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とうとう我が家に到着してしまった。雪ノ下を家に送ってから、胃痛薬を飲んだ回数は5回。もう過去最多だ。
稼ぎが増えて豊かになってる筈なのに、比例して胃の負担が大きくなってるのなぁぜなぁぜ?
「ワンワン!」
陰鬱な気持ちで玄関を開けると、早起きしたサブレが元気良く胸に飛び込んで来た。
「よしよし。なんだ、寂しかったのか?」
「ワウーン♪」
お腹の辺りを目一杯モフモフしてるやると気持ち良く鳴きだした。こんな愛くるしいサブレだが、ダンジョンでは敵を問答無用で燃やし尽くす魔獣である。ギャップが凄い。
最近俺が恐れてる事の一つがサブレの進化先だ。カマクラみたくデカくなるだけなら良い方である。だが神話に出て来るケルベロスみたく多頭タイプに進化したらマズイ。由比ヶ浜に返しずらくなるし、最悪クレームが入るかもしれない。でもなー、由比ヶ浜だし「サブレが増えて嬉しい!」とか変に喜ぶ可能性も有るな……。
「マス……ター……」
サブレを撫でてたらルーメリアが近づいてくるが、途中で目のハイライトが消えて停止してしまった。
「待てルーメリア! 話したい事が、グゥゥ!? ウウゥゥゥゥ!」
いつもみたく、足から口まで血の鎖でグルグル巻きにされてしまった。こんな状況を恒例化したくない。
「マスター言いましたわよね? デートじゃないって、ただの商談だって。だから信用して送りだしたのに。それなのに帰ってきたと思ったら、いやらしいメスの匂いを漂わせて。なんですの、この雌の匂いは? マスターはわたくしを裏切ったんですの? 騙したんですの? ねえ答えてマスター」
「ゔぅぅぅぅぅぅい゙ぃぃぃぃぃ!!」
辺りに血が浮かび上がって、槍状に変化しだした。全方向を血の槍に囲まれてしまったのだ。
答えてとか言ってる割に、発言権を与える気が無さ過ぎだろ。
無慈悲に気に食わない者を滅する、まるで魔王みたいだ。って魔王だったわコイツ。
「ゴブゴブ!」「ワンワン!」「プルプル!」
ゴブタニとソフィーも駆けつけくれた。ルーメリアの前に立ち塞がって「殺すならせめて話しを聞いてからにしようよ!」って慌ただしく説得してくれている。
庇ってくれるのは嬉しいけど……いや、うん、嬉しいけどさ、なんで俺が殺される前提なの? 妥協しないでちゃんと交渉して!
「貴方達……良いですわマスター。他の者に免じて、懺悔の言葉を聞いて上げますわ」
ルーメリアがパチン、と指を鳴らす。血の鎖が蒸発して、俺は体の自由を取り戻した。
危なく玄関が殺人現場になる所だったぞ。
「家族会議をする。タマエとカマクラが起きたら、全員リビングに集まってくれ」
第一回緊急家族会議の開催を宣言した俺は、余りの胃の痛さにトイレへと駆け込んだ。
ヤバイヤバイヤバイ、匂いだけであの反応は過剰だろ! 誰かに好かれるってこんなに恐ろしい事なの? やはり俺はどかで、まちがってしまったようだ。
覚悟したとは言え、やっぱ殺されるのは怖いよ。小町、お兄ちゃんはもうダメです。ウェディングドレス姿を見てあげれない不肖の兄を許してくれ。
「ゴブゴブ」
訳:旦那、現実逃避してるところ悪いですが、全員揃いましたよ
トイレに何十分か籠ってたら、ゴブタニがドアを叩いて来た。
「べ、別に現実逃避なんかしてねえよ」
「ゴブゴブ~」
訳:ぶつぶつ言ってんの普通に聞こえてますよ~
え、噓。俺って言葉に出ちゃうぐらい無意識に切羽詰まってたんだな……。
平塚先生……!! 死ぬ前に奉仕がしたいです……。
スラムダンク風に気を紛らわしてみたものの、アラサーになって奉仕活動なんてやっぱしたくねえわ。
「……直ぐに出る」
最後の
「グスッ……グスッ……グスッ……」
「大丈夫ですのよタマエ。いざとなったらマスターをこれで刺しますわ」
タマエは泣いてるし、ルーメリアは禍々しい剣をグルグル回しながら恐ろしい事を言ってる。
なんだよあの魔剣っぽいの。てか魔剣だろ。どう見ても黒くてヤバイオーラーが出てんですけど!
少しでも誠意をみせるべく俺は床に正座した。
「で、マスター。なんで床に正座してるんですの? なんか悪い事でもしたんですの?」
尋問口調でルーメリアは、問い詰めてきた。
コイツ、意地が悪過ぎる。別に悪い事はしてない。ここで謝ったら悪い事をしたと認めるようなものだ。
「悪い事は……してない。……ただ、お前達が……悪く受け取る可能性は有るかもな」
ルーメリアは俺を睨みつけると、ふーんとだけ言う。どうやらマシな回答が出来たようだ。
「お前達に言いたい事があるんだ」
ここから先は慎重に言う必要がある。シングルファザーが自分の子供に新しいお母さんの説明するみたいなもんだ。シングルファザーって命懸けなんだな、初めて知ったよ。
ゆっくりと息を吐き出して、俺は話しを続ける。
「……彼女が出来たっつーか、復縁したって言うか、ヒッ、ヒイィィ!?」
突如と目の前に大量の赤い棘が現れる。その上、次々に棘が出現して全方向を囲まれた。
「それ以上は一言一言、覚悟を持ってハッキリと喋る事をオススメしますわ、マスター」
怖い。棘にビビったのは勿論だが、ルーメリアの声色と雰囲気がいつもと違う。声色は冷たくて重い。醸し出す雰囲気なんて、これ以上近づけば気絶しかねない。例えるなら覇王色そのものだ。
改めて本物の魔王だと自覚した。いや、違う。多分だけど異世界にいた時のルーメリアは、こんな感じだったに違いない。
「……元カノと復縁した。この家族会議は、その報告会だと思ってくれ」
覚悟なら言われるまでも無く、10年前からとっくに出来てるよ。
「ゴブゴブ……」
訳:俺は別に構わないすっけど……
「プルプル……」
訳:おめでとう……
「くぅーん……」
訳:修羅場なう……
「ギィミ? ギィミ? ギィミミ?」
訳:なにこの無駄な会議? 会議に見せかけたリア充自慢? 気まずいから帰って良い?
「ニャーニャ、ニャーン」
訳:はいはい、おめでとうおめでとう。それよりこの雰囲気どうにかしろよド腐れ
少女2人以外の従魔も、ギスギスした雰囲気のせいか気まずい。カマクラとエルランに関しては文句まで言ってるし。八幡は君達をそなん風に育てた覚えはないですよ。
あとエルラン、お前いつからそんな捻くれ屋になった。そんなんだと奉仕部への入部イベントが起きちゃうよ?
「イヤ……グスッ……イヤァァァァァァァ!」
「タマエ、泣くのは後になさい」
「だって……だって!」
「悔しいのは……わたくしもですわよ」
そう言ってルーメリアは、泣き出すタマエを胸に抱き寄せた。抱き寄せたその手は震えていたが、俺は見て見ぬふりをした。
もうイヤだ。何が辛いって、俺のせいで少女2人が傷ついてる事だ。大昔に由比ヶ浜を振った時と同じで、胸が締め付けられる思いだ。あとスゲェ泣きたいわ。
「マスター、今一度問いますわ。火遊びで終わらすつもりは無いんですのね? わたくしは寛大な心を持つ魔王ですわ。大人の火遊びで終わらせるなら、特別に許してあげてもよろしくてよ」
寛大な心を持つ奴は、人を鎖でグルグル巻きにしたりしねえよ。
「ただの遊びなら、こんな会議やらねえよ」
「そこまで……その女に本気なんですのね」
ルーメリアが指パッチンすべく手を上げた。
これで終わりか。そう思い、俺は目を瞑る。
小町、悔しいけど大志と幸せになれよ!
パチン、とその音が聞こえてきたが、いつまで経っても痛みが襲って来ない。
「どういう事だ……?」
三分ぐらいして恐る恐る目を開けると、俺を囲んでた棘が無くなっていた。同時にルーメリアの姿もない。
ただ、机の上には涙で濡れた形跡が見て取れる置き手紙あったので目を通す。
『最悪の気分ですわ
このままだと世界を滅ぼしかねないので、ダンジョンに憂さ晴らしをしに行ってきますの
クリスマスとやらまでには帰りますわ
探さないで下さい
Ps.マスターのバーカー!大っ嫌い!』
「っは!? アイツ……! ちょっと行ってくる!」
今ならまだ間に合う。焦る俺はダンジョンへと駆けだそうとしたが、首根っこを掴まれて床にガンッ、と抑えこまれた。
「痛ぇな。離せよ、カマクラ!」
「ニャー」
訳:仮にも異界の魔王なんだし、強いから大丈夫だろ
「そう言う問題じゃねえだろ……飯とかどうすんだよ! その内、お腹を空かすしちゃうだろ……!」
小町が小さい時に家出した時と同じだ。きっと寂しい思いをしてるに違いない。
「ニャー、ニャン」
訳:お前が安心したいだけだろ。今お前と会っても惨めな思いをするだろうよ。冷静になって良く考えろド腐れ
「お前、図体がデカくなってからヤケに偉そう、グヘッ!?」
今度は背中を思いっきし踏まれた。お陰でヒキガエルみたいな声が出てしまった。俺ってコイツの飼い主だよな? 俺の扱い酷すぎない? 結構愛情を持って接してきたつもりなんだが。
「ニャー」
訳:なんか言ったか?
「な、なんでも無いです、カマクラさん………」
「ミャーン」
訳:心配しなくてもルーニャは飯を持って行ってるから大丈夫だろ
飯って、どうせカップ麺と缶詰とマッ缶だろ。アイツ一週間もそれで、ダンジョンでサバイバル生活するつもりかよ。凄く心配だ。
いや、カマクラの言う通りか……。探しに行くのは俺自身が安心したいが為の酷い自己満足だ。会ってもどんな言葉を掛けて良いか分からない。俺は悪い事をしてないのに、謝罪するの違う。アイツだって上辺の謝罪なんて聞きたなく無いだろうしな。
「みゃ、にゃにゃ」
訳:それに、嬢ちゃんの方を先にどうにかしろ
そこまで言うと、カマクラは足をどけて、他の従魔達と一緒にリビングから出て行く。
なんだよ、あのツンデレ猫。流石は将軍様だ。
俺は床から立ち上がり、そのままタマエの横に座る。
「………グスッ……グスッ」
泣いてる女の子に声掛けるのムズくね? しかも自分のせいで泣いてるから声を掛ける難易度がナイトメアだ。
「なあタマエ……その、大丈夫か……?」
「あるじ様の噓つき! お嫁さんにしてくれるって言ったのに!」
声を掛けた途端にソファーの枕を投げてきて、俺の顔面にクリーンヒット。
いや、お嫁さんって………あの約束、本気にしてたのかよ。てっきり小さい妹の言う「将来はお兄ちゃんと結婚するー!」ぐらいモノだと思っていた。
……とは言え、約束は約束だ。日本には約束した時に「噓ついたら針千本飲ます」と言う契約方法がある。別にタマエとそんな物騒な契約はしていない。が、そのぐらい約束を破ると言うのは、罪が重いモノなのだ。
空間収納から結構前に買ったが、死蔵してある魔鉄製の短剣を取り出し、怒れるタマエに渡す。渡された本人は意味が分からないのか、キョトンとしてる。
「タマエ、俺は悪い事をしたとは思っていない。だが、約束を破ったのも事実だ。俺の命で許してくれ」
「え……!? あるじ様冗談だよね……?」
「冗談な訳ねえだろ。命で償うつもりだ。俺はお前の純情を傷つけたんだからな。これで噓つきで最低なマスターを刺せるな」
タマエは震える両の手で、柄を握りしめて怯えた瞳で剣先を見つめている。俺は手で優しくタマエの柄を掴む手を包んで、自身の喉元へと刺しやすくする為に誘導する。これでタマエが少しでも前方に力を入れたら、俺はあの世行き確定だ。
「そんな!? あるじ様……!!」
短剣を引っ込めようとしてるが、俺が強くタマエの手を抑えてるせいで戻せないでいる。
「これが最後の言葉だ………こんな約束も守れないマスターでごめんな、タマエ。お前と出会えた事に後悔は無いし、あの世に行ってもずっと愛してるぞ」
「イヤァァァァァアア!!」
タマエに刺す気が無い様子だったので、喉元を勢い良く前に押し出そうとしたら、頬に凄い衝撃が走った。
「いってて……一体何が……?」
床から起き上がり、痛む頬を抑える。タマエの方に視線を向けると、三本の尻尾を揺らしていた。どうやら俺は、あの尻尾に吹っ飛ばされたようだ。あの尻尾、地味に威力あるな。
「最低! あるじ様のやり方大っ嫌い!」
そう言いながら、タマエは短剣を台所の方に放り投げた。
やり方が嫌いか……。なんか昔にも言われた気がするな。
「なら、どうしろってんだよ……」
「わたし、あるじ様に死んで欲しいなんて思ってないもん! ずっと大好きなあるじ様と一緒にいたいだけだもん! うぅ」
お大泣きしだした。どうやら俺はまたまちがえたのかもしれない。もっとゆくっりと対話するべきだった。
俺ってあの頃からなんも成長してないな……。
「タマエ、今度こそちゃんと話そ」
膝を着いて泣くタマエを立たせて、一緒にソファーに座り直す。どうしていいか分からない俺は、取り敢えず泣き止むまでタマエの頭を撫でる事にした。
「なあタマエ……さっきは本当にごめんな。タマエの気持ちなんも考えてなかったわ」
「グスッ……うん」
「でな、お兄ちゃんにとって、さっき話した人は本当に大事な人なんだ」
「わたしは大事じゃないの……? グスッ」
「違う違う、そう意味じゃないんだ。タマエや他の従魔も家族として凄く大事だぞ。ただ、ちょっと大事の意味合いが違うんだ」
「…………絶対にわたし達のこと捨てない?」
「うん? どういう意味だ?」
「例えばね、その女の人が従魔はいらないって言ったら? あるじ様に従魔を捨てて言ったら?」
思ったより難しい問題だ。勿論なにがあっても従魔達の事を捨てるつもりは無い。じゃあ雪ノ下が従魔達を嫌がったら? そん時、俺はどうするべきか? そんなの決まってるだろ。
「八万回土下座してでも、お前達を認めて貰うつもりだ。決して捨てたりなんかしない。探索者だって、お金がもっともっと沢山貯まるまでは何がなんでもやり続けるぞ」
未来の俺、あとは任せたぞ。従魔達と雪ノ下が仲良く出来るかはお前にかかってるからな。断言出来る事があるとすれば、そん時には確実に胃に穴が空いてんだろうな。って断言できちゃう辺りが怖いよ!
「土下座するんだ……」
「そんぐらいしか出来ないからな。ただ、これだけは約束する。絶対にお前達を捨てはしない、何があってもな」
「…………でも、あるじ様は噓つきさんだもん」
「お嫁さんにする件は本当に済まなかった。あの時は配信してたし、つい勢いで言ってしまったんだ。どうか、こんな最低なお兄ちゃんを許してくれ」
俺は土下座する勢いで誠心誠意を込めて、頭を下げた。
「もう頭を上げてあるじ様。ずっと一緒だよ? 約束だよ?」
「ああ、約束する。だから、ここでちゃんと言わせてくれ。タマエ、俺と──」
頭を上げて、今度こそ間違わないようにタマエの手を手に取る。そして、ハッキリと間違いが無いように言葉にする。
「──俺と本物の家族になってくれ。幸せにするから」
「はい! 健やかなる時も病める時も!」
胸に飛び込んできたので、抱きしめ返す。
「お、おう……意味は分かるよな? 家族だからな? 嬉しいときに笑い合って、悲しいときに支え合う家族だからな?」
「うん! 本物の家族! えへへ♡」
なんかプロポーズぽくなったけど、意味はちゃんと伝わってくれたようだ。
あとはルーメリアだが、追うのはカマクラの言う通り適切では無い気がする。置き手紙なしなら女性特有の『追いかけてくれるよね?』だったかもしれないが、わざわざ置き手紙を書いたと言う事は、本気で憂さ晴らしがしたいのであろう。
よって、俺に出来るのは、帰ってくるのを信じて待ち続ける事だけだ。
♢ ♢ ♢
夜になり、従魔達が寝静まったので俺はリビングで一人寂しく日本酒を飲んでいる。
万が一、ルーメリアが帰ってくるかもしれないから、日付けをまたぐまでは起きてようと思う。帰ってきたら腹を空かしてるだろうし、飯を作ってやろう。
ソファーではゴブタニがアイマスクを被って、鼻ちょうちんを膨らましながら寝ている。寝てるときに、鼻ちょうちんを膨らます奴って本当にいるんだな。アニメの世界だけかと思ったわ。
アイマスクしてるし、テレビを付けても大丈夫だろ。
そう思い、暇つぶしにTVを付けると、知り合いが緊急報道をしていた。
『こちら現場の一色です! 今度は渋谷にて、凶暴化したドラ猫が建物の一部を破壊してます! ここ最近、野生動物の凶暴化が目立ちますが、これはやはりダンジョンの影響なのでしょうか!? あ! やっとアンチダイバーが到着した模様です!』
アンチダイバーとは、犯罪に手を染めた探索者を担当する日本の警務組織(公務員)だ。噂だと、実力はAランク相当であるらしい。
そのまま啞然としながらTVを眺めてると、アンチダイバーと変異に失敗したどら猫の戦いが始まった。
「マジか……」
報道の担当者が一色なのにも驚いたが、一番の驚きは獣の魔獣化が大事になってる事だ。きっとTVに映ってる猫は、魔石を口に入れてしまったに違いない。
犠牲者がこれ以上出る前に、探索者協会に変異種についての情報提供をすべきだったか……? いや、赤の他人がどうなろうが、俺には関係ないからどうでもいいや。情報提供したら面倒事に巻き込まれそうだしな。あと、カマクラの説明をするのが面倒くさい。
「HAHA……見なかった事にしよ」
俺には関係無い、そう思いTVを消す。俺も立派な大人だから仕方ない。
大人とは汚い生き物だ。自己保身のために不都合な真実は見て見ぬふりだからな。
て事でアンチダイバーの皆さん、国民の血税で食ってるんだし、頑張って下さいね。応援してますよ。
そして、0時を回ってもルーメリアは帰ってこなかった。
♢ ♢ ♢
side雪ノ下雪乃
ヴァンパイアが有名なアニメソングを歌い終わり、最後に義経さんを巻き込んでの新時代宣言をする。慌てた様子の義経さんが、叫びながら鎌谷幕府の配信を停止させた。
今日も最後まで面白かった。それにしても、鎌谷幕府が雪ノ下HDのレビュー案件を受けてたなんて、驚きだわ。
頼朝さんが私の開発した携帯食を美味そうに食べてた時なんて、嬉しさのあまりガッツポーズで叫んでしまったわ。また美味いって言って貰えるように、仕事をこれまで以上にがんばらないと。
ただ、疑問が一つ残る。会社の誰が鎌谷幕府に、レビュー案件の営業をしたのか。私が知ってるのは、従妹である四季乃が義経さんに救出された事だけ。
四季乃なら何か知っているかしら?
なので情報収集するべく四季乃に電話を掛ける。
『もしもし、四季乃です。お疲れ様です、雪乃お姉さま』
「もしもし、四季乃。急にごめんなさいね。今いいかしら?」
『はい。丁度大学の講義まで暇ですし、大丈夫ですよ。開発用に欲しい魔物の素材でも有るんですか?』
「前に郵送してくれた素材で間に合ってるわ。それより……その……」
『うん?』
言ったら笑われるかしら……。
いいえ、四季乃は昔から優しい子よ。決して人の趣味を笑ったりなんかしない。姉さんと違って、人をおちょくる事もしない。言っても問題なさそうね。
「今から私が言う事は秘密よ。いいわね?」
『はぁ、秘密……まさか! 昔別れた捻くれた元カレの居場所を見つけたんですか!? ごめんなさい、お姉様! 私に恋の相談は無理です!』
この子ったら、何か勘違いをしているわね。
まったく、なぜ若い子は直ぐ恋愛に結びたがるのかしら。……っは!? これだと、まるで私がおばさんみたいじゃない!
それに若い子じゃなくても、何かと恋愛に結びたがる人は多い。由比ヶ浜さんとか、姉さんとか。
最近だと母さんも「昔の事は忘れて、そろそろ良い人を見つけなさい」ってうるさいわね。私の周りは大丈夫かしら?
「違うわよ四季乃。貴方が義経さんと会った時の事を聞きたいのよ」
『あ、そっちなんですね。良かった〜、あの人には絶対絶命の所を助けて頂きました!』
四季乃は詳しい経緯を話し始めた。
ただ、義経さん側が秘密主義を徹底してるみたいで、余りコミュニケーションを取れなかったとのこと。
なんか聞いていると、人間不信で冷たい印象を受ける。動画でもコメントの対応は基本従魔任せで、余り視聴者と絡みたがらないし、面倒くさがり屋なのかもしれない。まるで比企谷くんみたいね。
「そう……もう義経さんの事はいいわ。猫の方はどうだったのかしら?」
『猫? 猫って、あの熊みたいに大きい猫のことですか?』
「そう、その猫。頼朝さんよ。触ったりした? サインは貰ったのかしら?」
『猫からサインって……あの、雪乃お姉様? まさか、鎌谷幕府のファンだったり?』
「そ、そうよ。累計で30万以上も投げたけど悪い? 私だって猫や狐さんを可愛いって思う事ぐらいあるわ。それとも、私が推し活するのは変かしら? いい歳したアラサーでも推し活ぐらい、」
『ストーップ! 別に責めてません! お姉様が30万も投げたのは聞かなかった事にします。それと、全然良いと思いますよ、推し活ぐらい。でも、たまには私の配信も見て下さい』
「そうね……パーティーに猫を入れたら見てあげても良いわよ」
『それ、ただの危険な縛りアタックですよ……』
「でも貴方、前に会ったときは猫の手でも良いから借りたいって、言ってなかったかしら?」
『リアル猫の手は結構です! で、雪乃お姉さまの要件は猫さんのサインに関してだけですか? 因みに、貰ってませんよ』
なぜ貰わなかったのかしら? 雪ノ下HDの株と同等以上の価値が有ると思うのだけれど。後で四季乃には、私のオススメの猫動画を100本ぐらいは送るべきね。
「それも大事だけど、違うわ。私が聞きたいのは、レビュー案件についてよ」
『そう言えば配信でレビューしていましたね。陽乃お姉様なら、なにか知っているんじゃないですか?』
この様子だと四季乃は何も知らない感じね。やはり姉さんに聞くしかないのかしら……。
「そう……貴方も詳しい事は知らないのね……」
『はい。そもそも相手は、私との会話を拒否してましたし。なんなら話し掛けるなオーラ全開でしたよ』
本当に珍しい。私の目から見ても四季乃はかなりの美人。普通の男なら会話したいと思うのだけれど。まさか、義経さんは本当に幼女趣味なのかしら? それとも魔物趣味? まあ性癖は人それぞれだし、どうでもいいわね。
「そ、その、お願いなのだけど。姉さんに詳しい経緯を聞いて貰えるかしら?」
『え? 自分で聞いた方が、早いような……?』
「…………ここに丁度、アメリカのディスティニーランド無料チケットがあるわ。しかもVIPパス」
『直ぐに聞いてきます! 吉報をお待ち下さいお姉様!』
電話が切れた。
ふふっ、分かり易い子ね。
そして1時間後。姉さんから電話が掛かってきた。
予想はしていたけれど、四季乃にはもう少し上手く聞き込みをして欲しいかったわね。
『ひゃっはろー! お姉ちゃんだよ!』
「もしもし、何か用かしら?」
『聞きたい事があるなら、直接聞いてくれれば良いのに〜』
「ただの世間話なら切るわよ」
『いいのかな〜、私なら頼朝さんのサインを貰ってこれるのにな〜』
なんですって!? 鎌谷幕府の居場所を特定していると言うの? それとも独自のパイプで会えるのかしら?
仕方ない。今回だけ手の平の上で踊ってあげるわ。
「…………条件を言いなさい」
『来年の2月。約2ヶ月後に開催される東京ビッグサイトの技術展覧会用に、追加で色々開発してほしいな〜、やってくれたら特別ゲストに鎌谷幕府を呼んであげても、』
「やるわ」
こんなチャンス二度とない。これで直接、頼朝さんを撫でる事が出来る筈!
『…………ねぇ雪乃ちゃん? そんなガチファンだったの? お姉ちゃんビックリなんだけど。にわかとかじゃなくて?』
にわかですって? 私は常に何事にも全力投球よ。
「姉さんには関係無いでしょ、もう切るわ。展覧会用の製品を大急ぎで製作しなければイケないのだし」
「え〜、最近会ってないんだし、もう少し話そうよ! 例えば恋バナ、」
面倒な事をうだうだ言い始めたので、電話を切り上げた。32歳で恋バナがしたいだなんて。姉さんは、もう少し歳を考えた方が良いと思うわ。流石は雪ノ下家が生んだ悲しきモンスターね。
「私もあんな風に、ならないように気を付けないと……」
番外編の時系列は28話の後です。
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