探索者協会本部に情報聴取される為だけに、二時間以上も掛けてやっと品川駅に着いた。人混みを搔き分けながら歩みを進めて行く。
そろそろ電車を使って東京に来るのに嫌気が差してきた。特に朝の通勤ラッシュ。隣のオッサンからは加齢臭が漂ってくるし、痴漢と間違われ無いように常に両手で吊り革に捕まった状態でいなければならない。ったく誰だ、日本をレディーファーストな国にした奴は。痴漢なんて疑われた時点で詰みからの罪が確定だ。マジで俺が疑われたらどうしてくれんだよ。腐った目のせいで、誰も味方してくれないぞ。なんなら私人逮捕されちゃうまである。そん時はカマクラとルーメリアを出して、世界に滅亡をもたらす事を一考しなければイケなくなる。流石は俺、自衛手段が全部従魔任せで完璧だ。
とりあえず、早く車が欲しい。確か何日後かには雪ノ下HDから買ったプリウスの整備点検、名義変更などの諸々が終わる筈だ。これで、スーパーへの買い出しが楽になるな。なんなら家族サービスで色んな所に行ける。家族サービスを考える辺り、主夫の鑑だろ俺。ワーイ、子供の頃からの夢が叶って嬉しい! あとは探索者を引退して専業主夫になれればもう完璧ですわ。
叶うか怪しい専業主夫計画を立ててたら、探索者協会本部のビルディングに着いたので入る。そのままエレベーターに乗って指示された30階へと向かう。
久しぶりに来るな……。こう言うデカイビルディングとか、無駄にかしこまってて嫌いなんだよな。今日なんてスーパーのギフトコーナーで買った手土産を片手にスーツで来ちゃったよ。個人事業主になって分かったが、サラリーマンを卒業してもスーツを着る機会は意外と多い。何故なら印象を良くしたいならスーツが安牌だからだ。そもそも鶴間さんのメールを6回無視した時点で、印象が良いかは甚だ疑問だけどな。あれ、これならジャージ姿で来ても一緒じゃね?
ピンポンと到着音が鳴り、エレベーターから降りる。
トイレで適当に動画を見ながら時間を潰してたら、予定の10分前になったので鶴間さんに着きましたとメールを送る。便座から重い腰を上げてエレベーター前に移動。
「比企谷、お前みたいな弛んでる奴は就業の30分前に来て当たり前だ」とか当時のブラック上司は抜かしてたな。あの野郎、次会ったら覚えてろよ、ゴブリン共の餌にしてやるからな。
「比企谷さん……どうも」
会社員時代の上司に憎悪を燃やしてると、どこか浮かない表情の鶴間さんと鉢合わせしてしまった。
やっぱ怒ってますよね……。気持ち分かるよ、俺も中学んとき古田さんに送った「明日の二時間目なんだっけ?」ってメールを未だに待ってるしね。てか絶対に返ってこない所か、もう俺のこと忘れてるだろ。
「……うっす」
軽い挨拶を交わした所で、俺は出来るだけ愛想良くスマートにお高めの手土産を渡す。
「あ、あのこれ……良ければ皆さんと食べて下さい」
「わざわざ……あ、ありがとうございます……」
なんとも言えない表情で受け取る鶴間さん。
何でそんな表情が引きつってるんですかね……。そうか、俺の愛想笑いがそんなに気持ち悪いんだな。もう首吊っちゃおうかな。いやいや、そうなると誰が従魔達を養うんだよ。
うっかり死にたくなってたら、鶴間さんに「こちらへ」と言われたので後ろを付いてく。
いかにも会議室と言ったような部屋に着き、お互い長机に着席する。
「「…………」」
おい、頼むからなんか喋れよ。つーかあっちも凄い気まずそうな表情になってるんですけど。メール6回、電話3回無視されたぐらいで気まずくなんなよ。雑魚メンタルなんですか。俺なんてガキん時、告白メールを無視されてもめげずに翌日、本人に直接リトライ告白したんだぞ。まあ「友達なら良いよ」って言われたんだけどね。オカシイナー、友達になったにも関わらず未だにメールすら返ってこ無いよ。なるほど、メンタルは無視されて鍛えていくのか。って俺やっぱ無視られたのかよ。
「あ、あの……源義経ってやっぱり……比企谷さんですよね」
居心地悪くしてたら、鶴間さんが恐る恐る伺ってきた。
「…………ご想像にお任せします」
「そうですか……」
はい、バッドコミュニケーション発動しちゃいました。葉山みたいなグッドコミュニケーションってどうやるんだっけ。今日も綺麗だね、とか言えば良いのかよ。俺みたいなバッドメンズが言ったら確実に気持ち悪いだろ。八幡やっぱイケメン嫌いです。
気まずさを紛らわせるべく、出されたお茶をチビチビ飲んでたら、ガチャっとドアが開いた。
「比企谷君、始めまして。探索者協会会長の座間と言います」
片目に縦線の切り傷を負ってるムキムキのオジサンが名刺を渡してくると、丁寧に頭を下げてきた。
対して俺は、ただただ呆然としている。
「ああ、えーと、比企谷でしゅ!」
嚙みながら、慌てて自己紹介を済ませる。
っべー、お偉いさんが来るとは予想してたけど、会長が直々に来るなんて想像つか無かったよ! 本当マジなにこのラノベにありがちなテンプレっぽい展開。実際、我が身にテンプレっぽい展開が起きるとどうして良いか分からなくなるんですけど。この後、君はSランクが適切とか言われちゃうのかな。まあ面倒だから断るんですけどね。絶対に断ってやる。
お互い軽い自己紹介を終わらせて、俺は再度席に着く。
つーか会長はニコニコしてるだけなのに、威圧感が半端ないんですけど。なにこれ覇王色の覇気? いくら俺が訓練されたエリートボッチとは言え覇王色になんて勝てねーよ。気を失わない自分自身を褒めてやりたい。
「さて、比企谷君。君もなにかと忙しい身であろう。早速だが本題に入らせて貰おうか」
「は、はい……」
「そう畏まらないでくれ。君に危害を与えるつもりは一切無い、約束しよ」
そう言われた事で、萎縮して頷く事しか出来ない俺の緊張が僅かに解ける。
どうやら手荒な真似はされないようだ。良かった、ワンチャン今日で死ぬんじゃないかと思っちまったよ。小町のウェディングドレスを見る前に死んでたまるか。
「本題だが、君は確実なテイム方法を確立してるんじゃないか? 鶴間君からは、君が80時間魔物にテイムを掛け続けたと聞いたが」
「はい……ゴブリンをテイムした後に色々と模索してたら、テイムの確率を上げる手段を見つけました」
ネタバレをしない程度に言うと、会長は怪訝な面持ちになる。
「確率を上げる? 確実では無いのか?」
確かに今の所、狙った魔物を100%テイム出来てる。だがそれは【招福】持ちのカマクラがいるからだと、俺は予想してる。サンプルが足りないから、誰でも100%とは言い難いのだ。
「そ、それ以上言うのはちょっと……」
何が面白いか分からないが、会長は面白そうにフッと笑った。
「確かにそうだな。では公平に取引しようではないか。何か望みはあるかね?」
「……少なくとも5億と……あと方法を教えたら、協会の名前で世間に情報を公開して欲しいです」
瞬間、会長の顔が厳しいモノになる。
そんな怖い顔を向けないで! 衝撃のファーストブリットを撃つ寸前の平塚先生と同じぐらい怖いから!
「5億か……公開は構わないが、一応そんな大層な額になる根拠を教えて貰えないか? 支払うにしても、根拠が必要なんだ」
「えーと……計算上、年間で今後自分がそんだけ稼げる額だからですかね……」
「それは君が空間収納の指輪を所持してるからでは無いのか? 君の動画を拝見させて貰ったが、従魔だけでそんなに稼げるとは到底思えないが?」
余りにも鋭い指摘。だがそう言われる事は想定内だ。
「そうですね……。空間収納が無かったら精々1億が限界だと思います」
これは事実。空間収納が無かったら今頃我が家は、毎日が質素な食事生活であっただろう。だから、これから示す根拠のが大事だ。
「従魔がいれば、ダンジョンでの生存率を上げられます。探索者の命に比べれば5億なんて安いと思いません?」
「と言うと?」
「まず従魔は、どんな命令にも従います。ダンジョンでの先行偵察。敵に対しての肉壁や足止めも命令すればやってくれます。荷物持ちだってやってくれますよ。なんなら飯を与えるだけで働いてくれるんで、色んなビジネスに活用出来ますよ」
俺は絶対に死ぬ前提の肉壁なんてやらせないけどな。
「……なるほど。確かに動画を見た限りでは、君の従魔達は悪戯はするが基本的には従順だったな」
流れがこっちに傾き、キマシタワー!と海老名さんばりに内心叫ぶ。俺はちょっと待って下さいと言い、リュックからファイルに挟んだ紙を一枚取り出す。Wordで作った資料を軽く確認してから、会長へと渡した。
資料に書いたのは5億となる根拠の内訳と言うか、従魔士の役割と従魔の運用方法を経験に基づいて詳細に書いた資料である。
「ふむふむ、この資料は貰っても良いかね? 凄く貴重だ」
「良いですよ、あげます」
「所で君の要望に対しての提案なんだが、5億より価値の有る物を提供しようと思う」
「5億より価値のある物ですか……」
鶴間さんは会長に「アレを」と言われ、一旦会議室から出て行った。
「続けて提案なんだが、君はAランク探索者になる、」
「イイエ、大丈夫です! 結構です! ごめんなさい!」
何を言われるか理解が出来たので、反射的に遮ってしまった。
Aランクになんてなってたまるか。高額な反面、面倒な依頼を名指し受ける羽目になるからな。そんなの必然的に働き方ブラックになるに決まってる。
「……ップ、フハハハハハ」
怖い、なんか笑い出したし……。笑ってる理由が面白い
「あー、笑って済まない。Aランクへの昇進をそんなイヤそうにするのは君が初めてなもんでね」
「いやだって、そんな覚悟は自分には無いですから。なにより……Aランクなんかになったら忙しくなりそうなんで……」
「そうか、確かに覚悟無き者をAランク以上には出来ないな。まあ覚悟が出来たら、いつでも名刺のアドレスに連絡をくれたまえ」
会長はどこか嬉しそうだ。
嬉しそうにしてるところ悪いが、そんな覚悟は一生決まりません。このままBランクまで目指して、40代で探索者をフェードアウト。その後は悠々自堕落な生活を送る。ほら簡単だろ、人生におけるパーフェクトプランの完成だ。
自身の未来予想図を描いてると、鶴間さんが戻ってきた。その両手には虹色で大きい卵円形のモノを抱えていた。
「比企谷君、それは日本のSランク探索者である栄君が海外の高難易度ダンジョンから持ち帰ったのを、うちが8億で買い取ったモノだ。魔物の卵だと思われるが、買い取ってからの二年間、孵る様子が無い」
卵なのかこれ……。デカイ宝石にも見える。卵と言われると、恐竜の卵ぐらいには見えなくもないな。いや考えるべきは、本当に8億の価値があるかだ。
「勿論騙すような事はしたくない。万が一、ゴブリンみたいな下級の魔物が生まれたら5億を渡そう。一年経っても孵らなかったら同様だ」
oh……マジかよ。どう転んでも得じゃねえか。仮にも高難易度ダンジョンで手に入れた8億の卵だ。下級の魔物が生まれる確率は低いだろ。とは言ったものの、真意を図りかねるのも確かだ。
「あの、なんでこんな貴重なモノを自分に……?」
「君が人類初、複数体もの魔物をテイムした探索者だからだ。そんな君にミラクルを期待するのは不思議か?」
すっげー買い被り過ぎな気がする……。凄いのは俺じゃなく、うちの招き猫と言うか、にゃん将軍様なんですよね。
「はぁ……まあ、ぼちぼち頑張ります」
一応これも、と会長は8億円で買い取った証明書を渡してきた。それを受け取り、確認した俺はファイルからテイムのやり方を詳細に記した資料を渡す。
「自身の魔力を流した魔石数個を食わせてから、テイムするのか……これは盲点だったな……」
そうだろうな。魔石は金に換金するか、企業が魔道具を作る為の材料にしてるのが常識として通ってる。よって、当たり前の常識を疑うぐらいの猜疑心が必要になってくる。だが数々の勘違いによって培われたプロぼっちの猜疑心に常識なんてのは通用しない。言うなれば俺こそ革命児。
「これ、魔石数個と書いてありますが、具体的な数はテイム対象によって変わる、という認識で良いんですか?」
自分の推察力に酔いしれてると、鶴間さんが質問してきた。
「そうっすね……魔物によって使う魔石の数はランダムです」
俺の考察だと今までカマクラのお陰で、使う魔石は一個や二個で済んだ。だがそれは、あくまでカマクラがいる場合の話だ。カマクラがいない場合だと、テイムに何個使うか現状不明。だから資料には数字をオーバーに書かせて貰った。
「話しは分かった。だが情報を公開するにも、まずは確認が必要だ。君の情報通りテイム出来るかの確認を先にさせて頂くぞ」
なるほど。まあ、いきなり全面的に信用して貰うってのは厳しいよな。
「……なら、この卵を頂くのも確認したあとで」
俺がそう言うと、会長は何故か呆れ笑いをする。
「いや、先払いにしとくよ。依然として隠してる事は多そうだが、この場面で噓をつくとも思えないしな。それに、君と連絡を付けるのは大変そうだ」
暗にそこまで信用して無いと言われたので、鶴間さんの方に目を向けると目を逸らされた。
生憎と協会から印象がよろしく無いようだ。まあ長い人生で嫌われるのは慣れてるから良いんですけどね。これだと、まるで俺が嫌われ者みたいじゃねえか。
「さて、聞きたい事は聞けた。比企谷君、悪いが私は予定があるので先に席を外させてもらうよ」
鶴間さんに後の聴取は任せると言い、会長は出て行った。
超弩級のお偉いさんだし、予定がぎっしりなのであろう。俺みたいなEランク探索者に会うために予定を空けてくれただけでも奇跡だ。
「…………あの比企谷さん。現状習得してるスキルの開示、それと所持……イイエ、この言い方は適切じゃないですね」
一旦気まずそうに口を閉じたが、鶴間さんは直ぐに口を開いた。
「家族である従魔全員の情報は開示は出来ますか?」
家族と聞き直す辺り、この人は従魔を道具として見ないようだ。ぶっちゃけ他の人間が従魔に対してどんな認識を持ってようが、さして興味は無い。
…………それでも少し、ほんの少しだけ従魔達を家族と呼んでくれた事を嬉しいと思ったのも事実だ。
「ここまで来たら全部開示しますよ。こいモンスターブック」
モンスターブックの情報を開示する。本当はカマクラの事は伏せておきたかったが、動画で存在がバレてる手前、それは出来ない。なので【招福】だけ隠蔽させて貰う。
「へー、頼朝さんはカマクラって言うんですね………って何ですかこの異常な補正値!?」
だよねー、そこツッコむよねー。仕方ない、古来よりファンタジーラノベに出てくるムカつく鈍感系のセリフで誤魔化すとしますか。
「…………あの、またオレ何かやっちゃいました? ……HAHA」
「鈍感系を装って誤魔化さないで下さい! 何で猫様だけこんな凄い異常値なんですか!?」
まったく誤魔化せなかったよ。ほら見ろ、リアルで鈍感系なんて成立しないんだよ。もしラノベみたいな鈍感系男がいたら、そいつは精神異常者か脳障害だ。
「な、なんて言いますか……俺も詳しい事は分からないんですよ」
俺の言葉が信用出来ないのか、ジーと疑いの目を向けられる。
「もう良いです。比企谷さんは秘密にしたい事が多いですもんね」
最後に溜息をつかれた。
いや、カマクラの強さに関しては本当に分からないんだよ。あえて言うなら、猫って家庭だとカースト上位だろ。今も実家でも俺よりカーストが高いしな。だから強さカーストも上位なんだよ。あれ、猫が世界最強なんじゃね。後はカマクラが青くなってカマえもんになれば無敵だぞ。
鶴間さんは続けてモンスターブックを眺めながら、タブレットでメモを取り出した。
自分の情報がメモられるって変な感じがするな。加えて言うなら、敏感なイケない所を触られてるような気分だ。
「ルーメリアちゃんも凄い……軽くAランク探索者並み……」
本人はブツブツ言ってるつもりかもしれないが、全部聞こえてくる。
俺の情報って自然と声が出るほどビックリするモノなんだな。知ってたけどさ。
「あの、これも……」
読み終える所を見計らって、リュックから資料を取り出して渡す。渡した資料は、俺のスキル情報をまとめたモノだ。
「……意外と比企谷さんのレベルは高く無いんですね」
「それが従魔士の弱点です。基本的に従魔任せになるんで個人レベルもジョブレベルも上がりにくい。一応簡単にジョブレベルを上げる方法をさっきの資料に書いたんで、やるかどうかは任せます」
アドバイスをすると、鶴間さんは先程の資料に目を通す。
「【テイム】と【ソウルコスト】で効率良くジョブレベルを上げる……酷いやり方ですね」
テイムで適当な捨て駒を手に入れて、ソウルコストで鉄砲玉にする。理論上ジョブレベルを手っ取り早く上げるならそのやり方が一番早い。俺は絶対やらないけどな。
「あくまでジョブレベルにこだわるならオススメしますよ。俺自身は試そうとも思わないですが」
言語化しにくいが、従魔と従魔士の間には何かしらの強い精神的な繋がりがある。もし従魔がロストしたら喪失感が凄い筈だ。あくまでも推察だけどね。
「私もこんなやり方は嫌ですね……」
「とりあえずレベリング考察は置いといて、情報は出し尽くしました。他に聞きたい事は?」
「ダメもとで聞きますが、空間収納リングの売却は可能ですか? 上は100億までなら払うと言っていますが……」
100億って、ヤベーだろ。孫の孫の代まで遊んで暮らせるぞ。あ、そもそも結婚出来そうに無いわ俺。
まあ俺の結婚事情は置いといて、いきなり限度額を提示してくる辺り、なんともやる気の無い交渉だ。言った通り本当にダメもとなんだろうな。
「すいません、これは思い出の品なんです。何億何兆積まれても売れないですよ」
予想していた答えなのか、鶴間さんは笑顔を浮かべた。そして持ってきた何枚もの書類をならべてくる。
これは、従魔証明書類と情報料受け渡しの書類か。
「これ数字間違えてません? 情報提供料3千万って……」
「いいえ、比企谷さんのスキル情報にはそれだけの価値があると判断しました。しかも丁寧に資料まで作って頂き、協会の仕事もかなり楽になりましたよ」
「そ、そうですか」
自分で言うのもなんだが、俺は資料作りが得意だ。上司が作らなきゃいけない資料作りまでやらされてきたからな。一番理不尽だったのは、矢田さんとか言う上司お気に入りの美人社員の資料作りまで俺に押し付けてきた事だ。お陰で矢田さんまで絶対に許さないリストに書いちまったよ。
悲しい過去を思い出しながら10分以上も掛けて、書類の記入を済ました。
「はい、確認しました。証明証は後日郵送、情報料も振り込ませて頂きますね」
これで終わりか。残る重要なイベントタスクは雪ノ下との話し合いぐらいか……。なんて言われるんだろうな、「あら久しぶりね、最低谷くん」とか言われんだろうな……。やっべ、なんか考えただけで胃痛がしてきたぞ。
ポケットから胃痛薬を取り出して、お茶で流し込んだ。
「あ、あの比企谷さん? 顔色が悪いですよ……」
「気にしないで下さい、いつもの事なんで」
「いつも顔色が悪いんですか……」
これ以上変な心配を掛ける前に、
「自分はもう帰りますね」
卵を空間収納に入れてから、席を立って鶴間さんと一緒に部屋を出る。エレベーターに乗る前に、社会人として感謝の気持ちを伝えておくか。
「あの鶴間さん。面倒な事にならないように色々取り計らってくれてありがとうございます」
「いえ……自分の仕事をしただけですから……」
そう言われた所でエレベーターが来たので乗って、1階のボタンを押す。
「それと、従魔を家族と呼んでくれた事、嬉しかったです。これからもよろしくお願いしますね」
「え、ひきが、」
何を言いたかったか分からないが、エレベーターのドアが閉まって下降しだした。
まあアレだ、次からはメールと電話を無視するのはやめようかな。
♢ ♢ ♢
探索者協会を後にして、俺が来たのは家電量販店である。従魔達へのクリスマスプレゼントを買うべく、まずはイヤホンをしながらアップル製品売場に。イヤホンをしてる理由は店員に話しかけるなアピールの為だ。
「お客様、お求めの物は見つかりましたか? 良ければ相談に乗らせて頂きますよ」
愛想の良い可愛い店員が話しかけてきた。たまにいるんだよな~、話しかけるなオーラを出してるのに話しかけてくる勇者店員が。マジで中指を立てたくなる状況だが、当然対策はしてある。
「あぁ!? イヤホンしてて聞こえねんだけど!? あぁ!?」
このように腐った目とチンピラ口調で威圧してやれば、並大抵の奴は引っ込んでくれる。大人になってからのぼっち生活で編み出した技だ。
「ひっ、いや何でもないです!」
怯えた様子で逃げて行く女性店員。
まだまだ社畜度が足りないな、あの店員。心臓を捧げるつもりで仕事をするんだな。せいぜい今日は上司に、何の成果も!!得られませんでした!!って報告しろ。ダンジョンで賭けたくもない命を賭けてるこっちよりはマシだろ。ってダンジョン探索者と比べるのは酷だな。
「へぇ、今は18なのか……やっぱ高いな……」
話しかけるなオーラを出しながら物色してると、目的の物があるコーナーにたどり着いた。
iPhoneが主流じゃなかった頃はマイノリティーな俺もユーザーだったが、世間で主流となってからはアンドロイドのゲーミングスマホに変えた。別に今もマイノリティーを気取ってる訳じゃない。昔と違って、iPhoneがブランドスマホなってしまったが故に費用対効果が合わなくなってしまったのだ。具体的に言うと、検索エンジンと動画鑑賞にしか使わないのに高額スマホを買う意味が分からない。あと、アップル税もかなり害悪。
まあプレゼントだし、多少高くてもいいか。そう考えて、スマホの札三つをレジに持って行き、会計を済ませる。勿論ラッピングも忘れない。
その後はケーブルコーナーとゲームコーナーに行き、イルミネーションライトとswitchを買ったよ。ついでに俺の分までswitch買っちまった。ほら俺も男子だし、男子って何歳になっても家庭用ゲームコーナーから溢れる出る輝きに照らされると、ついつい買っちまうように出来てんだよ。
家電量販店を出た後はぶらぶらしながらクリスマスパーティーに必要な物を買いまくった。
そして現在、適当なカフェでくつろいでいる。
あー、マジで直近一番の問題だと思われるタスクは、やはり雪ノ下との話し合いだ。俺は何をどう言うべきか。もう高校の頃みたく由比ヶ浜はいない。
諦めよう、最強の緩衝材を呼べなかった俺の根回し不足だ。由比ヶ浜って凄いよなー、雪ノ下と俺と言う超面倒な拗らせぼっち共を相手にしてきたんだから。もう最強の緩衝材と言っても過言じゃない。あらイヤだ、やっぱガハマさんって超偉大。対ボッチのスペシャリストになれるよ。なんなら並み程度のぼっちは、あの胸に悩殺されちゃうまである。
由比ヶ浜の偉大さも再確認できたし、雪ノ下へと確実に伝えるべき事を考えよう。
まず、話し合いに臨んでくれた時点であっちも俺に伝えたい事がある。それは何か。
一つ目は復縁の提案。だが、それは了承出来ない。やはり従魔達との生活がある以上、両立は厳しい。仮に出来たとしても日曜だけになる。そもそも日曜だけ頻繫に外出してたら勘づかれる。特に少女2人がヤバイ。
二つ目はただ単に、俺に恨みつらみをぶつけたい。これなら良い、いくらでもサンドバッグになってやる。なんなら物理的な意味でも構わない。てかこれだと俺が殴られて喜ぶマゾヒストみたいじゃねえか。
……今のところ思い付くのは、この二パターンぐらいだな。
二つ目は陽乃さんの言い方的に無いな。いやまあ話のついでに罵倒は飛んで来そうなんですけどね。
「……はぁぁ」
自然と深い溜息が出てくる。コーヒーも砂糖を3つも入れてるのに何故か苦く感じる。
問題は断り方だ。何を言って良いか、何を言ってダメなのか。
職業探索者を開示するのは……まあいい。だが配信の事を言うのは論外だ。元カノに草が生えまくってる配信動画を見られるなら、平塚先生から抹殺のラストブリットを喰らった方がマシだ。
となると、従魔の事も言わない方向で話を進めるべきだ。
義理の家族がいるんだ、とか言って肝心な事は言わないようにする。良しこれで行こう。仮に義理の家族とは何かしら、とか聞かれたら、これには深い事情が有るんだ、とか言っておこう。
もはや俺に死角は無い。ここまでコミュニケーションプランを立てられる俺はコミュニケーション強者だな。そうか今まで俺がぼっちだったのは、周りが俺のコミュニケーションレベルに達して無かったからか。もう少し周りのレベルに合わせるべきだったな。
謎のコミュ障理論を打ち立ててると、ポケットから振動がしてきた。スマホを開くと陽乃さんからLINEが来ていたので確認する。
『ひゃっはろー♪
車の点検が無事に終わったよ!
持って行く時は会社の受付に言ってね~(。-∀-)』
最後の顔文字が意味深だ……。てか早くね? 聞いてた日数より手続きが早く終わったんですけど。あの人、車に何か仕掛けとかしてないよね? マジでエンジン入れた瞬間に爆発とか無いよね? 非リア充爆発なんて起きたら、世の非リア充達が震え上がるぞ。つーか非リア充なんて人生で既に自爆済みなんだよ。ソースは俺。黒歴史のせいで真っ黒焦げだ。なんなら自爆しすぎて、もはや芸術ですらある。やっぱり芸術は爆発だぜ!
自身の芸術点を評価し終えた所で、時間を確認する。
まだ12:30。腹も膨れたし、車を受け取りに行くか。
飯を済ませた俺は、幕張にある雪ノ下HD本社へと向かった。
♢ ♢ ♢
ハンドルを握るのは久しぶりだ。久しぶり過ぎて安全運転に対する意識が過剰になってしまう。なによりトラックがいきなり突っ込んでこないかが怖い。
突っ込んできたら異世界転生して魔物と戦う羽目になってしまう。あれ? 異世界行っても魔物と戦うとか、今とやってる事が変わらないんですけど。なんなら仲間に魔王がいるんですけど。ならこの偉業を手土産に、何もない天国行きにして貰えるように女神と交渉しよ。
「もっとバイブス上げていこーぜ、比企谷くん♪」
トラックの追突から始まる異世界転生に不安を抱いてると、助手席に座ってるパリピなお姉さんが頼んでも無いのにハイになりだした。
「なんでこうなった……」
「えー、だって比企谷くんが運転したいって言うから」
「いや、俺は家に帰る為の運転をしたいのであって、貴女を送る為の運転は違う気がするんですけど」
何故か雪ノ下HDの受付に車のキーを取り行ったら、陽乃さんが出てきたのだ。で、家に帰ろうとした所で捕まり、陽乃さんを雪ノ下本家まで送る羽目になった。雪ノ下本家とか10年ぶりだ。俺が敷地内に入る訳じゃないから別に良いんだけどね。
「でさ、比企谷くんも実家に上がっていく?」
「……ダンジョンに行った方がマシですよ」
「ッアハハハハ! 相変わらず酷い言いようだね。お父さんもお母さんも喜ぶと思うんだけどな~」
何が面白いのか、ゲラゲラ笑い出したし……。
なんで大手企業の副社長を乗せて運転してんの俺。これって完全ボランティアだよな。俺はいつから魔王の運転手になっちゃったの。年収1000万なら考えても良いレベル。
「相変わらずなのはそっちでしょ。俺ってもう雪ノ下家と関係のないモブ市民ですよ。こうやって構われる理由が分からないですね」
「そう? 配信で新時代を切り開くって意気揚々と宣言した探索者なんて面白いじゃん♪」
だからそれ言ったの俺じゃねんだけど。っつーか新時代ってなんだよ。俺からしたら、自分が探索者をやってる時点で充分新時代を実感してるんですけど。
「後は純粋に義弟君とコミュニケーションを取りたいって感じかな!」
「いや、俺が義弟になる可能性は無いんじゃないんですかね……」
「じゃあ彼氏?」
「いやいやもう関係がカオスですよ、それ。と言うか、年下が好みだったんですね。初めて知りましたよ」
どうせいつもの冗談だと思って俺も適当に返すと、信号に引っ掛かる。ブレーキを踏で、しばらくの間停車する。
金持ちん所の娘さんと別れて、次はその姉と付きあうとか外道だろ。韓流ドラマも真っ青なドロドロ展開になるぞ。
「ねえ比企谷くん。もう義弟とは思えないって言われたら、どう思う?」
俺の肩に手を乗せて、顔を近づけて妖しく問いかけてきた。そのせいか、妙に心臓が高鳴るのを感じる。
落ち着け。いつも通りクールに行け俺、クールにだ。この人がからかい上手の陽乃さんなのは昔からだ。高度に訓練された俺なら西片君みたいにあたふたしないし、勘違いもしない。
「それってアレですか、これからは他人扱いって事ですか。まあ空気扱いよりは嬉しいですね」
なんら解釈は間違ってない。付き合ってた時なら婿候補だとかで準家族的な扱いだったかもしれないが、今となっては俺と雪ノ下家は他人同然。強いて言えば、従妹の西……西なんとかさんを助けたせいで、再び接点が僅かに出来ただけだ。
上手いこと躱したつもりだったが、陽乃さんの指が俺の頬をなぞり、つんつんしてきた。
「やっぱり完全に終わらせる気なんだね……あはっ、上手く行くと良いね♪」
「それ、どう言う意味……」
聞こうとした所で、信号が青に変わり、そっちの方に意識が取られた。アクセルペダルを踏んで発進する。
「その感じだと、話し合いの段取りは出来たって感じだね。私の予想だと、ガハマちゃん辺りに取り成して貰ったて所かな♪」
何でバレてんだよ。本当大した推理だ。体は
「……ノーコメントで」
「て事は正解なんだね♪」
適当にどうですかね〜と、苦笑いで誤魔化す。
それでも陽乃さんは、どうやら聞きたい事がまだあるらしく、矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。
「ねえねえ、どうして比企谷くんは探索者なんてやってるの?」
「見て分かるでしょ、従魔達を養ってるんですよ。まあ会社勤めより精神衛生が良いってのもありますが」
「へぇ~、その話しぶりだと探索者になる前から従魔が居たって事だよね~」
俺の中の警戒警報が瞬時に鳴り響く。
しまった。どう言って良いか分からないが、完全に何かを勘づかれた。
「……」
「ずっと疑問だったんだよね。比企谷家の猫、カマクラちゃんの事が」
そこまで言うと、悪魔のような笑みを浮かべた。そして、そのまま推論を述べ続ける。
「どう言う訳か、カマクラちゃんは魔物化した。しかも普通の魔物より強いし、不思議なスキルを持ってる可能性が高い。違う?」
「な、何を言ってんすか、カマクラは老衰しましたよ……うちにいる猫はグレイキャットから進化した二代目カマクラなんで」
「とぼけても無駄だよ比企谷くん♪ 鎌谷幕府が最初に上げた配信と、小町ちゃんが過去インスタに投稿した写真を見比べたら、カマクラちゃんが同一個体なのは誰が見ても分かるよ」
そんな些細な情報で分かるのかよ。そう言えば高校の頃から小町ってカマクラの写メをSNSに上げてたな……。
いや、この場合問題なのはカマクラの特殊性に気づきかけてる所だ。
「いやいや、動物が魔物になるなんて有り得ないでしょ」
「有り得ない? ファンタジーが混ざった現代社会だよ? 動物が魔物化しても今更不思議には思わないかな~」
随分と現代ファンタジーに適応してるな。もう下手に誤魔化すのは不可能だ。なら開き直りつつ、明確にしない方が良いだろうな。
「仮にですよ、仮にそうだとして何かあるんですか?」
「べっつに~、面白そうだから知りたいだけだよ♪」
いつも通りの飄々とした受け答えに、こっちの気が抜けそうになる。
さっきから手玉に取られて、冷や汗をかきっぱなしだ。
俺はもう立派な29歳。いい歳した大人がいつまでも女性に冷や汗をかかさられるのは男として情けない。ここは少しばかり反撃するか。
「そう言えば、前回会った時から思ってたんですが、髪伸ばしたんですね。似合ってますよ」
「はい?」
「しかも昔と変わらず妹思いで、何と言うか、改めて心身ともに綺麗な方だと思いましたよ」
柄にも無く褒めまくると、陽乃さんが戸惑った表情をみせる。
計算通り。俺が言わないであろう事を言えば、戸惑ってくれると思ったよ。
「ねえ比企谷くん、お姉さんに何を言って、」
そっちにターンなんて回すか。
「そっすよね。陽乃さんはお姉さんで、俺なんていつまでも弟みたいなもんですよね。凄く残念ですよ」
「もー! お姉さんをからかってるでしょ!?」
ルーメリアが悔しがってる時と同じくらいに良い表情だな。魔王様の困り顔がクセになりそうだ。
とは言っても、これ以上やると後が怖いし、ここまでにしよ。
「ハハ……バレちゃいました? つい、なんて言うか、こう言うの弟っぽくて良いじゃないですか~」
「きも~い」
おい、ナチュラルに傷つくからやめて。自分でも最後のはちょっとキモイって思ったけどさ。って結局キモイのかよ俺。
自分の発言に悶えてると、雪ノ下家が見えてきた。
「あ、ここで降ろしていいよ」
そう言われて、車を端に寄せて停車。陽乃さんはカバンを肩に掛けて、車から降りた。
これで送迎ミッション完了と、一息ついてたら陽乃さんがトントンと、軽く窓を叩いてきた。
なにか忘れたのかと思い、ボタンを押して窓を下げる。
「なんか忘れ、」
窓を下げて聞こうとした瞬間、ズイッと陽乃さんが顔を俺の顔面ギリギリまで近づけてきた。
「もし、雪乃ちゃんと復縁出来なかったら、次はお姉さんのターンね♪」
それだけ言うと、陽乃さんは走り去って行く。俺は啞然としながら去って行く彼女の後ろ姿をただただ見ていた。彼女の耳が赤いように見えるのは、果たして気のせいだろうか……。
「これ揶揄われてるんだよな……うぅぅ!」
小っ恥ずかしくなって、慌てて周辺を確認してから動揺をかき消すが如く、車を発進させて走らせる。
色々考えながら車を走らせたせいか、気づけば家に着いていた。
そして、由比ヶ浜からも取り成しの連絡が来ていた。
『やっはろー!
ゆきのんが明後日20時にエンジェルラダー天使の階だって!
頑張ってねヒッキー(≧▽≦)』
エンジェルラダーって……ドレスコードが必要なバーじゃねえか。なんだよ、また金に困ってる不良娘でも説得しに行くのかよ。良いぜ、今なら100万円だって寄付してやるよ。って、これだと奉仕部の自己変革を促せる理念から外れてるな。魚の釣り方を教えないと。
なら金に困ってる、そんな君には! ダンジョン探索者をオススメ☆ なんちゃってな。
うだうだ現実逃避したが今回の場合、説得対象なのはお互い様か。
「……髪切りに行こ」
こうしてせっかく家に着いた俺は車から降りる事なく、再び車を走らせた。
君津で美容院が見つかると良いな。果たして予約無しでも切ってくれる所は有るのであろうか……。最悪、金の力で解決しよ。
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