人間時代の経験により、子供を産めない体にされてしまった雷の境遇に対し、珍しく憤りを見せる夏雲。
雷は、自分の為に落ち着いてくれと言うが、夏雲は納得できない。
むしろ、そんな過去があるのに無茶をする雷が、本当に幸せになれるのか?………と聞いてしまう。
その問いに対し、即答で肯定する雷の痛々しさに、夏雲は自らの無力さを呪う事になる。
日が暮れた頃、夏雲は自室で同部屋の竹に対し、愚痴を聞いてくれとお願いする事に。
彼女は昔、戦うのを恐れる艦娘の相談役だったが、どうする事も出来ず、結局轟沈してしまったという苦い思い出があった。
工作艦の資格を取ったのは、無力な自分を変える為。
実際に前の軍港鎮守府でもその力は絶大で、何やらあった竹もまた助ける事が出来た模様。
でも、雷の過度な自己犠牲精神の前には、それすら意味が無い。
どうしたものかと悩む2人の前に、警報が鳴り響いた。
それは、陸奥湾内部に深海棲艦が侵入し、遊覧船を襲っているという危機的状況の伝達。
工廠へと走る九十九駆が耳にした敵艦の親玉の名前は………本来この地域にはいないはずの、欧州装甲空母棲姫であった。
「雷、欧州装甲空母棲姫って、どんな特徴があるの!?」
「一言で言えば、夜でも動ける硬い空母!本体も武装も攻撃機も、全部鋼鉄製よ!」
雷は、戦ったことのない海風達の為に、掻い摘んで説明を始める。
甲殻類のような兜を被る欧州装甲空母棲姫は、「装甲空母」と呼ばれる特殊な艦種だ。
頑丈さが自慢で、鋼で出来た弓矢から鋼鉄で出来た艦載機を飛ばす。
この独特の艦載機は、厄介な事に機銃では中々貫く事が出来ず、苦戦を強いられる事が多いらしい。
その話を聞いた春風が、考えこむように告げる。
「放送では、数隻の深海棲艦に入り込まれたと告げられていました。夜戦で戦える装甲空母以外にも、護衛の敵艦がいるみたいですね………。」
「その上、遊覧船が襲われているんなら、俺達は救助も考えないといけないだろ?海風さんの出番じゃないのか?」
竹の言う通り、この海風は大発動艇を一気に5隻も動かす事が出来る。
夕張も「改二特」ならば、同じく大発動艇を5隻まで装備は可能。
その場合速力に問題が出てしまう欠点があったが、補強増設枠に「改良型艦本式タービン」を付ける事で、ある程度の減速は補える。
2人合わせれば単純計算で大発に100人は乗せられるから、遊覧船が最悪沈んでいても、乗客を救う事は出来た。
「ですが、その場合………攻撃に関しては全く期待できません………。全ての力を救助に回すから、戦力は激減しますね………。」
そう述べる夏雲も、治療用具が入ったドラム缶を背負う事になるので、純粋な戦力としては期待出来ない。
海風と夕張が大発の操作を行うのならば、海に浮かぶ乗客の救助は、力のある竹や鍛えている春風に任せるしかないだろう。
更に、乗客への被弾を雷が大楯で防止し、その間は敵大将の鋼の攻撃機を撃ち落とさないといけない。
後は、立ち往生している貨物船を大湊まで導かないといけない問題もあった。
無論、三十一駆の4人や赤城、アトランタもいるが、上手く分担しなければ、最善の結果を導く事が出来ないのは確かである、
「海風、策は浮かびますか………?」
不知火の言葉に、海風は走りながら考え込む。
これらの情報から、どうすれば、九十九駆の旗艦として勝利を導けるか?
「1つ考えがあるんだけど………。」
海風はそう言うと、早霜を見た。
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工廠では既に三十一駆や赤城達、更に艦娘提督の鈴谷も集まっており、艤装を装着中であった。
九十九駆もそれに倣いながら、海風が岸波達に閃いた事を伝える。
最初は海風の特技もあって驚きがあったが、最善の行動だと感じた面々は頷き合う。
「ならば、ここは海風に従うわ。上手く私達をコントロールして。」
「はい。では、アトランタさんは、大湊を守っていて下さい。鈴谷さんは、熊野さんと入れ替わりで艤装を装着して、最悪の事態を防いで。」
「OK。近づく攻撃機がいたら、問答無用で撃ち落とすから。」
「最悪、鈴谷達も戦うよ。提督歴は頼りにならないけど、戦歴は自信あるからさ。」
アトランタは凄まじい対空迎撃能力を持つ為、敢えてここは、大湊の最後の砦になってもらう。
鈴谷と熊野が戦う事態は避けたかったが、もしも敵艦に突破された際には、撃破してもらうしかなかった。
海風が指示を出す間、それぞれの艦娘が妖精さんに指示をしながら、各々が専用の装備を整えていく。
その間に、遅れて海防艦娘達が、慌てた様子でやって来た。
「な、何が起こったんだ!?」
「放送の通りよ。私達、抜錨するから。でも、貴女達にも抜錨して貰うわ。」
「え?」
驚く様子の佐渡達に対し、雷が左右の肩に接続された大楯の調子を確認しつつ説明する。
自分達が海戦をして敵艦を引き付けている間、陸奥湾の外れで身動きが取れない幌筵泊地への貨物船を、大湊まで導いて欲しかったのだ。
「幌筵行きの貨物船………。」
「大湊まで案内してあげれば、後は熊野さんやアトランタさんが何とかしてくれるわ。頼むわよ!」
「……………。」
準備が終わった雷は、仲間達と順々に抜錨していく。
とにかく時間が無い為、佐渡達の返事は聞かなかった。
「………チャンスだ。」
そんな中、佐渡は誰にも聞こえないように呟いていた。
――――――――――――――――――――
大湊を抜錨した面々は、九十九駆の7人に加え、三十一駆の4人に赤城、夕張。
この内、海風と夕張はそれぞれ5隻の大発動艇をコントロールしながら進んでいた。
事前情報だと、敵艦隊に潜水艦はいなかったが、高速戦艦であるタ級が複数いるらしい。
髪が主砲や副砲になっているタ級は、強力過ぎる砲撃能力を持つ為、欧州装甲空母棲姫と合わせて攻められたら遊覧船はひとたまりもないだろう。
それ故に大湊からの艦隊は、襲撃現場が近づくにつれ焦りが出て来た。
(遊覧船の乗客達は、無事かしら………?)
30年のベテランである雷も、例外では無い。
それこそ「苦い経験」も豊富である。
だが、敢えて望んで見たい光景でも無かった。
(どうか、1人でも多くの人達が生きていて………!)
思わず天に願った雷であったが、現場が見えて来て双眼望遠鏡で確認を取った途端、絶句をする事になる。
遊覧船は完全に傾き、沈みかけていた。
乗組員や乗客は脱出艇に乗る間もなく、海に投げ出されたか、止むを得ず自ら飛び込んでいる状態。
しかし………海面は凄惨な状態であった。
所々に血だまりが浮かび、見る影もない亡骸が浮かんでいた。
生き残りはいるが、そのほとんどが泣き叫んでいる。
両親の物と思われる亡骸から出た血の海の中で、真っ赤に染まりながら1人天を仰いで吠えている子供。
明らかに子供のものである細い赤く染まった腕を持ちながら、抱き着くように慰め合っている夫婦。
「まさか………敢えて、親子の「片方」だけを!?」
早霜が、信じられない光景に震えるのが分かった。
他の者達も、その残酷さに唖然としてしまっている。
だが、そんな中、戦場の真ん中に敵艦の群れがいた。
欧州装甲空母棲姫に、防空能力に長けた赤い光を放つエリート級の軽巡であるツ級。
そして、同じくエリート級のタ級2隻が、黄色い光を放つフラッグシップ級のタ級の指示を受け、とある震える親子をニタニタとした表情で見る。
「不味い………!」
咄嗟に雷が砲撃を妨害するための「夾叉弾(きょうさだん)」を素早く放つ。
だが、駆逐艦の射程では届く距離では無かった為、かなり手前に着弾し、タ級の凶弾は阻止できない。
タ級は嘲笑うように器用に砲撃を放ち、幼い娘を抱きしめる父と母の頭を吹き飛ばした。
その瞬間を見た娘が、ひと呼吸遅れて泣き出す。
「あの深海棲艦………!?」
「趣味が悪いわね。」
「っ!?」
不知火が思わず激高しそうになるが、雷の発言を聞いた瞬間に思わずゾッとする。
今まで聞いた事が無い位に、その言葉は底冷えしていたからだ。
怒りを抱かないわけが無いし、この惨状に心を痛めていないわけでも無い。
只、培った経歴から、感情に任せて戦う事がいけない事であると悟っていた。
「海風、指示を頂戴。あの趣味の悪い深海棲艦から、生き残りの人達を救う為の指示を。」
「ええ………。事前の手筈通りに!赤城さん、発艦を!」
「分かったわ!」
味方すら威圧するような雷の言葉が効いたのか、怒りに呑まれずに済んだ仲間達が、動き出す。
赤城が次々と弓に矢を番えると、艦載機を発艦させていく。
するとツ級が反応し、巨大な手から機銃を放ち、撃ち落とそうとする。
更に、欧州装甲空母棲姫が鋼の弓から鋼鉄の艦載機を発艦。
赤城は艦戦機の機銃で対応しようとするが、敵装甲空母の鋼の攻撃機には意味が無い。
競り負けるのは、目に見えていた。
「だからこそ………!長波、朝霜、沖波!」
「任せろ!」
「よっしゃ!」
「砲撃、始めるね!」
だが、ここで海風の考えた策が実施される。
長波達は、先日の海戦でも披露していた、沖波案のドラムマガジン式の主砲を採用していた。
利き手側の腰に付けたボックスから弾薬が次々と自動で装填される事に着目した海風は、この主砲を機銃代わりにして、鋼の攻撃機にぶつける案を提案したのだ。
幾ら機銃に対して無傷である敵の攻撃機であっても、主砲クラスの弾丸を連射で受けてしまっては、流石に穴が開き爆発していく。
しかも、3人掛かりで撃ち落とそうというのだから、制空権は一気に赤城に傾く。
これには迎撃を行っているツ級だけでなく、それまで余裕を見せていたタ級も驚愕の顔だ。
「撃テ!!」
ここで、欧州装甲空母棲姫が叫んだ。
フラッグシップ級を中心としながら、タ級が滅茶苦茶に砲撃を始める。
この際、射線に入っていた先程の子供にも、砲弾が当たりそうになったので、雷が大楯を駆使し、空母棲姫の時のように弾き飛ばした。
その姿に、茫然としていた子供が呟く。
「おねえちゃんは………ヒーロー?」
「ゴメンなさい………。」
「え………?」
「ヒーローは間に合わなかったわ………。」
唇を噛み締めている雷は、尚も砲撃を弾き、防ぎ続ける。
その最中も、海風の指示が海上に響く。
「岸波!全力で戦って!岩波も!!」
「任せて!」
「俺様達を誰だと思ってやがる!!」
岸波の左目だけが赤く光ったと思ったら、「連なる者」の力が発揮され、岸波の中に潜むもう1つの人格である岩波が呼び覚まされる。
1つの体に2つの思考を持つ岸波達は、急加速。
前傾姿勢でドラムマガジン式の主砲を構えながらタ級達の砲弾の雨をジグザグに潜り抜けると、エリート級の1隻に肉薄。
「よう!じゃあなっ!!」
岩波の獣じみた挨拶と共に、額に一撃を受けた事でタ級が1隻撃沈する。
更に、驚いた顔のタ級達に向けて、横合いから主砲を乱射。
フラッグシップ級は即座に対応して後ろに飛ぶように引いたが、もう1隻のエリート級が何発も頭部を撃ち抜かれ、悲鳴を上げる間もなく沈んでいく。
「ツ級は不知火が対応!欧州装甲空母棲姫は早霜が!!」
「了解、早霜………しばらくそちらは任せます!」
「ええ、心得たわ!」
ツ級が赤城の攻撃機の迎撃をしている隙を狙い、不知火が一気に接近しつつ、手持ちの高角砲を構える。
敵艦の内の1隻が、巨大な右腕から魚雷を放とうとしたが、その前に素早く砲撃を撃ち込んで腕ごと破壊。
その様子を見たもう1隻が砲撃に切り替えようとしたが、不知火は構わず突進する。
「私は、接近戦は苦手ですが………でも、今だけは!」
散々不幸を振りまいた深海棲艦達に対する、怒りの感情。
それこそ、自身や「先生」の過去を思い起こさせるような虫唾の走る敵の行為に、不知火の中の闘争本能が活性化していた。
彼女は砲撃を放とうとしたツ級の腕の内側に入り込むと、腹に勢いに任せた強烈な膝蹴りを喰らわせる。
そのまま倒れ込むように覆いかぶさると、その喉元に高角砲を突きつけ、連射した。
「沈めっ!!」
その仲間が倒れる様子を見たもう1体のツ級は、慌てて不知火に向けて砲撃をしようとする。
だが、ここで比較的自由に空を支配できるようになった赤城の艦爆機の攻撃が、サポートで飛んで来て残っていた左腕を破壊し妨害。
思わず不利を悟った事で、ツ級は一目散に戦場から逃げようとする。
「逃がすかっ!!」
不知火はその背中に向けて4本の魚雷を放つ。
爆炎に呑まれたツ級は、奇声を上げながら沈んでいった。
「早霜は………っ!?」
しばらく肩で息をしていた不知火は、ハッとしたように早霜と欧州装甲空母棲姫を探し、見つける。
敵大将もまた不利を悟ったのか、戦域から離脱をしようとしており、早霜が必死に食らいついている状態だ。
「無事ですか!?先………早霜!?」
「大丈夫よ。海風の言う通り、これ便利ね。」
そんな早霜は敵装甲空母に対し、今の所は比較的有利に立ち回れていた。
頭部を含めた急所を、強靭な装甲で覆い隠しているのが、欧州装甲空母棲姫の特徴だ。
しかし、早霜は今回の作戦をこなすに当たり、海風の指示で、三十一駆が使うドラムマガジン式の主砲を採用していた。
流石にいきなり即興のメイン武器として扱うには、撃つ際のブレに慣れていない為、命中率はそこまで良くは無い。
ところが「貫通性能」に優れた主砲である為、敵艦は無視する事が出来ず、防御を考えないといけなくなる。
時間稼ぎの手段としては、非常に有効であったのだ。
「このまま、遊覧船から一時的に離れさせるわ。不知火、赤城さん、援護して!」
「無茶は禁物です。………赤城さん!」
「ええ!フラッグシップ級のタ級は、岸波さん達と雷さんに任せるわね!迎撃は長波さん達が!」
「こちらは、三十一駆と九十九駆に任せて行って下さい!」
「終わったら、追いかけますから。」
早霜に続いて、不知火と赤城が追いかけていく。
岸波&岩波と雷がフラッグシップ級のタ級に対応している中、海戦はまだまだ続いて行く事になる。
第10話で沖波が述べた通り、岸波達が採用している主砲は、別の所で照月を見て閃いたもの。
腰のボックスからドラムマガジン式で弾薬が供給される連装砲は、対空迎撃で使うと非常に破壊力があると思われます。
どんな姿か連想しにくい人は、節分の時の青鬼ジョンストンをイメージして貰えると有り難いです。
実際、腰から色とりどりの豆をチューブで弾薬として主砲に供給している姿は、今回の武装の閃きに一役買って貰いました。
こういうオリジナル武器って、面白いですよね。