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色即是空
現世に存在するあらゆる事物や現象はすべて実体ではなく、空無であるということ。
この言葉通りなら、今オレが置かれてる状況も空無であると言えよう。実際ただ単にSNS上でドラゴンがテイムされたと、ネット民共が騒がしいだけなら飼い主のオレが否定続ければ空無にする事は出来た。もう切り抜き動画やら画像が出回ってる現状、無理なんですけどね。お陰で、俺の心が空無になったまである。
TVや新聞社からの取材オファー、色々なインフルエンサーからのコラボ依頼が殺到してるせいで、Xアカウントの通知が鳴り止まないでいる。
ここは冷静に対処しよ。先ず4年前の兵庫県知事選で悪名高くなったTVや新聞社であるオールドメディア勢は無視だ。あいつらは、モラルがない上に今や国民の敵だしな。こんなのに出たら、俺らが炎上しかねない。あと俺もオールドメディアは嫌いだ。アイツらはアニメと特撮の再放送だけ流してれば良いんだよ。
次にインフルエンサー勢だが、こいつらも無視だ。鎌谷幕府にあやかって自身のSNSを伸ばそうとしている魂胆が透けて見える。メッセージを見た限りだと『お互いの登録者数と視聴数が伸ばせますよ〜』とか、いかにもメリットがある事を言っているが、俺はそれをメリットだと思わない。よし全て無視だ。結局いつも通り無視かよ。
「マスタ〜、グレンラガンを見終わってしまいましたわ。次のオススメアニメをプリーズですの〜」
パソコンで来てるメッセージに、頭を抱えながら目を通す俺に、天元突破を終えたルーメリアが肩をゆさゆさしてきた。
天はともかく、コイツとセインフィールさんはリアルに次元は突破してんだよな……。
「で、グレンラガンは面白かったか?」
気の利く俺は一応感想を聞く事にした。面白く無かった場合は、今後ロボット物をオススメするのは可哀想だからな。
「めちゃくちゃ面白かったですわ! ただ、やはり最後にヒロインが消えたのは納得いきませんでしたけど。それ以外は心が物凄く熱くなる素晴らしいアニメでしたわよ」
語るテンションを見るに、どうやらロボット物は大丈夫そうだな。なら次は……遅効性SFにしよう。
空間収納から新たなDVDBOXを取り出して、ルーメリアに渡した。
「ワールド、トリガー……? どう言うアニメですの?」
「ジャンプのSFバトル物だよ。あらかじめ言っとくけど、メイン主人公の戦闘力は激弱だから」
まぁペンチメンタルの狂人メガネだけど。
「ジャンプ系で主人公が激弱って、それ大丈夫ですの? 序盤だけ弱いとかではなくて?」
「いや、最初から最後まで下から数えた方が早いぐらいには弱いぞ。兎に角、最後まで見てみろ。その頃にはお前はきっと主人公のファンになってるから」
最後のメガネ君が二ノ宮を撃ち抜くシーンとかマジで名シーンだから。あと一番忘れてはならないのがトリガーオフしちゃうシーンだな。アレまじで常軌を逸しているから。
「ふーん、まぁ暇ですし、見てみますわ」
DVDを受け取った
俺は再度パソコンと向き合う。本当なら土曜日に働きたくなんか無い。だが、これも資産を築いて、将来的に楽するためだ。
会計ソフトに直近の収支を打ち込む。3月が確定申告の締め日。今が1月だから、期限はあと1ヶ月弱。
「あとは……探索者優制の申請か……」
探索者優制とは迷宮探索業優遇税制の事である。これは国が探索者を支援する為に作った施策の一つだ。申請すればFとEランク探索者はポーションなどの探索業務に必要不可欠な消耗品の消費税が還付される。だが、これだけではない。更にランクを上げれば特典が増えるのだ。
何故これだけ国家レベルで支援が手厚いかと言うと、国がそれだけダンジョン素材を必要としてるからだ。主に魔石とファンタジー鉱石。これらを新たなエネルギー資源として、国が求めている。魔石に関しては、うちの従魔の食料になるけどな。
書類をダウンロードして、PCで項目に記入していく。
それにしても売上高が余裕で1千万を超えてるせいで、課税事業主になっちまったよ。確定申告が終わったら、法人化して今より節税してやる。
「あ、探索者登録証のコピーが必要なのか……」
俺はラインを開いて二階に居るセインフィールさんメッセージを飛ばした。
程なくすると、階段を降りる音が聞こえてきて、リビングのドアが開いた。
「八幡さん、大事な話って何?」
「悪いがコンビニに行って、これをコピーをしてきて欲しい」
探索者登録証を渡すと、セインフィールさんは目を細めて俺を見つめながら、無言の圧を掛けてくる。
「今日って何曜日か分かる?」
「えと、土曜日です……」
答えた瞬間、セインフィールさんは意地の悪いを笑顔を浮かべてきた。
「あれれ〜、土日って休日だよね〜、それなのにパシるんだ〜、へぇ~、おっかしいな〜、雇用契約と違うな〜、ブラックだな〜」
「おい、俺は上司──」
「労基」
この聖女、上司を脅してきたぞ!
「──ほら、200円あげるから好きなビール買ってきて良いぞ」
「私、そんな安い女じゃないんだけど。エビスビールとおつまみが欲しいな〜」
よりによってコンビの中でもお高めのビール缶じゃねーか。俺ですらエビスはあんまり飲まないのに。
もうこの聖女はとことん堕ちてる。ビールを飲む聖女とか、俗すぎんだろ。
「チッ、千円やるよ。レシートは持ってこいよ」
「最近だと、部下への舌打ちもパワハラよね」
でたよハラスメント問題。あらいやだー、上司がもっとも気を遣う問題じゃないですかー。
「お願いします! 千円あげるので、探索者登録証をコピーしてきて下さい!」
「素直にお願い出来てよろしい♪」
セインフィールさんは上機嫌に鼻を鳴らして、千円と車のキーを受け取り、ピアスを付けてから出て行った。
やはり殺そうとした事実がある手前、なんとなくやりにくい感じがする。土曜日にパシろうとした俺が悪いんだけどね。結局オレのせいかよ。
しかし、セインフィールさんに関して分かった事がある。平日はともかく、休日は俺と極力顔を合わせたがらない。リビングに入って、俺を見た途端に一瞬悲し気な表情を浮かべていたしな。
やはり解決するべきだよな……。今後の組織運営のことを考えると仕方ないか。あんまり異世界人の事情に首を突っ込みたく無かったが、今夜にでも終わらせてやる。
「ギミィ」
訳:おいマスター
思案に耽っていたら、我が家のニート予備軍が机に乗っかって話しかけてきた。
「何だよ、いま仕事中だ」
「ギミィ」
どうやら欲しいフィギュアがあるからアマゾンを開いて欲しいらしい。
今後もオークの運搬は手伝って欲しいし、ここは買っておいてやるか。
「ほら開いたぞ。買ってやるから欲しい車の名前を言え」
「ギミィギミィ」
訳:分かってねーなぁ、マスター。もう車は俺様のトレンドじゃねんだなーコレが
いやお前のトレンドとか知らねえよ。なにオシャレ番長なの?
「ギミィギミィ」
訳:後ろからグレンラガンってヤツを見てたら、ビビッと来たんだよ
マジかコイツ……。
「お前まさか……ロボットに進化したりしないよな……?」
意外性だけで言えば、幕府の中でコイツがナンバーワンだ。車の次だと順当に考えれば、飛行機とか戦車かもしれない。ただコイツなら何の前触れもなくロボットになりそうなのが怖い。
「ギミィギミィ」
訳:それは無理無理
エルラン曰く、カータイプに進化できたのは、俺のプリウスを何日もかけて外から中までじっくりと観察する事が出来たからと。
なるほど。等身大のモノを鮮明にイメージする必要があるのかもしれない。流石は
「なら良かったわ」
ロボットが仲間になりました~、とか言ってみろ。ドラゴンと同じぐらいの騒ぎになりかねない。いやもう充分に命を狙われるレベルなのかもしれない。マジで刺客がこない事を祈ろう。と言うより、魔王が住んでる家に来る刺客の命が危ないし、俺は情けをかけるつもりは無いぞ。
「ギミィギミィ?」
訳:黒いのでオススメのロボットはないか?
「黒か……」
今まで培ったサブカル知識をフル稼働する。
黒いロボットって逆に多すぎて困る。多分コイツの事だからビジュアルが第一なんだと思うが。
ならパトレイバーのグリフォンか。いや、もうちょいメジャーなヤツのが良いな。だが個人的にはアンサングも捨てがたい。重厚感だけで言うならブラックサレナも良いんだよなー。改めて思い返すと黒い機体ってカッコイイの多すぎだろ。
もういいや。考えるとキリないし、メジャーな主人公機でいいか。
「コイツのフィギュアとかどうだ?」
「ギミィー! ギミィギミィ?」
訳:黒金カッケー! コイツなんて言うんだ?
「蜃気楼だ」
「ギミィギミィ」
OKらしいのでフィギュアの購入ボタンを押すと、エルランは満足気に二階に帰って行った。
ったく、アイツの趣味は金がかかるな。
確定申告の書類作成も終わったし、あとは法人化の準備だな。だが準備と言っても何をすればいいんだ……。
確か、今どきは司法書士に頼まなくてもアプリを使えば簡単に法人化出来るんだっけ。YouTubeで法人化の解説動画でも見るか。
YouTubeで一番評価の高かった法人化解説の動画を見ながらノートを取ってると、玄関が開く音が聞こえてきた。
「はい、レシートと頼まれたコピー。あとポストに色々と入ってたわよ」
頼んだ物を置いて、セインフィールさんはそそくさと二階に行ってしまった。
三通の手紙とレターパック。このレターパックは何だ? 今の所アマゾンの宅配は全部来てるし、思い当たる節がない。
手紙はそれぞれ雪ノ下HD、探索者協会、YouTube運営からであった。
「おもっ……」
レターパックを手に持つと、そこそこ重量があった。
「ってこれ……噂の盾……っ!?」
中に入ってあったのは、YouTubeで登録者10万人越えに与えられる銀色のプレートであった。YouTube界隈で言う所の銀の盾。
なんか感慨深いな……。いや別に配信者になって良かったとは思ってないけどね。なんだったら今すぐにでもチャンネル消去したい。
だがオカシイ。俺は住所をインドに設定した筈だ。なぜYouTube側が俺の住所を把握しているんだ……。
疑問に思いながら送り主を確認すると、雪ノ下HDと書いてあった。ダメだ、更に謎が深まった。
雪ノ下HDからの手紙を確認すると疑問に対する解答が書いてあった。
『ひゃっはろー!YouTube運営から君に送るように頼まれたから送るね。それと50万越え登録おめでとう。by愛しの雪ノ下陽乃♡』
YouTube側が雪ノ下HDを間に挟んだのか。確かに取引先だし、こう言う事もあり得るのか。
まぁいいや。インテリアとしては映えそうだし、ありがたく受け取っておくとしよう。
銀の盾に満足しながら、次はYouTubeからの手紙を読み進める。
「これは……今更だけど結構変わるな……」
要約すると、子供でも見れるYouTubeにダンジョン動画はグロくて倫理的に良くないよね。別のダンジョン専用の動画投稿サイトを作ったからそこに投稿してね、と言う内容になる。
新しい動画投稿サイトの名前は『DungeonTube』である。今後はD-Tubeとか言われそうだな。
細かい仕様だと、YouTubeと連動してるからチャンネル名や登録者数とかはそのまま互換されるらしい。投稿した動画がAIによってグロ判定されない場合もYouTubeに動画が反映されるとのこと。俺としては特に不満の無い内容だな。なんならアカウントをBANしてくれてもいいですよ運営さん。そうすれば円満に引退ができるから。
「マジか、ランクアップしたぞ」
最後に探索者協会の封筒に入ってあったのは『貴方の探索者ランクがEからDランクになりましたよ~』と書いてある内容の手紙。
探索ランクを上げる方法は、探索者協会から依頼を受けまくること。きっと納品依頼をしていく過程で、俺は規定回数の条件を満たしていたに違いない。
「あるじ様おやつ~」
「どら~」
訳:ご飯~
おっと、次は腹ペコの従魔達が俺の体を揺らしてきた。
「タマエ、トーストを焼いて好きなジャムを塗っていいぞ。あとアーサーにも作ってやってくれ」
「分かった~。一緒に作ろうドラゴンさん」
「タマエ~、わたくしにも焼くんですのよ~」
手をひらひらさせながら図々しく声をあげるルーメリア。
あいつはアニメばっか見てないで少しは手伝えよ。でも小町から見た休日の俺って、あんな感じだったのかもしれない。知りたくなかった事実だよ。
「みんな~、出来たよ~!」
「ゴブー」
ゴブタニはトースト一枚を口に入れると、刀の素振りをするべく庭の方へと戻った。
アイツって意外とストイックだよな。見た限りだと、毎日少なくても千回以上は素振りをしているぞ。
「今日の気分は……全部ですわね」
ルーメリアは一つのトーストに全種類のジャムを塗りだし、口に入れてモグモグ頬張りだした。
それ美味いのかよ。それとも、ヴァンパイアの味覚が甘味に特化にしてたりするのん?
アホらしいと思いながら俺も一息つけるために、トーストにブルーベリージャムを塗って手に取った。
「おー、マスター! そ、それはまさか! 銀の盾!」
「あるじ様あるじ様! 写メ撮って!」
トーストを味わってると、ルーメリアとタマエが興奮気味に声を上げだした。2人の見つめる先には銀の盾がある。
「嬉しいのは分かるが、そんな興奮することかよ」
「これだからマスターは……いいですかマスター。銀の盾を手に入れたと言うことは、名実ともに我ら鎌谷幕府がスーパーインフルエンサーになったと言うことですのよ!」
なにそれ、スーパーサイヤ人の亜種? これ以上亜種を増やすのはそろそろ読者受け悪いぞ。
「わたしあんまり好きじゃないけど、今の知名度ならあるじ様の大好きなマックスコーヒーだって流行らせられるよ!」
た、確かに……っ!!
いや待て、マックスコーヒーの宣伝配信をして万が一『あの不味いコーヒーが好きなのかよwww』なんて心無いコメントが来たら俺は立ち直れない。ショックのあまりチャンネルごとセルフBANだってしちまうかもしれない。
……アレ? 今タマエちゃん好きじゃないって言いました?
「今ならわたくし達が渋谷を歩いたら、大騒ぎになる可能性すらありますわ! きっとミーハーな民衆に囲まれて握手を求められるに違いない!」
目をキラキラさせながら、信者にチヤホヤされることを語るルーメリア。
お前はどこの国民的アイドルだよ。登録者56万程度でそれは無いと言い切れるぞ。そもそも俺は陽キャが集まる
「ほら、好きに写メってSNSに投稿していいぞ」
2人に盾を渡すと、笑顔を浮かべながら代わりにスマホを押し付けてきた。なるほど、上手く撮れってことね。
「撮るぞー、3、2、1」
ライト機能とか美肌機能を調整しながら写真を撮り終えると、強引に盾を押し付られてスマホの背面を俺に向けてきた。その行動に慌てて仮面を付けると、シャッター音が鳴り響いた。
「俺が一緒に写る必要あんのかよ……」
「幕府総大将なんだから当たり前じゃないですの」
「あとね、あるじ様との思い出!」
タマエちゃん、そんなに俺のことが……。お兄ちゃん感激です!
「愛してるぞタマエ」
撫でる次いでにタマエのケモ耳をモフっていると、ルーメリアが俺の耳を引っ張ってきた。
「痛い痛いって! なんだよ!?」
「わたくしにも愛の言葉を添えて撫でるべきじゃなくて?」
偉そうな奴め。まぁそう言う所もマスター的には可愛いけどな。
プンプンしてるルーメリアの頭に手を伸ばすと、手をはたかれた。
「え、なに理不尽」
「わたくしは、もう頭じゃあ満足出来ないんですのよ」
いったいどこを撫でろと言うつもりなんだ。
……まさか胸!?
「股関にある割れ目に指を突っ込んで撫でて欲しいですわ」
得意気な顔でとんでもない所を指定してきたぞ、このビッチヴァンパイア。胸ならまだラブコメの女神の悪戯で済んだのに、股関の割れ目ってエロの女神様がおもっいきり攻撃してきてんだろ。
あとそれ、撫で撫でって言わないからね。オブラートに包む言い方をすると、チョメチョメって言うんですよ。ギリギリの言い方ならネチョネチョと言った所か。ギリギリどころかアウトっすね。
「お前が何言ってるかハチマンワカンナーイ」
「むー、マスターのヘタレ、骨なしゾンビチキン!」
「だから痛いって……」
俺の肩を、何度も八つ当たり気味に殴ってくる。本人は軽めのつもりかもしれないが、そこそこ痛い。
つか骨なしゾンビチキンってなんだよ。それただ単に廃棄寸前の腐ったチキンだろ。目以外は腐ってねーし。
「いい加減にしろ、このアホヴァンパイア」
ルーメリアの手を強引に止める。反撃として、頭をわしゃわしゃしてやると目を細めて気持ち良さそうな表情を浮かべていた。
「あうぅ……なんで、マスターのクセに……!」
くそっ、悔しいことにこういう所は魔王のくせに可愛いんだよな。
『かな~らず出会うから〜♪』
じゃれ合ってたら、俺のスマホから着信音が鳴った。
確認すると以前悪ふざけで書いた蟹女と表示されている。はて、唐ヶ原さんは休日に何用だろうか。店舗経営だから、休日とか唐ヶ原さんには関係ないか。
取り敢えず、廊下に出てから電話出ることにした。
♢ ♢ ♢
「はいもしもし、休日を満喫中の比企谷です」
スマホ越しから相変わらず元気な声が聞こえてきた。
『もしもし唐ヶ原でーす。そんな露骨に、休日に電話かけてくるなアピールしないで下さいよ〜』
「いや、実は休日にスマホが鳴ると動悸が止まらなくなる病気なんですよ、俺って」
『よくそれで個人事業主やってられますね……ああそれと、昨日はオーク肉ありがとうございました! あのあと、家で調理して美味しく頂きました!』
そう言えば、昨日帰り際にオーク肉を渡したな。本人は店の宣伝になるからノーギャラで良いと言っていたが、流石に何も報酬が無いのはどうかと思ったので、気持ちばかりのオークの肉1キロ分と皮のサンプルを渡した。
ちゃんと気に入って頂けて何よりだ。
「いえいえ、こちらこそ昨日はありがとうございます。お陰でハンバーガーの宣伝が出来ました」
唐ヶ原さんのお陰で昨日は上手くいった。これで当日の技術展覧会は、そこそこの集客が出来る筈だ、多分。
「それで、なんの用ですか?」
『その、用なんですけど……あの……昨日、サンプル用で貰ったオークの皮についてなんですけど……』
なにこの気まずそうな感じ。まさか、解体したオークの皮に何か不備があったのか?
……まさかそれで、もう取引をやめたいとか!?
「えーと、そ、その、皮になにか不備でも? オーク肉いっぱいあげるんで許して下さい!」
『違いますよ! 逆ですよ、逆!』
「逆?」
どういうことだ、全く話が見えてこない。
『そうです。私も解体品って聞いた時に気付くべきでしたよ』
詳しく聞くと、オーク一体あたりの解体で手に入る皮が、ダンジョン内でオークを倒した際にドロップする皮より2倍以上は多いらしい。
なるほど、全く気にして無かったどころか、知らなかったよ。確かにゴブリンを倒してもドロップする牙が一つだもんな。分かってたことだが、素材が欲しい場合は迷宮外で倒して解体した方がコスパいいのか。
「その……お得で良かったですね?」
『あのですね比企谷さん、本当に提示して頂いた単価で良いんですか? 正直もっと取っても文句言いませんよ』
この人、金にがめついクセに意外と取引先には真摯というか、誠実だよな。いや、金にがめついからこそか。
「唐ヶ原さんじゃなかったら、もっとボリますよ」
『あの、え、まさか口説かれてる!? その、ルー様に殺されたくないんですけど。そもそも私、年収1千万以上で黄瀬君フェイスの男性が良いです』
なんか、やんわりとフラれたんですけど。だが甘いぞ。俺は過去に小悪魔系生徒会長にフラれまくったせいで、フラれることに関しては完全耐性を得てるのだよ。やっぱあれフラれてたのかよ。
「フッ、俺には人間の彼女がいるんで間に合ってますよ」
『うそ!? 人間の彼女いたんですか! てか、いま絶対にドヤ顔してますよね!』
「はい、可愛い彼女がいますよ。マジ可愛いですから」
『凄く惚気ますね……しかも可愛い従魔もいるし。比企谷さん、リア充通り越してリア王じゃないですか。アソコがもげればいいのに。てか爆発してくださいよ』
おっと、独り身の怨嗟が聞こえてくるぞ。この優越感、なんて気持ちが良いんだ!
「だから従魔達は家族枠ですって」
『そう思ってるの比企谷さんだけですよ。刺されないで下さいね』
「で、話は以上ですか?」
電話を終わらせようとしたが、スマホ越しからハイテンションで引き留めの声が聞こえてきた。
『まだです! 比企谷さんの恋バナが聞きたくなりました。彼女さんとは、まさかの幼馴染だったり?』
なんで女子って、恋バナが好きなんだ。大体あいつの幼馴染は、高スペック王子様系イケメンの葉山だよ。
……はぁ、なんか急に気分が萎えてきた。
「幼馴染なんて綺麗な存在がいたら、長年ぼっちなんてやってないですよ」
『どんだけぼっち期間が長かったんですか……』
「あれですよ、高校の頃に強制的に入れられた部活で出会ったんですよ」
『へぇー、比企谷さん部活なんて入るんですね。意外と青春しててビックリです』
確かにな。今思うと青春してた気がするわ。戸塚とプリ撮ったり、戸塚とテニスしたり、戸塚とメールしたり。やばい、戻りたいあの頃に!
『で、なんの部活に入ってたんですか?』
ここは氷の女王風にゲーム形式にしてみるか。絶対に当たらないだろうし。
「……当ててみて下さい。当てたらオーク肉あげますよ」
『マジですか! うーん、絶対にサッカー部みたいなイケてる部活じゃないのは分かるし、なんだろう……うーん……』
スマホ越しからは、唸り声が聞こえてくる。
おい、俺超イケてたから。トップカーストの由比ヶ浜と友人だし、学年一の美女の雪ノ下と付き合ったから。果てには生徒会長の下請けだったから。なにこの人任せのステータス。あんま威張れないんだけど。なんなら最後のは、ただのパシリだよ。
『分かりましたよ! パソコン部ですね!』
「なんでそう思ったか、聞いていいですか?」
『パソコンで掲示板に陰湿な悪口を書いてそうだと思ったからです』
さらっとひでぇなこの人。やったことねーよ。
「外れです。特別にヒントをあげます。部室には机と椅子以外はありません。それと、パソコンは場合によっては稀に使いますね」
『え、なにその部活……写真部でもなさそうだし……スケットダンス的な学園生活支援部ですか?』
「惜しい」
『惜しいんですか!? いやもうギブです。アニメに出てくるような特殊な部活なんでよね?』
あっちが匙を投げたので、俺はいかがわしい部活名を口にした。
「答えは奉仕部です」
答えると、しばらく沈黙の間が続いた。
もー、絶対ドン引きされてるじゃないですかー。
『……取引先がエロゲーの主人公だった件について』
ほらな、こういう勘違いが起きるから部活名を言いたくないんだよ。
こうなったら、反応を楽しむとしよう。
「違いますよ」
『何が違うんですか。他の部員が比企谷さんに奉仕する部活って意味じゃないんですか?』
「いや、どちらかと言えば、俺が社畜の如く奉仕してた側なんですが」
『比企谷さんが奉仕……!! ドSの女王様でもいたんですか!?』
「あー、確かに部長が氷の女王でしたね……まぁ今の彼女ですけど」
『未だに調教が続いてる!? 従魔士が女王の従魔になってるじゃないですか!』
否定出来ねぇ。最初は何回退部しようとしたことか……。そして気づけば、平塚先生の圧力に屈して奉仕の精神溢れる立派な部員になってたよ。
やっぱ噓。奉仕の精神は最後まで持てなかったわ。義務感だけで依頼をこなしてたわ。
「どちらかと言うと、顧問に調教されましたよ」
『調教は認めるんですね……』
唐ヶ原さんのリアクションはもう充分楽しめた。
俺は奉仕部の『飢えた人間に魚を与えるのではなく、釣り方を教える。』という信念の元、どいう活動をしてたかを少しだけ語った。多少脚色を加えて。
「いやー、本当に学校一のイケメン君が、なんかある事に『俺には君達が必要だ』って泣きついてきて大変でしたよー。まぁでも全部、奉仕部が最高のソリューションを提供することで解決してあげましたよ。HAHAHA」
許せ葉山。昔話ってのは盛ってなんぼだ。ほら、歴史の偉人の逸話とか大抵盛られてるし。
『へー、ちゃんと聞くと部活動内容まともですね。クッキー作るの手伝ったり、体育祭の案出しを手伝ったりで』
俺が語ったのは、まともだった依頼だけだ。今に思えば、川崎の夜勤問題、千葉村のイジメ問題はガキが手を出して良い内容じゃなかった。あれらは運よく解消出来ただけで、本来なら平塚先生に丸投げするべき事案だったんだ。下手したら停学だって有り得たかもしれない。言ってしまえば、若さ故の愚かしさだ。
「分かって頂けて何よりです。じゃあ、切りますね」
『待って下さい! オーク肉貰ったり、オークの皮で凄く得をさせて頂いた礼として、双方にメリットのある提案があります』
「ほー……聞きましょう」
ビジネス絡みの話っぽいから、俺は聞くことにした。
『技術展覧会で肉を焼くんですよね? なら、それ用の業務服を提供させて下さい! 鎌谷幕府に似合うのを作るんで』
あー、確かに服装に関しては全く考えてなかったな。かと言って、絶対に必要かと言われると怪しいが。
「正直、ジャージとかのダル着で良い気がするんですが……汚れても問題ないし」
『比企谷さんはそれで良いかもですけど、可愛い従魔達の事を考えてあげて下さいよ』
一理あるな。従魔とは言え、ルーメリアとタマエはちゃんとした女性だ。その2人に俺が買ったダサいジャージを着て仕事しろ、なんて言えばきっとブーイングが飛んでくる。
……ハッ!? ただでさえマスターとして威厳があるか怪しいのに、これ以上は愛想を尽かされかねない! これはお兄ちゃんとしての危機だ!
「……注文させてください」
『ヒャッホーイ、注文承りました! 代金は無しでいいですよ!』
「流石にそれは悪いですよ……」
『いえいえ、タダにする代わりに、従魔ちゃん達が業務服を着た写メを撮らせて貰えれば、それでいいですよー♪』
「それは、どいう意味ですか?」
詳しく聞くと、その写メを使ってSNSで、イベント用の服の作成も承っていると宣伝したいらしい。それに最近、幕府効果で他の従魔士達から従魔用の服の依頼がちょいちょい来てるからもっとブーストをかけたいとのこと。
「ならせめて、オーク肉を1㎏ぐらいは払わせて下さい。流石にタダは気が引けますって」
『オーク肉キターー! なら交渉成立ってことで!』
どんだけオーク肉に魅了されてるんだこの人……。
「じゃあ、従魔達のサイズとかの細かい点も詰めたいんで、月曜日は……ダメだな。火曜日も怪しいな……水曜日の午前にお伺いしていいですか?」
月曜日はルーメリアが持ってきた採掘ダンジョンに行く予定だ。ダンジョンでの採掘なんて初めてなので、出来れば二日かけて要領やら雰囲気を掴んでおきたい。場合によってはめっちゃ稼げそうだしな。
『了解しました。水曜日にお待ちしております!』
来店の約束も無事済んで、唐ヶ原さんとの電話終わらせた。雪ノ下との夜な夜なする電話より長かった気がするぞ。
「……オーク肉、小さく切っとくか」
唐ヶ原さんが料理しやすいようにするべく、渡す分のオーク肉を切りに俺はキッチンへと戻った。
♢ ♢ ♢
イヤだなー……。解決するとは決めたものの、何で異世界事情に首を突っ込まなきゃいけなんだ。仕方ない、これもトップとして風通しの良い職場を作るためだ。目指せホワイトな職場、鎌谷幕府!
……風通しとか言ってる時点でブラック臭がするが、気のせいだ。
従魔達が寝静まった時間を見計らい、俺は行動に移した。暗い気持ちになりながら、屋根裏から元々自分がねぐらにしてた部屋の前へと着いた。
確実に寝てるよな……。こんな時間に迷惑だよな……。
いやいや、弱気になるな俺。今日でエルフ聖女との気まずい雰囲気を打破してやる。
意を決した俺は、結構強めにドアをトントンと叩いた。
「だ、誰!?」
ドア越しから慌てて起きた様子のセインフィールさんの声が聞こえてきた。いかにも警戒心剝き出しって感じだ。
だよなー、やっぱ迷惑でしたよね。
「あー、俺だ、比企谷だ」
「え、八幡さん!? 今何時だとおもってるのよ! まったくいったい何の用なのよ……」
文句を言いながらドアを開けてくれた。可憐なパジャマ姿で、ショートパンツから覗かせる細い足がとっても美しい。
「エイト絡みの込み入った話があるから入れて貰って良いか? 勿論、やましい気持ちは一切ない」
エイトの言葉に反応したのか、セインフィールさんは目を大きく見開き、驚いている。
「……良いわ入って。なんかしてきたら、アソコを吹き飛ばすから」
不穏な言葉と共に、渋々と入れてくれた。きっと、エイトの話だから入れてくれたに違いない。
部屋はシンプルで、ベット、小さい机、ギリギリ2人が座れる小さいソファーがある。
俺っていま女性部下の部屋にいるんだよな……。ドラマなら確実に泥沼展開の前段階じゃないですか、イヤだー。
「そこ座れば?」
「お、おおおお」
多少キョどりながら、俺はソファーに座る。セインフィールさんはベットに座り、足を組んだ。明らかに俺からは顔を逸らしている。
「……これを見てくれ」
さっさと本題に入るべく、俺は自身のスマホを渡した。
「誰よ……うん? かなりエイトに似てるわね……」
「それは俺だ」
「え……っ!?」
事実を伝えると、セインフィールさんは酷く驚き、息を吞んだ。
俺が見せたのは、ここに来る前に自撮りした写メだ。マジでめっちゃ恥ずかしかったわ。マッチングアプリとかやってる奴って、よくあんな恥ずかしことが出来るよな。8回は死にたくなったぞ。
「理由は分からないが、やっぱあんた、俺のことが勇者と瓜二つに見えてんだろ。違うか?」
疑問をぶつけると、彼女は俯き、口を閉ざした。
「別に責めてる訳じゃない。むしろ解決の手助けに来たんだ」
「なんで、八幡さんが手伝いにくるのよ……ブラッドノイズと一緒になって、私を殺そうとしてたのに……」
「あ、アレはもういいだろ。こっちだって、何か変な事に巻き込まれるんじゃないかって怖かったんだよ」
だが別に後悔はしてない。俺は何度だって家族の側に立つ選択をするぞ。それが例え、悪の道に進む選択だったとしても。
「それに、手伝う理由だってある。あんたの上司として、組織のトップとして、職場の空気を良くするためだ。言わば、部下のマネジメントだ」
「そう……」
釈然としない様子だな。悪かったな、俺みたいな奴が上司面して。
「なぁアンタ、人の精神世界に入れる魔法とか使えたりする?」
「使えるけど……随分と高度な魔法を要求してきたわね」
「文句言うな。それに、彼氏に会えるかもしれないぞ」
そう言ってやると、彼女の表情に希望が宿り、顔つきが変わった。
彼女は空間収納からヴィンテージ感のある本を取り出し、読み始めた。
「上を脱いで待ってて。難しい魔法だから、少し復習するわ」
俺は言われた通り、上の服を脱いで待つことにした。
早くして欲しいな……。女性部下の部屋で上半身裸とか、何だかイケない感じがするんですけどぉ。何より、もう寝たい。でも高度な魔法って言ってたよな。血が必要な儀式とかじゃないよな……。痛いのはマジで勘弁だぞ。
「一通り復習したわ。こっちに来て」
言われた通り、俺は同じベッドに腰を下ろした。
「もっと近くに寄って」
えぇ、もうゼロ距離じゃないですかそれー。部下と上司の距離じゃないぞ。俺じゃなかったら勘違いが起きるからね。
「……わ、分かったよ」
「ちょっと、いやらしいこと考えてるでしょう?」
セインフィールさんは、じーっと疑いの目で見つめてくる。
「べ、べ別に考えてねーし。新手のハニトラじゃないかと疑ってたんだよ」
「ハニトラするぐらいなら消し炭にするわよ」
ルーメリアの物騒レベルも相当だが、この聖女も相当物騒だぞ。異世界人コワーイ。
彼女は軽く息を吐くと目を瞑って、俺の胸に向かって手をかざした。
「かの者の奥深き心の扉を開き、我が心をかの者の世界へ誘い給え──
詠唱と共に、無数の魔法陣らしきモノが重なりながら現れる。
やがてそれらの魔法陣は完全に重なり合い、複雑な形である魔法陣が二つ出来上がった。
片方の魔法陣は俺の胸の中心に重なる。もう片方の魔法陣はセインフィールさんの手のひらに。
「これから私達の精神は、八幡さんの心の奥深くへと行くわ」
「お、おう……え? 私た──」
聞こうとした瞬間、意識が黒く染まった。
♢ ♢ ♢
「ここは……あ、精神世界か」
見渡す限り、色とりどりのステンドグラスで構成された煌びやかな空間。ずっと見ていると、眩しさを感じさせる。
まさか、またここに来るとは。出来ればもう来たくなかったよ。あれ? セインフィールさんはどこ行ったんだ?
待ってみるものの、セインフィールさんは現れない。
仕方ない。聖女様がいないと、どうにもならないしな。
とりあえず俺は、今回の主役であるセインフィールさんを探しに行くことにした。
前回来た時は、見て回ることが出来なかったしな。
何十分か歩いた辺りで、嫌気がさした。
綺麗なだけで、全く景色が変わらない。もう飽きたわ。
そう思ってキョロキョロしてると、光で満たされた入口を遠目から確認出来た。
ん? あそこに何か有りそうじゃね?
「あ、八幡さん」
光の入り口をくぐり抜けると、相変わらずステンドグラスだらけの大きな部屋であった。その中心には、考え込んでいる様子のセインフィールさんがいた。
こんな所にいたのかよ。
「やっと見つけた、って何だこりゃ!?」
一つの壁が目に入った。そこには、ステンドグラスの絵柄で雪ノ下が神秘的に描かれていた。他の壁にも視線を向けると、小町や由比ヶ浜、一色、両親のもある。果てには、葉山を含めた高校の頃の葉山グループの面々の絵もあった。
何で知り合い全員の絵があるんだ……。
「これは、八幡さんが影響を受けた人達ね」
別に葉山グループの奴らから影響──いや、学生時代にちょいちょいあったような気がしなくもない。なんか過去が筒抜けになってるみたいでイヤだな……。
「ちょっと待て、俺はあの二人と大した関わりなんて無いぞ」
大和と大岡。その2人の絵を指して、俺は抗議の声を上げた。
「私に言われても知らないわよ。ここに絵があるって事は、八幡さんが無意識でも大切にしてる思い出ってことよ」
なにその心のガバガバ判定。そもそも感情を向けるほど、人となりをよく知らねぇんだけど。あの二人だけじゃない。海老名さんや三浦のこともだ。ほんの少し関わった程度で、思い出のデッキに編成しちゃうとかヤバイ。ちょっと痛過ぎだろ俺。
「わぁー、この人すごく可愛いわね! 八幡さんの彼女って、この人でしょ」
俺が悶えてると、セインフィールさんは戸塚の絵へと近づき、感嘆の声を上げた。
「その天使、めっちゃ可愛いよな。でも、残念なことに生物学的には男なんだよ」
「…………は?」
教えてやると聖女様がフリーズした。
だよね、フリーズしちゃうよね。聖女ですら誤認させちゃうとか、流石戸塚。
「マジマジ。俺も引っ掛かったから。危うく告白しかけたから。なんなら何回も味噌汁を作ってくれ、って遠回しに告白したから」
「……キモ」
「おい」
戸塚に告るのはセーフだろ。え、セーフだよね? セーフだと信じるぞ俺は!
ここで俺が作り上げた究極の一句。病気かな? 病気じゃないよ! 病気だよ(病気)
ダメだ、精神世界で一句詠んでる時点で、あの頃より病気が悪化してる気がする。
「なんでニヤニヤしてるのよ……やっぱ気持ち悪いわね」
うげっと言いながら、セインフィールさんは俺から数歩離れて訝しんでいる。
やめろよ。俺は病気だけど、比企谷菌は持ってねーぞ。因みに比企谷菌にバリア効かないからな。
「ねぇねぇ、八幡さんの彼女さんどれ?」
俺は早くアンタの彼氏を探し出したいんだけど……。でも、ここで教えないと『ほらね、やっぱ妄想彼女だったんだ』とか言われそうでイヤだなぁ。別に教えても害は無いし、良いっか。
雪ノ下の絵を指さしで伝えると、セインフィールさんは目をキラキラさせながら向かって行く。俺はその後を、どこか照れくさく感じながら付いて行く。
「へぇ、凄く綺麗な人ね。八幡さんやるじゃん」
悪戯な笑顔を浮かべながら、肘で俺の脇腹を突っついてきた。
「べ、べ別にそれ程でもねーし。まぁ高校の頃からの長い付き合いだし。そ、その、本当に俺なんかのこと理解してくれてるし。あ、アレだ、至って普通の清い交際ってやつだ」
「めっちゃテンパるじゃん。しかも、惚気混じってるし」
聖女は優しくふふっと笑う。
この人も恋愛話が好きなタイプか。この世界、異世界関係なく女性の恋バナ好きは共通なようだな。
「それより、アンタの彼氏をさっさと探し出したいんだけど」
「大丈夫よ。絶対にここ、
人億の間と言うのか。人間の中に、こんな世界があるのが驚きだわ。
魔法ってスゲェなー、なんて思っているとセインフィールさんが手を握ってきた。
「お、おい! 俺とお前は上司部下の関係でこういうのはよ、よよよ良くないですよ!」
「何を勘違いしてるか分からないけど、エイトを炙り出すためよ。我慢して」
何故か、胸のそこから温かくなっていくのを感じる。すると、俺の胸と彼女の手のひらから魔法陣が浮かび上がる。彼女はそのまま手を掲げて、詠唱を開始した。
「かの者に交わりし魂よ、我が声に応じ、今一度ここに顕現せよ──
辺りに魔法陣が浮かび上がり、知り合い達の絵と重ねてゆく。
「っ! 見つけた!」
彼女の指さす方を見ると幼い頃の小町の絵があった。その絵だけが、魔法陣を拒んでいる様子であった。
そう言えば、小町の絵だけ二つあるな……。
次第にその絵は黒に染まる。眺め続けると、黒から違う絵が浮かび上がった。
黒い刀身の剣を振るう腐った目の男。現れたステンドグラスに描かれてのは、異界の勇者であるエイトであった。
あのクソ勇者、小町の絵に擬態していやがったのかよ。
「エイト! 早く観念して出てきなさい!」
セインフィールさんが大声で呼び掛けると、勇者エイトの絵が光り輝いた。
「分かったから、魔法陣で突っつくのをやめてくれラスティー」
そして光の中からは、やる気なさそうな声と共にクソ勇者がノロノロと現れた。
「え、エイト!!」
セインフィールさんは、目に涙を浮かべながら勇者目掛けて駆け出した。まるで、映画の一幕。戦場から無事に生還してきた夫と再会を果たした妻のようだ。
「ちょ!? ラスティー、やめ──」
「バカエイトォォォォオオ!!」
「──グハッ!?」
熱い抱擁を交わし合うかと思った矢先、セインフィールさんの拳が輝き、聖女ブローが勇者の顔面に炸裂した。殴られた勇者と言えば、数メートル先へと吹っ飛んでしまった。
……え、俺は何を見せられてるの? 何これ修羅場? 人の心の中を修羅場にしないで!
まだスッキリしてない様子のセインフィールさんは追撃に入った。立ち上げろうとしたエイトに馬乗りして、その顔面を何度も平手打ちし始めた。
「ラスティー、グヘッ、怒るのは分か、グヘッ、色々深い事情が、グヘッ」
「うるさい! エイトのバカボケナスエイト!」
おぉ、エイトって悪口なのか。何だろう、他人事には思えないし、少しだけ親近感が湧いたぞ。
「何で……何で一人で死んだのよ……何で私も連れて行ってくれなかったのよ……バカッ!」
彼女は彼の胸倉を掴みながら大粒の涙を、エイトの顔から胸元にかけてポタポタと落とした。そんな彼女の歪んだ表情、言葉からは勇者への深い悲しみと深愛を感じ取ることが出来る。
「お前には……生きて幸せになって欲しかった。それが勇者エイトの願いだ」
「だからって勝手に決めないで! 人の気持ちもっと考えてよ……っ! いつもいつも相談なしで、勝手に始めて……勝手に死なないでよ! 本当、あなたのやり方大っ嫌い!」
段々弱々しくなっていく平手打ちを、エイトは黙って受け入れていた。
おかしい、俺が言われてる訳じゃないのに、何でこんなにも耳が痛いんだ……。ここはとりあえず、黙って頷きながら後方腕組み理解者面でもしとこ。
「何でよ……私もあなたと一緒に死にたかった……約束したじゃない……噓つき。あなたのいない人生なんて悲しいだけよ……」
「満足したか?」
項垂れたセインフィールさんに、エイトは無感情に声をかけた。
「もう八幡から聞いてるとは思うけど、俺は勇者エイトの残滓でしかない。俺にエイトとしての言葉を求めてるならやめろ」
エイトは立ち上がって、悲しみに暮れるセインフィールさんに腕を貸して強引に立たせる。
「でも、エイトならこうすると思う」
腕を彼女の肩に回して、彼は穏やかな表情でただ優しく、彼女を抱きしめた。
「出来るなら君に謝りたい。でも俺は残滓でしかない。そんな俺の言葉は、余りにも軽いんだ。だから、ごめん」
そのごめんは、いったい何に対しての謝罪なのだろうか。
考えるだけ野暮だな。
きっとその答えは、彼と彼女だけが分かっていればそれで良い。
「そっか……そうだよね。本当にエイトは八幡さんの中に溶けたんだね……」
「ああ、だから君は生きて幸せになって欲しい。それが彼の、ささやかで、自分勝手な願いだ」
「本当、自分勝手。ねぇ、一つ聞いていい?」
「何だ」
「私達の戦いはまちがっていた、最近そう思うことが増えて……」
「分からない。ただ、魔族も人間種も大切なモノを守る為に戦っていた。エイトは、最後それを理解し、後悔しながら死んだよ……世界の命運を魔王ブラッドノイズに託して」
「……やっぱりそうだったのね」
全く話に付いていけん。そもそも君達、俺の存在忘れてない?
さっきからずっと、後方で腕組してる理解者(地藏)になってますよ俺。帰る為にスタンバってるから早く終わらせて。
「これで、君に伝えるべき事は全て伝えた。俺は八幡と話すよ」
いや、別に俺はお前と話すことなんて無いんだけど。
帰りたくて帰りたくて震えてると、両方ともこっちに向かってきた。
「じゃあ私、先に帰ってるから」
「おい……って消えたよ」
セインフィールさんが光の粒子となって消えた。
上司を置いて帰るとか、良い根性してるなあの聖女。
「よっ! 八幡」
ヤバイ殴りたい、その笑顔。
「……なんで俺んときだけ、そんな軽い感じなんだよ」
「何でって、お前が折本ちゃんに振られるずっと前から、お前の中に居るからじゃね?」
さらっと記憶の奥深くに封印してた黒歴史を掘り返すんじゃねえよ、コイツ。
「あぁ、因みに俺の推しは生徒会長のいろはすちゃんな」
「げっ、性格の悪いの知ってて推しとか、ヤバいぞお前」
「お前の中から見てたら、あのクズさがクセになったんだよ」
あー、確かにそれはあるかもな。一周回って可愛気を感じるよな、あのクズさ加減。
いかんいかん、こんな話どーでもいいんだよ。
「で、何の用だよ。眠いから早く帰りたいんだけど。あと眠い」
「感謝の言葉を言いたかっただけだ。ありがとうな兄弟」
薄い微笑みを浮かべながら、俺の肩にキザったく手を置いてきた。
「……あんま口出ししたくないが、あんな終わり方で良かったのかよ。つか兄弟ちゃうわ」
「後悔が無い、なんて言えば噓になるかもな。でも生者は、亡者に長い間囚われてはいけないんだ」
そう言うもんなのかね……。大事な人を、未だに亡くしたことが無い俺には分からないのかもな。
「でも、少し欲を言えば……あと100年ぐらいは引きずっててほしい。とエイトが死に際に思ってたな」
おい、この勇者、未練が進撃しちゃってるぞ。なに、地ならししちゃう系の人? あんまり関わりたくなーい。
「おっと、男が未練たらしく愚痴を言うもんじゃねーよな」
「別に良いんじゃねーの。俺なんて、自分でヤラかしておいて10年以上も未練たらたらだったぞ。どうだ、俺のがお前なんかよりよっぽどカッコ悪いだろ」
「……不意打ちの励ましとか、なぁ八幡、お前やっぱあざといよな」
「ウゼェ……ハチマン、ハヤク、オウチカエリタイ」
「ハハッ、分かったよ。機会があればまた会おうぜ」
俺はもう出来れば会いたくないよ。
欠伸をすると、俺の体が光り始めた。
やっと帰れるわ……。
「これからもラスティーをよろしくな兄弟」
だから兄弟じゃないって。
♢ ♢ ♢
「うわっ!?」
目が覚めると、セインフィールさんの顔が間近にあった。それにビックリして、勢い良く起き上がってしまった。
「キャッ!? もー、いきなり大声出さないでよ」
「いや、あんたが悪いだろ」
何事もなく帰ってこれた。俺は安堵しながら、上の服を着る。
にしても、やはり異世界絡みはダメだ。全く話に付いていけない上に、深く知りたいかと言われると、そうでもない。本当ただの巻き込み事故にしか思えない。
「それより、俺の顔は未だに瓜二つに見えるのか?」
問題解決に至ったのかと聞くと、腕を強く引っ張られて彼女の方へと寄せられた。
ベッドの上で隣り合う男女。関係性によっては、そういう雰囲気になってもおかしくない距離だ。
「ううん。エイトの残滓と会うことで、ちゃんと八幡さんの魂を誤認することなく見れるようになった。多分、私とエイトの縁結びが強かった影響だったのかも」
魔法関連はさっぱりだし、理屈は分からないが、どうやら瓜二つ問題は無事に解決出来たようだな。
安心していると、彼女が顔を近づけて来て、ただただ無言で俺を見つめてくる。
近い、近いって! 顔をちょっとでも前に出したらキスできちゃいますよ。イヤだー。
「ふふっ、へー、こんな顔だったんだね。目が腐ってる所は似てるけど、やっぱエイトの方が男前かも」
顔が離れてくれた。セインフィールさんは、どこか嬉しそうだ。
「おい、あんな勇者より俺のがハンサムだぞ。あと腐ってるは余計な。DHA豊富そうと言え」
「変な所で自己評価が高い所もそっくり」
フフッ、と幸せそうに笑うセインフィールさん。
「そうかよ、じゃあこれで──」
「待って、行かないで」
「──お、おい!?」
不意に、俺の胸に身を預けてきた。
女性特有の、体の柔らかさ、匂い、それら全てをダイレクトに感じる。
もー、イヤだー。これ浮気じゃないですかー。上司と部下でとか、完全に泥沼展開にになっちゃうよ!
「お願い。今だけで良いから、こうさせて」
どこか悲しいそうに、俺の胸に深く顔を埋めてきた。俺はただただ戸惑うばかりだ。
「……お、俺はエイトじゃないぞ」
「知ってる。でも、こうしてるとエイトを感じるの」
「そうか……」
「うん、ごめんね」
じっとしながら時間の流れに身を任せてると、次第に彼女の寝息が聞こえてきた。
俺は壊れ物を扱うように、彼女を横にして寝かせた。
やっと終わった。長い一日だった気がする。
「アレだな、少しは上司っぽいことが出来たんじゃねーの。知らんけど」
俺はどこか満足しながら、自身の部屋である屋根裏へと戻った。
オハ幕府!
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