ありふれたフロンティアへ   作:友(ユウ)

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第44話 ノイントの選択

 

 

 

ハジメへの説教が終わった後、拓也達はこの氷雪洞窟を後にすることにした。

この氷雪洞窟のショートカットは、氷で出来た竜に乗って行くという何ともファンタジー感溢れるものだった。

その際、

 

「ミレディとメイルは見習うべき」

 

「私、解放者って女性の方が悪辣な気がします」

 

という言葉をユエとシアは漏らした。

やがて氷の竜は高度を下げ始め、雪原の境界近くに着陸した。

しかし、その時、シアのウサミミとハジメの感覚が吹雪の向こう側にいる気配を捉えた。

 

「全員、警戒して。境界の外に色々いる!」

 

ハジメの警告に、緊張が走る。

全員が武器に手を掛けながら、視界を閉ざす吹雪の向こう側へ出た。

そこには、

 

「やはりここに出て来たか。私のときと同じだな。……全員生き残ったのか? 白髪の少年よ」

 

無数にいる灰竜の1匹の背に立つ魔人族の男、フリード。

そのフリードが生み出したであろう数多の魔物。

更には無数のデジモン達。

そして…………

 

「……………私………?」

 

数百人は居るであろう銀翼を生やしたノイントと同じ顔の女達。

フリードはこの迷宮の攻略者。

ショートカットの出口を知っている。

そのため、この場で待ち伏せていたのだ。

ハジメが先制攻撃を行おうとドンナーに手を掛けようとした時、

 

「逸るな。今は、貴様等と殺し合いに耽るつもりはない。地に這い蹲らせ、許しを乞わせたいのは山々だがな」

 

「へぇ、じゃあ、何をしに来たの? 駄々を捏ねるしか能のない神に絶望でもして、自殺しに来たのかと思ったんだけど?」

 

「……挑発には乗らん。これも全ては我が主が私にお与え下さった命。私はただ、それを遂行するのみだ」

 

「そう………で? 忠犬フリードは、どんなご褒美命令を貰ったんだい?」

 

「……寛容なる我が主は、貴様等の厚顔無恥な言動にも目を瞑り、居城へと招いて下さっている。我等は、その迎えだ。あの御方に拝謁できるなど有り得ない幸運。感動に打ち震えるがいい」

 

「はい?」

 

ハジメが意味不明だと言わんばかりの声を漏らした。

 

「エヒトやアルヴは神なんでしょ? なんで城にいるの?」

 

誰もが思った疑問をハジメが口にする。

フリードは淡々と、だが、それが栄誉であるかと示すように両腕を広げながら言った。

 

「アルヴ様は確かに神――エヒト様の眷属であらせられるが……同時に、我等魔人族の王――魔王様でもあるのだ。神界よりこの汚れた地上へ顕現なされ、長きに渡り、偉大なる目的のため我等魔人族を導いて下さっていたのだよ」

 

魔王と魔人族の神は同一人物の様だ。

 

「……偉大なる目的、か………魔人族はどこまで踊らされているんだろうね」

 

「なにか言ったか?」

 

「別に? 魔王様ご立派ご立派と褒めていたところさ」

 

「……………」

 

ハジメの煽りにフリードは感情を我慢しているよう眉間に皺を寄せた。

 

「っていうか、そんな事言われて俺達がノコノコついていくと思ってるのか?」

 

拓也が口を開く。

 

「本当ね。どう考えても罠じゃない。そんな招待に応えるわけないでしょ」

 

優花も同意し、

 

「そも、招き方もなっとらんのじゃ。礼儀知らずには、ちと、お灸を据えてやらねばいかんのぅ」

 

ティオもそう言う。

それぞれが攻撃の意志を見せた瞬間、フリードの目の前の空間が歪み、どこか別の場所が映し出された。

そこは何処かの王城のようで玉座や荘厳な柱などが映る。

その画面が移動し、赤黒い魔力で作られた檻が見えた。

その中に居たのは………

 

「あれはっ……!」

 

「みんな……先生っ!」

 

「リリィまでっ」

 

驚いた表情でハジメが叫び、香織と雫も焦燥の声を漏らす。

その映像に映っていたのは、ハインリヒ王国に居るはずの異世界召喚組やリリアーナ。

その中の永山パーティーや愛子の護衛隊である玉井達は傷付き倒れており、愛子やリリアーナ達が必死に介抱している。

ハジメは咄嗟に〝導越の羅針盤〟を取り出して皆の位置を確認する。

 

「くそっ、本物だ……!」

 

「ほぅ、随分と面白い物を持っているな、少年。探査用のアーティファクトにしては、随分と強力な力を感じるぞ? それで大切な仲間の所在は確かめられたか?」

 

ハジメが吐き捨て、フリードは余裕をもって問いかける。

 

「卑怯だぞっ! 仲間を人質に取っておいてなにが招待だっ! 今すぐ、みんなを返せっ!」

 

光輝が思わず叫んだ。

すると、ハジメはドンナーに添えていた手を放し、

 

「……………わかった。招待を受けよう」

 

そう口にした。

 

「南雲っ!?」

 

光輝が驚いた声を漏らす。

 

「皆が別の場所で人質になっている以上、この場で相手の心象を悪くするのは良くない」

 

さっきまでフリードを煽りに煽っていたハジメが、180度真逆のことを言う。

 

「それは…………」

 

「少なくとも、捕まっている皆と同じ場所に行ければ、まだ助けられる芽はある」

 

「ッ………!」

 

ハジメの言葉に、光輝も観念したように肩の力を抜いた。

 

「フッ………説得は終わったか?」

 

フリードが見下すような態度でそう言ってきた。

 

「ああ………僕達を魔王城に連れていけ」

 

ハジメがそう言うと、

 

「……さぁ、我等が主の元へ案内しよう。なに、粗相をしなければ、あの半端な生物共と今一度触れ合えることもあるだろう。あんな汚れた生き物のなにがいいのか理解に苦しむがな」

 

フリードは勝利を確信した表情でそう言った。

静かに開いた空間ゲートに歩み寄る拓也達。

すると、

 

「そうだった。少年、転移の前に武装を解いてもらおうか」

 

「……」

 

フリードがそう言うがハジメは答えない。

 

「聞こえなかったか? さっさと武装を解除しろと言ったのだ。あぁ、それと、この魔力封じの枷も付けてもらおうか」

 

しかし、ハジメから出た答えは、

 

「断る」

 

拒否だった。

 

「……なんと言った?」

 

「二度も言わせないで。断ると言ったんだ」

 

再度のフリードの問いかけにも、ハジメの答えは変わらない。

 

「……己の立場を理解できていないのか? 貴様等に拒否権などない。黙って従わねば、あの仲間達が――」

 

「調子に乗るな」

 

「っ……なんだと?」

 

ハジメの言葉がフリードを驚愕させる。

 

「皆を人質に取れば、僕達の全てを封じたとでも思ったのか? 理解しろ。お前たちが切ったカードは、諸刃の剣だってことを」

 

「諸刃の剣……だと」

 

「お前達が今生かされている理由もまた、皆のおかげということだ。……皆に傷の一筋でも付けてみろ。……子供、女、老人、生まれも貴賎も区別なく、魔人という種族を……絶滅させてやる」

 

「――っ」

 

ハジメの言葉にフリードが絶句する。

 

「僕たちは別に、魔人族を『敵』として見ているわけじゃなかった。偶々僕達の行く先で君らに遭遇し、自分に降りかかる火の粉を振り払った結果、君らの策略をつぶすことになってただけ。僕達に直接干渉してこなければ、別段どうする気もなかったんだよ。だけど、君達は皆を人質にした。僕達に敵意を向けさせたんだ。なにが目的で招待しようとしているのか知らないけど、敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりはない。それではなにも出来ずに全て終わってしまうかもしれないから。そんなことになるくらいなら、イチかバチか暴れた方がまだマシだよ」

 

「……あの者共を見捨てるというのか」

 

「見捨てないさ。ただ、ここで武器を失う方が、見捨てることに繋がると考えているだけだよ」

 

「……貴様、狂っているのか」

 

ハジメの考えにフリードは戦く。

 

「なら、その狂人が、お前の前に、同族の女子供の肉塊を並べない内に、さっさと連れて行け」

 

「っ……」

 

フリードが迷っていると、

 

「……フリード。不毛なことは止めなさい。あの御方は、このような些事を気にしません。むしろ良い余興とさえ思うでしょう。また、我等が控えている限り、万が一はありません。イレギュラーへの拘束は我等の存在そのもので足ります」

 

神の使徒の1人がフリードに話しかける。

 

「むっ、しかし……」

 

渋るフリードを他所に、彼女はハジメに向き直ると、

 

「私の名は〝アハト〟と申します。イレギュラー、我等に勝てるなどとは思わないことです」

 

アハトと名乗ったノイントと同じ容姿を持つ女性。

しかし、その表情に感情はなく。かつてのノイントと同じように能面であった。

すると、アハトは視線を移動させ、ノイントの方を向いた。

 

「………ところで、先ほどから気になっていましたが、そこにいるのはノイントではないのですか?」

 

「ッ………」

 

そう言葉を投げかけられたノイントは、体をビクッと震わせる。

 

「主様との繋がりが途絶えたとの事だったので、イレギュラーに倒されたものと思っていましたが、何故イレギュラー達と行動を共にしているのです?」

 

「………わた……しは…………」

 

ノイントは苦しそうな表情を見せた。

 

「……………もしや、『記録』を失ったのですか?」

 

アハトは気付いたようにそう言うと、合点がいったと言わんばかりに頷き、

 

「記録を失った為に自分が何者かも分からず、偶然にもイレギュラー達と行動を共にしていたということですか。なるほど…………しかし安心なさい。主様とお会いになれば、記憶が復元され、自らの使命も思い出すことでしょう」

 

アハトは勝手に自己完結し、ノイントから視線を切る。

そしてフリードを促し、空間ゲートで一行を魔王城へと連れて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ゲートが繋がっていたのは巨大なテラスの上だった。

背後で空間ゲートが閉じると同時にフリードが顎をしゃくって付いて来るように指示する。

拓也達も黙ってついていく。

長い石造りの廊下を進むと、やがてあの映像に映っていた玉座の間らしき場所へ出る。

映像で見た皆が捕まっている檻も見えた。

その中に捕まっていた皆もこちらに気付いたのか、

 

「南雲!」

 

「南雲君!」

 

「優花っち!」

 

「神原!」

 

それぞれが声を上げる。

 

「皆!」

 

光輝が思わず声を上げ、駆け寄ろうとするが、アハト達に目の前を大剣で制され、止められた。

 

「勝手な行動は慎みますよう」

 

アハトにそう言われ、光輝は悔しそうに歯を食いしばった。

すると、

 

「そう目くじら立てることはないよ」

 

男の声が響いた。

 

「ッ!?」

 

その声に反応したのはユエだ。

いつものクールな表情が驚愕に彩られている。

玉座の後ろの壁がスライドして開くと1人の男が現れた。

金髪に紅眼の美丈夫であり、髪をオールバックにして漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着た初老の男性だ。

だが、その男の特徴は魔人族というより、ユエに近い物を感じた。

そして、その印象が的外れでは無い事が、次のユエの反応によって証明された。

 

「……う、そ……どう、して……」

 

「ユエ?」

 

「どうしたの?」

 

ユエが酷く動揺した様子でその男を見つめる。

ハジメと香織の声にも反応できない程に狼狽えていた。

 

「やぁ、アレーティア。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」

 

その男はユエを見てそう呼んだ。

 

「……叔父、さま……」

 

ユエは目を見開いたままそう呟く。

その体は小刻みに震えていた。

 

「そうだ、私だよ。アレーティア。驚いているようだね。……無理もない。だが、そんな姿も懐かしく愛らしい。三百年前から変わっていないね」

 

「アルヴ様?」

 

その様子を見てフリードは表情は崩さずとも怪訝そうな声を漏らす。

すると、金色の閃光が辺りを覆いつくし、光が消えたかと思うと使徒たちがバタバタと倒れ、フリードと、そしてノイントも倒れている。

 

「ノイント!?」

 

拓也がノイントに駆け寄ろうとしたが、更にパチンと指を鳴らすと何らかの術を発動させた。

ハジメの魔眼石には何かが見えているようで辺りに目を配っている。

そこでその男は緊張を解くように息を吐くと、

 

「盗聴と監視を誤魔化すための結界だよ。私が用意した別の声と光景を見せるというものだ。これで、外にいる使徒達は、ここで起きていることには気がつかないだろう」

 

「……なんのつもり?」

 

ハジメが警戒心を露にしながら問いかける。

 

「南雲 ハジメ君、といったね。君の警戒心はもっともだ。だから、回りくどいのは無しにして、単刀直入に言おう。私、ガーランド魔王国の現魔王にして、元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相――ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは……神に反逆する者だ」

 

信じられない言葉を口にする。

 

「不安にさせて済まない。彼女にも一時的に意識を失わせて貰った。彼女も神の使徒の1体だからね」

 

魔王は謝罪の言葉を口にすると共にそう説明した。

 

その時、

 

「うそ……そんなはずはないっ。ディン叔父様は普通の吸血鬼だった! 確かに、突出して強かったけれど、私のような先祖返りじゃなかったっ! 叔父様が、ディンリードが生きているはずがない!」

 

「アレーティア……。動揺しているのだね。それも……当然か。必要なことだったとは言え、私は君に酷いことをしてしまった。そんな相手がいきなり目の前に現れれば、動揺しない方がおかしい」

 

「私をアレーティアと呼ぶなっ! 叔父様の振りをするなっ!」

 

今まで見た事ない様子でユエは声を荒げ、取り乱している。

更には〝雷龍〟を発動させ、その男に向かって放った。

しかし、男は微笑んだまま再び指を打ち鳴らすと障壁を発生させて〝雷龍〟を防ぐ。

 

「アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。歴代でもっとも美しく聡明な女王、私の最愛の姪よ。私は確かに、君の叔父だよ。覚えているかな。私が、強力な魔物使いだったことを」

 

「なにをっ」

 

「今の君ならわかるはずだ。当時の私がどうしてあれほど強力な使い手だったのか」

 

「……っ、神代魔法……変成魔法」

 

「その通りだ。更に言うなら、私は生成魔法も修得していた。生憎、才能に乏しく宝の持ち腐れだったけれどね。代わりに変成魔法については頗る付きで才能があったと自負しているよ。相応の努力もした。その結果、単に魔物を作り出すだけでなく、己の肉体に対しても強化を施すことが出来るようになった。寿命が延びたのはそういうわけだよ」

 

「……あの竜使いの魔人族は、お前をアルヴという名の神だって。何百年も魔人族を率いて来たって!」

 

「フリードの言っていたことは間違ってはいない。アルヴとは確かに私であり、同時に私ではないとも言える。アルヴという存在は、神代においてエヒト神の眷属神だった。部下のようなものだね。アルヴは最初、エヒト神に対し忠誠を誓ってその手足となっていたのだけれど、ある日、疑問を抱いた。エヒト神の行う非道をこのまま見逃していいのかとね。その疑問を幾百年、幾千年を過ごす内に大きくなり、やがて彼は反逆の意思を抱くようになった。だが、主神であるエヒト神に敵うはずもない。故に、アルヴは一つの策を練った。それが、エヒトの駒として地上に降り人々の戦争を激化させ、混乱に陥れる魔王役を担う――という建前の下、地上にて対抗できる手段と戦力を探すというものだ。だが、肉体を持たない神が地上で十全に活動するには器となる肉体が必要になる。アルヴもまた、己の器となる者を探しては、その者に魂を宿らせた。本来、他人の体に魂を宿らせることは、本人の拒絶が強ければ神といえども容易ではないのだが……神として存在を示せば、拒否する者などいない。自分が消えるわけでもないのだから、むしろ名誉なことだろう」

 

「……そうして、ディンリードもアルヴに選ばれた?」

 

「アルヴは狂喜したようだよ。ただの適性者なら、エヒトの眷属神とだけ伝えるところだけれど、私は真実を知っていた。本当の、反逆の同志になり得たのだ。使徒の目がある中、内側から真意を聞かせてくれたよ。今も、私の中にはアルヴがいて、様々な面で助けて貰っている。一つの体に二つの魂。それが、アルヴであってアルヴでないという言葉の意味だよ」

 

「……いつから」

 

「君が王位につく少し前だね。同時に、真実を知っていてもどうすることも出来なかった私にも、できることがあると分かった。使命だと思ったよ」

 

「……使命」

 

「そう、神を打倒するという使命だ。エヒト神や使徒達に真意を掴ませないようにするには大変だったけれどね。おかげで、本意でないことも幾度となくさせられたよ」

 

「……どうして祖国を裏切ったの。どうして、私を……」

 

「済まなかった」

 

「っ……謝罪を聞きたいわけじゃないっ! 理由をっ」

 

「アレーティア。君は天才だった。魔法の分野において、他の追随を許さないほどに。神代魔法の使い手であった私ですら敵わないほどに。その強さは目立ち過ぎたんだ。だから目を付けられた。君の傍らにいる南雲ハジメのように」

 

「……イレギュラー」

 

「そうだよ。アレーティア、君は覚えているのではないかな? 当時、既にアヴァタールの上層部はエヒト神を信仰する勢力に染められつつあった。それは、君の両親も、だ。その片鱗を端々に感じていたはずだ」

 

「……覚えてる。叔父様と父上はよく私の教育方針で口論してた。……私の教師役には叔父様が付いていた。だから、私は信仰とはほとんど関わらずに育った」

 

2人の話がさらに続こうとした時だった。

 

「いい加減、茶番はやめてくれないかなぁ?」

 

恵理がつまらなそうな表情で呆れたように口にした。

 

「恵理……?」

 

ユエが思わず声を漏らす。

 

「茶番とはどういうことかな?」

 

魔王が問いかけると、

 

「お前の言ってることは殆ど出鱈目だってことだよ。僕も悪人だからわかるのさ。お前はユエの心をかき乱そうとしている。そもそも、エヒトに反逆するといってる割には、『解放者』の事が一言も出なかった事があり得ないよ」

 

恵理がそういうと、

 

「ついでに付け加えるなら、本当にユエを愛しているのならユエを300年も放っておかなかった筈だし、ユエを封印していた方法は、自分がいなくなっても、決してユエの気配を察知されることなく、己の死をもって秘匿を完全なものにする。そういう意図が感じられる。生きている奴が取る方法としては、少なくとも愛情なんか欠片も感じられない。それに………」

 

ハジメがそう補足しながらいったん言葉を区切ると、

 

「君はアレーティアじゃなくて『ユエ』だよ。僕の『大切』な女性(ひと)だよ」

 

そう口にした。

ユエはぐっと拳を握ると、

 

「ハジメ…………格好悪いところを見せた。ごめんなさい。もう大丈夫だから」

 

「謝る必要なんてない。ユエの中で、奈落に幽閉される前の出来事がどれほど大きいものか、僕はよく知っているから」

 

「……ハジメ。好き。大好き」

 

その時、拍手が鳴り響いた。

 

「いや、全く、多少の不自然さがあっても、溺愛する恋人の父親も同然の相手となれば、少しは取り乱すと思っていたのに、全く揺るがないとは予想外だったよ」

 

魔王はそういうが、ほとんど動揺は見られない。

 

「せっかく、こちら側に傾きかけた精神まで立て直させてしまいよって。次善策に移らねばならんとは……あの御方に面目が立たないではないか」

 

「……叔父様じゃない」

 

「ふん、お前の言う叔父様だとも。但し、この肉体はというべきだがね」

 

「……それは乗っ取ったということ?」

 

「人聞きの悪いことを。有効な再利用と言って欲しいものだ。このエヒト様の眷属神たるアルヴが、死んだ後も肉体を使ってやっているのだ。選ばれたのだぞ? 身に余る栄誉だと感動の一つでもしてはどうかね? 全く、この男も、死ぬ前にお前を隠したときの記憶も神代魔法の知識も消してしまうとは肉体以外は使えない男よ。生きていると知っていれば、なんとしても引きずり出してやったものを」

 

「……お前が叔父様を殺したの?」

 

「ふふ、どうだろうな?」

 

「……答えろ」

 

蒼い炎をその手に宿しながらユエが問い詰める。

 

「ほぅ、いいのかね? 実は、今の言葉も嘘で、ディンリードは生きているかもしれんぞ? この身の内の深奥に隠されてな?」

 

「っ……」

 

息を呑むが、惑わされまいと炎を放とうと手を前に突き出したその時、

 

「下手な嘘はやめた方がいいよ。降霊術師の僕には見えてる。その体に入っているのは薄汚い魂だけだ」

 

恵理がそう言葉を発した。

 

「ッ………!?」

 

それを聞いて言葉に詰まる魔王。

 

「貴様………!」

 

「どうやら君らにとってユエは大層特別な存在みたいだね? ユエの天職は確か『神子』だっけ? 神サマに関係ありそうだね」

 

「ッ………!?」

 

「あ、図星だった? 適当に言っただけだったけど、答え合わせをありがとう」

 

「ぐぬ…………! ええい! こうなれば最早手段は問わん! 貴様らを皆殺しにし、神子を手に入れる!」

 

魔王がそう叫ぶと、先ほど倒れた神の使徒、フリード、そしてノイントの姿が消える。

 

「ッ!?」

 

拓也がその様子に目を見開くと、少し離れたところにアハトと腕を後ろに拘束されるように掴まれていたノイントが姿を現した。

しかし、拓也はノイントの様子がおかしいことに気づいた。

やや前かがみになり、項垂れるような体勢になっており、長い銀髪が前に垂れてその表情を伺い知ることは出来ない。

すると、

 

「ノイントの記録の復元は完了しました」

 

アハトはそう告げる。

 

「ッ!?」

 

「あなた方はノイントを従者として引き連れていたようですが、それは精々1カ月程度の事…………彼女は悠久の時を主様の下で過ごしてきました。記録さえ復元すれば、あなた方の下に居たことなど、些細な過ちとして処理するでしょう」

 

アハトがそう言うと、ノイントが顔を上げる。

 

「ノイント!」

 

拓也がノイントの名を呼ぶ。

すると、

 

「私は…………ノイント………」

 

ノイントは静かに告げる。

 

「悠久の時を、主の命に従い存在してきた作られし人形…………」

 

ノイントは目を伏せたまま言葉を続ける。

 

「それが…………私…………」

 

「違う!!」

 

ノイントの言葉を即座に否定する声が響いた。

 

「ノイント! 確かにお前は人形だったのかもしれない! だけど、俺達と一緒にいたこの1ヶ月! そこにいたお前は人形なんかじゃなかった! 不器用でも一緒に笑って、一緒に楽しんで………! ぶつかり合ったこともあった! そこにいたお前は、まぎれもなく1人の人間だった!」

 

拓也がそう叫ぶ。

すると、

 

「だから如何だというのです? あなた方と共にいた時間など我々が存在してきた時間に比べればほんの僅か。一瞬の閃光にも満たない僅かな時です。そのような者に惑わされる我々ではありません」

 

アハトがそう言った。

 

「黙れ! それを決めるのはお前でも神でも! それを決めるのは………ノイント自身だ!!」

 

「…………………」

 

ノイントは目を伏せたまま黙っている。

 

「ならばその身をもって思い知りなさい! あなた達の1ヶ月の『記録』など、我々が積み重ねてきた悠久の『記録』の前には無価値でしかないことを! ノイント!!」

 

アハトが叫ぶと、ノイントがその手に大剣を具現させる。

 

「さあ思い知らせるのです! 貴女は! 我々は! 神の忠実な人形であることを!」

 

アハトが言い放ったその瞬間、ノイントの長い銀髪が翻った。

 

「え………………?」

 

「はぁああああああああああああああああっ!!」

 

ノイントが流れるような動きで体を反転させ、その勢いのまま大剣をアハトの胸に突き立てたのだ。

 

「ノイント………何を……………?」

 

アハトが理解不能と言いたげに声を漏らす。

 

「私は……………人形ではありません!」

 

見開かれたノイントの目は、確かな感情を持っていた。

 

「ゴホッ………!? な、何故…………!?」

 

アハトは血を吐きながらそう問いかける。

 

「簡単な話です……………」

 

ノイントは一呼吸置くと、

 

「人形の『記録』をいくら積み重ねようとも、私が『私』として紡いできたこの1ケ月の『記憶』の前には無価値だったということです!」

 

「そ、そんなはず…………」

 

「もう、黙りなさい。私はノイント…………私は『人』として生きていく………それが、『私が選んだ選択』です!」

 

ノイントはその言葉と共に一気に大剣を引き抜く。

 

「がはっ……!? も、申し訳ありません………主…………」

 

アハトはその言葉と共に機能を停止する。

ノイントはそれを確認して振り返ると、

 

「拓也様…………」

 

「ノイント………」

 

拓也と見つめ合い、

 

「拓也様……………かつての記録は全て取り戻しました……………今なら全てを理解しています。神の先兵として、この世界の重鎮達を操り、歴史を操作していたことも………そして拓也様に刃を向けたことも……………」

 

「そうか……………」

 

「このような私が………これからも拓也様のお傍にいても宜しいのでしょうか?」

 

ノイントはどこか不安そうに問いかける。

その問いに、

 

「当たり前だろ?」

 

拓也は何でもないように答えた。

 

「えっ………?」

 

「っていうか、今更一緒には居られないなんて言われたら俺は思いっきり落ち込むぞ?」

 

「拓也様…………」

 

「これからも一緒にいてくれ。それが俺の願いだ」

 

「ッ………はいっ!」

 

拓也の答えに、ノイントは花が咲くような笑みで応えた。

その瞬間、

 

―――ドォォォォォォン

 

天から光の柱が降り注ぎ、ユエを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

 

ユエの身体を奪い、ついに現れるエヒト。

『神』を名乗る程の力を使い、拓也達を苦しめる。

しかし、彼らの窮地を救うために、最後の闘士が現れた。

 

 

 

次回、ありふれたフロンティアへ

 

 

 

第45話 静かなる『木』

 

 

 

今、ありふれた伝説が進化する。

 

 

 

 

 




はい、第44話でした。
お盆休みに入ったので早めに投稿です。
大まかな流れは前作と同じでコピペ。
でも、要所要所は違います。
っていうか、恵理さん頼もしすぎ。
因みにミュウとレミアが居ないのは、この2人を人質にしたのは、ハジメとミュウの絆を知っている恵理が敵側にいたからなわけだったので、恵理が味方陣営にいるのでミュウ達を人質にする案が魔人族からは出なかったということで。
もう少しメタなことを言えば、この作品のハジメなら、クラスメイト達だけで人質としては十分なので。
では、次も頑張ります。
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