鈴谷に連れられて庁舎を出た雷達が見たのは、前線から帰って来た艦隊であった。
しかし、赤城やアトランタ、夕張はともかく、長波と朝霜、沖波の3名は酷い火傷を負っている血みどろの状態。
夏雲の言葉で、それは前提督時代に強硬襲撃を繰り返した代償なのだと分かった雷達は、痛々しい想いを抱く。
しかし、それ以上に衝撃だったのが、旗艦である岸波が単艦で、空母棲鬼が進化した空母棲姫を足止めしているという状況であった。
一刻も早く援護をするために第九十九駆逐隊は出撃準備に入るが、個々の能力に問題が………。
後方支援に従事する夏雲。
近接格闘戦を好む春風や竹。
盾役を積極的に担おうとする雷。
必要以上に喋ろうとしない早霜と不知火。
旗艦の海風は、その個性的な面々を見て心配してしまう。
そうしている内に抜錨をする事になった雷達。
宿舎では、佐渡が不貞腐れながらも、その出ていく姿を眺めていた。
アトランタによれば、岸波と空母棲姫は、陸奥湾の中心部に近い位置にいるとのことだ。
砲撃や雷撃を繰り返す事で近隣住民に被害を与えないように、どうやらそこまで誘導をしたらしい。
そう考えると、第三十一駆逐隊が精鋭だという鈴谷の言葉には、納得できるものがあった。
とにかく、そこに向かって「単縦陣」と呼ばれる縦一列の隊列で進んでいた第九十九駆逐隊は、先頭の海風に追従する形で航行していく。
その中で、2列目に位置する雷は、前の海風に質問をした。
「そういえば貴女と春風は、北陸の軍港都市出身だったわよね。こういう寒い地域での海戦で、気を付けるべきことはある?」
横須賀出身の雷は、もしかしたら自分の知らない知識があるのかもしれないと思った為、念入りに聞く。
海風は、僅かに後ろを向くと、自身の右の腰部分のサイドアーマーを示し、外側に接続されている魚雷発射管を撫でる。
すると、そこから氷………霜のようなものが吹き飛んだ。
「凍ってる………!?」
「丁度言おうと思ってたんだけど………大湊で、特殊なクリームを塗りこんでもらったのを覚えてる?アレは凍結防止用の素材なの。」
「そうなんだ………。」
「北方の夜は氷点下である事が多いから、艤装や兵装が凍りやすいのよ。だから、マメに霜は落とした方がいいわ。」
雷が慌てて自身の右肩の連装砲を左手で触ると、確かに冷たく凍りかけていた。
気を配らないで海戦に突入をしていたら、機能しなくなっていた可能性も高い。
3列目の春風が、大型の艤装の霜を日傘で払いながら補足説明をする。
「北方の地域では、戦艦を起用するのが難しいんです。艤装が特に大型である以上、砲門の凍結を防げませんから。」
「言われてみれば、戦艦が誰も配属されてなかったわね。」
「更に言えば、航空機も運用しにくいため、赤城さんは苦労していると思いますよ。」
2人の説明に雷達は、氷結は想像以上に厄介な物なのだと感じた。
しかも、空母棲鬼のような深海棲艦が普通に暴れまわっているのを考えると、このデメリットは艦娘側だけのものであるらしい。
しかし雷は、大規模攻勢作戦の時などは、どうするのかは気になった。
「火力や人員が足りない場合、どうなるのかしら………?」
「火力が足りない場合は、南から艦娘を一時的に転籍して貰う事になるわね。人員は………海防艦娘達が、本来は補わないといけないのだけれど………。」
「あー………熊野さんが頭を抱えていた件ね。」
雷は納得をする。
鎮守府や警備府などを管轄する立場である「大本営」と呼ばれる組織は、まさか海防艦娘達が、サボっているなんて思っていないだろう。
だからと言って警備府を任されている以上、緊急で提督を継ぐことになった鈴谷が、正直に理由を答えられるわけもない。
妥協案として被害の現状を伝え、7人の駆逐艦娘達を集められただけ、まだ上出来なのだ。
しかし、ここで隊列6番目の夏雲が渋い顔。
「本来ならば………凍結の件の説明は、事前に鈴谷さんが行わなければならない事です………。艦隊の全滅の切っ掛けになったら、どうするつもりだったのでしょうか………。」
「厳しいわね。でも、人も艦娘も完璧なんていないんだし、失敗して学ぶ事も多いとは思うわよ?」
「悟ってんなぁ。雷さんは艦娘歴、長いのか?」
「まあ、ざっと30年。」
『え!?』
雷の回答に、質問をした4列目の竹だけでなく、それまで無言を貫いていた5列目の早霜やしんがりの不知火を含めた全員が驚きの声を上げる。
何せ艦娘歴30年というのは、ほぼ初期艦の経歴と等しいのだ。
だからこそ、思わず皆が顔を見合わせてしまう。
雷は、ちょっと気になったので聞いてみた。
「もしかして………私が艦隊で一番のお母さん?」
全員がコクリと頷いた事で、おずおずとそれぞれが大体の艦娘歴を言っていく。
夏雲が20年とかなり長かったが、他はみんな10年以下だと答えた。
「すげえなぁ………。まさか、夏雲さんを超えるベテラン戦士がいるなんて………。」
「あまり、戦果を挙げてないけれどね。そういう意味では、器用な夏雲の方が凄いんじゃない?」
「い、いえ………でも、振り返ってみれば雷さんは社交的ですし………、言い方は失礼かもしれませんが、年の劫なのでしょうか?」
「亀の甲より年の劫って言うものね。………あ、でも気にしなくていいわよ。これまで通り、気安い感じで大丈夫だから。」
雷は急に余所余所しくなった艦隊の面々を見まわして、ヒラヒラと手を振る。
そういう所を見ても、年長者としての風格が漂う。
只、ふと前を見ると、海風の動きがややぎこちなくなったのを感じた。
「海風………?」
「い、いえ………大丈夫。」
何かあったのか?………と思った雷は後ろの春風を見るが、彼女の表情は曇っている。
直感で、海風のトラウマに触れそうになっていると察した雷は、少し声音を柔らかくすると静かに告げる。
「海風と………それに不知火も聞いて。これでも私、知識はそれなりに持っているお母さんポジみたいだから、困った事があったら何でも聞いて。」
「………頼りにしてよいって事でしょうか?」
恐らく、同じく海風の異変に気付いたのだろう。
ほぼ無口であった不知火が、代わりに受け答えを行おうとした。
どうやら、仲間を気遣う心はちゃんとあるらしい。
雷はその言葉に安堵をしながらも、分かりやすいように頷く。
「夏雲は装備の関係上、後方支援に回らないといけないでしょ?前線で戦う私が、何かあったら知識を提供するわ。その代わりさっきみたいに、私が知らない事があったら教えてね。」
「了解。海風もそれでいいですね?」
「う、うん………頑張ります。」
雷はなるべくプレッシャーを与えないように柔らかい口調で答えたが、海風は変に少し緊張している感じだ。
明らかに、氷結について教えてくれた時とは態度が違う。
少しだけ雷は不安になったが、努めて冷静に対応する事にした。
「見えて来た。爆発………!」
そうしている内に前方で光が見えた事で、早霜が警戒を呼び掛ける。
爆発が起こるという事は、まだ岸波が奮闘しているという事だ。
「こ、こちら第九十九駆逐隊旗艦の海風!岸波、無事!?」
「あら………援軍が来てくれたのね。ちょっと油断したから助かったわ。」
少し疲れたような岸波の声を聞いて、海風は咄嗟に双眼望遠鏡を取り出し、唖然とする。
暴れるように艦載機や主砲を撃つのは、巨大な台座に座っていた白い肌の女。
しかし、その黒い甲冑はほぼ砕け散っており、所々から素肌が露出していた。
これが空母棲姫と呼ばれる存在であり、こんな状態でも強化されている。
その前に対峙しているのは、ダークオートミールのショートボブの夕雲型の艦娘であり、彼女………岸波は主砲をマシンガンのように乱射していた。
どういう原理かと思い確認したら、右腰にボックスがくっついており、そこからドラムマガジンのように弾薬が主砲に繋がっている。
体中が血みどろになっているのは他の第三十一駆逐隊と変わらず、至る所に古傷が付いていた。
しかし、ここで問題だったのは、彼女の左腕の肘から先が無くなっていた事である。
「う、腕は!?」
「防ぎきれなかった爆撃を弾いて、消し飛んだわ。大丈夫よ、交戦に支障は無いから。只、魚雷が尽きたのよね。」
「今すぐ後退して!」
「分かってるけ………ど!」
下がろうとした岸波に、艦爆による爆撃と艦攻による雷撃の雨が同時に襲い掛かる。
明らかに普通の艦娘では回避が難しいような攻撃。
しかし………。
「甘い!」
彼女は尋常じゃない反応速度を発揮し、その爆撃を主砲で爆発させながら、雷撃を全て回避してみせた。
(改二艦でなくても、あんな芸当が出来る艦娘がいるなんて………。)
30年の経験からか、一瞬で岸波の実力の高さを実感した雷は、その回避性能に驚くと共に、何かしらの違和感を覚える。
まるで、脳が2つあるかのように反射と思考を両立させているような………。
「!?」
だが、ここで空母棲姫の主砲が岸波を向いた。
流石にこれは無理だと思ったのか、彼女は右手の主砲をアームガードのように構えて防ごうとする。
無論、右腕が消失する事は覚悟の上だ。
「危ないっ!?」
「え?」
だが、ここで雷が何と接近する隊列から飛び出すと、最大まで加速して一直線に岸波の前に立ち、両肩の大楯を構える。
その瞬間、強力な紅蓮の砲弾が放たれた。
「ちょ!?雷!?」
思わず海風は雷の悲惨な姿を覚悟したが、彼女は冷静な顔で自分の方に向かって来る砲弾を見据える。
そして、飛来してきた弾丸の角度を読み取ると、盾を真正面に構えるのではなく、僅かに斜めに角度を付けて構えた。
すると………。
ガキィンッ!!
何と左右の盾にぶつかった砲弾が甲高い音を立てて、雷の左右に弾かれていく。
これには、岸波も目を丸くした。
「今のは………?」
「文字通り、少し手首を動かして弾いただけよ?ほら、砲弾って装甲を斜めにすると受け流せるじゃない。」
「う、受け流せるって………。」
雷は簡単に言ってのけたが、実際にはとてつもなく高度な技術が必要な技だ。
そもそも戦艦クラスの敵の砲弾の前に庇いに行く神経が、まず他の者にしてみれば恐怖でしかない。
だが、雷はそんなのお構いなしに夏雲を呼ぶ。
「夏雲、応急処置で止血してあげて!」
「い、雷さんは!?」
「盾が少しすり減っただけよ。大丈夫、その為に大型の盾にして貰っているんだから!」
未だに驚いている岸波を後方に下がらせながら、夏雲に受け渡す。
そして、海風を見ると告げる。
「海風、指示をお願い!」
「え、あ………と、とりあえずまずは敵艦の足止めを………!」
「よっしゃ!任せろ!!」
「え!?」
雷の信じられない技術と危険すぎる行動力に別の恐怖を抱いていた海風は、更に驚く事になる。
竹が列を外れると、何と爆撃や雷撃の中を、一直線に空母棲姫に突撃していき、その顎のような台座に思いっきり回し蹴りを喰らわせたのだ。
無論、それだけでは台座は破壊できないが、尚も岸波を狙おうとした空母棲姫の動きは止まる。
「何で雷撃じゃなくて格闘戦で!?」
「何言ってるんだ!?こっちの方が確実だろ!?」
「い、いや………そうかもしれないけれど………。」
「すみません、海風さん!わたくしも竹さんの援護に回ります!」
唖然とする海風の横を、今度は春風が艤装の左右に付いた単装砲を連射しながら、敵艦へと肉薄していく。
そして、凍って開かなくなった………というより、敢えて凍らせて固めた日傘を、思いっきり左手で振りかぶり、空母棲姫の台座に叩き込む。
当然ながら、空母棲姫は肉薄する2人に様々な攻撃を叩き込もうとするが、近すぎて逆に当たらない。
だが、一歩間違えれば至近距離からの一撃で吹き飛ぶだろう。
「もう、仕方ないわね!私も前に出るしかないじゃない!」
「い、雷まで!?」
雷も連装砲を連射しながら、2つの大楯を駆使しながら接近して、援護に回る。
「そ、そんな………。」
海風にしてみれば、竹や不知火など、比較的雷撃に長けた面々が多いので、彼女達の力を活かした戦い方を考えていた。
だが、想像以上に九十九駆逐隊の面々が破天荒であった為に、完全に策が崩れてしまう。
何せ、こうなる「理由があったとはいえ」同郷の春風よりも、更に滅茶苦茶な事を率先してやりたがる艦娘が2人もいるとは思わなかったからだ。
「は、早霜!」
「岸波姉さんの治療を行っている夏雲を援護しているわ………。離れたら2人が爆撃とかの被害にあう。」
「し、不知火!」
「私は格闘戦に長けていません。それに、あそこまで3人が近づいていたら、下手に砲撃も雷撃も出来ない。」
あくまで事実を淡々と告げる2人の艦娘の言葉が、トドメになった。
完全に指揮系統を担当する者として、どうしようもない状況に陥った海風は、ガタガタと震え始める。
「海風?」
その様子に先程のような異変を感じ取った不知火が、海風に近寄る。
海風は自分を抱きしめるようにしながら、戦場のど真ん中なのに、両膝を付いてしまう。
流石にこれには不知火も目を見開き、慌てて援護に回りながら海風に叫ぶ。
「何があったのですか!?どうして戦意を………!?」
「やっぱりダメだったのよ………。」
「え………?」
「私に旗艦なんて、出来なかったのよ!?転籍してもダメだったのよぉ!?」
思わず不知火にすがる海風。
その瞳には影が有り、涙が浮かんでいた。
初っ端から波乱の幕開けになった、第九十九駆逐隊の初陣。
破天荒な面々が多く、コンビネーションもバラバラであるのならば、折れてしまうのも当然かもしれません。
しかし、それ以上に海風には旗艦として何かしらのトラウマがあった模様で………。
さて、この海戦はどうやって勝利に導くのか?