後始末屋「はくちょう」に連れられた事で、第九十九駆逐隊を始めとした艦娘達は、約1週間ぶりに大湊へと戻って来る事になった。
佐渡を始めとした海防艦娘達は、疲弊しきった艦娘提督である鈴谷達に対し、殴られる事を覚悟で謝罪を行う。
しかし、鈴谷は佐渡を抱きしめると、思いっきり無事を喜んでくれた。
そんな優しい対応に、申し訳なさを感じた海防艦娘達は、次々と涙を流して熊野達にも甘える事に。
一方で鈴谷は送り出した雷が傷ついた事を謝罪しようとしたが、彼女はそれを断り、自分達が帰って来た事も喜んで欲しいと言う。
そして、鈴谷が「おかえり」と言ってくれた事で、皆は本当の意味での帰投を果した。
その後、雷は龍鳳を連れたって、工廠の夕張に大楯の強化を頼む事に。
だが、夕張なりの改装案を、あくまで自分ではなく仲間を守る為の物として考える雷のスタイルに、龍鳳は一抹の不安を覚える。
そんな中、岸波が九十九駆に用があるとの事で、春風が雷を呼びに来た。
岸波が7人に話したい事とは一体………?
波止場にいる岸波は、椅子に座り、1人で釣り竿を垂らしてF作業を行っていた。
どうも彼女は、休みの日はこうして釣りに興じている事があるらしい。
「いつも趣味として、F作業を行っているの?」
「いつもでは無いわ。F作業とドラムの練習と半々よ。」
「休みの日に趣味に興じているのは、事実なのね………。」
何ともマイペースな三十一駆の旗艦に雷は思わず呆れてしまう。
だが、岸波はそんな言葉など気にする事なく、一度釣り竿を回収すると集まった7人を見渡す。
「まずは改めてだけど、無事に全員で帰投出来て良かったわ。佐渡達を救ってくれた事に対し、お礼を言わせて頂戴。」
「結構長い間大湊を空けたけれど、大丈夫だった?」
「龍鳳さんが居てくれたから、安心だったわ。」
海風の質問に、岸波はニコリと微笑む。
強力な軽空母が増えただけでも、かなりの充実した戦力になったらしく、みんなで協力して乗り切ったらしい。
幸い、この1週間の間は、実際に深海棲艦が出現しなかったのも大きいとの事。
「でも、みんな疲れているのは事実だから、ここから先は、また頼らせて貰うわね。」
「はい、任せて下さい。………で、ここに不知火達を呼び寄せたのは?」
「そうね………実は、竹に聞きたい事があったの。」
「俺………?」
名前を呼ばれた竹は、思わず訝しんでしまう。
ピンポイントで彼女に用があるという事は、深海棲艦化に関する事だろう。
九十九駆の揉め事が大湊警備府に伝わっていないわけが無いのだから、警戒するのは仕方が無かった。
少し震える竹を、今度は早霜が手を握って落ち着かせつつ、岸波に問う。
「竹の事………受け入れられない?」
「違うわ。少なくとも、今大湊警備府にいる人達は信じて貰っても大丈夫よ。警戒させたのならば謝るけれど………それでも、1つ聞きたかったの。」
「聞きたかった………?」
竹が深呼吸をしつつ、改めて岸波を見る。
岸波は笑みを浮かべたままの表情を変えずに、彼女に対して問う。
「貴女の目から見て………私は………というより「岩波」はどう映っていた?」
これが、九十九駆というより竹を呼びたかった一番の理由なのだろうと、雷達は悟った。
岩波は岸波の中にいる、もう1つの人格。
その正体は、謎に包まれていた。
だからこそ、岸波は竹に聞きたかったのだ。
彼女の荒々しい人格が、深海棲艦由来であるのかどうかを。
「いや………俺の目からしてみたら、少なくとも岩波さんは深海棲艦じゃ無いな。岸波さんもそうだけど、何の違和感も無いし。」
「そう………ありがとう。じゃあ岩波は、妖精さんなのね。」
『………え?』
笑顔で竹に感謝する岸波の言葉を受け、7人は一斉に固まる。
岩波が深海棲艦で無いというのは、竹の持っているドロップ艦としての能力故に理解が出来る。
しかし、だからといって、どうしてその正体が妖精さんになるのだろうか?
「あ、あの、岸波さん。申し訳ありませんが、理由を教えてくれませんか?何で岩波さんがその………あの愛らしい妖精さんに………?」
思わず言い淀んでしまったが、春風にしてみれば、荒々しい岩波が可愛らしい妖精さんの仲間というイメージが浮かばないのだ。
岸波は思わず、それはそうね………と笑いながらも、説明を始める。
「私はね、轟沈した事があったの。」
「轟沈………?では、岸波さんもドロップ艦………?」
「いいえ。正確には轟沈したけど轟沈していないわ。何故ならば、「応急修理要員」を装備していたから。」
夏雲の言葉を否定しつつ、岸波は思い返すように言葉を紡いでいく。
この警備府に所属する前に、岸波は激しい戦闘で一度沈んだ事があった。
しかし、その際に「応急修理要員」を装備していて、九死に一生を得たのだ。
応急修理要員とは、艦娘が轟沈する程のダメージを受けた際に、1度だけ死地から蘇らせてくれるという、妖精さんの不思議な加護だ。
その原理は不明だが、一部では妖精さんが精霊のような役目を果たすとか、妖精さんが自身を犠牲にして蘇らせてくれるとか、色々と憶測が立てられている。
とにかく、岸波は未熟である頃に、この応急修理要員の世話になったのだ。
「その時からかしら?自分の中にもう1つの人格が芽生えたのは。私の中にある荒々しい人格を、艦の記憶に関連した水増しの架空艦から、岩波と名付けたわ。」
共に過ごしていく中で、岸波は三十一駆の仲間とも相談をし、2つの仮説を立てた。
1つは、1度轟沈した際に、穢れに呑まれた事で、深海棲艦の力が宿ってしまったという事。
そしてもう1つは、応急修理要員として岸波を救った妖精さんが、そのまま彼女の中に居座り続けてしまったという事。
「理論としては、両方とも納得できるけど………ちょっとおかしいわよね。上位の「応急修理女神」も合わせて、緊急時の兵装として使われている所はそれなりにあるわ。なのに、何で岸波だけ………?」
雷の言う事は、尤もであった。
何故、岸波だけ妖精さんの不思議な力が発揮する事になって、他の艦娘だと発揮されないのか。
そこに関しては、岸波は首に手を当てて、空を見上げながらも答えていく。
「恐らくだけれど………岸波という艦が、岩波という虚構の艦と密接な関係だったからじゃないかしら?」
艦娘は、否が応でも艦の記憶に影響する部分が出てくる。
例えば、不知火が改二艦まで急成長を遂げたのは、艦の不知火が、目の前で艦の早霜を救えず沈んでしまったから………という理由があるからだと早霜は推測した。
春風が思い浮かぶのは、海防艦達が雷を「守りたい」と思ったからこそ、艦の記憶とシンクロして、夢に出て第一改装が出来るようになったとされた事。
そう考えていくと、岸波もまた、岩波という架空の艦との関係が妖精さんの奇跡を生んだのではないかと思う事も出来た。
「全ては憶測だけれどね。でも、だからこそ言える事もあるの。」
「言える………事?」
首を傾げる雷に対し、岸波は笑みを崩さずに人差し指を立てる。
そこに、何処からともなく岸波の固有妖精さんが現れ、器用に飛び乗った。
「もしかしたら九十九駆も………私と岩波のような「連なる力」に準じた何かを、妖精さんと共に発揮できるかもしれないわ。」
「妖精さんと共に………力を………?」
雷は考え込む。
この雷という艦が成し遂げていた事と言えば、何だろうか?
7人がそれぞれ考え込んでいる中で、岸波は竹を中心に見渡し頭を下げる。
「相談に乗ってくれて、ありがとう。岩波は恥ずかしくて出てきていないけれど、感謝しているわ。これからの貴女達九十九駆が、もっと成長できる事を願っている。頑張ってね。」
岸波は、最後までマイペースに笑みを向けていた。
雷達は不思議な感覚であったが、岸波のこの言葉は心に残る事になる。
これからも、ずっと………。
――――――――――――――――――――
夕刻の時間が迫る中、食堂では佐渡達が反省文の作成に追われていた。
量が半端ないのは覚悟の上であるとはいえ、ここまで時間が掛かると色々と疲れも出てくる。
食堂の方々がおやつを差し入れてくれたので、それを食べながら佐渡がペンを回しつつ、天井を見上げながら呟き始めた。
「この調子だと、食事まで時間が掛かりそうだな。夜間練習は出来るといいんだけど………。」
「あら?帰って来ていきなり、夜間練習も行うつもりですの?」
監督をしてくれている熊野が、あまりの真面目さに首を傾げる。
佐渡は仲間達と頷きながら答える。
「実は、敷波さんや初霜さんに1回海戦を経験させて貰ったんだけど………まだまだ経験が少ないって、改めて実感出来たからさ。基礎訓練は重ねておきたいんだ。」
佐渡がその時の事を話すと、熊野だけでなくアトランタも驚きを見せていた。
それだけ、大湊から暴走する前の佐渡達が酷かったのだから、こういう態度になるのは無理もない。
「本人には言わないでくれよ。あたし達………もしかしたら雷さんのお陰で、母ちゃんの愛情っていうのを、少しだけ理解出来たかもしれないんだ。」
佐渡達は、それ故に強くなろうと決めて、結果的に艤装も応えてくれた。
少なくとも第一改装を果した事で、前よりは強くはなっただろう。
だが、それに慢心してはダメだし、そもそもそれに甘えられる程の強さも、持っているとは思えない。
「結局のところは努力を積み重ねるしかないんだ。だから、自分が出来る事を地道にやっていきたい。」
「貴女達………本当に、変わったわね。」
アトランタが、感心したように少しだけ笑みを見せる。
しかし、佐渡は首を振ると静かに告げる。
「まだだよ。あたし達は、まだ切っ掛けを貰っただけ。だから、これから変わらないといけないんだ。」
力に溺れていたら、何も変わる事なんてない。
しかし、力を使いこなさなければ、何かを変える事も出来なかった。
それ故に、佐渡はペンを鼻の上に乗せて、腕を後ろで組みつつ考え込むように言う。
「だからこそ………って、言ったらダメなんだけど、あたしは海防艦でもみんなを救えるような「必殺技」が欲しいんだよなぁ………。」
基礎練習は大事だ。
しかし、基礎だけでは、対潜に優れた海防艦の域を脱する事は不可能だ。
それでは、真の意味で大湊の戦力になって、雷達を守る事は出来ないだろう。
「八丈達も、何か考えているのかしら?」
「ハチは、もう道を決めています。みんなを守る為の一番の道を。」
「私は敷波さんから、対潜短魚雷を貰ったから、それを使いこなす事が先決です。」
「高速建造材(バーナー)も………火炎放射機として使いこなせば………。」
「あたしは、片手盾を使いこなす達人が、近くにいるから………。」
「私は工作艦の道を歩むと決めたので、それに準じた力を身に着けたいですね。」
どうやら、それぞれ目指すべき道を考えているらしく、熊野は茫然としてしまう。
本当にサボってばかりで、起こすのも一苦労だった怠惰な海防艦達は、そこから居なくなっていた。
そんな熊野の肩を、アトランタがポンと叩く。
少しにこやかに。
「いい話じゃん。だったら、大湊にいるみんなを頼ればいいよ。あたしも、もしもの時は協力してあげるからさ。」
「本当!?ありがとう、アトランタさん!」
「じゃ………まずは、反省文を夕食までに終わらせよっか。」
『はい!』
返事をした海防艦娘達は、再び机に向かいペンを走らせていく。
真剣な表情をする彼女達の姿に、熊野は密かにではあったが、目頭が熱くなるのを感じた。
――――――――――――――――――――
「………で、何で俺様達を頼る事にしたんだ?」
翌日、九十九駆と共に早朝練習までこなした海防艦娘の内、佐渡が訪れたのは先日雷達が訪れた波止場。
そこでは、休暇を存分に楽しむ岸波がF作業を行っていた。
但し、今回佐渡のお願いに応えたのは岩波。
若干、面倒そうな雰囲気であったが、佐渡は構わず告げる。
「岩波さんは、こういう奥の手みたいな必殺技が、得意そうだと思ったからだよ。それに、岸波さんは三十一駆の旗艦じゃないか。だから、色々と艦隊を纏めるイロハも知ってるかなって。」
「そういうのは、海風に聞けばいいだろうが………。」
「その海風さんの推薦なんだけれど………。」
押し付けられた………とため息を付きながら、岩波は左手で頭を抱える。
しかし、右手は岸波のコントロールなのか、苦笑しつつ釣り竿を片付けると、立ち上がり、佐渡に振り向く。
「どうすれば教えてくれる?肩を揉めばいいか?土下座すればいいか?強くなれるんだったら、何でも………。」
「俺様達を、そんなチンケな存在にするな。………仕方ねぇな。」
岩波は殊更にため息を付くが、どうやら面倒見はいいらしい。
岸波が説明しようとするのを左手で制すると、腰に手を当て話す。
「旗艦としての教本は、岸波の部屋に山のようにある。望むなら、好きなだけ貸してやるよ。」
「本当!頑張って読むからさ!後で少しずつ貸してくれよ!」
「覚悟はあるみたいだな。………でも、必殺技に関しては、早々上手くもんじゃねぇぞ?」
岩波は説明する。
海防艦は対潜に特化している分、駆逐艦と比べても出来る事は限られていると。
だからこそ、下手に出来る技術は限られていた。
「じゃあ、頑張って主砲によるヘッドショットを学ぶしかないのか。ありがとう、岩波さん。あたし………。」
「待て。誰が全く無いって言った?」
「え?」
「付いて来いよ。面白い物、見せてやる。」
岩波はそう言うと、ニヤリと獰猛じみた笑みを佐渡に見せた。
長かったようで短かったような気もしますが…このシリーズも、第50話まで来ました。
まだ季節の変わり目にも移ってはいませんが、暇を見ながら少しずつ投稿していきますので、応援して貰えると嬉しいです。
宜しくお願いします!
今回の話では、第10話で紹介された岸波の裏の人格である岩波の正体。
ここでの会話は、今後の1つのキーパーソンになるかもしれませんね。
覚えていて貰えると、有り難いです。
尚、申し訳ありません。
話のストックがここで尽きてしまったので、しばらく書き溜めをしたいと思います。
少し間が空きますが、宜しければ引き続き応援して貰えると有り難いです。