光文17年の5月末頃、瀬戸内海から連合艦隊各艦艇が次々と出撃していた。※
連合艦隊では先発しアリューシャン列島攻略支援の為の北方部隊が出撃。AL作戦が発動した。
次いでMI作戦が発動し各参加艦艇は動きだした。瀬戸内海から真っ先に出撃したのは、第一機動部隊(MI作戦に際して再編成)だった。艦隊は豊後水道を南下し太平洋へ出る航路をとっていた。これは各空母へ新たに補充される搭乗員達を回収する為であった。※1
「通信を傍受しましたところ、このところのオアフ島はうごきが活発です。三日ほど前から通信が頻繁になり、緊急電らしきものも多数含まれておりました」
空母「瑞鶴」の艦橋では、新たに情報参謀へ就任した中島たかね少佐が小澤長官へそう報告する。
「ふむ・・・まあ、敢えてミッドウェー攻略を示唆する情報を流していたんだ。加えてこれだけの大艦隊の出撃なんだ。敵も此方の動きを察知して動いているのであろう」
「はい。更に敵はわがほうの暗号も大小解読している節があります。となれば敵空母は十中八九ミッドウェーを攻撃した日に此方に攻撃を仕掛けてくるでしょう。敵側にしてみたら、我が機動部隊と正面切って戦うのは分が悪いでしょうから、此方の注意をミッドウェー島に惹き付けている間に、接近してくる筈です」
「「ッ!?」」
中島の発言に小澤と話を聞いていた草鹿は驚いた。中島には未来情報は伝えていない。にも関わらず彼女の予測がほぼ史実同様の敵の動きを表していたからだ。
「確信しているようなもの言いだが、美軍の暗号でも解読出来たのかい?」
「いいえ。解読は出来てませんが、敵の通信電文などを読み取り将来の動きや狙いなどを予測することは出来ます」
中島の発言に小澤と草鹿は感心した。
もともと〝情報参謀〟職を設けるようにと進言したのは将和であり、その必要性を認めた海軍省(当時の嶋野大臣)が推薦してきたのが中島であった。
彼女はもともと海軍通信学校中等科を首席で修了したエリートで光文12年頃と15年頃に各一年間、軍令部参謀の職へ就き通信、情報を専門に研究してその内容を高く海軍から評価されていたのである。
つまり、その道のプロフェッショナルである。※2
なにより敵の動きをこの時期、この段階の敵情だけで、ここまで正確に予想出来るのだ。これほど頼もしいことはなかった。
一方、山本五十子大将率いる主力部隊が瀬戸内海から出撃したのは、第一機動部隊が出撃してから2日後の5月29日の午前6時のことであった。
その2時間前には近藤咲夜中将率いる攻略部隊が瀬戸内海から出撃した。
さらにマリアナ諸島のサイパン・グアム基地からは、ミッドウェー島を占領するための海軍陸戦隊と一木支隊を乗せた船団、それらを護衛する海軍艦艇がすでに出撃しており、ミッドウェー攻略と併行しておこなわれるアリューシャン作戦の部隊も大湊などの基地からすでに出撃していた。
かくして空前の大作戦となる「MI作戦」がいよいよ本格的にうごき始めたのである。
そして、5月27日午前9時。松山基地にて猛訓練を積んでいた新・飛龍航空隊は今まさに飛び立とうとしていた。※3
「見ての通り、今日は私達の門出を祝うように一片の雲もない。基地を飛び立ったら、いつもの飛行高度で四国沖へ向かう。四国沖では頼もしい『飛龍』と第一航空艦隊の姿がはっきり見えるだろう。一旦、『飛龍』上空を高度二〇〇〇で通過する。そして訓練通り編隊を解き着艦する。何か質問は?」※4
誰も無言のままである。質問はなかったのでブリーフィングが終わった。
「よし、かかれーっ!」
美凪の声で各自それぞれ愛機に駆け出す。一番機は戦闘機飛行隊長の美凪である。美凪は操縦席に飛び込むとスイッチを入れ、ざっと計器を見渡す。異常はない。
「前はなれー!」
いつもの手順で発動機を始動する。彼女達が搭乗するのは新たなる葦原海軍の艦上戦闘機『陣風』である。※5松山基地を飛び立つと、そのまま旋回上昇し高度を上げる。※6戦隊三二機が編隊を組み終えると美凪は大きくバンクし、南へ針路を取った。
一時間ほどの飛行で四国沖を飛行していくと、前方下方に堂々たる第一機動部隊、その所属第二航空戦隊の「蒼龍」と「飛龍」の姿が見えてきた。美凪は高度一〇〇〇で、前方眼下を風に向かって南東へ航行する「飛龍」を確認すると一番機として着艦した。※7
美凪は階段を上り、艦橋の横に出て他陣風の着艦を見守った。暫くして31機すべてが着艦し、格納甲板に収容されたのを見てほっと一安心する。
「来たか、納見」
いつの間にか飛龍飛行隊長の友永千冬大尉が隣にいた。※8
友永を見た美凪は慌てて敬礼した。
「あっ、友永隊長!」ビシ!
「そんな畏まるな。私とお前は共に同じ釜の飯を食べる仲間じゃないか」
友永の言葉に美凪は敬礼を解き、多少緊張が和らいだ。
「ご苦労。どうだ、アイツらのできまえは?」
「みんな自分の身体の一部のように陣風を扱っております。機体性能が何より私達の技量を高めたぶんだけ反応してくれますから鬼に金棒です。これなら美軍がどんな戦闘機を繰り出してこようと絶対負けません」
美凪は自信を持って力強く答えた。
「それは頼もしい。良い機体に良い搭乗員があわされば無敵だ。今度の戦いでは三好長官は美機動部隊との雌雄を決する戦いであると出撃前に訓示された。私達艦攻や艦爆を美空母まで安全に護衛してくれるよう、しっかり頼むぞ」
「任せて下さい。その為に私達は飛龍戦闘機隊へ赴任しましたから」
航空隊の収容を終えた第一機動部隊は、針路を北東に変針し一路ミッドウェーを目指して進行を開始した。美凪達搭乗員は早速空母「飛龍」のブリーフィングルームに集まった。友永大尉が今回の作戦について説明する。
「今度の目的地はミッドウェーだ。ここを攻撃し迎撃に現われる美機動部隊を撃破する」
「ミッドウェー島自体は攻略しないのですか?」
「もちろん行う。第一航空艦隊の後方より近藤中将率いる攻略部隊が続いてくるので、前方を行く我々は美軍の抗戦能力を排除したのちに同島を攻略支援に徹する。攻略後は主力部隊がミッドウェーの防衛陣地構築および同島の航空輸送を続けていき、交代交代でミッドウェーの航空支援を恒常的に行ない維持していく手筈となる」
「ミッドウェーを攻略後に基地を設けるとなると……その次はハワイ攻略ですか?」
「その質問をするのは一介の搭乗員の分を越えているぞ。だが、そうだな。はっきりとは明言できんが、その可能性は高いと言っておこう。美海軍もその点を危惧しているだろうから、基地航空隊と機動部隊を展開させ此方が来るのを手ぐすね引いて待ち構えていると三好長官は断言しておられる。私達飛龍航空隊の予定としては先ず一次攻撃隊としてミッドウェー攻撃へ先発する。攻撃隊発進に併せて艦上偵察機も発進するので、同島を攻撃後に偵察機が敵空母を発見すれば待機している味方の二次攻撃隊が空母攻撃に回される。そして、母艦へと戻ってきた私達も再兵装した後に敵空母への三次攻撃隊に回されるだろうから、皆心して挑むように!」
おおよその作戦概要を友永は説明する。※9
「隊長、先手としてミッドウェーに攻撃をかければ敵に艦隊の位置が悟られます。敵空母もおそらく此方に見つからないよう動いて攻撃をかけようとしてくると思いますので、もし偵察機が早期に敵艦隊の位置を掴めなければ攻撃隊を発進させる前に母艦がやられてしまわないでしょうか?」
搭乗員の一人がそう尋ねる。※10
「良い質問だ。その点を踏まえてGFは敢えて囮となる艦隊を一航艦の前衛に突出させ、敵機からの攻撃を誘因する計画を立てた。それも囮となる零航戦の指揮は三好長官自身が陣頭指揮を執り、敢えて敵が集中攻撃を仕掛けてくるよう電波を発信することで、機動部隊全体が敵機からの攻撃にさらされないようにだ」
友永の発言にこの場に居た面々は一斉に起立したが、誰もが発言をしようとして意見を引っ込めた。
「それなら必然的に最小の被害で敵空母の位置を特定できますね」
「肉を切って骨を断つ…というわけですか」
「ああ。そして、長官は一航艦の指揮権を小澤長官に委任している。零航戦が敵の攻撃を引きつけている間に、敵部隊の位置を特定した私達は、後方から攻撃隊を送り出し敵機動部隊を堅実に撃滅するという算段だ」
友永の発言に皆、沈黙し作戦会議は終わった。
搭乗員達は、三好長官の本作戦に挑む覚悟を知り改めて感嘆とした。
その後、葦原艦隊は一路ミッドウェーを目指し何事もなく航行を続けていた※11が、6月3日の午前9時、朝食を取ろうと食堂に入った美凪に友永から声がかけられた。
「おはよう美凪。今艦橋ではてんやわんやの騒ぎだぞ」
「どうしたのですか?」
「攻略部隊が敵の偵察機に発見されたそうだ。それで敵機から電波が発信されたことを確認したので、艦隊は今日中には敵機の来襲があると予想して気を張りしめているんだよ」
「っ、敵に発見された!? 直ちに格納庫へ向かいます!」
「まあ、落ち着け。機動部隊の位置は特定されていないし、敵機も直ぐには来ないだろう。飯ぐらいはちゃんと食べてから、いつでも出られるように待機しておけば良い。まだまだこれからなんだから、今力みすぎてると後がしんどいぞ」
「そう、ですね。分かりました」
それから7時間後の午後4時23分、近藤中将率いる攻略船団を発見したB-17部隊九機は爆撃を仕掛けようとするも、駆逐艦の電探によって正確に位置を捉えられていた為、待ち構えられていた軽空母所属の陣風部隊による迎撃にあい全機撃墜された。
その翌日の午前1時15分にはレーダーで船団を発見したPBYカタリナ飛行艇四機が夜間攻撃を仕掛けようとするも、これまた電探で捉えていた秋月型駆逐艦により、船団は早期に回避運動をとり難を逃れたばかりか、護衛に回った秋月型駆逐艦の対空射撃により2機を撃墜、1機が搭乗員死傷により不時着、1機が雷撃を敢行するも船団に回避されて当たらなかったことにより後退したのである。
◇
ヴィンランドは伴天連歴1867年にミッドウェー島の領有を宣言し、1903年には海軍の管理下に置いた。
葦美間の関係が悪化すると軍事面の要衝と見られはじめ、1940年頃よりハワイ諸島防衛の拠点として基地化を進めていた。
葦美戦争が勃発すると、ヴィンランドにとってハワイ諸島は太平洋正面の防衛・進攻の戦略的に重要な根拠地としての存在価値があり、それは葦原にとっても同様な立地場所であったために、葦美戦争はこのハワイを巡る攻防戦に移行していった。
そんな要衝ハワイにとって、ミッドウェー島はハワイ諸島の前哨であり、戦略的要衝であったため葦美間はここに目をつけたのである。※12
それはある意味的を得ていた戦略であったろう。
それを認識していたセシリア・ニミッツもミッドウェー陥落を阻止しようと本腰を入れて防衛強化を施していた。
航空基地には当時最新鋭のTBF雷撃機を含む約120機、海兵隊を含む人員の補強約3027人を置き、防爆掩蓋や砲台も配備していたのである。
航空兵力は以下のとおり
ミッドウェイ基地航空隊司令 リリカ・シマード大佐
PBYカタリナ飛行艇 32機
・海兵隊機/計60機
(戦闘機)F2A 20機、F4F 7機
(爆撃機)SB2U 11機、SBD 16機
(雷撃機)TBF 6機
・陸軍機/B17 17機、B26 4機
飛行艇はおよそ索敵にしか使えないが、陸軍からも爆撃機21機の応援を得ることができ、これでミッドウェー基地航空隊は海兵隊機の60機と合わせて、81機の陸海軍機を葦原軍機動部隊との戦いに投入できることとなった。
第17、16任務部隊の艦載機286機を加えると、戦闘に動員できるヴィランド陸海軍機は全部で367機である。
さらにミッドウェーを中継基地とする海底ケーブルがホノルル―――マニラ間に通されていたため、美軍はその海底ケーブルを利用して葦原軍に対する膨大な情報を送って用意周到に動いていた。
無電でない為、葦原側/中島情報参謀もそれは傍受出来なかったため、ミッドウェー基地の状況までは知ることが出来なかった。
唯一史実知識があるが、歴史が変わっていくごとにその未来情報は無益になっていくので、考え物である。それでも敵情ゼロというよりはマシと言えるレベルであったが。
しかしヴィンランド側でも葦原軍の情報解読に躍起となっていたのである。
「攻撃目標はあくまでアドミラル・ミヨシ率いる機動部隊の主力空母です。貴女たちは、味方の艦隊を暴露することによって敵により大きな損害を与える見込みがなければ、優勢な敵艦隊による攻撃に味方の艦隊をさらすべきではない、という計算された危険の原則に従いなさい」
パールハーバー、太平洋艦隊司令部にて、レナ・スプルアンス、ジェニファー・フレッチャー、メイベル・ミッチャーの3人の少将を集めたセシリア・ニミッツ司令長官は、暗号解読で得た情報を基にミッドウェー海域にて葦原軍機動部隊を迎え撃つように作戦を説明していた。
第17任務部隊の指揮官は珊瑚海から引き続きジェニファー・フレッチャーとして、第16任務部隊の指揮官にはレナ・スプルアンスを任命。メイベル・ミッチャーにはスプルアンスの補佐を命じた。
ニミッツは、最後にいつも通りの言葉でミーティングを締めくくった。
「私はここで情報を集約し、状況が変化した場合など必要に応じ新たな命令を貴女達に与えます。敵を恐れず侮らず、最大限の戦果を引き出すマネジメントを心がけなさい。そして常に柔軟性を欠くことなく、私からの命令には臨機応変に即応するように。両任務部隊は6月2日の夜には北緯三二度、西経一七三度の洋上『ポイント・ラック』で合同後に敵の側面から慎重に接近し、一気に奇襲攻撃を仕掛けなさい。以上、Good luck」
かくして以下のように凡その参加兵力を取り決めたのである。
第17任務部隊 指揮官 ジェニファー・フレッチャー少将
空母群司令官 フレッチャー少将直率
空母「サラトガ」【艦戦19機、艦爆29機、雷撃機10機/搭載機数・計58機】
空母「ワスプ」【艦戦18機、艦爆42機、雷撃機12機/搭載機数・計72機】
巡洋艦群司令官 レイセン・スミス少将
重巡「ヴィンセンス」「ポートランド」「チェスター」「サンフランシスコ」
付属駆逐艦群 駆逐艦8隻 油槽船1隻
第16任務部隊 指揮官 レナ・スプルアンス少将
空母群司令官 スプルアンス少将直率
空母「ヨークタウン」【艦戦18機、艦爆42機、雷撃機18機/搭載機数・計78機】
「ホーネット」【艦戦18機、艦爆42機、雷撃機18機/搭載機数・計78機】
巡洋艦群司令官 ドレミー・キンケイド少将
重巡「ミネアポリス」「ニューオリンズ」「ペンサコラ」「ソルトレイクシティ」
付属駆逐艦群 駆逐艦9隻 油槽船1隻
作戦会議が終わると、レナはハワイの自宅に帰省する。レナはネイビーガールであるので、海上勤務が多い。しかし、ハワイで半舷上陸の時はほとんど自宅に帰っているのである。
ちょうど、この時は兄のレイモンドも帰宅しており、夕食に会話を交えて一緒にお酒を嗜んだ。
「今度はお前が空母の指揮を執るのか」
「うん。フレンダから推薦されてね」
「彼女の容態はどうだ?」
「ベッドの上で『エンタープライズの仇討ちを果たす最大のチャンスを逃した!おのれ、アドミラル・ミヨシめぇ!』って、病室で大きな声を出してたよ」
「彼女らしいなぁ」
そう言って、二人は笑い合ったのだが、ふと兄レイモンドは真剣な顔でレナを見つめる。
「レナ、アドミラル・ミヨシを侮るな」
「兄さん?」
レナには兄がいつもと雰囲気が違って見えた。
「ミヨシは推し量れない。故に手強い。本来ならミヨシを倒すなら此方は向こうよりも三倍の戦力を整えるべきだが、現状では如何ともしがたい」
それはつまり物量作戦を用いなければ、対等な戦力比で戦えば負けると言うことだ。
兄がまるでアドミラル・ミヨシのことを知ってるような物言いをするのをレナは不思議に感じた。
「軍人としては国のために立派に戦って欲しい。だが、兄としてはもしお前の身になにかあったらと思うと」
「……大丈夫だよ、兄さん。葦原軍がミッドウェーを占領しても、あとからゆっくり取り返せばいいから、戦況不利なら退却していいってニミッツ長官は私に言ってくれてるから。でも私はミヨシに勝つつもりで行くよ」
「そうか。……無事に帰ってこい。それだけが私の望みだ」
「うん、兄さん。必ず帰ってくるよ」
そう言って兄妹は抱き合った。レナにとってレイモンドは自慢の兄だった。
スプルアンス家はレナとレイモンドを除いていない。
両親はまだレナが幼かった頃に他界し、兄はまだ幼い私の為に陸軍に入って働いて学費を入れてくれたことは今でも感謝している。しかし、生活に余裕があった訳ではない。故にレナも軍人の道へ入った。
それからはお互いに疎遠となった。そして、戦争が始まった。
平時では感じなかった緊張感……今生の別れがあるかもしれないからこそ、唯一の家族であった人との何気ない会話がレナには感慨深く感じたのである。
『心配はない……心配はないんだ……』
レナはその日、自分に言い聞かせたのである。翌日彼女は「ヨークタウン」に乗艦し、パールハーバーを離れた。
それからパールハーバーを出撃した第16、17任務部隊はミッドウェー時間6月2日午後6時過ぎ(葦原時間は6月3日午後3時過ぎ)には「ポイント・ラック」で合同し、葦原海軍機動部隊を待ち構えたのである。
その日の早朝には葦原海軍北方部隊所属の第二機動部隊がダッチ・ハーバー空襲を開始。待ち構えていた美側の対空迎撃をものともせずに燃料タンク群、無線送受信所、美陸軍兵舎などが破壊され、葦美間の前哨戦がはじまったのである。
◇
遂に運命の日がやってきた。
日付は6月5日へと変わった葦原時間午前0時(現地時間午前3時 ※以降はミッドウェー現地時間で表記する)、葦原海軍機動部隊は作戦海域へと入った。
第一機動部隊の旗艦・空母「瑞鶴」のマストに戦闘旗が揚がったのは、6月5日の午前2時45分のことだった。
同時に、各空母では〝搭乗員起こし〟の号令が掛かる。
第一次攻撃隊は日の出の30分前となる午前4時30分に発進する予定であるため、その準備に邁進した。
手際の良い整備員達は、搭乗員達が飛行甲板に上がる頃には攻撃機の暖機運転を開始し始めた。
ミッドウェー攻撃隊の陣容は以下のとおり
第一次攻撃隊/攻撃目標・ミッドウェー基地
・第零航空戦隊 司令官 三好将和大将
空母「大鳳」 陣風9機、艦爆27機
空母「神鳳」 陣風9機、艦爆27機
・第一航空戦隊 司令官 小澤智里中将
空母「瑞鶴」 陣風9機、艦爆27機
空母「翔鶴」 陣風9機、艦爆27機
・第二航空戦隊 司令官 楠木多恵少将
空母「飛龍」 陣風9機、艦攻18機
空母「蒼龍」 陣風9機、艦攻18機
・第三航空戦隊 司令官 角田斗角少将
空母「加賀」 陣風9機、艦爆18機
空母「赤城」 陣風9機、艦攻27機 ※13
航空エンジンの轟音は病室にまで鳴り響き渡っていた。本作戦において安静中となっていた淵田はベットから起き上がると軍服に着替えて「加賀」の艦橋に上がって来た。
「淵田・・・もういいのか?」
淵田の姿を認めると、小澤がさっそく声をかけて艦橋の皆が淵田へ視線を向けた。
「はっ、大丈夫です!」
ウソであった。軍医長からの許しは得ていなかった。
「・・・・・・本当かい?」
淵田の顔を見て、草鹿少将は眉をひそめながら聞き返したが、淵田は頑なに〝大丈夫!〟であると主張した。
「今度の戦闘は天王山となる戦いです。是が非でも見させてください」
小澤は苦笑し、〝しょうがないヤツだ〟と思いながらも黙認した。
「無理はしないように」
「だね。でも君の顔が在るだけで心強いよ」
「ありがとうございます」
その後彼女は空を見上げた。暁というにはまだ暗く、空には相当の雲がある。天候はあまり良くないが、飛行には支障はなさそうだった。
この日の海上はわりあい穏やかであった為、発艦作業は真珠湾攻撃時よりはマシそうだ。
「日の出は何時なんや?」
淵田は草鹿少将にそう尋ねと彼女は腕時計を眺めながら答える。
「午前1時37分(ミッドウェー現地時間では午前4時37分)だよ。30分には第一次攻撃隊を発進させる予定だ」※14
「索敵機はもう出たんかい?」
淵田が続けて訊くと、草鹿に変わり小澤が答える。
「いや、第一次攻撃隊と一緒に出すつもりだ。『加賀』から彩雲、他空母と第八戦隊の『利根』と『筑摩からは零式水偵と九九艦爆合わせて24機は送り出す」
「すると、三段索敵ですか?」
「そうだ。空母戦闘は先手必勝だからな。本腰を入れて挑むつもりだ」
小澤の答えに淵田は満足して頷いた。
「良い判断です。問題は敵機動部隊発見のタイミングですな。第一次攻撃隊が帰投してくる前には送り出したいで」
「うむ。第二次攻撃隊は即座に発進可能なように対艦兵装で艦内隊機させてあるから、第一次攻撃隊が帰投してきたタイミングで発見した場合は、二次攻撃隊の発進を優先させるつもりだ。最悪、前衛配置している三好長官の零航戦に着艦して貰うようにもしてあるので、そこは臨機応変に対応がきくようにしている」
「既に三好長官は自ら囮役として航空戦隊を率いて前方三〇海里に進出している。敵機動部隊がむしろ攻撃を仕掛けてきてくれたら、事は一気に進んでいくだろう。第二次攻撃隊には江草少佐の降下爆撃隊、村田少佐の雷撃隊、それに板谷少佐の制空隊をそれぞれ当てるつもりだよ」
小澤に続いて草鹿が今回の作戦計画の概略を伝える。
淵田はこの答えを聞いて納得した。
「なるほど、それなら大丈夫ですね。……最悪後手にまわっても敵機動部隊が攻撃を仕掛ければ、それで位置が特定できる寸法ってわけやな」
「ああ。三好長官はそれをも考慮して今回の作戦を筋立てた。今度の戦いには万事ぬかりはない」
小澤はそう言い、淵田はこくりとうなづいたが、彼女達は内心穏やかではなかった。もちろん後方の主力部隊にいる五十子も。というのも今回の作戦で一番危険が伴うのは囮部隊を買って出た将和に他ならないからだ。※15
◇
第一機動部隊の現在地はミッドウェー島の北西およそ二二〇海里の洋上にあった。正確に言うと将和の第零航空戦隊がその位置でその西三〇海里の距離に他航空戦隊が展開していた。
これは敵機動部隊がミッドウェイの北東にいると予測しての艦隊配置である。
風は南東の微風で、発艦にはもってこいである。
東の空がかすかに明るく、水平線がぼんやりと見分けられた。日の出まであと40分、出撃10分前である。
各空母では〝搭乗員整列〟の号令が掛かり、搭乗員がどやどやと飛行甲板へ踊り出ると、やがて各員、愛機の方へと散ってゆき、間もなく各空母から〝攻撃隊発艦準備完了〟の信号が発せられた。
「飛龍」の飛行甲板でも陣風、九九艦爆、九七艦攻の試運転が始まり、爆音が轟き始めた。
攻撃隊長、友永大尉も全搭乗員を前に出撃の注意事項を述べた後、自らの愛機へと搭乗した。
「飛龍」は二〇ノットで艦首を風上へ向け航行する。発艦一番機は納見大尉の機である。
飛行甲板の合成風速は一四メートル。他空母でも同様である。甲板上の艦載機はエンジンを回し始め、青白い炎が排気孔からパッパッと明滅する。やがてごうごうたる爆音が各空母の飛行甲板全体を圧した。
納見美凪は搭乗席から甲板士官が白い旗を振り下ろすのを確認すると、スロットルをゆっくり押し機体が小刻みに震えるとブレーキを離した。
『良い加速だ!』
美凪はそう思った。
一番機は各航空機が飛行甲板に並ぶ最前列配置な為、滑走距離が短く十分な浮力がつきにくい。しかし、流石は零戦の後継機であった。飛行甲板を余裕を持って舞い上がった。良い意味で搭乗員泣かせである。
美凪が後方を見やると陣風隊に続いて艦爆、艦攻隊が次々と難なく離艦していた。美凪は上昇しながら少し明るくなって来た東の空を見た。西の水平線は暗闇の中にあり、海面は艦隊が立てる波頭のほかに大きな波は見えず、蒼黒く沈んでいる。
攻撃目標は在地機、航空施設、滑走路の順である。
真珠湾の時は戦闘機隊を敵機の地上撃破に加わったが、今度の攻撃は強襲になる為、戦闘機隊の攻撃隊を守るのが主任務である。
「とにかく、敵戦闘機を攻撃隊に近づけさせないことだ。それだけを考えればいい」
美凪は自分に言い聞かせた。
各空母の艦載機が発艦を開始してから約15分後、第一次攻撃隊計・260機(※1機の艦攻が故障で引き返した)は艦隊上空をひと巡りする間に隊形を整え、やがて、けたたましい爆音を残して、薄明るい東南東の空・ミッドウェー島へ針路を向けた。
時に午前4時45分である。
また、攻撃隊に続けて各重巡・空母から彩雲、零式水偵等の偵察機が発艦し、索敵線を展開していった。※16
「大鳳の編隊、右前方!」
美凪は二番機の宮藤二飛曹が左手で合図を送ってきたのに気付いた。飛行針路上にいる「大鳳」の攻撃隊と合流出来そうだ。友永機からピカピカとオルジス信号灯が光る。
すると、今度は蒼龍艦攻隊長阿部小町大尉機からもオルジス信号灯が光った。どうやら「神鳳」の編隊も見つけたらしい。間もなく零航戦の攻撃隊とも合流した。
第一次攻撃隊がミッドウェーに向けて飛行している途上、東の水平線から太陽が昇ってきた。東南東へ向かって進むので、太陽が眩しく計器も見えない。
美凪は色のついた飛行眼鏡をかけ、太陽光を避けた。視界が少し悪くなるのが気になるが仕方ない。
「ミッドウェーまであと五〇海里。そろそろ敵戦が現われる頃だ」
そう美凪が言うのも敵基地に地上電探があるなら、もう自分たちを捉えていると思うからだ。電探の有用性を開戦以来に自分達が思い知らされたが故の判断である。
艦攻隊と艦爆隊が高度を上げ、戦闘機隊もその上空一〇〇〇メートルを前後二団になって飛行していった。この第一撃でミッドウェイ基地飛行場に引導を渡すつもりだ。ミッドウェイ航空兵力は不明だが、同環礁内・イースタン島の飛行場を破壊するには十分な兵力である。
◇
ちょうどその頃、ミッドウェー基地航空隊所属のカタリナパイロットであるアディ大尉も、ミッドウェー飛行場を夜明け前の午前4時30分に飛び立つと担当方面のミッドウェー島北北西海域へ向かっていた。
ヴィンランドの情報部によると、敵機動部隊が今日この日に現われるため、索敵を強化していたのである。
葦原海軍は夜明けと同時に攻撃隊を差し向けてくる傾向があるため、自分の仕事は重要な役割を担っていた。
「大尉、敵艦隊からの電波をキャッチしました!」
アディ機がミッドウェーを飛び立ち45分後、後部座席に居た偵察員のマコーミック兵曹長がアディに興奮したように報告した。
「どの方角から発信されているの?」
「ここより西の方角です」
「よし! 進路を西方へ変えるわ」
この時、葦原艦隊は自分達の近くにいるとアディは確信した。
高度四〇〇〇のまま針路を西に変え飛行すること15分、不意に白く伸びる航跡を見つけた。
「見て、マコーミック! 敵の機動部隊だわ!!」
アディは不意に現われた敵の空母二隻を含む艦隊に息を飲み、急かすようにマコーミックをつついた。
それこそ、将和の第零航空戦隊「大鳳」と「神鳳」に他ならなかった。
マコーミックは、すぐに電信のキーを叩き始めた。
〈敵戦艦二、空母二、駆逐艦一二、速力二二、針路一三五、ミッドウェイ北西一八〇マイル〉
時計は午前5時30分を指していた。
「敵戦が来る前に、海面すれすれに高度を下げて逃げるわよ!」
「了解!」
アディは葦原艦隊から遠ざかるように針路を南東に向け急降下に移り逃げ出した。
◇
アディ機が葦原艦隊の正確な位置を知らせてきたミッドウェー基地では、午前6時時点で葦原軍機来襲を前に戦場の慌ただしさが始まった。
地上員は対空砲座にしがみつき、パイロットは愛機へ向け、パイロット・ルームを飛び出そうと準備を急ぐ。次々とワイルドキャット6機とバッファロ120機が飛び立った。
戦闘機隊はミッドウェイ上空を旋回しながら葦原軍機の来襲を待ち構えるつもりであった。
続いて、TBFアベンジャー雷撃機6機、B-26マローダー爆撃機4機、SB2Uビンジゲーター急降下爆撃機12機、SBDドーントレス急降下爆撃機16機の混成攻撃隊が、カタリナ飛行艇が発見した葦原艦隊へ向けて発進した。
―――来た! 北西方向から大量の葦原軍機!!
午前6時16分、レーダーが北西方向から来襲する葦原軍機編隊を捉えた。
一方の葦原軍攻撃隊の護衛戦闘機隊につく美凪は右前方のはるか彼方にぼんやりと浮かぶミッドウェー島を遠目に見た。
上空は不気味な静寂が支配している。前方の青空の中、朝日に輝く何十ものゴマ粒のような点が現われたのを確認出来た。
「来た!」
敵偵察機に発見された時から、奇襲攻撃は無理だと悟っていた為、敵機の迎撃は覚悟していた。
強襲攻撃になるのは、美凪をはじめ、攻撃隊に参加している搭乗員皆が出撃した時から共通していた心構えであった。
「無線封止解除! 前方上空、敵戦闘機およそ三〇、赤城隊はこのまま攻撃隊を護衛せよ。それ以外の隊は迎撃するのよ!」
美凪は各戦闘機隊へ命令を伝える。
「我に続け!」
美凪は配下の戦闘機隊へと命じる。
友永機は大きくバンクし、両手を左右に出して近寄れと合図している。艦攻隊は艦攻同士で密集編隊を組み、機銃の弾幕を張るつもりだ。
美凪は左旋回で高度を取りながら、敵編隊の後方上空へ陣風隊を誘導する。美凪には見る見るうちに敵戦は虻程度から鳩ほどの大きさになった。敵機は此方を無視するように、翼端を朝日に反射させ真っ直ぐ攻撃隊へ向かっている。
そうはさせるか!と左下方真横のグラマンへ向け美凪は大きく左旋回を続け、敵戦闘機隊右後方上空、距離六〇〇に距離をつめた。暖降下から急降下に移り、スロットルをゆっくり一杯に押し込むと、速度は一気に時速八〇〇キロを超えていたのである。
美凪は操縦桿とフットバーを小刻みに動かし、グラマンの操縦席をOPL照準機に捉えた。それに気づいた敵のパイロットが恐怖で引きずった顔をこちらに向けていた。
グラマンは逃げようと急降下に移ったが、美凪はその後方を余裕を持ってピタリとくっつく。美凪は大きく息を吸い、呼吸を止めて機関砲の発射ボタンを押した。
二〇ミリ弾がグラマンに吸い込まれていく。グラマンは急にフラフラすると真っ逆さまに堕ちて行った。
これは美凪以外の機にも見られた光景で鍛え抜かれた技量を持つ搭乗員が陣風を操り、その空戦性能を存分に発揮した効果であった。
これにより迎撃したF2Aブリュースター・バッファロー戦闘機20機のうち13機が撃墜され、F4Fワイルドキャット戦闘機6機のうち2機が撃墜され、帰還したバッファロー5機、ワイルドキャット2機が使用不能となった。
戦闘機同士の空中戦は葦原側の勝利に終わり制空権を握った葦原軍攻撃隊は高度三五〇〇でミッドウェー島上空にさしかかるが、今度は高角砲弾が空中に炸裂し始めた。
しかしそれらをものともせずに艦攻隊は水平爆撃の偏流測定を終え、爆撃針路に入った。駐機している敵機は残念ながらいない為、目標は滑走路と航空施設である。
高度三五〇〇、針路一二〇度に入った時には周囲はいたるところ高角砲弾の炸裂で黒いシミだらけになっていた。時に時刻は午前6時30分のことである。
先ず友永隊長の機から爆弾が投下される。爆弾は小さくなって、真っ直ぐ格納庫へ向かって落ちて行った瞬間、格納庫が木っ端微塵に吹き飛んだ。
美凪がそれを見ていると、今度は滑走路から大きな爆発が起こったので、其方へ視線を向けた。
九九艦爆の急降下爆撃が始まったのだ。そこから40分にわたる空襲を敢行し、飛行場や格納庫、その他の地上施設を手当たり次第に撃破していった。
午前7時10分、爆弾を投下したからには長居は無用とばかりに艦攻、艦爆隊は母艦へと針路を向けて次々と帰還の途につきはじめた。
「よし、引き上げるぞ」
美凪達戦闘機隊は最後の艦攻がひきあげるまで飛行場上空にとどまった後、艦攻、艦爆隊の後を追うように針路を北西へと向けた。
◇
日の出の午前5時、第16任務部隊旗艦・空母「ヨークタウン」艦内に『総員配置につけ』のけたたましいラッパが鳴り響いた。配置に向かって走る将兵達の足音、防水隔壁を閉める音が止むと、艦内は急に静かになる。
日が昇るにつれて次第に空が晴れてきた。波は穏やかで海原に朝日が輝いている。レナには、これから葦原軍と激戦を展開するとは思えない平和な風景に見えた。
「敵の機動部隊を発見したのですかッ!?」
「はっ! 基地所属のPBY飛行艇が、哨戒中に発見したとの通報が。新型艦種の戦艦以下数十隻の護衛艦を伴い、ミッドウェーの北西・約220浬をミッドウェーに向け二五ノットで航行している模様です!」
しかし、午前6時7分アディ機による敵機動部隊発見の報告がミッドウェー基地経由で第16、17任務部隊の元に届くと、艦隊は慌ただしくなった。
この敵情報告を受け取ったとき、レナとジェニファーの第16、17任務部隊はともに、三好艦隊の東北東・約二〇〇海里の洋上に位置していた。
―――カタリナ偵察機からも追従していた敵編隊がミッドウェーに向かいつつあると連絡は受けている。味方司令部の予想どおりに敵が動き始めたのは驚きだ。ハイポの働きとニミッツ長官の読みには脱帽するしかない。敵の空母機動部隊は艦載機の約半数はミッドウェー攻撃に当てたと考えて良い。そうであるなら敵空母の残存戦力は少ないはずだから、そこを一気に全力で叩けば勝てる!
これがこの時、ジェニファーとレナの頭の中によぎった考えであった。故に、それがその後の彼女たちの行動となって現われたのである。
「司令、『サラトガ』のフレッチャー少将より連絡が入っております」
レナは無線電話の受話器をとると、第17任務部隊を預かるフレッチャー少将と直接意見を交わす。※17
〈スプルアンス、艦隊針路を南西に。デヴァステイターの攻撃半径は一七五海里だから、敵艦隊との距離を詰めるわよ。直ちに攻撃隊の発進準備に取りかかりなさい〉
「分かりました。ただ、確認出来ている敵空母は二隻しかいませんので、付近に別の敵空母が潜んでいる可能性もありますので、もう少し偵察機からの報告を待ってから攻撃を仕掛けて遅くはないかと思います。ですので、攻撃隊を出すのは〇七〇〇でどうですか」
〈……良いわ。〇七〇〇で攻撃隊を出しましょう〉
「ありがとうございます」
流石は深淵の深いレナは将和の策を予想していた。しかし、攻撃を仕掛けるタイミングを調整したのには、もう一つ理由があった。
レナはジェニファーと協議し、午前7時を期して攻撃隊を同時発進させる予定に調整。この時間までに追加報告が入れば別途攻撃隊を差向ける。入らなければ特定できている敵艦隊に戦力を一点に集中して攻撃をかけるということで準備に取りかかったのである。
午前6時16分、ミッドウェー島のレーダーが葦原軍の大編隊を捉えたとの報告がレナのもとに入った。
「ミッドウェー基地より入電、先程の敵艦隊より接近する多数の機影をレーダーにて捕捉! 基地航空隊はこれより全機離陸、うち雷爆撃機隊は敵艦隊の攻撃に向かい、戦闘機隊は基地上空で敵機を迎え撃つとのことです!」
読み上げられた電文に、レナは息を呑んだ。基地航空隊の悲壮な覚悟を知ったからだ。
戦力の温存をはかるなら、雷爆撃機隊と戦闘機隊を分けたりはしない。彼女達がやろうとしているのは、文字通りの挺身だ。
敵の航空戦力を少しでも長く基地上空に足止めし、敵空母の注意をミッドウェー基地だけに向けさせるため。
全ては、レナ達の攻撃を成功させるためであった。
「重ねて入電! 基地司令のシマード大佐より、島への援軍は無用! ただ勝利を、と……」
「司令官、ただちに攻撃隊を発進させるべきです!」
参謀長のブラウニング大佐がレナに意見具申する。しかし、レナにも考えがあった為に首を左右に振って彼女の意見を却下し自らの考えを示した。
「攻撃の成否は、攻撃隊発進のタイミングにかかっています」
『先制攻撃のチャンスを逃しては何のための待ち伏せか!?』とレナの判断が慎重過ぎると言うのも言いすぎではない。
彼女は開戦から今日までの戦訓から葦原海軍は優秀な対空・対水上レーダーと無線機を実装していると判断している。
これが為に、此方の航空機が接近してくればそれを事前に捉えて迎撃機を直ちに放ち、此方の攻撃隊が艦隊上空に到達する頃には迎撃態勢が敷かれて待ち構えられていると考えた。
ーーーレナ、アドミラル・ミヨシを侮るな
兄の言葉がレナの中を駆け巡っていた。
『そうだ。見敵必殺=必勝という訳じゃない。だからこそ、攻撃のタイミングを見合わせないと!』
そのレナの考えは、ジェニファーも同様だったのである。
「ホーネットへ発光信号、ミッチャー艦長に攻撃命令を! 目標は確認できている敵空母です!」
「イエス・マム。VT-6、直ちに発艦せよ!」
時刻が午前7時を迎える10分前にはレナは、位置を確認できている葦原軍航空部隊へ攻撃隊を差向けるよう命じた。それこそまさに、将和が指揮する第零航空戦隊であった。
ここまでに、他の航空部隊の存在は掴んでいない。しかし、ニミッツ長官からは「敵空母は1隻1隻、確実に止めを刺せ」と命じられているので、確認出来ている敵空母部隊を全力で叩くつもりだった。
午前7時前には待ちかねたように「ヨークタウン」からクリス・マクラスキー少佐率いるドーントレス爆撃機33機の発艦が始まった。続いて、リンゼー少佐率いるデバステーター雷撃機14機、グレイ大尉率いるワイルドキャット戦闘機10機が発進する手筈だ。
レナが「ホーネット」へ目を向けると、すでに飛行甲板からドーントレスが飛び立つ姿が見えた。
しかし「ホーネット」の攻撃隊は雷撃機15機、爆撃機35機、戦闘機10機だが、各隊ごとバラバラに葦原艦隊へ向かって行ったのである。
他の空母については、レナからは遠くてはっきり分からなかったが、第17任務部隊の「サラトガ」「ワスプ」からも間もなく攻撃隊が発進している頃だろうと認識した。
美空母部隊の戦闘要領は、急降下爆撃機隊が高空から、雷撃隊が低空から同時攻撃し、戦闘機隊はその中空にあって両隊を守ることである。
しかし、『ホーネット』艦長のメイベル・ミッチャーは愕然としていた。
「ホーネット」から飛び立った第八雷撃中隊、第八爆撃中隊、第八戦闘中隊が、それぞれ各隊ごと勝手に葦原艦隊へ向かって行ったのを見たからだ。隣の「ヨークタウン」に目を向ければ、デバステーターとワイルドキャットの発艦がなかなか始まっていなかった。
メイベルはイライラしながらデバステーターの発艦を見つめた。見ると、20機のドーントレスは高度三〇〇〇付近を旋回していたが、デバステーターの発艦が始まらないのでしびれを切らし、西南西方面へ飛び去った。
午前7時18分、ようやく「ヨークタウン」からもデバステーター雷撃機14機、ワイルドキャット戦闘機10機の発艦が始まった。
『まるで素人集団じゃねぇか!? 果たしてやれるのかねぇ……』
メイベルは爆撃隊、雷撃隊の同時攻撃など夢のまた夢に過ぎないだろうと感じ、一抹の不安を覚えた。
彼女の危惧は的中し、デヴァステイター雷撃機隊と連携をはかるはずだったドーントレス爆撃隊は母艦から発艦して編隊を組むときに雲が掛かってきて、両部隊は互いに見失ってしまったものが出てくるのである。
また、中には列機が横並びとなって飛行する索敵隊形で進撃してしまった為に、ガソリンを余計に消費して途中で引き返してくる機が続出するのである。
第一波の攻撃隊が出撃開始して10分後の午前7時28分、
「南方方向に敵機です!」
「とうとうこっちも見つかったッ。出撃準備ができた飛行隊から逐次発艦してください!」
見張員からの報告にレナは全機を飛行甲板に並べて一気に発艦させるのを待たず、出撃準備ができた飛行隊から逐次発艦、攻撃に向かわせる決断を下した。
第17任務部隊ではジェニファーも、ワイルドキャット戦闘機12機、デバステーター雷撃機12機、ドーントレス急降下爆撃機24機を空母「ワスプ」から発艦させた。
そしてジェニファーは、警戒のために出していたサラトガ所属のドーントレス偵察機の収容を終えた後、午前8時30分には「サラトガ」からもワイルドキャット戦闘機6機、デバステーター雷撃機12機、ドーントレス急降下爆撃機17機からなる攻撃隊を発進させたのである。
〝これでやるべきことはやった!〟と言えるが、ジェニファーとレナの二人には決して油断は出来なかった。
まもなく葦原軍の攻撃隊を迎え撃たなければならないし、送り出した攻撃隊が成果をあげてくれるのかも分からないので、一寸先は闇だったのである。
あとは、成功を祈るしかなかった。
MI作戦に参加する葦原海軍の戦闘艦は戦艦12隻、空母8隻、軽空12隻、重巡10隻、軽巡6隻、駆逐艦100隻以上である。
これに練習空母や水上機母艦、特設巡洋艦などの補助艦艇及び油槽船や上陸部隊を乗せた船団なども加えると、総勢200隻以上となる。
大・小空母15隻の搭載する艦載機に至っては全部で600機を超える。
これだけでも凄いが、本来はもう少しMI作戦に加算されるはずだったが、AL作戦に兵力を割いたためにここまでとなった。
それらの艦載機や戦闘艦がもしすべてミッドウェー攻略のみに集中されていたとすれば、さしものセシリア・ニミッツもミッドウェーでの決戦を取り止め、ハワイ決戦に思考チェンジしたかもしれない。
だが、幸か不幸か葦原海軍は内部抗争によって、アリューシャン列島のアッツ・キスカ攻略を同時期にしなければならなくなった為に、連合艦隊は大・小の部隊を北太平洋に差向けなければならなくなった。
これによって基地航空隊と空母艦載機による集中攻撃で敵空母の各個撃破が出来ると踏んだニミッツは、ミッドウェーにて葦原海軍を迎え撃つ決意をかためたのである。
一方の機動部隊を預かる将和もミッドウェー攻略に際して美軍は必ず打って出てくると踏み、挑む決意をかためていた。
また、この時に内地より補充用の航空隊を人員を満たしていない空母へと受け入れる予定をしていた。
それら新加入の搭乗員達は元軽空母搭乗員・支那戦線を戦った搭乗員・初陣を飾る搭乗員とまちまちであったが、史実より一ヶ月早く珊瑚海海戦を終えた葦原海軍には二ヶ月の猶予があった為に、内地で一つの航空隊としての猛訓練を繰り返し行なえたことで、ベテランパイロット達との技量差は埋めるぐらいにはなっていた。これらの航空隊を第一機動部隊は四国沖にて迎え入れる予定であった。
海軍大本営は開戦時からこの事態を予想していたある程度のバッファを持たせていたので、史実よりも大分艦艇と航空部隊双方の技量の質は保たれていたのである。
史実ではこの年の5月に「相当広範囲の転出入」という人事異動のため、搭乗員と整備員の技量が低下するという事態に見舞われたため、真珠湾攻撃時から務めていた整備員は陸用爆弾から通常爆弾への転換なら30分以内に完了できるまで上達していたが、人事異動してきた整備員達は訓練不十分な者達であったために、史実のミッドウェー海戦時の爆装から雷装への転換作業は遅々として進まないという敗因に繋がったのであるが、今回各空母に居た整備員・乗組員達は開戦以来のベテランが務めていた。
将和がその点を懸念し、航空母艦の人事異動はミッドウェー戦の後まで持ち越すようにと話を通していた。これが今日の状況を(良い意味で)招いたのであった。
戦いにおいて何より大事なのは正確な情報とそれを活かす組織体制である。史実米軍はミッドウェー海戦で見事にそれを成し遂げた。故に葦原海軍もそれを教訓として本腰を入れてミッドウェー作戦に挑んだ。
それこそがこの中島少佐の情報参謀への起用であった。
そんな彼女は、葦原が第一段作戦を終えたのに際して彼女は飛龍航空隊パイロットへと転任していた。彼女を隊長として、他空母で実戦を通してその技量を高めた各パイロット達も一旦内地へ帰還し、共に飛龍航空隊として編成を組むために、連携のための教導訓練を四国の松山基地で施していたのである。
その為、新・飛龍航空隊は今では全搭乗員達が一丸となって攻撃力を持つ組織部隊となっていたのである。
そして美凪達が基地を飛び立つ時間となると、全搭乗員を前に美凪は黒板に図を書き、『飛龍』の位置、飛行コース、注意事項などの説明に入っていたのである。
しかし、いずれにしろこれらの特徴は、上空から見ることができるわけではなかったため、パイロットにとっては見分けが難しかった。その為二航戦の上空に近付くと「飛龍」から誘導電波と甲板上の乗組員から旗を振られたことで、ようやくそちらが「飛龍」だと判別出来た。
この時、真っ先に着艦したのが納見機だった。隊長機が先に着艦すれば後続の機はそれに続けば良いだけだから、深く考える必要はないので非常に助かる。逆を言えば隊長機にはそういった責任があるということだった。
第一小隊の四機が編隊を組み、高度二〇〇で「飛龍」の飛行甲板上をフライパスすると納見は、この間に着艦のための観測を済ませる。「飛龍」は飛行甲板上に秒速一五メートルの向かい風があるように航行している。美凪達にとっては海面の波の形から、五メートル程度の風が吹いていると分かった。したがって、「飛龍」は第一戦速二二ノットで航行していると判断した。
艦尾の飛行甲板に五番から九番まで五本の着艦索がピンと張られている。「飛龍」のマストを見ると白い玉が揚げられている。これは『着艦良し』の合図である。これが黒い玉だと『着艦待て』の合図となる。「飛龍」は艦の左側に艦橋があるため、美凪達は右回りで艦を大きく一周した。その間に第一小隊は編隊を解き、一本の棒に繋がれたように飛行する。
美凪は着艦フックを降ろし、高度八〇メートルで第四旋回を終え、着艦灯を確認する。青と赤の灯が重なって白く見え、適正な降下コースに乗っていると分かった。艦尾がゆっくりと後方へ流れて行く。すべては順調だ。スロットルを一杯に絞り、操縦桿を初めはゆっくり、そして目一杯強く引く。ぐいっと身体が前にのめった。
フックが七番索をつかむと音がして機体が「飛龍」に着艦した。フックを巻き上げ、前方エレベーターの所定位置で発動機を停止させた。エレベーターが急速に沈み格納甲板で止まる。整備員が陣風をエレベーターから降ろすとエレベーターは再び飛行甲板へと昇っていく光景を目撃していた。
そんな彼女は光文16年9月頃から翌年の4月「飛龍」飛行隊長に補職されるまでは、霞ヶ浦航空隊の分隊長として、しばらく予備航空隊の練度向上にはげんでいた。その時に美凪と出会いご指導ご鞭撻を頂いていたのである。
敵拠点の攻略と付近に待機しているだろう敵空母の撃破を成し遂げるのが前提の作戦となると、味方は敵拠点の航空隊と敵機動部隊の艦載機を両方相手どらないといけないということであり、これ等は此方に休む暇を与えないよう続け様に攻撃を加えてくるだろうことは容易に予想できた。
その場合、常に味方空母は敵からの航空攻撃に晒される。そんな最中に味方空母が攻撃隊の発艦作業を行うということは、素人目に見ても困難であることが予想できた。
これが奇襲作戦であったなら片方を相手取り、各個撃破すれば良いのだが、強襲作戦となれば必然的にそうなる。
また、自分たちがミッドウェー攻撃から戻ってきた時に母艦が敵機への対処に追われて収容作業に手間取ったりしたら、燃料切れを起こして海上へ不時着する機も続出するかもしれない。
なので、いったいどの様に司令部はこれに対処させるつもりなのか?と考えたのである。
こういった風に、将和達が来て以降、作戦に対する検討できる環境が出来上がっていたので、質疑応答と意見交換が交わせたのであった。
そして、攻撃隊の総指揮官は飛龍飛行隊長の友永千冬大尉が務める。攻撃隊は各空母の約半数近くが出撃。残り半分の搭載機は敵空母の出現に備え、艦艇攻撃用兵装で待機する。
本来は淵田未央中佐が務める予定であったが、セイロン沖海戦での負傷がまだ完全に癒えていなかった為に今回彼女は攻撃隊不参加であった。
そう思えるのは彼女たちが個人として気が彼に向かっていたからであろう。その気持ちの答えが何なのかは、彼女たち自身も実は今一つ分かっていなかったのである。
ご意見、ご感想お待ちしておりますm(__)m