フューレンでミュウを加えた一行は、荒野を魔力駆動四輪で走っていた。
尚、席順は運転席のハジメは当然だが、その隣にミュウ、香織、ユエが並び、後部座席に拓也、優花、ティオ、荷台に輝二、幸利、ボコモン、ネーモンである。
因みに荷台に回るメンバーはローテーションだ。
そして、今名前が上がらなかったシアは………
「ヒャッハーーー! ですぅ!」
シアは魔力駆動二輪でかっ飛ばしていた。
ウィリーやら高台からのジャンプを平気で行っている。
そんな様子を車内から眺めていたハジメは、
「なんで初めてであんなに乗りこなしてるんだろう………?」
余裕で高ランク難易度のバイク技を披露していくシアに呆れた声を漏らす。
それを見ていたミュウが目をキラキラさせて、
「パパ! ミュウもあれやりたいの!」
とんでもない事を言いだした。
「ダメに決まってるでしょ………」
即駄目だしするハジメ。
「やーなの! ミュウもやるの!」
駄々を捏ね始めるミュウ。
「こらこら、ハジメパパを困らせないの」
「ううぅ~~」
香織がミュウを抱えながらそう言うと、ミュウは見るからにしょぼくれる。
それを見たハジメがやれやれと肩を竦めると、
「ミュウ。後で僕が乗せてあげるから、それで我慢して?」
「ふぇ? いいの?」
「うん。シアと乗るのは絶対ダメだけど……僕となら構わないよ」
「シアお姉ちゃんはダメなの?」
「絶対ダメ。見てよ。今度は、ハンドルの上で妙なポーズとりだしたし。何故か心に来るものがあるけど……あんな危険運転するシアの乗り物に乗るなんて絶対ダメ」
再度念押しする様にそう言うハジメ。
「でも二輪は危ないからね。二輪用のチャイルドシートが必要だな…………ボディはアザンチウム鉱石にして、錬成方法は………」
チャイルドシートをこの世界最高硬度の鉱石で作ろうとしているハジメ。
「南雲って………意外と親バカ…………?」
ハジメの意外な一面に優花が呆れた様にそう言った。
グリューエン大火山に向かう途中にあるホルアドに一行は寄っていた。
理由はフューレンのギルドのイルワ支部長から、この街のギルド支部長に手紙を渡す様に依頼されたからだ。
そしてもう1つ、この街にあるオルクス大迷宮に挑んでいる勇者(笑)パーティーと行動している輝一や恵理、雫に無事を伝える為だ。
街の通りを歩いていると、
「パパ? どうしたの?」
街の様子を眺めながら物思いに耽っていたハジメを不思議に思ったのか肩車されていたミュウがそう訊ねる。
「ん? いやね、前に来たことがあってさ……まだ4ヶ月程度しか経ってないのに、もう何年も前のような気がして……」
「そうだね…………あれから色々あったけど、まだ4ヶ月しか経ってないんだよね………」
「……ハジメ、香織、大丈夫?」
ハジメと香織の遠い目を見て、ユエがそう呟く。
「うん、大丈夫だよ。ちょっと、えらく濃密な時間を過ごしたんだなあって思って感慨に耽っちゃった。思えば、ここから始まったんだなって……緊張と恐怖と若干の自棄を抱いて一晩過ごして、次の日に迷宮に潜って……そして落ちた」
「私も一緒に………ね」
「香織…………」
「お2人はやり直したいと思わなかったんですか? 元々のお仲間が居たんですよね? ある程度境遇は聞いていますが、……皆が皆、ハジメさんを傷つけたわけでは無いんですよね? 仲の良かった人とかいるんじゃないですか?」
シアがそう尋ねる。
「確かに友達と呼べる人もいるけど………でも、もし仮にあの日に戻ったとしても、僕は何度でも同じ道を辿るよ」
「それはどうしてですか?」
「それはもちろん………ユエやシアと会いたいからさ」
「「ッ!」」
ハジメのセリフにユエとシアの表情が思わず綻んだ。
そんな2人を見て香織が微笑む。
そんな4人だけの空気を作り上げるハジメ達を横目に見ながら、
「あいつら俺も一緒に落ちた事忘れてんじゃないだろうな?」
彼らの話に一言も自分が出て来てない事に思わず突っ込みたくなる拓也だった。
ギルドの建物に入ると、冒険者達の視線が一斉に俺達を捉えた。
「ひぅ!」
その眼光のあまりの鋭さに、ハジメに肩車されていたミュウが悲鳴を上げる。
すると、1人の冒険者が近付いてきて、
「おい坊ちゃん共。ここは女を侍らせた奴が来る場所じゃねえんだ。ぶっ飛ばされる前に失せな」
ドスの効いた声でそう言ってくる。
その剣幕に、ミュウは怯えてハジメの胸に顔を埋める。
「すぐ終わるからね。ちょっと目を瞑ってて」
ミュウにそう語りかけると、
「おいクソガキ。返事ぐらいちゃんとしようぜ」
そう言ってくる冒険者に対し、ギンッと睨み付けると同時に威圧を発動した。
「ッ!?」
容赦なく叩きつけられた威圧に冒険者は泡を吹いて気絶する。
そして、
「今、こっちを睨んだ人達」
「「「「「「「!」」」」」」」
これから言う言葉に有無を言わさず従えと言わんばかりの言葉。
そして、ハジメはその要求を言い放った。
「笑ってください」
「「「「「「「え?」」」」」」」
冒険者達からしたら、予想外の命令だったのだろう。
さっきとは違う意味で絶句している。
「聞こえませんでしたか? 笑ってくださいと言ったんです。にっこりとね。怖くないアピールです。ついでに手も振ってくれると尚よし。あなた達のせいで家の子が怯えてしまったんです。トラウマになったらどう責任を取るんですか?」
丁寧な言葉使いとは裏腹に、シャレにならない威圧とのギャップが冒険者達の恐怖を煽る。
冒険者達は精一杯の笑顔を浮かべながら手を振った。
ただ、その様子は傍から見ると怖い。
というかキモイ。
ハジメに言われて顔を上げたミュウだったが、
「ひっ!?」
やはりというべきか怯えてしまった。
「どういうことですか!?」
「無茶言わんでください!?」
怒鳴るハジメに弁明する冒険者。
「ハジメの奴、さり気にミュウの事『家の子』って言ったぞ………」
「ホントに子離れできるのかの?」
幸利とティオがそう漏らした。
とりあえず話を付けたハジメがカウンターに歩み寄った。
「支部長はいますか? フューレンのギルド支部長から手紙を預かっています。本人に直接渡せと言われているんですが………」
そう言いつつステータスプレートを渡す。
「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼……ですか?」
普通に話しかけたハジメにおっかなびっくりに受け答えする受付嬢。
しかし、
「き〝金〟ランク!?」
ステータスプレートに記された冒険者ランクを見て、思わず声を上げた。
すると、受付嬢はハッとして、
「も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」
個人情報を大声で漏らしてしまったのを自覚したのか、凄い勢いで謝り始めた。
「あ~、いや。別にいいですから。取り敢えず、支部長に取り次ぎしてくれませんか?」
ハジメはもう今更だと呆れつつ早くしてくれと受付嬢を促した。
「は、はい! 応接室へご案内します! こちらへどうぞ!」
受付嬢の案内で一行は応接室へ通された。
案内された部屋で暫く待っていると、廊下が騒がしくなり、
「金ランク! 何処だ!?」
扉が開け放たれると同時に転がり込む様に1人の青年が部屋に飛び込んできた。
その飛び込んできた青年とは、
「…………遠藤君?」
同じクラスメイトの1人である遠藤 浩介であった。
浩介はハジメの声にハッとなる。
「今の声………南雲!? 生きていたのか!?」
「久し振りだね」
驚愕する浩介にハジメが返事をすると、浩介が少しハジメの顔をジッと見た後、
「…………お前が南雲なのか!? 危うく気付かない所だったぞ!」
「まあ、それなりに変わってるのは自覚するけど、世界一影の薄い君に言われるのは納得いかないなぁ………」
「薄くないわ! 自動ドアだって3回中1回は開いてたぞ!」
「3回中2回は開かないんだね…………」
浩介の言葉に悲しそうな声でそう言う香織。
「今の声は白崎さん!?」
「うん、久し振りだね遠藤君」
「ふ、2人とも生きて………って、よく見たら神原も!」
「今気付いたのかよ」
ほとんど変わってない自分より、変わった2人に先に気付いた事に微妙な気分になる拓也。
「それに、園部さんに源、清水まで………皆もここに居たのか」
そう言いながらホッとしたのも束の間、
「そう言えば遠藤君。さっき、金ランクが如何とかって………」
ハジメがそう言った瞬間ハッとなって肩を掴む。
「お、お前、金ランクなのか!?」
「う、うん………まあ………」
「じゃあ、それだけ強いって事だよな!?」
「そ、それなりには………」
浩介の剣幕に引き気味になるハジメ。
「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 1人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ、南雲!」
「ちょ、ちょっと待って。いきなりなんなの!? 状況が全くわからないんだけど? 死んじまうって何? 『勇者』の天之河君がいれば大抵何とかなるでしょ? メルド団長がいれば、二度とベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし……」
浩介の切羽詰まった様子にハジメも困惑しながらそう返す。
浩介はその言葉にガクリと膝から崩れ落ち、
「……んだよ」
「え? 聞こえなかった。何だって?」
「……死んだって言ったんだ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ! 俺を逃がすために! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!」
「「「「「「ッ…………!」」」」」」
浩介の言葉に、メルドに世話になった事のある拓也、ハジメ、香織、優花、輝二、幸利は若干動揺した。
すると、
「……………まずは落ち着け遠藤。それから、何があったのかを一から全部話せ」
輝二が冷静な声でそう言った。
「それは………」
浩介が
口を開こうとした時、
「その話、俺も聞かせてもらおう」
そう言って部屋に入って来たのはスキンヘッドの男。
「ホルアドギルド支部長のロア・バワビスだ。どうやら碌な内容じゃなさそうだな」
浩介の話を要約すると、90階層に辿り着いた勇者パーティー達は魔人族に襲われたらしい。
その魔人族に使役された魔物達はどれも今までにない程強力で、勇者である光輝が苦戦する程だったそうだ。
「…………だが、光輝だけならともかく、輝一達もその場にいた筈だ。光輝よりもステータスが高く、〝獅子の本能〟が使える輝一がいるのに、そこまでピンチになるとは思えないが………」
輝二がそう判断したが、
「あ、ああ………お前の言う通り、普通の魔物だけなら何とかなりそうだったんだ。苦戦はしたけど、最終的には勝てそうな流れだった。だけど、魔人族はそこで新しい魔物を呼び出したんだ。丸いコウモリみたいな魔物が何匹かと、デカいボスらしいコウモリが1体だった」
浩介はやや焦りを見せながら言葉を続ける。
「そいつらが強かったのか?」
幸利が尋ねると、
「いや………強さ自体はどうにもならないほどじゃなかった。丸いコウモリの魔物は俺達でもどうにかなる程度だし、ボスコウモリの強さも、魔人族が最初連れてた魔物と同じぐらいだ」
「それの何が問題なんだ?」
拓也が首を傾げると、
「その魔物は…………倒せないんだ」
「倒せない?」
優花が言葉の意味を計りかねた。
「倒せないってどういう事よ?」
「そのままの意味だ。その魔物達は倒せない………不死身だったんだよ!」
「不死身って………そんな魔物が居るの!?」
ハジメが驚愕しながらティオやユエに視線を向ける。
「聞いた事ない………」
「妾もそのような魔物は聞いた事が無いのう………つかぬ事を聞くが、攻撃が全く通じないという意味では無かろう?」
ティオの言葉に、
「あ、ああ………攻撃は通じるし、ちゃんとダメージも通る。だけど、ある程度ダメージを与えると、青い光の帯みたいのが現れて、いくら攻撃してもすり抜けちまう様になるんだ。それでそのまましばらくすると、青い帯が吸収されて魔物が復活するんだ」
浩介はそう語る。
「そんな魔物が…………」
ハジメが効いた事のない魔物とその特性に難しい顔をする。
だが、
「「「「ッ………………!」」」」
拓也と輝二、更にボコモンとネーモンが声を失っていた。
「青い光の帯…………まさか…………!」
拓也が思い当たるような節を匂わせる。
「魔人族の従える魔物はそこまで脅威では無かった筈。それが事実なら魔人族との戦争に影響が出るぞ………!」
ロアが戦慄の表情を浮かべる。
「勇者達も助けたいが、90階層など辿り着く事すら不可能だ」
しかし、ギルドに所属している冒険者では力不足も良い所だ。
「そんな………!」
すると、ロアはハジメ達に視線を向けた。
「南雲、イルワからの手紙は読ませてもらった。随分と大暴れしたようだな?」
「全部成り行きですけど」
「たった数人で5万以上の魔物を殲滅。半日でフューレン最大の裏組織を壊滅。実はお前達が魔王だと言われても不思議に思わんぞ」
「失礼ですね。こっちは全部正当防衛だというのに」
「………………それが本当なら俺からの依頼を受けて欲しい」
「勇者パーティーの救出ですか?」
「そういうことだ」
「皆! 一緒に行こう! お前達がそんなに強いならきっと助けられる!」
浩介はそう捲し立てる。
「言われなくても助けに行きますよ。友達も居ますし。ただ、対外的にはあなたの依頼で向かった事にして下さい」
「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」
「そういうことです」
ハジメは一瞬ミュウを預けるかどうか迷ったが、今の戦力なら残しておくより一緒に連れてった方が良いと判断する。
「遠藤君、案内をお願い」
「あ、ああ!」
一行は急いでオルクス大迷宮に駆け込む。
「近道とかないんですかねぇ?」
「少しでも早く助けにいかないとのう!」
走りながらシアとティオがそう言う。
「…………………」
一方、冷静な表情で走っていた輝二だったが、
「………………………ッ!」
やがて歯を食いしばり、何かを我慢できなくなった表情になると、
「悪い! 先に行く!!」
突如としてそう叫んだ。
「へっ?」
浩介が素っ頓狂な声を漏らすと、輝二はデジヴァイスを取り出した。
デジヴァイスの画面に獣の顔のシルエットが現れ、咆えると、ビーストスピリットの形が浮かび上がる。
突き出した左手に長い帯が集まり球状となったデジコードが発生する。
そのデジコードに、デジヴァイスの先をなぞる様に滑らせる。
「スピリット………! エボリューション!!」
輝二の身体をデジコードが包む。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
輝二は叫び声を上げる。
激しい力の奔流の中、輝二はスピリットを纏っていく。
顔に、腕に、身体に、足に。
輝二の身体にスピリットが合わさる。
それは、背中に2本のブレードを背負った鋼鉄の白き狼。
「ガルムモン!!」
デジコードが消え、ガルムモンとなった輝二が姿を現す。
「はぁああああああああああああああっ!?!?」
初めて見る進化に驚愕の声を上げる浩介。
しかし、そんな浩介を他所に、ガルムモンは4本の足に装備されたホイールを展開。
高速回転させると猛スピードで迷宮の奥へと消えていった。
「輝二の奴、珍しく焦ってたな………」
付き合いの長い拓也が輝二の心境をそう解した。
ガルムモンは、かつての実戦訓練の時の記憶を頼りに迷宮を駆け下りていた。
遭遇する魔物はすべて無視、もしくは問答無用で轢き殺している。
大した時間もかからずに20階層へ到達するガルムモン。
その行先は、かつて転移の罠に嵌ったあの部屋。
その部屋に辿り着くと、
「ソーラーレーザー!!」
壁に向かって口からビームを放った。
そのビームは壁を粉砕し、その奥にある通路を露にした。
かつて罠に嵌って脱出してきた時の通路だ。
ガルムモンは迷わずにその通路に飛び込む。
そのまま長い階段を一気に駆け下りる。
その先は、かつて拓也達が奈落に落ちた65階層の石橋。
ガルムモンがその階層に辿り着くと、あの時と同じように石橋の両端に魔法陣が発生する。
奥に続く通路の前にはベヒモスが。
橋の手前にはトラウムソルジャーの群れが召喚された。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
ベヒモスが存在を主張する様に咆哮を上げた。
ビリビリと空気が震え、聞くもの全てを恐怖に陥れんとする。
それからまるで王者が相手を見下す様にその視線から見下ろそうとして…………
「………………グォ?」
その相手が何処にも居ない事に気付いた。
「グォ………? グォ………? グォ?」
キョロキョロと辺りを見渡した後、不思議そうに首を傾げた。
因みにガルムモンは、魔法陣が現れ、ベヒモスたちが召喚されようとしていた時には既に橋を渡り切り、通路の奥に消えてしまっていた。
そんなベヒモスたちの哀愁を知る事無くガルムモンは駆け抜け続ける。
「………………………雫」
己が護ろうとするその名を呟きながら。
時は少し遡る。
90階層に辿り着いた勇者パーティー達は、現在困惑していた。
「……どうなってる?」
「……何で、これだけ探索しているのに唯の一体も魔物に遭遇しないんだ?」
他のメンバーも思わず口に出した。
「………なんつぅか、不気味だな。最初からいなかったのか?」
龍太郎がそう言う。
「そんな単純な事とは思えないんだけど………」
鈴が不安そうにそう言った。
「……光輝。一度、戻らない? 何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし」
雫がそう提案した。
光輝は悩む仕草をした。
すると、浩介が何かに気付いたように地面に座り込み、何かを棒きれで拭った。
「………これ、魔物の血………だよな?」
「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいけど……あちこち付いているよ」
「おいおい……これ……結構な量なんじゃ……」
次々に異変に気付くメンバー。
「天之河……八重樫の提案に従った方がいい……これは魔物の血だ。それも真新しい」
重伍がそう言う。
「そりゃあ、魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど……いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」
光輝の反論に重伍は首を振った。
「天之河……魔物は、何もこの部屋だけに出るわけではないだろう。今まで通って来た通路や部屋にも出現したはずだ。にもかかわらず、俺達が発見した痕跡はこの部屋が初めて。それはつまり……」
「……何者かが魔物を襲った痕跡を隠蔽したってことね?」
雫の言葉に重伍が頷く。
その言葉でようやく光輝にも事態の異常性が理解できたようだ。
「それだけ知恵の回る魔物がいるという可能性もあるけど……人であると考えたほうが自然ってことか……そして、この部屋だけ痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、あるいは……」
「ここが終着点という事さ」
光輝の言葉を引き継ぎ、女の声が響いた。
全員は警戒を最大限に引き上げてその声をした方を向いた。
コツコツと響く足音と共に、広い空間の闇の奥から肩に白い鳥を乗せた、赤い髪をした女が現れた。
しかも、その女の耳は僅かに尖っていて、肌も浅黒い。
座学で散々聞かされた、魔人族の特徴だった。
「………魔人族」
その呟きに、魔人族の女は冷たい笑みを浮かべる。
「そこのアホみたいにキラキラした鎧着ているあんたが勇者でいいんだよね? アタシらの側に来ないかい?」
魔人族の女は光輝に視線を向けるとそう言った。
「何………? どういう事だ!?」
「勧誘してんの」
光輝の問いかけにさも平然と答える魔人族の女。
「断る!!」
しかし、光輝は即答する。
「お仲間も一緒でいいって言われてるけど?」
「答えは同じだ!」
光輝は考える素振りすら見せない。
その時、鈴が全員に障壁魔法を使った。
それを戦闘の意志と判断したのか、
「あらそう………勧誘できないなら用は無い」
すると、その女は目付きを鋭くして、
「魔物の餌にしてあげる!」
その直後、
「エントリヒ・メテオール!!」
突如として輝一が虚空に向かって闇の砲撃を放った。
「なっ!? 輝一!?」
雫が驚くが、よく見ると、すぐそこの空間が揺らいでいる。
それと同時に、
「がっ!?」
「きゃあっ!?」
重伍が何かの攻撃を受けて吹き飛ばされ、後方の檜山達にぶつかり、鈴も吹き飛ばされたが恵理に受け止められて事なきを得る。
何かがいるようだが姿が見えない。
その時、
「光の恩寵と加護をここに! 〝周天〟!」
治癒師の辻 綾子が周天という持続系回復魔法を辺り一帯に唱えた。
この魔法は暫くの間自動で回復魔法がかかる代わりに光がまとわりつくという特性を持っている。
その魔法によって見えない敵が露になった。
それはライオンの頭部に竜のような手足と鋭い爪、蛇の尻尾と、鷲の翼を背中から生やす奇怪な魔物。
所謂キメラと呼ぶに相応しい魔物だった。
そのキメラは雫に向かって爪を振った。
「ッ!」
雫は咄嗟にその場を飛び退く。
「雫から離れろぉおお!!」
光輝が飛び込んで来て、龍太郎や恵理が拳圧や火の魔法で攻撃する。
だが、
「「ルゥガァアアア!!」」
「グゥルゥオオオ!!」
また別の3つの咆哮が上がったかと思うと、キメラとは違う別の影が光輝達に襲い掛かった。
それは、オークやオーガと呼ばれる豚顔の魔物で、ブルタールという魔物に近い。
だが、その体躯はそれらよりも明らかに引き締まって強靭になっており、光輝は咄嗟に躱したが、龍太郎は吹き飛ばされた。
更に、恵理が放った炎の魔法は、突然現れた巨大な亀の様な魔物の口に吸い込まれていき、炎を吸い尽くしたと思ったら、再び口を開けてその口に赤い輝きが生まれる。
「拙いなぁ………!」
恵理が思わず声を漏らす。
その時、
「にゃめんな! 守護の光は重なりて 意志ある限り蘇る〝天絶〟!」
鈴が10枚の光のシールドを展開。
直後に亀の口から超高熱の砲撃が放たれたが、それは何とか上方に逸らすことに成功した。
「ちくしょう! 何だってんだ!」
「なんなんだよ、この魔物は!」
「くそ、とにかくやるぞ!」
その時になって漸く檜山や重伍達のパーティーの他のメンバーが動き出す。
雫も先程攻撃を受けそうになったキメラと相対する。
「はああああああああっ!!」
すれ違いざまに抜刀すると同時に蛇の尾の半ばあたりを切り裂く。
「グゥルァアア!!」
怒りの咆哮を上げて振り向きざまに鋭い爪を振るうキメラ。
雫はそれを躱してキメラの両翼を切り裂く。
しかしその時、
「キュワァアア!!」
魔人族の女の肩に乗っていた鳥が鳴き声を上げる。
すると、目の前のキメラの傷が見る見る癒えていく。
いや、キメラだけではない。
光輝や他の皆が相手をしていた魔物達のダメージも回復していく。
「回復役まで!?」
雫が驚愕する。
「今までの魔物とレベルが違い過ぎる………! 八重樫さん! どうする!?」
「………………」
遠藤の言葉に、雫は一瞬の内に考えを巡らせる。
そして、出てきた答えを口にしようとした時、
「〝獅子の本能〟!」
輝一が黒いオーラを纏った。
そのまま空中に跳び上がると、
「シュバルツドンナー!!」
黒球をそれぞれのモンスターに放つ。
一撃で仕留める事は出来ないが、それでも深手を負わせることに成功した。
「チィ!」
「キュワァアア!!」
魔人族の女が舌打ちすると、再び肩に乗っている白い鳥が一鳴きし、治癒を始める。
だが、
「そこだ!」
輝一が手に持っていた槍を女に向けて投擲。
「なっ!?」
その女は咄嗟に倒れ込む様にして槍を躱した。
しかし、輝一の槍は鳥を貫く。
「しまった……!」
魔人族の女は失態を悟った。
輝一は始めから回復役を潰すつもりだったのだ。
「回復役がいるのなら、最初に回復役を潰すのは定石だろう?」
輝一がそう言い放つ。
「相手はもう回復できない! 今の内に押し切れ!」
輝一が叫んだ。
「ッ!」
その声に応えるように雫が斬撃をキメラに浴びせる。
光輝や龍太郎も反撃に転じ、ダメージを蓄積させていく。
「くっ………! まさか、勇者より厄介なのが居たとは……!」
魔人族の女は歯噛みする。
そんな魔人族に輝一が黒球を生み出した右手を向ける。
「…………ここで退くなら見逃すが………どうする?」
輝一がそう問いかけた。
「…………舐められたもんだね。もう勝った気でいるのかい?」
女は不敵な笑みを浮かべた。
「何………?」
輝一が声を漏らした瞬間、女の背後の通路の暗闇がキラリと光り、
「ピコダーツ!!」
そんな声と共に鋭い何かが飛んできた。
「ッ!?」
輝一は咄嗟に飛び退く。
飛んできたそれは、そのまま地面に突き刺さる。
それは人の腕の太さはある巨大な注射器だった。
すると、通路の暗がりから複数の羽音が聞こえ、
丸い顔に黒い翼と足を生やした何処となくコウモリに見える生き物。
それが5匹。
「「「「「ピコダーツ!!」」」」」
その丸いコウモリのような生物は、次々と注射器を投げ放ってきた。
「チッ!」
輝一は飛んでくる注射器を次々と躱す。
だがその時、
「クレイジーソニック!!」
不可解な音波が響いた。
その瞬間、
「がっ!?」
輝一が膝を着く。
「輝一!?」
恵理が叫ぶ。
輝一の動きが明らかに鈍っている。
「「「「「ピコダーツ」」」」」
更に丸いコウモリが注射器を投げ放って来る。
「くっ!?」
麻痺する身体を何とか動かし、直撃は避けるが頬を掠め、頬から血が出る。
何とか躱し切った輝一が前を見ると、通路の暗がりから、人の大きさよりも大きいコウモリのような生物が現れた。
「今のはあいつが………!」
輝一がそう呟くと、
「クレイジーソニック!!」
その巨大なコウモリが口から音波攻撃を放ってきた。
「エントリヒ・メテオール!!」
輝一は闇の砲撃を放った。
闇の砲撃は四散するが、音波攻撃も減衰して身体が麻痺する事は無かった。
「こいつは厄介そうだ………一気に決める!」
輝一は全身に闇のエネルギーを纏い、
「シュバルツケーニッヒ!!」
通路を埋め尽くすほどの闇の獅子を生み出し巨大なコウモリに突進。
丸いコウモリも巻き込んで巨大なコウモリを貫いた。
「やった!」
恵理が声を上げる。
すると、その巨大コウモリと丸いコウモリ達は、その場で青い光の帯を浮かび上がらせた。
それを見た瞬間、輝一は驚愕した。
「なっ!? デジコード!?」
その光の帯、デジコードの正体を言い当てる。
「それじゃあこいつらは………まさかデジモンなのか………!?」
驚愕の表情のままそう口にする輝一。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【Digimon Analyzer】
ピピスモン:アーマー体 突然変異型 フリー種
必殺技:クレイジーソニック
備考:その大きな耳はあらゆる周波数の音を捉えることができる。また、口の内部はスピーカー構造になっており、耳で捕らえた音声をそのままコピーして発することが可能である。夜間行動を得意としており、暗闇の中でも超音波を使って正確に敵の位置を知ることができる。必殺技の『クレイジーソニック』は高周波ノイズを敵に放ち、相手の感覚器官を破壊してしまう。
ピコデビモン:成長期 小悪魔型デジモン ウィルス種
必殺技:ピコダーツ
備考:蝙蝠の姿をした小型の使い魔デジモン。攻撃力などは強くないが、悪知恵が働きあちらこちらで悪さをしたりしている。必殺技は大きな注射器を投げつけ、相手から血を抜き取ってしまう『ピコダーツ』。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
デジコードを浮かび上がらせたデジモン達は、やがてデジコードを吸収し、元に戻ってしまう。
それを見た瞬間、
「撤退だ! 俺達ではこいつらに勝てない!!」
輝一はそう叫ぶ。
だが、
「何を言ってるんだ!? 今がチャンスじゃないか!」
光輝はそう言って聖剣を振り被る。
「――――〝天翔閃〟!!」
光の斬撃がピコデビモン達を飲み込み、再びデジコードを浮かび上がらせた。
「復活する前に倒せば……!」
光輝はデジコードを浮かび上がらせるピコデビモンに直接斬りかかった。
しかし、その剣は何も切り裂くことなく素通りする。
「なっ!?」
何も断てずに素通りしたことが信じられず、光輝は何度も剣を振る。
しかし、それは全てが通り抜け、ダメージを与える事は無かった。
「そ、そんな………!」
「早くしろ! 撤退するんだ!」
輝一がそう叫ぶ。
しかし、光輝は撤退しようとしない。
その時、
「遠藤君、あなたの能力を見込んで頼みがあるの」
雫が浩介に語り掛けた。
「えっ?」
「この事を、メルド団長に伝えて。天職が〝暗殺者〟のあなたなら、敵に気付かれずにメルド団長の所まで行ける………!」
「お、俺が………!?」
「これはあなたしか出来ない……!」
雫の頼みに、浩介は頷き、
「…………必ず伝えるから…………必ず………!」
その言葉を最後に浩介の姿も気配もまるで感じられなくなる。
そんな時、
「勇者様どうする? このままだと………」
魔人族の女は再び選択を突き付けようとし、
「俺達は屈しない!」
光輝がにべもなく拒否する。
「それを証明してやる! 〝限界突破〟!」
『限界突破』は一時的にステータスを3倍にする技能。
だけど、強力な分リスクも高く、常に魔力を消費する上に、使用後は使用時間に比例して弱体化してしまう諸刃の剣。
ブルータスのような魔物が光輝に向かってメイスを振り下ろす。
だが、ステータスの上がった光輝はその一撃を受け止めることが出来た。
「刃の如き意志よ 光に宿りて敵を切り裂け 〝光刃〟!」
その一撃はその魔物を両断する。
しかし、その直後魔人族の女が詠唱していることに気付いた。
「地の底に眠りし金眼の蜥蜴 大地が産みし魔眼の主 宿るは暗闇見通し射抜く呪い もたらすは永久不変の闇牢獄 恐怖も絶望も悲嘆もなく その眼まなこを以て己が敵の全てを閉じる 残るは終焉 物言わぬ冷たき彫像 ならば ものみな砕いて大地に還せ! 〝落牢〟!」
その詠唱が完了すると、魔人族の掲げた手に灰色の渦巻く球体が出来上がり、放物線を描いて皆の方へ飛来した。
その速度は余り早くなく、危険は少ない様に思えた。
しかし、
「ッ!? ヤバイッ! 谷口ィ!! あれを止めろぉ! バリア系を使え!」
「ふぇ!? りょ、了解! ここは聖域なりて 神敵を通さず! 〝聖絶〟!」
重伍のパーティーの1人である野村が切羽詰まった声で叫び、鈴が上級防御魔法を唱える。
その煙のような魔法は障壁に纏わりつく。
「くっ!?」
鈴の様子から察するに、見た目以上に強力な魔法の様だ。
すると、魔人族の女がニヤリと笑みを浮かべると、鈴の後ろに黒猫の様な魔物が現れる。
確認するまでもなく鈴を狙っていた。
「鈴!」
「谷口を守れ!」
雫や光輝が駆け付けようとするが、その黒猫の様な魔物は近くに居たクラスメイト達を掻い潜ると、無数の触手を鈴目掛けて突き出した。
鈴の腹部が触手に貫かれる。
そう思われた瞬間、
「鈴!」
そう叫びながら龍太郎が鈴を庇いながら抱きしめた。
その直後、触手が龍太郎の背中に突き刺さる。
「がっ!?」
龍太郎は苦しそうな声を漏らし、
「龍君!?」
鈴が思わず叫んだ。
「ぐっ! 俺は平気だ! 結界を維持しろ!」
龍太郎はそう叫ぶ。
「う、うん………!」
鈴は動揺しつつも、結界に魔力を込め、魔法の煙を防ぎ切った。
「へぇ? これを防ぎきるとはやるじゃないか」
感心したような声を漏らす魔人族の女。
「龍君! 大丈夫!?」
背中に怪我を負った龍太郎に鈴が心配そうな声を掛ける。
「へへっ……! この程度平気だ。俺の身体は頑丈だからな……!」
やせ我慢だが龍太郎は笑って見せる。
すると、
「光輝! 撤退するわよ! 退路を切り開いて!」
雫が叫んだ。
「雫!? しかし……!」
「冷静になりなさい! 悔しいのは私も一緒よ! それに、〝限界突破〟もそろそろヤバイでしょ? この状況で、光輝が弱体化したら、本当に終わりよ!」
雫の言葉が効いたのか、光輝は冷静になって考え直す。
「わかった! 全員、撤退するぞ! 雫、木村! 少しだけ耐えてくれ!」
「任せなさい!」
「いいだろう」
雫と輝一が光輝の詠唱の時間を稼ぐために敵に立ち向かった。
あの後、辛くも逃げ切った勇者パーティーは、メルド団長達が居るはずの七十階層に差し掛かっていた。
龍太郎の傷も何とか塞がっている。
そんな時、
「なあ! やっぱりあいつの言う通りにした方が良いじゃないのか!?」
檜山が突然言い出した。
「何を言ってるんだ!?」
光輝がすかさず反発する。
しかし、
「まあ、選択肢の1つとしてはありかもね」
恵理がそう言った。
「恵理まで何を言ってるんだ!?」
「うるさいなぁ。生き残る為の手段の1つとしてアリかナシかで言えばアリってだけじゃないか」
「魔人族なんて信用するな!」
「だけどよ、このまま撤退を続けたって、一体何人が生き残れると思ってるんだ!?」
「ッ………!」
光輝は檜山の言葉に何も言い返せない。
その言葉に全員が俯いた時、
「お前達は………生き残ることだけ考えろ………!」
メルドの声が聞こえた。
光輝達は僅かな希望を持って振り向いたが、それは幻想に過ぎなかった。
メルドは、血塗れで見るからに満身創痍。
剣を杖代わりにして立っているのもやっとの状態だった。
「メルドさんっ!?」
光輝が悲痛な声を上げる。
「これは………最初から私達の戦争だったんだ………!」
メルドは精一杯の声でそう告げる。
しかし、
「ッ!? うぐあっ!?」
メルドの目が見開かれ、背中から血が噴き出る。
同時にメルドの背後にあのキメラの魔物と魔人族の女が現れた。
メルドはゆっくりと地面に倒れる。
「…………すまない」
メルドはそう呟くとゆっくりと瞼を閉じて力尽きた。
「メルドさぁああああああああん!!!」
光輝の悲痛な悲鳴。
誰もがメルドがやられた事に動揺を抑えきれなかった。
「ぐ………………ぐぐ……………」
その時、光輝の身体に限界突破の輝きが宿る。
雫は咄嗟に叫んだ。
「ダメよ光輝! 今〝限界突破〟したら身体が持たないわ!」
雫は叫んだ。
しかし、光輝を包む光は今までの〝限界突破〟とは何かが違っていた。
それは〝限界突破〟終の派生技能[+覇潰]。
基本ステータスの5倍の力を得るものだった。
「よくもメルドさんをぉおおおおおおおおおおっ!!!」
光輝は光を纏いながら襲い来る魔物達を切り伏せる。
光輝はそれでも一瞬も足を止めずに魔人族の女の元まで踏み込んだ。
「チィ!」
魔人族の女は咄嗟に砂塵の盾を作るけど、大上段に振りかぶった聖剣を光輝は躊躇いなく振り下ろす。
その一撃はその砂塵の盾を容易く切り裂き、魔人族の女に深手を負わせ、更に背後の壁まで吹き飛ばした。
「まいったね……あの状況で逆転なんて……まるで、三文芝居でも見てる気分だ」
魔人族の女は皮肉気に口にする。
光輝は即座にその女の元まで駆けると、止めの一撃をその胸に突き立てんと剣を振りかぶった。
魔人族の女はいつの間にか手にしていたロケットペンダントを見つめ、
「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」
その呟きに、聖剣が彼女の胸を貫く寸前、光輝が目を見開きながら恐怖と戸惑いに動揺していた。
その理由に、魔人族の女も察しがついた。
「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 〝人〟を殺そうとしていることに」
「ッ!?」
光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだろう。
「まさか、あたし達を〝人〟とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」
「ち、ちが……俺は、知らなくて……」
「ハッ、〝知ろうとしなかった〟の間違いだろ?」
「お、俺は……」
「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の〝狩り〟なのだろ? 目の前に死に体の1匹がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい? おまえが今までそうしてきたように……」
「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」
動揺している光輝。
今の光輝に魔人族の女に振れる剣は無かった。
だが、
「はぁあああああああああああああああっ!!」
その光輝の背後から黒いオーラを纏った輝一が飛び出し、女の胸目掛けて槍を突き出す。
「くっ!?」
「木村っ!?」
その一撃を女は紙一重で躱した。
「何をやっているんだ!? 彼女は人間だぞ!?」
「そんな事は分かっている。分かっていなかったのはお前だけだ」
輝一がそう言い放つ。
「ッ!?」
「確かに人を殺す事は嫌忌されるものだろう。しかし、俺の後ろに護る者がいる以上、俺は他者を殺してでも護る」
「はっ……! やっぱり勇者よりもアンタの方が厄介だね………!」
戦う『覚悟』を持つ輝一に、女は冷や汗を流す。
「アンタの相手はこいつらだ!」
女が叫ぶと、再びピピスモンとピコデビモン達が現れる。
「くっ!」
デジモンの攻撃で、魔人族の女から離される輝一。
だがその時、
「輝一! そいつらを抑えてて!!」
雫が叫んだ。
雫は縮地で踏み込むと、女の首を断たんと剣を振るった。
しかし、いつの間にかそこに現れた決めらの尻尾のヘビが、その剣を加えて止めていた。
「残念。惜しかったね」
魔人族の女は余裕を取り戻した声でそう言う。
「雫まで! 一体何をやっているんだ!?」
光輝が止めるよう叫ぶ。
だが、
「自覚の無い坊ちゃんだね………私達は『戦争』をしてるんだよ!!」
雫と光輝の背後に新たな魔物が現れ、その攻撃で吹き飛ばされてしまう。
雫は咄嗟に立ち上がり、光輝も立ち上がろうとしていたけど、ガクンと崩れ落ちた。
「こ、こんなときに!」
限界突破のタイムリミット。
しかも覇潰を発動させていたため、その反動は通常の比ではない。
まともに動く事も叶わなかった。
しかし、雫は新たに現れた馬頭の魔物に向かって構える。
「アンタも殺し合いをする自覚があるね。アンタやあいつの方が勇者に相応しいんじゃないか?」
魔人族の女は回復魔法でも使ったのか、しっかりとした足取りで立っている。
「……そんな事どうでもいいわ。光輝に自覚がなかったのは私達の落ち度でもある。そのツケは私が払わせてもらうわ!」
雫が魔人族の女の前に現れた馬頭の魔物に向かって駆ける。
馬頭の魔物は頭上で両手を組み合わせて振り下ろす攻撃をスライディングでその魔物の股下を潜り抜け、隙だらけになった背後から斬りかかった。
だがその瞬間、その馬頭の魔物の背後に魔方陣が現れ、同じ馬頭の魔物が現れた。
「ッ!?」
その振りかぶって殴りかかってきた拳を雫は何とか剣で防御するが、その威力は雫が防ぎきれるものではなかった。
サーベルが圧し折れ、その拳が雫の腹部を捉える。
途轍もない衝撃が雫の体を突き抜け、雫は後方に吹き飛ばされて岩の柱を一本砕いて、更にその後ろの岩の柱に激突して止まる。
その瞬間、雫は何か熱いものが喉の奥から込み上げて来て、口の中に血の味が広がり思わず吐き出す。
それは大量の血だった。
おそらく内臓に大ダメージを受けたのだろう。
雫は咳き込みながら蹲る。
馬頭の魔物が近付いてくるが、雫はしばらく動けそうにない。
「雫っ! くっ……!」
輝一が応援に駆けつけようとするが、デジモン達に加え、キメラや他の魔物達にも囲まれ、迂闊に手が出せない。
2体の馬頭の魔物が、雫に歩み寄る。
その内の1体が雫に止めを刺すために手を伸ばした。
しかし、その時雫が結界に覆われる。
「そう簡単には………やらせないもんね…………!」
鈴が発動した結界だ。
鈴は龍太郎を支えつつ魔法を発動していた。
しかし、その魔物の力の前にはもって数十秒だろう。
「ッ…………………………」
雫は痛みを堪えて前を見る。
目の前には、結界を破ろうと拳を振るう馬頭の魔物。
一撃が振るわれるごとに、結界に罅が広がっていく。
その結界が砕けた時、それは雫の『死』を意味する。
「…………………あ…………ああ……………」
『死』が目前になった事で、雫の心に『恐怖』が広がっていく。
すぐ傍に親友が………香織が居ればその恐怖にも耐えられたかもしれない。
香織の存在は、雫にとって心の拠り所と言えるものだった。
その心の支えを失っている雫には、その恐怖に耐える事は出来なかった。
「……………い、嫌………………死にたく…………ない…………!」
零れ出てしまった本音。
そうなればもう止める事は出来ない。
言葉と共に涙が溢れ出る。
「たす……けて…………誰か……………助けてよぅ………!」
幼子の様に涙を流し、助けを求める。
「お願い…………光輝…………助けて…………!」
雫は僅かな望みを胸に、光輝へ視線を向ける。
それを聞いた光輝は、
「弱気になっちゃダメだ! しっかりするんだ雫! 君はそんなに弱くない筈だ! 最後まで諦めちゃダメだ!!」
そう叫んだ。
光輝にとって、精一杯の励ましの言葉だったのだろう。
しかし、それを聞いた雫が感じたのは『落胆』だった。
(………光輝…………あなたはこんな時でも私に『自分で何とかしろ』って言うのね………)
「……………………………………」
雫はもう抗う気も無くしてしまった。
ただ無言で俯き、その時を待つ。
ビシビシビシっと結界に罅が大きく広がった。
(結局私を助けてくれる人はいないのね………………)
雫は諦めた。
雫の脳裏に走馬灯が過る。
幼い頃から剣術に励んでいた事。
家族が喜んでくれることが嬉しくて、自分がやりたい事を我慢してまで剣術に撃ち込んでいた。
親友の香織との出会い。
八重樫道場に入門してきた光輝と輝二。
物語の王子様のような光輝。
しかし、それはすぐに違うと分かった。
反対に一匹狼だった輝二。
しかし、ある時を境に彼は変わった。
高校生になり、香織がハジメと付き合う事を知って驚いた事。
突然の異世界召喚。
初めて生き物を殺した時は手が震えた。
誰にも見られない様に中庭の片隅でこっそり泣いて…………
『お前が責任感が強いのは知ってる………毎回のように光輝の尻拭いをしている事もな……………それでも、誰かに頼る事は必要だ』
(輝二……………)
『なら、俺に頼ればいい………』
(輝二…………!)
『こうやって泣いている所を見てしまったんだ。俺の前では弱さを見せてくれたっていい…………話を聞くぐらいはできる……………』
(輝二!)
「………………たす………けて…………こう…………」
俯いていた雫の口から言葉が漏れた。
―――………イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!
「おね…………がい……………こう……………たす…………けて…………」
―――………イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!
「雫! 君なら俺の助けが無くても出来る! 立つんだ!!」
光輝は自分に助けを求めていると思い、そう叫ぶ。
「お願い……………助けて……………」
尚も雫は呟く。
―――イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!
「ッ!? 一体何の音だい?」
魔人族が通路の奥から響いてくる音に気付く。
雫は顔を上げた。
その直後、結界が砕け散る。
魔物の腕が雫に向かって伸びる。
雫の命を奪う死神の腕。
その腕が雫に触れようとした瞬間、
「………………輝二」
雫は助けを求めるその名を口にした。
その瞬間、
―――ヴィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!
目の前を閃光が駆け抜けた。
雫に伸びていた馬頭の魔物の腕がピタリと止まる。
すると、腹部辺りに横一文字に線が走り、上下が分断されて崩れ落ちた。
「あ………………」
雫が呆然と声を漏らす。
雫の視線の先には、鋼鉄の鎧で身を包み、背中に2本のブレードを広げた白き狼の姿がそこにあった。
次回予告
雫の危機に駆けつけた輝二。
襲い掛かるデジモンと魔物達に、輝二は闇のスピリットを輝一へ託す。
今、蘇る闇の闘士。
光と闇の舞が絶望を切り裂く!
次回、ありふれたフロンティアへ
第20話 復活の闇の闘士!
今、ありふれた伝説が進化する。
はい、第19話です。
今回はホルアド到着から救援前までです。
何故かデジモン出現。
因みにガルムモンは65階層以下は全て手探りで攻略しました。
次回は無双回です。
P.S:今日はもうギリギリなので返信はお休みします。