生徒達を目の前で失った事で、深海棲艦に対し復讐心を抱き、北方へと転籍をしてきた元教師の早霜。
彼女の抱える闇を垣間見た雷は、復讐したいという感情を否定はしなかったが、一度泣いて吐き出す事を勧める。
敵わないと思った早霜は、自分の無力さを吐き出して、思う存分泣き叫んでしまう事で、安心して眠れるようになった。
そして、彼女が熟睡した後、狸寝入りをしていた不知火に話しかける雷。
早霜との会話から、不知火が彼女の生き残りの生徒であり、当たってしまった事で復讐心を増長させ、こじれてしまった事を悟る。
彼女もまた泣かせる事で、強くなって早霜との仲を取り戻したい………という本音を聞き出した雷はエールを送った。
2人が寝静まった後、雷はまだ生きているのだからやり直せるだろうと1人呟く。
その見据えた相手は、彼女を庇って沈んだ、初期艦である大潮であった。
翌朝、日の差す中で朝早く目覚めた雷は、後ろと前にしがみついている不知火と早霜を順に起こしていく。
2人共………特に早霜は、しっかりと気持ちを整理できたためか、昨日に比べると、大分状態がマシに思えた。
「おはよう、早霜。いい顔ね。」
「ええ………何か、少しスッキリしたかも。」
「そう………良かったわ!ね………不知火。」
「え?………あ、はい。」
ちょっと赤面しながら言う早霜を相変わらず体操に巻き込みながら、雷は隣で同様に体を動かしている不知火に話を振る。
彼女もまた恥ずかしそうで俯きがちであったが、不知火もまた、少しずつ前を向こうとしていた。
その様子に満足した雷は、寝間着から制服に着替えると2人と共に部屋の外に出る。
外では既に仲間達が、朝食前の早朝訓練に向けて準備をしていた。
「あら?早霜も不知火も、何か顔付きが………。」
「雷に色々とアドバイスを貰ったから………艦隊のお母さんは伊達では無いわね。」
早霜が心配を掛けた………と挨拶をし、不知火も申し訳なかった………と同じく礼をする。
その様子に昨日の経緯を知らない海風達は、驚きすら覚えていた。
雷ほどではないが、20年艦娘をやっている夏雲ですら興味を抱くほどだ。
「海風………早朝訓練に入る前に、ちょっと寄りたい………というか、今日やりたい事があるんだけど、いい?」
「やりたい事って………まさか、殴り合い?」
「半分は合っているかも。」
『え!?』
冗談交じりに言った海風の言葉に笑顔で応える雷に、怪訝な顔をする一同。
彼女は皆に耳を寄せるようにお願いすると、考えている事を説明する。
その話を聞いた第九十九駆逐隊の面々は、微妙な顔。
「確かに、妥当な考えだとは思いますが………本当に大丈夫なのですか?雷さん。」
「やっぱりまた、危ない橋を渡る事になるぞ………?」
「その為に「下見」が必要だから、ちょっと早朝訓練の時間を削って、工廠に行きたいの。」
心配をする春風や竹の言葉に応えながら、雷は言う。
朝早いとはいえ、工廠の管理人である夕張は、もう出向いているだろう。
だから、彼女に「ある事を」聞いておきたかった。
「これもまた、「情報」という名の武器の、活用方法の1つよ。」
雷はウインクをすると、仲間達に自信満々な笑みを見せた。
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第九十九駆逐隊は工廠で夕張に事情を話し、「ある確認」を取ると、早朝ランニングをこなす。
そして、お腹を空かせた中でたっぷりと朝食を食べながら、キョロキョロと食堂内を見渡した。
「やっぱり………海防艦娘の皆さんは、まだ起きてないみたいですね………。」
「熊野さんは?」
「あっちだ。でも………余裕無さそうだな。」
夏雲と竹に確認を取りながら、雷は食堂に足を踏み入れた熊野を見る。
その目にはクマが出来ており、どう見ても寝不足であるのは分かった。
恐らく、過労で倒れたであろう鈴谷が心配で、彼女もまた滅入っているのだ。
春風がそっと、口を開いた。
「夏雲さん、熊野さんの状態は?」
「遠目から見ても、危険だと分かります………。正直、彼女も一度、北上さんのお世話になった方がいいですね………。」
専門の資格を持つからか、目を細めて熊野の状態を確かめる。
食堂内を歩く彼女の足取りは重く、ふらついている部分もあった。
秘書艦としての責務が、彼女を更に縛っているのは目に見えて分かる。
だからこそ、旗艦である海風がさりげなく立つと、食事のトレーを運ぼうとする熊野を九十九駆の席に招いた。
「何ですの………わたくし、この後も忙しくて………。」
「その忙しさを解消する為に、不知火達も協力させてくれませんか?」
皿の中の味噌汁をこぼしそうになった為、熊野からトレーを取った不知火は自分の席に熊野を座らせる。
近くで見たら、その目はぎらついており、夏雲でなくても明らかに危ないのは簡単に判別できた。
「佐渡達を起こしにいくんですよね?私達も、付いて行っても宜しいですか?」
雷が正面に座る形になったので、熊野はその目を多少ぼーっとした顔で見ながらも、首を振る。
これは、秘書艦である自分の仕事であると。
誰かに頼るべき事では無いと、言わんばかりに。
しかし、ここで夏雲がすかさず小声で述べる。
「後始末屋の「はくちょう」が未だに停泊している時点で………、鈴谷さんが倒れて北上さんの診察を受けているのは………、予測できます………。」
「……………。」
「そして………私の見立てでは、熊野さんも危ない状態です………。本当は、今すぐにでも休んで貰わないといけません………。」
北上と同じく、第一級工作艦技術者免許を持つ夏雲の言葉だからこそ、熊野は何も言えなかった。
正確に言えば、夏雲に言われなくても自分の状態は、鏡で見れば簡単に自覚できるものである。
「わたくしは………。」
「今からチームを、2つに分けませんか?雷達と一緒に、佐渡達を起こしに行く面々。夏雲達と一緒に、鈴谷さんの看病を北上さんから引き継ぐ面々。」
「でも………。」
「大丈夫だ。そこら辺に関しては、雷さんに案がある。」
最後に、早霜や竹が熊野に対して自分達の考えを言う。
その言葉を聞いた熊野は、思わず目を見開き、雷を凝視してしまった。
「ほ………本気ですの?あの子達は………。」
「その為の「下準備」も終えています。30年戦士………1回信じてみませんか?」
にこやかに雷は言う。
熊野は、その優しい言葉にしばらく何も言えず、それでも断ろうとしたが………だが、やはり心情的にも限界だったのだろう。
思わず顔を押さえ涙を零してしまった。
「お願いします………わたくし………もう………このままじゃ、鈴谷が………。」
立ちあがった海風がそっと背中を包み込む事で、泣いている姿を隠す。
雷達は、互いに顔を見合わせると頷き合った。
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食事後、九十九駆は2つのチームに分かれる。
熊野と共に庁舎に向かうのは、海風を筆頭に、夏雲と春風と竹。
一方、佐渡達を起こしに向かったのは、雷と不知火と早霜。
その内、庁舎に入った海風達は、医務室へと向かって行く。
部屋の前の廊下では、「はくちょう」の艦娘提督である敷波が壁にもたれかかって立っていた。
「おはよ。………何、引継ぎ?」
「そんなところよ。あ………艦娘提督だから、丁寧語の方がいいかしら?」
「ああ、いいって。駆逐艦同士気安い言葉でさ。」
敷波は海風に少し笑みを向けて手をひらひらと振って答えると、軽く扉を叩く。
程なくして、中から北上が出てきて、状況を悟った。
「入りなよ。………って、熊野も薬処方したほうがいい?」
「えっと………。」
「お願いします………。睡眠導入剤があるだけでも、違うと思いますから………。」
思わず拒否しようとした熊野であったが、こういう時は専門資格のある夏雲の方が、押しが強かった。
そもそも春風や竹に支えられる形で来ているのだから、言葉に説得力が無い。
北上は、敷波に扉の番人を任せると5人を部屋に入れた。
「鈴谷………。」
「あ………熊野………迷惑掛けちゃったかな………。」
鈴谷は寝間着に着替えた状態で、ベッドの上で休んでいた。
一応、一晩は薬で強制的に眠らされたからか、顔色は良くなっているみたいだったが、それでも心労が溜まっているのは見て分かる。
春風達は、熊野を部屋の端の椅子に座らせようとしたが、ぐらつきそうだったのでベッドへと移動させて横たえた。
夏雲は、北上と話をし始める。
「北上さん達は………いつまで?」
「敷波の話だと、今日の夕方までが限界。看病を引き継いでくれるならば有り難いけど………根本的な原因を取り除けないからねぇ。」
大湊警備府は、そもそも鈴谷か熊野がいなければ回らない。
海風なども書類管理などある程度は手伝えるが、各艦娘のプライバシーに関わる事など、どうしても閲覧不可な物がある。
そうなってくると、否が応でも鈴谷や熊野を無理やり動かすしかないのだ。
「まあ………しばらくは、ベッドの上で書類仕事やってるわ。熊野も………限界みたいだからね。」
薬を飲む間もなく寝息を立て始めた熊野を見て、申し訳なさそうな顔をする鈴谷。
ここで夏雲は北上に確認を取ってだが、もう1つ雷が考えている事を説明し始める。
2人の頭を悩ませている案件の内の1つである、不良の海防艦娘達。
彼女達を、何とかするための1歩を。
「……………マジ?」
思わず固まった鈴谷に対し、夏雲はコクリと頷く。
正直、夏雲自身も雷にばかり頼らせるのは警鐘が鳴ってしまうのだが、今回ばかりはより重症の存在が複数人いる為、仕方ないと感じている。
その一方で海風は、思わず震え始めた鈴谷の手を取り、安心させるように言った。
「雷を信じましょう?30年も艦娘をやっているし………彼女ならば、「こういう事」はお手の物ですから。」
満面の笑みを浮かべた駆逐艦娘を見て、鈴谷は思わず俯いてしまった。
――――――――――――――――――――
ガンガンガンガンガンッ!!
「な、何だぁっ!?」
一方その頃………宿舎の2回では、昼まで不貞寝を決め込んでいた佐渡達が、突如響いたけたたましい音に、飛び起きる事になる。
廊下から聞こえる音に、何事かと海防艦娘達が飛び出すと、そこには食堂で処分しようとしていた古くなったフライパンとお玉を、勢いよく叩いている雷と早霜と不知火の3人の姿が。
「おい!何、騒音妨害をしてやがる!?」
「おはよ、佐渡、八丈、石垣、能美、福江、平戸!もう朝ご飯の時間過ぎたわよ!訓練しなくちゃ!」
「五月蠅いだろ!いいから音を止めろ!!」
佐渡が叫んだ事で、一斉に音を止める雷達。
彼女は、代表して佐渡達にもう一度言う。
「じゃあ、早速訓練を………!」
「何、偉そうに命令してやがるんだ!?佐渡様達に対して………っ!というか、何でお前が起こしにくるんだよ!?」
思わず怒りを爆発させる佐渡。
他の面々も似たような状態で、嫌悪感を示していた。
だが、雷は気付かない振りをして、すまし顔で言う。
「だから、私には雷っていう艦名があるの。起こしに来たのは、熊野さんに急用があったからよ。貴女達がイジメるせいで、診察受けないといけなくなっちゃったんだから。」
「イジメ………?別に、熊野が勝手にあたし達にケチ付けに来ただけじゃねえかよ!そんなの知った事じゃ………。」
「自覚が無いのは、イジメっ子の言い分よ。身勝手に振る舞って人に迷惑を掛けて、その癖自分は悪く無いと言ってのける。まるで、「子供を虐げる大人みたい」。」
『っ!?』
雷が言い放った瞬間、佐渡達6人の顔が変わった。
明らかに明確な敵意が見えるのが、雷達にも分かった。
(上手い………。)
早霜と不知火は、雷の話術に思わず舌を巻く。
元々、この6人は捨て子である可能性が高い。
それこそ、親に虐げられていた経験があるのだ。
流石にその過去にまではハッキリとは踏み込まなかったが、その嫌な経験を自分達がしていると真っ先に自覚させようとするのは、雷の長い経験があっての事だろう。
尤も………彼女もまた、荒れていた時代に「初期艦」の艦娘に、似たように諭された経験があるのかもしれないが。
とにかく、これで嫌でも海防艦娘達は雷に釘付けになってしまう。
「………雷さんは、何が言いたいのでしょうか?」
敵意を見せた中で、真っ先に冷静さを取り戻したのは平戸であった。
相変わらず目は笑っていないが、丁寧に対応をするところを見ると、この中では挑発に対し、比較的感情をコントロール出来ている方なのだろう。
しかし、雷は平戸を見ると、冷静に淡々と告げる。
「大湊警備府は、貴女達6人も戦力に数えないといけない状況なの。サボってばかりじゃ、困るのよ。」
「別にあたし達は、進んで艦娘になったわけじゃ………。」
これは福江。
どうやら、艦娘に「ならざるを得なかった」事情があったらしい。
一番多いのは、深海棲艦の襲撃を受けて酷い火傷などを負い、生き残る為に有無を言わさず艦娘になるパターンだ。
只、出会った時の言葉を聞く限り、この福江は海防艦にはなりたく無かったみたいだが。
それを見越した雷が、にこやかに言う。
「望まなくても猫の手を借りたい状況なんだから、「被害者」ぶらないで頑張って欲しいの。滅茶苦茶言っているようだけど、別に貴女達だけが特別だと思わない方がいいわね。」
「何?説教するわけ………?」
「かくいう私も、艦娘になり立ての頃は、大荒れでねぇ。色々とあったのよねぇ。」
「話………聞いてるの………?」
能美や石垣が文句を述べても、雷はマイペースを貫く。
それこそ、海防艦娘達が熊野にやっていた素知らぬ顔というものだ。
各々が苛立ってきた中で、遂に八丈が雷に問う。
「もう、雷は何が言いたいの!?ハチ達に用があるなら、ハッキリと言ってよ!」
「ああ、ごめんごめん。ねえ………そんなにサボりたいなら、もっと堂々とした理由で、訓練をサボったら?」
「………どういう事?」
警戒心を隠さない八丈であったが、雷は笑みを崩さずしっかりと告げる。
まるで、悪戯心全開で。
「貴女達は………賭け事は好き?」
見た目相応の茶目っ気のある表情で、雷は人差し指を口元に立てて6人に告げた。
大湊警備府の立て直しの為に、動き出す第九十九駆逐隊。
疲弊している鈴谷や熊野に代わって、海防艦娘達をどうにかしようとします。
どうやら雷に策があるらしく、彼女達に何かを吹っ掛けますが…?
果たして、その内容とは如何に?