大楯の雷   作:擬態人形P

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第48話 ~「はくちょう」の成り立ち~

海戦を終えた後始末屋「はくちょう」の面々は、その後、海を綺麗にする作業に入る事になった。

ドック入りをする事になった石垣は、死の恐怖を振り払う切っ掛けになった雷にお礼を言う。

また、能美は艦娘提督である敷波から、対潜短魚雷を譲ってもらい、いずれ使いこなせるようになると誓う。

 

後始末は戦艦棲姫3隻の生態艤装を引き上げる重労働を行う現場を見せて貰い、その大変さを感じる事に。

敷波は、そんな作業をこなしてくれる仲間の存在に、感謝をしていた。

 

その夕方、春風管轄の元でストレッチをしていた海防艦6人は、北上のいる平戸のお願いで医務室へと向かう。

そこには何故か敷波もいたが、とりあえず平戸は北上に頭を下げて頼みを伝えた。

内容は、工作艦の資格を取る為の教本を貸して欲しいとの事。

 

しかし、北上はやんわりと今の平戸に対し、助ける人の取捨選択は出来ない苦しい資格だと説きつつ、そう思った理由を伝える為、自身の過去話を始める。

「工作艦もどき」である北上………その半生とは?

 

 

「最初に言おっか。私、人間時代に子供を産んでいるんだ。」

 

いきなりの北上の発言に、平戸達7人は驚きを受けた。

だが、冷静に考えれば、艦娘の年齢は見た目の年齢とは違う。

特に春風にしてみれば、最初に大湊で出会った際、北上が20年艦娘を勤めているベテラン夏雲に対し、かなり飄々とした態度が取れていたので、振り返れば納得が出来た。

 

「じゃあ、北上さんは結婚して………。」

「いや?その時は結婚してなかったね。だって、その男に逃げられたから。」

『え!?』

 

ところが、この北上の発言には、発言者である平戸を始め皆が息を飲む。

当の本人は、椅子の背もたれに寄りかかりながら、当時は悪い男に引っかかったんだろうなぁ………と、嘆息していた。

悲しい事ではあるが、若い時代に男女関係で色々とトラブルを起こすケースは珍しくはない。

北上はその被害者の1人であり、若くして生まれたばかりの赤子を、支えていかなければならなくなった。

 

「な、なあ………平然と言っているけれどさ………それ、凄く不味い事だろ!?」

 

北上が陥った状況に、思わず佐渡が叫んでしまう。

孤児院で暮らしていたからこそ、海防艦達は特に分かる。

女手一つで、生まれたばかりの赤子を育てなければいけない大変さと精神的辛さを。

北上は、そうだねぇ………と、遠くを見つめながら言葉を紡いでいく。

 

「とりあえず両親が居たから、乳離れをするまでは何とか出来たかな。でも、子供が3歳位の時に、急に現れた深海棲艦の襲撃で命を落としたから、その後は本当に1人で養わなければならなかったね。」

 

とにかく色々な仕事を探して、何とかしながら食いつないでいったと北上は語る。

詳しい事を語らないのは、思い出したく無いのか、それとも思い出せない位にトラウマになっているのか。

とにかく、彼女はぼんやりとしながら、過去に想いを馳せる。

 

「それで、その………。」

「これは多分、子供が5歳位の頃。一文無しになった私は、遂に精神的に追い込まれてしまって………子供を抱きながら、海に身を投げたんだ。もう、生きていても子供を不幸にするだけだって思って。」

 

衝撃的な話の連続に、平戸達の方がクラクラと眩暈を起こしてしまう。

北上は子供と共に投身自殺を図り、この世に絶望しながら死を迎えるはずだった。

「彼」が助けてくれなければ………。

 

「「彼」………?」

「それが、この後始末屋「はくちょう」の初代提督。「彼」は、溺れそうになった私達を必死の想いで救助してくれた。その結果、私達は九死に一生を得たんだよ。」

 

心臓マッサージとか人工呼吸とか、とにかく無我夢中で行ったらしい。

何はともあれ、北上達は最悪の結末だけは避けられたのだ。

 

「ここで、「彼」が教えてくれたのが艦娘の道。………有り難い事に、初対面である私の子供を預かってくれると言ってくれたんだ。」

 

「はくちょう」の初代提督は北上に対し、艦娘の適性検査を受けたらどうだ?………と説いてくれた。

そして、その北上の子供の教育を担当してくれたのだ。

 

「じ、じゃあ………。」

「ただねぇ………問題だったのは、雷巡になっちゃったって事なのよ。この艦種って、火力はとにかくあるんだけれど、防御力が紙でさ。しかも、そのうえレアな艦だから、色んな海域に引っ張りだこなんだよね。」

 

雷巡は現時点では、北上、「大井(おおい)」、「木曽(きそ)」の3つの艦種しかいない。

同型艦が複数いるとはいえ、それでも絶対数は圧倒的に少ないのだ。

それ故に、北上は重要な攻略作戦にどんどん連れていかれ、傷を負っていった。

だが、ここで泣き言を言っていたら、子供への養育費が無くなってしまう。

その頃の北上にしてみれば深海棲艦は、両親が奪われた仇でもあったが、それ以上に撃破する度にお金を稼げる金一封に見えていた。

 

「そんなわけで、子供が11歳位の時かな。私の体は、この通り、もうボロボロで………。当時の仲間の話だと、それでもお金の為に深海棲艦を倒さないといけないと、ブツブツと呟いていたそうだよ。」

 

ここまでの北上の思考にあるのは全て、産んだ子供の事であった。

とにかく子供の為に、何とかしたいという想いが先行してしまっていたのだ。

無論、その当時の提督も仲間も心配してくれていたが、戦況的に北上に頼らざるを得ない状況が続いていた為、強気に出る事が出来なかった。

 

「そんなことを続けていたら………限界が来るのでは………無いのですか?」

「うん。ある日、私は海戦中に倒れたらしいよ。それで、気付いたらベッドの上で………子供に泣きつかれて、「彼」も責任を感じて涙を流していた。」

 

何とか言葉を絞り出した春風に、北上は膝の上に肘を置き、顎を手に乗せ俯きがちに言う。

どうやら、当時の提督が慌てて、「はくちょう」の初代提督達を呼び出したらしい。

「はくちょう」の提督は、自分が間違った道を勧めてしまった結果だと後悔していた。

そして、当時の提督と話し合ったうえで、北上を引き取る事になったのだ。

 

「そこからは………不思議な感覚だったな。「はくちょう」の中で「彼」に………「あの人」に私達親子は、支えられる形になった。子供の面倒をしばらくは近くで見て欲しいとせがまれ、勧められた工作艦の資格の所得を目指しながら、子供と親子として交流を深めたんだ。」

 

工作艦の資格を取る事で、雷巡でなくても皆を助けられると言われて北上は所得を目指した。

正直、「はくちょう」の提督は北上にとっては、夫のような存在になっており、子供に頼まれて3人で眠る事もあったという。

こんな日が続けばいいと願った北上は、晴れて工作艦の資格を取り、「はくちょう」で別の活躍の場を見つけたのだ。

その幸せそうな言葉を受け、平戸は目を細める。

 

「充実した日々を………過ごせたんですね。」

「そうだね。………でも、私は工作艦として失格だった。だって、人を救う事はビジネスの1つとしか考えていなくて、全て子供を養う為って………思ってしまってたんだから。」

「仕方ない事だと思うんですが………。」

「いや………その考え方が、間違っていたんだよ。だって私は………救える人を救わない道を、取ってしまったんだから。」

 

医務室内の空気が、凍り付いたのを感じた。

北上は今までで一番大きなため息を付くと、冷静に平戸の目を見据える。

その目には闇が見え隠れしていたのを、彼女は悟った。

 

「切っ掛けは、貨物船の救援だったかな。たまたま「はくちょう」が近くに居たから向かったんだけど………その要救助者の中に、「あの男」がいた。」

「ま、まさか………!?」

 

ダメだと思ったのに、平戸は思わず一歩引いてしまった。

要救助者の中には、北上を過酷な道に追い込んだ、子供を産ませるだけ産ませて逃げた「あの男」が居たのだ。

当然ながら、向こうは艦娘になって顔の変わってしまっている北上の事を、覚えているわけが無い。

だが、北上にしてみたら、絶対に許せない男であった。

 

「だから、私は「その男」を見捨てた。助からなくても、それは天誅なんだって………何で、あの時はそんな風に思ってしまったのかなぁ………。」

 

自分自身に呆れているような北上の姿に、平戸達は愕然とする。

北上の気持ちは痛い程分かるが、その道を取った事で、後々どうなるか分からない。

現に、再びため息を付いた彼女の発した言葉は、想像通り………いや、想像以上であった。

 

「後になればなるほど後悔していって………「あの人」に白状したら、三日三晩冷たくされた。今までそんな事無かったから、ショックでたまらなかったよ。」

 

「はくちょう」の提督は、初めて北上を非難した。

そこで、北上はようやく自身の愚行を悟る事が出来たのだ。

だが、悲劇はそれだけでは終わらない。

 

「更に言えばね………逃げてしまった「あの男」は心を入れ替えていた。妻と子供が居たんだ。でも、男を失ったショックで………みんな投身自殺しちゃったんだ。」

 

呟く北上の背中が、やけに小さく見えた。

自身の身勝手な感情で、何の罪も無い母子が命を絶ってしまったのだ。

まだまだ悲劇は続く。

 

「トドメに、バチが当たったのかな………。「あの人」、病気になっちゃって。余命数年の命になって………。」

 

北上の心は、罪の意識で壊れそうになった。

自分のたった一度の間違いが、ここまで悲しみを広げてしまったのだ。

悔やんでも悔やみきれない中で、北上はもう一度投身自殺をする事も考えたという。

 

「まあ………色々あったけど、提督業は敷波が引き継いでくれたし、「はくちょう」は安泰だったけどね。只、私としては………こういう後悔もあるから、取捨選択はしちゃいけないって言いたいわけ。」

「北上さん、あの………その初代提督さんやお子さんは………。」

「ん?えっと………子供は何だかんだあったけど、元気にやって………。」

「説明、中途半端だよ。それじゃあ平戸を始め、みんな納得できない。」

 

ここで過去話を突然打ち切ろうとした北上に対し、淡々とした口調で告げたのは現提督である敷波。

彼女は、ずっと手に持っていたカルテを………北上自身のカルテを見せつつ、静かに告げる。

 

「病気になった「義父さん」に、15歳の頃に頭を下げてお願いしたんだ。提督としてのイロハを教えて欲しいって。………「母さん」の罪は、アタシも一緒になって償うからって。」

「やっぱり………貴女達は、親子だったんですね。」

 

春風の言葉に、敷波は頷く。

彼女は、北上が平戸に会話を始めた時から、ずっと辛そうな顔をしていた。

それ故に、春風はある程度は予想が出来たのだ。

 

とにかく北上の子供………「娘」は、自らの罪に嘆く母を救う為に、自身も艦娘になる道を選んだ。

そして、駆逐艦「敷波」になったうえで、「義父」である初代提督に弟子入りをして、亡くなるまで様々な事を学んだのだ。

結果的に、「はくちょう」の2代目提督となった敷波は、周りの艦娘達に支えられながら、こうして提督業を遂行している。

全ては傷ついた母の心を、支える為に。

娘である自分は、後始末屋という稼業を行いつつ、母の分も人々の助けになろうと決めた故に。

 

「ま………だから、アタシにしてみたら、母さんは艦娘を止めても、人々の為に役立つ道を選んで欲しいかなって思うけどね。」

「あはは………何かしばらく見ない内に、本当に逞しくなっちゃってさ。子供って、いつの間にか成長するんだなぁ………。」

 

北上は苦笑しながらも、改めて真剣な表情になって平戸を見つめる。

平戸は、その視線を受け止めながらも、北上の言葉の意味を考える。

 

「平戸、君は私のようになっちゃダメだよ。どんなに許せなくても………見捨てたら工作艦以前に、人としてダメなんだから。」

「そうです………ね………心に刻んでおきます。」

 

すぐに納得する事は、平戸でも不可能だ。

「汚れた」人間を救いたいなんて、思えないのだから。

しかし、この北上と敷波の過去は、間違いなく彼女の心に刻まれるだろう。

そして、北上は更にここにいる7人を見渡して言う。

 

「後はさ………ここまで話したから察する事が出来ると思うけど、雷を守ってあげてよ。人殺しの後悔に縛られる雷を………さ。」

 

北上にしてみれば、それもまた願いであった。

自分のミスで大潮を沈めた事で、殺してしまったと思っている優し過ぎる艦娘。

過度の自己犠牲精神を抱いてしまった彼女を救う為に、仲間の存在が必要になる事も多いだろう。

 

「その為にも………あたし達、強くなるよ。北上さんに敷波さんがいるように、支えてみせる。」

 

佐渡が改めて力強く決意を述べた事で、北上と敷波は少しだけだが笑みを浮かべた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

医務室から平戸の部屋に工作艦の教本が運ばれた後、彼女達には食堂で待機をしている雷達を呼び戻して貰う事に。

雷達が歩いてくるまでの間、医務室では北上と敷波の親子が2人で九十九駆などのカルテを見ていた。

 

「………で、どうするの?母さん。初霜の件。」

「そうだねぇ。後で聞いてみるけれど、本人は行ってみたいって言うと思うよ。何せ、実際に駆逐艦で工作艦の資格を持つ夏雲がいるんだし。」

「じゃあ、一時的な転籍の話は………。」

「ありなんじゃない?」

 

そんな他愛もない話をしながら、数奇な運命を生き抜いてきた2人の艦娘はコーヒーを飲んでいた。




北上と敷波の、意外過ぎる関係が明らかに。
第41話で北上が雷に告げた言葉の重みは、この過去にありました。
子供はいつの間にか、大きく逞しくなってしまうもの。

平戸にしてみたら、彼女達の言葉はずっと刻まれるでしょうね…。
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