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「…………朝……か……」
段々と脳が覚醒していき、両目を開く。いつ間にか外の日光がカーテンから差し込んで、部屋をほんのり照らしていた。部屋の暖房はついてるものの、裸だからか多少の肌寒さを感じる。同時に人肌の温かさも伝わってくる。
右腕に痺れを感じたので、その方に視線を向ける。肌白い白雪姫様が可愛い寝息をたてながら、俺を抱き枕にしていた。
彼女を起こさないよう、右腕をゆっくりと抜く。一応下の具合も確かめるべく、布団を少し持ち上げて確認して見る。
オー! ヒッキー!
健康的に反り返るヒッキーがヤッハローしてるのも確認出来たので、誇らしげに布団を元に戻す。
良かった、ヒッキーはアラサーになっても枯れてなどいなかったんだ。そんじょそこらのウェーイ系大学生にだって負けないぞ。ウッキキー!
っておい、俺はヒッキーでもなければ、ウッキーでもない。冷静に考えて、引きこもりのお猿さんとか救いようが無さ過ぎだろ。
とは言え、可愛く寝てる雪ノ下から目が離せないでいた。と言うか超ガン見してるまである。なんなら、瑞々しい唇に自然と近づいてしまっている。
寸前の所で理性が働き、唇から離れる。あっぶねー、キスなんてしたら止まらなくなるのは目に見えてる。朝っぱらから体力を使い切ったら、車の運転に支障が出そうだ。つーか帰ったら家事だってしなきゃいけない。
そう、俺は家庭を守る主夫なだけあって、朝っぱらから賢者にジョブチェンジしていられないのだ。
しかし、愛おしくなった手前、なんもしないのもモヤモヤする。抱きしめるぐらいは良いだろ。今更襲われたとか言われないだろうし……。え、言われないよね?
ちょっとビビりながらも、そっと優しく彼女を両手に収める。
彼女の温もりが全身に伝わってくる。別れて尚、長い年月想っていてくれた事。昔と変わらず口厳しい所。探索者なんて不安定な仕事をしてる俺を受け入れてくれた事。何もかもが愛おしくてたまらない。
「ケダモノ谷君、寝込みを襲うなんて最低ね。これは去勢が必要かしら」
おっと起きてしまったようだ。おはようの代わりに悪口を飛ばしてくるが、声色からは幸せが伝わってくる。加えて抱きしめ返してくれた。
「抱きしめただけで凄い言われようだな」
「どうせさっきまで貴方の下半身に付いてるお粗末で下品なモノを使って、寝てる私を犯そうとしてたのでしょ? チキン谷君」
昨日、そのお粗末で下品なモノを嬉しそうに口に咥えてたのはどこの誰ノ下さんだよ……。
「お前の言葉から色々と矛盾を感じるんですけど……」
「仕方ないでしょ? 彼女らしいちゃんとした甘え方を覚える前に……貴方と別れてしまったんだから……」
ちょっと待て。え、めっちゃ可愛い。ちょっと拗ねてる辺りが凄く可愛い。てか、全部可愛いく見えてくるまである。
「いやまあ……それは悪いと思ってる」
「お陰で29歳よ。誰かさんを待っていたせいで、平塚先生と同じになってしまったわ」
おい未婚代表みたいに言うなって。平塚先生がそろそろ泣くぞ。なんなら俺まで貰い泣きしちゃう。
「う、うん……ごめんなさい……」
「まあいいわ。所で、私はいつ貴方のご両親と、貴方の言う家族とやらに婚約の挨拶に行けばいいのかしら?」
え、婚約……!? ちょっと性急過ぎじゃないですか?
まず1、2年ぐらいは交際期間を挟みたいんだけど。従魔達の説得もあるし、結婚は遠分できないよ……。どうやら俺は、未婚アラサー女性の結婚に対する執念をナメてたのかもしれない。
「だんまり谷君? なぜ急に黙るのかしら? 誰かさんを待っていたせいで、結婚適齢期ギリギリなのだけど」
今のこのご時世30代で結婚しても珍しくないだろ。20代結婚は女性特有の理想みたいなのかもしれない。男性が夢見がちな、朝起きたら幼馴染が起こしに来るみたいなと一緒だろ。
「……いや、ま、まずはお互いの生活スタイルを知るべきじゃないか……? お前は大手企業の役職持ちで、俺はしがない個人事業主だし……」
「なるほど。貴方の考え、分かったわ。同棲して子供を作って、お互いの家族を強引に納得させる作戦ね。相変わらず考える事がゲスいのね。でも良いわ、乗ってあげる。なら早く、生で私の中にその硬くて太いのを、」
「待て待て! なんも分かってねえよ。同棲もしないし、子供も作らない。オーケー?」
「同棲もする気が無いって、貴方……結婚するする詐欺でもするつもりかしら? それとも本当は、こんな三十路間近の女性とは遊びだけなの……」
「断じて違う! もうガキの頃と違うんだ。お前にも仕事での立場とか、人間関係とか、普段の生活ってのがあるだろ? 俺が言いたいのは、改めて1年ぐらい掛けてお互いを知って行こうぜって事だよ」
表情を曇らせて、悪い方に勘ぐる雪ノ下の両肩を掴み、必死に説得する。
俺はなんて馬鹿なんだ。前科があるんだから、雪ノ下が心配になるのも無理は無い。こんな悲しい顔をさせるなんて、小町にごみぃちゃんって言われてしまうぞ。
「…………そ、そうね。貴方の言う通りだわ。ごめんなさい。また、どこかに行ってしまうんじゃないかと思って……」
これ以上いらぬ心配を掛けないように、彼女を強引に俺の胸に抱き寄せて、安心させるように頭を撫でる。
「……落ち着いたか?」
「ダメ。もっと撫でて」
気持ち良さそうに言われたので、手を休ませること無く動かす。
なんか最近やたらと女子を抱きしめてる気がするんだけど……。モテ期なんじゃかいと勘違いしそうになるが、絶対に違う。モテ期なら俺の胃に痛みなんか来ないからだ。いや待てよ、俺はモテ期なんて体験した事無いから、モテ期がどう言うモノかなんて分からない。胃が痛いモノなのかもしれない。
おいおいマジか。モテ期って胃が痛くなるのかよ。それただの終末期じゃん。年中無休でモテ期の葉山に、もっと優しく接してやれば良かったわ。ごめんな葉山、次会ったら胃痛薬プレゼントするよ。
「比企谷君、もう大丈夫よ。落ち着いたわ」
「そうか。チェックアウトの時間も迫ってるし、先に風呂入ってこいよ」
「二人で入りたいのだけど……ダメ?」
グハッ、可愛いく上目遣いしてんじゃねえよ。あざと過ぎて八幡に効果バツグンだぞ。コイツ本当に同じアラサーか?
俺も人にお願いする時は、上目遣いしてみようかな。うん、やっぱやめよう。違う意味で、人様に効果バツグンな気がするから。因みに小町が身元引受人を拒否するまでがセットな。って、何で警察のお世話になってんだよ。
「お前が良いなら良いけど……」
♢ ♢ ♢
「探索者をやるのはまだ理解できるわ。でも反社会的勢力に属するのは、流石に看過出来ないのだけど。反社谷君」
俺の背中を流そうとした雪ノ下が、何故か唐突にそんな事を言い出した。
「なに言っ……あ」
そして、やっとその言葉の意味を理解した。
失念していた。俺の左の後ろ肩にはタトゥー──ヴァンパイアが最愛の獲物に施すと言う、A4サイズ程の『黒薔薇の印』がある。
でも待って欲しい。タトゥー=反社ってのは偏見過ぎると八幡は思う訳なんですよ。雪ノ下だってそれは分かってる筈。きっと俺がタトゥーを入れてる事がショックなのであろう。いやまぁ俺が好きで入れた訳じゃないんだけどね。
「これは……俺の、もう絶対に会社員なんかにならないと言う強い覚悟の表れだ」
ちょっとドヤ顔で言ってみるが、鏡越しに映る雪ノ下の表情は苦々しい。
「どんだけ会社員がいやなのよ……」
「始業時間の20分前に行けば、お前は1時間前に来いと言われる。いつも0時ギリギリまでサービス残業。有給なんて取ろうモノなら人格否定。こんな事されて会社員に戻りたいと思うか?」
経験則だけで否定したものの、俺にも落ち度は有る。当時ちゃんと就活しなかったんだからな。『誰でも歓迎!アットホームな職場!』の求人を見て、もう面倒だからここでいいやって決めてしまった。
いや本当に、何が歓迎だよ。会社の奴隷になりたい人は大歓迎って書き直せよ。
「だからってタトゥーはどうかと思うわ。入れるのは簡単だけど、簡単には消せないのよ? ただでさえ貴方を受け入れてくれる所が少ないのに」
「別に人気のプールとか、海に行けないだけだろ。つーか今まで大して行ってないし」
「そ。なら将来家族で水遊びに行く時は、貴方だけ留守番ね。可愛い子供達と遊べないなんて、本当に哀れね」
「なん……だと……?」
自分の子供と海か……凄く行きたい!
よし、ここは自分に娘と息子がいると仮定して想像してみよ。
──タマエお姉ちゃん、ちゃんと掴んでてね?
──ルーメリアお姉ちゃん!泳ぎ方教えて!
──ゴブタニおじさん!刀でカッコ良くスイカ割ってよ!
──ソフィーって浮き輪にもなれるの!凄い!
──ほらサブレ、フリスビー投げるよ!
──ねえカマクラ、次は僕を背中に乗せてよ!
──エルランさん、貴方は私と一緒にあの子達を見守りましょ。
……おい待てよ、色々とおかしい。なんか従魔達に家庭を乗っ取られてるんですけど。誰も俺がいない事に対して悲しんでないんだけど。なんなら俺がいない方が楽しそうにしてるぞ。
想像の中ですら自分を抜きに出来るなんて、チーズバーガーをチーズ抜きで注文しちゃうぐらいオカシイだろ。流石は俺、プロのぼっちは違うな。
てかこれアレだよね?『授業参観はお母さんと従魔達だけで来てね!』とか言われちゃうパターンだよね?
「ちょっと比企谷君? 目がいつも以上に腐ってるわよ」
「…………多分俺がいない方が楽しめるぞ」
もういいよ。家族全員が幸せなら家庭内ボッチにだってなってやるよ。グスッ
「この男は、また意味不明な事を……いいえ、意味不明なのは昔からだったわ」
そんな失礼な事を言いながら、スベスベな手で俺の背中をゴシゴシしだした。
ヴァンパイア少女に付けられた挙句、この薔薇の意味が『この愛は、幾つもの輪廻を巡ろうとも、永久に変わらない』なのは口が裂けても言えない。バレた瞬間、修羅場不可避になっちゃう。
「何で薔薇のタトゥーなのかしら? 遠回しに言うなら、そんなロマンチックな絵は似合わないと言うべきね」
「全然遠回しじゃねえよ。遠回しの意味を調べてこいよ。薔薇なのは……まあアレだ、お洒落ってやつ?」
「ねえ比企谷くん。正直言うと、このタトゥーからとても嫌な感じがするのだけど」
不安を口にしながら、雪ノ下はタトゥーの辺りを強く石鹸でこすり始めた。
良く分からないが、このタトゥーが普通じゃないのを感づかれてる……。控えめに言って女の勘って超ヤベー。こんな時に胃痛がしてきたよ。日に日に胃痛薬の消費量が増えてるのは気のせいじゃない筈だ。
「せめて瀕死になってるヒキガエルか、私の似顔絵にしなさいよ」
雪ノ下の似顔絵と瀕死なヒキガエルのタトゥーって、落差が凄いな。てかどっちも嫌だわ。まだ小町の似顔絵を彫った方がマシだ。…………小町を背中に彫るのアリじゃね? 千葉の兄として最高じゃね? 小町を大志から取り返せるんじゃね?
嘘です、無しですよね。入れた瞬間、小町が一生口を利いてくれなくなっちゃう。小町的にポイント大暴落だよ。
「そんなの入れたら一生服が脱げねえだろ」
瞬間、体が寒さで震え上がった。
「ヒッ! 冷てえよ!」
「あら、反社会的な烙印は背負えるクセに私を背負えないなんて、酷い男」
鏡越しに確認すると、一通り冷水で俺の背中を流したSノ下さんは楽しいそうに笑っていた。あの雪ノ下さん? 裸だからって開放的になりすぎじゃいないですか? そう言えば、氷の女王でしたね。元からSでしたね。
「お前の理論だと何を彫っても反社なんだが?」
バスチェアを交代して、次は俺が背中を洗う。スポンジにボディーソープを付けて、雪のような白い肌を傷つけないように丁寧に優しく擦る。
「さっき髪を洗ってくれた時もそうだけれど、やけに手慣れてるのね」
ギクッ、と一瞬だけ震えてしまった。
なんて言っていいものか……。毎日少女2人が入浴中に突撃してくるんですよ〜、なんて言ってみろ。ロリ谷くんとか言われるぞ。
「ガキんとき小町と風呂に入ってたからじゃないか。なのにアイツ、小5辺りから『お兄ちゃんと一緒にお風呂とか有り得ない!キモイ!』とか言い出して、毎日を枕を涙で濡らしたもんだ」
「同情するわ、小町さんに。しかもキモイで済ますなんて優しいわね。私なら切り落とすわ」
切り落とすって何をだよ……。ちょっとアソコが縮こまったぞ。
「……ほ、ほら、洗い終わったぞ」
「比企谷くん……その……私、体が火照ってきたのだけど……ね?」
恍惚とした表情(メス顔)で、雪ノ下は身を寄せてくる。
ね?ってなに!? なにその最終決戦用言語! 俺は帰って家事をする為の、体力を温存しなければならない……。だが、この状況で断れる男がいるのであれば、そいつは骨なしチキン、或いは枯れ果ててるに違いない。
そうだ、俺は家事の為に体を温めるだけ。言ってしまえば、今からヤる行為は家事をより効率的に遂行する為に必要なプロセス。これで理論武装完了☆
結局俺達は無駄に広い浴室で、熱く、激しく、燃えるように体を重ねた。
♢ ♢ ♢
「まさか貴方が富津に住んでたなんて……一応聞くけど、由比ヶ浜さんはこの事を知っているのよね?」
「は、はい……言った気がします……」
ホテルをチェックアウトして、現在雪ノ下を車で家まで送ってる最中である。
どうせ雪ノ下HD本社がある幕張付近だと思って、俺が送って行くと提案した。だが雪ノ下の住んでる所は、幕張付近ではなかった。雪ノ下は製品開発部門の部長として、雪ノ下HDお抱えの工場がある君津市に住んでいたのだ。
何が言いたいかと言うと……俺が住んでる富津市は、君津市の西隣にあるのだ。これはちょっとマズイ。普通なら彼女と住んでる所が近いと喜ぶかもしれないが、隠したい事が多い俺にとっては喜べない事態だ。
「なぜ由比ヶ浜さんは言ってくれなかったのかしら……? 由比ヶ浜さんは後で問い詰めるとして、比企谷くん。白状する事があるのなら今のうちよ」
何かを怪しいんでる雪ノ下は俺を問い詰めてくる。非常に居心地が悪い。ホテルでのあの甘い時間が噓のようだ。ベットの上でしか粋がれないとか、俺って情けないな……。あと、良く分からないけど、ごめんな由比ヶ浜。
「別に何もねえよ……」
「そもそも由比ヶ浜さんと連絡を取り合ってたなんて意外だわ。で、どうなの? 不倫谷君?」
「頼むから人妻に手を出してるみたいに言うな。本当にやましい事なんて無いんだって。由比ヶ浜が旦那と出張に行ってる間、サブレを預かってたんだよ」
今も預かってるんだけどね。まあ言わないけど。
「ふーん、本当かしら。まあいいわ、これで由比ヶ浜さんの言ってた友人の正体も分かった事だし」
多分、今夜辺り雪ノ下は由比ヶ浜に電話を掛けるに違いない。後でLINEを入れて、口裏を合わせなければ!
もうイヤだ……。噓に噓を重ねて噓を加速させてる状況だよ。SNSで検討士の二つ名で呼ばれてるが、今日から詐術士にジョブチェンジ☆
口裏の合わせ方を考えてると、東関東自動車道館山線へと入った。
ここまで来れば後は早い。平日のお陰もあって道が空いてるしな。
「そう言えば、連絡先を教えてくれないかしら?」
「090-××××-××××だ。因みに、日中は普段ダンジョンに行ってるから、電話なら16時以降にしてくれ。今は冬季休暇中だからいいけど」
「ワンコール入れたから登録よろしく。それと、なぜ私から連絡が貰えると思ってるのかしら? 一回抱いたぐらいで勘違いしないで」
昔も合わせたら一回じゃ済まないと思うんですけど……。
「俺をナルシストっぽく言うのやめろよ。てか連絡先まで聞いておいて、その仕打ち酷いよ? どんだけ俺にトラウマ植え付けたいの?」
「こうやって釘を刺さないと、ナル谷君の事だから夜な夜な『次いつヤる?』とか卑猥な文章を送るに決まってるじゃない」
「とうとう俺の名前にナルシストを混ぜやがったな。安心しろ、滅多な事が限りは送らないから。お前忙しそうだし」
「知ってると思うけど、私って凄く仕事が出来るのよ。貴方のいやらしいメッセージの10や20ぐらい簡単に捌けるわ」
どんだけ俺からメッセージが来るのを想定してんだよ。つうか送ったらちゃんと返してくれんだな、ちょっと安心したぞ。
あれ? よくよく考えたら、どんなメッセージを送れば良いんだ? ダンジョンで戦ったモンスターの画像でも送ればいい感じ?
今日はこんなラーメンを食べました並に返事に困るメッセだな。ソースは高校生んときの俺。平塚先生からよく、その日食べたラーメンの画像を送られてきてスゲェ困った。
「10も20も話題なんかねえよ」
「引出し君のくせに話題が無いなんて驚いたわ。仕方ないから、話題は私が提供してあげる。毎日夢で私に会う度に感謝しなさい」
これ多分、一日一メッセは送らないと拗ねのんになっちゃうパターンだよな。なにこのアラサー女子、面倒くさい癖に可愛いんだけど。なんなら面倒くさい所がスパイスとして効いてるまである。
「ふっ、俺の夢にお前の席ねーから。小町と小町と戸塚と戸塚で埋まってるからな」
そう言ってやると、雪ノ下は俺を馬鹿にした感じで嘲笑った。
「ふっ、可哀想な比企谷くん。戸塚君なら結婚したわよ」
「…………戸塚ぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」
噓だ、噓に決まってる。誰か噓だと言ってくれ!
戸塚は神聖にして不可侵な存在。結婚なんて俗な事はしないんだ!
「そう言えば貴方、結婚式にいなかったわね。戸塚くん凄く悲しんでたわ。戸塚くんまで悲しませるなんて、友人として恥ずかしくないのかしら」
もうやめて! 罪悪感MAXで八幡のライフポイントがゼロよ! 太陽神に燃やし尽くされちゃう!
クソッ、葉山の結婚式もそうだが、社畜んときの俺ってポストの物を確認しないで捨て過ぎじゃね。人生やる気無さ過ぎだろ。ポジティブ足りてないよ。あ、ポジティブ足りて無いのは昔からか。
「相手の女性は医師で開業医。凄く綺麗な方で、あなた風に言うなら天使。天使と天使の結婚式が見れなかったなんて、あなたの人生で一番の損ね」
そして、雪ノ下はドヤ顔でスマホに納めてる戸塚の真っ白タキシード写真を見せてきた。分かっていない奴ばっかりで困る。戸塚はタキシードじゃなくて、ウェディングドレスだろ!
「その写真、1万払うから送ってくれ」
なんなら100万でも払うぞ。
「嫌よ。比企谷くんの事だから戸塚君の写真をいやらしい事に使うもの。悔しかったら戸塚君の結婚式に行く事ね」
これでもかと言うぐらい、戸塚でマウントを取ってくる雪ノ下は活き活きしている。そんなんだからユキファーなんだよお前は。
てか戸塚の相手って女性開業医かよ。なにこのスゲェ喪失感。いや喪失なんて生温いモノじゃない。これはN・T・Rだ!
「これが………寝取られ」
天使が寝取られた事に大ダメージを食らってる俺に、堕天使ユキファーは構わず無慈悲な追撃をしてきた。
「そして小町さんもじきに川崎さんの弟くんの奥さんに。大丈夫よ、比企谷くん。私がいるから安心して」
俺の天使達が堕天してゆく……。もうタマエルだけが俺の最後のエデンになってしまったようだ。ちょいちょい胃にダメージ与えてくるけどな。……胃にダメージを与えてくる天使っておかしくない? まさか、タマエルは小悪魔なのか!? もういっそのこと、天使崇拝から悪魔崇拝に乗り換えてやる!
「お前さっきからセリフが、主人公を追い詰めてる魔性の女みたくなってるけど大丈夫?」
「大丈夫よ。これで貴方が誤った道に行く可能性が減ったから安心してるだけ」
初めて知ったが、話しが弾むドライブってこんなに楽しいんだな。ナンパでの誘い文句ランキング上位に『ヘイ! そこの君、ドライブ行かない?』がランクインする訳だ。
「へいへい、特殊性癖とか言いたいんだろう。で、葉山の結婚式はどうだったんだ? 社畜してて行けなくてな」
「特に何も」
「そんなに思い出ねえのかよ!? ちょっとぐらい有るだろ」
「そうね……平塚先生が必死に投げられたブーケに食らいついてたわね」
「幸せを掴むのに必死過ぎて怖い……」
もう手遅れかもしれないけど、マジで誰か貰ってあげて。あ、因みに俺はパスで。
「そう言えば、まだ有ったわ。私が三浦さんにおめでとうの挨拶をしたら『所でヒキオと別れたん?』って聞かれたわ。まさか私があんな辱めを受けるなんて、一生の不覚ね。しかも自慢げに『このドレス、ちょっとバストがきついし』とも言って、」
「せいせい! 一旦ストップしろ。それ以上は自分のキズを広げるだけだぞ」
目からハイライトが消えるまで語るか普通。あーしさんを呪う勢いだったぞ。確かに三浦の胸はアレで、雪ノ下の胸はアレだけどさ。とは言えまだまだ希望だって……アラサーになって夢も希望なんて無いですね。時には潔くあき、
「私の辞書に諦めの二文字なんて無いわ!」
思考を先回りされたぞ。雪ノ下家の必須スキルなのん?
「……ハチマン、コワイヨ」
「ゾンビでも怖いって感情を持つのね。そっちの方が怖いわ」
「ゾンビだって思考を読まれたら怖いって思うだろ。って俺はゾンビじゃねえよ」
「昨日は散々ゾンビみたく私の体に吸い付いてきたじゃない。お陰で首の後ろに痣ができたわ」
「けっ! 俺はどっかの誰かさんのせいで、胸に痣が出来たんですけどね」
そう言い返してやると、雪ノ下は耳を赤くしながらそっぽを向いた。
「「…………」」
おい何だよ、この微妙な雰囲気。何か言ってよ、雪ノ下さん。今なら悪口でも許しちゃうから。お互い大爆発を使ってHPがゼロになったこの状態をどうにかして!
「…………貴方の友達の材……財津君だったかしら?」
どうやら雪ノ下はこの気まずい状況を打開する為に、材木座を生贄に捧げる事を選択したようだ。アイツをコストに召喚出来る話題って、絶対低級な話題だろ。
「友達じゃねえよ。ギリギリ赤の他人だ。で、材木座がどうしたんだよ?」
「あんなに仲良かったじゃない………。彼、2年間付き合ってる可愛い年下の彼女がいるらしいわよ」
仲が良い時期なん、…………まて、いま年下彼女って言ったか!?
「あの野郎、同士とか盟友とか言ってたクセに、なに先にリア充になってんだ! ぶっ殺してやる!」
ザイモクザの巨神兵を召喚された。なんならゴッド・ハンド・クラッシャーをモロに受けてしまったぞ。許せん!
「言葉遣いが野蛮よ。探索者のイメージが悪くなるからやめなさい」
「元から世間的印象悪いだろ、探索者なんて。見た目ゴロツキなの多いし」
「私も最初そう思ってたわ。でも意外と愉快な人もいるのよ」
なんだ? なんとく雪ノ下から真剣さが感じ取れる。雪ノ下HDの部長職だし、色んな探索者を目の当たりにしてるのかもな。それこそ仲の良い女性探索者だっているのかもしれない。……ってコイツの従妹が探索者だったわ。
「まあ、まともな奴も中にはいるか」
「まともじゃない人が言うと、説得力ないわね」
「おい、言っとくけど俺ほど人に迷惑を掛けない探索者いないからね? そもそも人と大して関わってねえし」
なんなら魔物としか関わってないまである。
「まさかとは思っていたけれど………やっぱりダンジョンにソロアタックしていたのね………」
雪ノ下の表情は酷く不安気だった。
しまった失言した。ダンジョン探索者は社会不適合者が多い反面、生き残る奴の大半はコミュ力のある奴だと聞く。言ってしまえば、ソロアタックする奴の生存率は低い。別に俺はソロであって、ソロじゃないんだけどね。カスミとタケシ抜きで冒険してるマサラボーイみたいなもんだ。
「比企谷くん。再会してまだ日が浅いけれど、貴方が探索者を嫌々やってないのは会話してて分かったわ。でも、流石にソロなのは見過ごせない。いくらなんでも危険よ。コネでパーティーを紹介するから、そこに入って欲しいのだけど」
「……気持ちは有り難いんだが……その、なんて言うか………俺の場合、パーティーメンバーは邪魔と言うか、足手まといと言うか……」
むしろ司令官の俺が一番お荷物かもしれないです。お荷物の運搬担当をしてるから、文字通りお荷物なんだけどね。司令官がお荷物担当とか、うちのパーティーはなんて個性的なんだ!
「言ってる意味が分からないのだけど…………まさか貴方、ランクはB以上?」
どうも、一昨日Aランクの打診を蹴った比企谷八幡です。蹴ったけど、これは事実上Aランクって言っても過言じゃないのでは? いや、見栄を張るのはやめよ。
「Dランクまであと少しのEランクです………」
「ほぼ素人じゃない………まあ一概にランクだけで決めつけるのも良く無いわね」
「だろ? まあ心配するな。無茶なんてしてないし、いつも余裕を持って16時に上がってる。なんなら会社員の時よりホワイトなんだぞ」
そして、彼女はぎゅっと俺の左手を包むように握ってきた。
「お願い、死ぬような事だけはしないでね。探索者が嫌になったら直ぐに言って。コネでも何でも使ってウチに入社させるから」
「雪ノ下………何度も言うが心配するな。こんな事言うの非常に恥ずいんだが、お前を含めて守りたいモノが昔より多くなっちまったんだ。だから絶対に死なねえよ。約束する」
てか雪ノ下HDにコネ入社しても、陽乃さんの人事権でダンジョン攻略部隊に配属されそう。なにそれ魔王軍の一員じゃん。再就職先が魔王軍とか笑えねー。
「なんなのその素敵なセリフ、似合わないわね。総武の同級生全員に聞かせてあげたいわ。ふふっ」
「ダンジョンに行くより、そっちのが嫌なんだけど」
ここでカーナビが『目的地に到着しました』と告げてくる。田舎だからか、昔ほどじゃないが相変わらず良いマンションに住んでるな。
「………あの、雪ノ下雪乃さん? 着きましたよ?」
着いたのにも関わらず、雪ノ下から降りようとする気配を感じ無い。なんなら捨てられた仔猫のような表情をしだしたぞ。
俺にどうしろと………? このままテイクアウトしろと? 修羅場っちゃうよ? 八幡の命日が今日になっちゃうよ?
「メッセージしてくれる?」
「するよ」
「面倒くさいからって無視しない?」
「しねえよ」
「次はいつ会えるの?」
すげえ難しい質問だ。そう何回も従魔達だけを留守番させてデートには行けないぞ。
この後、帰ったら家族会議しなきゃなんだよな………。なんで会議ってこんなに気が重くなるんだよ。こっちの意見なんて採用しないくせに、意見を言わなかったら怒られるとか理不尽だろ。
「そ、その内な……次会える日が分かったらメッセージで教えるから」
「………明確にしてくれるまで降りない」
えー、ちょっとゆきのんが拗ねのんになっちゃったよ! 面倒くせぇって言いたいところだが、女性の大半は面倒くさい生き物なのだ。しかもタチが悪い事に面倒くさい部分を隠すのが巧妙である。面倒くさい部分を見せてくれてるってのは、言ってしまえば信頼の証に他ならない。しかも雪ノ下の場合は可愛い。良く言うだろ、可愛いは正義って。
「少なくても今年は無理だ……。そうだ、お正月が過ぎたら会おうぜ。な?」
「随分と先なのね……。ねえ比企谷くん。なんなら今から貴方の言う家族に挨拶に行っても良いわよ?」
何でだろう……。コイツの言う挨拶が、ガサ入れ、カチコミ、お礼参りに脳内変換されるんだが。
「ちょ、そ、それは、アイツらちょっとシャイで……いきなり知らない人が来ると、不機嫌になると言うか、何と言うか……」
間違いなくいきなり雪ノ下を連れて行ったら、全方向から血の槍が俺に飛んできちゃう。ヤバい、胃が痛くなってきた!
「家族とやらの話しになると、途端にたどたどしくなるわね」
だって言えねえだろ! 可愛い女性ヴァンパイアと可愛い女性獣人がいるなんて言ったら、間違いなくややこしい事になる。それに、いつかは言わなければならないと知ってても、配信の事も今は言いたくない! マジで恥ずかしいんですよ!
ジーと疑いの目で見つめてくる雪ノ下を相手に、どう説明すべきか脳をフル回転させる。そして雪ノ下の苦手なモノを思い出した。
「家族にはちょっと気性の荒い犬だっているんだ。いきなり知らない奴が来ると警戒しちゃうんだよ。最悪飛び掛かるかもしれない」
「犬……飛び掛かる……?」
犬って単語を出して瞬間、雪ノ下の顔が青くなり引きつった。
良かったよ、相変わらずお前が犬嫌いで。
「お前だっていきなり威嚇されるの嫌だろ? ちょっと他人に馴れさせる為にも、躾する期間が必要なんだ」
「そ、そう……。そう言う事なら、また今度お伺いするわ」
問題の先送りに成功したぞ。まあ結局先送りでしかないんだけどね。いつかは地獄を覚悟をしなければならない。
「ねえ比企谷くん……最後に」
彼女は目を瞑り、唇を前面に出してくる。なので軽いソフトなお別れのキスをする。
唇を離すと、彼女は鞄を持って車を降りた。
「じゃあ、今夜連絡するわ」
「ええ、返ってくるといいわね」
「思わせぶりやめて。マジで枕が涙で濡れるぞ」
「ふふっ、冗談よ。楽しみにしてるわ」
……守りたい、その笑顔。
雪ノ下がマンションに入って行くのを見届けた俺は、車を発進させる。走ってる途中で適当なコンビニを見つけたので、その駐車場に止まって、スマホを取り出す。ラインを開いて、今回お世話になった由比ヶ浜に感謝のメッセージを送る。続けて雪ノ下に従魔の事を言わないようにお願いのメッセージも送信した。
一通りのメッセージを送った俺は、バケットシートにもたれ掛かって盛大に溜息を吐いた。
「はぁぁぁぁ……気が重い」
空間収納から胃痛薬とマッ缶を取り出して、口に流し込む。
帰ったら家族会議。いったい何を言えば良いんだ……。元カノと復縁したから紹介するわ、なんて言ってみろ。死亡確定だぞ。
もういっそのこと家族会議なんて開かずにダンマリを突き通すか? で、あとはその場のノリで躱していく。無理だ、絶対に無理だ。妙にどいつも勘が良いからな、絶対にばれる。
そもそも全員なんで俺に対してそんな激重感情を向けてんだよ。本当は俺の事が嫌いなんじゃないか。ここまで来るとラブコメの女神が、俺に対して中指を立ててるのが
思考がネガティブの渦に呑まれかけると、天啓が舞い降りてきた。
そうだ、休日は雪ノ下と過ごして、平日は少女2人を全力で甘やかして、最悪エッチな事でも……これ超名案! やったぜ解決したよ小町!! なーんて、一瞬でも思った自分のバカさ加減に絶望する。
「いやいやいや! なんだこのサイッテーで穴だらけな浮気計画みたいなのは! ぶっ刺され待ったなしじゃねーかっ!」
優柔不断、八方美人もいいところだろ!?
そんな事してみろ、三人を傷つけた挙句、俺も命が無い。ああ、恋愛って本当に命懸けなんだな……。
「…………ドウシヨ……? ドウスレバ……?」
命が掛かってるからか、今までの人生でも、これほどまでに悩んだ事なんて無いぞ……多分。
難しい判断を迫られた俺は、バケットシートの上で足をジタバタとさせながら悩み続ける。
そして悩み抜いた俺は一つの答えを導き出した。
「……もう刺されたら、それで良いか……うん、家族を騙すぐらいなら刺された方がマシだ」
真のバッドエンドとはヒロインに刺される事じゃない。主人公がクズに墜ちた瞬間がある意味、真のバッドエンドだ。
主人公がクズじゃなくても刺されちゃう事なんて、フィクション世界ならザラにある。
なら俺は、まともな主人公のままで人生を終えようじゃないか!
決心のついた俺は、爽やかに車を発進させて家族会議をすべく家へと向かった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!