夜まで充実した訓練を行った雷達は、未だに出航しない後始末屋の「はくちょう」に違和感を覚える。
夏雲は、鈴谷に何かあって、北上が診察をしているのではないか?………と推測するが、それが分かっても、今は特に出来る事は無かった。
就寝時間に満天の星空を見ていた雷は、密かに起きて来た早霜と共に、昔の事を語らう。
雷は、自身を庇って轟沈した「初期艦」の艦娘を慕う者達に恨まれていた経緯を話し、大湊には、横須賀の提督が断腸の想いで送り出してくれたのだと言う。
一方で早霜は、雷に過去の職………教師であった事を言い当てられた事で、その楽しさを語り、そして、深海棲艦の爆撃から生徒達を守れなかった事を話す。
その瞳には、復讐心が見え隠れしていた。
雷は、早霜の絞り出すような声を、特に動揺する事無く静かに聞いていた。
昼間に彼女が沈んだ深海棲艦に祈りを捧げる後始末屋の想いを、理解できないと言った時点で、何となく復讐心を持っているのは予想がついたからだ。
だから、彼女はこう聞く。
「艦娘になろうと思ったのは………生徒達の復讐を果すため?」
「ええ………。艦娘になって、1体でも多くの深海棲艦を沈める為。そして………あの子達を奪った深海棲艦を見つけて、仇を取る為。」
「その仇が誰かは、分かっているの?」
「北方に出る、特殊な深海棲艦である事は分かったわ。だから………。」
生徒達の仇を討つ為に、早霜は大湊に転籍をしてきたのだ。
雷は、復讐が悪いとは言わない。
横須賀時代に、その憎悪を込めた瞳をたっぷり受けていたのだから。
しかし、そこで雷は早霜がちょっと前に述べていた事に追求してみる。
「早霜は復讐を考える自分が嫌いだって、さっき言っていたわよね。………今の自分の行動に疑問を抱いているの?」
「どうかしら………正直、分からない。でも、生徒達の仇を討ちたいのは、紛れもない本心。」
「そう………。でもさ、仮に生徒達の仇を討てたとして………そしたら、スパッと退役するの?」
「それは仇を討てた時に、決めるわ。今は………あの憎き深海棲艦を………。」
拳を強く握りしめる早霜の姿を見た雷は、徐に歩むと………そっと、彼女を抱きしめた。
その行為に、思わず早霜は驚く。
「な、何………!?」
「貴女、1回泣いた方がいいわ。心の奥底に黒いものを溜めてしまっている。それこそ、ある意味、海風よりも重症よ。」
繰り返すが、復讐心を持つ事自体は悪くはない。
雷はそう思っているが、早霜の言葉の端々には自身への無力さもにじみ出ていた。
そもそも復讐を考えるのは裏を返せば、その時の何も出来なかった自分に対する後悔があるからだ。
「復讐者ってね………大抵、自分が嫌いなものなのよ。救えたかもしれない命を救えなかったからこそ、自分の責任として抱えてしまう。そして、「直接的な原因」をもたらした者を呪う事で、自分を律しようとする。」
「私は………間違って………。」
「いいえ、貴女の抱いている感情は「正しい」わ。そんな取り返しの付かない行為をした存在を八つ裂きにした所で、それはそいつの自業自得だもの。」
「それを言い出したら、貴女は………。」
温もりを感じた早霜は、雷の言葉に何も言えなくなる。
彼女は、早霜の感情を肯定してくれてはいたが、同時に初期艦の命を奪う事になった自分自身が裁かれる者だと言い切っている。
それだけの感情を向けられても、それはあくまでミスをした雷自身が悪いのだから。
だからこそ、早霜のように攻撃的な考えを抱いていても偏見を持たなかった。
「貴女は………自分で言っていて、苦しくないの………?」
「私の罪は消えない。むしろ、私を憎む事でその人達の心が救われるのならば、喜んで憎まれるわ。私はこれまでもこれからも………救い続けるって決めたもの。」
自分より更に小柄な少女の持っている悲壮な決意を耳にした早霜は、その強さに改めて感服する。
同時に、この30年も艦娘を………呪いを受けて律してきた駆逐艦娘の前では、強がりを言っても意味が無い事も悟ってしまう。
冗談交じりに艦隊のお母さんと言ってのけた彼女は、それだけの包容力を持っている。
「敵わない………わね。」
元教師であるはずの早霜は、自分よりも相手の方がしっかりしていると認めてしまうと、その小さな肩に顔を預ける。
昔を思い出すだけで、自然と涙が出て来た。
「あの時の光景は、私の脳裏に焼き付いているわ………。大切な子供達が………一瞬にしてたいまつのように燃えてしまった所が………。」
何度、手を伸ばしても、その時の景色が消えはしない。
大切な教室で、恐怖に包まれた1人1人の生徒達の命の灯が消えていく瞬間。
それは、早霜の中に芽生えたトラウマとなって残っており、今も彼女を蝕んでいた。
「そんな中で………「私達」だけ生き残ってしまった!泣き叫ぶ子供達すら救えなかった私は………教師の資格すら無かった!」
悔しくて、辛くて、思い起こしたく無くても………ずっと、幻のように見てしまう光景。
最初の内は何度も悪夢に悩まされ、まともに眠る事すらできなかった。
「「艦娘」になった事で………私はようやく、その復讐の対象を見つけた………!そいつをこの手で始末しなければ………みんな、報われない………!でも………!でも………っ!」
その先はもう何も言えずに、早霜は嗚咽を繰り返す。
雷は静かにその身体を抱きしめながら、母のように話を聞く。
早霜は、苦しんでいる。
仇討ちを望む自分の姿が、生徒達に親しまれた自分の姿とかけ離れていることに。
こんな矛盾を抱えてしまったのには、理由があるはずだ。
そして………雷はその理由を、ある程度は想定出来ていた。
――――――――――――――――――――
布団に潜った雷は、早霜をその胸に抱いていた。
早霜は流石にもういいと言ったが、こうやって自身の心と葛藤した後は、悪夢を見やすいと雷は説明したので、大人しく従う事にする。
「何か………貴女は本当にお母さんなのね。私の母は、幼い頃に亡くなったから、久々に甘える事が出来たわ。」
「身長と胸部装甲が、母性の絶対的条件じゃないのよ。」
「自分で言っていて、悔しくないの………?」
早霜は苦笑するが………真剣な顔をすると、雷を見上げて言う。
「お礼に、貴女に1つだけ教えてあげる。佐渡達………海防艦娘の6人は、きっと親に捨てられているわ。」
「………どういう事?」
意外な事実に驚く雷に対し、早霜は説明をする。
彼女が面倒を見ていた子供達にも「捨て子」はいて、それこそ母親のように面倒を見ていたのだと。
「貴女が、鈴谷さんの目を見れば、過去の経験で読み取るように分かったって言ったように………私も目を見れば、元教師の経験で分かるものなのよ。」
恐らく、親に捨てられた事で、擦れた心のまま孤児院に預けられたのだろう。
だが、深海棲艦の侵攻によって、その場所も失ってしまった。
「そう考えれば………佐渡が市民を守りたくないって言うのも、納得が出来るわね。」
佐渡にしてみれば、自分を捨てた親のいる大湊に良い思い出なんてない。
そもそも、捨てられる前に何をされていたのかを考えれば、嫌な事は幾らでも思い浮かぶ。
町も人も嫌いになるのは、当然のように思えた。
「成程………ありがとね、早霜。少し、何か分かって来たかもしれないわ。」
「え?………また何か、危ない橋を渡る気じゃ………。」
「詳細は、明日の朝にちゃんとみんなの前で説明するわ。今は………ゆっくりとお休み。」
「うん………こちらこそありがとう、雷。本当に………。」
泣き疲れた事で早霜に睡魔が訪れたのか、少しずつ彼女の瞼が閉じていく。
そして、しばらくした後に寝息を立て始めた。
雷は、優しい顔でその寝顔を見て………そして、頭を撫でて悪夢を見ないように祈った。
だが………顔を上げると、徐に呟く。
「………もういいわよ、不知火。」
「!?」
一瞬、反対側の布団が、ガタっと音を立てる。
雷は不知火を見る事無く、静かに話す。
「気付いてないと思ったの?私、これでも30年のお母さんよ?」
「……………。」
逆側を向いている不知火がバツの悪い顔をしているのが、見なくても分かった。
そもそも早霜があれだけ動揺したり、声を絞り出していたりしていたのだから、むしろ反応しない方がおかしいのだ。
雷は、静かに不知火に告げる。
「貴女もまた、「復讐者」なのね。早霜とは話しにくいみたいだけど。」
列車の中から、不知火と早霜は、互いに干渉しないような雰囲気を出していた。
それは、お互いに話しかけたくないという意味合いもあったが、「話しかけにくい」とも言える。
「雷………私は………。」
「昼間の動揺や、早霜の言葉で大体の検討は付いているわ。貴女は………只1人の生き残りだったのね………彼女の元にいた「生徒」の。」
「………はい。」
早霜はこう言っていた。
生徒達は「ほぼ全員」死んでしまったと。
「私達だけ」生き残ってしまったと。
額面通りに受け取るのならば、早霜の他に生き残りがいたという事になる。
その可能性が一番高いのは、彼女と同じ場所から転籍してきた不知火でしかない。
「私が………昼間、動揺した理由も分かるものなのでしょうか?」
「さっきの早霜の説明を聞けば………ね。貴女は当時、やり場のない怒りを早霜にぶつけちゃったのでしょう?」
「………………。」
沈黙による肯定。
不知火は諦めたように嘆息すると、雷に告げる。
「私もまた………そうする事でしか、自分を保てなかったのです。クラスメイトを奪った深海棲艦と………力及ばなかった「先生」を憎むことでしか。」
「クラスメイトや先生との関係は、良好だったの?」
「今の姿を見ると信じられないかもしれませんが………ボーイフレンドがいるくらいには、社交的でした。早霜………先生も、尊敬していましたね。」
だからこそ、深海棲艦によってボーイフレンドを始めとした仲間達が奪われた時は、不知火も自分を保てなかったのだ。
そして、その不知火のやり場のない怒りを受けた事で、早霜の復讐心を加速させてしまった。
結果的に現在、早霜との関係はこじれてしまっている。
「私は………最悪です。」
「背中、空いてるわよ。」
「………いえ、流石に。」
「困る事無いわよ。互いに寒くて寝相でくっついてしまったって朝言えば、何も問題無いんだし。」
いっその事、不知火も泣いてしまえばいい。
そう言わんばかりの雷の言葉に、彼女は遠慮がちであったが、やがて観念したように雷の首元に顔を預ける。
「幼かったはずなのに………改二艦になれるまで、頑張ったわね。」
「強くなりたかったんです。私も………誰かに八つ当たりしない位には。」
どんな思惑があったとしても、練度を高められたのは不知火の努力があるからだ。
雷は後ろ手で不知火の頭を撫でながらも、優しく呟く。
「少しずつでいいから、早霜と再び仲良くなれるといいわね。」
「………できるでしょうか?」
「貴女達が踏み出せば、少しずつは出来るわよ。私には、少なくともまだ手遅れじゃないと感じたわ。」
「………ありがとうございます。私もまだまだですね………本当に。」
そう言った不知火もまた、雷を抱きしめながら涙を流し始めた。
雷は、自分から見れば、少なくとも艦娘歴が20年も差が開いている者達の温かな体温を受け、静かに考え込んでしまう。
(2人はまだ………やり直せるわよね。)
彼女達は、少なくともまだ「生きている」。
復讐心を持っているとはいえ、先生と生徒という優しい心は消えていないし、その気になれば、まだまだ明るい未来を見出す事が出来るだろう。
(すれ違いはまだまだあると思うけれど………互いが互いを想っている限り、いつか道は再び1つになってくれるはず。)
笑い合えるような日が来れば、失った者は戻ってこなくても、2人の関係はきっと元に戻れるだろう。
それまでは、同じ駆逐隊の仲間として………それこそ九十九駆のお母さんのような役割として、ずっと果たしていこうと雷は思った。
「1人でも多くの者を救って欲しい」と願った「彼女」の言葉を現実にする為にも。
「だから………私はこの駆逐隊で、改めて頑張って行くわ。これは贖罪じゃなくて、私自身の歩む道だって決めたから。」
2人が寝静まった頃、雷はそっと口に出す事で、改めてその決意を形にする。
そっと上を………外の夜空を見据えたその表情は、真剣そのものであった。
「貴女も………見守っていて。私に、大切なことを教えてくれた者として………。ね………「大潮(おおしお)」。」
雷は、敢えてその艦名を………自分を庇って沈んだ「初期艦」の名前を………大潮の名を呟く。
満点の星空を映す瞳には、力強さが有り続けた。
雷の秘められた母性が発揮された、今回の話。
冗談交じりとはいえ、雑誌で赤い彗星に母になってくれる女性だと言わしめただけはあります。
そして、最後に明らかになった、雷を庇って沈んだ艦娘の名前。
大潮を選んだのは、「艦これ改」で初期艦だったからですね。
彼女の存在が、荒れていた雷を変えて、生きる根幹をなしているみたいですが…。