大楯の雷   作:擬態人形P

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第37話 ~竹の闇~

元深海棲艦として拒絶された事で絶望した竹と、生徒達を奪われた復讐心故にどうする事も出来ず葛藤する早霜。

第九十九駆逐隊に亀裂が入る中、1人錯乱してしまう早霜は、思わず病み上がりの雷に当たりそうになってしまう。

だが、そこで彼女を阻んだのは佐渡達海防艦娘であった。

 

佐渡は、自分達の過去を告白し、早霜に九十九駆が助けに来てくれた事が嬉しかったと話す。

そして、人間でも元深海棲艦でも、優しい人と許せない人に分けないといけないと説き、早霜の目を覚まそうとする。

更に、まだ迷う彼女に対し、卑怯だと思いながらも、死んだ生徒に代わって想いを伝える事で、完全に竹への疑念を振り払った。

 

今なら、まだ間に合う。

そう佐渡のお墨付きを受けた早霜は、彼女に感謝しつつ竹の元へと向かう。

 

 

「うう………うぅ………っ!」

 

同時刻、艦娘補給用物資販売店………「コンビニ」の工廠のドック。

その隅では、竹が膝を抱えて声を殺して泣いていた。

工廠の方では、朝日が艤装などの整備を行い、次の戦いが発生してしまった時に備えているが、ドック内では夏雲の他、薄雲と陽炎がいる。

 

「竹さん………。」

「終わりだ………俺はもう………終わりだ………!」

 

忘れたくても、竹は早霜の拒絶する目を忘れられない。

頭から取り除きたくても、彼女の憎悪の目を取り除く事が出来ない。

それだけ、精神的ダメージが大きすぎた。

 

「峯雲さんの話だと、早霜さんも反省していますし苦しんでいます。まずは彼女に会って………。」

「無理に決まっているだろうが!?みんな、俺をバケモノ扱いするに決まっている!?俺はもう九十九駆に居場所なんて無いんだよっ!!」

 

疑心暗鬼になってしまった事で、頭を掻きむしりながら竹は夏雲の言葉を拒絶する。

唯一心を許せるはずの夏雲にすらこの対応であるのだから、他の面々に会ってしまったら錯乱が酷くなるのは目に見えている。

夏雲は必死に頭を使おうとするが、打開策が思い浮かばない。

前に春風の疑問に答えた通り、工作艦の免許を取っていても、相手が心を開こうとしなければカウンセリングなんて無理なのだ。

 

「竹さん………怖がるのは分かりますが、実際に………。」

「じゃあ、私達の所に来ますか?」

『え………?』

 

突如会話に割って来た薄雲の言葉を受け、夏雲は驚き、竹は思わず顔を上げる。

薄雲は夏雲と竹の間に割り込むと、ニコニコとした顔で告げる。

 

「九十九駆に居場所が無いんですよね?だったら、ここでコンビニ店員として働きませんか?」

「う、薄雲………さん………?」

 

竹が茫然とする中で、薄雲は自分の胸に手を当てる。

そして、満面のコンビニスマイルで竹に対し話しかけた。

 

「何度も述べていますが、私も貴女と同じく歪んだ輪廻転生をした存在です。深海棲艦化を経験し、ドロップ艦として帰って来ました。そして………この店は、そんな私を拒絶しない楽園です!」

 

両手を広げてハッキリと告げる薄雲の姿に、嘘偽りは全くない。

捨て艦に使われた艦娘時代での不信と、深海棲艦時代の苦い記憶から、最初は他者を信用していなかった薄雲。

更に、この店で陽炎を半殺しにしてしまった事で再び人間や自身の深海棲艦の力への恐怖心が芽生えたが、その彼女に店長に据えて貰った事で、心を救われた。

 

「彼女は照れ隠しで否定するかもしれませんが、私は陽炎さんが大好きです!」

「アンタ………堂々と何言ってるのよ。」

「陽炎さんだけじゃありません!朝日さんも、江風さんも、峯雲さんも、夕暮さんも、清霜さんも、みんな大好きな家族です!」

 

壁に寄りかかっている陽炎が、思わず苦い顔で突っ込みを入れるが、薄雲は気にした様子も無く幸せそうに告げていく。

いや、本当に幸せなのだ。

彼女にしてみれば、自分の心を6人の家族に救って貰ったのだから。

 

「少なくとも、ここの家族は私を否定しません!私を、心の底から受け入れてくれます!例え元深海棲艦であっても!どんな過去があったとしても!」

「ここなら………俺も………?」

「はい!………居場所が無いんですよね?だったら、ここで一緒に働きませんか?」

 

薄雲はそう言うと、竹に対し右手を伸ばす。

満面の笑顔のままで。

眩しい後光すら感じさせる明るさで。

 

「受け入れて………くれるのか?」

「店長権限で認めちゃいます!竹さんが居場所を欲しいならば、私達が提供します!一緒に………ここで働きましょう?」

「俺の………居場所………。確かに、ここなら幸せに………。」

 

ふらふらと竹は立ち上がる。

薄雲の言葉は、今の竹には何よりの薬であった。

深海棲艦化して拒絶された自分を、平然と受け入れてくれる温かい場所。

九十九駆がダメならば、コンビニ店員の一員として働くのも有りだと思えた。

少なくとも、今よりも幸せに生きる事は可能だ。

 

「竹さん………。」

 

夏雲は、何も言えなかった。

実際、竹の幸せが叶う場所である事は確かなのだから、彼女が受け入れるのならば否定する権利は無い。

ふらふらと薄雲の元へと歩いて行く竹を、見ている事しか出来なかった。

 

「俺は………そうだ………コンビニ店員に………!」

 

「待ってーーーっ!!」

 

「え………?」

 

その右手が、後僅かで薄雲の手を握りそうになった所で、叫び声に阻まれる。

最初、その声が誰の物か、夏雲にも竹にも判別が出来なかった。

声に反応してドックの入り口を見れば、全速力で駆けて来たのか、早霜が膝に手を当てて荒い息を吐いていた。

遅れて次々と九十九駆の仲間達が走ってくる。

 

「な………な………!?」

 

薄雲の手を握りそうになっていた竹は、いきなりの展開に後ろにふらつく。

自分を否定した存在が、目の前にやって来たのだから。

そんな竹の視界を遮るように、薄雲が振り向いて立ちはだかる。

顔は相変わらずのコンビニスマイルであったが、明らかに威圧感が出ていた。

 

「………何をしに来たんですか?」

「今なら………まだ間に合うと思った………。間に合うって………「あの子達」が教えてくれた。」

 

早霜は荒い息を整えると、薄雲を見据える。

若干見上げる形になっているが、その目は彼女の威圧感に全く怯む気配が無い。

 

「竹さんは、我が店のコンビニ店員として契約を結ぶんです。邪魔をしないでくれませんか?」

「悪いけど………それはまだ、許可出来ないわ。」

「貴女に、それを言う資格があるとでも?」

「無いわ。だから………その事も含めて、謝りに来た。」

 

早霜は真っすぐ薄雲の元へと向かうと、その身体を強引に横に押しのける。

そして、竹をしっかりと見据えた。

 

「あ………ああ………!?」

「ゴメンなさい、竹。私は、貴女に助けて貰ったのに。貴女を拒絶してしまって………。許してくれとは言わない。でも………貴女がこの先どんな道を選ぶとしても、謝っておきたかった。」

「何で………何で………!?」

 

竹は、ゆっくりと近づいてくる早霜の目を見られない。

拒絶の感情を持たれたらどうしようと思ってしまうと、その目を見られないのだ。

だが、早霜の方は竹の顔を見据える事を止めない。

半狂乱になった自分に対し、佐渡が自分を見据える事を止めなかったように。

生徒と同じ年頃の見た目である海防艦娘達が、教えてくれたように。

 

「止めてくれ………!?頼む、来ないでくれ………!?」

「貴女が望むならば、土下座でも何でもするわ。だから………!」

「来るな………!来るんじゃねぇぇぇっ!!」

 

バキッ!!

 

「あ………。」

 

思わず拳を振りかざした事で、竹は茫然とする。

錯乱した彼女の拳は、早霜の顔を殴り飛ばしていた。

強烈な一撃を受けた早霜は、床を転がり壁に当たる。

 

「何を………!?俺は………また、何を………!?」

 

振りかざしてしまった拳を振るわせた竹は、頭を抱えてその場でうずくまる。

一方、早霜の方には海風が向かうが、彼女は手で制すと起き上がる。

 

「平気よ。」

「口の端から血が流れているわ。」

「大した事無いわ。この程度の痛み。」

 

早霜は、再びゆっくりと歩きだすと竹の方に向かって行く。

実際、彼女はそこまで痛みは感じていなかった。

むしろ、竹に殴らせた事による「痛み」を与えてしまった事の方が、申し訳が無かった。

 

「俺は………!俺は………!?」

「竹さん。一度だけで構いません。早霜さんの顔を………目を見てあげてくれませんか?」

 

春風が遠くからであったが、震える竹に言葉を掛ける。

竹は、恐怖心故に首を横に振り、頭を押さえて顔を隠してしまう。

しかし、春風は早霜の接近に合わせて、再度声を掛ける。

 

「確かに早霜さんは、貴女を一度拒絶しました。でも………だからといって、貴女が早霜さんを拒絶していい理由にはならないのですよ?」

「!?」

 

優しくも厳しい春風の言葉に、竹がビクッと震える。

その竹の背中を夏雲が軽く叩く。

 

「夏雲さん………?」

 

夏雲は黙って、顎を動かし早霜の方を見る。

それで、竹は釣られてようやく………目線を早霜の方に動かせた。

 

「竹………本当にゴメンなさい。貴女に辛い思いばかりさせて。」

 

その目は………憎悪なんかに染まってはいなかった。

むしろ、悔恨に染まっており、竹に対して申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

「「先生」である私は………貴女の痛み、理解しないといけなかったのに………。」

「早霜………さん………。俺は………でも………。」

 

早霜は竹を見て、既視感を感じていた。

見えない恐怖に震えるその姿は、嘗て彼女が大切にしていた生徒達に酷似している。

悪い事をしてしまったと思い、自己嫌悪に陥る「生徒」の姿に。

 

「ダメだ………俺は………俺なんかが、九十九駆に居たら………!」

「どうして………?私が嫌いだから………?」

「違うっ!!」

 

竹はガバッと立ち上がると、自分の手で胸を鷲づかみにして早霜を見る。

訴えかけるような顔で………涙を流しながら。

 

「俺は「人殺し」なんだよっ!人々を救助する事に特化した、この九十九駆に相応しい存在じゃないっ!」

「だったら、私だって人殺しよ。愛する生徒達を守れず、みんなの人生をダメにした。」

「そうじゃないんだ!!俺は………っ!!」

 

言いたい事が言えない。

訴えたくても頭の中が纏まらず言葉に出来ない。

そんな竹をジッと見ていた早霜は、苦しむ彼女に近づくと………そっと抱きしめた。

 

「は、早霜さん………。」

「吐き出して、竹。貴女の心の闇を。「先生」に………みんなに、教えて。」

「……………。」

 

早霜の温かさを感じながらも、竹は苦しそうに唸る。

苦しい思いを、吐き出したい。

でも、それが怖い。

だから、こう言ってしまった。

 

「また………拒絶されたら………いや、拒絶する………絶対………。」

「その時は、好きなだけ私を殴り飛ばしていいわ。貴女は私に憎しみをぶつける権利があるもの。」

 

早霜は、そう言うと少しだけ顔を離して、竹の目を労わる様に見つめた。

やはりそこに、拒絶の感情は無い。

何が早霜を短時間でここまで変えたのかは、竹は知らなかったが、少しだけなら信じてもいい………そう思えるだけの安心感があった。

 

「………深海棲艦化は、怖いんだ。」

 

竹の説明は、そんな言葉から始まった。

自身が穢れた海の中に沈んで死ぬと思った瞬間に、その身体は突如その黒い物に包まれた。

すると………勝手に体を変質させていくのが分かった。

 

「気付いたら俺は………深海竹棲姫になっていて………海の上を航行していて………近くの船を………襲って………!」

 

貨物船であった。

不思議な事にその時の竹は、身も心も深海棲艦で、人間が絶望し、破滅し、死ぬ姿を求めた。

ニタリと自身が笑うのを、竹は感じる事になる。

そして………追従していたイロハ級の深海棲艦と共に魚雷を放ち、船を、乗っている人間を、炎に包んだ。

 

「「黒い俺」は、気持ち良かったんだよ………人間の苦しむ声が………断末魔の悲鳴が。俺の頭には………如何に残虐に殺すかという事しか、考えられていなかったんだよ!?」

 

思わず泣き叫ぶ竹を抱きしめながら、早霜は黙って話を聞く。

深海棲艦化によって、もたらされた闇は深く竹の心に根付いていた。

恐らく、こんな激しく苦しい叫びは、同郷の夏雲にしか白状していなかったのだろう。

竹の独白は、まだ続く。

 

「船には………子供もいたんだ………。親が死んでいる中で………泣き叫んでいた………。俺は………俺はよりにもよって、その子供を………消し飛ばしたんだよっ!!」

 

想像以上に呆気なかった。

何の強化もされていない人間なんて、砲撃1発で消し炭になる。

深海竹棲姫は、絶望に怯える幼い子供の命を、軽く摘み取ってしまったのだ。

 

「忘れたい………忘れられない………忘れちゃいけないって分かっていても………俺は………!」

 

竹は震えていた。

それこそ、絶望した子供のように。

早霜は全てを聞いたうえで………彼女の頬を優しく触ると、視線を合わせる。

 

「辛かったのね………ずっと、怖くて………それでも気丈に振る舞っていて………。」

「拒絶………しないのか………?」

「しないわ。誰だって、過ちは起こすものだもの。でも、「先生」として、1つだけ言わせて。」

 

早霜は少しだけ真剣な顔をすると、竹を諭すように言う。

 

「貴女が命を摘み取った事を後悔しているのならば………私は、貴女は九十九駆に居るべきだと思う。」

「どうしてだ………?」

「貴女が奪った分だけ、誰かを救いたいって………そう思える「優しい艦娘」に今はなっているからよ。」

 

竹の目が見開かれる。

早霜は少しだけ微笑むと、竹に改めて告げる。

 

「私は生徒達の仇を奪った深海棲艦を、許す事は出来ないわ。でも………だからといって、貴女を混同してしまうのは愚かでしかないのに………気付くのが遅れて、ゴメンなさい。」

「早霜さんは………受け入れてくれるのか?」

「少なくとも九十九駆は、受け入れてくれるわ。ね………!」

 

早霜が見渡すと、そこにはいつの間にか九十九駆の面々が集っていた。

夏雲は勿論の事、海風、春風、不知火、そして海防艦達と共にやって来た雷もいる。

彼女達は、口を揃えて言った。

 

「私は今更ですね………。皆さんはどうですか………?」

「旗艦である私に黙って、九十九駆を抜け出すのは反則よ。」

「貴女がいなくなったら、救助者を助けるわたくしの負担が増えますもの。」

「竹がいなくなったら戦力が減りますし、先生が悔恨を残してしまいます。」

「罪人で言うのならば………私だって同じだもの。否定する理由が無いわ………。」

「後は、貴女が判断するだけよ、竹。勿論、私達の意志は伝えたから、それを踏まえて嫌ならば、コンビニ店員になっても別にいいわ。でも、私達は貴女にここに居て欲しい。それが本音。」

 

誰1人、その目は拒絶をしていなかった。

彼女は、同じ仲間であるのだから。

九十九駆という、大切な………。

 

「ハハ………何だよ………馬鹿みたいじゃないか、俺………。良かった………良かったよぉ………!」

 

竹は早霜にしがみつき、思いっきり泣き始める。

そんな7人の姿を遠目で見ながら、薄雲が陽炎の傍で軽くため息を付く。

 

「………勧誘、失敗しちゃいましたね。」

「その割には嬉しそうね、アンタ。」

「自分の望むところに居場所があるって、とてもいい事ですから。」

「確かにね………良かったわ、無事に元の鞘に納まって。」

 

コンビニの店長と副店長は、昔を思い出しながら、優しい笑みを見せていた。




過ちを起こさない存在など、いないのかもしれません。
大切なのは、その経験をどう活かし、同じ過ちを繰り返さないようにするか…なのかもしれませんね。

少しずつですが、結束が深まっていく九十九駆。
結果的に見ると、北方まで海防艦を追いかけたメリットもあったのでしょう。
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