大楯の雷   作:擬態人形P

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第9話 ~背負う十字架~

旗艦を引き継いだ雷の指示で、根性を叩き直す為に決闘をさせられる羽目になった海風。

しかし、その内容は決闘と言えないほどに一方的な物で、雷に殴られたり蹴られたりしたことで、海風は過去のトラウマを思い出し、委縮してしまう。

怒りに燃える瞳で乱入してきた春風であったが、雷はそこで、自身が推測した2人の過去を暴露。

 

海風は過去に旗艦として失敗をした経験から、先輩艦娘や提督に虐げられており、春風が全員叩きのめした事で、大湊に転籍になっていたのだ。

そして、その上で海風のせいで春風は人生を損しており可哀そうだとも言ってのけ、動揺した隙に、旗艦に逆らった罰として春風の首を絞める事に。

様々な雷の行為に遂に沸点を超えた海風は、嘗てない怒気と共に彼女を睨みつけた。

 

 

「春風を放せっ!雷ぃっ!!」

 

空気すら震わせるような怒声が響き渡ると同時に、海風は両手の主砲のグリップを握り直す。

そして、改めて雷の顔面に向けて、ペイント弾を放つ。

 

「何?今更なのに、ようやくやる気になったの?」

 

雷は掴んでいた春風を横に投げ飛ばすと、肩の連装砲を撃つ為に距離を取るのではなく、素早く身を低くして海風に突撃する。

そして、強烈な右膝蹴りを腹に喰らわせた。

 

「うあああああああああ!!」

「わっ!?」

 

だが、海風は怯むことなく蹴られた右膝を掴むと、思いっきり抱えて後ろに投げ飛ばす。

これは雷にとっても予想外だったのか、宙を舞うが、何とか空中でバランスを取ると足から着水する。

 

「喰らえっ!!」

 

しかし、海風の猛攻は止まらない。

着水と同時に左右の主砲を同時に撃ち放ち、雷を狙う。

流石に回避行動までは出来ないので、雷は左右の大楯を閉じる事で防御。

ところが海風は、ここで左右の手首に固定された主砲を外し、雷に投げつける。

明らかに破天荒で滅茶苦茶なやり方に、雷はそのまま盾で確実に弾き飛ばすが、その隙に今度は海風が突撃をし、左足を軸に痛烈な右回し蹴りを喰らわせて来る。

 

「!?」

 

盾を閉じた状態の雷は思いっきり押し込まれる形になり、バランスを崩し後ろに倒れる。

何とか起き上がろうとするが、その際に閉じていた盾を開いてしまった為、そこに海風が覆いかぶさるように圧し掛かって来た。

 

「うげっ!?」

「このぉっ!!」

 

そのまま今度は海風が馬のりの体制を作ると激怒の目で雷を見下ろし、顔に拳を叩き込んでいく。

雷も負けじと腹に拳を叩き込もうとするが、体格が違う。

海風の本気の拳が顔面に次々と叩き込まれる事で、先程までとは完全に形成が逆転してしまった。

 

「ちょ、海風さん!?だ、ダメ………!?」

「動かないでください………。」

「!?」

 

完全に感情が整理できていない海風の状態を危惧した春風が、今度は彼女を止めようとするが、その背中に夏雲が右のアームガードの砲門を向ける。

その目はあくまで、冷静に状況を見ているらしく、海風と雷の取っ組み合いを静かに眺めていた。

 

「と、止めないと今度は雷さんが………!?」

「決闘を挑まれる事になったのが、海風さんの自業自得なら………先程まで好き勝手やった事は、雷さんの自業自得です………。それに、彼女はまだ戦意を喪失してません………。」

「あそこから、雷さんが逆転する算段が見つからないのに………?」

「だとしてもです………。それに、海風さんが「殻を破る」には、必要な行為です………。」

 

不安になっているのは、春風だけではない。

第九十九駆逐隊で言えば、竹も早霜も不知火も同じだ。

それ故に、夏雲の言葉に皆が違和感を覚えてしまっていた。

しかし、雄たけびを上げながら殴り掛かる海風に対し、一方的に殴られている雷が叫ぶ。

 

「加減してるんじゃないの!?貴女の奥底に溜まっていた怒りや悲しみ、憎しみはそんな物!?」

「こんなものじゃない………!あの苦しさは!あの辛さは!あの申し訳なさは!………こんなものじゃないっ!!」

 

より激しくなる海風の拳を受けながらも、雷はまだ挑発行為を止めていないのだ。

まるで、海風の中に溜まっている闇を、この機会に全て吐き出させようとしているみたいに。

海風は自身の感情を吐露しながら、涙を流し始める。

その涙すら含め、雷は全ての闇を受け止めているのだ。

 

「弱い自分が嫌いだった!!逆らえない自分が嫌だった!!春風に頼ってばかりの自分に嫌気が差したぁっ!!」

「だったら、素直に強くなればよかったのよ!私のような馬鹿で阿呆で最低な人達に遠慮しないでね!!」

「そんなうまくいけば………苦労はしなかったのよーーーっ!!」

 

海風のドス黒い闇は、奥深い。

故に、どうしても彼女は自身の中にあったトラウマから、抜け出せないでいた。

だからこそ雷は、最初から「自分を犠牲にする事」で、全て発散させる算段だったのだ。

壮絶な殴り合いは尚も続く。

 

「海風さん………雷さん………。」

 

その様子を眺めていた春風もまた、やがて自然と涙が出る。

海風の中に秘められた黒い物が霧散していく姿を見て、悲しさと同時に安堵を覚えている自分を自覚した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「はぁ………はぁ………。」

 

海風の一方的な暴行は、かなり長い間続いた。

散々喚き散らし、気付いた時に目の前にあったのは、可愛らしい顔を痣だらけにした雷の顔。

 

「私………取り返しの付かない事を………。」

「………「この程度」で取り返しが付かないって言う事は、前のブラックな軍港鎮守府では、本当の間違いは犯していないわね。」

「え………!?」

 

海風は驚く。

アレだけ殴ってしまったのに、雷は微笑んでいた。

心の底から安心しているように。

それこそ、海風が自分の激情を表に出せた事を喜んでいるように。

 

「い、雷は………怒っていないの?」

「怒ってないわ。これは、私の自業自得。………というか、春風も2、3発は殴る権利があるわね。ついでに殴っておく?」

「い、いえ!?これで殴ったら、わたくしは本当に悪者になってしまいます!?」

 

声が掛かった事で、海風はようやく周りに第九十九駆逐隊の仲間達が抜錨して集まって来ていたのを悟る。

佐渡は焦ったように何度も笛を吹いており、決闘が終わった事を告げていた。

熊野はため息を付きながらも、集まったギャラリーを解散させている。

海風は、しばらくポカンとしていたが、竹に促された事で慌てて雷の上から退く。

 

「わ、私………。」

「ゴメンね、海風。私………旗艦をやる資格は無いの。」

「どういう事………なの?」

 

しばらく海面に仰向けに寝そべっていた状態で、雷は茫然と空を見上げる。

その瞳には、誰から見ても影があった。

過去に何か人に言えないような事をしたという………そんな暗い思い出が。

 

「私ね………それこそ、過去に取り返しの付かない事をしたわ。仲間を………私の慢心で轟沈させた。」

『っ!?』

 

雷の口から出た言葉に、6人はショックを受けた。

30年も生きていれば、有り得る可能性は十分にあったとはいえ、目の前の艦娘は仲間を沈めてしまったのだ。

更に続く言葉が、その衝撃を加速させる。

 

「昔の私は………それこそ、あの海防艦の子達と同じ位に、ヤンチャで聞き分けが無くて………、振り返ればそれこそ、近所のガキ大将がやるイジメのような醜い行動もしていたわ。だから、よく「彼女」には叱られてたっけ。」

「その………彼女というのは………。」

「「初期艦」であった子よ。昔は今より多かったの。彼女は最終的に、私なんかを庇って轟沈した。」

 

現在、初期艦と呼ばれるのは5名。

「吹雪(ふぶき)」、「叢雲(むらくも)」、「漣(さざなみ)」、「電(いなずま)」、「五月雨(さみだれ)」。

彼女達は、30年以上の長い経歴を持つ艦娘として、様々な場所で後世の育成に尽力している。

そんな彼女達の大切な仲間の1人を………雷は自分のミスで轟沈させてしまったのだ。

 

「なら、貴女の方が辛かったんじゃ………。」

「30年も艦娘をやっていれば、気持ちの整理は付くわ。それに、私には彼女の残してくれた「言葉」がある。」

「言葉………?」

「「1人でも多くの人々を救って欲しい」。沈む直前に、私に伝えてくれた言葉。私は………その言葉を受けて、ずっと私なりのやり方で………この大楯を駆使して、1人でも守ろうって決めたの。体は勿論、その心もね。」

 

そう言うと、雷は力を入れて起き上がろうとする。

しかし、ふらついた為、慌てて両脇から早霜と不知火が支える形になった。

だが、それでもその目には力がある。

 

「海風………先輩艦娘である私には、遠慮は無くなった?」

「え?………あ、うん。何か、あそこまで滅茶苦茶やっちゃうと………今更、余所余所しいのが申し訳なくて。」

 

先程までの激情を思い出したのか、赤面する海風であったが、もう雷を見据えられないわけではなかった。

それこそ、殴り合った仲であるからこそ、互いに遠慮が無くなったとも言える。

だから、ボロボロではあったが、雷は思いっきり満面の笑みを見せた。

 

「ならばいいわ。春風を大事にしてね。」

「ええ………ありがとうね、春風。」

「はい………。あの、雷さんもありがとうございます。その………。」

「だから、謝る必要は無いって。只………旗艦は海風がやってくれると嬉しいかな。」

 

その笑みが少しだけ寂しいものに変わった事で、海風は決意をする。

やり方はやはり破天荒と言わざるを得なかったが、ここまで自分に親身になってくれた雷の想いを無下には出来ないと。

だから、周りを見渡すと彼女は言う。

 

「みんな………見ての通り、こんな情けない旗艦だけど………付いて来てくれる?」

 

その言葉に、首を横に振る者はいなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「あ~………生き返るわね~………。」

 

その後、熊野の指示で風呂に浸かる事になった第九十九駆逐隊の面々は、その効能で気持ち良くなっていた。

流石に身内の喧嘩であるため、ドックは使用できなかったが、艦娘の風呂には高速修復材(バケツ)と同じ原料を用いた薬湯が入っている。

その為、訓練後に浸かる事で、痛めた筋肉を即座に治す事が出来るという特徴があるのだ。

無論、こうして殴り合った時に、傷をすぐに治す意味でも役に立つ。

 

「海風さんと雷さんは、念入りに顔に塗りこんで下さいね………。そして、この後は、すぐに休んでください………。」

 

専門の資格を持つ夏雲の進言で、海風と雷は、顔に何度も薬湯をかける事になる。

時間は昼頃ではあったが、第九十九駆逐隊は夜通し列車での対空戦闘から、空母棲姫の迎撃という任務に赴いていたのだ。

そろそろ疲労が限界になっていても、おかしくはない。

 

「雷さんは………、傷の酷い所は、ちゃんと絆創膏を貼って下さいね………。早霜さん、不知火さん、お願いします………。」

「分かったわ。」

「縛り付けてでも、しっかりと貼りますので。」

「やーねぇ、そんな逃げはしないわよ。」

 

風呂上がりに、同部屋の早霜と不知火にしっかりと後の事を頼んだ事で、皆がそれぞれ部屋に分かれる。

熊野からは、緊急の事が無い限りは、次の日の朝まで爆睡してもいいと言われているので、ここは素直に甘える事にした。

 

「痛たた………結構、絆創膏を貼るのね。」

「夏雲に、念入りに言われたもの。それに貴女、一応は女でしょ?」

「一応って何?………まあ、殴り合う女っていうのもカッコいいかもしれないわね。」

「とにかく、しっかりと治療をしますので、もうしばらく我慢してください。」

 

就寝前に、救急箱を使って早霜と不知火の2人に更に治療を施して貰った雷は、スッキリした気持ちで就寝をする事になる。

今日は良い気持ちで眠れるだろうと、自分自身で思いながら。

実際、過去のトラウマから脱して殻を破れた海風や、その肩の荷が下りた春風も、大丈夫だろう。

だからこそ、雷はしっかり寝付く事になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……………。」

 

しかし、そんな中で中々寝付けなかった存在がいた。

雷でも、海風でも、春風でもない。

彼女達とは違う部屋で眠る事になった夏雲だ。

 

「どうしたんだ?夏雲さん。何か難しい顔してないか?」

 

同部屋の竹は付き合いが長いので、二段ベッドの下からでも夏雲の異変に気付いてしまう。

夏雲はベッドの上から逆さまに身を乗り出し、竹の方に顔を覗き込むと、それこそ難しい顔で告げていく。

 

「竹さんは、今日の雷さんを見てどう思いましたか………?」

「そりゃあ、自分がボロボロになっても、海風さんの奥底に溜まっていたものを発散させようとしたんだからなぁ………その生き様はカッコいいぜ。」

「私は、危険だと思いました………。」

 

全く正反対の言葉を述べた夏雲の言葉に、枕にもたれかかる形で、後ろで手を組んでいた竹は意外そうな顔を向ける。

雷ほどではないが、20年は艦娘をやっている夏雲の言葉は重みがあるし、何より冷静だ。

そんな彼女が、素直に雷を危険だと言う理由が気にはなった。

 

「夏雲さんは、雷さんの行動が間違っていたと思っているのか?」

「そう思っていたのならば、春風さんを止めません………。でも、彼女の信念が「自己犠牲」であるのならば、それは危険極まりない事です………。」

 

夏雲は真剣な顔で、竹に言う。

 

「思い返してください………。ここまでの雷さんの行動は、いずれも危険なものばかりです………。」

「確かに、列車の上でも、岸波さんの救援でも、今回の事でも………。」

 

列車の上では逆さまになって、大楯で乗客を機銃から守った。

岸波を助けた時は、姫クラスの砲撃を大楯で平然と受け流した。

そして、今回は怒り狂った海風の拳を敢えて、受け入れてしまった。

思い返せば、いずれも危ない橋を渡っていると竹は気付かされる。

夏雲は、少しだけ悩んだ顔を見せるとハッキリと告げた。

 

「このまま彼女を放っておくと………残された「言葉」が、彼女自身を蝕む「呪い」になり兼ねませんよ………。」

 

それは、第一級工作艦技術者免許を所得している者としての勘であった。




雷が自ら明かした、許されない苦い過去。
結果的に自身が「悪」になる事で、海風の闇を発散させる事には成功しましたが、その「自己犠牲」の精神を、夏雲は危惧しています。
彼女も雷には敵いませんが、20年と長い間艦娘をやっているので、こういった点での嗅覚は鋭いです。
今後、何事も無ければいいんですけれどね…。
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