か、カマクラが若返ってる!?   作:9ナイン9

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第二章:臥雄立志編
21:昔より由比ヶ浜結衣は、強い女性になった。


 元部活メイトから連絡を受けた俺は従魔達を【モンスターブック】に入れて家を出た。夜中って事もあって移動手段は限られてたいたが、小町に教えて貰ったアプリでタクシーを呼んで移動した。現在は元部活メイトの実家近くにある深夜営業をしているファミレスまで来ている。

 タクシー代に二万も使うとか、俺はもうブルジョアなのかもしれない。アラサーにして人生の勝ち組に仲間入りするとか超ラッキー。これからはヒッキーではなく、ラッキーと名乗ろうかな。

 まあ冗談を置いとくして、頼んだコーヒーに手を伸ばす。

 

「やっぱ車買お……」

 

 交通手段が乏しい富津に住んでるのは自己責任。引っ越す気は毛頭無い。なので、車を買うのがベストな選択だと思われる。

 にしても何を買うべきか。今の貯金ならBMWだって買える。とは言えこれと言って高級車に憧れは無いからな。従魔達の事を考えるとファミリーカーが良いのかもな。ならアルファード辺りにするか。

 待てよ、俺には【モンスターブック】と【ストレージリング】がある。ここはやはりロマン重視の車にするべきか?

 

 コーヒーを啜りながら車を買う算段をつけてると、目的の人物が入口付近でオロオロしてるのが目に付いたので手を挙げてサインを送ってやる。どこがとは言わないが相変わらずたゆんたゆんしてらっしゃる。

 

「ヒッキー久し……って本当にヒッキー!?」

 

 大学以来、約8年振りに再会した人物──由比ヶ浜結衣は俺に近づくと、何故か驚愕しだした。

 仕事終わりなのか、格好はオフィスカジュアル。髪は最後に会った時より暗めで、ポニーテール。チャームポイントだったお団子はなくなってしまったみたいだ。新鮮さと同時に社会人故の見た目が落ち着くの仕方ない、とちょっとした寂しさを感じる。てか、ガハママに似てきたな。

 

「あ、でも目がヒッキーだ」

 

 俺の判別方法がおかしいじゃねえか。

 

「目で俺を判別すんなよ、うっかり整形したくなっちゃうだろ。お前は相変わらずキャピキャピしてんな由比ヶ浜」

 

 溜息混じりに皮肉を言ってやると、由比ヶ浜が両手を頬に置いて嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「キャピキャピって、も~ヒッキーってば。お世辞が上手くなったんだね」

 

 皮肉を褒め言葉と受け取ったようだ。勘違いさせるのは良くないな……。ここは残酷な真実を教えてやるか。

 

「お前、眉間の皺が増えたか?」

 

「その一言で全部台無し!」

 

 プンプンしながら席に着く由比ヶ浜。

 コイツにはついつい軽口をたたいてしまう。奉仕部で苦楽を共にしたからだろうか。

 

「でもさ、ぱっと見ヒッキーだって分かんないよ。なんかガタイ良くなってるし、あとロン毛」

 

 ムッキーは鍛練の賜物、ロン毛は煩忙の賜物。散髪を忘れるぐらいに働いんてのかよ俺、ダンジョン探索者の鏡だな。

 実際は富津に美容院が無いだけだが。

 

「ヒッキーは魔物博士なんだよね? 筋肉必要なの?」

 

「あのな、小町から何て聞いたか分からないが、俺は……」 

 

 不意に言葉を切ってしまった。

 俺って今ダンジョン探索者なんだ~って言ってしまえば、優しい由比ヶ浜に無駄に心配を掛けそうだ。

 

「どうしたのヒッキー?」

 

 迷う事は無い筈だ。ダンジョン探索者は確かに誰でも成れるし、民度も低いし、死亡率も高い。だが、現代の世界経済を最も支えてるのもダンジョン探索者だ。運が良ければ一発当てる事だって可能。なので世界一夢のある職業と言っても過言じゃない。

 

「誰にも言うなよ。俺は今ダンジョン探索者やってんだ」

 

 俺が探索者をやってるのが余程意外なのか、由比ヶ浜は数秒の間目をパチクリすると、悲しそうに尋ねてくる。

 

「ねえヒッキー……ダンジョン探索者って凄く危ないんじゃないの? その……借金とか有るならお金貸すし……」

 

 どうやら宜しくない勘違いをしてるようだ。勘違いするのも無理ないけどな。探索者の中には莫大な金銭的負債を抱えて、ダンジョンアタックを決め込む奴が少なくない。そう言う奴に限って早々に命を散らすらしいがな。

 

「俺に借金は無い、勘違いすんな。ネガティブな理由で探索者をやってる訳じゃないんだ。あとお前、簡単に金を貸すとか言うなよ」

 

「じゃあ何で……」

 

「アレがアレでアレなんだよ。だから心配すんな」

 

「アレばっかで分かんないよヒッキー……」

 

「端的に言えば扶養家族が多いんだよ」

 

「えっ!? ヒッキー結婚してるの!? それなら早く言ってよヒッキー、おめでとう!」

 

 環境的にはぼっちでは無いけど独身だわ。もう俺は平塚先生を笑えないんだよ。

 

「結婚してねえよ。その……何て言うか、ペット枠が多いんだ」

 

 言葉の意味が分からないのか、由比ヶ浜はキョトンとしている。

 俺もイマイチ分からないよ、魔王や獣人や宝箱をペットと呼んでいいのか。

 

「俺の事はいいんだよ、それよりもサブレが暴れ出した経緯を詳しく聞かせてくれ」

 

「小町ちゃんもそうだけど、ヒッキーも信じてくれるんだ」

 

 確かに、普通なら信じられない話しだろうな。だが小町も俺もカマクラが若返ったって前例を知ってる。

 

「探索者をやってると、似たような話しが偶にあんだよ」

 

 由比ヶ浜は一瞬困惑するような表情を見せると語り始める。

 

「えーとね、昨日なんだけど……」

 

 サブレが若返って暴れ出したのは昨日。原因は不明で場所は由比ヶ浜の実家。

 由比ヶ浜は経営者である旦那さんと一緒に、一週間前から大阪に出張中だった。その為サブレを実家に預けたと。

 だが、両親からヨボヨボだったサブレが若返って暴れ出したと連絡を受けた由比ヶ浜が今日の朝、単身で千葉に帰ってきたとの事。

 幸いな事に両親の身に怪我は無く、現在近くのホテルに避難中らしい。

 小町に相談した理由は、SNSに『愛犬が若返って暴れ出したんですけど、誰か原因が分かる方いますか?』って投稿したら、相互フォローしてる小町が反応したそうだ。で、最終的に小町から俺がそう言った事に詳しいから、俺の方に相談した方が早いって言われたと。

 

 本当にこの案件が俺に流れてきて良かったと思う。他の探索者ならサブレを始末すると言う選択しか取らないだろうからな。

 だが、確約は出来ない。万が一の為に、由比ヶ浜に覚悟を持たせた方が良いだろうな。

 

「由比ヶ浜、心して聞いてくれ。最悪の場合サブレを…………始末する」

 

 言いたくない言葉をどうにか振り絞った。言葉を選ぶべきだったかもしれないが、こうなった以上はぐらかしても意味がない。

 

「っ!! そんな!! ヒッキー冗談言わないでよ!?」

 

 向かい側に座ってる由比ヶ浜は顔を悲しみに染め、悲痛の声をあげる。

 

「冗談でこんな事言わねえよ。取り敢えず落ち着け、店内だぞ」

 

 周りを見るように目配せをすると、由比ヶ浜は僅かに落ち着きを取り戻して再度席に着いてくれた。

 

「始末するのはあくまで最終手段だ、サブレを元に戻す算段はある。ただ、世の中に絶対は無いってだけだ」 

 

 カマクラは多分【招福】のお陰で変異に適応した。タマエは近くにカマクラが居たから変異に適応した。

 だがサブレは違う、適応に失敗して既に暴走状態なのだ。俺がしようとしてる事で解決出来るとは限らない。

 

「お願いヒッキー……サブレを助けて……もうあたしにはどうしようもないの……大事な家族なの……どうすれば良いのかもう分からないよ……」

 

 由比ヶ浜は藁にも縋る思いで懇願する。

 彼女の目からぽたぽたと机に落ちる大粒の涙は、俺に何度も「助けて」と訴えかけていた。 

 女性を泣かせるなんて、久しぶりに小町からごみぃちゃんって言われそうだな。

 

「おい由比ヶ浜、お前は今まで俺の何を見てきたんだよ」

 

「…………?」

 

 ニヤリとしながら言ってやると、由比ヶ浜は訳が分からないと言いたげな表情で見つめてくる。

 分からないなら、もっとドヤリながら言ってやるよ。

 

「木炭クッキー、テニス、チェーンメール、夜中にバイトする不良娘の更生、小学生のいじめ問題、修学旅行でのカースト上位グループの崩壊阻止、あざとい生徒会長の説得、様々な難題に大貢献してきた男だぞ」

 

 貢献ってより解消の方が多かった気がするけどな。そんな過去の細かい事どうでもいいか。

 それに奉仕部部長ならこう言うに違いない。  

 

「元奉仕部として、その依頼受理します。由比ヶ浜さん、貴女の大事な家族は必ず助けるわ」

 

「ヒッキー……ゆきのんモノマネ上手いね……でもちょっとキモイ」

 

「もっとキモイの見せてやるよ……せんぱ~い、わたし今日暇じゃないですかー、だから先輩には荷物持ちさせてあげます♪」

 

 俺の会心のモノマネがツボったのか、由比ヶ浜は吹き出した。 

 個性的な知り合いが多くて良かったわ。因みに最近だと俺のモノマネレパートリーにルーメリアも加わったぞ。

 

「ありがとうねヒッキー、励ましてくれて。それとあたし、もう木炭じゃないから」

 

「なん……だと……!?」

 

 あの由比ヶ浜がまともなクッキーを作れるようになっただと!? カマクラが進化して二足歩行になった時と同じぐらいの衝撃ですわ!

 

「驚き過ぎだし! ゆきのんもはーくんも美味いって言ってくれたもん」

 

 雪ノ下のお墨付きなら信用出来るな。あれ、はーくんって俺かな? いや旦那さんか。一瞬でも勘違いしたせいで超恥ずかしいです!

 旦那さんで思い出したが、由比ヶ浜は既婚者。つまり人妻。人妻って響きエロいよな。やっべ、途端にガハマさんがエロく見えてきましたわ! イケないイケない、煩悩滅却! それと、

 

「人妻滅却」

 

「人妻って……ヒッキー、エッチな事考えてるでしょ!?」

 

 コイツ分かってねえな。エッチな需要があるから人妻と言うジャンルがあんだよ。言わば、世の中には背徳感を味わいたい変態さんが多い。まあ俺には人妻に手を出すなんてチャレンジングな趣味は無いけどな。精々夜中にコッソリとアレなフィクションを見るのが限界だ。

 

「それよりサブレだ。早く終わらせようぜ」

 

 昔話と世間話もそこそこに、俺達はサブレが立て籠もってる由比ヶ浜の実家へと向かうべく店を発った。 

 

♢ ♢ ♢

 

 由比ヶ浜に案内してもらい、由比ヶ浜の実家であるマンションの部屋前に到着した。

 にしても久しぶりに来るな。昔、小町の受験合格をお祝いする為にここでフルーツタルト作ったのはいい思い出だ。試食で由比ヶ浜とガハママにあ~んして貰ったっけ。っべー、今思うと超リア充じゃん俺。あれが俗に言う親子ドーン!

 

「由比ヶ浜。今から見るモノ、俺がする事は絶対に口外しないでくれ。小町しか知らない事なんだ」

 

「う、うん……」

 

 柄にも無く俺が厳かな雰囲気で言ったからっか、由比ヶ浜はただコクリと頷く。

 周りに俺達以外いないのを確認して、【モンスターブック】を呼び出す。

 

「来いカマクラ、ルーメリア、タマエ」

 

 三枚のページをタップすると、光に包まれた三体の従魔が目の前に顕現する。

 

「ニャ~」

「眠いですわマスタ~」

「あるじ様眠~い」

 

 欠伸したり目を搔いたりで、本の中でぐっすり寝てたみたいだな。

 

「ダンジョン攻略で疲れてる所で悪いが、急ぎの仕事だ。これより魔獣化したかもしれない犬を取り押さえる」

 

「まんじゅう化?」

 

「魔獣化ですわタマエ。貴女とカマクラさんも魔獣化した獣ですのよ」

 

「あ、強くなった動物さんがいるんですね! あるじ様、わたし頑張ります!」

 

「さっさとその犬とやらを捕まえましょう。眠いですわ」

 

 取り敢えず納得してくれたようだ。仕事熱心で何よりだよ。

 

「…………ってヒッキー!? 女の子と熊が本から出て来たよ!? それに、この熊どっかで……」

 

 やっと由比ヶ浜がフリーズ状態から再起動した。一般人がこんな光景を見たら当然驚くよな。

 それに図体がデカくなったせいでカマクラを熊と勘違いしてるらしい。確かに熊に見えなくも無いな……。

 

「あー由比ヶ浜、紹介するわ。このチャーミングな女の子達がヴァンパイアのルーメリアと、狐獣人のタマエだ。それと見てくれが昔とちょっと変わったが、熊じゃなくて飼い猫のカマクラだ。詳細は省くがコイツらはダンジョン探索を手伝ってくれてんだ」

 

「ニャニャ、ニャッ」

訳:よっ乳、久しぶり

 

「ひっ!?」

 

 カマクラが手を振って久しぶりの挨拶をすると、驚いた由比ヶ浜が俺の後ろに隠れてしまった。

 当たってる。背中に人妻の柔らかいモノが当たってる! これが背徳感ならぬ背得感!

 あとカマクラ、由比ヶ浜を乳呼ばわりすんな。お前はカカロットかよ。

 

「カマクラって、本当にヒッキーのあの飼い猫!?」

 

「むうぅ、あるじ様鼻の下伸びてます……ヤッパリ、アルジサマハ、デカイノガスキ」

 

「この女……思い出しましたわ、奉仕部とやらのおっぱい女ですわ! マスターは何デレデレしてるんですの! 離れなさい!」

 

「落ち着けってお前ら。由比ヶ浜はひとづ……既婚者だから俺とは何もねーよ。ただの友人だ」

 

 あっぶね、また人妻って言う所だったわ。

 由比ヶ浜は「可愛い!」って言いながら興味深そうに従魔に近づく。

 

「ねえねえ、あたしおっぱい女じゃなくて由比ヶ浜結衣。ゆいゆいって呼んでね、よろしく!」

 

 出たよリア充スキル【スマイルコミュニケーション】。効果は相手の連絡先を手に入れやすくなる。副次効果として男子は勘違いと言う状態異常を起こす。

 

「ふっん、わたくしに気安く話しかけないで欲しいですわ」

 

「あのね、わたしタマエ! 初めましてゆいゆいお姉さん!」

 

 ルーメリアがそっぽを向く一方、タマエは元気良く挨拶する。

 タマエは良く出来た子だ、お兄ちゃん感激。

 

「ほら、ルーメリアもツンツンしてないで初めましてしなさい」

 

「仕方ないですわね、わたくしは気高くも美しいヴァンパイアクイーンのルーメリアですわ。マスターがどうしてもと言うので宜しくしてあげますわユイガハマとやら」

 

「わー、タマエちゃんもメリメリもお人形さんみたで凄く可愛いね!」

 

 メリメリって……。相変わらずネーミングセンスが壊滅的だ。

 

「メリメリじゃないですわ、ルーメリアですの!」

 

「由比ヶ浜はアホの子だから諦めろ、ルーメリア」

 

「あ、久しぶりにアホって言った! ヒッキーのバカ!」

 

「ふむふむ、アホなら仕方ないですわね」

 

「メリメリ納得しちゃうんだ!?」

 

「ゆいゆいお姉さんっておバカさんなの?」 

 

「ち、違うよタマエちゃん。ヒッキーとゆきのんが頭良いだけだから……多分」 

 

 もうちょい自信もてよ由比ヶ浜。仮にもお前お茶の水女子大学卒だろ。偏差値で言うと確か55から60ぐらいか。

 そう言えば昔、大学一回生の時に由比ヶ浜に招待されて、雪ノ下と一緒に茶の水大学の文化祭に行ったっけ。女子大生がいっぱいキャピキャピしてたわ。

 キャピキャピしてる女子大生をガン見してたら、雪ノ下の機嫌がブリザードになるまでがセットな。

 まだあるぞ、怖いお兄さんに絡まれた俺を雪ノ下が合気道で助けてくれた。ゆきのんマジイケメン。

 

「お前ら挨拶はもう充分だろ。作戦を聞いてくれ、由比ヶ浜がドアを開けたらタマエが部屋中に結界を掛ける。次にルーメリアが【魔力感知】でサブレ……犬を索敵したら、カマクラが力づくで取り抑える。由比ヶ浜は危ないからタマエの近くに居てくれ」

 

 作戦に納得した従魔達が頷く。

 

「あのヒッキーが別人みたい……」

 

 あのヒッキーって、どんなヒッキーだよ。俺ってそんなリーダーシップ無かったっけ。うん無かったわ。そもそもリーダーとは無縁の人生だったからな。でも代表者として土下座するだけなら得意だぞ。土下座が得意とか俺ってリーダー適正あんじゃんね?

 

 由比ヶ浜はポケットから鍵を取り出してドアに刺す。

 

「開けるよ……」

 

 決意を込めて由比ヶ浜が家の玄関を開けると、俺達は即座に突入を果たす。

 

「今だタマエ、結界を部屋中に張れ!」

 

「結界術・堅牢陣!」

 

 これでお隣さんに迷惑はいかないだろう。

 家の中は確かに、獣が暴れた形跡が見て取れる。

 ただ、静か過ぎる。

 暴れてるって聞いたからもっと騒がしいかと思ったんだが……。

 

「マスター、その部屋の中にいますわ!」

 

 ルーメリアが指差すのは由比ヶ浜の部屋。あの中にサブレがいるのか。

 

「……本当に昔のまんまだな」

 

 部屋の中に入ると、由比ヶ浜のベットの上にサブレがいる。

 見た限りだと若返ってはいるが、凶暴化してるようには見えないんですけど……。

 

「ニャァァン!」

 

「待てカマクラ!」

 

「ワンワン」

 

 尻尾を振りながらキラキラな目でサブレは俺に近づいてくる。

 

「ワン……ガルゥゥゥ……ガル……!」

 

 だが、俺に近づく途中で急にサブレが藻掻き苦しみだした。

 一体どうなってる? さっきまで理性が残ってたのか?

 

「マスター! これを見るんですの!」

 

 ルーメリアが【鑑定勇者の髑髏水晶】をサブレに向けていた。

 

「これは……っ!?」

 

ネーム:サブレLv1

種族:???

状態:暴走

スキル

【聖炎魔法】

 

ステータス

生命力:200/170

魔力量:450/450

筋力 :+1000↑

耐久力:+1000↑

敏捷力:+1000↑

知力 :+1000↑

 

 ?ってなんだよ、ダックスフンドじゃねえのかよ。きっと変異に失敗したからに違いない。

 それにこの矢印はなんだ? 暴走状態のせいで、生命力を削りながら補正値を上げてるのか? 

 だとしたら予想以上に危険だ。

 

「ガルゥゥゥ……!!」

 

 サブレは獰猛な声を上げると共に光輝く炎を纏いながらコッチに突っ込んできた。

 しまった! 油断した!!

 そう思った瞬間──カマクラが腕を振り切って、強引にサブレを弾き返してくれた。

 マジ死ぬとこだったぞ……。

 危機を脱した俺は後ろへと飛び退いて、カマクラとルーメリアに対してスキル【従魔・火耐性付与】を発動する。

 

「これで少しは戦い易いだろ」

 

「手加減してあげますわ。操血魔法、ブラッドバレット!」

 

「ガルゥゥゥ!!」

 

 サブレの前に赤き魔法陣が現れる。血の弾丸に対して、魔法陣から無数のファイヤーボールが発射された。

 血の弾丸と火の玉が勢い良くぶつかり合って、破裂音が響き渡る。

 魔法が使える犬とかヤバ過ぎだろ。それとルーメリア、本当に手加減する気あんのか。

 

「カマクラ、多少のダメージは与えて良いから力づくで取り押さえろ!」

 

「ニャァァ!」

 

「ガルゥゥ!」

 

 二匹は突撃をかまして、互いの額を衝突させ合う。

 指示を飛ばしておいてなんだが、この二匹が戦う光景なんて見たく無かったよ。

 

「ニャ! ニャー!」

訳:久しぶりだなワン公! あの時の弱い猫だと思うにゃよ!

 

「ガルッ!?」

 

 額による衝突でサブレが壁へと吹っ飛ばされた。

 お前ら、どんな因縁があんだよ……。アレか、遊戯と海馬みたいに前世からの因縁でもあんのか。

 いや、昔サブレを預かった時に追い掛け回されたのを、カマクラが根に持ってるだけに違いない。

 

「今ですわ! 操血魔法、トリプルブラッドチェーン!」

 

 血の鎖が三本、サブレを捕らえた。

 やっと捕まえ……はっ!?

 サブレは全身を発火させて鎖を焼き切った。

 強い。ルーメリアとカマクラが手加減してるとは言え、中々に手強いぞ。

 

「ニャァァ!」

 

「ガルゥゥ! ガルゥゥゥゥゥ!?」

 

 カマクラがサブレの頭を地面に叩きつける形で抑え込んだ。

 全身を発火させる事でサブレはカマクラにダメージを与えようとするが、耐性バフの掛かってるカマクラには大してダメージは入って無い様だ。

 もうゲームセットだ。カマクラに物理的に抑え込まれたら流石になす術は無いだろ。

 俺は抑えを解こうと暴れるサブレに近づく。

 

「カマクラ、そのまま抑えててくれ」

 

 サブレ……車に轢かれそうになったり、暴走状態になったりで、お前っていつも悲惨な目に会ってばっかだな。

 しかも何故かいつも俺が立ち会ってる気がする。

 俺もお前もそう言う星の元に生まれたのかもな。

 

 空間収納から魔石を取り出して、魔力を流し込む。

 上手くいくなんか分からない。例えこの方法が上手く行かなくても根性と気合で助けてやるよ。

 俺が使う魔石は中サイズの魔石。サブレが食べた魔石は小サイズ以下だと仮定している。だから、上書きして再度変異させてやるよ!

 カマクラの手の下で暴れるサブレの口を強引に開けて、魔石をねじ込んだ。

 頼む、上手くいってくれ! コイツは俺の数少ない友人である由比ヶ浜の大切な家族なんだよ!

 

「がるぅぅ……クゥーン……!? ガルゥゥゥゥゥ!!」

 

「……っ!?」

 

 一瞬落ち着きを取り戻したかと思ったが、直ぐに暴れ出した。

 何故だ、何故上手くいかない!? こうなれば契約してでも正気にしてやるよ。

 

「テイム!」

 

 ビッ、と弾かれた。

 テイムも上手くいかないのかよ!?

 

「チッ、テイム!」

 

 まただ、また弾かれた。

 ここまで来たら魔力が尽きるまでやってやるよ!!

 

「クソッ! テイムテイムテイムテイムテイムテイムテイムテイム!!」

 

 なんか……段々と視界がぼやけてきた……これがマジックフローなのか……大口叩ておいてこのザマかよ……。

 いや違う……! まだだ! 魔力を振り絞ってでもテイムで正気に戻してやる!

 

「てい……」

 

「もうやめて、ヒッキー!」

 

 意識があやふやな中、肩に優しく手を置かれた気がした。

 

「由比ヶ浜……一体何を……」

 

「もう大丈夫だから。ねえ、えーとカマクラで良いんだよね?」

 

 カマクラは由比ヶ浜の真剣な表情に対して、静かに頷く。

 

「サブレを放して貰えないかな、お願い」

 

「にゃぁ……」

 

 どうして良いのか分からないカマクラが、俺の方に視線を向けてくる。

 

「由比ヶ浜、危ないからあっち行ってろ。俺がどうにかするから」

 

「違うのヒッキー……なんて言って良いのか分からないけど、多分コレはあたしがやらないと……いけない気がするんだ」

 

 これ以上テイムを掛けても上手くいかないのは目に見えてる。正直言って千日手だ。

 でも、だからと言って由比ヶ浜に任せるのは危険極まりない。野蛮な狼に子羊を差し出す様なもんだからな。

 

「やっぱダメだ。根拠が無い以上、お前に任せる事は出来ない」

 

「ヒッキー、ありがとう。いつもヒッキーにはサブレを助けて貰ってばっかだよね。でもね、今回はあたしも手伝いたいの。だって……だってサブレは大切な家族だから!」

 

「……」

 

 家族か……。家族がいる身としてはその気持ちが痛い程に分かるわ。

 きっと俺も由比ヶ浜と同じ立場なら自分の手で何かをしようとするに違いないしな。

 なら賭けてみるか、家族愛ってやつに。

 

「カマクラ……手を退けてやれ」

 

「がるぅぅ……がるぅぅ……!」

 

 カマクラが抑えてた手を退けると、サブレはこちらに虚勢まがいな威嚇をしながら立ち上がった。

 サブレの方も体力が僅かなようだな……。このままだとサブレが死んでしまう。

 

「サブレ……あたしだよ、ゆいだよ」

 

 由比ヶ浜は威嚇するサブレに、優しく語り掛けながら近づいて抱き抱えたが、

 

「……っ!! 痛い……」

 

 サブレが由比ヶ浜の肩に牙を立てた。由比ヶ浜の肩からは大量の血が流れて、床にポタポタと零れる。

 

「由比ヶ浜!」

 

 だが、由比ヶ浜はサブレを離す事無く、片手で俺に対してストップのジェスチャーを送る。

 

「ねえサブレ、覚えてる? 初めて家に来た時の事。中々トイレの場所覚えてくれないし、何でも口に入れるやんちゃさんだったから凄く大変だったんだよ?」

 

 由比ヶ浜はただ家族に優しく語り掛け続ける。

 うんうん、カマクラも子猫の時は大変だったわ。特に風呂。やっべ思い出すとちょっと泣きそう。

 

「あたしがさ、学校でイヤな事があった時はいつも慰めてくれたよねサブレは。でもやっぱあたしって、ダメダメな飼い主なのかな……。いつもサブレに支えて貰ってるのに、肝心な時はヒッキーがサブレを助けてくれるんだもん」

 

 血が流れ落ちてゆく中、由比ヶ浜はそれを気にもしない。

 俺は肝心な時に運悪く居合わせてるだけだ由比ヶ浜。間違いなくサブレにとって一番なのはお前だぞ。

 

「お願いサブレ……行かないでよ……あたしはどうなっても良いから……だから……だから、生きて幸せになってよサブレ!」

 

 切なる願いの籠った涙が床に零れた血と混じりゆく。由比ヶ浜の顔からは血が流れ過ぎた故か、生気が薄らいでいる。

 おいおい、そろそろ由比ヶ浜ヤバくないか? 

 

「マスター、あの女はもう限界ですわ! 死んでしまいますわよ!」

 

「由比ヶ浜、それ以上はもうダメだ!」

 

 俺が急いでサブレを由比ヶ浜から引き離そうとした時だった、

 

「クゥーン……ワン」

 

 サブレが慰める様に由比ヶ浜の涙を舐めとった。

 これは、一体……元に戻ったのか……?

 

「……なっ!!?」

 

「サブレ!?」

 

 サブレが突然と眩い程の輝きを放ち出した。

 これは……!! 変異の輝きだ!

 

 次第に輝きは収まってゆく。

 

「噓だろ、本当にサブレか……」

 

 光の中から現れたのは、真っ白な体毛の上に所々に赤い紋様を浮かべる犬。

 和風ファンタジーに出てきそうな犬? いや、狛犬って表現の方が正しいな。

 

「サブレ……サブレ!! 良かっ……」

 

 言い切る途中で由比ヶ浜がバタン、と倒れてしまった。

 ちょっとガハマさん!?

 俺は急いで空間収納からダンジョン遠征用に買った、とっておきのポーション──ハイポーションを取り出して、由比ヶ浜の口に突っ込んだ。人妻相手にこの絵面はちょっと嫌なんですけど……。

 

「コイツおっも……」

 

 由比ヶ浜を抱えて、ベットの上に降ろす。どこにとは言わないが、余分なモノがあり過ぎじゃないですかガハマさん。

 取り敢えず五分もすれば目覚めるだろ。知らんけど。

 

♢ ♢ ♢

 

「あたし何で……ってサブレ!」

 

 起き出した由比ヶ浜が混乱している。

 予想よりも寝てたな。どんだけ血を流したんだよ。

 まあその血はルーメリアが操血魔法で吸収したんだけどね。

 

「やっと起きたか。ほれ、サブレならこの通り超元気だぞ」

 

「ワンワン、クゥーン」

 

「サブレ! 本当にサブレだ~若返って偉いね! ちょっと~くすぐったいってばサブレー」 

 

 サブレも由比ヶ浜に会えて余程嬉しいのか、顔を舐め回してる。

 由比ヶ浜がサブレの見た目の変化を気にして無いようで良かったわ。

 

「にゃ~」

訳:俺の方が偉いし

 

 お前はどこに対抗心燃やしてんだよ。

 

「昔はお前も、ああやって良く俺の顔を舐めてたんだぞ」

 

 俺の言葉が気に障ったのか、カマクラが俺の腕を絡め取ってきた。

 え、何やってんのコイツ!?

 

「ちょっとカー君!? 痛い、痛いってば!」

 

 ウチの猫はどこで十字固めなんか覚えたんだよ!!

 あ、モフモフ気持ちいい……やっぱ痛いわ!

 

「ギブ、ギブギブ! 帰りに高級ツナ缶買ってやるから!」

 

「ミャッ」

 

 分かれば良いんだよ、と言いながら離してくれた。

 もう飼い主の座はお前にやるよ。

 

「ヒッキーとカマクラって凄く仲良いんだね!」

 

 今のをどう見たら仲良く見えんだよ。完全に狩られてる人間だったぞ。

 サブレが元気になってめでたしめでたし、って終わらせたい所だが……。

 

「なあ由比ヶ浜、注意事項と聞きたい事があるんだ。大丈夫か?」

 

 サブレの今後についての事だと察したのか、由比ヶ浜は不安そうに頷く。

 

「先ず、サブレが若返ったのはこの魔石って言うのを飲み込んだのが原因だと思う。何か心当たりはあるか?」

 

 由比ヶ浜に魔石を見せながら質問するが、返ってきた返事はノーだ。

 今回は由比ヶ浜とサブレだから協力したが、今後赤の他人のペットにこんな事が起きても一々助けてられないぞ。

 俺が知らないだけで、世界中でサブレと同じ事例が起きてる可能性だってあるのか……。

 

「うーん、パパとママにも聞いてみるね。この一週間サブレと一緒にいたのパパとママだし」 

 

「分かった、後日で良いから連絡をくれ。因みに、ご両親はダンジョン関係の仕事とかしてるか?」

 

「ママは専業主婦だし、パパの口から魔石なんて聞いた事無いし……仕事は関係無いと思う……」

 

「そうか……じゃあサブレについてなんだが……薄々分かってると思うが、サブレは魔獣化してる、要するに魔物。もう犬じゃない」

 

「やっぱり、そうなんだ……でもさでもさ、何か問題あるの?」

 

「魔物は魔石を食う必要があるんだ。定期的に魔石を与えないと、本能に従って勝手にダンジョンに行きだすぞ」

 

「ダンジョンって、そんな……」

 

 どうやら由比ヶ浜はダンジョンと関わりたくないようだ。分かるぞ、普通は関わりたくないよな。 

 あれ、魔石って買えたっけ?

 ここで俺はスマホを出して、魔石の値段を調べる。

 げっ、極小サイズの魔石でも平均市場価格1000円かよ!? 売値だと100円なのによ……。

 

「アレだ、コストは掛かるが魔石は買えるぞ……」

 

 途端に由比ヶ浜の顔が明るくなった。まあ由比ヶ浜は働いているし、オマケに社長夫人だし大丈夫だろ。俺も社長夫人になりたい。

 て事で由比ヶ浜の旦那さん、後は任せました!

 

「それじゃあ、俺はお暇するわ。ゆっくり休めよ」

 

「待ってヒッキー!」

 

 立ち上がろうとしたら、袖を思いっきし引っ張られた。

 

「近いって、これだと俺が間男みたいだろ」

 

「まおとこ?」

 

 ちょっと奥様、間男の意味ぐらい知ってなさいよ!

 

「愛人の男版ですわユイガハマとやら」

 

 壁際で由比ヶ浜の部屋にあった少女漫画を読んでるルーメリアが指摘してきた。

 静かにしてる思ったら花男読んでたのかよ。

 

「愛人って……ヒッキー最低!」 

 

「俺が悪いのかよ!?」

 

「あるじ様、間男メッ!」

 

 なんか寝てたタマエまで眠そうな目で、起き出したんだけど。ってもう日が昇り始めてるのか。

 

「大丈夫だタマエ、お兄ちゃんはタマエ一筋だ。だから間男なんかじゃない」

 

 タマエの頭を気持ち良くなでなでしてる俺を、由比ヶ浜は何故か引きつった顔で眺めてる。

 

「ヒッキーって……ろりこん?」

 

「ちげーよ。シスコンと言え」

 

「相変わらずシスコンなんだ……」

 

「で、何だよ由比ヶ浜。俺早くホームカミングしたいんだけど。あと眠い」

 

 よくよく考えたらダンジョン遠征から帰宅したばっかだったわ。あれめっちゃ働いてるじゃん俺。

 

「あのねヒッキー、今回も助けてくれて本当にありがとう。ぽーしょんだっけ?高いんでしょ。あとヒッキーって探索者だからお金をちゃんと払いたいな~って思って」

 

 成程、確かに探索者に何かしらの仕事を依頼する場合は金銭的報酬を用意しなければならない。

 ただ、個人的な本音としては由比ヶ浜と金銭的なやり取りなんかしたくない。

 

「…………気にすんな。俺はEランク探索者だ、Eランクは素人みたいなもんなんだよ。プロじゃないから金は必要ない」

 

 だが、屁理屈で逃げようとする俺を由比ヶ浜は逃がさない。腕を強く握ってきた。

 

「ダメッ! それじゃあダメなんだよヒッキー……あたし達もう大人なんだから、こう言う事はちゃんとした方がいいと思うんだ……それに無償だとヒッキーの仕事に価値が無いみたいでイヤ」

 

 優しく、それでいて悲しいような声で諭してくる。そうか、俺もお前もいい歳した大人なんだよな……。

 

「由比ヶ浜……」

 

 俺はきっと、由比ヶ浜から対価を受け取る事が怖かったんだ。受け取ってしまえば友人関係が壊れるんじゃないかと勘違いしていた。

 心のどこかで由比ヶ浜をあの頃の少女として扱う事で俺は安心感を得ていただけかもしれない。

 それに……八年振りにあった由比ヶ浜は、血を流しがらも家族を助けた。本当に芯の強い女性だと思う。

 ったく由比ヶ浜、お前クソカッケーじゃねか。

 

「わーったよ。お前に使ったポーション代、交通費、依頼代金を適正価格で請求してやるから後悔すんなよ。後日メールを送る」

 

「うん! 任せて。ちゃんと払うから」

 

 よし、一件落着って事で。

 

「ほら、お前ら帰るぞ」 

 

「ちょ、待つんですわ! 今わたくし、道明寺のせいで胸がキュンキュンですのよ」

 

 どんだけ花男に入れ込んでんだよ……。

 

「ヘーメリメリって不良系が好きなんだ、ヒッキーと逆じゃん」

 

 何でそこで俺が出てくんだよ。

 

「ワンワン!」

 

「サブレ、どうしたの……?」

 

 さっさとルーメリアが読み終わんねえかな~って思ってたら、何故かサブレが俺のズボンの裾を激しく引っ張ってきた。

 まさかコイツ、カマクラに吹っ飛ばされた恨みを俺で晴らすつもりか……。

 

 一発ぐらいなら仕方無いかと思ってたら、由比ヶ浜がサブレを抱えだして、とんでもない事を聞き出した。

 

「ねえサブレ……もしかしてヒッキーっと一緒に行きたいの?」

 

「ワンワン、ワフーン」

 

 サブレは尻尾をフリフリしながら盛大に頷く。

 

「…………どうしようヒッキー」

 

 え、何この展開。現在、鎌谷幕府は正社員もバイトも募集して無いよ。

 それとガハマさん、俺にキラーパスしないで。お子さんの進路はご家庭でどうにかして!

 

「ワンワン」

 

「無理だサブレ、こっちは毎日が命懸けだ。無理して危険な世界に来る必要は無い」

 

 だがサブレは引き下がらない。俺の裾を引っ張り続ける。

 これは参ったな……。

 

「ヒッキー、多分だけどサブレは恩返しがしたいんだと思う……」

 

「待て待て、お前は良いのかよ。ダンジョンだぞ、いつ死ぬか分からないんだぞ!」

 

「あたしだって本当は超イヤだよ! でも、サブレの気持ちも分かっちゃうんだ……それに、ヒッキーが言ってた魔物の本能じゃないの? ここで引き離すと勝手にヒッキーを探しに行っちゃう気がするし……」

 

 正直言って由比ヶ浜の言ってる事は的を射ている。

 サブレは知能が高くなった。置いて行かれたと気づいたら、俺を探しに家出する可能性が高い。下手をしたら迷子になって、探索者の標的になりかねないってのも厄介だ。

 

「…………サブレ、本当に覚悟はできてるのか? 死ぬかもしれないぞ?」

 

「ウオーン!」

 

「ちょ、アッチ!?」

 

 体を発火させて決意表明してきやがった。コイツやる気満々じゃねえか。

 サブレがやる気に満ちてるのは、この際良しとしよ。問題なのは由比ヶ浜と引き離してしまう事だ。流石に不憫過ぎる。

 一体どうすれば良い、月一で会わせるか? だが、既婚女性と年に何回も2人っきりで会うのは、世間体が悪すぎる。旦那さんにも来てもらうか? それはどちらかと言うと俺が気まず過ぎる。由比ヶ浜には二回もコクられた過去があるからな。

 

 悩んでたら一つの光明が見えたが、その光明は俺の尊厳に関わるモノだった。

 うぅ、由比ヶ浜に悲しい思いをさせない為にも、もうこの手しかないか……。

 

「…………由比ヶ浜、今から話す事は絶対の絶対に誰にも言うなよ」

 

「うん? なになに?」

 

「じ、実は……」

 

 俺は鎌谷幕府の事を話した。

 投げ銭を貰い過ぎて後に引けなくなった事。

 嫁ニキなんてふざけたあだ名で呼ばれてる事。

 仮面を付けて、義経と言う名義で活動してる事。

 これなら週一でサブレに画面越しで会える事。

 

「登録者12万ってヤッバ!? これ凄いよヒッキー! まさかあのヒッキーが配信者なんて、あたし感動なんだけど!」

 

「頼むからお前、コメント欄にヒッキーとか書き込むなよ……」

 

 サブレが毎週見れるのが楽しみなのか、由比ヶ浜は興奮した様子で「任せて」と言う。

 親しい知り合いの中で一番、由比ヶ浜の「任せて」が怖いんですけど。次に小町。

 やっべ、今後アホの子ツートップのコメントに気を張らなきゃイケないのかよ。

 もういいや、この件に関しては月曜の俺に任せよ。て事で頑張れ月曜の俺。

 今はやるべき事が他にある。

 

「来い、サブレ」

 

 サブレを呼ぶと、上機嫌に尻尾をフルフルしながらこちらに来た。

 俺はサブレの頭の上に手を置き、契約を結ぶ。

 

「これから宜しくな。サブレ」

 

 ……あれ、テイムは上手く行ったのにレベルアップしない。そう毎度都合良くアップしないか。

 

 確認するべく【モンスターブック】呼び出す。

 

ネーム:サブレLv1

種族:照狼

スキル

【聖炎魔法】

 

ステータス

生命力:200/200

魔力量:450/450

筋力 :+180

耐久力:+120

敏捷力:+310

知力 :+230

 

 oh……照狼って……マジでダックスフンドどこ行った。

 飼い主が陽側の人間だから、ペットも陽属性なのか?

 流石はファンタジーの混じった現代社会と言った所か、ミラクルしか起きねえな。 

 

 視線をルーメリアとタマエに移すと漫画を読みながらウトウトしてたので、サブレ以外の従魔全員を【モンスターブック】に戻す。 

 

「皆消えちゃった!?」

 

「本に入れただけだ。それより俺はもう帰るぞ」

 

「本当に今日はありがとうねヒッキー」

 

「気にすんな、仕事をしただけだ」

 

 それだけ言い、俺は目でサブレに由比ヶ浜と別れの挨拶を済ませる様に促す。

 

「ワン……クゥーン」

 

「サブレ元気でね……ヒッキーの言う事はちゃんと聞くんだよ。車にも気を付けてね、月曜日は毎週応援するから」

 

 由比ヶ浜はどこか涙声でサブレに別れをつげる

 今生の別れみたいな言い方だな。サブレが俺達との冒険に満足したら、お前の所に戻ると思うぞ。

 別れの挨拶を一通り済ましたのを確認した所で、俺はサブレを本に入れた。挨拶が長引いても辛くなるだけからな。

 

 俺達は由比ヶ浜の実家を発った。道の途中まで世間話やら昔話に話を咲かした。

 

「じゃあまたね、ヒッキー! サブレをよろしくね!」

 

「またな、由比ヶ浜。サブレの事は任せろ」

 

 由比ヶ浜の背中が見えなくなった所で、俺は澄み渡った空を見上げる。

 由比ヶ浜の奴、気を遣ってくれたのか雪ノ下の話は全くしなかったな……。  

 

「叶うなら……三人で会いたいな」

 

 叶わぬ願いを空へと飛ばす。

 今更どんな顔して会えば良いんだって話だ。あんな酷い事言っといてアイツに会わせる顔なんて無い。

 大層な願いなんか抱かずに富津で慎ましやかに生きよう、そう思いながら駅へと向かった。

 

 

 

 後日談だが、サブレ若返りの原因が由比ヶ浜からの連絡によって分かった。

 由比ヶ浜の親父さんが御守り代わりに持ってた魔石をサブレが飲み込んだ。どうも最近、魔石を御守り代わりとして持つジンクスが10代から20代の間で流行ってるらしい。

 因みに、由比ヶ浜の両親から感謝の電話が来たわ。

 特にガハママさんが中々電話を切らしてくれませんでしたよ。

 どうやら由比ヶ浜が「魔物博士になったヒッキーが助けてくれた」と誤魔化してくれたみたいだ。

 で、しばらくの間は問題が起きないかの様子を観察する為に、サブレは俺に預けたと言う設定にしたらしい。

 もう魔物博士でいいかな俺……。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

Q.サブレが正気になったのって愛の力?
A.ヒッキーが食わせた魔石の力です……って言いたいですが、愛の力って事にしましょう。
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