貨物船の護衛任務の指示書を奪った佐渡達は、出世の為に、本当の依頼主である第九十九駆逐隊から任務を奪う事を画策していた。
作戦立案をする平戸の言葉で皆の士気が上がる中、八丈が疑問を示す。
自分達を鍛えてくれている雷達を、平然と裏切る行動を取っていいのかどうか。
それは、過去を話してくれた雷に本当の親としての面影を見出したからであったが、深い闇を抱える平戸を始めとした者達には通じず、押し切られてしまう。
一方その頃、三十一駆逐隊の4人の診察をした夏雲は、医務室で1人になった事で九十九駆のカルテを見る。
だが、雷のカルテを見た途端、そこに書かれていた内容に衝撃を受けてしまう。
運悪く雷が現れた事でその行為がバレてしまうが、彼女は夏雲を責める事は無かった。
それでも、夏雲の悲しみは消えない。
雷は………艦娘になる前に父母から「痛い目」を見た事で、子供を産めない体になっていたのだから。
「そんな………。」
雷から真実を聞いた夏雲は、心がざわついていた。
基本、艦娘は子供を身ごもる事が出来る。
だが、それはあくまで人間時代に何も無ければの話だ。
特殊な事情で子供が産めない体になってしまったのならば、艦娘になって姿が変わっても、「内面」までは変化をさせられない。
その為に雷はもう、一生子供を産めないのだ。
「酷すぎる………!」
「夏雲、落ち着いて。貴女が心をセーブ出来なくなったら、九十九駆が崩れるわ。」
「でも!こんな残酷な事って………!わ!?」
珍しく声を荒げる夏雲であったが、雷がその身体を抱く。
そこまでされて彼女は初めて、自身が憤りの余り震えているのを理解した。
「もう一度言うわ。「私の為に」、落ち着いて。貴女の気持ちは嬉しいけど、私の中ではしっかりと消化した事だから。」
雷は、医者の知識を持つ者として、女として、怒りに満ちてくれている夏雲が有難かった。
でも、同時に自分の過去に触れる事で、感情を乱して欲しくはなかった。
「どうあがいても、私の体は治らない。それに、やり切れない憎悪に支配された事で、私は一生の後悔もしてしまったわ。」
自分が子供を産めない体になった事で、艦娘初期の頃に荒れまくった。
たしなめてくれる「初期艦」の娘がいたけれど、彼女は自分を庇って沈んでしまった。
その時になってようやく、雷は自身の当たり散らす愚かさに気づいてしまった。
「正直………夏雲が、温かい人で良かったわ。私の過去を知って、怒りを抱いてくれる人で。でもね、私はちゃんと前を向けているから。」
「私は………そうは思いません………。」
「え?」
抱きしめられていた状態であったが、夏雲は反論をする。
この僅かな間でも、雷は自分から危ない道を進んでいるのが目に見えて分かった。
艤装の巨大化された大楯で無理な庇い方をしたり、仲間達の心の闇を祓う為に殴り合いになったり、被害者ぶる海防艦娘達を心身共に鍛える為に博打を踏んだりと、種類も多い。
その根幹にあるのは、間違いなく沈めた初期艦の最期の言葉である、「1人でも多くの人々を救って欲しい」という概念だろう。
「確かに………奪ってしまった分だけ、もう産みだせない分だけ、1人でも多くの人を救おうと考える事は崇高です。でも………それで、雷さんは幸せになれるんですか?」
「なれるわ。私の道は、私が決めた物。贖罪じゃなくて、「彼女」が気付かせてくれた進むべき道なのだから。」
即答する雷は、顔が見えなくても笑顔であるのが分かる。
しかし、夏雲にしてみれば、まるで呪いに縛られているようにしか思えなかった。
「私は………貴女のような人に、過度な自己犠牲精神を持ってほしくないです………。」
「ありがとう、夏雲。でも………ゴメンなさい。私はもう、理不尽なことで何かを失うのも、誰かを失うのも耐えられないから。」
「……………。」
それでも、絶対に自分を曲げない雷の決意を前に、夏雲は何も言えなくなる。
このままだと、雷はいつか海の真ん中で轟沈するだろう。
積極的に相手を救おうとする精神を持ったまま、命の灯を消してしまうのは目に見えている。
その前に、彼女を止めなければいけない。
だが、それを止められるだけの力が………言霊の力が、今の夏雲には無い。
それが、とても悔しくて仕方が無かった。
何故なら夏雲は、「過去に苦い思いをしているから」。
「結局私は、資格を取っても、人ひとりの心も救えずに………。」
「あ、そうだ!夏雲に伝えないといけなかった!」
「え………はい?」
暗くなりそうな雰囲気を嫌ったのか、雷が夏雲から離れると、手をポンと合わせる。
そして、この医務室に来た理由………横須賀に援軍を頼んだ結果、強力な艦娘達が来てくれる事を伝えた。
「性格に難があるかもしれないけれど………でも、龍鳳さんとか居たら、赤城さん達、喜ぶわ!」
「そう………ですね。」
「だから、夏雲にも話しに来たの!良かったわね!」
「あ………ええ。」
無理やり賑やかに振る舞う事で、先程までの悲しい空気を取り除こうとしているのは、丸わかりであった。
でも、こうなると夏雲は、下手に雷の自己犠牲精神の話題に触れられなくなる。
患者の嫌がる事を強引に伝えるのは、推奨されないのだから。
――――――――――――――――――――
その日は、九十九駆も夜間訓練を休む事になった。
翌日の、海防艦娘達との早朝訓練に備える為である。
夕食を食べて早めに風呂を済ませた雷達は、それぞれの部屋に戻る事に。
「どうしたんだ?夏雲さん………。いつにも増して、厳しい顔をしてるぞ?」
寝間着に着替えた後、二段ベッドの上で布団をかぶりながら、夏雲は色々と考えていた。
心はまだざわついており、とてもではないが、快適な就寝が出来そうでは無い。
ピリピリした空気は伝播しているらしく、ベッドの下で同じようにしている竹にも伝わっていた。
「竹さん………愚痴を聞いて貰ってもいいですか………?」
「あ、ああ………いいけど。珍しいな、夏雲さんが愚痴なんて。」
何事かと思った竹は、ベッドから降りて来た夏雲に倣う形で、部屋の中に置いてある椅子に座る。
夏雲は疲れた顔で反対側の椅子に座ると、ため息と共に会話を始める。
「雷さんが荒れていた頃、彼女は自分のミスで初期艦の艦娘を沈めてしまいましたよね。」
「そうだな………だから、1人でも多くの人を救おうとして………無茶をしている事を夏雲さんは危惧してるんだっけ。」
流石に、雷が子供を産めないという事は話せなかったので、夏雲は彼女の持つ自己犠牲精神が筋金入りである事を伝えていく。
竹も海防艦達とのやり取りがあったので、そこら辺の事情は理解できた。
しかし、このままだと雷の轟沈に繋がると述べた所で、流石に顔をしかめる事になる。
「さ、流石にそれは考え過ぎじゃないのか?幾ら雷さんとはいえ、自分の身は可愛いんだし………。」
「本当にそうでしょうか………?」
「………何かあったのか?」
流石に竹も勘づいて来たので、夏雲は話す事になる。
但し、雷の事では無い。
夏雲自身の事であった。
「昔………私の友達に、私以上に………臆病な艦娘がいました………。」
「臆病な………艦娘?」
「はい………。」
夏雲は話し出す。
自分が艦娘になり立ての頃、好きで艦娘になったわけでは無い子がいた。
彼女は当時、同じく臆病であった夏雲とウマが合い、良く話し掛けていたらしい。
だが、実戦を積むにつれ………彼女は死を怖がるようになった。
「死にたくない………助けて………そんな言葉を、幾度も聞きました。何度も相談に乗りましたが………彼女の恐怖心は深まるばかりで………、どうする事も出来ませんでした。」
当時、夏雲が所属していた軍港鎮守府は艦娘が足りておらず、彼女達も戦って貰わなければならなかったのだ。
しかし、恐怖心を抱えた艦娘が真面に戦えるはずも無く、夏雲は及び腰でありながらも、何度も当時の提督に、彼女の退役をお願いしたらしい。
「でも………立場上仕方なかったとはいえ、「あの人」は艦娘の感情なんて考えてくれていませんでしたね………。」
「艦娘は道具………って考えの提督だったのか。」
残念ながら提督の中には、艦娘に人権があるとは思ってくれない者もいる。
特に、艦娘に関する法が整う前はその傾向が強く、問題に上げられる事も多かったらしい。
夏雲の最初の提督もそうだったらしく、残念ながら何度頼んでも、聞き入れて貰えなかったらしいのだ。
「じゃあ………その夏雲さんと仲の良かった艦娘は………。」
「最終的には………轟沈しました。私は、その話を後で「あの人」から聞く事になって………気づいたら怒りの余り、半殺しにしていました………。」
「な、夏雲さんが………提督を半殺し!?」
「勿論、罰則が与えられ………結果的に竹さんと「出会った」、四国の軍港鎮守府に転籍になったんです………。」
あくまで真顔で話す夏雲に、竹は思わず引いてしまう。
だが、それだけ彼女にしてみれば、許せない事であったのだ。
実際に、その提督の事を「あの人」と呼んでいる時点で、未だに心の奥底では怒りを抱いているのが分かる。
「じゃあ何だ?夏雲さんが、第一級工作艦技術者免許を所得してたのは………。」
「専門の資格があれば………、相手が提督のような人間でも意見具申が出来ると考えたんです………。後………弱い自分からの脱却もしたかったから………。」
資格があれば、自分の意見をしっかりと伝えて納得させる事が出来る。
自分の言葉で、苦しんでいる人を助ける事が出来る。
何より、自分の治療で、消えゆく命を治す事が出来る。
夏雲にしてみれば、当時臆病だった自分を変えるために必須だと考えたのだ。
そして………。
「だったら………前の軍港鎮守府で俺を「庇ってくれた」のも………。」
「貴女が「どんな存在」であれ………、理不尽に扱われる姿はもう見たく無かったんです。ここで似た立場であった海風さんが闇を吐き出すのを止めなかったのも………、そこに理由があります。」
意味深な事を呟く竹と夏雲。
実は竹には、夏雲に頭が上がらない明確な理由がある。
………というのも彼女はある事が原因で、夏雲がいなかったら「壊れていた」かもしれない過去がある。
とにかく竹にとって夏雲は、れっきとした恩人であるのだ。
「実際に工作艦の資格は便利でした………。「貴女の存在」に難色を示す提督や艦娘の皆さんに………強気に出る事が出来たのですから………。」
「本当に、あの鎮守府での夏雲さんは凄かったよ。みんな俺を嫌うはずなのに、下手な事が出来なかった………。こんな「罪深い」俺なのに………。」
「それは、言わない約束です………。」
珍しく何かを思い出したように落ち込む竹に対し、ハッキリと自分の意思を示す夏雲。
こんな風に資格の所得は自信に繋がり、夏雲に新たな道を示してくれている。
だが………。
「ここで壁となって………雷さんが現れてしまったんだな。」
「経歴の差だけならまだしも………、過去が過去故に、持っている信念が強すぎます………。あれじゃあ、危うすぎますよ………。」
雷は、そんな夏雲の経験をもってしても、軌道修正が出来ないタイプである。
何せ、自分の身を犠牲にしてでも、誰かを救おうとするのだ。
普通の医者ならば、とっくの昔に匙を投げてしまっているだろう。
でも、夏雲にしてみたら、また自分の管轄の中の艦娘が沈むのではないかと恐れてしまう。
その心境が分かったからこそ、竹は腕を組みながらも、必死に考えを巡らせた。
「今、俺に話してくれた内容を雷さんに話すのは………って、彼女は臆病じゃないからなぁ………。」
「むしろ、更に躍起になって………、より人を守ろうと自己犠牲精神を刺激してしまいます………。後、下手に話すと竹さんの「秘密」も隠せなくなります………。」
「……………。」
みるみる落ち込んでいく夏雲が気の毒に思った竹は、更に思考を巡らせる。
雷が誰かを守ろうとするのは、悪い事では無い。
艦娘という立場で考えれば、むしろ当然だ。
しかし………彼女はそれに拘り過ぎている。
「何か、雷さんって………言いたくないけれど、死にたがりなのかな?」
「死にたがり………?」
「ああ………自分を庇って沈めた初期艦の人の事を意識するあまり、思考があの世に向いちまっているというか………。勿体ないよな、生きていれば………その、子孫も残せるのに。」
「!?」
悩みながらも何とか自分の考えを纏めようとした竹の呟きに、夏雲の目が見開かれる。
九十九駆では夏雲だけが知っている秘密であるが、雷は子孫を残せない。
もしも………彼女がそこを意識しているのならば………。
「緊急出動!各艦娘は、出撃準備を急いで下さい!!」
『!?』
ところがここで非常用のサイレンが鳴り響き、熊野の放送が聞こえる。
慌てて制服に着替えて部屋を飛び出す事になった夏雲と竹は、廊下で雷達と合流する。
「この警報は、深海棲艦警報ですか!?」
「そうみたいね、春風!………工廠に向かうわよ!みんな、用意はいい!?」
旗艦である海風を主体に九十九駆が集まって、工廠へと走っていく。
その際も放送が鳴り響き、次の内容が的確に大湊警備府中に伝えられる事になった。
まず、陸奥湾入り口にある大間市の軍港鎮守府に、外海から深海棲艦の群れが襲ってきたらしい。
奮戦の結果、大間市の防衛には何とか成功したらしいのだが、陸奥湾内部に強力な姫クラスを含めた数隻の深海棲艦に入り込まれたとのこと。
そして厄介な事に、海上で夜景を楽しもうとしていた民間の遊覧船を、襲撃しているらしい。
更に面倒な事に、陸奥湾内部の襲撃地点から少し離れた所には、幌筵泊地に向かう為に大湊に給油に来た貨物船が、身動きを取れなくなっているのだ。
「状況が最悪ですね………!」
「待って!まだ放送が続いているわ!」
不知火や早霜が言う中で、耳を傾ける九十九駆の面々。
常時、内容は更新されているらしく、熊野が忙しそうに説明をしていく。
「侵入した姫クラスが分かりました!敵の大将は………「欧州装甲空母棲姫」です!」
「欧州装甲空母棲姫!?何でそんな姫クラスが、大湊に出てくるの!?」
長年の経験から、その深海棲艦を知る雷は、驚きを隠せないでいた。
珍しく、夏雲の感情が荒ぶる事になった回。
雷の信念は、どうやら彼女の苦い過去を引き出してしまうようです。
また、どうも話を聞く限り、夏雲と竹も、前の軍港鎮守府で何やらあったみたいですが…。
その隠している点も、夏雲にとっては雷に下手に口出しできない原因らしいですね。
確かなのは、夏雲と竹の信頼関係の根幹に携わる「何か」があるみたいです。
さて………随分久々ですが、真面?な海戦がやって来ました。
状況は果たして………。