ギリギリの所で雷や佐渡達を救ってくれたのは、北西にある「艦娘補給用物資販売店」から単騎で援護に駆け付けて来た薄雲であった。
彼女は装備枠いっぱいに缶やタービンを積んで最速で飛ばして来たらしく、砲撃戦も雷撃戦も使わず、数々の暗器を駆使して改ル級達を沈めてしまう。
その後、ドックを搭載したクルーザーが来た事で、雷の入居が出来ると思った佐渡達だが、ここで彼女がとんでもない事を告げる。
瀕死であるにも関わらず、彼女は自分を後回しにして石垣や能美を優先してくれと。
リスクを受け入れたうえでも必死に願うその強い意志に逆らう事が出来なかった薄雲達は、海防艦達を入渠させながら、クルーザーを北西の艦娘補給用物資販売店に向かわせる。
佐渡達は、応急処置を施されている雷を遠目に見ている事しか出来なかった。
「艦娘補給用物資販売店」。
それは、泊地と泊地などのかなりの長距離を移動する艦娘達の為に作られた、休憩地点や補給地点である。
主に南の泊地の間で、様々な孤島に作られているのが特徴で、その外観や印象から「コンビニ」という通称が備わっているらしい。
コンビニは、艤装技術の応用や妖精さんによる支援によって発電設備が補われており、施設その物が住居としても稼働している。
決まりとしては、専門の資格を持った艦娘による「店長」と「副店長」を配置する事が絶対の条件となっており、その為に艦娘主体の施設になっているのが特徴。
購買物は、定期的に訪れる専用の貨物船から買い取っており、コンビニによって販売物は異なるらしい。
主に販売されているのは艦娘の為の兵装であるが、他にもカイロや痛み止めなどの補助品もある為、正に便利なコンビニと言った所。
また、簡易の工廠と入渠用ドックも1つずつ有り、工作艦の資格を持つ者がいれば、改装も出来るし、緊急時は傷も癒す事が出来た。
「単冠湾~幌筵の中間地点」にあるコンビニには、北方というだけあって、中継地点として暖を取りに来る艦娘も多数いるらしい。
ちなみに配属されているのは駆逐艦ばかりではあるが、深海棲艦の攻撃から拠点を死守できるだけの練度はしっかりと備えられているとの事。
「………というのがこの先にある、あたし達のコンビニの特徴なンだよ。急ぎの出発だったみたいだから説明不足だったみたいだけど、勉強になったか、姉貴?」
「ええ………ありがとう、「江風(かわかぜ)」。お陰で色々と助かったわ。」
時は、雷達が高速クルーザーで運ばれている頃。
何とか海戦を終わらせて夏雲達が護衛する貨物船に合流した海風達は、北西からやって来たとある艦娘に導かれていた。
鮮やかな赤紅色の髪のかなりの長髪である彼女は、海風の妹艦である改白露型の江風。
彼女曰く、艦娘補給用物資販売店………通称コンビニの「店員」であるらしい。
「でも驚いたわ。まさか、この広い海の中、単艦でやってくるなんて………。」
「きひひっ、コンビニ店員を勤めるうえじゃ、これ位出来ないとダメなンだって。………まあ、それだけ向こう側に人数を割くべきだっていう、「店長」や「副店長」………薄雲や陽炎の判断だったンだけどよ。」
腕を組んで考え込む江風の姿を見て、海風を始め他の面々は申し訳ない思いを抱く。
雷が向かったとはいえ、あちらはほぼ戦力としては数えられない実力の海防艦娘達だ。
しかも交戦中だというのだから、誰かが緊急で駆け付けたうえで、増援に応急修理が可能な朝日を送りこむべきだと判断された。
「ちなみに、聞きたいんだけどよ。江風さん達は、誰に頼まれて行動を起こしてくれたんだ?」
「ン?ああ、単冠湾泊地で提督をやってる霞に、貨物船の危機の事を聞いたンだ。つまり、もっと言えば、彼女を中継点として連絡を頼ンだ鈴谷さんの功績だな。」
竹の疑問に江風は指を立てる。
北端は電波の都合で泊地やコンビニを電波の中継地点にしながら、電話を繋げていかなければならない。
その為、鈴谷にテレビ電話で思いっきり頭を下げられた霞が異常事態だと察して、薄雲達にあらかじめ抜錨できるように頼んでいたのだ。
「ま………これだけ迷惑掛けたンだ。ヤンチャ坊主共も懲りるだろ。………生きてりゃの話だが………お?」
その時、江風の装備していた電探に何かの遠距離通信が届く。
内容を確認していた江風は、最初はふむふむと頷いていたが、その内に血相を変えた。
「ンだってぇ!?流石にそりゃ、滅茶苦茶だろ!?」
「何が起こったのですか!まさか、轟沈者が………!?」
不知火が咄嗟に聞いてくるが、江風は頭を押さえる仕草をしながら順に話していく。
コンビニ店長こと薄雲が駆け付けた時には、海防艦娘達は全員無事であったらしい。
しかし重傷者はいて、石垣が全身大火傷、更に能美の左腕が吹っ飛んでいる状態。
何よりも、1人奮闘していた雷が瀕死の傷を負っており、それでも戦意を喪失していない凄まじい闘志を見せていた。
すかさず薄雲が奇襲を仕掛けて敵艦を沈めた事で、奇跡的に全員無事で保護する事ができたのだ。
その後、ドック付きの高速クルーザーを副店長の陽炎が操作してきた事で、工作艦である朝日の指示で、即座に癒せる状態にはなった。
しかし………。
「ところが、雷がごねたらしい………。先に石垣や能美を入渠させろって。」
「えっと………高速修復材(バケツ)を使えば、3人共すぐに癒せるわよね?」
「使えません………。雷さんはともかく、海防艦の皆さんには………。」
早霜の疑問に答えたのは江風では無く、顔を真っ青にしている夏雲。
何でも高速修復材(バケツ)は劇薬である為、重傷の海防艦に使用するとショック死を起こす危険性があるらしい。
その為、海防艦そのものの入渠時間が短めなのも合わせて、彼女達は自然治癒に任せるのが基本となっていた。
「じゃあ、雷さんは………このままだと………。」
「いや、朝日さんが応急処置を施しているから死ぬ事は無い。でも、ドック入りはコンビニに戻ってからだ。………只、後遺症は覚悟の上だろうな。」
震える春風に対し、江風は大丈夫だと言いながらも深くため息を付く。
第九十九駆逐隊の仲間だけでなく、貨物船を先導している三日月や藤波も心配そうな顔をしていた。
「私は………間違ったのでしょうか………。」
そんな中、ボソリと夏雲が呟くのが分かった。
彼女が雷を止められなかった為に、こんな事態に陥ってしまったのだから。
無論、全員が無事である以上、最善だったとも言える。
それでも………後悔が残る選択肢ではあった。
――――――――――――――――――――
少し経った後、海風達は貨物船を先導しつつ、艦娘補給用物資販売店に辿り着いた。
孤島に位置する店舗は、確かに母体は大型のコンビニに酷似している。
只、流石に海に面しているだけあって、船を外付け出来るような桟橋が有り、高速クルーザーは既に停泊している状態だ。
「おーい、「峯雲(みねぐも)」!貨物船連れて来たから、乗組員に何か温かい飲み物あげてくれ!」
「はーい!あ、なっちゃんもいるんだ!宜しくね!」
出て来たのは、芦黄色のツインの三つ編みの艦娘。
やたら胸部装甲にインパクトがあったが、今の海風達が驚くだけの余裕は無かった。
ちなみに彼女の「なっちゃん」というのは、姉妹艦である夏雲の事である。
「峯雲さんも………コンビニの店員なんですか?」
「そうだよ!本当は、何か温かい食べ物を用意したいけど、先に雷さんが気になるよね。ドックは外から回った工廠の位置にあるから、行ってあげて。」
峯雲はそう言うと、貨物船の船員の為に飲み物の準備を始める。
ならば………と、三日月と藤波も手伝うと進言した。
「今は九十九駆だから、みんなで迎えてあげて。」
「そうそう。こっちは、私達で対応しておくからさ!」
「うん………お願いするわね。」
2人の好意に素直に甘える事にした海風は、仲間達を引っ張って江風の後を歩いて行く。
コンビニは1階が販売用の店舗で、2階が住居用施設になっているらしく、普段は、店員達みんなで文字通り1つ屋根の下で家族のように過ごしているらしい。
そして、その店舗の周りに設置されている桟橋を伝って行く事で、横づけされている工廠へとたどり着く事が出来た。
「店長!九十九駆連れて来たぞ!状況はどうだ!?………って、おいおい………。」
江風は工廠に入るなり、呆れてしまう。
ドックの入り口の前では、海防艦娘達が心配そうに見つめていた。
それだけならばいいのだが、先にクルーザーで入渠を終えた石垣と能美は、この寒い中であるのに、タオル1枚を巻いただけである。
どうやら、余程雷が心配であったらしい。
彼女達に付いている朝日も、仕方ないと言った顔である。
「おチビちゃん達、雷ちゃんが出てくるまで、ずっとこのままここにいるって言って聞かなくて………。」
「他の奴らはどうしてます?」
「薄雲ちゃんと陽炎ちゃんはドックの中で、高速修復材(バケツ)に浸かっている雷ちゃんを、溺れないように支えているわ。夕暮ちゃんと清霜ちゃんは、念のため周囲の偵察をしているわね。」
どうやら江風と峯雲を含め、この7人がこの場所のコンビニの店員であるらしい。
しかし、よくよく見てみると入渠時間は高速修復材(バケツ)を使用しているだけあって、既に完了している。
それなのに、出てこないという事は………。
「何か、トラブルがあったのですか?」
「中にいる陽炎ちゃんが言うには、深く眠っているのか中々目を覚まさないらしいの。」
「そんな………。」
2人の会話を聞いて、夏雲が思わずふらつきそうになる中、慌てて竹が支える。
肉体が回復しても、精神も同時に回復できるとは限らない。
今の雷は、そんな状態であった。
――――――――――――――――――――
その頃、雷は夢を見ていた。
たまに見てしまうような、花畑の中での夢。
しかし、いつもと違うのは、そこで艤装を付けてうつ伏せに倒れていた事。
「私………いよいよ、貴女と同じ場所に来たのかしら………。」
そう倒れながら呟く雷だったが、そこに歩いてくる存在がいるのを感じた。
朝潮型の艤装を付け、煙突帽子を被った艦娘。
彼女のミスのせいで、庇って沈んでいった初期艦………大潮。
立ったまま雷を見下ろすと、彼女は静かに告げる。
「立てますか………?」
「力が入らない………わね。もう………ダメなのかしら………。」
大潮を見上げる事も出来ない雷は、瞳が虚ろになっている。
そんな彼女の姿を見て大潮は軽くため息を付くと、右手の主砲を雷に向けた。
「そうね………最期は、貴女にトドメを刺されるのも………悪く無いわよね………。」
雷のせいで、大潮は沈んだ。
ならば大潮は、その雷に復讐する権利もある。
受け入れるべきだと感じた彼女は、静かに目を閉じる。
すると………大潮は目を伏せ立て膝を付くと、何故か右手の主砲を外して置き、雷の頭に手をかざした。
(え………?)
雷の脳裏に、映像が映った。
そこには、心配そうに自分の入っているドックを見ている海防艦達の姿。
みんな泣きそうな顔をしており、石垣と能美に至ってはタオル1枚だ。
「みんな……………?」
「佐渡………八丈………石垣………能美………福江………平戸………。貴女が、その大楯で守りたかった艦娘達です。」
「大潮……………?」
雷はそこで初めて、僅かだが大潮を見上げられた。
その顔は険しく………怒りに満ちているのが分かる。
「「1人でも多くの人々を救って欲しい」………私は、確かにそう述べました。でも、このまま貴女が死ねば、あの子達の心は壊れてしまいます。」
「心が………壊れる………?」
思わず顔を上げた雷に対し、大潮は叱り付けるように叫んだ。
「貴女は………いつからそんな潔い性格になったのですか!?子供を産めない事をいい事に、ふてぶてしく振る舞っていた貴女は何処にいったのですか!?」
「それは………でも、そのせいで大潮は………。」
「私に申し訳ないと思うのならば、もっと見苦しい姿を見せて下さい!無様に惨めに這いつくばってでも………もう一度あの子達の元に戻ろうとする気概くらい見せてみろっ!!」
「………っ!!」
文字通り、雷を落とされた感覚であった。
だが、大潮の言葉の通りにここで力尽きたら、佐渡達は一生の後悔を背負ってしまうだろう。
その辛さは、雷自身が痛い程経験している。
「私は………っ!」
体に力を入れる。
艤装が稼働していないと錯覚するように、その全身が鉛のように重く、中々持ち上がらない。
「ここで………まだ………死ねないっ!!」
しかし、それでも雷は歯を食いしばり、大潮の前でもがいた。
無様でも惨めでも見苦しくても、それでもまだ帰る場所に向かう為に。
「う………ああああああああああああっ!!」
最後は獣のように咆哮を上げてでも、雷は自分を叱咤した。
やがて、ゆっくりではあったが、その身体が持ち上がり………膝立ちの状態から立ち上がる。
「はぁっ………はぁっ………。」
しばらく両膝に手を当てて荒く息を吐いたが、やがて雷は、既に立ち上がっていた大潮と目線を合わせる。
その頃には、大潮は怒っておらず………少しだけだが笑みも見せていた。
「ゴメンね、大潮。何度も心配掛けちゃって。」
「帰ってあげて下さい。貴女の帰りを待つ人達の元へ。」
「うん、またね!」
雷が満面の笑顔を見せると、陽光が差し込みまばゆい光に包まれて彼女の体が消えていく。
その姿を見送り、大潮はボソリと呟いた。
「いつか、待っています。貴女が………私の「本当の願い」に気づいてくれる、その時まで。」
その艦娘の言葉は、誰にも聞こえてはいなかった。
艦娘補給用物資販売店「コンビニ」の事は、大湊から出発する際に一応触れてあります。
只、時間が無かったために、詳細までは説明されていなかった為、ここで江風からの説明が入りました。
流石に単冠湾泊地から幌筵泊地まで、一直線に向かうのはキツイかなと思ったのが、この中継地点であるコンビニの発想の切っ掛けです。
大潮の「本当の願い」………それは一体、何でしょうね?