決闘で勝った雷は、佐渡達に冗談交じりに母と呼んでもいいと言った事で、彼女達の憎悪の感情を買う。
しかし、それは海防艦娘達が親に対して良い感情を持っていない事を確認する為のものであり、早霜の予測を当てる為の吹っ掛けであった。
彼女達が訓練の準備をする中、雷は後始末屋である「はくちょう」の艦娘提督である敷波から忠告を受ける。
もっと海防艦娘達に痛い目を合わせないと、昔の雷のように一生の後悔する羽目になると。
見た目に騙されて甘い対応をしていたら、その内に誰かが轟沈をすると。
そんな敷波達は、緊急の依頼が入った事で、昼過ぎに皆に見送られて一時的に別れる事になった。
いよいよ訓練が開始する事になるが、雷達はとにかく基礎中の基礎から徹底的に鍛えていくことになる。
徐々に不満が溜まる海防艦達であったが、ある日、執務室の掃除をしていた佐渡が、1枚の紙を見つける。
その紙を思わず懐にしまったが………。
海防艦達の訓練は、1週間続いた。
文句や愚痴を言いながらも、確実に基礎訓練をこなす佐渡達。
徐々にではあるが、その体にはスタミナが付いて来ていた。
短距離走などのタイムを見て、その様子を確認しながら雷は満足したように頷く。
「少しずつだけど、ちゃんと速くなっているわ。この調子ならば、もうちょっと基礎訓練を積めば、的当てや艦隊運動に移れるわね。」
「そ………そうなのか………。」
佐渡が、腕立てなどをこなしながら、複雑そうな顔をする。
まだ基礎訓練を積まないといけないのか………という不満もあったが、自身が着実に成長しているという実感を得られているのもあったからだろう。
決闘に負けた結果とはいえ、雷達の言う事を聞いた事で自分達に「成長」という概念が生まれている。
それは、とても喜ばしい事であるからだ。
「座学の知識も、繰り返し身に着ける事で頭に入って来たでしょ?そうやって「情報」を得るのも、出世の為には必要なのよ。」
「確かに………色々な事を習いましたからね………。」
これは平戸。
座学で優秀だった為に、彼女はより高度な知識を学ぶ事になった。
当初はその内容に悲鳴を上げていた彼女だが、いざ、こうして知識を得てしまえば、それは己の血肉となる。
認めたくないが、雷達の教えは、それを証明してくれた。
「的当てとかも出来るようになれば………もっと強くなれるのかな?」
「なれるわよ。只………能美は、まずは「海防艦」としての力を身に着けるのが先決ね。火力を補うために「駆逐艦」の兵装を使うのは中々面白いけど、これも基礎が出来て無きゃ、宝の持ち腐れだから。」
「……………。」
体格がそこそこある能美は、決闘の時に朝潮型の艤装を使って雷に挑んだが、魚雷を制御しきれずに敗北を喫した。
海防艦という火力の無さを補う為の工夫は悪くはないが、兵装の応用に関しては、徐々に身に着けていかなくては、雷のようなプロには通用しない。
それを痛感しているだけに、能美は何も言葉を返せなかった。
「私も………高速建造材(バーナー)は………。」
「まだ早いわね。海防艦は速力があまり無いから、扱うならかなりの工夫が必要よ?」
石垣に対しても、雷は遠慮なく言う。
即席の火炎放射器として役立つ高速建造材(バーナー)ではあるが、使い方を誤ったら痛い目を見る。
だからこそ、まずは海防艦として大切な心得を学ぶ所から始めた方がいいと感じたのだ。
「じゃあ………あたしの盾は?」
「うーん………リターンは大きいけれど、ノーリスクじゃないわね。盾を持つって事は、その分重さがあるでしょ?駆逐艦ならまだしも、海防艦だとしっかり扱えないと辛いわ。」
福江の盾も、海防艦としての速力の問題が出てしまう。
そもそも、そこまで大型の盾でない為、守れる範囲には限りがあるのだ。
目の前にいる雷のような左右の大楯を駆使しても、手首を上手く使い砲撃を弾くような技術を手に入れないと海戦では使い物にならない。
だから、最後に八丈が聞いた。
「雷はどうやって、そんな技術を手に入れたの?空母棲姫の砲弾を弾いたって………。」
「そりゃ、何度も何度も戦艦の人に頭を下げてお願いしたわ。それこそ、30年近く掛けて、必死に練習して………ようやく実戦クラスにまで持って行ったわね。」
「マジ………?」
30年も真面目に同じような練習を何度も行えば、危険とはいえ、確かに仲間をその大楯で守れるようにはなるかもしれない。
だが、そこまで一途に無茶苦茶な練習を繰り返す雷の精神に、八丈は目を丸くするしかなかった。
「艦娘の………いえ、人の強さなんて一朝一夕で叶うものじゃないわ。そして、その過程で様々な経験をする。時には辛い事も多いけど………だから、前を向こうって思うのよ。」
『……………。』
少し闇が見え隠れする雷の言葉に、海防艦娘達は黙るしかなかった。
彼女達はまだ雷の過去を知らなかったが、それでも座学で、初期の艦娘達は沢山轟沈したという事は習っていた為、彼女の言葉の意味をある程度は理解が出来る。
目の前にいる艦娘は、そんな仲間達の轟沈を、沢山経験してきたのだと。
経歴の差すら敵わないと思った海防艦達を見た不知火は、時計を見ながら雷に進言する。
「………雷。そろそろ、昼休憩の時間です。今日は午後からどうしますか?」
「最近ハードだったから、昼からは一旦休みにしましょう!リラックスも必要だろうし。」
「え………いいのか?」
「その代わり、明日からは早朝練習も開始するから、そのつもりでね!」
雷はそう言うと佐渡達を解放する。
彼女達はぞろぞろと昼ご飯を食べに行くが、その中で八丈だけが1人残っていた。
「どうしたの、八丈?体痛めたなら、背負っていくわよ?」
「………雷は、捨て子なの?」
「お、おい………!?」
雷の方を見ず、八丈は静かに呟く。
あまりにストレートな質問であった為、思わず竹が止めそうになったが、雷は軽く手で制すると静かに言う。
「捨て子よ。深海棲艦の襲撃でストレスが溜まっていたのか、母は家事を放棄して、父は飲んだくれでいて………結構「痛い目」を見ていたわね。気付いたら、横須賀に捨てられて倒れていたわ。」
雷の家庭は、かなり荒れていた。
あまり記憶が無いのは、無意識の内に忘れたいと思っているからかもしれない。
捨て子として放られていた所で、雷は横須賀の提督に拾われた。
本来ならば、そのまま児童保護施設等に預けられる事になりそうであったが、艦娘の適性があった為、暁型3番艦である雷になったのだ。
「でも、最初は私も荒れっぱなしでね………周りに迷惑を掛けまくりのガキ大将。拾ってくれた司令官の頭を悩ませる「イジメっ子」のような存在だったわ。だから………一生の後悔をする事にもなった。」
理不尽な経験をしていたのだから、理不尽に荒れてしまうのは、ある意味仕方ない事なのかもしれない。
だが、その振る舞いが彼女に一生の後悔を与える事になる。
自身の未熟さとミスから轟沈しかけ………「初期艦」であった大潮に庇われて、代わりに彼女を沈めてしまったのだから。
「そんな………辛い過去が………。」
「ま………だから私は、1人でも多く誰かを救いたいのよ。貴女達は「ママ」に良い感情を持っていないだろうけど、救われるのならば、甘えてくれても全然構わないわね。」
雷は寂しそうに笑みを浮かべながらも、八丈の質問に答えていく。
彼女は俯きながらも、雷の話に耳を傾けていた。
捨て子であるのは、自分達と同じ。
それもあって、荒れていても見捨てず親身になってくれている。
八丈は、少しだけボソリと呟いた。
「………親って、いたらこんなものなのかな?」
「ん?」
「何でもない………。」
彼女は、そう言うと足早に佐渡達を追いかけていく。
雷は聞こえない振りはしていたが、彼女の絞り出すような本音はしっかりと聞いていた。
早霜が、走り去っていく八丈の背中を見ながら、冷静に告げる。
「もしかしたら………少しずつだけれど、心を開いてくれているのかもね。」
「ママになるのは、無理そうだけれどね。」
「………何処まで本気なの?でも………雷も捨て子だったなんて。」
「30年以上前の話だから、あの子達とはちょっと条件が違うのよ。」
少しはぐらかそうとしていた雷であったが、不知火や竹を見ると、庁舎の方へ向かおうと言う。
そこで、やりたい事があるかららしい。
3人は首を傾げながらも、付いて行く事になった。
――――――――――――――――――――
庁舎の執務室では、海風と春風が、少し元気を取り戻した鈴谷や熊野と共に、何かを探していた。
書類を整理しつつも、見つからないものがあるらしい。
「どうしたんですか?何か失ったものでも………?」
「いやね………実は、今晩やってくる貨物船の護送任務の書類が無くなっていて………。再発行すれば問題無いんだけど、何処に行っちゃったのか分からないからさ。」
何でも、最北端の泊地である、「幌筵泊地(ぱらむしるはくち)」への貨物船を護衛する依頼を、第九十九駆逐隊に頼もうとしていたらしい。
しかし、サインが書かれた書類が紛失してしまったのだ。
ここら辺は、鈴谷や熊野が体調面で不安定な時期があった為に、管理が杜撰になっていたのが原因と言える。
「ゴメンね、手間取らせてしまって………。」
「鈴谷さん達は、まずは体を治す事を優先させて下さいよ。海風、春風、異常は無かった?」
「基本的に夏雲が診てくれているから、無茶はさせてないわ。」
「胃薬はまだまだ必要ですけれど、最悪の状態からは脱したと彼女は仰っていました。」
海風や春風は、手伝いの傍らお目付け役としての役割も担う事になっている。
艦娘提督である鈴谷や秘書艦である熊野の状態は、いつ悪化するか分からない為、ここら辺は入念に見ているのだ。
雷達は安堵をしながらも、ここにいない夏雲の事を聞いた。
「彼女は今、三十一駆の4人を診察しています。」
春風が言うには、北上から引き継いだ定期診察を行っている為、医務室は現在立ち入り禁止になっているらしい。
その事情を把握した雷は、鈴谷に聞く。
「鈴谷さん。いきなりで悪いんですけれど、電話を貸してくれませんか?」
「電話?何したいの?」
「横須賀の司令官に、「増援要請」をしたいかなって。」
雷が言うには、海防艦達6人の実戦投入がまだまだ厳しい為、一時的にでも、大湊を守れる面々を増やしたいと考えたらしい。
そもそも、幾ら大型艦が機能しにくい北方の地とはいえ、有名な警備府にいる空母が赤城1人、航巡が体調不良の鈴谷と熊野だけでは、不安が残る。
その為、横須賀から援軍を頼みたいと彼女は考えたのだ。
だが、その言葉に対し、鈴谷達は渋い顔。
「気遣いは有り難いけど………海防艦娘達が役立たずだと分かったら………あの子達の居場所は………。」
「だからこそ、「教育係」が追加でこっそりと欲しいって頼みます。それに………キツイ事を言いますけど、それで大湊の人達を守れなければ、提督失格ですよ?」
「そう………だよね。」
割と直球で述べた事であったが、鈴谷は提督として未熟である事を十分自覚していた為、そこまでショックを受けている様子は無かった。
むしろ自身が崩れた事で、雷達に迷惑を掛けている現状であるのだから、申し訳ない気持ちの方が大きい。
ここで、海風からも一言出る。
「鈴谷さん。やはり雷さんに、頼ってみませんか?彼女は、30年艦娘をやっているんですし………。」
「うん………じゃあ、ちょっと準備するね。」
鈴谷はそう言うと、机の上のパソコンを開く。
どうやら何かあった時は、テレビ電話を使って提督同士で会話を行っているらしい。
「やっぱり最新機器に頼る場面は多いんですね。」
「わたくし達が二人三脚で始めた頃は、正直、「ブラインドタッチ」の扱いですら苦労しましたわ………。あの時は文字通り、死ぬ気でやる事の大切さも学びましたもの。」
重くため息をつく熊野に同情をしながらも、雷は鈴谷と共に画面を覗き込む。
すると、白髪が特徴の壮年から老年になりそうな男が映った。
「ご無沙汰しております。「新藤 明(しんどう あきら)」提督。」
「無事そうで何よりじゃ。………緊急の連絡が来たから、鈴谷君に更に何かあったかと思ったよ。」
「さ、更にって………ああ、敷波が伝えたのですか………。」
鈴谷が恥ずかしそうに赤面をする。
どうやら、「はくちょう」の艦娘提督である敷波が、前もって大湊の現状をこっそりと横須賀の提督………新藤提督に伝えていたらしい。
「隠し事は出来んという事じゃ。………おお、雷君もいるのか。元気にしていたかね?」
「こんにちは、司令官。みんな元気にしていますか?」
「表向きはな………。只、ワシを含め、雷君を厄介払いしたのでは?………と思い悩む者は多い。」
「そう………でも、別に気にしてないから大丈夫ですよ!」
敢えて元気そうに振る舞う事で、雷は自身が大湊で充実した日々を送っているように伝える。
只、仲間達は、横須賀提督の言葉に浮かない顔であった。
特にその悲壮な覚悟に至るまでの経緯を知っている早霜や不知火は、雷の様子が痛々しくも見える。
「でも………ちょっと困った事があって………司令官にこっそりと協力をお願いしたいんです。」
「敷波君から、海防艦娘達の事は聞いておるよ。確かに、大本営にサボっている事を伝えたら、処罰の対象になり兼ねんな………。」
「そこら辺は、私達が訓練を始めたから問題ないです。………でも、鈴谷さん達が事務仕事に回っている分、根本的に教育係も戦力も充実していないんですよ。」
「成程………テレビ電話の目的はそれか。」
会話を聞いている限り、雷は司令官の事を父親のように慕っているように感じた。
自身を拾ってくれた恩人であるからだろうが、鈴谷よりもしっかりと喋れている所を見ると、社交的な性格がしっかりと表れているように感じた。
「ならば待っておれ。秘書艦の「大淀(おおよど)」君に頼んで、雷君の所に行ってもいいと申告してくれる艦娘を集めてみる。」
「宜しくお願いしますね、司令官!」
こうして、一旦テレビ電話は切られる。
そして雷達が宿舎で食事を取って来た1時間後、再び電話が繋がる事になった。
何気なく聞いた八丈に語られた、雷の過去。
30年前とはいえ、彼女もまた捨て子だった模様。
雷が荒れていたのは、父母にいい記憶が無いからか、それとも………?
一方で、横須賀を守る新藤提督が今回の話で登場。
第18話にして、初のオリジナル提督登場になります。
名前は、割と適当………というか、語感で決めた感じですね。