sideルーメリア
マスターが死んだ。顔がいつもよりアンデットに近づいてますわ。
朝食の時間になってもリビングに降りてこないので、心配になって部屋に来てみたら、ピクリとも動かない屍がベッドの上にあったんですの。
「あるじ様死んじゃイヤ……グスッ」
「ゴブゴブ……」
訳:旦那の事は忘れねえからな……
「ぷるぷる……」
訳:マスターはいつでも僕達の心の中で生きてる……
「クゥーン……」
訳:悲しいよ八幡……
「にゃー……」
訳:これからは誰がご飯を作るんだよ……
「皆、今後はマスター無しで生きていかねばなりませんわ。気をしっかり持つんですのよ……グスッ」
あんまりですわ、わたくし達を置いて先に逝くなんて。ずっと一緒にいるって言ってくれたのに、マスターの嘘つき。
わたくしの唇を奪った責任も、まだ取って貰ってませんのに。
「騒がしいと思ったら、何でお前らはお通夜モードなの? なにこれイジメ?……ゴホッゴホッ」
悲壮感に包まれた中、屍が苦しそうに声を出した。
マスターが生きてましたわ!
「「マスター!(あるじ様!)」」
余りの嬉しさに、従魔全員でマスターに飛びつく。でも当のマスターは不機嫌気味ですわ。
「おい、やめろお前ら! 暑い、暑苦しいからマジで!」
「にゃー」
わたくし達が離れると次にカマクラさんがマスターにダイブを仕掛ける。
あ、カマクラさんの巨体に覆われて見えないですわ。
「どけ、どけってカマクラ! 重い! ただの風邪だ!」
強引にカマクラさんを退けたマスターが、勢い余って転がるようにベッドから落ちた。
「あるじ様、大丈夫……?」
「大丈夫……だ。すぐに朝飯を作るから待ってろ……ゴホッゴホッ」
覚束ない足取りで、無理に歩こうとするマスター。今日は休んで貰った方が良いですわね。
「ダメですわマスター! 今日は安静にしてるんですの! 後の事はわたくし達に任せて下さい」
「グヘッ!?」
強引にマスターのクビ根っこを掴んでベッドに戻して、毛布を掛ける。これで一安心ですわね。
「なんだよ……ゴホッゴホッ……。じゃあお言葉に甘えて、朝食はカップ麺とかで我慢してくれ」
「フフン。この世界の調理器具は、全て扱えるようになりしましたわ。今のわたくしに出来ない事なんて無いんですのよ」
電子レンジを爆発させたり、コンロがショートしたりで最初は戸惑いましたけど、今となっては科学とやらの調理道具を全て完璧に扱う事が出来ましたわ。
「そう言うお前が一番怖いんだけど……」
またまた〜、マスターったら凄く心配症ですわね。でも、それだけわたくしを愛してるって事ですのね。未来の妃として今日は看病してあげますわ♡
「仕方の無いマスターですわね。今日は特別にわたくしがご飯を作ってあげますわ♪」
「いや……えと……」
あれ? なんかマスターの顔が余計に青ざめてる気がしますわ。期待してた反応と違い過ぎますわね。もっとこう『やっぱりお前が居てくれないと俺はダメだな。愛してるぞルー』ってのを期待してましたのに。
「ぷるぷる」
訳:マスターのオデコ熱い
「あー……ひんやり涼しい」
気づけばスライムがマスターのオデコを冷やし始めてますわ。
しまった! マスターポイントを先に稼がれましたわ!
「さあマスター! 何が食べたいんですの!? 卵かけごはん、ふりかけごはん、ツナマヨ丼、カップヌードル、レトルトカレー、何でも料理しますわ!」
「そのラインナップ全部料理って言わねえよ……ゴホッゴホッ」
調理器具を使ってるのに料理じゃない!? 意味が分からないですわ。
ハッ! なるほど、マスターはきっと『俺の女ならもっとバリエーション増やせよ』って言いたいんですのね!
「なら、オーダーを出して欲しいですわ。何でも作ってみせますわよ」
数分すると閃き顔でマスターがオーダーしてきましたわ。
「…………お粥……なら作れんだろ」
オカユとは何ですの? いや、多分これは試練ですわ。名前からして、お母さんに関連するもの。そう、きっと母になる者が作れるようにならなきゃイケないモノですわ!
てことは……!! マスターはわたくしを孕ませる気満々って事ですわね! やっぱりマスターはエッチですわ!
で、でもべ、別にイヤとかじゃないですわ……。せめてあと、もう1段階進化するのを待って欲しくはありますけど……。
「どうしたルーメリア? 風邪が移ったか……?」
そう言いながらマスターは弱々しく手を伸ばしてくる。だけど恥ずかしくてつい弾いてしまった。
「ち、違いますわ! ちょっとスマホをお借りしますの!」
「お、おい!?」
枕の横にあったマスターのスマホをふんだくって、部屋から出る。
パスワードはきっと小町の誕生日ですわね。0303っと、ほら解除できましたわ。リビングのカレンダーに大きく『マイシスターハッピーバースデー』なんて書いてあったから、もしやって思いましたのよ。
「ちょっと緊張しますわね……」
大きく深呼吸して、電話帳とやらを開く。
「本当に少ないですわ……」
電話帳に登録されてるのは10人にも満たない。でも、ほぼメスなのが侮れませんわ。既婚者のユイガハマとやらと妹君の小町は平気だとして、一番この中で侮れないのは魔王ハルノですわね。聞けば昔交際してた女の姉であり、マスターが苦手意識を持つ女。
これだけだとフラグが無いように思われるけど、同じ魔王であるわたくしには分かりますまわ。
ハルノは焦っている、あの雰囲気は結婚適齢期を過ぎた人間女性のそれ。きっと、事と次第によってはマスターを狙う可能性だって有り得ますわ。
「ハルノは要注意ですわね」
目的の電話番号である『お袋』を見つけましたわ。なんかカッコつけた登録名ですわね。マスターの事だからきっと、母君を前にしたら母ちゃんとかママって呼ぶに決まってますわ。
まったく殿方って何でこうも、母君には素直になれないんでしょうね。
あ、マスターは誰に対しても素直なじゃないですわ。
少し緊張しながら電話を掛ける。プルルルと鳴るのを聴きながら待ってると、女性の不機嫌な声が聞こえてきた。
『もしもし八幡、アンタいま何時だと思ってんの? 朝の9時に電話なんてポイント低いわよ。お母さんはね、社畜過ぎて疲れてるの。で、何の用?』
マスターの母君にとって午前9時は就寝時間にカウントされるようですわね。これは紛れもない血筋を感じますわ。
「もしもしですの。初めまてしですわ母君、わたくしルーメリアと申す者ですわ」
『え……ええ!? 嘘!!』
自己紹介しただけなのに、電話の向こうがヤケに騒がしくなりましたわね……。
『あの……ルーメリアさんはうちの愚息とはどういった関係でしょうか?』
ふむふむ、確かに愚息ですわね。鼻を伸ばしながらタマエの尻尾を触ってる時の顔なんて、愚の骨頂みたいな顔をしてますわ。あと、昔の女を思い出しながら、わたくしの頭を撫でたのも愚か極まりなかったですわね。
「そうですわね……わたくしはマスターの……八幡の女ですわ。身も魂も繋がった関係ですのよ」
嘘は言ってない、わたくしはマスターの従魔。マスターの女って言ってもなんら嘘じゃないですわ。
繋がりだって、初回のキスで魂ごと強引にテイム契約してマスターとはリンク済みですのよ。
ファーストキスを思い返してると、電話の向こうから、男性の眠気混じりの声も聞えてきた。
『あなた起きて! あの八幡に外国人の彼女が出来たのよ!』
『八幡に外国人の彼女だあ? 無い無い、どうせ美人局だろ』
わたくしは異世界生まれ。確かにある意味外国人かもしれないですわね。それにしても父君の声からマスターと同じダメ男臭が漂ってきますわ。こちらもやっぱり血は争えないようですわね。
『ルーメリアさんはどこの国の出身なんですか? 八幡とはどんな縁があって……?』
少し疑われてますわね……。
「出身は魔族……じゃなくて、連合国家イヴィルムと言う所ですわ。わたくしは閉じ込められていた所をマス……八幡に救って貰った。しかも、身寄りの無いわたくしに、俺の家族になってくれ、と居場所を与えてくれましたの。出会いは大まかにはこんな感じですわね」
多少脚色しましたが、棺桶から出してくれたのは本当。
出身に関しては、この国の言葉に訳すと正確には【魔族連合国家イヴィルムハイラン・ダースティア】ですわ。まあ長いので省略しまたけど。
『あの八幡がそんな映画のヒーローみたいな事を……ところでルーメリアさんは何で私に電話を?』
「八幡が風邪で寝込んでて、わたくしに母の味が食べたいって、せがんで来ましたわ。ゆえに母君が得意とする料理のレシピを聞くべく電話致しましたの」
オカユ=お母さんの癒。
絶対この解釈で間違い無い。流石わたくし。最強にして美しく優れた叡智を持った魔王ですわね。フフッ
『母の味……どうしよ……あの子ったら……』
うん? 何故か母君から、悲しいやら嬉しいやらが混ざった戸惑いの声がしてきましたわ。
『ルーメリアさんどうしよ……』
いや、わたくしにそう言われましても……。
やはりオカユと言うのは難易度がバカ高いかもしれないですわね。
「そんな難易度が高い料理ですの?」
『違うの、あの子に料理を作ったのが遠い昔すぎて……何を作ってあげたのかも覚えてなくて……グスッ……せっかく電話してくれたのに私、母親失格だわ……グスッ』
しまった、母君の琴腺に触れてしまいましたわ。
「ちょ母君、落ち着くんですわ! そんなに昔の事なんですの?」
『それが……』
どうやらマスターのご両親は、マスターと小町を養う為に会社とやらの奴隷となって身を粉にしていたと。それで幼き日のマスターに小町の世話やら家の事やらを任せ過ぎてしまったらしい。
やはりどの世界でも親は子のために懸命に働くんですのね……。
「グスッ……母君よく頑張りましたわ。八幡の母君は、わたくしにとっても母君ですわ。お金に困ったらいつでも言って下さいな……グスッ……わたくし、それなりにお金持ちですの」
不覚にも貰い泣きしてしまいましたわ。もしマスターのご両親が金に困った時は、わたくしが持ってるアダマンタイトの一つや二つぐらい差しあげますの。
『ううん、お金は八幡との生活の為に大切にして。でも孫の顔は見たいかな。あ! 今のお母さん的にポイント高い!』
お母さんポイントとは何ですの。やはりマスターと小町の母君ですわ。これはわたくしもポイント制の導入を検討すべきですわね。
「八幡がヘタレで、孫の顔は確約出来ないですわ。でも全力で頑張りますの」
『あの子ったらいい歳してるクセにヘタレなんだから……。ねえルーメリアさん、八幡とは上手くいってる? 訳の分からない事を言う時あるでしょ。そんときはシバいていいからね』
「大丈夫ですわ母君。確かに八幡は面倒な性格をしていますわ。でも毎日ご飯を作ってくれますの。掃除洗濯だってちゃんとやってくれてますのよ」
『え? もしかして、ルーメリアさんが八幡を養ってる感じ……?』
難しい質問ですわね……。ダンジョンでは従魔であるわたくし達が戦ってる比率のが大きい。マスターはどちらかと言うとパソコンとやらで事務仕事と金銭管理をするのがメイン。
うむ、これはわたくし達がマスターを養ってると言っても過言じゃないですわ。
「気にする事は無いですわ母君。これも適材適所、役割分担をした結果ですのよ。たまたま、わたくしの方が戦う力に恵まれてたに過ぎませんわ」
『戦う力……あの八幡がキャリアウーマンを捕まえるなんて……』
キャリアウーマン? ウーマンは確か女性って意味。多分、出来る女って言いたいんですのね。
母君ったら、褒めてもなんも出ないですわよ。でもこれはわたくし的にポイント高いですわね。
『所で、ルーメリアさんは具体的に八幡のどこに惚れたの? あの捻くれた優しさとか?』
「そ、それは……秘密ですわ!」
『えー、いいじゃーん。ねぇねぇ内緒にするからお母さんにコッソリ教えてよ』
母君のグイッと来る感じ、妹君の小町に本当そっくりですわね。
「……本当に内緒ですのよ?」
気づけば母君との他愛もない話しが楽しくなってマスターの話しやら、小町の話しで盛り上がってしまいましたわ。子ども二人が実家を出てからは時折、寂しさを感じてるとの事。特に父君は隙あらば小町の彼氏であるタイシとやらの暗殺計画を練ってるとか。やはりマスターの父君だけあって、小町への愛が凄いですわね。
『そうだ! 思いだしたよ、ルーちゃん!』
いきなり母君の声がデカくなりましたわね。気づけばルーちゃん呼びになってますし。別にいいですけど。
『あのねルーちゃん、八幡って昔からトマトが嫌いなのよ。だから小さい頃にバターライスで、デミグラスオムレツを作ってあげたら凄く美味しそうに食べてたわ』
確かにマスターが良く作るオムライスは、中がバターライスで、オムレツにはクリームシチューを添えてますわね。
TVに出てくるオムライスは、大体がケチャップチキンライスとやらなのに。
てことは、そのデミグラスオムレツとやらが母の味ですわ!
「ありがとうですわ母君。これで八幡の胃袋を掴めますの!」
感謝の気持ちを告げると、是非ともお正月は家に遊びに来てね、と言われましたわ。うむ、マスターのご実家には魔王として挨拶しに行くべきですわね。
多少の世間話を終えた所で、電話を切る。
「フフッ、これでオカユなるものは攻略しましたわ!」
母君との電話を終えて、マスターの部屋に戻る。マスターは、訝しみながらわたくしからスマホを受け取った。
「ん? なんでお前はお袋と電話してんの? ……ゴホッゴホッ」
発信履歴に母君があったのが想定外だったようで、取り乱すマスターの背中をタマエが摩って宥める。
「あるじ様、いい子いい子♪」
「タマエちゃん? 嬉しけど、俺って子供じゃないからね? 29のオッサンだからね?」
タマエに子供扱いされるなんて、今日のマスターは可愛いですわね。
「母君に挨拶しただけですのよ。あと軽いガールズトークを少々」
「頼むからお前は、お袋を母君とかガールって呼ばないでくれ。なんかむず痒い」
このマスターは何を恥ずかしがってるんですの? 母君って呼び方、素晴らしい響きだと思いますのに。
自身の両親の顔すら見た事が無いわたくしには、分からない心理かもしれないですわね。
「兎に角、マスターは安静にしてて下さいな。わたくしはオカユとやらを作ってきますわ」
そう言えば、サポートも必要ですわね。
「ゴブリン、貴方も来なさい」
「ゴブゴブ!?」
訳:お嬢が料理とか、嫌な予感しかしないんですが!?
「お黙りなさい!」
「ゴブゴブ!」
訳:お嬢、離して!
パシリ……間違いましたわ。愉快な仲間であるゴブリンの首根っこを掴んで、わたくしはリビングへと向かった。
美味しいオカユを作れば、今度こそマスターはわたくしにメロメロになりますわ!
♢ ♢ ♢
俺は今から三途の川を渡るのかもしれない。
「さあマスター! オカユを食べるんですの!」
嵐が過ぎ去った後の快晴の如く笑顔を浮かべながら、真っ黒な物体が乗っかった皿を渡してくるルーメリア。
あれ、お粥ってこんな漆黒だったっけ? それともこれは、ヴァンパイア式のお粥だったりする?
どの道人間である俺が、こんなダークマターを食べたら間違いなく死んじゃうね。
「あ、あー今は腹が空いて無いんだ……夜に食うわ」
「ダメですわ! そんなじゃ治る風邪も治りまさんわ! 仕方ないので、今日だけアーンして差し上げますのよ♪」
悪気なく俺の顔面スレスレまで、ダークマターの乗ったスプーンを近づけてきた。
う、うぅ、匂いからしてヤバイ。てかデミグラスの匂いがほのかにするのは気の所為か?
「なぁ、デミグラスを使ったのか?」
「そうですわ、これがマスターの言うオカユですのよ」
違う、絶対に違う。俺がイメージしてるお粥は水っぽくて真っ白なモノだ。断じてこんな漆黒じゃない。もっと言うならデミグラスなんて入らない。
「一応聞くが、お粥って何だか分かるか……?」
そう聞くと、ルーメリアがドヤ顔を向けてきた。
「なるほど、答え合わせですのね。フフッ。オカユとは“お母さんの癒”ですわ!」
あー、だからお袋に電話したのか……。これはちゃんと説明しなかった俺のミスだわ。
「…………そうか……ちょっと違うな……」
「はぁ!? 違うんですの!?」
一瞬落胆するルーメリアだが、開き直ったのか「でも味は保証しますわ!」とか言いながら、再度ダークマターを近づけてきた。
ルーメリアの後ろにいるゴブタニに視線を向けると、俺に対して首を凄い勢いでブンブン横に振りだした。
どうやらアイツも被害者のようだな。
だがこれは、お粥の詳細をちゃんと伝えなかった俺の落度でもある。
なら責任は俺も背負うべきだ。
俺は覚悟を決め、ダークマターを口に入れた。
「っ!!! 死ぬ、アァ! オェ……」
ドロドロ食感、苦味えぐ味、激臭、それら全てが脳へとダイレクトアッタクしてきた。
「マスタァァァァ!?」
意識が遠のく中、従魔達の叫び声が聞こえてくる。
そう言えば昔、ガキの時にお袋がデミグラスのオムレツを作ってくれったっけ。あれ以来、お袋の料理を食べた記憶が無いな……。
何故か湧いてきた、僅かな懐かしさを感じながら俺の意識はブラックアウトした。
・・・・
・・・
・・
・
気絶から目覚めたら、午後16時であった。多少の気怠さは感じるが、気絶前に比べれば体調はかなり良好だ。
部屋にいる従魔達を本に入れ、リビングへと向かう。
リビングに入って、まずキッチンに目を向けると、案の定めっちゃ散らかっていた。
次にソファーの方を見ると、膝を抱えながら三角座りしているルーメリアがいる。
柄じゃないがマスターとして、メンタルケアをするべく俺は隣に座った。
「おい、なに落ち込んでんだよ。話しなら聞くぞ」
「…………」
出来るだけ優しい声色でラフに話しかけたが、ルーメリアは俺を一瞥しただけで、すぐに俯く。
やれやれ。過去に使い古した言葉だが、励ますか。
「あ、アレだ。味はともかく、思いは伝わったぞ。うん、ありがとうな」
そんな事を言いながらルーメリアの頭を撫でたら、手をはたかれた。
「同情なんていらないですわ……っ!」
泣目で睨んでくるルーメリア。
これは思ったより落ち込んでんな。
「おいバカ、男なんて単純なんだよ。女子に料理して貰えるだけで嬉しいんだ」
「だから同情なんて……」
「お前が頑張ったって姿勢はキッチンを見れば伝わる。まあなんだ、俺も男だから……めっちゃ男心が揺れたわ」
「…………本当に揺れたんですの?」
コイツの恋心に付け込んでるようで、罪悪感が湧いてくる。
いやまぁ、ほんの少しだけ心が揺れたのは事実だが。
「ああ揺れたね。だから、そう落ち込むな。料理はこれから上手くなれば良いだろ」
ルーメリアは一瞬笑顔を見せかけたが、フンッと言いながら、そっぽを向いた。
「そんな調子の良い言葉に、わたくしは騙されませんわ。どうせわたくしなんて、メシマズ女ですのよ」
これは拗ねてしまった手前、すぐに機嫌を良くする事が出来ないに違いない。いわゆるメンヘラモード。
「いや……まあ……えーと……」
「もう放って置いて下さい……。今のわたくし凄く面倒くさい女ですわ」
これは男女間に置ける高度な引っ掛け問題だ。実際に女子にこの手の事を言われたら、放って置くのは最悪手。
ソースは俺。昔こんな状態の雪ノ下を放って置いたら、放置谷君とか言われて一週間ぐらい根に持たれた。
だからと言って、最善手が存在しないのが厄介過ぎる。だが凡手ならある。それは気が済むまで、一緒に居てあげる事だ。
「面倒くさくない女子なんて、存在しないから気にすんな」
って昔いろはすが言ってた気がする。
「むっ……その女慣れしてる発言、なんかイヤですわ」
「でも実際そうだろ」
「違いますわ! そんな言葉、マスターの口から聞きたくないんですの!」
「そ、そうか……悪かったわ。もう言わねーよ」
「…………撫でて」
「え?」
「頭を撫でて欲しいですわ!」
そう言われたので、小町を撫でるように大切に撫でる。
今の魔王様すげぇ面倒くせえ。あとちょっと可愛い。
「わたくし、マスターのせいで凄く傷つきましたわ」
俺のせいなのかよ。いやここは肯定しとこ。じゃないと今以上にメンヘラになりそうだ。
「ちゃんとお粥の事を話さなかった俺の落ち度でもあったな、すまん」
お陰で、お袋から『お正月はルーメリアさんを連れてきなさい』って変なLINEが来てしまった。まあ良い、両親に探索者の事を話すいい機会だ。次いでに親父に年収マウントを取って、ザマァをカマしてやる。ククッ
「それだけですの?」
おいおい待て待て、俺は一体何を望まれてる? 回答をミスると好感度がガタ落ちする可能性が高い。これがギャルゲーなら選択肢が出てくる場面だ。なにその最初からクライマックスなギャルゲー、絶対に続編出ないだろ。
「…………何かして欲しい事でもあるのか? お、俺に出来る範囲なら聞くぞ」
ルーメリアは意味有りげにふーんと言う。
「なら、じっとしてて下さいな」
そして向かい合うように、俺の膝に座ってきやがった。もっと分かりやすく言うなら対面座位。
いや、これ何のプレイだよ。軽く事案なんだが。もう八幡の犯罪係数が天元突破しちゃう!
「マスター……」
目を瞑って色っぽく俺を呼びながら、瑞々しい唇を近づけてくる。
何て言うか、凄く綺麗だ……。
「……っ!ダメだ!」
あと数cmと言う所で、俺は人さし指をルーメリアの唇に置いた。
っべーですわ! 危なく雰囲気に流される所でしたわ!
「ダメ……ですの?」
物欲しそうな顔をしながら、ルーメリアは迫ってくる。
いや、いつものムカつく悪役令嬢みたいな憎たらしい表情はどこ行った。メス墜ちしたエロゲーのヒロインみたいな表情になってるぞ。
何が言いたいかと言うと、理性の化け物が死にそうです!
「ダメだ。俺の出来る範囲を逸脱してる」
「あっそ」
素っ気無くそう言うと、両手を俺の首に回し、両足で俺の腰をホールドしてくる。
これはもしや、俗に言う大しゅきホールドなのか!? いや、俗に言わねーよこんな事。どこの世界の俗だよ。
「…………そろそろ、他の従魔も呼ぶか」
「ヤ!」
今度は頬を膨らませながら、訴えてきた。ちょっとコイツ幼児退行し過ぎじゃない?
「あと数時間だけで良いですの。マスターと二人っきりで居たいですわ」
「…………意味が分からないんだが」
「鈍感なフリをしてるマスターが悪いんですのよ?」
バレてたか。円滑な家族関係を築く為とは言え、申し訳無い事をしたな。
「いや、えっと……悪いとは思ってるが、俺らは家族だろ。お前にそう言う感情を向けられても、応えられないんだ」
「わたくし達は血の繋がってない家族ですわよ? 血の繋がって無い家族なんて、夫婦しかありませんわ」
「あのな俺は人間で、お前は魔族だろ」
「少数ですけど、わたくしの居た世界では人間と魔族で愛し合う方々もいましたわ。何も問題ありませんことよ」
異世界定番の異種族ラブロマンスって本当にあったんだな。種族的な価値観の違いとかでトラブルが起きそうだけど。主に食い物とか。ほら、キスショットさんが人間を食ってる所を目撃した阿良々木君がビックリ仰天しちゃったみたいに。
「こっちだと倫理的に無理だ。だから諦めろ」
そう言ってやると、ルーメリアは俺の首に回した手に力を入れてきた。何が何でも逃がさないと言う強い意思を感じる。
「マスター……抱いて」
やめて! メス顔でそんな色っぽい事言わないで!
「俺さっきから断ってるよね? なに、頭お花畑になっちゃったの?」
ルーメリアは聞いて無いのか、俺の胸にもたれ掛かってくる。もー本当に何このヴァンパイア、超可愛いんですけど!
「火遊びもしてくれないんですのね。酷いマスターですわ」
火遊びって何かな? 花火の事かな? ハチマン、ワカンナーイ。
「マスター。貴方が望むなら、わたくしはこの世界の全てを手に入れますわ」
「やめて、本当にやめて。それマジな魔王ルートだから。てか重すぎる」
「重くない女なんていないですわよ。交際経験があるのに、そんなのも分からないんですの?」
これはさっきの意趣返しか。
にしても、さっきから幸せそうだなコイツ。俺の胸をすげぇ頬ずりしてるもん。色んな意味でくすぐったい。
「もう離れてくれ……」
「イヤですわ。ずっとこうしたかったんですもの」
「分からん。お前に惚れられる様な事をした覚えが無いしな」
「そう言う所は鈍感なんですのね、フフッ」
おい、自分で言うのもなんだが俺はかなりの敏感系だぞ。特に悪意とかにはな。
「正直自分でも……きっかけなんて分からないですわ。ゴキブリ型の魔物から助けてくれた時かもしれない。クラウスの弔いを真摯に手伝ってくれた時かもしれない。些細な日常まで含めれば、キリがありませんわ。でも……気づけば毎日マスターの事を目で追ってる自分がいましたわ。マスターが料理をしてる後ろ姿を眺めるだけで幸せな気持ちになってる自分がいましたわ。マスターが、」
「分かった、分かったから! 恥ずかしいから、もう言わなくていい!」
マジで、なにこの拷問。つーか顔がオーバーヒートしそうだよ。
「マスター……わたくし、もう我慢出来ませんわ!」
ルーメリアは上着脱ぎ始めた。しまいにはブラを取ろうとした所で俺は、強引にその手を抑えた。
「お前マジで何しようとしてんの!?」
「マスターが何でもしてくれると言うので、胸を揉んで貰おかと」
「出来る範囲って言っただろ!」
「むむっ……なら、わたくしを小町だと思って揉んで下さい!」
「尚更出来るか! お前、俺の事なんだと思ってんの!? つーか妹の揉んだ事ねーし」
「うそ……」
「ねえ、そこで驚くのおかしくない?」
「てっきり実の妹に、歪んだ劣情を抱く危ない兄君かと思ってましたわ」
「おい、俺は健全なお兄ちゃんだ。健全なお兄ちゃん過ぎて、いつでも大志の野郎を抹殺する準備をしてるまであるぞ」
「…………キッショ」
マジで傷つくから、真顔でキッショとか言うなよ。中学の時、隣の席の女子に言われて結構傷ついたんだからな。
「ならユイガハマとやらだと思って!」
「………………」
「何でそこは即答しないんですの!?」
いや、だってね? 健全な男子なら一回はあの、たゆんたゆんなお胸を揉んでみたいと思う訳ですよ。
「まさか既婚者に劣情を抱くとは、最低ですわマスター」
「ねえ、お前さっきから理不尽過ぎない? 兎に角、胸を揉むのも無しだからな」
「なら、なんなら良いんですの!」
「まずエロい事から離れろよ……」
「本当にヘタレなんですから、仕方無いですわね」
そう言うと、ルーメリアは頬を俺の頬に重ねてスリスリしてきた。
「えへへ、マスターの匂いがしますわ♪」
可愛い小動物かよコイツは。まあこのぐらいなら、中学生ぐらいの妹がお兄ちゃんに甘えてるようなもんだろ。
…………いや待て、それ結構ヤバくない?
「お、おい、もう充分だろ」
「まだまだですわ~♪」
白銀の髪から漂う異国を感じるような香りが、俺の鼻をくすぐる。同時に何故か、自身の心が落ちついていくのを感じる。
同じシャンプー、同じボディーソープを使ってる筈なのに、何で女子だけこんな良い匂いになるの。不思議だ。
気づけば、俺は大事にルーメリアを抱きしめていた。
何やってんだろな俺……。こんな思わせぶりな態度は良くないと理解して筈なのに。
ちょっとした自己嫌悪に陥ってると、肩裏に違和感を感じたので、目線の端で確認する。
「ったく、手首以外から吸血するのはダメって言っただろ……」
言った所でやめてくれない。今日だけは許してやるか。キスマークみたいになるから本当はイヤだが。
そもそも昨日吸わせてやったよな俺、足りなかったのか?
「ぷはぁ……出来ましたわ♪」
言ってる事がオカシイ。出来ましたってなんだ? 美味しかったなら理解できるが、吸った後に出来ましたは言葉としてオカシイ。
もっと言うなら、いつも吸血後に感じる気怠さが無い事に違和感を感じる。
「お前、なにした……って何だこれ!?」
イヤなモノが視線の端から見えたので、空間収納から手鏡を取り出して、詳しく肩の裏の辺りを見てみる。
これは……花?
真っ黒な一輪の花のタトゥーみたいなモノが、肩に刻み込まれていた。
「お前、俺に何をした! これ、なんかの呪いじゃないよな!?」
「特に何も。バフ効果もなければ、デバフ効果も何も無いですわよ」
「なら早く消してくれ。タトゥーがあると一部の公共施設とかに行けなくなる」
「無理ですわ、その印は一生消えないでモノですわよ。フフッ」
笑いながらとんでも無い事を言いやがったよコイツ。
「なぁ、おフザケはもう……」
言い切る途中で、ルーメリアは両手を俺の頬に添えて、顔を至近距離まで近づけてきて。
「マスター、その印はヴァンパイアが──」
──最愛の獲物に付ける印ですわ
「な、何を言って、」
「魔王であるわたくしに、この印を使わせるなんて……。ある意味マスターが一番危ない存在ですのよ。それにわたくし、もう決めましたわ。マスターに抱かれるなんて淡い夢は捨てます」
「そうか! やっと思い直してくれたんだな!」
ちゃんと話せば魔族と人間だって通じ合えるんだな。八幡感激!
「何を勘違いしてるんですの? もう1段階進化したら、わたくしが強引にマスターを抱きますわ。そう言う意味での獲物ですのよ」
何も通じ合って無かったよ。なんなら強姦宣告までされちゃったよ。
「言っとくけど、そん時は全力で逃げるからな?」
「ええ、どうぞ。こちらも全力で追っかけますので……ふふふ」
魔王様は妖しく笑いながら、舌舐めずりをする。一切の手加減をする気が無いようだ。
そりにさっきのメス顔じゃない。獲物を狙う狩人の顔つきだ。言ってといてなんだが、逃げれる気がしないよ。
「それと……操血魔法・ブラックローズ」
ルーメリアの手の上に血が集まると、薔薇の形になってゆく。
薔薇は次第に赤から黒へと変色した。
「これをあげますわマスター。枯れる事のない黒薔薇、わたくしからのプレゼントです」
ルーメリアは上目遣いをしながら、強引に渡してきた。爆発とかしないよな……。
「なあ、これって呪物? なんか雰囲気が禍々しいんですけど」
「マスターは相変わらず失礼ですわね。純粋なプレゼントですわよ」
なら良かったわ。後で花瓶にでも入れて飾るか。
てかインテリア的にどこに置こうかな? テレビの横辺りが丁度良いか?
薔薇の配置を考えてたら、ルーメリアが甘い息を吐きながら、そっと耳打ちしてきた。
「ヴァンパイアにとって黒薔薇の花言葉は『この愛は幾つもの輪廻を巡ろうとも、
「…………は?」
悲鳴を上げたくなる衝動を、どうにか理性で抑える。
マジでクソ重いんですけど。重すぎて死にそう。だけど、死んでも追っかけてきそうなんだよなー、この魔王。なにそれ、どうやっても逃げれないんですけど。
やはり高校の時に、間違いかと思われた戸塚ルートを選ぶのが正解だったのかもしれない。
「マスター♡ 大しゅき♡」
気づけば、また俺の顔に頬ずりしてるし……。
「…………もう気が済むまでしてくれ」
結局2時間ぐらい魔王様を抱きしめる羽目になりましたとさ。
俺は一体、今後どうすれば良いんだよ……。そう言えば明日って、配信日だったわ。
とりあえず胃が痛いよ!
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!