早霜に拒絶されて絶望していた竹は、理解者である夏雲の言葉も耳に入らず、疑心暗鬼に陥っていた。
そんな中、救いの手を差し伸べたのが艦娘補給用物資販売店………「コンビニ」の店長である薄雲。
竹と同胞である自らを受け入れてくれるこの店ならば、彼女が苦しむことは無い。
思わず差し出されたその手を取ろうとした所で、佐渡達に諭されてきた早霜が割って入る。
竹がこの先の事を決める前に、全て謝りたかった。
そう述べた早霜は錯乱する竹に殴り飛ばされながらも、彼女の持つ痛みを受け入れ、抱きしめる事でその闇を吐き出させる。
深海竹棲姫となった事で、竹は深海棲艦として残虐行為を行っていた。
自身の行為を悔恨する彼女に対し、奪った分だけ救いたいと考えている「優しい艦娘」であるのならば、第九十九駆逐隊に居て欲しいと素直な想いを伝える。
早霜だけでなく全員が、その闇を含めて彼女を受け入れた事で、竹はようやく安堵の涙を流す事が出来た。
その様子を見ていた薄雲は、陽炎に対し勧誘失敗と言う。
しかし、居場所を掴めた同胞である竹を見て、嬉しそうにしていた。
その日の夕方、コンビニの前に大型の白い船が到着し、停泊の準備を整える事になる。
戦場で発生した穢れを綺麗にし、亡骸を供養する為の「後始末屋」である「はくちょう」であった。
「はくちょう」はタラップを桟橋に下ろすと、秘書艦である磯波と共に、艦娘提督である敷波が階段を下りて来る。
「コンビニ、派手に汚れが付いているね。」
「ホントだねぇ。これは掃除のやりがいがありそうだよ。」
2人はそんな会話をしつつ桟橋に降りると、早速マイクで「はくちょう」の中の艦娘達に、作業の開始を指示する。
すると、工廠から穢れを防ぐ専用の防護服を着た作業員達が順に飛び出していき、仕事を始めた。
各自、亡骸を拾い集めたり、穢れを特殊な機械で吸い取ったりと、色々な作業を行っていく。
「野分、嵐。コンビニそのものの清掃もお願い。」
「分かったわ。行きましょ、嵐。」
「任せろ。ここら辺は、如何にも清掃担当って感じだなぁ………。」
防護服を着ていた為、外見では判別が出来なかったが、野分と嵐が海から桟橋に乗ると、艦爆機の破片が散らかったコンビニや工廠、高速クルーザーの清掃を開始する。
どの作業も地道ではあるが、こうした行為を繰り返すのが後始末屋であった。
「毎度毎度、ありがとうございます。敷波さんも磯波さんも元気そうで何よりです。」
その2人の前に、相変わらずのコンビニスマイルで、陽炎と共に薄雲が現れる。
敷波は軽く息を吐くと、ストレートに告げる。
「朝日さんから通信で聞いたよ。竹を勧誘しようとして、失敗したんだって?」
「もう、朝日さんったら!余計な事も言うんですから………。」
工廠の方を見やった薄雲は、朝日がにこやかに口に手を当てて微笑んでいるのを見て、思わず頬を膨らませる。
敷波達「はくちょう」の面々がこのコンビニに来る事になったのは、元々は大湊所属の面々を迎えに来るためだ。
だが、その際に海戦が発生したと聞き、こうして後始末の準備もする事になったのが今回の経緯である。
その時に通信を送ったのが朝日であるのだが、当然ながら色々と発生した事件………竹と早霜を中心とした九十九駆の騒動も伝わる事になった。
「ま………良かったんじゃないの?雨降って地固まるって言うし。」
「敷波さんも、相変わらずのらりくらりとした対応ですねぇ。」
「いちいちツッコんでたら、艦娘提督なんて、やっていられないよ。」
敷波は肩を竦める。
色々な所に出向いている敷波達だからこそ、他の鎮守府の提督に比べると情報通だ。
当然ながら、荒れていた頃や自己嫌悪に陥っていた頃の薄雲も知っており、ひいてはその正体も知っている。
それでも特段嫌悪の目を向けないのは、ぶっきらぼうに振る舞いながらも彼女の人柄が良い証拠であるからだろう。
敷波の性格や方針は、秘書艦である磯波を始めとした「はくちょう」の艦娘達にも伝わっており、信頼関係の構築にも繋がっている。
陽炎のいるこのコンビニもそうだが、人柄が良い者が管理するホワイトな居場所というのは、本当に有難い存在と言えた。
「………で、その問題の九十九駆や暴走した海防艦達は、どうしてるの?」
「ふふ………ちょっと見て下さいませんか?」
答えたのは薄雲で無く、朝日。
言われて敷波と磯波は首を傾げながら、彼女に案内をされる形で工廠に入っていく。
その中の開かれたドックの中を覗き込んで………納得した。
「うわぁ………。」
思わず頬を綻ばせたのは磯波。
そこでは早霜と竹を中心に、13人の艦娘達が毛布にくるまりながら、寄り添うように眠っていた。
仲良く安心したような顔で眠る姿は、一種の大家族にも見える。
「大湊での海戦から色々あったみたいですし………何より眠れていなかったみたいですからね。」
朝日の言う通り、欧州装甲空母棲姫との海戦から始まり、犠牲になった人々の亡骸の後始末を行った九十九駆。
そこから休む間もなく海防艦達を追いかけ、コンビニに行き、更に海戦を経験して、竹の問題にまで遭遇したのだ。
ようやく一段落が付いて落ち着けたので、こうして緊張の糸が切れたように眠ってしまったのだろう。
「単冠湾泊地の霞さんには、大湊警備府にこの事を伝えて貰うように私自らお願いしました。これで、鈴谷さんや熊野さんも、ひとまず休めると思います。」
薄雲が少し、目を細めながら告げる。
貨物船は先程、護衛を引き継いだ曙達から、無事に幌筵泊地に付いたという連絡が来た。
これで、心労が積み重なり、倒れそうになっている大湊警備府の艦娘提督である鈴谷や秘書艦の熊野も、ようやく休めるだろう。
色々と連鎖的に発生した騒動も、何とか収める事が出来そうであった。
「んじゃ、後はアタシ達がここでの清掃が終わったら、大湊に連れて帰るだけか。」
「ちゃんと送り届けて下さいね。鈴谷さん、今回は何度頭下げたか分からないって霞さんが言っていましたから。」
「そこはしっかりするよ。………でも、ここまで清掃してきた場所の穢れが無くなっているか確認しないといけないから、すぐには帰れないね。」
後始末屋は穢れの取り残しが無いように、本来ならば、1日くらいその場に待機をして海が綺麗になった事を確認する作業がある。
しかし、今回は九十九駆や海防艦娘達をなるべく早く迎えに来る為に、その作業をすっ飛ばしたのだ。
帰りはこのコンビニを始め、改ル級との海戦場所や、海風達が戦った海戦場所、更には欧州装甲空母棲姫との海戦場所も確認しないといけない。
その為、帰り道は思ったよりも長旅になりそうであった。
「むしろ、そっちの方がいいのかもね。みんな………これ以上にない位に疲れているし。」
これは磯波の言葉。
特に海防艦娘達は、帰るまでに気持ちを整理したいだろうし、雷に至っては、重傷を負った事も有り疲労がかなり蓄積している。
鈴谷達に元気な姿を見せる為にも、しばらく「はくちょう」の中で休ませたい所であった。
「色々と押し付ける事になるけれど、頼むわ。その分、ここの商品は割引して買ってもいいから。」
「タダではくれないんだね。」
「ここ、コンビニよ?商売だもの。」
陽炎がそこは譲れないと言うと、薄雲もスマイルで同意の意志。
敷波は、やれやれとまた肩を竦め………1つ気付く。
「………そういえば聞いた話だと、横須賀から藤波と三日月も来ているはずだけど、何処にいるの?」
「ああ、あの2人なら、今は清霜や夕暮と話をしてるわ。何でも思う所があるみたいでね………。」
「ふーん………。」
意味深な事を言う陽炎に、敷波は敢えてぶっきらぼうに答える。
艦娘によって事情は、様々なのだから………。
――――――――――――――――――――
コンビニ店内の1階部分は、商品が立ち並んでいる。
様々な兵装を始め、レーションなどの非常食、カイロなどの防寒具など様々だ。
隅の方には、試着スペースとも言える広い空間が確保されており、置かれた椅子に藤波と三日月は座っていた。
「……………。」
「さっきからずっと、心ここにあらずって感じね、藤波姉さん。」
「まあね………。」
顎に手を当てている藤波は、清霜が指摘する通りにずっと遠くを見つめている。
三日月は何やら事情を知っているみたいだが、静かに彼女を見つめているばかりだ。
夕暮も少し、心配そうにしている。
ちなみにそれまで偵察をしていた清霜達に代わって、今は江風と峯雲が外を見回ってくれている。
特に峯雲は、海戦の中心に立っていた為、後始末屋の艦娘達に、具体的にどんな戦いであったのかを説明してくれている最中だ。
そういうわけで、今は清霜と夕暮は休憩タイムになっている、
只、いつまで経っても休もうとしない藤波達が気になったので、こうして話し相手になってくれた。
「藤波さん………気になる事があるのならば、私達に教えて下さいませんか?話す事で解決する事もありますわよ?」
「………ここは、深海棲艦化をした艦娘を受け入れてくれる場所なんだよね。」
「そうですわ。事の詳細は、店長や副店長が語った通りですし。」
当たり前のように答える、夕暮。
藤波はそれを聞いて、少し悩みつつも呟く。
「私の親しい艦娘にも………竹ちんや薄雲さんみたいな存在がいるんだ。」
藤波の言葉は、少したどたどしい。
何処まで話せばいいかを、考えているようであった。
夕暮達を信頼していないわけではないが、その艦娘のプライバシーに関する事を避けたいと思っているのかもしれない。
「「諸事情で」雷ちんなどの一般的な艦娘は知らない事なんだけどさ………その艦娘と私はちょっと「色々とあって」………顔を合わせにくくなって………逃げるように大間市の軍港鎮守府に転籍しちゃったんだよね。」
「成程ねぇ。あそこの提督は………元々は精神科医で、カウンセリングが得意だったから。」
清霜が腕を組んで考え込む。
藤波が知る情報だと、本州の北方に位置する大間鎮守府の提督は、艦娘の心を癒す事を得意としていたらしい。
うつ病などを診断する精神科医がそのまま提督になったらしく、重度の悩みを抱える艦娘達を診てくれていたのだ。
その悩みの中には、深海棲艦化とドロップという歪んだ輪廻転生を経験した事も含まれている。
藤波の言う艦娘は、「色々とあった」事が原因で、その提督に助けを求めるように転籍をしてしまったのだ。
だが………。
「知っての通り………その提督は、深海棲艦の爆撃で殉職したからさ。今、大間市やその艦娘がどうなっているのかは気になったんだ。」
代理の提督が管理していると聞くが、色々と苦労しているらしく、陸奥湾への侵入を許して大湊警備府が対応に迫られる場面も多い。
そもそも、その際の被害が原因で、恨まれた大湊の前提督………鈴谷の夫が、市民の凶刃に命を奪われる事になった。
雷を始めとした九十九駆が結集する事になったのも、対応するための戦力を補う為。
藤波でなくても、この現状を鑑みれば心配になるのは無理も無いだろう。
「藤波さんは、その艦娘の事を心配していらっしゃるのですね。」
「うん………。「大切な仲間」だったからね。」
「でも、雷ちゃんが知らなくて、三日月ちゃんが知っているのは………?」
「私は雷が転籍した後に、藤波から詳しい相談を受けたのよ。どうすればいいのだろう?………って。」
悩める藤波に対し、三日月は雷を心配するついでに、その艦娘の事も確かめに行けばいいと答えた。
それで、横須賀鎮守府の新藤提督に願い出て、大湊警備府への転籍を希望したのだ。
「清霜ちん、夕暮さん………。2人は大間市の現状を知っている?知っているのなら………。」
「それは、自分の目で確かめた方がいいですわ。北方のコンビニにいる私達が持っているのは、あくまで「情報だけ」ですもの。」
「………そうだね、ゴメン。大湊に帰って、ひと段落したら、鈴谷さん達に許可を貰ってみるよ。」
藤波は俯いて静かに溜息を付くと、頬を叩いて立ち上がる。
そして、外の空気を吸いに出口へと向かう。
彼女の後ろ姿を見送ったうえで、三日月がそっと2人に聞いた。
「本当は………その「情報」、かなり正確なんじゃないの?」
「まあ………夕雲型で深海棲艦化………それに、藤波姉さんと親しそうな艦娘と言えば………ね。」
「でも、あくまで情報は情報ですわ。実際の現状は、その目で確かめた方が良いでしょう。」
そこまで答えたうえで、清霜は少し考えるような顔。
夕暮は三日月を見て、少しだけ微笑む。
「困った事があれば、九十九駆を頼ればいいですわ。今の彼女達ならば、きっと藤波さんの悩みにもきっと付き合ってくれるでしょうから。」
「そうね………。みんなが元気になったら、今回の分のお礼も兼ねて、思いっきり頼らせてもらうわ。」
三日月も少しだけ笑みを見せると、ありがとうと夕暮達に告げた。
今回は、九十九駆は一旦お休みの回。
第19話で、藤波の言っていた目的が少し明らかになりました。
雷すら事情を知らない、極秘事項とされている歪んだ輪廻転生をした艦娘の事。
本格的に明らかになるのは先の話になりそうですが、藤波は大間市の軍港鎮守府に用があるみたいです。