帰投してきた第九十九駆逐隊の面々は、思い思いの時間を過ごす。
夕張と共に、空母棲姫の台座を洗浄する竹と夏雲。
無理やり雷に連れられ、コミュニケーションをとる羽目になる早霜と不知火。
そして、部屋で落ち込んでいた春風と海風。
雷は海風に対して励まそうとするが、彼女は旗艦を代わってくれと訴える。
その言葉を受けた雷はニヤリと笑みを浮かべると、旗艦としてとんでもない事を述べてしまう。
何と海風の性根を叩き直す為に、今から1対1の決闘を行うと告げたのだ。
「こんな事………こんな事が、許されるのですか!?」
訓練海域で、艤装を背負った状態の春風は、思わず叫んでしまう。
そこには、早霜や不知火だけでなく、彼女達から事情を聞いた竹や夏雲もいた。
早霜や不知火は、相変わらず閉口。
竹は飛び出そうとする春風を前から押さえながらも、「その指示を出した」夏雲を何とも言えない目で見ていた。
「な、なあ………いいのか?夏雲さん。」
「話を聞く限り………雷さんの言う事には「今の所」正当性があります。ここで下手に止めるのは、良くないと思います………。」
雷には敵わないが、20年も艦娘をやっているからか、夏雲の言葉には重みがある。
但し、何か予期せぬ事があった時の為に、彼女はいつでも飛び出せる体勢は作っていた。
この決闘にはギャラリーも沢山集まっている。
警備府関係者だけでなく、秘書艦の熊野や問題児の海防艦娘達、工廠担当の夕張に、入渠を終えた長波、朝霜、沖波の3人もいる。
そして、この決闘の審判を、何と雷は佐渡に任せてしまっていた。
「いいのか~?この佐渡様に審判に任せてしまって?判定厳しいぞ~?」
「別にいいわよ。最悪、どちらかがボロボロになって泣き言を言っても、止めなくてもいいわ。」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる佐渡に対し、雷は敢えて笑顔で応える。
海風は、言われるがまま艤装を装備していたが、完全に顔は青ざめており、旗艦を引き継いだ雷の指示に従う羽目になっていた。
「ほ、本当に………決闘をするの?」
「女に二言は無いわ。そもそも実弾じゃなくて、水に優しいペイント弾を使うんだから安心でしょ?」
雷は肩の主砲の調子を確認しながら、いつでも戦えるように準備をしている。
主砲と同じく、ペイント弾が飛び散る仕様の魚雷もしっかり装填している所を見ると、本気の度合いが分かった。
「痛い目を見たく無かったら、本気で掛かって来ればいいわよ。大体、貴女は改二艦でしょ?しっかり戦えば負けるわけ無いじゃない。」
「で、でも………。」
「でもも何も無いわ。さ、始めるわよ!」
雷はそれこそ、遠足をしに行くような足取りで訓練海域の指定された停止線にまで下がる。
海風は足がそこまで動かなかったが、雷はお構いなしであった。
「もう………仕方ないわね。佐渡、笛吹いて。」
「へっへー!じゃあ、決闘………開始!」
佐渡によって、決闘開始の笛が鳴らされると共に、雷は即砲撃を開始。
自身が停止線まで下がれてなかった事もあり、距離が近かった海風は、慌てて下がりながらも回避を行う。
ここら辺は、伊達に改二艦では無いらしく、精神がガタガタでも体が反応してくれるらしい。
「くっ………!」
こうなった以上、雷は実力行使で止めるしかない。
そう悟った海風は、止むを得ず両手に持った主砲で反撃を行おうとする。
同時に撃つのではなく、左右それぞれ時間差で撃つ事で、回避をさせない砲撃スタイルが出来るのが彼女の持ち味だ。
しかし、雷には左右の肩に備わった大楯がある。
1発目も2発目も、簡単にその大きな盾で弾かれてしまった。
「な、なら………!」
ここで海風はスカートのサイドに備わったアーマーに接続されている、4門ずつ計8本の魚雷を撃ち出す。
海風という艦娘は元々、砲撃よりも雷撃の方が得意である。
だからこそ、いざという時はこちらの方が頼りになるし、何より水中を進む兵装である為、雷の大楯でも防御は出来ないと踏んだのだ。
「それくらい、読んでいるわ。」
ところが雷は、一度に撃てる魚雷が左右合わせても計6本しかないのに落ち着いていた。
それもそのはず。
魚雷は一度に撃つことで威力や命中率が大幅に上がるが、その分1本だけで相殺させられた場合、誘爆を起こして他の魚雷も防がれてしまうからだ。
つまりこの場合、雷は2本の魚雷だけで、8本もの魚雷を防げてしまう。
「こうなったら、こっちのペースよね!」
妖精さんの力で、海風の魚雷の次発が装填される前に、雷は残りの4本の魚雷の内、2本だけを放つ。
時間差による雷撃かと思った海風であったが、雷の動きはその斜め上を行っていた。
彼女は連装砲の射角を素早く変えると、海風では無く魚雷2本に当てて、自ら起爆させたのだ。
「!?」
回避行動を取ろうとした海風の眼前で、爆風による水柱が派手に立つ。
これにより彼女の視界が、一時的にだが、ふさがれてしまう。
「不味い………!?」
視界が封じられたという事は、最後に撃ちだされるであろう2本の魚雷の軌跡が分からないという事。
慌てて海風は水柱に向けて主砲を乱射し、弾幕を作り出し雷撃を防ぐ為の即席の防壁にする。
だが………ここで気付く。
自分から雷撃が見えないという事は、雷からも自分を狙えないのではないか?………と。
「気付くのが遅かったわね!」
その海風の心理状況を示すように、雷は水柱を迂回するように突撃してきていた。
残った魚雷を放つのではなく、わざわざ捨てて。
肩の連装砲の死角に当たる位置であったが、関係は無かった。
彼女は思いっきり海風の腹に、飛び蹴りを喰らわせてきたのだから。
「がっ!?」
「ほら、隙だらけよ!」
わざわざインファイトに持ち込んだ雷は、そのまま左右の拳で顔を何度も殴りつける。
細い雷の拳とはいえ、艦娘のパワーアシストを受けた物だ。
殴られる身としては、相当なものである。
そして、それ以上に海風は「殴られる」という行為に恐怖を感じた。
「い、嫌………!?や、止めて………!?」
「何で?決闘でしょ?殴り返せばいいじゃない!」
ギブアップの言葉が来ても、雷は殴るのを止めない。
それどころか、強力な膝蹴りを腹に打ち込む事すらやってのける。
ボコボコにされていく海風は、恐怖でうずくまる余裕すら与えて貰えない。
戦意を喪失しているのは目に見えて分かったのに、雷は暴力を止めようとすらしないのだ。
だからこそ………遂に「別角度」から砲弾が飛来した。
「おっと。………水を差す行為は感心しないわね。」
軽く盾で弾き飛ばした雷は、涼しげな顔で飛来した方角を見る。
そこにいたのは、鬼のような形相で日傘を雷に向けていた春風であった。
海風への一方的な暴行に我慢が出来なくなった彼女は、押さえ込んでいた竹を強引に押しのけ、砲撃で割り込んだのだ。
「雷さん………止めてくれませんか?貴女の行為は、常軌を逸脱しています。」
怒りの感情を隠さないまま抜錨をした春風は、恐怖でうずくまって頭を抱えている海風の前に立つと、威圧感と共に日傘を喉元に突きつけようとする。
明らかなルール違反だが、審判の佐渡は止めない。
但し、面白がってというよりは、その圧力に圧倒されて何も出来ない感じであった。
「決闘に割り込んで来る艦娘に、言われたくないけど?」
「それは、貴女は無理やり決めた事です。大体、貴女は海風さんの気持ちを考えていない。貴女の行為は旗艦失格です。」
睨みつける春風であったが、雷は肩を竦めてみせる。
そして、敢えて上から見下すように告げた。
「私は海風から旗艦を引き継いだのよ?もっと言えば、押し付けられた。だったら、海風の自業自得じゃない。」
「だからって!権力の横暴というものがあるでしょう!?貴女のやっている事は………!」
「「前のブラックな軍港都市と同じく」、パワハラでしかない………って言いたいわけ?」
『っ!?』
雷から告げられた思いもよらない発言に、海風は目を見開いて顔を上げ、春風は突きつけた日傘を落としそうになってしまう。
それだけで雷の発言が事実であると、周りに示しているような物であった。
「ど、どうしてそれを………っ?」
「きっかけは、海風が動揺したタイミングかしら。岸波の救援に向かう時、途中までは立派な旗艦として振る舞えていたのに、私が30年艦娘をやっていると知った途端に、動揺を始めたわ。」
思い返せばその瞬間から、海風は雷を直視できなくなっているようであった。
これを見た雷は、密かに思ったのだ。
海風は、自分のような「先輩艦娘」に対し、トラウマを持っているのではないかと。
「それで私が切っ掛けだったとはいえ、破天荒な艦隊を見た途端、急に自分に纏められないって自信を喪失してしまったでしょう?貴女の「察してくれ」という言葉もあって、軍港都市時代に艦隊運用で失敗して、色々あったんだって思ったわ。」
それこそ、先輩艦娘だけでなく、ブラック提督にも色々と殴る蹴るといった体罰を受けたのだろう。
傷はドック入りをすれば治るとはいえ、心の傷は溜まっていくばかり。
目の前にいる海風は、そうした経験から旗艦としての自信を失ってしまった。
「その海風を、ブラックな軍港都市から救い出したのが春風………合っているわね。」
「……………。」
沈黙は肯定であった。
虐げられる海風に耐えられなくなった心優しい春風は、自前で、投げ技を含めた格闘術を習得したのだ。
そして、提督を含めたイジメっ子達を完膚なきまでに叩き潰した。
只、ブラックとはいえ提督に反抗をしたのだから、今回の招集で、厄介払いとして海風と一緒に北方送りにされてしまう事になったのだ。
しかし、それでも春風に後悔はなかった。
見て見ぬふりをする事しか出来なかった自分を変え、自身の望む正義をようやく貫けたのだから。
「何故………何故、そこまでわたくし達の過去を………。」
「イジメを肯定する気はないけれど、艦娘ってストレスが溜まる職だからね。困った事に、たまに他人を虐げる事でしか満足感を得られない子がいるのよ。かくいう私も、横須賀時代では色々あったからねぇ………。」
「質問に答えて下さい!」
「ま………そういうわけだから、目を見れば何となく分かるのよ。後はこの「推論」を、艦娘の経歴を管理している鈴谷さんに吹っ掛けてみれば自ずと答えは出るわ。無論、彼女は何も言わなかったけれど、あの動揺した顔を見れば、確証を得るには十分だったわね。」
提督は前の軍港都市などで起こった事を、明確に把握している。
転籍の際に、そのデータがしっかりと送られてくるからだ。
だから、艦娘提督の鈴谷にしてみれば、データを見てないのに占い師のように答えをズバズバと当てる雷に、思わず面食らってしまう事になったと言える。
「鈴谷………もうちょっと、ポーカーフェイスを身に着けないと………。」
その話を聞いた秘書艦の熊野は、思わず片手で頭を抱えていた。
目の前にいる雷は、かなりの策士である事を実感してしまったのだから。
同時に、早霜や不知火は、自分達を連れて庁舎の執務室に行った雷の目的を知った事で、最初から決闘にまで持ち込む気にいたのを悟る。
彼女は何も考えていなかったようで、ここまでの展開をしっかりと計算していたのだ。
「だったら………だったら何故!?どうして、海風さんのトラウマをわざわざ刺激するような真似をするんですか!?」
全ての思惑を知った春風は、再び激怒して雷に日傘を向ける。
そこまで予測できているのならば、もっと海風を労わる事も出来るはずだ。
なのに、やっている事は、それこそ前の軍港都市でのイジメの繰り返し。
春風が怒るのも無理は無いだろう。
だが、雷はその燃え滾るような視線を受け止めると、静かに言ってのける。
「貴女が………春風が、報われないからよ。」
「え………?」
反応したのは春風ではなく、ずっとうずくまっていた海風だった。
改めて顔を上げた彼女の位置からは、春風の艤装が壁になって雷の姿は見えない。
だが………いや、だからこそ、雷は敢えて鼻で笑った。
「考えもしなかったの?海風にしてみれば、守ってくれるようなナイトが出来たのかもしれないけれど、春風は謂れの無い罪を被ってばかりよ?」
雷は、それこそ海風にも分かるように大げさに溜息を付くと、思いっきり笑う。
「滑稽な話よね!春風は何処かの弱虫の我儘の為に、どんどん汚れていくわ!前の軍港都市での評価は散々だったんじゃないのかしら!?」
「な!?別にいいんです!?わたくしは、あんな方々に何を言われたって………!」
雷の煽りに対し、必死に春風は取り繕うとするが、それが余計に彼女の言葉に真実味を与える。
海風は、わなわなと手を振るわせた。
そんな事、全然考えた事が無かったからだ。
「私からしてみれば、春風が可哀そうよ!海風のせいで、艦娘としての人生、最悪だもの!今だって決闘を邪魔した事で、完全な悪人になっちゃったじゃない!とんだ、とばっちりよね!?」
「か、雷さん、勝手に決めないでください!わたくしの人生は、わたくしが………っ!?」
明らかに、春風が動揺してしまった瞬間であった。
雷は素早く………それこそ電光石火の如く日傘を弾くと、肘を腹に叩き込む。
肺から空気が抜けた春風は眩暈を起こし、倒れそうになった所で首を掴まれる。
「………がっ!?」
「そうそう………それとは別で、旗艦に逆らったんだものね。それ相応の報いは受けて貰うわよ。」
雷は、これ見よがしに春風の首を絞めつけていく。
その残酷さに、周りのギャラリーからは悲鳴が漏れ、佐渡はそろそろ本気で止めないと不味いのでは?………と思い始め、笛を掴みかけたが、その手を夏雲が止める。
「お、おい!?」
「もう少し待って下さい………。」
「鬼か!?もう決闘のルールを本気で逸脱して………!?」
ドゴンッ!!
思わず暴れようとした佐渡であったが、砲撃音に振り向く。
雷か春風が兵装まで使いだしたのか?………と思ったが、砲門を構えていたのは、別の人物であった。
「………放して。」
それは、ゆらりと立ち上がった海風。
彼女は底冷えするような目で、首をひねってヘッドショットを躱した雷を睨みつけていた。
その目は、それまで見て来たどの目よりも恐ろしいものである。
「春風を放せっ!雷ぃっ!!」
嘗てない程の怒声が、辺り中に響き渡った。
この小説の佐渡ですら引いてしまう、雷の煽りとも言える発言と行動の数々に遂にキレた海風。
無論、雷にも思惑があるのでしょうが、海風からしてみれば到底許せるものでは無いはず。
ここから彼女は、逆襲が出来るのでしょうか?
そして、ここまで「悪」になろうとする雷の行動の意味は一体………?