観測者、朱杏は異変に気が付き、原因究明の為世界を見下ろした。
それだけでわかったのだが、世界全体が7割程崩壊している。それなのに、根源は裏世界からのようだ。一瞬、裏世界の主からなのかと疑ったが、どうもそうでは無いらしい。
「…紅葉?…でもねぇのか」
次に考えたのは紅葉だが、そもそも表世界に在留している事を確認している。
となると、考えられるのは──考えられない可能性だったが、可能性は0でもないと考えていた──影星。
「…いやまさか」
だが、状況と人物的に考えられるのはそれしかない。
念の為、対象の裏世界を覗き込む。
「…なんだ…あいつ…」
そこでは、朱杏が息を飲む程の光景が広がっていた。
─────
「オまエラ…ぜンいン…コろしテやル」
夥しい量の殺気が、3人を包む。鍵を殺すと、対応した表世界が崩壊することすら、今の影星の脳内にはない。
あるのはただ、穂を殺した目の前の敵を、世界を、壊す事だけだ。
殺人癖。破壊衝動。
彼女が発症した精神障害。
抑え込んでいたそれらが、穂の死という条件により『自分が殺したい衝動』に加え、『これらの存在は殺しても構わない』という形で発現した。
その結果が、これだ。
「リネット!」
アルティの声で我に返ったリネットは、穂を殺した時と同様に、無数の槍を召喚しようとする。
「アハハハハ」
「なっ…!」
然し、何も起こらない。
槍は1本足りとも召喚されず、逆に隙を見せる事になった。
影星が軽く踏み込んだ瞬間、姿が消える。
現れたその姿は、エルデの後ろにあった。
「は、や…っ」
でも無効化が──とアルティが考えた瞬間、
「げふッ──!?」
まるでそんなものなどないように、影星の拳がエルデの体を貫く。体内を諸に抉られ、遥か遠くまで吹き飛ばされた。
エルデの能力、【
返り血で赤く濡れた顔をリネットに向けると、まるで能力の使い勝手を確かめるように生命を吸収する。
本来の【
影星の手に渡ったこの能力は、今の瞬間から、能力、魂、魔力、命、そして果ては存在までも吸収可能な、攻撃能力に変異した。
生命を吸収されたリネットは、悲鳴もなく床に倒れ伏す。
能力簒奪条件を満たし、リネットの能力も影星の力へと変わる。
【
アルティは本気で焦り始める。
いや、元々割と焦ってはいた。だが、無効化があるから大丈夫と油断していた節はあったのだ。
だが、エルデは一撃で殺された。それだけでも驚異であると認識したアルティは、【
アルティから見たならば、影星が殺した相手の能力を奪うなど考えられない。能力が通用しないならば、それ以外の方向で勝ちをもぎ取るしかない。本来ならば、表世界へと逃亡を図るべきだろう。然し、あれだけ殺意に塗れた人間が、見逃してくれる訳が無い。
確かに有り得ない程の速度と火力だったが、一撃程度なら耐えられるだろうか。
「コロスコロスコロスコロス」
虚ろで光がなく、狂気を隠しもしない瞳が、アルティを捉える。その視線に睨まれ、自然と身が強ばるのを感じた。それでも、何とか穂の身体から抜けた双剣を拾い上げ構える。
「…ふぅ…」
意識的を呼吸を整え、力強く踏み込む。光速を楽に上回る速度で接近し、双剣を思い切り叩きつける。
「アハハハハハハ」
「な、あ゛ッ…!?」
影星が双剣を指先だけで受け止める。その瞬間、武器に罅が入り砕け散った。それだけでなく、両腕全ての骨が軋み破砕し、痛みを感じる間もなく、世界の端まで一瞬にして吹き飛ばされた。踏ん張る事も受身を取る事も出来ずに地面を転がり、立ち上がることもままならない。
そんな彼女の前に、いつの間に移動したのか影星は、【神格憑依】を発動させる。
その時、能力が変異した。
今までは、影星が元いた世界の神格──クトゥルフやアザトース、ニャルラトホテプ等──しか憑依出来なかった。
しかし、無意識的に能力を発動させた事により、その範囲だけに留まらなくなってしまう。
進化したのだ。【神格憑依】から、【神格降臨】に。
今迄と同じく、元の世界の神格だけでなく、別のナニカもその身に降ろす事が出来る。だけでなく、それらの招来までも行えるようになっていた。
今回、影星が呼び出したのは、絶対悪と表される{アンラ・マンユ}。力をその身に降ろした影星は、容赦も慈悲も情けもなく、異次元な迄に強化されたその力と災害を、アルティに向かって無造作に振り翳した。
「あが……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
悲鳴を上げながら、アルティの身体が消えていく。追い討ちをかけるように薄れる身体を蹴り飛ばせば、アルティは煙をあげて消えた。
「アハハ」
殺しても尚収まらない衝動に動かされ、裏世界を出ようとした時。
「星…辰…」
「ッ…み、のる…!?」
弱々しく声をかけられる。その声を聞いた影星の右眼は漆黒から朱色へ戻った。意識を引き戻された影星が振り返ると、穂が一切の損傷のない状態で横たわっていた。
「おい大丈夫か!?」
自身の重体も気にせず慌てて駆け寄る影星だが、穂は静止し儚く笑う。
「ああ…聞いてくれ、星辰」
「話は後で頼む、
その言葉を遮るように、世界が振動する。壁は既に崩壊しつつあり、表世界が姿を現しかけていた。
「…さっき、俺は死んだはずだったんだ。けど、なんでか生き返る事が出来た。…これも、奇跡なのかもな」
そして、彼は影星の目を真っ直ぐ見つめる。瞬きすら惜しいと言いたげな表情に、無言で見つめ返すしかない。
「でも、だからなのか?…身体、重くて動かないんだ。この世界が崩壊しても、俺は多分間に合わない。…だから、」
「言うんじゃねーよ!」
「俺を置いて、逃げろ」
聞きたくないと、思わず大声をあげるも、その願いは一言一句彼女に伝わる。否、伝わってしまう。
「俺は、この世界に転生してきた。ここで死んでも、もう未練もない。けど、お前は生きたまま送られてきた。俺とは違う。…向こうの世界に、帰る理由がある。ショゼットだって、お前がこんな所で、こんな理由で死んだと知ったら…悲しむだろ」
その言葉に、胸の奥から湧き上がってくるのは。
「……バカな事言うのもいい加減にしろよ」
怒りだった。
「確かにショゼは私を救ってくれた恩人でかけがえのない友人だ。だけどお前だって私の唯一無二の相棒だ!」
影星は穂の手を掴み、強引に引き寄せる。重度の怪我人が出せるとは到底思えない力であるのに、何故だか穂は安心した。
「私が守る物は少ない。でもその中に優先順位は付けない。例え二つ守る事が不可能だとしても───」
裏世界が崩壊し、強制的に表世界へ放り出される。表もまた、パズルのピースのようにバラバラと崩れ落ち、奈落が露出していく。
影星は、穂の手を痛い程に握り締めた。
「───やってやるよ」
差し出せるだけのHPと引き替えに、門の創造を展開する。全身が血塗れの彼女の身体に、新しく傷口が開いた。
そんな事には構いもせず、崩壊しつつある1区間から身を投げ、穂と影星は門を潜り抜けた。
次回は奪った能力についての解説回です、2週間で行けるか…?