雷が海防艦娘達に提唱した賭け事というのは、1対6の変則マッチの決闘であった。
佐渡達が勝ったら、雷が子分に。
雷が勝ったら、佐渡達に訓練を施す。
その約束で、昼食前に決闘を行う事になる。
鈴谷や熊野は雷の身を心配するが、事前に海防艦娘達の戦術や装備を予習していたのもあって、彼女は終始余裕の顔。
あの手この手を使う佐渡達を完全に翻弄した事で、決闘は雷の完勝に終わる事になった。
決闘が終わり、ギャラリーが散った後で、塗料を落とした佐渡達は波止場に集められていた。
………と言っても、全身が塗料だらけになった平戸や石垣は顔の汚れを落とせただけで、未だに赤い部分が多い。
それでも決着がついたという事で、ひとまず第九十九駆逐隊の前に集められていた。
「約束、覚えているわよね?」
『……………。』
腰に手を当てながら言う雷は、平然と立っており息が上がっていない。
それに対し、最後まで抵抗していた佐渡は立つ気力も無くなっていた。
「………何でお前は、そんな平然としてるんだ?」
「鍛え方が違うからよ。出世したいなら、これ位のスタミナは身に着けないと話にならないわよ?」
「……………。」
あくまで雷は、にこやかに正論を述べる。
大湊から飛び出したい佐渡達には、根本的な練度が足りていない。
だからこそ、まずはそれを自覚させる必要があった。
その為の1対6という変則マッチでの決闘であり、雷は不利な条件の中を、見事なまでに完全勝利したと言える。
「繰り返すけど、約束は守って貰うわよ。ちゃんと訓練を繰り返せば、この位のスタミナを身につけるのは遅くは無いから。」
完全にモチベーションの下がってしまった佐渡は、俯きがちではあったが何も言わなかった。
八丈・石垣・能美・福江・平戸の5人も同様に無言の肯定。
流石にここまで実力差が離れている事を痛感させられたら、現実を知るには十分すぎたのだ。
只、ここでちょっと雷は意地悪な顔をする。
「でもそうねぇ………ここまで完勝するとは思わなかったし、ボーナスを加えようかしら?」
「マジかよ………。」
「ああ、大丈夫よ。そんなキツイ事は強いないから。只ね………折角だから私の事、「ママ」と呼んでもらおうかしら!」
九十九駆のお母さんである雷は、満面の笑みで両手を広げて母性全開で告げる。
何処からでも抱き着いてきてもいい………そう言わんばかりに。
しかし、それに対して佐渡達が向けてきた視線は………憎悪。
いずれも瞳の奥に暗さが見え隠れしており、雷の事を睨みつけていた。
その視線をたっぷりと受けた雷は、軽く肩を竦めると静かに言う。
「冗談よ。とりあえず、塗料だらけの制服を洗濯してきて、新しいものに着替えなさい。宿舎で昼ご飯を食べたら、訓練始めるから。」
「………分かった。」
渋い表情で佐渡が言うと、海防艦6人は重い体を引きずりながら宿舎へと歩いて行く。
その後姿を眺めながら、雷はチラリと早霜を見る。
彼女は、雷だけに分かるようにコクリと頷いた。
今の冗談で、分かった事がある。
佐渡達6人は、親を憎んでいると。
それは、昨晩早霜が見抜いていた、彼女達が捨て子である事を暗に示していた。
「それにしても、随分、あっさりと終わったねぇ………。ギャラリーは物足りないみたいだけど。」
この場にいたのは九十九駆の面々だけではない。
大湊の艦娘提督である鈴谷や秘書艦熊野、彼女達を看病していた北上に、今発言をした後始末屋「はくちょう」の艦娘提督である敷波も居たのだ。
尤も、打ちひしがれた佐渡達にしてみれば、雷しか目に入っていなかったみたいであるが。
「立ち振る舞いに失敗して、子分ルートはゴメンよ。」
「確かにねぇ………でも、アレで本当に懲りたかな?」
「どういう事?」
「もっとボコボコにしてあげても、良かったんじゃない?それこそ、噂に聞いた海風の時みたいに。」
敷波が言うには、雷はもっと決闘の際に体術を駆使しても良かったらしいとのこと。
実際、彼女は最後の佐渡の不意打ちに対して膝蹴りを放った事くらいしか、直接的な体術は使用していない。
「厳しい言い方だけどさぁ、ある程度は痛い目を見ないと性根は本当に変わらないよ?」
「あんまりやり過ぎたら、それこそパワハラでしょ?後、訓練はスパルタで行くから軌道修正は出来るわよ。」
少なくとも雷は、沢山のギャラリーのいる場で、小学生くらいの見た目の海防艦達を打ちのめすのは気が引けた。
彼女達が、親に対してあまりいい思い出が無かったというのもある。
それに海風の時は、相手の方が体格としては大きかったし、最終的には駆逐艦同士で思いっきり殴り合えたから、彼女にしてみれば別問題だったのだ。
只、敷波の言う事も一理ある。
見た目に惑わされて甘い事ばかりをしていては、彼女達の為にならない。
だから雷は、訓練は本気で行くと言ったのだ。
これも、ちょっとした親心だろう。
しかし、敷波は一転真面目な顔をすると、雷に告げた。
「一介の艦娘提督を勤めている身として言わせてもらうよ。反骨心旺盛のままに「誰かの轟沈」という迷惑を掛けるくらいなら、多少は痛い目を見せた方がいい。文字通り、一生の後悔を経験する事になるからね。」
「………私みたいに?」
「そうだよ。」
敷波は、様々な土地の穢れを綺麗にして回っている艦娘提督だ。
その役職上ある程度は、「提督の間で有名な事柄」については知識を得ている。
例えば、「初期艦」の轟沈やその経緯など。
だから、雷の事情に関しても、彼女は知っていた。
「なるほどねぇ………。」
雷は敷波を見ながらも、肩を竦める。
この場には、提督や秘書艦、艦隊の仲間など、雷の事情を把握している者しかいない。
だから、敷波は遠慮をせずに告げた。
雷に対する忠告を、事前にしてくれたとも言える。
只、その発言によって空気が悪くなったのは否めないので、ここで旗艦である海風がやんわりと言葉を挟む。
「私達も、そろそろご飯を食べない?出来れば庁舎で。彼女達に付いて、今後の事を考えないといけないし、何より鈴谷さんと熊野さんをもう一度休ませないと。」
「私も賛成かな。結構、決闘を見るのはストレスになるからさ。」
北上の言葉で、鈴谷や熊野の顔色が悪くなっているのを雷達は把握する。
春風や竹が支える形であったが、彼女達を庁舎の医務室へと連れて行く事に。
不知火が宿舎の方に走り、食事係の方に九十九駆の昼飯を持って来て貰うようにお願いする事で、庁舎で食事を取る事になった。
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昼ご飯は食べやすいカレーであった為、鈴谷や熊野も少しずつであったが、食事を取る事が出来た。
その間、海防艦達の訓練メニューについて、海風を筆頭に九十九駆は相談。
但し、夏雲だけは北上に色々な資料を見せて貰っていたが、その表情は渋い顔。
「ある程度の予測はしていましたが………、ここまで酷いなんて………。」
古傷の酷い第三十一駆逐隊の4人や、鈴谷や熊野の状態が記されたカルテを見せられ、想像以上に彼女達が重症である事を否が応でも知る事になったのが原因だ。
遠目でその真剣な表情を見ていた同郷の竹が、興味深そうに言う。
「………つーか、夏雲さんって、診察も出来るんだな。てっきり、修理とか治療とかそっち方面だけだと思ってた。」
「第一級工作艦技術者免許を所得する際に………、工作艦に関わる全ての知識は網羅するんです………。だから、多少の事は………私でもできます。」
「その診察………例えば、海防艦の子達にも、出来ないものなのでしょうか?」
これは春風。
佐渡達の経緯を知らない彼女でも、何かしら過去に根深いものがあるのは、雷の対応で分かって来ていた為、夏雲にメンタルケアが出来ないかを聞いたのだ。
しかし、夏雲は静かに首を横に振る。
「自分で心の中の物を吐き出そうとしなければ………、進展はしません………。心を閉ざしたままでは………、医者も薬も、特効薬にはなりませんよ………。」
「そう………ですよね………。」
「更に言えば………、同じ資格は、元々大湊にいる夕張さんも持っています………。彼女に何も話そうとしないという事は………、私には余計話したくないとも言えます………。」
「だとしたら………やはり彼女達を、肉体的にも精神的にも強くするしかないのですね。」
春風はそう言うと、竹と共に会話に戻る。
昼食を食べながらも海風を中心に、雷や不知火、早霜がどうすれば彼女達を強くできるか積極的に言葉を交わしていた。
一方で敷波の元には「はくちょう」の秘書艦である磯波がやってきており、次の依頼場所を確認している。
「あー………ちょっとヤバいかな、これ。」
「何?依頼でも溜まっているの?」
「うん。陸奥湾の出口にある大間市の軍港鎮守府の近くで、そこそこ大きな海戦があったみたいでさ。早めに片付けないと、漁をする船が出られないんだって。」
海風の質問に、敷波は答えつつ北上を見る。
彼女の方は、大体の事は既に夏雲に伝え終わっていたので、引継ぎの準備は完了していた。
「じゃあ………しばしの間、お別れだね。夏雲、鈴谷達を宜しく。」
「はい………。」
「あ………行くなら見送りを………。」
「そこは、海風さん達に任せましょう………。書類仕事もある以上、少しでも休める時に休まないと………。」
起き上がろうとした鈴谷を止めながら、夏雲は敷波達に頭を下げる。
彼女達は、同じように頭を下げながら、退室をしていった。
これから夏雲は、しばらくの間、庁舎で診察に回る形になる。
工廠に夕張が大半の間、入り浸りになっているように、彼女もまた診察に時間を費やす形になった。
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「………なあ、これは訓練と関係あるのか?」
「貴女達、敷波達の演奏は気に入っていたでしょ?だったら、ちゃんと挨拶くらいはしておきなさい。」
そして、昼過ぎの時間、訓練の準備をしてきた佐渡達を巻き込み、九十九駆は敷波達に一時的に別れの挨拶を告げる。
その場には、バンドメンバーの岸波や朝霜を始めとした三十一駆も揃っており、談笑を繰り広げていた。
「じゃ、また近い内に寄ると思うけど、みんな元気でね!」
艤装を付けた敷波に合わせて、磯波と野分、嵐と北上が同じように敬礼。
海風や雷達が答礼をしたことで、彼女達は手を振りながら、タラップに乗って船へと入っていく。
そして、乗船を確認した所で、妖精さん達が、船の舵を切り始めた。
白い船はゆっくりと動き始め、やがて港をぐるりと回って、陸奥湾へと出て行く。
しばらくその軌跡を眺めていた雷達であったが、やがて、手を合わせて佐渡達に指示を出す。
「じゃあ、早速訓練を始めましょう!」
「訓練って何だ………?的当てか?艦隊運動か?」
「練度を上げたいんでしょ?だったら、単純よ。」
雷はゆっくりと指を空に掲げると、八重歯を見せて笑う。
「まずは、腕立てよ!」
「腕立てって………。」
「後は、腹筋に背筋、スクワット!」
「アホか!?佐渡様達をマッチョにする気か!?」
「それくらいしないと、鍛えられないわよ………ほら!」
雷は、腕まくりをして力こぶを見せる。
てっきり、小柄な外見に見合うヒョロヒョロであると思っていた佐渡達は、思わずビックリした。
まさかと思って見渡したが、目線を向けられた九十九駆や三十一駆の面々は次々と同じように力こぶを見せていく。
竹に至っては、わざとらしく鍛えられた腹筋をハッキリと出した。
「まずは、基礎中の基礎から!そうする事で、自分に必要な事を悟る事が出来るわよ!」
最後に雷が、有無を言わさない笑顔で威圧してみせた。
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その日から、雷達による猛特訓が始まる。
書類仕事が得意そうな海風と春風は、時たま鈴谷達の加勢に行く事はあったが、雷と不知火、早霜に竹は、可能な限り海防艦娘達についていた。
基礎中の基礎である筋力を鍛える事で、必要な練度やスタミナを根本的に上げていく。
更にその合間には、早霜や不知火によって座学も行われた。
ちなみにこちらに関しては、平戸が比較的優秀であったが、その分上級者向けのメニューを早霜が課したので、彼女は悲鳴を上げる事になる。
身近な深海棲艦の知識に始まり、海防艦ならではの戦い方………対潜攻撃のおさらい。
更には、前に雷達が夕張から教えて貰ったような、大湊の地理や歴史についても語った。
こうした訓練が午前と午後と繰り返される形になったが、これでもまだ序の口。
慣れてきたら早朝訓練や夜間訓練も徐々に付加して行くと告げるのだから、海防艦娘達にしたら、たまったものではない。
思わず文句を言う事になる面々もいたが、決闘で負けてしまった以上、あまり強くは出られなかった。
「だからって、何で書類整理とかまで、佐渡様達がやらないといけないんだよ!?」
「貴女達のせいで、鈴谷さんと熊野さんが夏雲に診て貰っているんだから、責任くらい持ちなさい。」
そして最終的に、執務室の整理整頓まで行う事になる。
雷達が手伝う形であったとはいえ、山のような書類を何度も持つ事になると、スタミナの差が出てしまう。
次第に疲弊していく中で、佐渡は思わず転んだ。
「うわわ!?」
大量の紙が舞い、その幾つかは目の前に落ちる。
何で、こんな事をしなくてはいけないんだ?………という嫌な気分になったが、そんな彼女の前に、1枚の紙がヒラヒラと降りて来た。
「これは………。」
「どうしたの、佐渡?手助けいる?」
「い、いや………何でも無い!」
佐渡は雷達に見えないようにその紙を折りたたんで懐に仕舞うと、何事も無かったように片付けを再開し始めた。
何処か不穏な空気を出した、敷波の忠告。
多少厳しくても、性根を叩き直さなければ一生の後悔をする。
その言葉が、変な意味で現実にならなければいいのですが………。
とにかく海防艦娘達は、雷達の元で鍛えられる事になります。
個人的に平戸は史実で旗艦経験もある事から、頭が特に良さそうに思いました。
皆様は、ここら辺はどう思います?
そして、最後に佐渡が思わず仕舞ってしまった書類は一体………?