か、カマクラが若返ってる!?   作:9ナイン9

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31:時を経ても想いは、触れた熱だけが確かに伝えている。

sideルーメリア

 

 怪しい、凄く怪しい。勇者がいきなり魔王陣営に加わるぐらい怪しいですわ。まあ実際に勇者を寝返らせた事もありましたけど……。結局、口先だけで弱かったから秘密裏に滅っ殺してやりましたわ。

 そんな事より一昨日マスターが、頑なに切らなかった髪を切った事。そして、いま目の前で服装やら髪型を整えたマスターがパソコンとやらをポチポチしている。商談だから身だしなみを整えるのは分かりますわ。問題はいつもの髪の整え方と、スーツ?正装?の種類が違う事。

 

 スーツとやらはいつもの黒一式ではなく、僅かに光沢が入ったネイビー。シャツは黒で、ネクタイとやらは情熱的な赤でエレガントな模様が入ってる。髪型は七対三の比率に分け、前髪を上げて、横に流している。

 正直かなり色気が出ていてカッコイイですわ。いつものやさぐれ系では無く、腐った目も相まって今日はワイルド系イケメン! 

 はぁ、抱かれたい……って今はそうじゃないですわ!

 

 カッコイイせいで、怪しさに余計拍車をかけていますわ。必要以上に整え過ぎですのよ。まるで男女の逢瀬に行くかのような格好……。それにわたくしが「どうしたんですの」と聞いても、「だ、大事な商談兼会食が夜から有るんだ」とマスターは目を合わせずに答える始末。これは絶対に何かありますわ。

 

「マスター、なんで今日は帰ってこないんですの?」

 

 そう聞くと、マスターはポチポチをやめて、面倒くさそうに目を合わせてくる。

 

「さっきから言ってるだろ。車で行くけど、酒を飲むせいでホテルに泊まるって」

 

「わたくしもマスターと酒が飲みたいですわ」

 

 可愛く上目遣いで言ってみる。だけどマスターの顔は苦々しい。

 

「ダメだ、仕事の付き合いで行くんだ。遊びに行くわけじゃない。それに、お前の見た目が少女の内は酒なんて絶対飲ませないからな」

 

 失礼しちゃいますわ。わたくしは1000年以上を生きた立派なレディー。お酒なんて腐るほど飲んできましのに、マスターはわたくしを子供扱い。……いや手のかかる妹扱いのが正しいですわね。

 

「あるじ様が帰って来ないのイヤー」

 

 寂しいそうにタマエが声を出した。それに対して、マスターは凄く申し訳無さそうな表情をする。

 これを機に追撃ですわ!

 

「そうですわマスター! 大体、わたくし達の食事はどうするんですの?」

 

「Lサイズのピザを8個買ったからそれを温めてくれ」

 

「ピザ!? やった!」

 

 タマエと同時にわたくしも嬉しい気持ちがこみ上がってくる。ピザは最高ですわ。まさに人類の叡智が詰まったような食べ物。手に取るとチーズが伸びて、口に入れると暴力的なまでの濃厚なチーズの旨味が全身を支配してくる……。危ない、今はピザをレビューしてる場合じゃないですわね。

 

「もう正直に聞きますわ。マスターは女と会うんですのね」

 

「まあ、会食だから先方に女性がいる可能性はあるかもな……」

 

 またですわ、また目を逸らしましたわ。しかも後ろめたさがプンプン漂ってきますの!

 

「イヤ! あるじ様、知らない女の人ん所に行っちゃヤァ!」

 

 ウーンと涙声でタマエは、マスターの腕をユサユサ揺らす。対してマスターはタマエの指を一つづつ丁寧に解くと、その頭を優しく撫でる。

 

「いいかタマエ。お兄ちゃんは本当に仕事に行くだけなんだ。だから心配するな、別に女の子と遊びに行く訳じゃないんだぞ」

 

「だってあるじ様……いつもよりカッコいいんだもん……」

 

「それだけ大事な商談なんだ。信じてくれ」

 

「……ワガママ言ってごめんなさい」

 

 多少信じたのか、タマエは大人しくなった。ですが、わたくしは到底信じる事が出来ないですわ。

 ここは屁理屈屋である小賢しいマスターの思考をトレースする必要がありますわね。

 

 女が来る可能性はある=確定で来る。  

 商談会食=食事の席で仕事を話題にする可能性があるから、そう言ってるに過ぎない。

 

 なるほど、読めましたわ。嘘は言ってないけれど、かなり濁してますわね。商談とか会食とか綺麗な風に言ってますけど、実際はデートでディナーに行くだけに違いませんわ。

 

「往生際が悪いですわよ、マスター。実際ただのディナーデートじゃくて?」

 

 核心を突かれたのか、マスターは深く溜息を吐いた。そんなマスターをタマエは心配そうに眺める。

 

「あるじ様デートなの……?」

 

「これだけは言っとくぞ。嘘はついてないし、絶対にデートなんかじゃない」

 

 マスターが絶対を口にした。心が締め付けられるような思いですわ。

 なら何で、そんなに格好良くするんですの……。例えデートじゃなくても、他の女を相手にカッコイイマスターを見せるなんて、凄く嫌ですわ。

 ……この感情、凄く苦しい。だってこれだと、わたくし本当に面倒くさい女ですわ。こんな姿、女神殺しを成し遂げた魔王じゃないですわよ。死んで逝った四天王達に見られたら絶対に揶揄われますわ。特にライミー。

 

「…………ふぇぇ?」

 

 自分に嫌気を感じてたら、頭をなでられる優しい感触がしてきた。視線を少し上げると、温かい笑みを浮かべるマスターの顔があった。

 ずるい。こんな顔されたら、もう文句なんて言えないですわよ……。

 

「そんな浮かない顔すんなよ。帰ったらフワフワなパンケーキを作ってやるから」

 

「本当!? あるじ様のパンケーキ大好き!」

 

「ああ本当だ。だから良い子にするんだぞ」

 

「ふ、ふんっ! もう行ったらどうですの? 18時ですわよ」

 

 恥ずかしくなって、いつもみたくマスターの手を弾いてしまった。

 そうだ。明日の夜は、マスターが寝てる時にベッドに忍び込んでやりますわ。

 

「そうだな、俺はもう行くわ。っと、その前に……お〜い、カマクラ〜」

 

 マスターは、庭で犬っころにフリスビーを投げて遊んでるカマクラさんを呼び出した。

 猫が犬に円盤を投げるなんて、中々にシュールですわ…………。

 

「にゃー?」

 

「しつこい訪問営業が来たら、気絶させて近くの山に捨てておいてくれ。あと、食うのは無しだからな?」

 

「みゃ〜ん」

 

 食べたかったのか、カマクラさんは不服そうに首を立てに振る。

 そう言えば最近来たN◯Kとやらが、カマクラさんに気絶させられた上に、食われかけてましたわね。マスター曰く、害虫みたいな奴らだから仕方無いらしいですが。

 

「あとこれだな」

 

 マスターは空間収納からピザ8箱に続いて、獣達の晩御飯も沢山出した。

 

「じゃあ俺は行ってくるから、いい子にしてろよ。夜更かしは程々にな。ゲームは2時間までだからな。甘い物もあんま、」

 

「うっさい、マスターうっさい! さっさと仕事とやらを終わらせて来なさい!」

 

 最後までお兄貴面が出来なかったせいか、どこか哀愁を漂わせながら行ってしまった。少しすると、最近マスターが買った車とやらのエンジン音が聞えてきた。

 

 とりあえず、マスターが最近買ったソードアート・オンラインとやらのDVDを見ながらピザを食べなきゃですわね!

 

♢ ♢ ♢

 

 高速を使い、1時間弱で海浜幕張駅付近に到着。意外と予定の時間まで結構余っていた。なので、ゆっくりと車の出し入れがしやすい駐車場を探していたら、丁度良い時間にエンジェルラダー前に着く事が出来た。

 ったく、バックで駐車すんの難しすぎだろ。お陰で3回もやり直したぞ。マリカーとは大違いだ。そもそもマリカーで駐車する場面なんて無いんですけどね。

 

 バック駐車のイメトレをしながら、エンジェルラダーに入る。約束の時間まで、まだ20分もある。お手洗いへと行き、身だしなみの最終チェックをする。

 空間収納からワックスを取り出し、ほんの少し髪を整える。ネクタイの緩みも確認して、締め直す。最後に香水を取り出し、手首にプッシュして、軽く首筋にトントンと付ける。

 

 よし、準備完了。こんなにキメて来たんだ、雪ノ下に外見をイジられる事は無いだろ。まあ「相変わらず腐った目ね」ぐらいは言われそうなんですけどね。だとしても、今日はどんな悪口が飛んで来ようが、黙って受け入れてやるさ。とは言っても、やっぱ気が重い。まるで従魔無しでダンジョンボスに挑むような気分だ。

 

 防御力を上げた俺は、お手洗い場からエレベーターホールを経由して、エレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。

 

 黙ってエレベーターに乗ってると、罪悪感が込み上がってくる。ルーメリアとタマエには申し訳ないと思う。会食だとか商談とかの体の良い言葉を使ってしまった。それでも嘘は言って無い。仕事の話しはするかもしれないし、取引履歴のある雪ノ下HDに所属してる人間との食事なんだ。会食って言っても過言じゃないだろ。

 

 いない二人に対して心の中で言い訳を並べてたら、最上階(ボスエリア)である天使の階に着いた。降りると、あの頃の懐かしさを感じた。優しく穏やかな光。蠟燭の灯りのように密やかで、ともすれば暗いとすら感じるバーラウンジが、昔と変わらず眼前に広がっている。

 大人になってから来ると、案外緊張しないもんなんだな……。

 

 ゆっくりと歩き始める。開け放たれた重そうな木製のドアをくぐるとすぐさまに、ギャルソンの男性が脇にやってきて、すっと頭を下げた。

 

「何名様ですか?」

 

「2名なんですが、多分連れが先に着いてると思います」

 

「その方でしたら、あちらでお待ちです」

 

 ギャルソンが手を向けた先の夜景が見えるガラス張り近くにあるソファー席に赴く。向かうついでにバーカウンターに目を向けると、そこには知らない女性バーテンダーが無表情で立っている。

 川崎がいる訳無いか。このまま小町と大志が行く所まで行ったら川崎と俺って親戚なんだよな……。なんか親戚になっても塩対応されそう。でも待て、けーちゃんとも親戚か! やったね☆

 

 小町の未来について考えてたら、運命の時が来てしまった。

 彼女は足音に気付くと俺の方へと振り返った。反対に俺は、夜景に彩られた彼女の黒くて美しいドレス姿を目にして息を呑む。身体も精神も止まってしまった。

 不覚にも13年前と同様、あの何も無い部室で出会った時のように見惚れてしまったのだ。

 

「久しぶりね、比企谷くん。会いたかったわ」

 

 穏やかでいて嬉しそうに、そう言われた。

 あんな酷い別れ方をしたのに、雪ノ下が出会い頭からNO罵倒だと……!? てっきり初っ端から「あら比企谷くん。よくもまあ、おめおめと顔を出せたものね」って敵意剝き出しで来るかと思ったぞ。疑問はまだまだ尽きない。俺の記憶より雪ノ下が濃いめの化粧をしている。大人の色気が全開だ。

 

「座ったら?」

 

「お、おう……」

 

 動揺してたら座る様に促されたので、大人しくフカフカの高級ソファーに座る。

 コイツ本当に雪ノ下か? 陽乃さんが密かに作ったシスターズじゃないよな。レベルシックスシフト計画が始動してるとか無いよね? 上条さんカモーン!

 

「比企谷くん」

 

「ひ、ひゃい!」

 

 緊張し過ぎてかみまみた。今日だけで黒歴史を沢山作ってしまう気がしてきたぞ。あー、胃が痛いくなってきたぞ。

 

「その格好凄く似合ってるわね、素敵よ」

 

 言われた事に対して啞然としてると、雪ノ下は紅くなっていく顔をメニューで隠した。

 もー! 恥ずかしいならそんな事言わないで下さいよー! お陰で、俺もお前もクリティカルダメージが発生してるじゃないですかー!

 

「お、おみゃえも凄くき、き綺麗だぞ」

 

 アホボケナス八幡、大事な場面で噛んでんじゃねえよ! って八幡は悪口じゃねえだろ。

 恥ずかしくなって、咄嗟にメニューを手に取って眺める事で誤魔化す。

 分かんねー、お高い所のバーってメニューに写真ねーし、名前が全部カッコイイから同じに見えるんですけどー。

 

「比企谷くん、頼む物は決まったかしら?」

 

 おう、と返事をすると呼ばれたイケメン店員がやって来る。雪ノ下は『スノウ・クリスタル』とか言う如何にもお洒落なカクテルと、軽いつまみを頼んだ。対して俺が注文したのは『ヴァンパイア・キッス』とか言う色っぽいカクテル。特に他意は無い、何故か目に付いたから頼んだだけだ。そう言えば、うちにいるヴァンパイアとの出会いもキスから始まったよな……。ああ! 別のカクテルを頼むべきだった!

 

「「…………」」

 

 頼んだは良いが、お互いにコミュニケーションレベルが低めなのと、久しぶりに会ったせいで何を話して良いか分からなくなっている。ここは俺が上司とのコミュニケーションで学んだゴマスリヨイショを見せてやるか。

 

「そ、そう言えば聞いたぞ。今は雪ノ下HDで部長職なんだろ? まあなんだ、おめでとうさん」

 

「あら耳聡いのね。てっきり耳も腐ってる物だとばかり思っていたわ」

 

 おうおう、雪ノ下がちゃんと雪ノ下だった。いい笑顔で罵倒してきたぞ。なんかシスターズとか疑って悪かったな。久しぶりに罵倒が聞けて安心してる俺ガイル。

 

「でも、貴方にそう言って貰えると嬉しいわ」

 

 どんな悪天候でも晴れそうな笑顔を見せられて、俺の鼓動が高鳴っていくのが感じる。昔の氷35L、ツン25㎏、デレ4L、ポンコツ1.5㎏で錬成された雪ノ下はどこ行った。デレの比率が増えるてるぞ。てか、なに人体錬成に成功してんだよ。

 

 デレのんにドギマギしてると、頼んだ物が運ばれてきた。まず、テーブルの中心に置かれたのはツマミである『アボカドとモッツァレラの生ハム巻き』。それに続いてお互いのカクテルが置かれる。

 

「貴方って、そんなに赤い物が好きだったかしら? ネクタイも赤だし。あんなにトマト嫌いだったのに不思議ね」

 

「安心しろ、トマトは未だに苦手だ。それとネクタイが赤いのはたまたまだ」

 

 本当に何で今日は赤い物に縁が有んだろうな……。星座占いでも赤い物を身に着けろとか書いてあったし。

 

「そ。なら今度、美味しいトマト料理を振る舞ってあげようかしら」

 

 それは是非とも俺じゃなくて従魔達に振る舞って欲しいわ。雪ノ下の料理ならトマトでも美味しく食べれそうなんだけどね。本当に食べたいけど、その日が来るとも思えないのが悲しい……。

 

「ああ、いつかな……。それより乾杯しようぜ」

 

「ええ、そうね。それでは乾杯」

 

 お互い手に持ったカクテルグラスを軽く突き合わせる。下っ端根性の染み付いた俺は勿論、相手よりグラスを下にして乾杯をした。実際雪ノ下って俺の元上司みたいなもんだしな。

 

 雪ノ下が酒を口に運ぶと同時に、俺もカクテルを口に運んだ。僅かにいちごとチェリーの風味がする。久しぶりに酒を飲むせいか、かなり美味しい。ちょっと度数は高めかもしれないが。

 

「所で比企谷くん、以前より体付きが良くなったかしら? 顔もどこか精悍になったような……まあ目は相変わらず腐ってるわね」

 

「最後のいらないだろ。仕事柄ちょっと鍛えなきゃいけなかったんだよ」

 

「貴方が体を使う仕事なんて珍しいわね。どんな仕事か聞いて良いかしら?」

 

 やっぱりこの歳になると仕事の話題になるよな……。まあ仕方無い、ここは正直に言うか。

 

「…………だ、ダンジョン……探索者だ」

 

 打ち明けると余りにショッキングだったのか、雪ノ下は咳をして咽る。そして、すぐにこめかみに指を置いて頭イターイポーズをした。昔からそのポーズ好き過ぎだろお前。

 

「ごめんなさい比企谷くん。どうやら私も歳みたいね。もう一回職業、年齢、住所、犯罪歴、電話番号の全てを言ってくれるかしら?」

 

「サラッと犯罪歴を混ぜてんじゃねえよ。そもそも何でお前に個人情報を全て言う必要があんだよ」

 

「だって、貴方の口からダンジョン探索者なんて有り得ない言葉が聞えたのよ?」

 

 ここが正念場だと思い、一気に赤いカクテルを飲み干す。

 

「そうだな、昔の自分が聞いたら卒倒するだろうな。でもな、本当に探索者をやってんだ」

 

「…………ふざけた嘘ではないの……よね?」

 

 悲しみを孕んだ声で聞かれた俺は、下を向いたまま黙って頷く。

 

「比企谷くん。貴方、悪意ある女の保証人になったせいで借金を抱えてるのね。その返済、いくら必要なの?」

 

「はい……?」

 

 ヤバイよこの子! ど言う意味で受け取ったか知らないが、親しい人間が助けてとか言ったら簡単に金を渡しちゃうタイプだよ!

 

「待て待て!? 変な想像を膨らませるな。一旦落ち着けって」

 

「だって! 貴方、ダンジョンから一番程遠い存在じゃない」

 

 いやまあ確かに、働きたくな〜い、働いたら負だ〜、外に出たくな〜い、とか言ってた奴がダンジョンに行ってるなんて簡単に信じられないよな……。

 

「落ち着いて俺の話を聞けって。借金なんか無いし、むしろ金が順調に貯まってるまである。探索者は好きでやってるっつーか、まあ色々深い事情があるんだよ」

 

「なら、その深い事情とやらは聞いても?」

 

 ここからの会話は濁しと誤魔化しのオンパレードだ。まず従魔の事は言わない。そして、ひび割れた関係を完全に砕く。

 

「なら、もう本題を話さそうぜ。その方が早い」

 

「そうね。いつまでも世間話をしていては、時間の浪費だもの」

 

 雪ノ下の顔が一瞬強張ったが、すぐに決意を宿した凛々しい表情になった。

 そして俺は深々と頭を下げる。

 

「まず……10年前、本当に申し訳なかった。心無い酷い言葉で雪ノ下を傷つけた。重ねて本当に申し訳ありませんでした」

 

 こんなの酷い自己満足だ。今更許して欲しいとは思わない。一生恨んで貰っても構わない。殴らたって文句は言わない。それでも今は、自己満足だとしてもお互い前に進むべきなんだ。

 

「……もういいわ、謝罪を受け入れます。だから顔を上げて頂戴」

 

 そう言われて顔を上げると、目に映るのは彼女の複雑そうな表情だった。

 

「私もあの時は感情的になり過ぎた。今にして思えば、貴方は私の家の事で必死になってくれていた。理解が足りなかった私にも落ち度があったわ」

 

「いや、そんな事は……」

 

「もう別れた当時の話はやめましょ。お互い未熟だった、それだけの話よ」

 

 被害者が蒸し返したくないと言うなら、これ以上は言うべきじゃないな。

 

「分かった。謝罪を受け入れてくれた事、本当にありがとうな」

 

「ええ、でもそれだけじゃないのでしょ?」

 

 深く息を呑み込んで、吐く。すると走馬灯のように高校の頃の記憶が駆け巡ってきた。初めて奉仕部に入部した時の事から、卒業式で涙を流した事まで全部。

 正直色んな感情が込み上がってきて、もうグチャグチャだ。だけど、ちゃんと終わらせなきゃならない。これだけは、なぁなぁには出来ない。だから言え、言わなきゃいけないんだ。この世で最も愛した彼女の未来の為にも。

 

「未だにちゃんと言葉にして無い事があってな……だから今日はそれを伝えにきた」

 

 ロマンチックなピアノの演奏が聞こえる中、彼女は微かに震えるような声で「聞くわ」と返してくれた。

 

「自分勝手なのも分かってる。最低なのも分かってる。それでも……自分勝手で最低になってでも守らなきゃイケないモノが沢山出来ちまった。だから頼む、人生を歪める権利を……放棄させてくれ」

 

「……イヤ」

 

 本当に小さくて弱々しい声だが、ピアノの演奏に掻き消される事無く確かに聞えてた。

 

「雪ノ下……」

 

「そんなの納得出来ない……守らなきゃイケないモノって何? 新しい交際相手? お願いだから、納得出来るようにちゃんと教えて」

 

「新しい彼女がいるとかじゃないんだ……ただ、俺には……守るべき家族が居て……それで探索者をやってて……そんないつ死ぬか分からないような人生に、お前を巻き込めないだろ」

 

 悲しみのせいか、或は慎重に言葉を選んで濁してるせいか、言葉が途切れ途切れになってしまう。どんなに言い訳の言葉を伝えた所で、雪ノ下の目は潤んでいながらも、諦めていなかった。

 

「貴方の言う家族が何を指してるかは分からない……それでも……! それでも私は関わって行きたいと思ってるわ」

 

「これは俺の問題なんだ。お前は、俺の事なんて忘れて幸せになるべきだ」

 

「貴方が……グスッ……いない人生なんて幸せじゃないわ……グスッ」

 

 彼女は涙を流し、懸命に俺を引き留める為の言葉を並べてくる。俺はその涙を見て見ぬ振りして、そっと机の上に万札を置いてゆっくりと席から立ちあがった。

 もう俺から伝えたるべき事は全部伝えた。きちんと彼女を傷つけて終わらせた。後は時間が解決するであろう。

 既に最低野郎になった手前、最低エピソードが一つ二つ増えても同じだ。

 最後に、今から実行する最低な行為に対して自問自答をする。

 

Q.自分のせいで、元カノが目の前で泣いてます。どうすれば良いですか?

A.強制逃亡(アカンパニーオン)宿舎(マサドラ)へ!

 

♢ ♢ ♢

 

side雪乃

 

 お願い行かないで、私を置いていかなで、そんな想いで去って行く彼の背中に手を伸ばそうとするも、力無く降ろす。

 分かってた。彼のどこか憂いを帯びた表情を見た瞬間から、復縁なんて出来ない事ぐらい分かってた。私を傷つけたのも、彼なりの優しさだってのも理解できる。

 

「一人にしないで……グスッ……比企谷くん……」

 

 彼との思い出が止めどなく溢れて来ると同時に、涙も溢れてくる。

 最初は目の腐った男、そのぐらいの認識だった。でも一緒に部活を続けて行く内に彼に助けられて、気が付けば依存して、そして惹かれていた。

 そんな彼からは、沢山の初めてを貰った。初めて他人と買い物へ行くのが楽しいと思った、初めて他人と言い合うのを楽しいと思った、初めて正攻法以外のやり方も知った、そして初めて恋と言うモノを知った。数えればキリがない程の初めてを彼が教えてくれた。

 だけど、彼はもう居ない。今にして思えば、私は彼の事を何も知らなかったのかもしれない。

 

 探索者と聞いた時はタチの悪い冗談かと疑った。命を賭けるような仕事を絶対に彼はやらないモノだとばかり思ってたから。でも、家族がいると聞いて妙に納得もした。守るモノがある時の彼は、グダグダ言いながらでもきっと命を賭けてしまう。だから余計に、探索者なんてやって欲しくはない。サブレさんを庇った時と同様に、彼なら命を捨ててでも守ろうとするから。ただ、家族と言うモノが何を指してるのかは分からないし、きっと永遠に知る事は無い。

 

──手放したら二度と掴めねぇんだよ

 

 もう何をしても手遅れ、そう諦めていたら彼に言われた過去の言葉を思い出した。

 そうよ、今思えばあの男はいつも相談も無しに自分勝手なのよ。あの時だって勝手に合同プロムを進めて、尻拭いに巻き込まれて──私を繋ぎ止めてくれた。

 

「グスッ……本当、自分勝手で最低よ」

 

 カクテルを一気に吞み込んで迷いを断つ。酒の力か、それとも覚悟が決まったからか、自然と涙は止んでいた。

 急いで上着を手に取って、手を通してから店員を呼んで、お釣りが出ないように金銭を渡した。

 待ってなさい比企谷くん。今度は私が、自分勝手に繋ぎ止めさせて貰うわ。

 最低な元カレのせいでハマってしまった漫画を思い出しながら、今から自分がやろとしてる未練がましい行為に自問自答をする。

 

Q.元カレが話し合いの途中で逃げました。一発ビンタを入れるにはどうすれば良いですか?

A.強制追尾(アカンパニーオン)比企谷君(ゲンスルー)

 

♢ ♢ ♢

 

 エンジェル・ラダー天使の階で、天使長ユキエルから逃げ出した。

 堕天した俺は今、手をポッケに突っ込み、寒さを感じながら歩いてる。

 目指すは駅近にある適当なカプセルホテル。ガキん時からここら辺に良く来てたお陰で、迷う事無く足が自然に進む。

 

 寒さのせいか、吐息が白い。一応周りに人がいないのを確認して、空間収納からホットなマッカンを取り出す。プルタブを捻って、口に流し込むと体が芯から温かくなるのを感じる。なのに心は冷たいままだ。

 

 原因ははっきりとしてる。彼女の──雪ノ下雪乃の涙を見てしまったからだ。

 

「……くそっ、あれしかねぇだろ」

 

 空虚と思える独白は宵闇に消えていく。あっちの願いは関係の修復で、こっちの願いは関係を終わらせる事。

 あのまま話し合ってても平行線だったに違いない。故に俺の行動が最適解だった。

 

 後悔や罪悪感に潰されそうになりながらも、それに抗うように一歩、また一歩と、歩みを進める。

 途中、マッカンが空になったので、空間収納にポイしようかと思ったが、通りがかりの公園にゴミ箱があるを見つけた。

 

──待ちなさい! 比企谷くん!

 

 公園に寄ろうとしたら、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「ちょ待っ……っ!?」

 

 反射的に振り向いた瞬間、パチンと頬に痛みが走った。だが、はなっからこの展開を受け入れてた事もあり、不思議とそこまで痛くなかった。あるいは個人レベルがもたらす補正値の影響かもしれない。

 

「ハァ、ハァ、ゲンス……比企谷くん、貴方を逃がしたりなんかしない。何もしないで後悔するのだけは、もううんざりよ」

 

 彼女は息を切らしながらも、その目には確固たる信念が宿っていた。

 それとなんか一瞬、素で名前を間違われた気がする。きっと酒を飲んで走ったせいで、気分がハイになってる影響だろう。

 

「……良く走って来れたな」

 

「見くびらないで頂戴。開発本部長として、工場内を行ったり来たりしてる内に体力の無さを克服したわ」

 

 体力のある雪ノ下とか、もう無敵超人じゃねえか。戦慄してると、雪ノ下の足が目に入り、驚きポイントをもう一つ見つけた。ドレスコード用のヒールを履いてる。今頃つま先が悲鳴を上げてるに違いない。ビンタ一発の為に無茶し過ぎだろコイツ……。

 

「そうか。もうこれで気が済んだだろ? 俺は帰らせて貰う」

 

 立ち去ろうとしたが、強く腕を掴まれた。

 

「待ちなさい! 貴方は言いたい事が言えて満足かもしれないけど、私だって言いたい事が山程あるわ」

 

「離せ。これ以上はお互い平行線だろ」

 

「嫌よ。手放したら二度と掴めないでしょ。だから……私はもう手放したりなんかしない!」

 

「……お前、なに言ってんだよ」

 

 余りの気迫に、僅かに後退ってしまうが、そのまま掴まれた腕を引っ張られて、雪ノ下の方に寄せられてしまった。

 近い、近いって! 何この状況! 合気道の技を掛けられちゃう感じ!?

 

「良いわ。貴方のお願い通り、人生を歪める権利を放棄させてあげる」

 

「ファッ!?」

 

 驚き過ぎて、ついアホみたいな声が出てしまった。もっと揉めるかと思ったが、意外とあっさりと了承された。

 

「だから、貴方も私の願いを聞くのが筋だと思うわ」

 

「何だよ、お願いって? 復縁なんて出来ないぞ」

 

「そんなじゃないわ」

 

 そう言うと、俺の胸にもたれ掛かってきて、思わず受け止めるように抱きしめてしまった。そして彼女は静かにゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「貴方の人生を歪める権利を私に下さい」

 

「っ!?」

 

 やられた。12年前に彼女を繋ぎ止めるために実行したクソ恥ずい告白を逆に言われるとは思わなかった。

 不明確で不透明で不明瞭な権利。それでいて、放棄された権利。

 ったく、本当にぐうの音も出ないな。彼女は放棄された権利を強引に拾って、俺を繋ぎ止めた。その権利が何をどう俺の人生を歪めるか、考察しか出来ない以上、拒絶は出来ない。だが、なけなしの悪足搔きはさせて貰うぞ。

 

「俺……探索者なんだぞ」

 

「ニートよりはマシね」

 

「稼ぎだってその内、大きく下がるかもしれない」

 

「貴方が働いてるだけで充分な進歩だわ」

 

「いつ死ぬか分からなくてもか?」

 

「ゾンビが言うと説得力が無いわね」

 

「相変わらずひでぇ言い草だな」

 

「探索者なんだから、酷い事には慣れてるでしょ」

 

「……なぁやっぱ考え、」

 

「もう決めた事だから」

 

 悪足搔きとして、考え直すように改めて説得を試みるが、無駄だったようだ。

 

「12年前、貴方にはこう言った筈よ『あなたの人生を、ください』って。今も想いは変わらないわ」

 

 ああ、どうやら守るモノが増えたようだ。こうなったら、もう腹を括るしかない。イヤ、腹を括るだけじゃ足りない。仕事の事、家族の事、雪ノ下の事、それら全てに俺の全人生を賭けるぐらいの覚悟が必要だ。

 彼女の目を見据えて何回も想いを伝えるべく、俺は口を開きかけては閉じるを繰り返す。懸命に言葉を探すが、いい言葉が見つからない。

 

「俺は……俺は……」

 

 俺だって社会経験を積んだ立派な大人だ。あの時と違ってシンプルで分かりやすい想いを言葉にして伝えられる筈……なんだ! 

 行くぞ俺! 頑張れ俺! オラに力を分けてくれ小町!

 

「雪ノ下……好き……なんて言葉じゃ足りないな。あ……あ、あ愛ちぃてる! ……こんな俺で良ければ……これからも一緒に居て欲しい」

 

 途中で噛み噛みになりながらも、やっとの思いで伝えるべき事を伝え終える。静かに黙って聞いてくれてた彼女は、そっと目を閉じて、瑞々しい唇を近づけてくる。俺も軽く息を整え、唇を近づけて重ねた。

 どっちからか分からないが、気づけば舌を絡ませるぐらいには燃え上がる。

 時間を忘れ、触れた熱を逃がさないように、お互いの存在を舌でねっとりと確かめ合い続けた。

 

「ハァ、ハァ……もう時間もアレだし、駅まで送っていく」

 

 充分にお互いの存在を確かめ合った所で、帰宅の提案をする。俺は長期休暇中だが明日は平日。雪ノ下は仕事があるに違いない。

 

「……そうね」

 

 名残惜しそうな彼女は歩き出そうとするが、表情が一瞬だけ苦々しいモノに変わった。

 

「ほら、乗れ。次からはヒールで走るなよ」

 

 雪ノ下に背中を貸すべく、俺は身を屈めた。そう言えば、ダンジョンでもたまにルーメリアがヒールっぽい靴を履いてるな。あれは一体どんな作りになってるんだよ。

 

「いったい誰のせいで走ったと思ってるのかしら?」

 

「だから罪滅ぼしで、背中を貸そうとしてんだろ」

 

「そう、貴方は罪滅ぼしじゃないと背中を貸してくれないのね」

 

「うっせ……別に、お前が困ってたら背中の一つや二つぐらい貸すっつーの」

 

「やけに素直なのね。見ないうちに腐った性格が少しは矯正されたのかしら」

 

 楽しいそうに俺を罵倒するが、如何せん乗ってくる気配が無い。

 

「なあ、乗らないのか? いつまでもこの屈んだ態勢キツイんですけど」

 

「……ねえ比企谷くん……恥ずかしいわ」

 

「おい、今更だろ。さっきなんて五人ぐらい通り掛かってガン見されたぞ」

 

「きっと麗しい女性が、ケダモノに襲われてるように見られた可能性が高いわね」

 

「自分で麗しいとか言っちゃてるし。なんか通報されて無いか心配になってきたぞ」

 

「面会には行ってあげるから安心しなさい」

 

「お縄にかかる前提で話すのやめてくれる? そろそろ泣くぞ。っつーか早く乗れ。それとも、その足でまだ鬼ごっこがしたいのか?」

 

 観念したのか、背中に人肌の温もりと重さがのしかかるのを感じる。首に手を回された所で、足をきっちりとホールドして立ち上がる。

 駅を目指して歩いてると、背中から照れくさそうな声が聞こえてきた。

 

「比企谷くんの背中ってこんなに大きくて逞しかったのね……」

 

「まあ俺も一応……男だしな。あと探索者」

 

「子供の頃、父さんにおんぶされた背中より大きいと思うわ」

 

「お前のお父ちゃんのが大きいだろ。色んな意味で」

 

 今や国会議員だしな。この前なんか、たまたまTVを付けたら移民問題について話してたぞ。あと昔一緒にサウナに入った時、大きいモノをぶら下げてた。ガン見し過ぎて「羨ましいかね?」ってドヤ顔で言われたぞ。アソコまで国会級とは、流石は国会議員ですわ!

 

「そう言えば貴方って、妙に父さんと仲が良かったわね、フフッ」

 

「まあ……色々共感し合った仲ではあるかもな……」

 

 仲が良かったってより、お互い女性には苦労するな、って変な親近感を持たれた。あと何故かドラゴンボールの話をしたら盛り上がった。お陰で一時間ぐらいギャリック砲のポーズ講座を聞く羽目になったわ。

 

「母さんも父さんも、また貴方に会えば、きっと喜んでくれると思う」

 

「…………そ、その内な」

 

 こればっかりは心の準備が必要だ。酷い別れ方をした元カレが、元カノの実家に行ってみろ。あまり印象は良くない筈だ。小町の元カレとか悪・即・斬しちゃうまである。まあアイツに元カレなんていないけどな。てな訳で、今カレの大志を悪・即・斬!

 

 大志暗殺計画を練ってると、遠目から海浜幕張駅が見えてきた。それと同時に首に回された手に思いっきし力が入ってきて、抱きしめられる。

 

「お、おい雪ノ下、どうしたんだよ? 歩きにくいんですけど……」

 

「ね、ねえ比企谷くん──」

 

──今夜は貴方と居たいわ

 

 え?

 

「え?」

 

 驚き過ぎて、心の声と被ってしまったのん。What? 今夜一緒に居たいって、そう言う事なのん? そう言う事ですよね! 

 いやいや、いかんいかん。復縁(仮)したばっかりでそれは、あまりにも不誠実ではないか。でもあっちが求めてきてるし、それに応えない方が不誠実な気がしなくもない。

 

 落ち着け八幡、あと落ち着け股間(ヒッキー)。君はいつも通り我慢をするんだ。くっ、だが正直言ってこれ以上は我慢の限界だ。アラサーの性欲がこんなに旺盛だなんて知らなかったぞ。

 

 この前の風俗にちゃんと行っとけば良かったぜ。あとルーメリアも悪い。事ある毎に俺の入浴中に裸で突撃しやがって。毎回、目のやり場に困るんだよ。そのせいで、ヴァンパイア物のアレな作品に手を出しちまったですわ。

 

「比企谷くん。恥ずかしいから、同じ事を言わせないで欲しいのだけれど……」

 

「一緒に居たいって言われてもな……お前、明日の仕事はどうすんだよ」

 

「こう言う時の為に……有給申請はしといたわ……貴方は?」

 

 こう言う時の為って、随分と博打的な有給取得だな。いやまぁ大手企業の部長だし、有給なんて簡単に取れるか。俺に有給なんて概念は無かったけどな。社会人に有給なんてあると思ってるのか!って新卒の時に言われたよ。

 

「俺は個人事業主扱いだから大丈夫だ。絶賛冬期休暇中だしな」

 

「そう」

 

 そう、って他になんか言えよ。この空気はアレか? 主導権を全て俺に託した感じか?

 

「…………後で襲われたとか、誘拐されたとか文句言うなよ」

 

「大丈夫よ。何も言わずに通報した後、慰謝料を請求してあげる」

 

「とんだ美人局に引っかかったぜ」

 

「貴方、美人局なんかに引っかかったの? 可哀想ね、美人局が」

 

「おい、少しは被害者を思いやれよ」

 

 昔馴染みの言い合いをしながら、自然と俺の足はネオン街の方に進んでいた。

 

「ねえ比企谷くん、私も被害者よ。だって最低な男に引っかかったもの」

 

 穏やかな声でそう言われ、首に回された手でぎゅっと後ろから抱きしめられる。昔と同じく、どれだけ言っても言い尽くせない想いを、触れた熱が確かに伝えていた。

 

♢ ♢ ♢

 

 いま思うと、今日で相当ヤラかしてんな俺……。言い訳ならあるよ? 誘われた手前、男性として応じないのは失礼なんじゃないかとか。過去にお互いで初体験を済ましてるから今更構わないよねーとか。お互い合意の上だから良いよねーとか。

 とりあえず、結論を言うとだな……久しぶりのSEXは最高だぜ! ヒャッホー、ヒャッホー、ヤッハローヒッキー! 

 

「ふふっ、今まで男性の筋肉に魅力を感じなかったけれど、案外良いモノね」

 

 お互い一糸纏わない姿になって、ベットの上で毛布に包まっている。

 雪ノ下はと言うと俺に腕枕されながら、うっとりとした表情をしている。更には指先で俺の大胸筋を楽しいそうになぞっていた。どうやら、ゆきのんが筋肉フェチに目覚めてしまったようです。やはり筋肉は裏切らない親友であり、正義だったんだな。わーい、29歳にして初めての友達GETだぜ!

 

「お陰でお前の胸より……ああ! 痛い、痛いって! 折れる、折れるぅぅぅぅうう!」

 

「つぎ余計な事を言ったら、本気でへし折るわよ」

 

「ヒッ!?」

 

 怖過ぎて情けない声が出てしまった。笑顔で恐ろしい事言ってんじゃねえよ。軽いジョークと引き換えに、ヒッキーを失う所だったぞ。

 あー、どうしてくれんだよ。あまりの恐怖にヒッキーが縮んだじゃねえか。

 

「もう、7回戦目は無理だな……」

 

「呆れた……凄い性欲ね、ケダモノ」

 

 お前もノリノリで楽しんでたじゃねえか。いや~ん、あ~ん、そこはダメ~、イク~とか、いい声で喘いでたクセに。俺の美技に酔ってたクセに。

 

「あの雪ノ下さん? 自分を棚に上げるのやめようね?」

 

「あら、何の事かしらオジ谷君? 私はただ、哀れなオジサンが性犯罪に走る前に阻止しただけよ。感謝なさい」

 

「へいへい、俺がオジサンならお前はオバ、」

 

「何かしら?」

 

「何でもないでしゅ! だから強く掴まないで!」

 

 気に食わない事がある度にヒッキーを掴むなよ。EDになっちまうだろ。ヤベーよ、ダンジョンボスに挑むより怖ぇよ。そうか、雪ノ下はダンジョンボスに違いない。一生勝てる気がしないんだけど。

 

「でも貴方、凄い体力ね。昔なんて、2回で音を上げてたのに」

 

「多分、探索者になったせいかもな。あと日々の鍛錬」

 

 多分、個人レベルが一番の原因だと思う。

 

「……探索者」

 

 どこか悲しみを孕んだ声で、彼女は呟いた。

 

「心配するな。必要以上に安全マージンは取ってるし、身の丈に合わないダンジョンには行っていない」

 

「ねえ、いつか貴方の言う家族について、ちゃんと説明してね」

 

「…………分かってる。だから、もう少しだけ時間をくれ」

 

 そうだよな……。ちゃんと双方に説明しないとだよな。

 カマクラは、気にしないだろうから大丈夫。むしろ雪ノ下は超喜ぶ。

 ゴブタニは、相性は良くないだろうけど、文句は言わなそうだな。何気にコミュ力高いし。

 ソフィーも問題は無い。人懐っこいし、洗い物とかやってくれるし、雪ノ下と上手くやってくれる筈。

 サブレは、由比ヶ浜関連の説明が面倒だな……。コイツも人懐っこいし、大丈夫だろ。まあ雪ノ下の犬嫌いがちょっと心配なぐらいか。

 エルランは、お互いが干渉しなければ問題ない。

 タマエは……胃が痛い。

 ルーメリアは……直接胃に穴が空けられそう。

 

 ダメだ、少女2人が鬼門過ぎる。タマエの方は粘り強く交渉すれば、まだ希望は有ると思う。だが、ルーメリアの方には希望を見出せない。自分が死を迎える絶望は見出せるんだけどね。って、こんな事で死にたくねえよぉぉ!

 マジで考えるだけで胃が痛くなってきたぞ。

 

 空間収納を使おと思ったが、雪ノ下がいるので、ベットから慌てて立ち上がる。ハンガーに掛けてあるジャケットのポッケから胃痛薬を取り出して、水で口の中へと流し込む。

 

「なんか慌ててたように見えたけど、大丈夫?」

 

 ベットに戻ると心配そうに聞いてくる。ここは適当に言っとくか。

 

「今日はあんまりタンパク質を取れて無かったからな。タンパク質のサプリメントを飲んだんだ。これは一日たりとも欠かしたくない」

 

「筋肉に対して本格的なのね。あの比企谷くんが本当に見違えたわ」

 

「ねえ、なんで涙ぐんでの? 俺ってどんだけダメな奴だったの?」

 

 そして天使長ユキエルは微笑んで、言い放ってくれた。

 

「ダメじゃなかったわ。クズだっただけよ」

 

「……ハチマン、モウネル」

 

 拗ねた俺は毛布を首辺りまで被って睡眠モードに入る。

 なーにが天使長ユキエルだ。どちらかと言うと堕天使ユキファーじゃねえか。やっぱ俺にとって真の天使はトツエルとコマエルだけだな。

 

「ふふっ、お休み」

 

 チュウッ、と頬に確かな温もりを感じた。

 おいユキファー、可愛いじゃねえか。

 

 寝るべく目を瞑ると、過去の情景が脳裏をよぎった。

 『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と言う格言がある。言葉通りなら俺は間違いなく愚者側だ。

 その昔、俺は雪ノ下、由比ヶ浜との三角関係に対して、こう思った『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』と。

 同じく、今の思いを言葉にするならこうだ『飼い猫の若返りから始まった俺のダン活ラブコメはまちがっている』。

 結局、また何かを間違えてんのかよ。間違えてる箇所に心当たりが多過ぎて困る。主に配信とかな。




八雪の提供でお送りしました。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
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