─────ふわふわと浮いているような感覚がした。
視界には1面の闇。
視線を変えようとしても金縛りにあったかのように体が動くことを許してくれない。
「いたい」
「くるしい」
「もういやだ」
次第に声が聞こえて来た。その言葉にはノイズのような音が重なり上手く聴き取れない。
それでも、その言葉に恨み辛みのような莫大な負の感情が込められているのだけは理解出来た。
その音を聞き続けていると頭がおかしくなりそうで、それでも体は動いてくれなくて───────
大きな音と共に掛け布団が宙を舞う。荒くなった息を整え、近くにあった時計を手に取れば針は午前の3時を示していた。
「…30分も睡眠を取れていないのか。」
ため息をつき、布団を直してからバイザーとコートを着用する。
────チェルノボーグでロドスに救出されてから数ヶ月。
私は悪夢に魘される日々を続けている。
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始めは特に気にしていなかった。チェルノボーグでACEを失い、民衆の叫びを聞き、火に包まれる街を見た。
記憶を失って初めて見る光景にしてはあまりにも刺激的すぎる。悪夢を見るのも仕方がないと言えるだろう。アーミヤやケルシーを始めとした仲間もいた。だから、直に悪夢も見なくなるだろうと思っていた。
甘かった。チェルノボーグの一件、そこから龍門での任務。失った物は多かった。仲間は増えていった、だが新しい仲間を見る度に失うかもしれない、という不安が過ぎった。
仲間を戦地に送り出すのが怖い、けれどここまで来て、怖いから嫌だ、など言い出す訳には言えない。何より、もしドクターの立場を離れることが出来ても、私は失った物を忘れる事が出来ない。きっと───いや確実に、悪夢から逃げる事は出来ない。
「ドクター、いるかい?」
ドアを叩く音がした。声の主は恐らくラップランドだ。いる、と声を返せばドアが開き、声の主が入ってきた。
「こんな時間に部屋を尋ねたボクもボクだけど、こんな時間まで起きているのは良くないんじゃないかい?仕事熱心は結構だけどキミが過労死なんて洒落にもならないよ。」
「…まぁ、寝ようにも寝れないからね。どうせ寝れないなら仕事を進めておいた方が良い。」
言い終わってから、しまったと後悔した。少なくとも、ただの1オペレーターに言うような事ではなかった。先程の言葉を取り消そうとして───ラップランドの声が、それを遮った。
「アハハ!寝ようにも寝れないから寝ない、か。ここの医者に聞かれたら大目玉を食らいそうだ。…ところでその書類、急ぎかい?」
「へ?いやそういう訳では無いが…。」
「へぇ。それじゃ、じっとしといてよ。」
ひょい、とそんな効果音がつきそうなほど軽々と私は持ち上げられた。それもお姫様抱っこで。
「ちょっと待ってくれ!これはどういう…」
「どういうもなにも、キミを寝かせに行くだけさ。誰かがそばに居るだけで安心感が格段に上がる、なんて言ってたのはキミだろう?」
そんな事を言ったか、という疑問が浮かんだがそれはどうでも良い。眠ってしまえばまた悪夢に魘される事になる。誰かが共にいようと、私は逃れられない。
「ラップランド、降ろしてくれ。安心感が上がろうと、私はきっと悪夢を見てしまう。悪夢を見るのは良いんだ。ただそれで君に無駄な時間を取らせる事は望んでいない。」
「無駄な時間かどうかはやってみないと分からないだろう?それにボクの意思でやってるんだ。キミが気にする事は無い。…さ、着いたよ。」
そのまま、ゆっくりとベッドに降ろされる。バイザーとコートはラップランドが取っていった。…このまま起きてもまた寝かされるのは目に見えている。かといってこのまま寝てもすぐに目は覚めてしまう。しかも悪夢も付いてくる。
ふと、こちらへ近づいて来るラップランドが目に映った。…そういえば、何故ラップランドはこんな事をしたのだろうか。私の知っているラップランドは闘いとテキサスが大好きな一人狼だったはずなのだが。
「ドクター、もう少し詰めてくれるかい?」
そんな言葉をかけられて、言われるがままに少し体をずらす。それを見て満足気に頷いたラップランドはベッドの中に入り込んで来た。
「ラップランド!?なんで急に…。」
焦りの影響で、少し声が大きくなる。そのせいかラップランドは少し顔をしかめ、抗議の目を向ける。謝罪の意を伝えればラップランドは少しの間を開けて大丈夫、と返してきた。
「それで、なんで添い寝なんて…。」
「なんでって、寝たくても寝れないと言ったのはキミだろう?けどボクは保育士でもなんでもないから他人の寝かしつけ方なんて知らない。となればまぁ、人肌の暖かみを強く感じられるようにすればいいんじゃないかってね。それとも、感染者と添い寝は嫌かい?」
「いや、そういう訳では無いが…。」
「それじゃ、目を閉じて。おやすみ。」
そう言ってラップランドは目を閉じてしまった。
…ここまで来てしまったのならもうどうしようもない。悪夢を見ることを覚悟して、私は目を瞑った。
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「(魘されるどころか、熟睡じゃないか。…本当によく眠っている。)」
目の前で、すやすやと寝息を立てる上司を見ながら小さくため息をつく。
思えば、なぜ自分はこんな事をしているのだろうか。テキサスとは似ても似つかない根っからの善人。指揮官としてはとてつもなく高い能力を持っていても、肉体はさして強く無い。自分が殺そうと思えば、いつでも殺せる程に。
けれど確かな事は、自分は今この男に執着している。テキサスへの執着が消えた訳でも無いし、テキサスに向ける感情ほど大きくも無い。この男に執着している理由は見つからない。それでもこの男が無理をしている姿を見るのはどうも気に食わない。
───────だから今は祈るのだ。この男の安寧を。目覚めればまた不安や責務に押し潰されそうになってしまうから。
「眠るがいいさ───。せめて今は、甘い夢を。」
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