目を覚ました雷は、ドックの中で薄雲や陽炎に支えられていた。
そこで、状況説明を受けて自身の状態を確かめた事で、ドックを開放して貰うようにお願いする。
開かれたドックに飛び込んできた佐渡達や第九十九駆逐隊の面々に対し、笑顔で迎える雷。
しかし、彼女達は雷の左胸から左頬に残っていた火傷の跡に愕然としてしまう。
その後、何とか雷は泣きじゃくる海防艦娘達をなだめようとするが、彼女達の後悔は止まらず。
ここで行動に出たのは、意外にも夏雲であった。
彼女は、佐渡達を無理やり立たせて1発だけ叩くと、今はこれで罪を帳消しにして、傷跡の事で雷を困らせる事は、もうやめようと諭す。
その強い想いを受けた佐渡達は、雷に「ありがとう」と告げる事が出来、ようやく雷も「ただいま」と伝える事が出来た。
だが、それを見送った夏雲は1人工廠を飛び出し、離れた所で泣きわめく。
今も昔も救えない自分の非力さを、後悔しながら………。
雷が入渠明けで、海防艦娘達と心を通わせられた頃、夏雲は高速クルーザーの運転席に座り、毛布にくるまりながら温かいココアを飲んでいた。
この飲み物は、自分で用意したものでは無い。
目の前の艦娘が、運んできてくれたものである。
「ゴメンなさい………峯雲さん………その、お店の備品をガンガン叩きつけてしまって………。」
「大丈夫だよ。こんな事で壊れる程、やわな作りじゃないから。」
その運転席には、艦娘補給用物資販売店………コンビニ店員の峯雲がいた。
流石に高速クルーザーの運転席の床を何度も叩いていれば、不自然に揺れてしまう為、見回りをしていた夕暮と清霜に察知されてしまったらしい。
しばらく敵が見つからなかったのもあり、今は貨物船の乗組員の対応を峯雲と交代し、協力してくれている三日月や藤波と共に、せっせと働いてくれていた。
「でも、ビックリしちゃった。なっちゃんが、こんなに暴れている所、滅多に見ないから。」
「お見苦しい所を見せている事は………自覚しています………。」
一通り泣き叫んだ事で少しは落ち着けたのか、夏雲は、今は何とか自分を制御出来ている。
しかし思い出すと、赤面したくなるほどに荒れていた事実は覆せない。
「とにかく、冷えない内に体を温めよう。艤装も付けて無いし、風邪を引いちゃったら良く無いもの。」
「………理由を、聞かないんですね。」
アレだけ暴れていたのだ。
普通ならば、何事かと思ってしまうだろう。
だが、目の前の姉妹艦は、立て膝を付いて夏雲に目線を合わせると、柔和に微笑む。
「誰だって心に闇の1つや2つ、抱えているものだよ。今回は、なっちゃんの闇が爆発しちゃっただけ。」
「闇………ですか………。」
「勿論、今ここでぶちまけたいのならば、私で良ければ聞くよ?それに、不要に他言はしない。勿論、なっちゃんが私の事を信じてくれる事が前提になるけれど。」
峯雲は、夏雲に強要はしていない。
只、望むままに言動をすればいいと勧めている。
その気遣いが逆に有難かったので、夏雲はポツポツとだが、自分の過去と今の心境を話す。
進んで艦娘になりたくなかった、弱虫の艦娘の事。
助ける事が出来ずに、彼女を轟沈させてしまった事。
資格を取れば、後悔せずに済むと思っていた事。
しかし結局の所、最善の選択肢が見つからず、雷を傷つけてしまった事。
「そっか………。なっちゃんは、優しいんだね。」
「優しさだけじゃ………人は救えませんよ………。」
「でも、優しさを持たなければ、救う道すら見出せないよ?そして、なっちゃんは実際に、第一級工作艦技術者免許を所得して、行動している。」
「それでも………一歩間違えれば、また失っていました。」
言い出したらキリが無いネガティブさであるが、雷や海防艦娘達がいない中だったので、言われるがまま思いっきりぶちまける。
峯雲は夏雲の言葉を聞きながら、持ってきたポットから温かいココアのお代わりを継ぎ足していった。
夏雲はそれを受け取りながらも、何処まで話せばいいのかを迷う。
流石に雷が子供を産めない事を、話すつもりは無い。
只………他に告げたい事があるとしたら………。
「ちょっといいか?」
しかし、ここで第三者の声が運転席の外から掛かる。
見れば、竹がやって来ていた。
峯雲が夏雲の許可を取って扉を開くと、彼女は頭を下げつつ入ってくる。
「雷さんが大分、体を動かせるようになって来たから、今から服を着て、薄雲さんと陽炎さんに支えられながら、外に出る為の準備運動をするらしい。」
「伝言を、伝えに来てくれたのですね………ありがとうございます。」
しばらく夏雲が感情を爆発させているだろうと踏んだ早霜によって、追いかけるのを止められた竹は、その後時間が経過した事で、伝言役を任される事になった。
四国の軍港鎮守府から大湊にやって来た同郷という事で、心配しているだろうと海風達に気を利かせて貰った結果だ。
だが………それ以上に竹は、夏雲に言いたい事があった。
「峯雲さん。今から俺が言う事、黙っていてくれるか?」
「何ならば、外に出ているよ?」
「いや、後で聞きたい事があるから残っていてくれ。」
竹はそう言うと、夏雲に対して深々と頭を下げた。
「夏雲さん、色々と納得できない事はあると思うけど………俺は少なくとも感謝している。夏雲さんがいてくれなければ、俺は艦娘に「戻れなかった」。」
「た、竹さん………!?」
竹の意味深な言葉に、慌てて夏雲が峯雲を見るが、彼女は表情を変えない。
むしろ、何処か納得しているような顔であった。
彼女は竹を見据えると、徐に告げていく。
「松型は「深海棲艦化」した姿が多いと聞くけれど………竹さんは、1回轟沈したんだね。」
「そうだ。轟沈した艦娘は、普通ならば溺れて死を迎える。でも………深海棲艦との戦いで沈んだ俺は、奴らの穢れに呑まれて姿が変質した。姫クラスである「深海竹棲姫」に………。」
思わず苦虫を噛み潰したような顔をする竹であったが、彼女は一度目を伏せると深呼吸をして落ち着く。
深海棲艦化とは、文字通り艦娘が穢れによって姿が深海棲艦に変わってしまう事だ。
恐ろしい事に深海棲艦化した艦娘は、固有の能力を手に入れ、それまでの深海棲艦達とは一線を画すような力を発揮する。
ミイラ取りがミイラになるような現象ではあるが、その詳細は分かっておらず、科学的に解決も出来ない状態だ。
そして、この深海棲艦化によってもう1つ引き起こされる事象がある。
「深海棲艦としての本能に支配された俺は………夏雲さんに救われた。夏雲さんが俺にしみ込んだ穢れを魚雷でぶっ飛ばしてくれたから………俺は「ドロップ艦」として戻ってこれた。」
「ドロップ」というのは、深海棲艦化した艦娘が海戦に敗れた事をきっかけに、逆に深海棲艦から艦娘の姿に戻る事を指す。
これも詳細な条件は分かっていないが、穢れが取り払われた事で、再び己を取り戻せるからでは無いか?………と言われている。
無論、安易に信用してはいけないし、そもそも激戦となる海戦でそんな余裕を持つ者はほとんどいない為、ドロップしたら運が良い………という位のイメージだ。
その「運が良い」艦娘として、この竹は歪んだ輪廻転生を経験しつつ、沈みながらも戻って来る事が出来た。
「偶然………ですよ。たまたま私が………トドメ役になっただけです。」
「だとしても、事実は事実だ。それに………ドロップ艦として、非難を浴びそうになった俺をずっと庇ってくれたのは、夏雲さんだけだった。その悔しい過去があったからだとは思うけど………それでも、俺は心が壊れずに済んだんだ。」
竹は洗いざらい、自分の心の内を話す。
ドロップ艦は、その経歴から非難や差別の対象にされやすい。
それこそイジメや迫害に繋がりやすい中、夏雲は竹をずっと守って来てくれたのだ。
いや、その想いは今でも続いている。
深海棲艦化に関しては極秘事項である為、基本は大本営内でしか伝わっていない。
その為、夏雲が所有しているカルテにも書かれておらず、ひいては艦娘提督の鈴谷や秘書艦の熊野も知らない事だ。
夏雲が黙っていてくれるから、九十九駆にもその真実はまだ伝わっていない。
「だからさ………改めて言わせてくれ。俺を救ってくれて、ありがとう。そして………こんな情けない娘でその後も何度も迷惑をかけているけど、これからもよろしく頼む。」
「竹さん………。」
「んで………未だに色々聞いて貰ってる立場で言うのもなんだけどよ………愚痴があったら相談に乗るからさ。あんまり抱え込まないでくれ。」
不器用ながらも、竹が最終的に言いたかったのはこの言葉に集約している。
1人で悩まず、もっと自分を頼って欲しいと。
だから、竹は自分の想いを包み隠さず話したのだ。
そのストレートな想いを受けて、夏雲は少しだが、自分が救われるのを感じた。
「私は………馬鹿ですね。ちゃんと理解者がいるのに………1人で溜め込んでしまって………。」
「いいんだよ。雷さんも夏雲さんも完璧すぎたら、俺の立つ瀬が無くなっちまうんだから。」
「ありがとうございます………。私も………少し、前を向けそうです………。」
夏雲は立ち上がると、竹に深々と頭を下げる。
峯雲は、そんな強い絆で結ばれている2人の様子をニコニコと見ながら、竹に告げた。
「………で、私に聞きたい事って何かな?やっぱり、店長………薄雲さんの事?」
「い!?………も、もしかして………あの人の事、気付いているのか?」
「私達コンビニ店員は、1つ屋根の下で暮らしているんだよ?そんな隠し事は早々出来ないよ。夜眠る際に、うなされる事だってあるんだからさ。」
「じゃあ、やっぱり………薄雲さんもドロップ艦なのか………。」
申し訳なさそうに、竹は呟く。
その話を聞いた夏雲は、驚いた顔で彼女を見る。
「竹さん………ドロップ艦かどうなのかって………分かるものなのですか?」
「ん?ああ………大本営のエライ人の話だと、たまに深海棲艦の時の力が残る事があるんだってさ。薄雲さんが1人で改ル級を3隻沈めたって聞いて、もしかしたらって思ったんだ。」
竹曰く、強力な深海棲艦化の能力を得たドロップ艦は、どうも同じドロップ艦の目に特殊な存在として色濃く映り、区別が出来るらしい。
薄雲の場合、深海棲艦化した姿は「深海千島棲姫」と呼ばれており、竹の目にはその過去の姿が判別出来てしまったのだ。
尚、彼女の話だと「駆逐古鬼」や「駆逐古姫」という、深海棲艦化した姿を持つ神風型の春風は、特に問題は無いらしい。
つまり、彼女はそういう経歴が無いのか、あったとしても、竹のように力が残っていないのかのどちらかである。
勿論、易々と本人に聞いていいのか分からないので、そこはずっと黙っているが。
「でも驚いた。ここは………みんな受け入れてくれている場所なんだな。」
「詳しい事は薄雲さん本人に聞けばいいと思うけど、少なくとも私達6人にとっては、頼れる店長だよ。」
その目に偽りはなかった。
陽炎も、朝日も、江風も、夕暮も、清霜も、そして峯雲も、薄雲の過去も今も受け入れている。
そんな温かい場所が、正直竹は羨ましくも感じた。
しかし、その心を読んだのか、峯雲は静かに述べる。
「第九十九駆逐隊も………きっと、そんな信頼関係を築けるよ。もしも不安になったら、本店の誰かに、いつでも相談してくれていいからね。」
「峯雲さん………ありがとう。」
竹は感謝の言葉を述べると、峯雲にも深々と頭を下げた。
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夏雲と竹は、峯雲と共に工廠へと戻って来る事になる。
そこでは竹の伝言通り、雷が入渠後に体を徐々に慣らしていた。
新しい暁型の制服は、コンビニの店頭で売られていたものを購入したらしく馴染んでいる様子だ。
「いち、に、いち、に………。うん、大分馴染んで来たかしら。」
少し飛び跳ねて自分の体が動く事を確認すると、思いっきり伸びをして、彼女は文字通り生き返ったような心地を感じる。
しかし、ここで彼女はとんでもない事を言い出す。
「さてと………じゃあ、もう一仕事しないといけないわね。貨物船を幌筵まで連れて行かないと。」
「い、雷さん!?流石にそれは認められません!?」
春風が思わず雷を止める。
工作艦の資格を持つ夏雲でなくても、病み上がりの雷を抜錨させるのは危険だというのはすぐにでも分かった。
無論、春風だけじゃなく、ここにいる全ての者が彼女にストップをかけるだろう。
しかし、雷は少し困ったような顔をすると自身の意見を述べる。
「元々は幌筵泊地まで護送するのは、九十九駆の役目だったんでしょ?だったら役割を果たさないと………。」
「それはそうですが………でも、それでも雷さんは外します!今の自分の状態を鑑みて、大湊に戻って………って、そうでした………。」
ここで、春風は自身の言葉の問題点に気づく。
大湊に戻るには、どちらにしても抜錨をしないといけない。
つまり、どのみち雷は海に出ないといけないのだ。
しかし、ここで不知火が疑問を呈する。
「それなのですが………雷、貴女の艤装は使えるのですか?」
「あ。」
ここで今度は、雷が呆気にとられる。
改ル級との海戦で、彼女の艤装はボロボロの状態だ。
このコンビニには、工廠と工作艦の朝日がいるとはいえ、すぐに直せるものではない。
だからと言って、予備の艤装を持ち合わせているわけもない。
海風が色々と考えたうえで、決断を下す。
「仕方ないから、雷は貨物船に同乗して幌筵まで行って、そこから大湊に寄って貰って………。」
「その必要は無いわよ。」
「………誰?」
早霜の視線を追って、工廠の出口を見てみたら、そこには新たに紫の髪をサイドテールにしている艦娘が立っていた。
彼女は若干ふんぞり返った格好で雷を見て、ため息を付くと自己紹介を始める。
「随分派手な事をやったみたいね………。あたしは「曙(あけぼの)」。鈴谷や霞に頼まれて、単冠湾泊地から、仲間達と共に貨物船の護衛の引継ぎにやって来たわ。」
そう言うと曙に続いて、彼女の仲間達がぞろぞろと入って来た。
第21話の夏雲と竹の意味深な会話や、第27話の薄雲の驚異的な海戦能力の謎。
その答えが「深海棲艦化」と「ドロップ艦」という今回出て来た定義に集約されています。
本来なら溺死する艦娘が、深海棲艦となる。
そしてトドメを刺される事で、運よく艦娘に戻る。
正に、歪んだ輪廻転生ですが、当然ながら周りからは気味悪がられるみたいですね。
経歴を考えれば、いきなり受け入れろという方が難しいですが………。