「……………………………ん?」
どれだけの時間が経ったのかは分からないが、ずっと耐えてきた衝動がスッパリと消えて無くなった。
「…………終わったのか?」
拓也は呟く。
見れば、ユエやシアもきょとんとしてハジメを見上げている。
「もう大丈夫だね?」
ハジメがそう言うと、2人は笑みを浮かべながら頷く。
優花やノイント、輝二、雫、輝一、恵理、龍太郎、鈴、幸利達も何とか耐えきった表情で一息吐いていた。
ティオも表面上は平気そうだが、他の皆と同じく汗を大量に掻いており、先程の試練の辛さが伺えた。
尚、勇者(笑)は、快楽の衝動に耐えきれず、気絶していた。
ハジメが錬成で作り上げた壁で、男性陣と女性陣で分かれて粘液で汚れた衣服を変えた後、一行は次のエリアに進んだ。
因みに目的だった巨大な樹木は大半が焼け落ちていたが、何とか転移陣は起動した。
転移した場所は再び洞の中だったが、視線の先には出口が開いており、このまま進めと言いたげだった。
ハジメの魔眼石でも仲間の偽物は見受けられず、警戒しながらも先へ進むと、
「これは……まるでフェアベルゲンみたいだ」
ハジメが思わず呟いた。
目の前には光景は巨大な枝がそのまま通路となり、その枝の元である巨樹に繋がっている。
それは、
「……大樹?」
「そういうことになりますよね。ここは大樹の真下の空間ってことですか」
「でもそれだと、地上に見えてた大樹って……」
「ふむ、地下の幹から枝が生えているということは、本当の根はもっとずっと地下深くということじゃ。ならば、地上に見えていた部分は大樹の先端部分という事になりそうじゃの? いやはや、大樹の存在は知っておったが、まさかあれがほんの一部だったとは……」
「本当の大きさはどれくらいになるんだ?」
大樹の本当の大きさを予想しながら一行は枝の通路を進む。
通路の中ほどまで来た時、シアのウサ耳がピクピクと動いた。
何かが聞こえるのか、シアは通路の端まで移動し、下を覗き込む。
「ん~? 暗くてよく見えないです。……あの、ハジメさん」
「どうしたの?」
「何だか下から嫌な感じの音が聞こえてくるんです。でも私の目じゃ暗くて正体が……」
「ああ、僕に確認して欲しいってこと」
「はい、お願いします。何か、蠢いてる? そんな感じの音です」
「……嫌な音だってことはよくわかった」
シアの言葉にハジメは確認の為に通路の端に歩いていく。
ハジメ以外にも、同じように〝夜目〟と〝遠見〟を持つ香織が一緒になって覗き込んだ。
次の瞬間、
「「……………ッ!?」」
ズザザザッと擬音が聞こえてくるほどの勢いで2人が後退りし、顔を青くしている。
「ハ、ハジメさん!? 香織さん!? 一体、どうしたんですか! ハジメさん達がそんな反応するなんて……一体何を見たんです?」
「……ハジメ、大丈夫?」
ユエも心配そうに声を掛ける。
「お、おい? どうしたんだよ?」
尋常でない彼らの様子に、幸利は何があったのかを問いかける。
すると、それに答えたのはハジメだった。
「……悪魔がいる」
「「「「「「「「「「悪魔?」」」」」」」」」」
その言葉に全員が首を傾げる。
「ああ、悪魔だ。お前等もよく知っている黒い奴等だよ……」
「そうだね…………特に、台所に出てくるアレだね…………」
香織も震える声でそう言う。
ハジメはそれだけ言うと、クロスビットを1機だけ出し下方に飛ばすと、小型の水晶ディスプレイを皆が見えるように掲げた。
そこに映し出されたものを見て、
「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」
全員が絶句した。
そこに映っていたのは、大量と言う言葉ですら生温い数のゴキブリ。
男女問わず嫌悪感を感じさせる仇敵だった。
まあ、正確には地球のそれに近い魔物か昆虫なのだろうが。
「な、なんてもの見せるのよ……」
「うぇ、GがGがあんなにいっぱい、いっぱいぃ~」
「ううっ………飲食店の天敵があんなに…………」
女性陣は目を背ける。
「……ハジメ、焼き払おう」
ユエが物騒な事を言う。
香織やシアも同じ意見の様だ。
「……やめといた方がいいと思う。あの数だよ? ……撃ち漏らしが大量に飛んできたらどうするの」
「「「……」」」
その様子を想像したのか、皆の顔が青くなる。
「なら、俺がもう一回アルダモンで………」
拓也がそう提案するが、
「それも止めて。さっきは運よくこのエリアへの移動に問題は無かったけど、今度は大樹本体だから、下手すれば攻略や大迷宮そのものに影響が出かねない」
ハジメはそう言って拓也の提案を却下する。
「とにかく、落ちなきゃ大丈夫……と思う。先に進んで、さっさと攻略しちゃおう。ここに止まっていたら、それこそ襲われるかもしれないし」
ハジメの言葉にいつになく真剣な表情で全員が頷いた。
一行は慎重にしながらも出来るだけ先を急ぎ、枝が複雑に絡み合って広場になっている場所まで来た。
その時だった。
―――ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ!!!
彼らの耳に聞きたくなかった音が聞こえる。
羽音だ。
それも大量の。
「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」
全員は慌てて眼下を確認する。
そこからは決してあり得て欲しくなかった現実の光景。
無数のゴキブリが羽を羽搏かせながら飛んでくる光景だった。
「うぅおおおおおお!!」
「やぁあああああ!!」
「ひぃいいい!!」
「くるなぁあああ!!」
「ッ――――!!」
阿鼻叫喚を響かせながら、それぞれが咄嗟に放てる遠距離攻撃をぶっ放した。
それはあらゆる魔物を塵も残さず殲滅する程の威力。
しかし、それだけの攻撃も目前の『数』の暴力の前には無に等しかった。
もう間もなくゴキブリの波が広場に到達する。
「うぅ、――〝聖絶ぅ〟!」
半泣きになりながら鈴が障壁を張る。
一度拓也達の頭上にまで上昇したゴキブリの群れが、滝の様に彼らに向かって降り注いだ。
障壁にぶつかって潰れるゴキブリや、外面を這うゴキブリ。
その光景は純粋に気色悪いの一言。
「――む、り」
その光景に耐えきれなかった鈴が、フッと意識を失いかけた。
その背を光輝が咄嗟に支える。
「鈴ぅ! 寝るな! 寝たら死ぬぞ! 俺達の精神がっ!!」
その言葉は今までにないほど必至だ。
流石の勇者(笑)の精神でもこれは耐えられないらしい。
それもそうだろう。
これだけのゴキブリの波に呑み込まれれば、確実に精神に異常をきたす程のダメージを受ける。
「香織、ユエ、重ねて防御をお願い!」
「も、もちろんだよ!」
「……ん、絶対破らせない!」
ハジメの言葉に香織とユエが鈴の障壁に沿うように新たな障壁を張る。
その障壁の周りには、ゴキブリがびっしりと張り付いて内部は薄暗くなっている。
「何だか、この迷宮に来てからこんなのばっかりですね……」
「今までの大迷宮以上に厄介極まりないの~。ふむ、やはり、他の大迷宮の攻略を前提にしておるだけに、あるいは難易度も数段上に設定されておるのかもしれんな」
「れ、れれれ、冷静に分析してないで何とかしないと!」
「香織、大丈夫よ、問題ないわ。あれは唯の黒ごまだもの。黒ごまプリンとか黒ごまふりかけとか、私、結構好きよ。特に〝黒ごまふりかけしょうゆ風味〟は美味だわ。ご飯がとてもすすむの」
「雫ちゃん!? どうしよう、雫ちゃんが既に壊れかけてるぅ!!」
冷静沈着が売りの雫も混乱の極みにいる様だ。
すると突如として結界に群がっていたゴキブリが一斉に退いた。
「何だ?」
輝二が怪訝に思って様子を伺うと、ゴキブリの波は空中で集まって球体を形作ると、それを囲む様に円環上に集まり始めた。
「まさか……魔法陣を形成してるのか?」
輝一が危機感を感じて叫ぶと、全員が一斉に攻撃を始めるが、無数のゴキブリがそのゴキブリ魔法陣を護る様に集まり、いくつもの壁を形成する。
彼らの攻撃は、その壁を一枚抜くごとに減衰され、ゴキブリ魔法陣には届かなかった。
「間に合わない!」
優花が叫ぶ中、ゴキブリ魔法陣は完成し赤黒い魔力の光を放つ。
すると、中央のゴキブリの集まった球体が形を変えて、全長3mほどの巨大ゴキブリとなった。
おそらくボス級の魔物だろう。
「ギギチチチチチチッ!!!」
ボスゴキブリは、そんな気持ちの悪い鳴き声を上げると、赤黒い光を放ちながら周囲にゴキブリを呼び集め、複数の球体を作らせる。
おそらくボスゴキブリを護る為の親衛隊を呼び出そうとでも言うのだろう。
しかし、ここにいるメンバーはそんなものの感性を待つほど悠長な性格はしていない。
「させないっ………!?」
「……んっっ!?」
ハジメとユエが魔法陣に攻撃を加えようとした時、突然足元から魔力の奔流が発生した。
おそらく、彼らが立っている足場の裏側に魔法陣が形成されていたのだろう。
誰もがそれを止める間もなく魔法陣が発動する。
赤黒い光が辺りを包み込み、その強烈な光に全員は顔を庇う。
しかし、一向に身体に変化はなく、拓也は何か変化はないかと目を開けた。
自分の身体を見回すが、特にこれと言った変化は無い。
「皆、大丈夫……………ッ!?」
拓也は優花やティオ、ノイントや輝二達を気に掛けようと視線をそちらに向け、絶句した。
何故なら、拓也の心に沸き上がって来たのは底知れぬ憎悪の感情だったからだ。
「ッ!?」
そして、それは彼女達も同じようで鋭い目付きを向けて来る。
そしてそれは、ハジメ達も同じだった。
「香織、ユエ、シア」
「ハジメ君…………」
「……ハジメ」
「ハジメさん………」
ハジメは香織、ユエ、シアと数秒見つめ合った後、
「……君達のことが滅茶苦茶憎いんだけど」
「……ハジメ君のことを凄く憎く思ってる」
「……あなたのことが凄く憎い」
「ハジメさんの事がすっごく憎いです!」
不快感を露にしながら物騒なセリフを口にする。
次の瞬間、ハジメはドンナーを香織へ。
シュラークをユエへ突きつけ、シアの動きに対応できるように〝豪脚〟をいつでも放てるよう身構える。
対する香織も即座に杖をハジメへ。
ユエは蒼炎を宿らせた右手をハジメへ向け、シアもドリュッケンを振り被る。
「お、おい、お前達、南雲に何をする気だ! 南雲に手を出す気なら俺も黙ってはいないぞ!」
そこに割り込んだのは光輝だ。
普段の光輝なら信じられない行動だ。
「鈴…………無性にお前を殴りたいんだが…………」
「私も龍君を無性に攻撃したいよ………!」
龍太郎と鈴も、
「輝二…………!」
雫は衝動的に輝二に向かって抜刀しそうなのを抑える様に刀の柄を掴みながら手を震わせ、
「雫………!」
輝二も双剣を抜いて構える。
「おかしいね。輝一の事を酷く殺したいよ」
「恵理………」
物騒な言葉を吐く恵理を、輝一が目を細めながら見つめ返す。
「くっ、一体どうしちまったんだ………!? 何で皆の事をこんなに憎む………!?」
幸利が困惑する様に叫んだ。
「なんやなんや!? 拓也はん達は一体どうしたんや!?」
「どうしたの皆~!?」
明らかにおかしい皆の行動に唯一変わりないボコモンとネーモンが驚きながら声を上げた。
「……どうやら、さっきの光は感情を反転でもさせるみたいだね。強弱は元の感情の強さに比例してるみたいだけど。ボコモンとネーモンは影響を受けていない様みたいだね」
「……ん。お前と同意見なのは不本意だけど…妥当」
「だね」
ハジメの呟きにユエと香織が嫌々ながらも同意している。
「なるほどの。記憶、あるいは紡いできた絆を以て反転した感情を振り払い元に戻れるか、あるいは、悪感情を抱いたままでも今までの自分達を信じて共に困難に挑めるか……嫌らしい試練じゃ。質が悪いのは、絆が深ければ深いほど反転した時の嫌悪感は大きくなるという点じゃな。何より……」
ティオは持ち前の精神力で平静を保っている様だが、その影響はしっかりと受けている。
そう言いながら障壁の外のゴキブリに目を向けると、
「……愛らしく見える」
ティオの言葉通り、記憶の上では嫌悪する存在と分かっていても、今現在、彼らのゴキブリに抱く感情は、小動物を前にした感情に近い。
「本当に腹が立つわね! もう我慢できないわ!」
優花がそう叫びながらナイフを手放すと、デジヴァイスを構えた。
「スピリット……! エボリューション!!」
優花がスピリットで進化する。
「フェアリモン!!」
優花はフェアリモンに進化すると、両手の指から竜巻を発生させ、
「ブレッザ・ペタロ!!」
それを拓也に向けて放った。
更に、別方向から銀光の嵐が拓也に向けて襲い掛かる。
そちらでは、ノイントが銀光を纏った翼を広げて拓也に向けていた。
その表情は、眉間にしわを寄せ、拓也への悪感情がハッキリと浮かんでいた。
拓也は竜巻と銀光の嵐に飲み込まれる。
だが、
「ダブルスピリット……! エボリューション!!」
その声が響いた次の瞬間、竜巻と銀光が吹き飛ばされる。
「アルダモン!!」
「フェアリモン………! ノイント………!」
アルダモンが浮かべる表情も、彼女達への明らかな敵意を放っていた。
「うぉおおおおおおっ!!」
アルダモンは飛び立ち、フェアリモンに向かう。
「このっ! トルナード・ガンパ!!」
フェアリモンは反転すると回転しながら蹴りを放つ。
しかし、
「この程度!」
アルダモンはその足を無造作に掴んで回転を止めると、勢いをつけてフェアリモンを投げ飛ばした。
「きゃあっ!?」
フェアリモンは投げられて悲鳴を上げ、そのままこのエリアの外壁に叩きつけられる。
その時、アルダモンの背後から肩に向かって大剣が振り下ろされた。
それはノイントだ。
「ノイント……!」
「殺したい…………あなたを殺したいという衝動が沸き上がる…………!」
「奇遇だな。俺もお前が憎くて堪らない………!」
「『憎い』…………そう、これが『憎い』という事………!」
ノイントが腑に落ちた様に呟くと、白い翼を広げながらアルダモンから一旦離れ、反対の手にも大剣を出現させ、構える。
「憎い………あなたが憎い……!!」
ノイントは自分の感情に従ってアルダモンに襲い掛かる。
それと同時に、先程フェアリモンが叩きつけられた場所から、シューツモンが飛び出した。
「ギルガメッシュ・スライサー!!」
両手足の爪に赤いエネルギーを纏わせ、アルダモンに襲い掛かる。
「ふん!」
アルダモンは両手を広げると、それぞれの手でノイントとシューツモンの攻撃を受け止めた。
「ッ………!」
「このっ…………融合進化なんて卑怯だわ……!」
次の瞬間、アルダモンはそのまま両者を押し返した。
「きゃあっ!?」
「くっ………!?」
2人はそれぞれ翼で制動を取る。
また別の場所では、
「ミョルニルサンダー!!」
「スノーボンバー!!」
龍太郎が進化したブリッツモンと鈴が進化したチャックモンが戦っており、
「ネーロコルソ!」
恵理が進化したカルマ―ラモンが口から酸性の墨を吐き出し、それを輝一が進化したレーベモンが駆け回りながら躱している。
「逃げないでよぉ! 輝一ぃ!」
「…………恵理………」
憎しみの籠った目で叫ぶカルマ―ラモンに対し、レーベモンは目を細めて恵理の名を呟く。
そして、
「スピリット……! エボリューション!! ジングウモン!!」
雫が進化したジングウモンの前には輝二が立つ。
その輝二もデジヴァイスを取り出すと、デジヴァイスの画面に獣の顔のシルエットが浮かび上がり、咆えると同時に光が走る。
ヒューマンスピリットとビーストスピリットが重なって描かれた。
そして突き出した左手に、ビースト進化と同じく球状となったデジコードが発生する。
そのデジコードに右手に持ったデジヴァイスをなぞるように滑らせる。
「ダブルスピリット………! エボリューション!!」
輝二の身体をデジコードが包んだ。
「ぐっ………ああああああああああああああっ!!」
叫び声を上げる輝二。
デジコードの中で2つのスピリットを同時に纏っていく。
手。
体。
足。
そして頭部に2つのスピリットが重なる。
ヴォルフモンとガルムモン。
2つの闘士の力が合わさった新たな闘士。
その名は、
「ベオウルフモン!!」
ベオウルフモンは、人型をベースに、頭部、両肩、右腕、腰、両足がヴォルフモン。
体、左腕、両腿がガルムモン。
更には、ガルムモンのブレードを合わせた大剣も持っている。
その威圧感はアルダモンにも引けを取らない。
「そう言えば、輝二も神原君と同じように融合進化が出来たんだったわね」
ジングウモンが思い出したように呟く。
それでも、ジングウモンは抜刀の構えを取り、
「神起発勝!!」
神速の斬撃を放つ。
並のデジモンでは反応できない速度の抜刀術。
それをベオウルフモンは、
「遅い……!」
事も無げに受け止めた。
輝二が進化する光のスピリットは、高速戦闘を得意としている。
ベオウルフモンもその例に漏れず、高速戦闘は得意分野だ。
一瞬の速度こそジングウモンが勝っているかもしれないが、その動きを見切る事は難しい事ではない。
「このっ!」
ジングウモンは防がれた刀を切り返し、再び斬りかかるが、
「ハッ!」
無造作に薙ぎ払ったベオウルフモンの一振りに大きく弾かれた。
「クッ……!」
ジングウモンは体勢を立て直して刀を構える。
「ハァッ!」
再び神速の斬撃を放つジングウモン。
ベオウルフモンはその斬撃を見切って横へ飛び退いた。
と、その時、ドンッとベオウルフモンの背中とアルダモンの背中がぶつかり合う。
回避した拍子にぶつかってしまったのだ。
ぶつかられたアルダモンが振り返り、ベオウルフモンを視界にとらえる。
その瞬間、
「邪魔をするな!」
アルダモンの感情が瞬間的に沸騰し、振り向きざまに裏拳を放った。
アルダモンの手の甲がベオウルフモンの頬に直撃し、ベオウルフモンは殴り飛ばされる。
「ぐはっ!?」
床に倒れるベオウルフモン。
アルダモン………拓也と輝二はデジタルワールドの冒険の時からの仲間だ。
その絆は、『仲間』というベクトルであれば、優花との絆よりも深いと言って良い。
その絆が試練によって反転されている為、アルダモンはベオウルフモンを見た瞬間、衝動的に殴ってしまったのだ。
拓也とて、自分の感情がおかしい事ぐらい理解している。
そうでなければ、フェアリモンはともかく、ノイントは瞬殺されてもおかしくない。
拓也の記憶と理性が、本気を出す事を押しとどめているのだ。
しかし、ベオウルフモンは不意に見てしまったので感情を抑えきれず、手を出してしまった。
そして、
「貴様っ……!!」
ベオウルフモン……輝二もそれは同じ。
現在アルダモンに対し、最大級の悪感情を抱いていたベオウルフモンは、アルダモンから殴られた事により、我慢の限界を超えてしまった。
「よくもやってくれたな!!」
ベオウルフモンは大剣を振り被りながら飛び掛かり、アルダモンに向かって振り下ろす。
「ッ!」
アルダモンは頭上で両腕をクロスさせて腕のルードリー・タルパナで受け止めた。
その衝撃が床を陥没させる。
「くっ! うぉおおおおっ!!」
アルダモンは両腕を勢い良く広げてベオウルフモンを弾き返す。
ベオウルフモンは宙返りして足から着地すると、左腕をアルダモンに向け、装甲を展開する。
そこには、ミサイル発射口と銃口がせり出してきた。
同時に、アルダモンも両腕のルードリー・タルパナが反転し、前方に展開。
二又に分かれる。
そして、
「リヒトアングリフ!!」
ベオウルフモンは無数のミサイルと銃口からレーザーを放ち、
「ブラフマストラ!!」
アルダモンは無数の火球を放つ。
それらは互いの中央で激突。
大爆発を起こした。
因みに、彼らの戦いの余波は襲い掛かろうとするゴキブリ達を塵も残さず消し飛ばしている。
だが次の瞬間、激突音と共にその爆煙が吹き飛ばされる。
その中央では、再びアルダモンとベオウルフモンが腕と剣をぶつけ合っていた。
必殺技を放った直後、お互いに飛び込んで中央で激突したのだ。
「ぐぐぐっ……!」
「おおおっ……!」
互いに力を込め合い、一歩も譲らない。
その時、
「おらっ!」
アルダモンが頭突きを放つ。
「ぐあっ!?」
その一撃を頭部に受けたベオウルフモンが仰け反る。
「おらっ!」
更にアルダモンは身体を捻って尾撃を繰り出し、ベオウルフモンを吹き飛ばす。
「ぐはっ!?」
吹き飛ばされたベオウルフモンは床に激突するかに思われたが、
「チィッ!」
舌打ちすると共に、大剣を床に突き刺し、その柄を軸に勢いをつけながら回転し、慣性を180°反転させる。
タイミングを合わせて柄から手を離したベオウルフモンは、アルダモンに向かって飛び、
「はぁああああああっ!!」
見事なドロップキックをアルダモンにお見舞いした。
「ぐああっ!?」
逆に吹き飛ばされるアルダモン。
「ッ……野郎……!」
アルダモンは足場から放り出されるが、その翼で空中に留まる。
すると、アルダモンは両手を向かい合わせにして、火球を生み出す。
ブラフマシルを放つつもりだ。
ベオウルフモンも大剣を掲げ、光の狼をその剣に宿らせる。
この2人は頭に血が上っており、そんな必殺技をぶつけ合えば、この辺り一帯が吹き飛ぶことに気付いていない。
そのまま力を高めようとした時、アルダモンの下から無数のゴキブリの大群が襲い掛かる。
とは言え、アルダモンの纏う灼熱のエネルギーの前には、触れる事無く焼き尽くされるだけなのだが、
「ウインドオブペイン!!」
暴風と共に放たれる真空の刃がゴキブリ達を細切れにした。
それとほぼ同時に、
「〝劫火浪〟!」
アルダモンとは別の炎がゴキブリの大軍を焼き尽くす。
それはノイントが放った魔法だった。
「ッ!?」
突然の事に、アルダモンは技を中断してしまう。
そして、
「神起発勝!!」
同時に頭上からベオウルフモンに襲い掛かろうとしたボス級ゴキブリがジングウモンの一閃により両断された。
「ジングウモンッ!?」
ベオウルフモンも驚愕から技を中断する。
すると、
「いつまでこんな術に惑わされてるの!?」
ジングウモンがパンッとベオウルフモンの頬に平手を見舞った。
「ッ!?」
ベオウルフモンは、叩かれた事に一瞬頭に血が上りそうになるが、
「いつものあなたなら、こんな術すぐに振りほどけるでしょ!?」
ジングウモンはそう叫ぶ。
「ッ………」
ベオウルフモンを信頼する言葉にハッとなる。
「……………………」
ベオウルフモンは一度目を伏せると深呼吸し、
「………………そうだな。この程度で取り乱すとは、俺らしくも無い」
一度冷静になってしまえば容易い事だった。
「…………ありがとうジングウモン。いや、雫」
「いいわよ。私は輝二の………こ、恋人なんだから………」
少し照れたように顔を背けた。
一方、アルダモン達の方でも、
「アルダモン! いいえ、拓也! 自分の感情に素直な所はあなたの美徳よ! だけど、感情に振り回されるのは違うわ!」
シューツモンがアルダモンに向かって叫んだ。
「感情に振り回されるなんてあなたらしくない! 私が好きになった拓也は、自分の感情に素直だけど、それを正しい方向へ持っていける心の強い人よ! 今のあなたは違う!」
シューツモンが……優花達が反転の術を破った切っ掛けは正にそれだ。
感情のままに暴れまわるアルダモン達を見て、これは違うと心が叫び、反転した感情を振り切ったのだ。
「ぐ……ぐ………」
「それでも私が憎いなら私を討てばいいわ!」
シューツモンは……優花は両手を広げて未防備な姿を晒す。
「ッ……………!」
アルダモンは一瞬躊躇した後拳を握りしめ、
「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
シューツモンに向かって突進した。
アルダモンは拳を振り被る。
「………………」
シューツモンは動く気配を見せない。
アルダモンはそのまま拳を繰り出し、
――ドキャッ!
鈍い音が響いた。
それは、
「ギギッ………!?」
アルダモンの拳はシューツモンの顔のすぐ横を通り抜け、背後から襲い掛かろうとしていたボスゴキブリの腹に突き刺さっていた。
「優花に触ろうとしてんじゃねえ!」
アルダモンはそう叫ぶと、
「燃え尽きろ!!」
アルダモンの拳から体内へ灼熱のエネルギーが流れ込み、一瞬で燃え尽きた。
「拓也………」
「優花、ありがとう」
アルダモンは微笑んだ。
他のメンバーも光輝を除けば我を取り戻した様で、協力してゴキブリ達を殲滅していた。
因みに龍太郎と鈴だが、怒りのあまりボルグモンとブリザーモンに進化して敵を殲滅していたりする。
何気に幸利もティオと同じくこれと言って暴走せずに試練をクリアしていた。
ゴキブリ達を殲滅すると、
「はぁ………何時にも増して厄介な試練だった………」
進化を解いた拓也は思わず呟く。
今回の試練は拓也にも堪えたようだ。
すると、
「拓也………!」
同じく進化を解いた優花が拓也に抱き着いてくる。
まるで先程の試練で疲弊した精神を癒すかのような行動だ。
だが、それは拓也も同じ、
「優花………さっきはすまなかったな。投げ飛ばしたりして………」
「それはお相子よ。私も拓也に攻撃したし………」
拓也も優花を抱きしめながら言葉を交わす。
「ご主人様、妾も癒してくれんかのう?」
「ティオ」
ティオがそう言いながら拓也に寄り添ってくる。
ティオも平然としていたようだがその実精神的には疲弊していた。
すると、ノイントが歩み寄ってきて、
「拓也様…………」
拓也の名を呼ぶ。
「ノイント………?」
拓也は、ノイントの声がいつもよりも柔らかいような印象を受け、そちらを向くと、ノイントが軽く俯きながら目を伏せ、自分の胸に手を当てていた。
そして、
「今なら分かります………先程の『憎い』という感情の反対………これが………『愛しい』という感情なのですね………!」
そう言いながら顔を上げたノイントの表情は、優しそうな微笑みを浮かべていた。
「ノイントが………笑ってる………?」
拓也が呆気にとられたような表情を見せた。
今までのぎこちない感情の表れではない。
ノイントはハッキリと自分の感情を自覚し、それを表情に出していた。
「拓也様…………私はあなたを『愛しい』と感じています」
ハッキリと言葉に出してそう言うノイント。
「ッ!?」
余りの不意打ちに拓也は顔を真っ赤にしてしまう。
「ノイント………なんか一気に感情が芽生えてない?」
優花が余りにも急なノイントの心の成長を怪訝に思う。
「ふむ………これはもしや………」
ティオは何か思い当たるような言葉を漏らす。
「何か分かったの? ティオ」
優花が聞き返すと、
「うむ。あくまで推測じゃが、今までご主人様がノイントに教えてきた感情は、喜びや楽しさと言った良き感情………言うなれば『正』の感情じゃな。それが殆どじゃった。じゃが、先程の試練により、ノイントは正の感情を反転され、真逆の『負』の感情を知ったのじゃ」
「それって………」
「人は不幸を感じるからこそ幸せを感じ取れることと同じく、負の感情を知るからこそ正の感情をより強く感じられるのじゃ。今までのノイントは、『正』の感情ばかり教えられていたが故に、その感情は希薄じゃった。じゃが、先程の試練により、今まで培った『正』の感情がそのまま反転され、同じぐらいの『負』の感情を知った。それにより、培った『正』の感情をより強く感じる事ができるようになり、ノイントの心が一気に成長したのではないかのう?」
「そういう事…………」
優花は納得しつつノイントを見る。
その表情は、明らかに拓也に好意を向けている。
「……………はぁ。もう受け入れるしかないのかしら?」
優花は何処か諦めた様に、それでいて仕方ないと言いたげに溜息を吐いた。
次回予告
大迷宮を攻略した拓也達は、魔法陣のある部屋へと辿り着く。
そこで手に入れる新たな神代魔法。
そして、リューティリス・ハルツィナから語られる神代魔法を超える魔法とは!?
次回、ありふれたフロンティアへ
第37話 昇華魔法
今、ありふれた伝説が進化する。
はい、第36話でした。
まあ、相変わらず前作のコピペが多いですが………
まあアルダモンとベオウルフモンの激突でどうやってエリアを吹き飛ばさないようにするか悩みました(笑)
そしてノイントの心の急成長。
納得できますかね?
では、次も頑張ります。