殺意を込めて 作:人間の業
筆記試験はつつがなく終わった。
どの教科も、特に分からなかった問題はなく、ケアレスミスがあったとしても全教科で9割後半近く取れているはずだ。
あとは、実技試験だ。
超巨大な、講義室のような部屋。
『今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイヘイ!』
壇上に立つ男が大声で叫ぶも、数千を超える生徒から返ってくるのは静寂。
それでも、テンションを落とさずに、試験の概要について説明がなされた。
内容は模擬市街地での、10分間の演習。
三種類の仮想
もう一種類、いるにはいるが、ポイントは0。お邪魔虫のようなものだという。
『…っていう訳で俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校『校訓』をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った! 「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!
“
その言葉を最後に、僕達受験生はバスに乗って敷地内にある模擬市街地へと向かった。
高層ビルが群をなす、広大な街。その入口に立ち、息を吐く。軽く拳を握れば、確かな感触が伝わってくる。普段通りだ。
周りを見渡せば、受験生の有り様も多種多様。
精神の統一を図る者、知り合いと言葉を交わすことで緊張を紛らわせる者、ストレッチなどを行い体を解す者。
そんな様子を確認した後、街に目を向け、体の力を抜き、いつでも大丈夫なように備えておく。
『ハイスタートー』
僕はその声と同時に街中へと駆け出す。飛び出したのは僕だけ。何だこれ、間違った?
少し不安になったが、すぐにもう一度アナウンスで始まっている旨が放送される。良かった。
これで試験に集中出来る。
まずは状況把握からだ。どこにヴィランが多いのかを掴むことが出来れば、ポイントは一気に稼ぎやすくなる。
つまり、目指すべきは高台。
この市街地の中でも特に高そうなビルは見当をつけている。そこへ向かいつつ、途中で襲ってきたヴィランロボを潰していく。
いくら硬いロボットでも、動く為には関節が必要な訳で。関節は装甲で守ることが出来ない以上、一番の弱点と言わざるを得ない。
関節に狙いを定め、数箇所を破壊すれば、ヴィランロボはもう動かない。
14ポイント目を稼いだ時、目的の場所に着いた。時間はまだ1分しか経っていない。
下から見上げると、想像以上にでかい。とりあえず、上まで行かないと。
少しだけ、個性を強める。
その場で軽く、数回ジャンプしたあと、今度は本気で跳躍する。
ビルのおよそ6割程度の高さで失速が始まる。僕はビルの窓枠に手を掛けて更に跳び、勢いが死にきらない内にビルの屋上まで登りきった。
ぐるりと、街を一望する。
「……壮観だな」
街の至る所で建物が倒壊し、砂ぼこりが巻き上がる。
この街の再現、ヴィランロボの作成、一体どれだけの費用がかかっているのか想像もつかない。
いけない……今は試験に集中だ。慢心も油断もなく、ちゃんとしないと。
僕の視界には、ロボたちがしかと映っている。一番多く見えるところ、そこへたどり着くまでに倒せるロボが多いルート、倒し終わった後次に多く集まっている場所までのルートを頭の中で演算しながらビルの屋上を飛び降りる。
あとはルート通りに進みながらロボを破壊していくだけ。
少しだけ個性の出力を上げ、出来るだけ早くロボたちを潰していく。
「……あらかた、片付いたかな?」
周りを見れば、僕が壊したロボの残骸が山積みになっており、動いているロボの気配は感じられない。
もう一度、高所から偵察をしようと脚に力を込めた時だった。
「……ぅ」
微かな呻き声の様な物が耳朶を打った。
そちらの方に目をやれば、瓦礫に足を挟まれて動けなくなっている少女が見えた。
……ポイントは充分に稼げているだろうし、問題ないだろう。
「大丈夫?」
「ぇう……っ? あ、アンタいったいどこから……」
「そんなこと、今はいいでしょ。この瓦礫、持ち上げるよ。動ける?」
「あ、ありがと……ッ、ダメ、足首を挫いてるみたい……」
持ち上げた瓦礫をその辺に放り投げ、手を貸すが、どうやら足を怪我してしまっているらしい。立ち上がろうとした少女の額に脂汗が浮かぶ。
「肩を貸すよ。試験は多分、リタイアになっちゃうと思うけど、街の外まで連れて行く」
「そッ、れは……ウチのリタイアは力不足だから分かるけど、アンタは大丈夫なの……?」
この状況で、僕の心配か。
「大丈夫だと思う。仮に落ちたとしても、それは僕の判断だから、君が気に病むことじゃないよ」
「……なら、お願い」
「うん、任されました」
少女の腕を僕の肩に回し、歩くのを補助する。
僕が抱えて走ったほうが速いのは確かだけど、怪我人に負担を強いるわけにもいかない。
「ウチは、耳郎響香。……ごめんね、ありがと」
「僕は、厭憎忌。気にしないでよ、僕の自己満足なんだから」
ビルの屋上に登った時の記憶を呼び起こし、自分の位置をなんとなく浮かび上がらせる。
街の外壁に一番近いのは、たぶんこっちだったと思う。
そうやって、歩いていると、僕の耳が異音を察知した。
「……何の音?」
どうやら、耳郎も聞こえたらしい。小さな音だったんだけど、耳郎も耳が良いんだろうか。
「分からない、けど、良い事では無さそうな……」
その時だった。
ガラガラと大きな音を立て、ビルを壊しながら巨大なロボが現れた。
「でっ……!」
「これは……」
恐らく、0ポイントのギミック。お邪魔虫。
説明はされていたが、これほどの大きさだとは言われてなかった。
「に、逃げろーッ!!」
「0ポイントだー!!」
「こ、こんなの無理だって!!」
「くそ、どけっ!」
その場はすぐに阿鼻叫喚。みんな思い思いに逃げ惑い、ぐちゃぐちゃだ。
「ウ、ウチらも逃げよう!」
「……いや」
「厭!?」
違う、ヒーローなら。僕が目指す、ヒーローなら。
「ねぇ、耳郎」
「……なに?」
「せっかくなら――最後くらいヒーローにならない?」
◇
『落ち着いて! 動きはそんなに速くない! 焦らないで、落ち着いて避難して! 近くに怪我人が居たら、肩を貸してあげて!』
なんで、こんなことになってるんだろう。
どれもこれも、全部アイツが悪い。ウチは、こういう事は得意じゃないのに。今も、恥ずかしくて顔が熱い。
でも、あんな顔で言われたら、断れない。
それに、あいつの言ってることも、理解できる。
ウチは、ヴィランポイントをそんなに稼げてないから、試験には落ちると思う。
だけど、ウチが目指してるのはヒーローなんだ。無理だってことが分かってても、それでも、最後まで、意識だけでもヒーローで居たい。
足は、じくじくと痛みを訴えかけて来てる。
大声を出すたびに、振動が足首に伝わって痛い。
でも、そんなの関係ない。今、ウチがヒーローとして出来ることはこれだけだから。
だから、そっちは頼んだよ。
◇
「でかいなぁ……」
目の前に立つと、余計にでかさが感じられる。
背後では、スピーカーで拡大されたような声が鳴っている。
ちゃんと、やってくれてる。
出会って間もない人の、お願いを、ちゃんとこなしてくれてる。
「こりゃ、負けらんないね」
ロボにも、耳郎にも。
「……ふはっ」
右手を添え、首を鳴らす。
さぁ、やろうか、ヴィラン退治。
個性の出力を、さらに引き上げる。
全身にみなぎる全能感。
方法は、いたってシンプル。
「ふッッッとべええええぇぇええええッッ!!」
跳んで、殴り飛ばす。
シンプルで、分かりやすく、安心感を与えられる。そんなヴィランの倒し方。
やっぱ、オールマイトはすげぇや。
『終了~~~~~!』
あぁ、受かってるといいな。
自信が無いわけじゃないけど、そんな事を思いながら僕は地面に落下した。