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「あんなに一緒だったのに、分からないものね……」
その儚げな呟きは誰にも向かず、夕暮れに溶けてゆく。それを聞いて、自身の心に酷いひびが入ってゆくのを感じる。
「っ! 違うんだ雪ノ下、お前は誤解───」
しているんだ。反射的に慌ててそう言おうとしたと同時に彼女の肩に手を伸ばした。
「触らないで!」
手をはたかれた。この反応は嫌悪感からくる拒絶反応のそれだ。
はたかれた手を宙でフラフラさせなが戸惑っていると、射るように凍てつく視線を向けてくる。
「あなたの言う家族、従魔達のことよね」
「……そうだ」
罪悪感から短く答えて逃げるように視線を、雪ノ下の目から逸らして下に向ける。視界に入るのは、怒りで強く握られている雪ノ下の拳だった。
「姉さんも由比ヶ浜さんも知っていて、知らないのは私だけだったようね」
自分だけが何も知らなかった、と自虐的な笑みを浮かべだした雪ノ下。
「どこかあなたのことを、何でも知っているつもりだった。そんな自分が凄く滑稽」
冷静に頭を回す。どう言葉をかけるべきなのだろうか。この場合なにを言っても、言われた本人からしたら言い訳にしか聞こえない。なんなら今までの積み重ねのせいで信用すらして貰えない。
もはやどうすれば……。高校時代を含めてあんなに一緒だったのに、言葉一つ届けられる自信がない。
「今更言い訳する気は無い……俺は探索者であり従魔士だ。今日まで俺が生きてこれたのは従魔達……家族のお陰だ。隠してて悪かった」
素直に謝罪を述べる俺に、雪ノ下は鋭い眼光を向けている。
「昔と一緒で、肝心なことは何も説明してくれないのね……」
話せば分かり合えるような問題なのか……。配信に映ったルーメリアやタマエとの数々のラブコメを「勘違いしてる」の一言で分かって貰えるとは到底思えない。そもそも俺は弁明するべきなのか?
配信は嫌いだが、少なからずあの2人と共有した時間を、俺は居心地よく感じていた。一方的に俺が「誤解だ」とか、「あの2人とは何も無い」と主張するのはマスターとして従魔を裏切る行為のように思える。
ダメだなやっぱ……。大きな功績を作ってから地道に説得しようと安易に考えていたが、根本からまちがっていたんだ。
養うべき愛する家族と人生で一番愛した女性。責任と愛。本来なら天秤に掛けられるモノではない。だが、天秤に乗ってしまった今の状況では選ぶしかない。
なら、やることは一つしかないだろ。
「ハッ、説明したからって分かって貰えるような状況じゃないだろ」
開き直り気味に吐き捨てると、雪ノ下の瞳から一雫がこぼれ落ちた。
やめろ、そんな顔をするな。決意が揺らぐ。
「本当にあなたって人は……昔から何も変わっていないのね……肝心なことは何も言わない所……大事な場面で悪ぶる所も……」
今なお繋ぎ止める気でいる彼女の思いに、俺はピリオドを打つ。
「雪ノ下……やっぱお互いもう終わりにするべきだ……これまでのこと、これからのこと、諸々含めてな」
改めて確信した。俺は別にハーレムなどと言うバカげたことをするつもりは無い。だけども、ハーレムちっくな状況になっているのも事実だ。果たして雪ノ下雪乃という気高い女性は、交際相手のそんな状況を受け入れることが出来るのか?
答えは否である。
今に思えば、奉仕部だって一歩間違えば泥沼化してた可能性だってあった。そうならなかったのは、ひとえに雪ノ下と由比ヶ浜の絆が強かったからだ。でも今回は全くパターンが違う。由比ヶ浜は自ら雪ノ下に踏み込んで親友となった。タマエなら可能性はあるもしれないが、ルーメリアと雪ノ下がお互いに踏み込んだ仲になるとは到底思えない。
「なんでそんなこと───」
雪ノ下の声を遮って、俺はリアルを押し付ける。
「無理だろ。お前が、今の俺の状況を妥協してくれるとは到底思えない。ただただお前が不快な思いをするだけだ。それに、俺は現状に満足している。なんなら幸せだ」
雪ノ下雪乃を比企谷八幡と言う名の鎖から解放する。それが俺の選択だ。なに、数ヶ月前の状態に戻るだけさ。もっと言えば、雪ノ下雪乃は外見と内面、共に非の打ち所がない素敵な女性だ。
迷いを振り払うべく、猫の白仮面を付け直そうとしたときだった。
「勝手に一人で納得して、決めないでくれるかしら」
「お、おい」
手から仮面をスッと取られた。
「一つ聞いていいかしら」
俺からふんだくった仮面を数秒見つめてから、問いかけてくる雪ノ下。
「な、何だよ」
「あなたはハーレムをしている。YESかNOで答えて」
「……NOだ」
どう見られようとも、俺は胸を張ってしていないと言える。ただただ従魔達と他愛のない日常を送っているだけだからな。
「そう。その答えを聞けただけで充分よ。あなたとの関係を終わらせる必要もないわ」
毅然とした様子で、雪ノ下は俺の側を横切って言い放った。
「いやいや、あくまで俺の主観だぞ。客観的に見ればハーレムだと思われても仕方がない状況なのは確かな訳で……」
言ってる途中で意味が分からなくなり、言葉が切れた。ハーレムをしていない弁明をしたいのか、している弁明をしたいのか、支離滅裂になりかけている。いったい俺は何が言いたいんだ……。
「あなたと約10年も離れていた。お互いに知らないことが増えて当然。これから改めて知っていけばいいだけの話。簡単なことよ」
そして彼女は、夕暮れをバックに振り返った。
「今までの人生、欲しいものは実力で勝ち取ってきた。これは未来永劫変わらないわ」
ああ、そうだった。肝心なことを忘れていた。昔から、雪ノ下雪乃という女性はいつでも───
「それが私、雪ノ下雪乃よ。例え敵となるのが人外的な美しさを誇るヴァンパイアだろうと、愛らしい妖狐だろうと、幻想的な妖精だろうと、私の勝利は決して揺るがないわ」
───つらぬいている。
♢ ♢ ♢
あのあと、勝利宣言をした雪ノ下は自身の部署を指揮するべく仕事に戻って行ってしまった。俺と言えば、10分ほど呆然としながら棒立ちになっていた。ホテルに戻ってからも大量のピザを爆食いする従魔達を横目に、上の空だったような気がする。交際関係は継続という形で良いんだよな……。てか、白の猫仮面を返せよアイツ。絶対に嫌がらせで持って行っただろ。予備で黒の猫仮面があるから良かったけど。
そして、今は技術展覧会の二日目。ハンバーガー作りに奮闘中である。午前中に由比ヶ浜や唐ヶ原さんが来たりで若干気まずかった。由比ヶ浜に関しては俺のぎこちない接客にツボったようで、なんか大爆笑してたしな。……恨みを込めて今夜は人妻モノで抜こうかな。なるべく巨乳な女優が出演してる物を選んでやる。思い出すだけでマラが起つぜ!
「マスタ~、昨日に比べて暇ですわ~」
つまんなそうにルーメリアが後ろから抱きついて来た。確かに暇だよなー。それでも予想売上は午前中で超えたけどな。
オーク肉は結構胃にくる。二日連続で食うヤツは普段から運動してる奴か、若くて代謝が高い奴だ。現に昨日に比べて主な客層が20代から30代半ばに偏ってる気がするし。
「っ!?」
考察をしていると、グサッと殺気を感じた。視線を感じた方向に恐る恐る振り向くと、元上司である
「ちょバカ、離れろ!」
あんな殺気で満ちてる雪ノ下見たことねぇよ! 葉山と付き合ってる疑惑が出たとき以上に不機嫌じゃねえか!
このままだと問答無用で
「えー、いいじゃないですの~。愛しの従魔を可愛がって下さいまし♡」
ルーメリアを剝がすのに手こずっていると、雪ノ下がジェスチャーを送ってきた。
満面の笑みで親指を立てて、首を切る動作からの親指を勢いよく下に降ろした。
死ねって意味じゃねーか! 何が怖いってハイライトのない笑顔がマジで怖いよ!
そうだ、由比ヶ浜だ。アイツなら雪ノ下をなだめてくれるに違いない。
希望を乗せて由比ヶ浜に熱烈な視線を送ると、笑顔で無慈悲なサムズアップをしてきた。
ちょ、ガハマさん、それとりま頑張れって意味じゃないですか。健気にクッキーを作ってくれた優しいガハマさんはどこに行ってしまったんだ。俺ら苦楽を共にした部活メイトじゃん。クッキーの依頼を解消してあげたじゃん。ああそうか、もう俺に好意ないもんね。チクショー、旦那さんと幸せにな!
「やあソフィーちゃん」
命を諦める寸前、イケメンなスライム厨がやって来た。俺は急いで、葉山が接触する前にソフィーを抱きかかえた。
「……」
そんな泣きそうな顔をすんなよ葉山……。
「や、やあ葉山部長。実は昨日、おたくの製品開発部の部長と何というか……ひと悶着ありまして……」
きっとこれだけで、葉山には全部伝わった筈だ。
案の定、察しの良い葉山は雪ノ下達の方へと向かった。向かう際に、俺の方へと振り返って溜息を吐いて見せた。それに対して、俺は頷いた。きっと「貸し一つな」と言いたいに違いない。
まず葉山は由比ヶ浜に話しかけた。それからちょいちょい雪ノ下にも話を振っているように見える。、そして、どんな手を使ったか不明だが、上手く2人を俺達の屋台近くから引き離してくれた。大方「結衣の案内次いでに雪ノ下さんに仕事の相談があるんだ」とか言いながら上手くやったに違いない。
っべー、流石は隼人くーん。歴代総武いちのイケメンって言われただけあるわー。本当はあげたくないけど、今日だけは八幡ポイントあげちゃう!
「確かあの色男、マスターの卒アルとやらに載ってましたわよね?」
「そうだ。お前が色男って呼んでた奴だよ」
でも珍しいな。ルーメリアが人間に興味を示すなんて。
「実際に見て思いしりましたわ。わたくし、やっぱあの男嫌いですわ」
「……え? お前なんも関わりないだろ?」
初対面で葉山が嫌われるとか、極めて稀なケースだぞ。俺ぐらいなると目が合っただけで嫌われるんですけどね。ハチマン、ヤッパイケメンキライ。
「陽光の聖騎士、アールライト。わたくしのペットであるシャーヘイルドラゴンを殺した男。その男に超そっくりですのよ」
アールライト。どこかで聞いた名前だな……。
「うぐっ!?」
記憶を辿っていたら、僅かに頭痛が走った。
──アールライト! 頼むから死ぬな! なぜ俺を庇った!?
──エイト……あぁ……お前と子供の頃よく一緒に食べたアーヴぇさんのシチュー……また……食べたいな……
──馬鹿野郎! 一緒に食べてやるから……うぐっ……だから逝くんじゃねーよ……グッ
──それと……俺もラスティーが……あぁ……好きだった……だから……うぅ……だから絶対幸せになれよ……
──アールライトォォォォォォ!
あのクソ勇者の残滓め、いきなり記憶を流すなよ……。なんか微妙に悲しい気持ちになっちまったじゃねえーか。
「なぁルーメリア、その葉山のそっくりさんは何で死んだんだ?」
「魔王マグナビオードとわたくしが結託して、罠にハメて殺してやりましたのよ。あのときは実にスッキリしましたわ。ペットの仇も取りましたし」
やっぱ死んだ原因の一端こいつかよ。いやでもペット殺されてるし、どっちもどっちだな。
「可哀想なわたくしのドラゴン。ただドワーフの下民共を食べていただけなのに……本当に酷いですわ」
心底悲しいそうにルーメリアが言う。
あ、うん……。それはペットが討伐されても仕方ないですね。でもなー、別にアールライトとか言う葉山のそっくりさんにも同情できねーわ。赤の他人だし。
「そのペットの分もお前が幸せになれば良いんじゃねーの。知らんけど」
まぁ知らない葉山のそっくりさんより、家族であるルーメリアの方が俺にとって大切だ。故にルーメリアのペットを殺したアールライトと言う男が全て悪い。はいQ.E.D.。
「マスター……慰めてくれて嬉しいですわ。下手ですけど」
「そこはありがとう、で終わらせろよ……」
「でもわたくし、この上なく幸せですわよ。最愛の人にもめぐり逢いましたし」
言いながら、俺の腕に腕を絡めて、肩に頭を乗せてきた。俺は腕を解こうとするが、魔王の力が強すぎて抜け出せない。
これは浮気じゃない、不可抗力だ!
『へいへいへーい! みんな楽しんでるー? なんと! 次のプログラムは鎌谷幕府による
魔王に抗っていると、アナウンスから聞こえてきたのは、千葉に君臨する魔王の愉快そうな声だった。
いや……マジであのアラサー魔王なに言ってんの。なに、俺への当てつけ?
高校んときの文化祭で決まったダサいスローガンを微妙に混ぜるのやめて下さいよ。聞いてるだけですっげー恥ずかしいから。どんぐらい恥ずかしいかと言うと、母ちゃんにエロ本が見つかったときと同じぐらい恥ずかしいから。
「ほらルーメリア。お前の単独ライブだぞ。応援してやるから行ってこいよ」
「ん? 単独ライブ? マスターとタマエも一緒ですわよ?」
「……はぃっ?」
有り得ないことが聞こえてきたせいで、素っ頓狂な声が出てしまった。
タマエとルーメリアのダブルボーカルなら分かる。普通に人気出そうだしな。でも何で俺もセットなんだよ。味噌汁にケッチャップを掛けるようなもんだぞ。
「はぃっ、じゃないですわよ。ハルノにも言いましたし、それと」
ルーメリアは空間収納からギターを取り出して、はいコレと言いながら渡してきた。
「ウソだろ。このギターって……」
間違いない。このギターは比企谷家で埃を被っていたギターだ。親父から俺に受け継がれし、苦い青春の象徴、それが比企谷家の悲しきギターだ。
「昨日わざわざマスターの実家まで取り行ったんですのよ? しかも父君ったら、嬉しさの余り泣きながら快く譲ってくれましたわっ☆」
だろうね。俺も親父も処分に困ってたからね。なんなら現在進行形で困ってるわ。なんか呪いのアイテムみたいだな、このギター。
「てか俺、ギター弾けないよ?」
「そんなの上手いことエアーギターで誤魔化せばいいですわ。そもそも誰もマスターの方に注目すらしないと思いますわよ?」
エアーギターでいいんかい。……確かに全員がルーメリアとタマエに注目してる絵が目に浮かぶわ。悲しいとか思ってないんだからねっ!
まあ、アレだな……やっぱ魔王って碌でもねぇことしかしないですわ。
♢ ♢ ♢
今まさに史上最大の危機である。最大は大げさか。初見でゴブリンに囲まれたのが最大の危機だったわ。カマクラがいなかったらミンチ確定だったね。程度の差はさておき、危機なのには変わりない。
だって俺、ギターなんて引けないし。Fコード何それ美味しいの?とか言っちゃうレベル。ギターの思い出なんて、若気の至りで、中坊んときにカッコつけでちょっと手に持ったぐらいだ。Fコードが押さえられなくて、秒で挫折したけどな。だって、押さえてた手がフレミングの左手の法則みたくなってたんだぞ。無理に決まってんだろ。国立文系なめんな。
そもそも俺って自由業代表の探索者だぞ。もう職業からしてロックだろ。楽器でロックを表現する必要なんて、俺には無いんだよ。そう、俺こそ真のぼっち・ざ・ろっく!
舞台裏で改めて、ギターをやる意味がないと確信した俺は、ライブ開始まであと10分って所で行動を起こした。
「なあタマエ、お兄ちゃんからとてもとても大事なお願いがあるんだが」
ミュージック用の衣装に着替え終わって、ワイワイしてるタマエに、こっそりと話かける。そんなタマエは愛らしい衣装に身を包んでかなり興奮気味だ。
「あるじ様どうしたの? ……あ、分かった! あるじ様緊張してるんでしょ! だって目が腐ってるもん」
あのタマエちゃん、目が腐ってるのは元からなんだ……。あれか、もうマスターの顔を忘れちゃったんだね。まぁ可愛いから許しちゃうんだけどなっ☆
「凄く簡単なお願いをするぞタマエ。今から一時間ほど隠れんぼをしよう。タマエが隠れて、俺が探しにいく」
これこそ俺がライブを無しにするために考案した最高の作戦。そう、名付けて作戦名『
もし、これで失踪するのが俺だったら、『ふざけんなあの野郎!』とか『逃げやがったな!』とか言われるのが関の山だ。でも失踪するのが人望ある可愛い女の子なら『〇〇ちゃん何かあったのかな……』になる。故にタマエをピックアップした。
そして、この作戦の具体的なアクションプランも既に練ってある。
『大変ですわマスター! タマエがいませんわ!』
『なに? シカタナイナー、オレガサガシニイクヨー』
ほら、簡単だろ。──誰も傷つかない世界の完成だ。
「え、でも、かくれんぼしたら歌えないよ……」
ヤバイ、既に傷つきそうな子がいるんだけど!
「だ、大丈夫だぞタマエ。ライブはルーメリアに丸投げすれば問題ない!」
そもそもアイツが勝手に受けた案件だ。何で俺が付き合わなきゃイケない。……そうだった、おれ異世界魔王のマスターだったわ。従魔のヤラかしはマスターの管理責任でもある。はぁ、マスターって辛すぎませんかねぇ……。力と富の代償がエグいですわ!
「いやぁ……わたしも歌いたいもん!」
タマエが目をうるうるさせながら抗議してくる。
ほら、みろ。──早くも誰も傷つかない世界の崩壊だ。
「ひゃっはろー! ……ってあれ? 取り込み中だった?」
さっきまでルーメリアと仲良くウェイウェイしてた陽乃さんがやってきた。魔王同士ウェイウェイしてて下さいよ。胃が痛いから。
「陽乃お姉ちゃん……っ!」
そんな陽乃さんの胸に飛び込むタマエ。それを天使のような微笑みで受け止める陽乃さんは、タマエの頭を優しく撫でる。
ちょっとタマエちゃん、その人に甘えてはイケませんよ。甘えるならお兄ちゃんだけにしなさい。
「よーしよし。タマエちゃんどうしたのかな〜?」
「聞いてよ、陽乃お姉ちゃん。あるじ様がライブをサボらせようとしてくるの〜。わたしねえ、いっぱい練習したのに!」
それを聞いた陽乃さんは、面白そうなオモチャを見るような目を俺に向けてきた。
この人に作戦がバレるのが一番イヤだったんけど……。
「あっははははははっ! バカだ、バカがいる! もう最っ高! 義経氏、最低過ぎて最高なんだけど。この期に及んでまだ逃げる気満々だったの? 昔から懲りないなぁ〜、まったく」
大笑いしだたし。あなたはバカウケかもしれないけど、ステージに立って黒歴史化する俺の身にもなって下さいよ!
「……!」
ハチマン閃いたぞ!
この人は魔王だが、今この瞬間は天使になりうる存在だ。面白半分で俺の作戦に付き合ってくれる可能性があるからな。
「あの陽乃さん……失踪する予定とかあったりします?」
「はぁ?」
素の反応であった。なんなら「何お前ふざけてんの?」的な反応である。
誰だよ、このアラサー魔王を天使とか言った奴。出てこいよ。
「イヤ、何でも無いです……」
クソッ……! 俺の作戦を遂行してくれる
いやまぁ冷静になって考えれば、かなりフザケた作戦なのは確かだ。だって大人になって、失踪するとか責任感無さ過ぎてヤバイだろ。会社員なら干されて終わりだ。故にあの失踪は、高校生だから許された行為だ。言わば、若気の至り。
「しゃーない頑張るか……ハァ」
気合いを入れて、最後の溜息で気合いを吹き飛ばす。
こうなれば、最低限の大人としての役割をまっとうしてやる。見積書を確認した限りだと、このライブのギャラは500万。数字の根拠としては鎌谷幕府の平均再生数✕1円に、陽乃さんがプラスで色を付けた感じだ。
正直この根拠が適正なのか分からん。ただ、庶民感覚的には良い値段だとも思う。だってこっちはノーコストの上に、音響機材とか全部、雪ノ下HDがリースしてくれたし。こっちの持ち物と言えば、埃まみれ……年季の入ったギターぐらいだ。
なので金銭が発生してる以上、もうビジネスだと割り切るしかない。超イヤだけど。
「あ、義経氏には言い忘れてたけど、今回のライブ、YouTubeで生配信するから頑張ってね」
「……あの……普通、組織の長である俺に真っ先に言うべきでは……?」
小言を言いながら、ルーメリアの方にも抗議の視線を向ける。
「ルーメリア、お前も連絡とか報告とかしろよ」
と言うより、ライブ用の衣装とは言え、コイツの服装はだけ過ぎてないか? 胸と背中はめっちゃ開いてるし、肩に至ってはめっちゃ出てるしよ。ロングスカートも片方の足が派手に出てるし。どう見ても、童貞を同時に100人は悩殺する服装だぞ。
ちょっとルーちゃん、お兄ちゃん的にそんな破廉恥な格好アウトですからねー。
「「テヘッ☆」」
キッツ。ダブル魔王のテヘペロキッツ。片や千歳超え、片やアラサー。お前らマジで痛いって。キツイって。しかも、何だかんだ可愛いのが余計に腹立つって。
「さあ行きますわよ! わたくしの歌で、幕府の威光を天下に知らしめますわ!」
やめてくれ。威光だとか天下だとか、そんなカッコイイのは求めてない。
「目指せ鎌谷幕府の登録者数一千万! ダイヤの盾を手に入れてみせるよ!」
いらない。ダイヤの盾なんて望んでない。
血気盛んにライブステージに飛び出す2人。俺は胃薬を5錠飲んで、ギターを引ずりながら2人に続いた。
胃が痛いよぉぉぉぉぉぉおお!!
♢ ♢ ♢
『Because We Can、can、can~!♪
Yes we can、can、can、can~!♪』
ライブステージに出た瞬間、お笑いグランプリで流れてきそうな曲が響きだした。
やめて、登場から既に期待が高そうな演出やめて。もう俺の胃のライフは既にゼロよ!
会場を見渡すと、人、人、人、人。まさに読んで字のごとく、物理的に人と人とが支え合っている。もっと言うと、ただの人だかり。
……あ、雪ノ下と小町と由比ヶ浜を三人セットで発見。でも気のせいかな……小町ちゃんが俺を指差して大爆笑してる気がするんだが……。
俺がイタイタするお腹を押さえる中、ルーメリアは係員からマイクを受け取ると、大ジャンプをしてからの空中で5回転してから、派手にヒーロー着地を決めた。
本当好きだよな、そのオールマイトの登場ムーヴ。
「わたくしが、来た! 歌って、踊って、ダンジョンで戦える完全無敵のアイドル、ルーメリアですわ! 人類の方々、今日はよろしくして下さいまし♪」
マイクパフォーマンスからの、両の手の中指と人差し指でハートを作った。
案の定、会場は沸いた。そこら中から『ルーちゃん! フゥ!』とか『ルー様サイッコー!』が聞こえてくる。
信者の数が多すぎてコワイヨー……。てか今どきのハートの作り方って人差し指と中指でやるんですね。手で作るハートもコンパクト化するとか、時代はやはりコンパクト化の流れが押し寄せているようだ。
「えーとね、えーとね、家族とあるじ様が大好きなタマエです! 今日は精一杯頑張りますのでよろしくお願いします♡」
あざとい。もはやあざといが極まってるまである。耳はぴょこぴょこしてるし、上目遣いからのぎこちないウィンクが上手い。しかも、そんなデビューしたてのアイドルみたいな挨拶をケモ耳少女がしたら、萌えない男なんていないぞ。だって現に俺がいまめっちゃ萌えてるし。そして、俺が萌えてると言うことは、当然会場もチョー萌え萌えである。聞こえくるのは『タマエちゃん可愛いよ、タマエちゃん』のオンパレードである。ちょっとモエモエし過ぎだろ。
出来るだけ影を薄くしていると、タマエがハイテンションでマイクを渡してきた。
「…………」
ヤバイ、何を言えってんだ。俺にアイドルとか芸能人みたいなキラキラ挨拶をしろと? そんな愉快なことが出来るなら長年ぼっちなんてやってないんだよ。常に陰で生きてきた男だぞ。日の目を浴びると蒸発しちゃうんだよ。……あれ、俺のがルーメリアよりヴァンパイアしてない?
こうなったら仕方ない、配信で身につけたトーク力を見せてやる。
「ど、どどどどどうも! せ、せせせ精一杯空気に徹するので……ふ、2人を応援してあげてください……えーと、ハート……ウェーイ……HAHAHA」
あまりの緊張で嚙みまくった挙句、テンパって下手くそなコンパクトハートを作ってしまった。そのせいか、会場がシラケきってしまった。
あー、元奉仕部の三人がアチャ~みたいな感じで頭を抱えてるよ……。もういっそのこと誰か俺を殺してくれ。てかもう全人類滅びろよ。
「も~マスターってば~、ハートが割れてますわよ。そんなだと誰にも愛が届きませんわ♪」
ルーメリアの機転で会場の雰囲気が和んだ。これを機に、俺は影を薄くしながら後ろに引っ込んだ。
人に愛を届けるのは、プリキュアだけで充分だと思います。少なくても、俺がやるべきモノではない。
「じゃぁ、ミュージックスタートするねっ!」
タマエの合図で、曲が流れ出した。俺は後方で、懸命に腕を動かしてギターを弾くフリを開始した。
2人は衣装の靡かせながら、歌って、踊ってを鮮やかに繰り返した。見るからに練習してきたのが伝わってくる。
「「目と目で通じ合う~♪ かすかに、ん、色っぽい~♪
目と目で通じ合う~♪ そうゆう仲になりたいわ~♪」」
てか選曲古くない? 親父世代の歌だぞ。いや、会場が盛り上がってるから別にいいけどさ。
「皆、ノってますの~? わたくしは最高にキマってますわよ! 踊りと祭り! 同じ阿保なら踊らにゃsing a song!ですわー!」
一曲目が終わり、ルーメリアがマイクパフォーマンスをやりだした。
お前はライブじゃなくても普段からなりキマってるぞ、ヤバイ意味で。あと、そのダサイスローガンを叫ぶのをやめなさい。恥ずかしいですわ。ほら見ろ、雪ノ下も聞いてて恥ずかしいよ~、みたいな顔をしてるぞ。由比ヶ浜と小町は……なんであの二人は盛り上がっているんだ……。やっぱ陽キャの感覚は違うなー!
「次は二曲目! あのねあのね、凄く凄く盛り上がる歌だよー! 踊らにゃsing a songだよー、へいへーい!」
ハイテンションなタマエちゃんめっちゃカワイイー!
踊りと祭り! 同じ阿保なら踊らにゃsing a song!!
なんて良いスローガンなんだ。考えた奴は天才だ!
スローガンの良さに気づいて、感動していると、曲のイントロが流れ出した。
こ、この歌は……しゅきだってばよ。
「「飛翔い~た~ら 戻らな~いと言って♪ 目指した~の~は、蒼い蒼いあの空~♪」」
さっき以上にギターをエアー弾きするのに精を出す。
子供の頃から空気に徹する才能だけは、右に出る者がいなかった。空気な俺が、ギターで空気を吹かす。
そう、俺はいま風になっているのだ。風とは言ってしまえば空気だ。ギターで
自身のエアーギターに酔っていると、二曲目が終わった。
「最後、三曲目行きますわ! わたくしは今、猛烈にっ! 天元突破してますわー!」
ルーメリアの情熱で会場の沸点が最高点まで到達する。そこら中から聞こえてくるのは観客の『バークフ!バークフ!バークフ!』という謎の声援。
どんだけハイになってんだよ。どいつもこいつも雰囲気に酔いすぎだろ。俺なんて昨日から人混みに酔い過ぎて、いつでも気絶出来るぞ。そのまま気づかれずに放置されるまでがセットな。気絶しても誰も気づかないとか、おれ絶の達人だろ……。
「みんな聞いて! わたしね、ファンのみんなに会えて本当に良かった! 何よりあるじ様や、幕府のみんなと家族になれて本当に良かった! だからね、ラストも頑張って天元突破していくよ!」
す、凄い。タマエが健気に頑張るアイドルにしか見えない。ほらみろ、
そして、いよいよラストの曲のイントロが流れた。そのイントロを聞き、自身のテンションが段々と上がっていくのを感じる。
マイッタナー、これは超天元突破するしかないじゃないですかー!
「「走り出した~♪ 想いが今でも~♪ この胸を確かに叩いてるから~♪ 今日の僕が~♪ その先に続く、僕らなりの明日を築いていく~♪ 答えはそう、いつもここに~、あ~る~♪」」
「……えーと、皆様のお陰で儲けが天元突破しております。これからも儲けさせて頂きますので、
シーンとなった。タマエとルーメリアが苦笑いを浮かべたまま、頬がぴくぴくしている。
アレ? 結構本気で感謝の気持ちを伝えたのに。フシギダナー。
「お金大好きマスターは放っておいて、ラストは超天元突破しますわ!」
どうやら俺については、いない扱いをする方針に切り替えたようだ。
なんだよ、ここにきてマスターのことはハブかよ。せっかく頑張ってイヤイヤ
それからは、ルーメリアとタマエの頑張りで、シラけた雰囲気の会場がどうにか盛り上がって無事にライブが終わった。そんなルーメリアとタマエは観客に向かって、笑顔で大きく手を振っている
「人類の方々、これからも幕府とマスターをお願いしますわ!」
「あるじ様は空気を読もうとしないだけで悪い人じゃないの! だからこれからも応援してあげてねー!」
なんか心が痛い。
はぁ……やっぱイベントとか合わねーわー。
♢ ♢ ♢
「もー! 何でマスターはあんなことを言うんですの!? ウェーイとか、今日はありがとうとか、もっとマシなことを言えないんですの!?」
ライブが終わり、雪ノ下HDからあてがわれた楽屋に戻ってきている。楽屋とかかなりVIP待遇だ。それだけ、幕府が集客率に貢献できると思われているからだと思う。
そして、俺はそんなVIP室で、正座しながら従魔から説教を受けるというVIPとは程遠い状況になっている。
「あるじ様……あれは社会人って言うの? 失格だと思うよ……」
「……っぐぅ」
タマエから八万ポイントもの精神ダメージが直撃した。まさかケモ耳少女から社会人の何たるか、を言われるとは……。何かこれだと、俺が社会不適合者みたいじゃないか。
「いや、あの、ちゃんと感謝したぞ……金銭面とか……」
「あんなの、もっと貢げと言ってるようなもんじゃないですの!? 普段からファンを見下しているマスターの態度自体は別にいいですわ。問題はそれを隠そうとしない所ですのよ!」
前から思ってたけど、コイツのインフルエンサー的なプロ意識は何なんだよ……。まあ魔王だから、崇拝されることに関しては美学があるのかもしれない。
「何言ってんだ、上手く隠してるぞ。アンチ以外はブロックしてないところとか、結構神対応だろ。普通ならあんなキモイ奴ら全員ブロックだ」
「あるじ様はああ言えばこう言う……」
「ちょっとタマエちゃん。その聞き分けの悪い子みたいな扱いやめて」
二人のお説教が30分以上も続いたところで、コンコンコンとドアを叩く音が聞こえた。叩いた回数は3回。良かった、一般的な常識を持っている人間のようだ。
なので、俺はモンスターブックを呼び出した。
「ちょ、マスター、まだ話が───」
タマエとルーメリアを強制送還した。これは家に帰ったときが地獄だな……。
とりま俺は猫の黒仮面を付けてからはーい、と返事をして、ドアを開けた。
「ひゃっはろー! 凄くいいライブだったよ比企谷くん。バレバレのエアーギターとかとても笑えたな~♪」
「失礼するわ」
「やっはろー、ヒッキー!」
「お兄ちゃん遊びに来たよー!」
「やあ、比企谷。差し入れを持って来たよ」
案の定、クライアント様だった。……あと愉快な仲間達。ライブが上手くいったお陰で、クライアント様は随分と上機嫌だ。
俺のエアーギターそんなバレバレだったのかよ。めっちゃステルスヒッキーしたのに。
「何で知り合いが全員いんの? 集まった面子が久しぶり過ぎてちょっと気まずい……」
てか今日、同窓会の予定だっけ……?
「たまたま陽乃さんに会って誘われたんだよ」
小町がやれやれといった感じで言う。
「てかヒッキー、いまその仮面必要なの?」
それもそうだな、と思い俺は仮面を外した。
「比企谷。素晴らしいライブだったよ。あんなに面白いライブは初めてみた」
おい、葉山やめろ。社交辞令とは言え、ここで俺を褒めるな。むず痒い上に、俺をディスる気満々な奴がいるんだぞ。
「ええ本当に素晴らしいライブだったわ。会場の空気をシラけさせた所とか、あなたらしくて本当に良かったわ」
凄く良い笑顔で雪ノ下が口撃してきた。
あのゆきのん、なんか怒ってますよね……。もう心当たりがありすぎて困る。
「そうだよお兄ちゃん。聞いてるだけで、小町凄く恥ずかしくなったんだよ!? えーと、共感性シチューだったんだよ!」
妹よシチューを作ってどうする。それを言うなら共感性羞恥だろ。
「そうそれ! 共感性シチュー。ヒッキーのエアーギターバレバレだし、変なことばっか言うから、冷や冷やしたんだからね?」
おい由比ヶ浜、なにお前も一緒になってシチューを作ってんだよ……。もういやだー、この子達どうやって総武を卒業したのー。
……っつーか。由比ヶ浜にバレバレとか、俺のエアーギターどんだけ下手なんだよ。
「比企谷くんシチューしまくってたよね~。まぁお姉さん的には面白かったからアリなんだけどね!」
あなたはシチュー作りの流れに乗らないで下さいよ……。大体シチューしまくってたとか意味わかんないから。恥ずかしさの塊みたいに言わないで下さいよ。
「あなた達……それを言うなら共感性羞恥でしょ……。まったく」
3人のやり取りを聞いていた雪ノ下が、自身のこめかみを指で押さえて、頭イターイポーズでツッコミを入れた。
良かったよ、相変わらずのツッコミ役で。
「そうそれです! 雪乃さん相変わらずアッタマ良いー!」
「てかさてかさ、ゆきのんとヒッキー復縁おめでとう!」
言いながら由比ヶ浜が雪ノ下の腕に抱きついた。
「ちょ、ちょっと由比ヶ浜さん、暑苦しいのだけれど……」
その光景を見ていると、昔あの空き教室で繰り広げられた光景が蘇った。
懐かしいな。そう言えば、こんな感じだったっけ……。
だが、過去に浸っていたら、突如として何もない宙にモンスターブックが現れた。
──やっと相まみえることが出来ますわね、わたくしのマスターを縛る憎き交際相手
そして、ルーメリアの声が聞こえてると同時に、モンスターブックから光が放たれた。
嗚呼、きっと今日が俺の命日だわ……。
オハ幕府!
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