グロウの攻撃は、全て当たる直前で尽く躱される。細剣の性能を全て分かっているかのような動きに、苛立ちを募らせて闇雲に斬りかかる。
壁や床は破壊され、それでも夜鴉には当たらない。
能力を使わず、純粋な身体能力のみで回避を続けている。武器を使って尚、格下だと表情の無い彼に嘲笑われた様な気さえし、激情を細剣に載せて一撃を放つ。
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剣を黒い炎が覆う。それに連なる形にして、グロウの周りから急速に円状の炎が瓦礫を焼き始めた。
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位置や時空も問わないこの攻撃は、グロウの奥の手の一つ。明確に敵と認識した相手には容赦のない、爆炎と必殺の付随。回避は不可能。勿論、受け止めようものならば、剣の効果で死亡が約束されている。
もしも、この技を影星に使っていたのならば、今頃彼女は間違いなく死んでいた。穂の援護も間に合わず、結果は違う方向へ傾いたかもしれない。
だが、そんな仮定に時間を割くのは御免である。抑、あったかもしれない未来を追うだけ無駄。
結果として、その技は見せたくない内の一人の目の前で、丁寧に披露する事になったのだから。
夜鴉は、一目見てつまらなそうに解析を行う。
僅か0.01秒。
刹那、グロウが放ったものとは比にならない黒炎が辺りを焦がし、剣の効力さえも本物を超えて迫る。
思わず身を退いたが、時既に遅く──
「あ…ぐ…」
意識を全て刈り取られ、身体が地に伏した。かと思えば、その身体は煙を上げて消える。
表世界での死亡は、死亡として扱われない。仮に死亡しても、裏世界に引き戻されるだけである。
だが、あのダメージでは暫くは碌に動けないだろう。
破壊された校舎の中、夜鴉は鬱陶しそうに瓦礫に腰かけ、何事も無かったかのように戦況の監視を続行した。
─────
同時刻、ヘヴィーとヴァリネッタは、水世界-アクア μ-に降り立っていた。
水鏡の深潭は、地下17層にも及ぶ巨大洞窟。その最深部に出現したホールの先は、一面が水だった。
それだけでは無い。
ゆっくりと、確実に水の流れが遅くなっている。
中央には、透明な塔が聳え立っている。
「…見た所、いなさそうだな」
「そうっぽいな。どうする?このままここ倒しとくか?」
「そうだな…油断するな、ヴァリネッタ」
「お前じゃねえしする訳ねぇだろ」
油断無く、鎌とナイフを構えて先に進む二人。
この世界の効果。それは、時間経過で全ての流れが止まるもの。水然り、血液然り、魔力然り、時間然り。全ては、そう遠くない内に止まってしまう。
「急かされているようだ。気に食わない」
ヘヴィーはそう呟くと、上を見上げた。
流れる水で生成された塔の上。その上の玉座も、また流れる水。そして、その座に座る人物。
白髪の、肩程度までの長さ。閉ざされた瞳の色は知らず。眠っているとでも思われそうな程に、微動だにしない。
「貴様がこの世界の
ヘヴィーが問いかけると、薄らと瞳が開いた。
気怠げな瞳は、黄色く光っている。
「…そうだけど」
何度か意図的に瞬きをした後、
それを引き金として、ヘヴィーとヴァリネッタの中の魔力、エネルギー、血液、全ての流れが、遅々としながらも止まっていく。
「俺がこの世界の
立ったまま、うつらうつらし始めるマリーへ、ヴァリネッタはエネルギー弾を発射する。
しかし、放たれたそれは飛翔直後に動きを止め、空中で停止し、塵となって消えた。
「…なにぃ…」
目を擦り、欠伸をしながらヴァリネッタとヘヴィーを交互に見る。
そして、2本のナイフを取り出すと、両手に構えた。
「…戦いに来た…表世界の人……?」
寝ぼけ眼でナイフの調子を確認し、初めてしっかりとヘヴィーに目を止めた。
「……守護者…幸福の……」
─殺さなきゃ
口の中でそう呟いたマリーは、目にも留まらぬ速さでヘヴィーへ向かう。
対するヘヴィーは、鎌を一振りし、改竄能力を施した一撃で遠距離からマリーの片腕を斬り飛ばす。
ナイフが手から離れ、床に転がる。
斬られた腕の断面を庇いながら、マリーはそれでもヘヴィーに近付く。
「幸福理論を…無意味に説いて…それで…みんなの幸せを…護ってるつもりの…」
見開いた目でヘヴィーを睨みつけると、世界を揺らす程の声で吼える。
「偽善者なんて!」
「大嫌いだ、と?」
鎌を肩にかけ、マリーを見据える。
「お前なんか恨まれてねぇか?何したんだよお前」
「…記憶にない」
緩く頭を振る。
どこかで恨みを買う事はあっただろう。寧ろ、無い方がおかしい。
然し、ここまで記憶にないのはどういうことか。そう自問自答する。
「恨んでるわけじゃない。…ただ、害になる。仮初の幸福を話すような害悪は、ここで」
次の瞬間、ナイフがヘヴィーを取り囲む。
「…未来の為に、殺さなきゃ」
そして、無数のナイフが身体を貫いた。
─────
何故この世界は永遠なのか?
簡単な話。
寿命も魂も存在しない、ただの抜け殻の世界だからである。
この世界は、創造神が作った世界の一つ。
少し、この世界の歴史を話してみるとしよう。
創造神は、宇宙を作った。
諸君らの言う『ビッグバン』は、諸君らの世界の話。宇宙規模で違うこの世界は、其方の歴史とは何もかも別だ。
話を戻そう。
宇宙を作った創造神は、次に世界を作った。
それが、私達の本拠点であり、観測者の許可が無ければ干渉を許されない。というよりも、出来ない。事実上は存在しない世界だからな。
作ったのに存在しないとは何か?
それは創造神でも聞いてくれ。
おっと、また話の軌道がズレてしまったな。
今のこの世界は、外界ゲートを開いていれば他世界と交流可能だ。
それは、同じ次元にこの世界が有るから、だ。
そして、私達の本拠点は、文字通り次元の違う世界に有る。
諸君らの世界を2次元、その他世界…私達が今いる世界も含め、を3次元と置くならば、本拠点の世界は50次元程の所。…もっと上か?あの創造神ならば、1万とかでも可笑しくは無いな。それとも10万?100万?1000万?或いは…億?兆?それよりも高いか?
何?分かりにくい?知らんな、理解してくれ。しなくても良いが。
その後、創造神が『抜け殻』として作った世界が此処だ。そして、この世界の創始の時期が丁度『ビッグバン』と重なる。
冒頭に戻ろう。
何故この世界は永遠なのか?
理由は1つ。
そういう世界だからだ。
ではここまで長々と説明を引き伸ばした理由はなんだ?
特に無い。
強いて言うのであれば…
諸君ら──つまり、この物語を見ている者共の事、だ。
因みに、影星は人を殺して強化されるようだが、この世界に連れてこられた民もいる。そういう人間は、世界に認められていない為、普通に死亡対象だ。影星も。みのりは特異点だ、仕方ない。本来は寿命も消えるはずだが、何故か残ってしまった。
まあ、この世界では何らかの理由で死亡しても、結局は輪廻し元に戻るが。
そして裏世界は…この世界では死亡となる。本拠点では別だが。
本拠点にも裏世界があるのか?
ある。以上。
閑話休題。戻るとしよう。
ついでに、私の幸福理論も聞いてもらうとするか。
─────
串刺しになった身体がふっと消えると、その場に死亡前の姿でヘヴィーが現れる。
「…なんで」
疑問では無い。理由は分かっていて、思わず出た言葉。
鎌を持ち直すと、ヘヴィーは真っ直ぐにマリーへ向かう。ナイフを握り締めたマリーの元へと向かうと、本人に対し鎌を振るう。
「ッ…」
思わず目を瞑ったマリーだったが、鎌が床を叩く音に目を開ける。
斬られた腕は再生していた。改竄能力により、事実を捻じ曲げて治したのだ。
「…なんで」
2度目の言葉。しかし、これはあまりにも純粋な疑問。
「悪いが私は人を傷付けるのは好きではなくてな。痛かったか?」
「…」
何も答えないマリーに、ヘヴィーは落ちていたナイフを拾って手渡した。
「おいヘヴィー」
「大丈夫だヴァリネッタ」
ヴァリネッタを口先だけで止めると、無表情で滔々と語り始めた。
「私は確かに仮初の幸福を語っている。だが、私が思っている事だ。…幸福は不幸と隣り合わせで、不幸は幸福よりも目立ちやすい。貴様が不幸だと思っているのならば、幸福には気付いていないだけだ。もっと広く視野を持て。悪い事ばかりが目立つとか、過去の自分が不幸だったとか、そんなものは先の幸福には不要だ」
マリーは黙って、その言葉を聞いている。ヴァリネッタも、口を挟むことはせず、パートナーの一人語りを傍観していた。
「私は幸福の守護者だ。幸福を護る事は私の義務。…わかってもらえただろうか?」
「…なんでそんな事…言うの…?」
「そうだな…」
ヘヴィーは少し考える素振りをした後、芝居掛かった様に片手を自身の胸に当てる。
「さも己が不幸に囚われていると言いたげな裏の住民が気に食わないからだ」
その言葉に、マリーは微笑を浮かべ答える。
「やっぱり…偽善者だ」
「それで結構。幸福理論が必ずしも全員に届くとは思っていない」
最初から分かっていたかのように返すと、ヘヴィーは両手で鎌の柄を握った。
「…暫く眠りながら考えるといい。貴様にとっての幸福の在り方と、その
抵抗する様子も無く、マリーはその場で立ち尽くす。
目の前の人間が、自分を殺すと思っていないからだ。
「今度は…戦おうね…君が偽善者って…教えて…あげ…るぅ……」
鎌の一撃で、的確に意識だけを落とした。重心が崩れ、マリーの身体が地面に伏す。
止まっていた流れは少しずつ活性化していく。
幸福を追い求めるが故に、どこまでも非好戦的。
それでも尚、理想を伝えるのは、きっと実現可能だと信じている愚直さを持っているから。
「用は済んだ。戻るぞ、ヴァリネッタ」
「ああ。…」
ヴァリネッタは、気絶したマリーを振り返ると、ヘヴィーを押して世界から出て行った。
─────
─────
翌朝。
制圧済の世界は2つ。闇世界-メギド э-と水世界-アクア μ-だ。悠衣や白槍、天萊、羅刹といった、邪王との戦闘を行う予定の4人からの連絡はない。
のであれば、別の裏世界を片付けるのが先だと夜鴉は考える。
彼の中で、一つ不可解な事があった。
雨宮 みのり。彼女が─或いは彼が─いた魔界には、ワープホールは出現しない筈。それなのに、魔界に出現したホールに入り、その上影星と共闘し、そして表世界に戻ってきた。
通常ではありえないこの現象を、どうすべきか。
これを、奇跡と呼ぶのだろうか。
役に立ちたいという気持ちが。若しくは、相棒と一緒に戦いたいという気持ちが、奇跡を起こした?
「……まさかな」
自分で思い浮かんだ考えを否定し、次なる指令を下す。
サーガとナイティアには、白銀世界-アルブス С-へと行ってもらうことにする。サーガが不憫な気はするが、ここは少しの間我慢し、魔王としての責務を全うしてもらうとしよう。
そして、影星と穂を贋作世界-ヴェルス И-へ送り込む。あの二人ならば大丈夫だろう。とりわけ、穂は強くなった。前の彼とはまるで別人なまでに。
強くしたのは自分だ。大魔王たる己が強くなったと感じている。不足はないだろう。
─彼のその考えが、後に悲劇を生む。