されるのは当然ですわ」
「僕達はただ与えられた役割をこなしただけさ。本当の英傑は三好長官だよ。彼が作戦を立案し自ら最前線に赴いて成功させたんだ」
「分かっておりますわ。その三好長官を呼ばずに貴女達を呼んだこと察してくださいまし」
将和の専任参謀として着任している小澤と草鹿であるが、実は嶋野が一枚噛んでいた。草鹿は元々一航艦参謀として着任予定であったから手を加える事は簡単だったが、小澤は実力を言えば艦隊司令官クラスに就くのが筋である。そこを臨時的に一航艦参謀長に就任させたのは、将和のお目付役兼機動部隊の手綱を握っておきたかったからである。※
嶋野は将和を全面的に信用している訳ではなかった。だからこそ、マウントを取っておきたかったのである。そこで、個人として交友関係がある小澤と草鹿の二人から情報収集を手段として用いていたのであった。
「戦果の報告ならお伝えしたとおりです。他に何が聞きたいと言うんですか?」
「そろそろ貴女達を彼の下に就けてから半年以上経ちますが、貴女達の目から見て彼の本質がどのようなモノなのかお聞かせ頂きたいのですわ」
真珠湾攻撃を成功させた将和は既に海軍内と国民からの人気が高かった。もしも彼が野心を持った場合、彼を旗頭とした反嶋野派をバックに自身が要職から外されるといった事態もあり得るのである。仮に将和が先陣を切ってクーデターを起こせば、たちまち現政権は崩壊し新たな体制が整うであろう事は、誰の目にも明らかであった。無論、将和にその様な気は無いが。この場合、実際にやるかやらないかではなく〝やろうと思えば出来る能力がある〟というのが問題であったのである。
常勝の提督、されど諸刃の剣。
これが嶋野の認識であったのだから、その本質を見極めたいと思うのは当然であった。
一方問われた小澤と草鹿は顔を見合わせた後、答えた。
「本質も何も逆進を抱くような人物ではないと思う。また、視野が広く物事を柔軟に受け入れる器がある、かな」
「うむ。それでいて部下思いだ。真珠湾攻撃に際して体当たりを主張する飛行隊長を叱責し『生きて帰れ』と命じた。あの時は私まで魂が熱くなるのを感じたよ」
「僕もだよ。それでいて奇襲攻撃を成功させた時は思わず手を取って称えてしまったよ。あの時の長官は格好良かった///」
「イメージ的には山本先輩と東郷長官を足して2で割ったところかな。部下を労りつつ時には犠牲を厭わずに冷徹に判断を下す。司令官として申し分ない。それでいて時々見せる哀愁ある姿に全力で支えていってあげたいと思えてしまうんだ///」
『何故私はいま、惚気話を聞かされているのでしょうか……』
嶋野は小澤と草鹿からの報告を受けて微妙な気持ちになった。どうやら間諜として送り込んでいた二人は逆に籠絡されていたようである。
『まあ、良いですわ。精々彼には私の海軍内における地位の安泰の為に頑張って貰いましょう……』
今世界では嶋野は海軍大臣と兼任してはいなかった。流石に史実の敗戦した映像をDVD再生で見せられたら彼女も肝を冷やした。その為、将和たちの協力無しに葦原の必敗は避けられないと踏んで下手に出て軍令部総長のみの地位にいたのである。
しかし、将和が勝ち続ける限りは、葦原は必ず戦勝国になる。その打算があったからこそ開戦時の軍令部総長を務めたのであり、彼の功績はそのまま自分のものになる。そうである限りは自分にとって悪い話ではなく、開戦前に彼と約束したように戦略を遂行していこう。そう嶋野は考えていたのである。
「ウフフフ……(頼みますわ、三好長官……?)」
嶋野は小澤達が退出した後、そう思うのであった。それから3日後……。
「やぁ堀越さん」
「これは三好大将、わざわざ此処までお越し頂きありがとうございます」
将和は小澤達を連れて内地の各務原に来ていた。
「体調は大丈夫ですか?」
「これが終わったら休暇を取ろうと思ってますよ」
将和は多少疲労の色を見せる堀越技師と握手をする。将和達がこの世界に来てからおよそ8ヶ月、葦原は『零戦』に代わる新たな新型戦闘機の開発に成功していた。今日はその新型戦闘機が初飛行する日だったのである。
「あれが次期主力艦上機『陣風』ですか」
滑走路には艦上戦闘機仕様である『陣風』が待機しており、パイロットも乗っていた。
「はい。五四型を基に新たに作り上げました。流石にそっくりそのまま再現するのは難しかったので、それならと機体を変えて作ることにしました」
緒言性能は以下のとおり
艦上戦闘機「陣風」11型
全幅: 11.580m
全長: 9.380m
全高: 3.80m
翼面積: 23.60㎡
自重: 2550kg
全備自重: 戦闘重量は約 3,300kg
発動機: 金星62型(水メタノール噴射装置付)
離昇馬力: 1,560馬力
最高速度: 約589km/h
降下制限速度: 約800km/h
航続距離: 約1852kmkm (増槽なし)
武装:20mm機銃2挺(翼内)、13mm機銃2挺(機首内)
爆弾倉に250kgまたは500kg爆弾1発
または翼下に30kg小型ロケット弾4発以上を搭載可能
この「陣風」は葦原海軍においては正しくは「弱点を克服した零戦」とも呼べる機体であった。※1
三好日本の「金星搭載零戦」を見た葦原海軍は金星発動機に目を付けて、三菱にそのエンジン開発を依頼した。現物の金星エンジンがあるだけに水メタノール噴射装置の技術を含め技術開発は思いのほか順調に進み、半年程で実用化に繋がったのであった。しかし、五四型零戦をそっくりそのまま葦原が再現するのは現状では難しかったため、機体を変えて作り上げたのが『陣風』であった。※2
「金星エンジンを搭載するなら、零戦よりも強度がある機体に搭載させた方が良いと思い、川西の技師を招いて機体を設計致しました」
「ほぉーぅ……独立心が高い三菱がよくぞ妥協したものですね」
将和は前世で航空本部長を務めていた経験があり、その時に独立心が強かった三菱に何かと苦労していたのである。因みに川西とは史実で陣風や紫電を設計開発した航空機メーカーのことである。
「それだけ海軍から急いで新型機を開発するようにと要請を受けまして。おかげでヴィンランド軍が開発しているF6Fなる次期主力戦闘機に対抗できる機体を完成させることができました。見てください」
堀越に促されて「陣風」に近づくと、将和たちの目には零戦よりもやや大型に見えた。※3
堀越は片手で翼から胴体へ手で摩る。
「零よりもやや大振りですが、これでも大分機体を軽くして運動性能の低下を防いだのですよ。主翼の強度を高めつつ一枚の構造として、その上に胴体を乗せております。これにより従来の航空機にかけるような翼と胴体の接合部に大重量の補強物をかける必要がなく、かつ主翼が折れにくい構造を実現することができました。おかげで降下速度は800kmまで耐えられるようになりました」
「800kmやて!?」
「それが本当なら凄いことだッ!」
淵田が驚き、草鹿が興奮して答える。それは葦原海軍の艦上戦闘機としては奇跡とも呼べる性能であったからだ。※4
「では試験を開始します」
「ん」
そして合図と共に『陣風』は発動機を稼働させ準備出来次第、離陸したのである。
「……音が良い。ヴォロロロの『ロ』が良いな……」
『そうなのか?』
『ごめん、僕にも分からない』
『いや、ホンマやで。一流のパイロットはな、機体のエンジン音で良好か不調か見分けられるんや……』
将和の言葉に同行していた小澤と草鹿、淵田はヒソヒソとそう話す。そして試験飛行が終わると当然のように将和も試乗するのである。
「堀越さん、良い機体だ。これなら十分にヴィンランド海軍のF6Fとも良い勝負ができるッ」
「ありがとうございます三好大将。『陣風』はまだまだ改良の余地がある機体ですので、何れは五四型に追いつくでしょう」
堀越の言うとおりで、陣風は零戦のように完成された機体ではないので、今後の技術発展で十分強くなる可能性が秘められていたのである。
こうして『陣風』は光文17年1月1日に制式採用され直ちに量産態勢に移行されていくことになる。※5
斯くして葦原海軍の新たなる主力艦上戦闘機『陣風』は誕生したのであった。
因みに葦原海軍において、少将と中将の階級では役割や責任において明確な違いがある。
少将は、通常、戦隊(複数の艦艇で構成される部隊)の指揮官や、艦隊司令部の参謀長などの役職に就くことが多く、戦術的な指揮や作戦計画の立案を担当し、現場での指揮を行うことが主な役割であった。
一方で、中将は、より大規模な艦隊の司令官や、連合艦隊のような複数の艦隊を統括する役職に就くことが一般的であった。中将は戦略的な決定を下し、全体の作戦運用を指揮する立場にあったのである。
このように、階級が上がるにつれて、責任の範囲が広がり、より高次の指揮や戦略的な役割が求められるようになっていたのである。
零戦の弱点はグラマンと比べて急降下性能が弱いことである。これによって800キロ近い降下制限速度を持つグラマンに逃げられ得意の格闘戦に持っていけずに押し負けたのが史実である。元々零戦は軽量化と運動性能を重視した設計であり、これを維持しながら機体強度を大幅に向上させるのは困難だった。そのため、堀越は新たに零に代わる〝頑丈で身軽な機体〟を用意したのである。
御意見や御感想等お待ちしていますm(__)m