やっぱりモモンガ兄貴が居ないと。
『──宿屋はここで間違いないかな?』
そう告げた黒い全身鎧と黒髪の女を目を細め観察し、女と目が合う。
全身鎧?
異物の正体…この女、この女の視線だ。…その辺の人間に比べ隙がない。何者だ?あの視線は何だ?敵意?殺気…ではないが……殺すべきか?
思案していると黒髪の視線がベロスへ移る。睨むように暫く観察し、モップの男、席に着く男と視線を移し、一通り観察し終わると興味なさそうに視線を外す。
「なんだお前は?
腕に手をかけたままの男がそう告げる。この下等生物を忘れていた。腕でも折って…。
──いや。即座に場を離れるべきだ。この妙な女の前で騒ぎを起こすべきではない。何者か判明するまで目立つ動きは慎むべきだ。それに…今までの我慢が無駄になる。
腕を掴む男の手を払い、店主に告げる。
「私達は見ての通り、か弱き姉妹。相部屋など…。個室がないようでしたら諦めます。空きはあるのでしょうか?」
「…わからねぇ奴だ。そうかい。銅貨7枚。先払いだ」
懐から7枚の銅貨を手渡す。
「ああ、確かに。階段上がって一番奥だ。鍵はこれを使いな」
そう告げ店主は一本の鍵を手渡す。
ベロスの手を引き、軽く頭を下げ告げる。
「行きますよ」
妹の手を引き、階段を上り部屋へと向かう。
少し経つと下の階から大きな物を投げ飛ばしたような物音が聞こえる。
「さっきの黒髪の女の人さー、こっちジロジロ見てなかったー?」
「あの場で口にしなかったのは素晴らしいですよ」
確かに…妙な女だった。だが…お陰で台無しにせずに済んだのは助かった。
「うあー…虫が…ベットに……」
「……そうですね」
こんな調子で…ウルベルト様を見つける…可能なのだろうか。広大な砂漠の中に埋もれた宝石を探すようなものだ。…今は考えるのはやめておこう、気が滅入る。今日は本当に疲れた。疲れなど感じぬはずなのに。休みたい…こんな感情は初めてかもしれない…。睡眠等…不要な体であるのに…。今日はもう何も考えたくない。
一階から女の悲鳴のような怒号が聞こえる。ポーションがどうのと…煩い。明日は…また忙しいのでしょう。そんな考えを忘れる様に、脳の処理を止め目を閉じていく。
・
「このような場所にモモン様が滞在する事になるとは…」
「ナーベ、様はやめろと言ったろう」
「申し訳ありません、モモン様」
別の個室に深く溜息をつくアインズの姿がある。
「それと…周りの人間を睨むように見回すのもやめろ」
「しかしモモン様の護衛として──」
「繰り返しが必要か?」
ああ…人選失敗したかもしれない。
「一応…再度確認するが…ナーベ、今のお前は何だ?」
「はい、冒険者モモンさ──んの護衛、そして冒険者仲間ナーベの役目として御側に。我が身に余る光栄です」
「ならば人を見る度に睨みつけるな」
「しかし…何処に脅威があるかわかりません」
「護衛の為だとしても自重しろ。明日からは依頼を受けるんだぞ?」
事前に殺気は出すなと伝えたとは言え…睨むように警戒してたらどう見られるかくらい察してくれ…。明日までに言い聞かせないとダメだな…。
護衛として周りを警戒する…まぁ…理解はできる…けどさ…。
はぁ…と一つ息を吐き出し、冒険者組合で受けた説明を思い出す。
「しかし夢のない仕事だ…」
冒険者。そう聞いた時は胸が躍った。未知を求める仕事。素晴らしい。そう感じていたのだが、現実を知った。これではモンスター専用の退治屋…傭兵だ。
「それも階級が上がらないとろくな仕事も受けれないときたものだ…」
「モモンさ──んには傭兵仕事等…相応しくないと思いますが」
「現実を突きつけるのはやめろ」
出るはずのない溜息をつき天井を眺める。虫が…最低な仕事に最低な宿屋だ。
「ところで──あの不快な女はどう致しますか」
「ああ…」
どの女だ。この宿屋で三人見た…ああ、ポーションの女か。
「相手にするな。大切な物を壊したのは私だ。私とて大切な物を壊されれば憤怒に我を忘れるだろう」
実際は精神の抑制があるが…と思い返し想像してみる。例えばナザリック。もしも…盗人や妙な連中がやってきて破壊や盗みを働いたら?例えば俺の仲間達を傷付けたら?…いかん、思った以上に…。
精神が抑制された事で頭を振る。まさか想像しただけで抑制されるとは。
「しかしあれはモモンさ──んに何一つ非がありません。責められるべきはあの下種な男です」
「そうかもしれない。だが結果を見れば私が投げたせいだろう。ポーション一本で気が鎮まるならそれでいい。モモンの評価にケチがついても困る」
微妙に納得しかねているナーベラルにそういうものだと告げておく。しかしあの女もたかがポーション一本で…いや、価値は人それぞれか。当人にとって大切なら他者がどう思おうが関係ない。
「とりあえず今後の方針だが…そう言えば女といえば酒場に二人、個室を借りた女が居たな」
「…そう…でしたか?」
…まさかもう忘れてたのか?人間に興味がないとは言え少し…。ナーベラルを選んだのは間違いだったか…?
「あー…いや、うん。同じ…同じではないが…同性…としてどうかと思ってな…」
俺は何を聞いてるんだ。セクハラ親父みたいな発言になってないか?とアインズが少し自分に引いているとナーベラルが口を開く。
「どう…?どう…ですか?
「…そうか」
「わかった。──では今後の話だが…まず金がない。ああ、勿論この世界の金だぞ?」
ナーベの事は一度諦め、悲しい現実の話を突きつけていく。ユグドラシル硬貨でも金銭的価値はあるとご確認されたのでは?と不思議そうなナーベラルにプレイヤーの危険性やリスクや今後の方針を淡々と説明し夜は更けていく。
・
コツコツと石畳を歩く音が夜に響く。
あの酷い宿を出て数日経った。少し考え、低位の
第三位階の珍しい姉妹、それが思った以上に噂になっていた。これでは目立たず。というのはもはや不可能。考えを改める。ならばむしろ目立った方が良いかもしれない。
冒険者として一つの依頼を受けた。ベロスと話してまずは冒険者のランクを上げてみるのはどうか…正確には上げてみたいという妹の願いに渋々首を縦に振った結果なのだが。依頼内容は墓地の警邏。アンデッドの発生を防ぐ為だそうだ。
「──それでさぁ、オートスちゃんさー、終わったら飯どう?冒険者として先輩としてさー、色々教えてあげるよ?」
「煩いですね。虫の方が静かな分まだいいでしょうね」
流石に
特に不快なのはこの金髪の男だ。おまけの二人もその姿に苦笑している。事あるごとに私に触れようとしてくるが、妹に手を出さないだけまだマシか。
「そりゃひでぇなぁ。奢るからさぁ。聞いてる?ってかこんな所までくる必要ある?」
その言葉を無視し足を進める。まだアンデッドでも出た方がこの男より静かな分マシだ。
そんな思いで墓地の奥地へ足を踏み入れる。
「あれれ、こーんな所にお客さんかぁ。嫌だなぁ。困っちゃうなー?」
場違いな声が墓地に響く。
声の出所に目を向けるとオレンジ色の髪色をした細いラインの女性が目に入る。
「こんな所をお散歩ー?墓地なんかに居たら死んじゃうんじゃないかなー?」
そう告げ口角を吊り上げ刺突武器をくるくると手で回している。
墓地に女?と少し警戒した男の一人が口を開く。
「何だお前…女?冒険者…じゃないな?ここで何してる」
「
クスクス笑いながらそう告げる。
「一応私は警備兼お手伝いって事になってんだよねー。だからさー…運がなかったね」
そう言うや否や深く腰を下ろしバネのように跳ねる。一人の男が悲鳴を上げる事もなく、目から後頭部へと刺突武器が貫通し崩れ落ちていく。その光景に男達が悲鳴のような叫びをあげて走り出す。
「いいねぇ!もっと早く逃げないと死んじゃうんじゃないかなー?」
笑いながら逃げていく男の背に深々と武器を差し込む。激痛と恐怖でその悲鳴は墓地の空へと響き渡る。その声に満足気にもう一度振り下ろし、ちらりと姉妹に視線を向ける。
…逃げない?腰でも抜けたか?ならー…メインディッシュ。
「お仲間がやられてるのに振り向きもしないなんて酷いんじゃないかなー?」
全力で逃げる金髪の男にそう告げ、腰を落とし跳ねる。
男は肩に激痛を感じ視線を向ける。視線の先から血がゴボリと流れ出している。
「あああぁぁ!!?死ぬ!!死んじゃう!!!」
「死んじゃうねぇ。いいねぇ!ほらほらもっとさぁ!」
男が死なない程度に穴を増やしていく。刺す毎に音が出る玩具のように楽しみながらゆっくりと時間をかけて刺していく。
「あー。私それは別に趣味じゃないんだよねー」
アンモニア臭が臭ってきたあたりで目にズブリと武器を差し込む。男の全身がピクピクと痙攣し、糸が切れた人形の様に崩れ落ちる。
「さーて、次はメインだねー。…?何してんの?」
小柄な女は頭の裏で手を組みこちらを見ている。こっちはまだ楽しめそうだ…。が、長身の女は音楽でも聴く様に目を細めている。何だ?こいつ同好者か?だとしてもこれじゃつまらない。
「お仲間が死んだのに怒らないのー?仲間の仇をー!とかさー?」
「いいえ?感謝したいと思っています。大変不愉快な方でしたから」
「ちょっとかわいそーだけど、姉上がすっっごい嫌がってたからね!」
何だこいつ等?狂ってるのか?…それは私か。自傷気味にそう思う。狂ってる。それは自覚してる。自覚しなければ、そう思わなければここまで生きてこれなかっただろう。
軽く頭を振りその考えを追い出していく。小さい方はまだ楽しめそうだ。ならば先に長身。
「お姉さんさー、悲鳴を聞くのが好きなのかなー?」
「勿論です。貴女もそうなのですか?」
「大好きだよー、だからさー。聞かせて貰おっかなー」
口にするや否や飛ぶように駆ける。顔はダメだ。楽しめないで終わる。先ずは腹。ヘソをもう一個増やしてやろう。そしたら次は脚。姉上とか言ってたっけ?動けなくして妹ちゃんを殺してあげるのもいいかもー。
「…は?」
妙な声が出た。見えない膜に防がれたように武器が止まる。
その先端を優しく指が挟みこむ。
「刺突武器…直ぐには殺さないようにするための工夫ですか?」
「糞が!そのまま死ね!…!?は!?」
武器を全力で押すも引くも動かない。巨大な岩に挟まれているようにピクリとも動く気配がない。腰に付けた他の武器に手を回す。ない。
「ふーん?トゲトゲしてて痛そうだけど」
いつの間にか後ろにいたチビが私の武器を持って眺めている。
何だ?何だこいつ等。気付けなかった?この私が?
直観が警告を告げている。何かヤバい。逃げた方がいい。
「糞がぁ!!あえ!?」
武技を伴い全力で地面を蹴り後方へ駆ける。駆けるが…何で正面にこの女が…。
「急な別れは寂しいではありませんか」
そう告げ両手を大きく広げている。死の抱擁。そんな予感がする。
あれに、あれにだけは捕まってはならない。
「あああぁぁ!!ああ!??」
大きく方向を変え地面を蹴る。
…何で?何で目の前に居るんだ?元居た所に目をやると既に居ない。
転移か!?
「捕まえました、思ったより細いのですね」
「やめろ!離せ!!おい!」
優しく包まれるような抱擁。だが異常な程の力を感じる。一切動く事ができない。
「私は別に殺そうなど──おや?顔を見せてください」
頬を手で挟まれ無理矢理顔を固定される。少し考える様にこちらを見て……。嫌だ。死にたくない。こんな所で。やっと逃げ出したのに。死にたくない。
「ベロス?私の幻術を解いて貰ってもいいですか?」
「え?何で?」
「試してみたい事ができました」
「?わかった」
オートスは抱きかかえた女の顔を見据えたままそう告げる。
「え…?あ、ぁ…?あ…悪魔…」
徐々に肌の色は赤茶色に代わり耳は伸び、頭からは角が生え、目は赤く染まり黒目は横へと延びていく。
「その通りです、ところで貴方は…法国の方ですね?」
「…え?」
予想もしていなかった質問に妙な声が出る。
「オレンジ色の髪、刺突武器。…漆黒聖典、疾風走破…クレマンティーヌ…でしたか?」
ニグンとかいうあの男の記憶では。と心で付け加えておく。
「な、何で…知って…」
抱えられた力が弱まり降ろされる。
悪魔が名を知っている?殺されていない?何だ?何が?と頭が完全に混乱し逃げる事すら思考の彼方に飛んでいく。
「私は別に殺す気はないのですよ?不愉快な生き物の排除に感謝します」
「ど…ういたし…ました?」
貴族の様に優雅なお辞儀をされ、何を答えたらいいのかわからない。混乱から妙な言葉が口を出て行く。
唖然としているクレマンティーヌを観察しながらオートスはニグンの記憶に刻まれたクレマンティーヌに関わる情報をかき集めていく。報告書、私生活や同僚、部下の小さな噂に至るまで様々な事柄を頭の中でかき集める。元は真面目な信仰心厚い人間…?では何故このような素敵な趣味を?様々な情報から多様な角度で思考のピースを組み上げ心に響くような甘い声音で紡いでいく。
「──長らく苦労されたようですね」
「はえ?」
それを口火にその口から出てきた言葉はクレマンティーヌにとって予想外の言葉達。続く言葉も何故そんな話を知っていると困惑するようなもの。それを知ってるのは六色聖典でも一部の…そんな話を口に出すと共に、労わりの言葉をかけていく。
一度でいい。一度で良かった。一度だけでも欲しかった言葉達。組織に、家族に一度でだけでも。そんな言葉達が悪魔の口から甘く心に広がるように紡がれる。
神の為に、国の為に、人類の為に。その為に全て捧げてきた。その見返りは何もなかった。何でもいい。労りの言葉一つでよかった。よくやった。頑張ったな。ずっとそんな一言が欲しかった。
だが現実は…傷付き帰還すれば、かけられるのは兄との比較。何故お前は出来ないのだ、兄を見習えと。命懸けで成功した任務でも、あの優秀な兄の妹ならば当然だと。待っているのは常に優秀な兄との比較。どれだけ頑張っても振りむく事が無かった両親。世の中の不公平さに徐々に狂っていく。誰か私を見てくれ。誰か私を見つけてくれ。私が壊れていく。
紡がれた言葉達はその凍り付き砕けた心を少しずつ拾い集め溶かしていく。
「神とやらは何一つ助けてくれませんよ」
その一言がこびりついた信仰心を砕いていく。国を捨てても未だに未練の様に、こびりつくように残っていた小さな小さな信仰心。
そうだ。どんな時でも助けてくれなかった。死ぬような拷問にあった時も、数少ない親友が目の前で死んでいった時も、弱かりし頃に屈辱にあった時も。
「──私の手を取ってみませんか?きっと面白い物をお見せしますよ」
「な、なんで…私…」
「神とやらの作り出した、世の中の不公平さに怒りはないのですか?」
心を惑わす一言が心を染めていく。そうだ、こんなのはおかしい。何度も何度もそう思った。
──だがそんなのは戯言だ。世間知らずの子供がする妄言。世界とはそういうものだと決まってる。個人が何か思ったところで、動いたところで、何一つ変わらない。それが世の中だ。
だが…この悪魔なら…。私が手も足も出ない強大な悪魔なら。もしかしたら変わるのかもしれない。世界が、何かが。見て見たい。それに……この悪魔は私を見つけてくれた。
そんな心が差し出された手を取った。
「期待しています。──先ほど警備と言っていましたが、この墓地には何かあるのですか?」
「え…えと…地下に…ズーラーノーンと呼ばれる組織が居ます…」
「興味深いですね。少しお聞きしても?」
ベロスの幻術で人の姿に戻り、クレマンティーヌの話を聞いていく。
此処に居た理由、目的、様々な事を。
──大きなイベント…?面白い。
「先ずは…そうですね。あの死体を何とかしませんと」
男三人の死体に目を向ける。どう処理したものか。
突如同行した冒険者が消え、二人が戻るのは流石に不味いだろう。
イベント…イベントか。そんな事を考えている姉に小声で妹が疑問を口にする。
「姉上さー、さっきのは?」
「本来の姿で人と関われるのかどうか、そして人間である人手も欲しかったのですよ」
「違う違う。それじゃなくて」
「では何でしょう?」
「世の中不公平ーってやつ」
そう言われ、はて?と顎に手を付け考える。確かに…私は…何故あのような事を?もう少し…いくらでも良い言い回しはできたはず。では一体何故…。
「何だかさー、すっごく懐かしい気がしたんだよね」
「そう…そうですか?」
遠くを見つめる様に目を細める妹を見て思い返す。言われてみれば確かに何処かで…。
無自覚に口から出て行ったその言葉に何か不思議な感情を感じ目を細める。
「不公平な…世界…」
誰に告げるわけでもなく呟いたその言葉は、風に乗り夜空へと消えていく。
おーとす :大きなイベントかぁ
え・らんてる:あのちょっと