あの日、私は博麗神社で眠っていた。
そして私は見た。咽るような煙と立ち込める熱気に埋められた夢を。
そう、夢だ、忘れられない、夢。
ーーーーーーーーーーーー
誰かが泣いていた、すでに涙は枯れていたが、それでもこの地獄に嗚咽を流していた。
そこで■▲■は気が付く、自分が血で汚れた地面を見つめて座り込んでいることに。
――これは…私?
しかし、腕は勝手に動き、枯れた涙を拭おうと動いていた。
――いや違う
何故だが分からないが、自分ではないというはっきりとした感覚があった。
その時、視界が自分の意志とは関係なく上に上がった。この身体の持ち主が顔を上げたのだと、遅れて理解する。
灼熱の大地が、砂塵を舞い上げるかのように揺れ動き、無数の無機的な鉄塊が轟音と共に進行する光景。
軍用車両が道路を進む様子だった。
背後には、無念に瓦礫と化した都市と、汚染された大地が広がっている。
その世界をただ眺めることしかできず、■▲■…いや、夢を通してみた誰かは、目の前の悲劇に慟哭して、抗おうとして…
そこで目を覚ました。
そこは博麗神社の居間、普段から昼寝に使っている場所だ。
今日は午前の修行をうまく抜け出し、睡魔に従うがままに敷布団を手早く準備し、惰眠を貪っていたのだ。
見慣れた白塗りの天井と黒樫の梁が見える。
しかし視界は水面のように揺れ動き、その輪郭を捉える事はできなかった。
「……外の世界?」
ぬくい布団の中に包まったまま巫女は自問自答した。
春の暖かい光が射し込まれた布団から身を起こす。
最近は紫に教えられた通り、瞑想の練習を行っていた。
なんでも、代々巫女は与えられた五感だけでなく、様々な感覚を組み合わせて全体像を掴む力が求められるとかで、感受性、いわはま第六感のようなものを瞑想によって錬成する修行を行なうのだと。
歴代の巫女の中には、妖怪の意識に連動して虐殺を繰り広げたり、神に意識を取り込まれた者もいた。
それらは空間を超え、時間を超え、時には、外の世界の夢を見ることもあるのだという。
しかし、なぜあんな光景が浮かんだのか、その答えは見つからなかった。
ただ昼寝をしていただけだというのに…
それがどうしても気になって、しばらく経ってから紫に連れて行ってくれってお願いしたことを覚えている。
紫の能力ならそれが出来るはずだと、
何せ彼女の能力は【境界を操る程度の能力】なのだから。
しかし、紫にはそもそも外の世界といっても広く、そこがどこかも分からなければ、行きようがない上、そこが本当に外の世界なのかも不明瞭なのだから連れていくことは不可能だと言われた。
隙間を通って外の世界に行くことはできるが、その隙間は、紫が知識として持っている場所へしか連れて行くことができない。彼女が外で生まれ育ったのも遠い昔の話、今の外の世界についてはほとんど知識を持っていない。
それでも、なぜか諦める気持ちは湧いてこなかった。
それどころか、外に行きたいという欲望は、心の中でどんどん巨大化していった。
まるで抗いようのない波か、我慢を知らない子供のように…
何故かは分からない、ただ何かに呼ばれているような、焦燥感にも似たなにかを感じていたことは覚えている。
当時の紫からみても様子は可笑しかったのか、しばらく瞑想の修行は中止になった。
しかし、どうしても気になってその後勝手に、数時間をかけて瞑想し、その夢の意味を探ろうとした。
結果としては、紫に見つかって烈火の如く怒られ、何もわからないままという最悪のものに終わった。
そんな事があったから、永遠亭にも連れて行かれた。
竹林の奥、月の医者のお墨付きで、精神に問題はないとのことで、これで問題がないのは逆に困ると、紫が頭を抱えているのを見た。
その後も色々と試行錯誤を繰り返し、半年ほど経つと、ふと、外の世界に対する執着心のような、使命感は消え去った。
今でもあれが何だったのかは分からないままだ。
…と、そういうわけで、私があそこに行く方法は存在しないし、もう思い出すこともない。
…はずだった。
――1年後
『博麗の巫女としての修行よ。一年間外の世界で暮らしなさい』
『は?』
いきなりのことだった、季節は葉が若干の赤茶け色を帯びる頃。境内の掃き掃除を終え、博麗神社の居間でいつものように寛いでいた頃に、あいつはやってきた。
『何度も言って聞かせた通り、幻想郷は新しく生まれ変わる、そこには新しい巫女が必要よ。だから新しいやり方で修行するという訳』
突如として現れた乱入者に対し抗議の言を上げようとしたが、その暇さえ与えぬためか、先の言葉を投げつけ、あいつ、八雲紫は優雅にさしていた傘を閉じた。
端正な顔にはその美貌を、曇らせる皺がいくつも彫り込まれて、目の下には隈を拵えていた。
この前の異変の後始末に、奔走していたりするのだろうか?
———だとすれば気の毒…でもないわね。
寧ろいきなり人様の午後のティータイムを邪魔しておいて謝罪の一言もないババア等…
パリンッ!
そんな何の得にもならない思考をしていたせいだろう。手に持っていた湯飲みが破裂するように割れて中の液体がちゃぶ台に撒かれた。
『だからって急に…』
思考を切り替え、抗議の文句を告げようとしたと同時、目の前に現れた隙間から何かが落ちてくる。
ドサッという音と共に目の前に現れたそれは黒いボストンバッグだった。
見た目はそれ程膨れてはいないが、先ほどの音からしてそこそこの重量はありそうだ。
『必要なモノはこれに大方詰めておいたわ。他に必要なものがあるのなら今のうちに言ってちょうだい』
どうやら問答の時間を作る気は最初からない様だと気づいてからは、こちらも荷物の点検を始めていた。
ジッパーを開くと中にはご丁寧にポリ袋にまとめられた品が入っていた。どうやらわざわざパスポートなどの貴重品を纏めておいてくれたらしい。ご苦労なことだ。
『期限は無期限、目的を達成するまで戻っては来れないわ』
何はともあれ、あの隙間妖怪の言により、外の世界で生活しなくてはならなくなった。
そう、それが今からとょうど三か月前のことだ。
そして今、私は外の世界
——————アメリカにいる。
当初、私は外の世界の日本という法治国家にある博麗神社にスポーン…もとい転移した。
しかし今は紆余曲折ありこうして亜米利加にいるというわけで…
どうしてこうなった?
遡ること三ヶ月前
ーーーーーーーーーーーー
諸々の事前準備を終えた私は、ゆかりの手を借り、博麗大結界をこじ開け、外の世界側にある、博麗神社へと足を踏み入れた。
全く同じ内装を前に、奇妙な気分に陥る。
しかし、雰囲気は全くの別物で、親しみやすさよりも、むしろ強烈な違和感が降りかかった。
友人が置いていくガラクタや香霖堂から買い付けた彩器は消え、雰囲気は質素で清貧な別モノだったが、祭器は柄こそ違うものの、同じ型であった。
ーー誰もいない?
埃が累積している様子もないし、祭壇もよく手入れされている。
誰かが管理しているはずだが…
恐らく問題にならぬよう、事前に紫が人払いを済ませておいたのだろう。
そう結論付けた私は、開け放たれた襖から差し込む風に向かって歩き出した。
外の様相は幻想郷にある博麗神社とは似ても似つかないものだった。
階段から伸びる参道の両端には草が生い茂り、鳥居には今にも蔦が張り付こうとしていた。
中に対して、外は全く管理の手が行き届いていないようだ。
「中でも外でも、客はいないってことかしらね…」
そんな閉鎖的で人気のない風に流されたのか、ボソリと独り言をこぼす。
残念ながら、こちらの神社もあちらの其れと同じく、小さなものであった
しかしこんなものでも、掃除するとなると意外と大きい。
少なくとも一人でできるものではない。ましてや人が来ない廃れた神社など、到底他の手伝いを募集する余裕があるとも思えない。
そんな風に、御同業の懐事情を詮索していると、鳥居の下に何かを抱えた様子の人影が現れた。
まだ距離が開いていたが、霊力で強化された視力を以てすればその姿をハッキリと視認することが叶った。
息を切らしているのか、しきりに、白息を口から吐き出している。
その両手にはバケツと箒という、恐らく掃除の用途で使われるであろうものが存在していた。
彼がこの神社の管理者なのだろうか?
思わず目を丸くする。
てっきり、自分と同じでこちらの世界でも巫女が祭事を司っているものかと思ってしまっていた。
青年は私に気づいた様子もなく、こちらへと歩を進めてくる。
ーーしまった、
てっきり紫が人払いを済ませているものと考え、ゆったりと神社内を見回していたが、そうでなかったとは。
…いや、待てよ?別になにも不当な行為を働いたわけではないのだから、焦る必要はないはずだ。
と冷静になる。
今の自分の服装はというと、こちらの世界でも一般的なものだ。怪しまれることはないだろう。
そう当たりをつけ、
無意識の内に少し浮き上がろうとしていた足を地につかせ、堂々と立つ。
彼はこちらを視認したのか、一瞬立ち止まった。
しかしすぐにまた歩き始める。心なしか先ほどよりも足取りが早い気がした。
そして、彼との距離が五寸ほどになったところで、静止し、互いに対面する。
予想通りというか、先に口を開いたのは、彼の方だった。しかし、その言葉は予想とは全く違う種類の感情を含んだものだった。
「…靈夢?」
突如として、放たれた己の名に、自ずと警戒心が高まり、身構える。
「誰よ、あんた」
突き出た言葉は疑問を解消するためのものでなく、相手を威嚇する意を持ったものであった。
こうして私は青年、蕪五宗との出会いを果たしたのであった。
PMCになるのは結構後になるが、タイトル詐欺ではない。(固い意志)