雷達が薄雲達の高速クルーザーで「艦娘補給用物資販売店」………「コンビニ」に緊急搬送されている頃、貨物船と合流した海風達もまた、江風の導きで同じ場所へと向かっていた。
しかし、薄雲達から通信を受け取った江風の連絡で、雷が海防艦達の入渠が完了するまで、自身の治療を拒んでいると知った事で、仲間達は皆ショックを受ける。
特に、雷を止められなかった夏雲にしてみては、最善であったとはいえ、後悔を背負う選択肢になってしまった。
コンビニに付いた一同は、峯雲に出迎えられ、貨物船の対応を任せて工廠に行く事になるが、そこでは心配している海防艦娘達の姿が。
どうも雷は入渠が終わってはいるものの、中々目覚めないらしい。
彼女はたまに見る花畑の夢の中で倒れており、いつも通り大潮と出会う。
最期にトドメを刺されるのならば、自分のミスで沈めてしまった大潮がいいと雷は言うが、そんな彼女は厳しい言葉で叱る。
このまま死んで、海防艦娘達の心を壊すのか?
ふてぶてしく振る舞っているのが、雷では無かったか?
自分に申し訳なさを感じるなら、見苦しく生きるべきでは無いか?
叱咤激励を受けた雷は、もがきながらも再び立ち上がり、仲間の元へと戻る事になる。
見送った大潮が呟く、いつか気付いてほしい「本当の願い」。
それは一体、何なのか………?
「う……………。」
雷は、少しだが体を震わせていた。
どうも何かに裸で浸かっているらしく、温かみを感じる。
少しずつ重いまぶたを上げていくと………濃い湯気に包まれた中ではあったが、機械的な施設、ドックの内部が映った。
その中心に設置されているプールの中で、彼女は覚醒する。
「目………覚めましたか?」
労わるような声を聞き左右を見てみれば、知らない艦娘2人が、制服が濡れる事をいとわずに雷をずっと支えてくれていた。
その内の、左側に陣取っている銀灰色の髪の艦娘が、彼女の覚醒を確かめつつ話しかける。
「……………。」
「状況を説明しますね。私は薄雲。反対側にいるのは、陽炎さん。ここはドックの中です。」
「帰って………来た………?」
「そうですね………ずっと死んだように眠っていましたから、貴女の生きるべき世界に心が帰って来たと言えるかもしれません。」
つい先ほどまで夢を見ていた雷の言葉を、薄雲は正確には理解していないだろう。
しかし、落ち着かせる為に述べた比喩表現は、偶然にも夢の中で大潮の述べた「帰ってあげて欲しい」という意味合いの言葉と繋がっていた。
それが安心感につながったのか、雷は僅かながら笑みを見せる。
「そっか………みんなに………心配掛けちゃったかしら………。」
「とりあえず、温かいお茶を用意してあるから飲んで。」
陽炎が妖精さんに頼んでお茶を運んで来てもらい、雷の口に含ませる。
自分で持とうと思った雷であったが、まだ体が馴染んでないのか力が入らなかった。
夢の中では気合で復活を遂げられたが、現実世界ではそこまで思うようにいかないらしい。
「目が覚めたのならば、もう1時間くらいすれば体も馴染むと思います。それまで、もうしばらく辛抱してくださいね。」
「結構………長いのね………。」
「そりゃ、あんた………瀕死の状態でアレだけ無茶を貫けば、こうなるのも仕方ないわよ。それに………ちょっと外に集まっているみんなに、説明しないといけない事があるわ。」
陽炎は妖精さんに、次に湯気でも曇らない特殊な手鏡を持って来てもらう。
その意図が分からない雷は首を傾げるが、陽炎は少しだけ苦い顔。
そして、彼女の体のバランスを崩さないように気を付けながら、顔を覗き込むようにした。
「まずは、あんた自身が受け入れないといけないわね。1つ、あんたは瀕死の重傷を負った中で、助けに来た店長………薄雲に対し、とんでもない事を言った。」
「何だった………かしら………?」
「自分の入渠を後回しにして、大火傷の石垣と左腕が吹っ飛んだ能美の入渠を優先させろとごねた。これ………今でも後悔していない?」
雷は、自分の発言に覚えが無い。
海戦中に大楯が壊れ、佐渡を咄嗟に投げ飛ばして敵艦の砲撃を受けた辺りから、記憶が曖昧だ。
だが、今の自分が同じ質問をされたのならば、迷わずそうしろと言うだろう。
確認のために、雷は薄雲を見る。
「他に………私、何か言った………?」
「海防艦の皆さんは酷い目にあったから、傷跡を残したらダメだと。守らなかったら、恨むとすら言いました。」
「そう………ゴメンなさい………命の恩人に、無理を言って………。」
「では………あの時の貴女の言葉に後悔は無いんですね。」
薄雲の確認の問いに、雷はゆっくりとだが迷いなく頷く。
むしろ今の言葉で、石垣や能美に何かしらの後遺症が残っていないか、気になってしまう程だ。
そこを察してくれたのか、陽炎が告げる。
「心配しなくても、2人は高速クルーザーのドックですぐに完治させられたわ。………ここで2つ目。あんたは入渠が遅れた分、完治は出来たけど………こんな状態になっているわ。」
陽炎が薄雲と頷き合い、慎重に鏡を雷に見せる。
自分の全身が映し出されたその姿を、まじまじと見つめていく。
そして………2人が告げたかった事を理解した。
「……………この事………外のみんなには?」
「朝日さんにお願いして、集まって来たみんなに伝えて貰っている。悪いけど、流石に「隠せない」わよ。」
「……………。」
雷は回らない頭で、ぼんやりとだが考える。
頭に浮かんだのは夢の中で大潮が見せてくれた、ドックの前で泣きそうになっている海防艦娘達の姿。
今の自分の状態を伝えられているのならば、彼女達や第九十九駆逐隊の仲間達などは、気が気では無いだろう。
不安で仕方なくて、ずっと心配しているに違いない。
「………ドックを………開けて。」
「あんた、裸よ?それに、まだ動けない状態だから許可できないわ。」
「あの子達や………仲間のみんなが………泣いている気がするの………だから………。」
「どんな状態でも、その面倒な思考は変わらないのね。どうする、店長?」
最終決定権は、「店長」と呼ばれた薄雲にあるらしい。
雷は左を向き、少しだけ目を伏せ思案する薄雲の様子を見ていた。
やがて、薄雲は妖精さんにお願いし、今度はマイクを持って来てもらう。
「雷さんが許可を出したのですから、ドックを開放しましょう。少しばかり、最終連絡の為の時間を下さい。」
薄雲はそう言うと、湯船に浸かりながら外にいる面々と連絡を取っていく。
そしてマイクを置くと、妖精さんに指示を出していった。
ガコンッ!
僅かな振動と共にドックの門が音を立て、ブザーと共にゆっくりとだが開いていく。
外から冷気が入り込んで来たが、すぐさまドック内の暖房が強まり、雷達が冷えるのを防いでくれる。
やがて、門が完全に開きブザーが止まった。
『雷さんっ!!』
その瞬間、外に待機していた海防艦娘達が、我先にとドック内へと走って来た。
佐渡や八丈に至っては、勢い余って湯舟………海防艦にとっては劇薬である高速修復材(バケツ)の中に飛び込みそうになってしまったので、咄嗟に江風に首根っこを掴まれる。
「雷さんっ!?雷さんはっ!?」
「おいおい、落ち着け!?慌てなくても、逃げねぇよ!………おーい、雷!何か言ってやってくれ!」
「大丈夫………私はここよ………。」
雷は江風の事をまだ知らなかったが、味方である事は直感で悟る事が出来たので、何とか声を発して佐渡達を安心させようとする。
その言葉を聞いた彼女達は、思わずパァっと顔を輝かせて声をした方角を見る。
丁度湯気も外に晴れていき、薄雲と陽炎に支えられていた雷の姿が映っていく。
『っ!?』
だが次の瞬間、海防艦娘達の顔が一斉に凍り付く。
彼女達だけでない。
後から入って来た、海風達九十九駆の仲間達も同じだ。
「あ………ああ………!?い、雷さん………!?」
事前に朝日から告げられてはいた。
だが、実際に「それ」を目の当たりにした途端、どうしてもショックを受けてしまう。
「みんな………ただいま。」
雷は微笑む。
しかし、その言葉に「おかえり」と答えられる艦娘は居なかった。
何故なら………。
「雷さん………。」
「やっと………名前、読んでくれたわね………佐渡。」
「雷さんに………雷さんに、傷がぁぁぁぁーーーっ!?」
佐渡が絶叫する。
雷には、左の胸から首を渡り左頬に掛けて、濃い火傷の跡が残っていた。
もう二度と消す事の出来ない傷跡が………。
――――――――――――――――――――
「う………ううう………。」
「ちゃンと直視しろ。罪から………逃げるンじゃねぇ。」
「だって………だってぇ………。」
それから30分後、海防艦娘達は膝を付き泣きじゃくっていた。
佐渡に至ってはプールの前にうずくまり、頭を抱えて苦しんでいる状態だ。
自分達の愚行のせいで、雷に一生残ってしまう傷跡が付いてしまった。
その事実が、彼女達に重く圧し掛かっている。
「泣かないで、みんな。私は………後悔していないから。」
「嘘だよ………絶対、嘘だよぉっ!」
時間が経った事で、頭が働き、口が動くようになってきた雷は、何とかみんなをなだめようとする。
しかし、雷自身が後悔していないと言っても、やせ我慢だと思うし、信じてくれるはずも無い。
「もう………これくらいの傷跡、何てこと無いわよ。大体、それを言ったら岸波達はどうなるの?」
「岸波さん達も………ハチ達のせいだよ。ハチ達が真面目に働かなかったから、岸波さん達が無理をして、あんな傷跡を負う事になったんだし………。」
一度己の愚行に気づいた事で、負のスパイラルを起こしてしまったらしく、膝と手を付いて愕然とする八丈の言葉に、更に海防艦娘達の心が押しつぶされていく。
正直、雷は参ったな………と思った。
自分がこの世界に戻って来たのは、彼女達の心にトドメを刺すわけでは無い。
みんなを安心させる為なのに、これでは逆効果である。
「長波の言葉を借りれば、これは栄誉の傷よ。朝霜もエースっぽいって、言ってたし。」
「だからって………。」
「それに、こんな傷で気持ち悪がる男なんて、こっちから願い下げだわ。だから、貴女達が気にする必要なんて………。」
「ゴメンなさい、雷さん………あたし達のせいで………。」
とにかく大丈夫だというアピールをして、雷は皆を落ち着かせようとするが、自責の念を抱く海防艦娘達には光を与える事が出来ない。
その姿を見ている九十九駆の面々も、不安そうな表情を抱く者ばかりだ。
(どうすればいいんだろう………。)
海防艦娘達に引っ張られ、雷まで暗い気持ちに落ち込んでいく。
しかし、そこで後ろにいたある艦娘が、艤装を下ろし前に出て来た。
「雷さん………後で、気のすむまで私の事をぶん殴って下さい。」
「夏雲………?」
若干小柄な艦娘である夏雲が、意を決した顔をして佐渡の前に立つ。
すると………何と彼女の首元を掴み上げ、無理やり持ち上げると、その頬を思いっきり叩いた。
「な、夏雲さ………ん?」
そのまま頬を押さえる佐渡を立たせると、同じように八丈に向かって行く。
首元を掴み、1発だけだが、思いっきり気持ちを込めて頬を叩いた。
石垣にも、能美にも、福江にも、平戸にも同じように繰り返していく。
『……………。』
海防艦娘達は、過去に両親にいい思いが無い者達ばかりだ。
当然ながら、叩かれる事に良い顔をする者なんていない。
それでも、彼女達が唖然としていたのは、叩いた夏雲が涙を流していたから。
一通り6人を立たせて注目をさせると、彼女は泣いている顔を隠す事無く告げた。
「後悔なら………私もしています。正直、貴女達を見捨ててでも、雷さんを止めるべきだったとすら思っています。工作艦の免許を持つ者として………失格ですが。」
「そりゃ、そうだよな………。」
佐渡達は、夏雲の怒りを抑えた独白を素直に受け入れた。
身から出た錆である自分達をわざわざ助けた故に、雷は傷跡を残したのだ。
全員が生き残る為の最善の選択肢を取ったとはいえ、ハッキリ言って6人の為に、自己犠牲の代償を雷が支払う必要なんて無かった。
「あたし達は………。」
「でも………雷さんは、その全てを受け入れています。そして………貴女達が生き残った事を素直に喜んでいます。だったら………それでいいじゃないですか。」
『……………。』
夏雲は、自分の言葉に納得していない。
それこそ、何でお前達の代わりに雷が傷つかなければならなかったんだ!………とすら言いたいだろう。
しかし、その言葉を堪えて、佐渡達を落ち着かせようとしている。
その痛々しい想いは、彼女達もしっかりと感じ取れた。
「貴女達の罪は、今………私が叩いた事で帳消しにしました。勿論、納得出来ない部分は多々あるでしょうけれど………もう傷跡の事で雷さんを困らせるのは、止めにしましょう………。」
夏雲がやりたかった事は、入渠明けの身である雷にこれ以上の負荷を掛けない事だ。
どの位、彼女が無理を言っているのか分からないけれど、雷は自分で大丈夫だと言っているのだから、その意見を尊重してあげたかった。
故に夏雲は、佐渡達を叩いてでも、この負のスパイラルを止めようとしたのだ。
佐渡はしばらく涙を流しながら、同じく泣きながらも真剣な表情を見せる夏雲の顔を直視していた。
しかし、やがて仲間達と共に鼻をすすって涙を拭きとると彼女に問う。
「夏雲さん………あたし達が、今できる事って………何かな?」
「雷さんを、安心させる事です………。彼女が望んでいるのは、「ゴメンなさい」ではないはずですよ。」
夏雲は無理やりだが、笑顔を作り佐渡達に答える。
その言葉を聞いた彼女達6人は、ここでやっと笑みを浮かべて雷に向き直る事が出来た。
彼女達は、揃って頭を下げると雷に告げた。
『雷さん!助けに来てくれて………そして、戻ってきてくれて、本当にありがとう!!』
「うん………改めて、ただいま!」
雷は心の底から夏雲に感謝した。
負の側面に傾いていた、海防艦娘達の心を救ってくれたのだから。
彼女は満面の笑みで、佐渡達に帰って来た事を告げた。
「……………。」
7人の様子を確認した夏雲は踵を返すと、こっそりとドックを出ていく。
気付いた竹が追おうとしたが、何かを悟った早霜が肩に手を押さえると、静かに首を振る。
「早霜さん………。」
「今は………1人にしてあげましょう。」
夏雲は工廠を出ると、だんだん早歩きで桟橋を渡っていく。
なるべく人に見つからない遠くの場所を求めた彼女は、勝手ではあったが横付けされている高速クルーザーに乗り込み、運転室に入るとその扉を閉める。
「……………うう。」
うずくまると、ダンッ!………と右拳で床を叩きつけていた。
一度爆発してしまった感情は、簡単には収まらない。
「うう………あああああああああああーーーーーーーーっ!!」
気付けば夏雲は、涙を流しながら力の限り叫んでいた。
別に雷の判断が、間違っていたわけでは無い。
海防艦達も、ちゃんと夏雲の言葉を聞いてくれた。
でも………。
「私は………私は何の為に工作艦になったの!?これじゃあ、あの時と変わらない!変わらないよぉっ!!」
頭の奥に浮かぶのは、嘗て相談に乗っていたのに轟沈させてしまった、弱虫である艦娘。
仕方ないとはいえ、「また」救えなかった事に、夏雲は本当に工作艦失格だと………ひたすらに泣きじゃくった。
自己犠牲の代償。
額面通りに取るのならば、雷の傷跡の事を指しますが、考え方次第では他にも意味を残してしまいます。
海防艦達の、罪故に傷ついた心。
また救えなかったと嘆く、夏雲の後悔。
雷は、その身を持って最善の選択肢を掴み取りました。
でも………だからと言って、全てが好転するとは限らないんでしょうね。