超次元ゲイムネプテューヌ Origins Unknown   作:シモツキ

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第八話 崩れゆく自信

 初めは、上手くいっていた。確かに上手くいっていて、誰が見ても順調な感じだった。宣伝のおかげで始まる前から凄い盛り上がりで、情報ではプラネテューヌだけじゃなく、各国の人達も来てくれたみたいで、それだけでももう感無量だった。嬉しかったし、わたしの中の「上手くいく」って思いは、確信に変わりつつあった。…その時は、本当に…そう、思っていた。

 

 

 

 

「…ふぅ。やっぱりこういうのは、何度やっても緊張するわね」

「お疲れ様、お姉ちゃん。…っていうのは、早過ぎるかな?」

 

 開会式を終えて、舞台袖に移る。当然開会式の中ではわたしが話す場面もあって…緊張した。ただ、国の長として話す時の緊張なんて、慣れたもの。慣れた上で、程々に感じる緊張は、自分にとってプラスになる。

 

「ネプギアもお疲れ様。でも確か、この後すぐに別の役目もあったわよね?」

「うん、だから行ってくるね」

「えぇ。…ネプギアにも、色々負担を掛けちゃってるわね。最初はもっと、わたしがやるつもりだったんだけど…」

「気にしないでよ、お姉ちゃん。誰か一人に役目が集中するのは進行上良くないし…わたしだって、大博覧会の成功を目指してたんだもん。だからわたしにも、少し位役目を持たせてほしいな」

 

 って、もう役目は色々任されてたね。…そう言って、苦笑しながらネプギアは歩いていった。髪とドレスのスカートの裾を揺らして、女神の姿のネプギアは次の仕事へ向かっていく。

 その後ろ姿は、何とも心強いものだった。普段は並んで歩くか、わたしの方が先を歩く事が多い…戦闘中もネプギアがわたしより前に出てる事は少ないからこそ、あまり見る事のないネプギアの背中。…全く、恐ろしいものね。ネプギアの成長は、留まる様子がないんだもの。

 

「さて、わたしものんびりとはしていられないわね。まずは予定通りに各ブースを回って……」

 

 自分の中で流れを思い出しつつ、スタッフに声をかける。移動する事を伝え、用意してもらっていた車両に乗る。飛んだ方が速くはあるけど、急がなきゃいけない状況ではないし、こういう時は車両での移動の方が、わたしも皆の事を見られるし、皆にもわたしの存在に気付いてもらえる訳だから。

 

(うん、ほんとに壮観ね)

 

 車両の中から、街並みを見る。いつもとは違う、普段とは違った様子と盛り上がりを見せてくれるプラネテューヌの街並みと、そこで忙しなく動き回る展示・出店側と、それを見ながら歩いていくお客の姿を、ゆっくりと見回していく。

 大博覧会といっても、どこかに会場を用意した訳じゃない。街の一角、ある程度の範囲を丸ごと大博覧会の舞台にしていて、だからプラネテューヌの、多くの組織や技術者の展示や実演ブースの他にも、お祭りの様に沢山の屋台が道路沿いに立ち並んでいる。わたしの思い描いた光景が、確かにここに広がっている。

 

「…電話?」

 

 と、そこで携帯端末が鳴らした着信音。誰かと思えば、電話を掛けてきたのはノワール。

 

「ネプテューヌ。もしかして貴女、もうメインステージにいないの?」

「そうよ。何かあったの?」

「いや、何もないけど…思っていた以上に過密なスケジュールなのね」

 

 その通りだとわたしが返せば、ノワールはそこはかとなく感心したような吐息を漏らす。…それだけで感心するって、ノワールはわたしを何だと思っているのかしら…。

 

「まあ、この規模では一つ一つの移動時間も合計すれば馬鹿になりませんものね」

「わたしとしちゃ、ここまで広範囲でやる必要はねぇと思うが…ネプテューヌらしいっちゃ、ネプテューヌらしいわな」

「でしょう?妥協して半端なものを作るんじゃなく、目一杯派手に、豪快なものを作り上げたい…それがわたし、ネプテューヌよ」

 

 続けて聞こえてきたベールとブランの声にも言葉を返す。今日は三人も守護女神として来ていて、開会式にも出てくれた。更に、神生オデッセフィアからも、守護女神のイリゼの代わりにセイツが来てくれてるんだけど…声がしないわね。

 

「ねぇ、セイツは一緒じゃ……」

 

 開会式の時はいたのに、今は一緒じゃないのかしら。…と、わたしが思って訊こうとする中、通話越しに「はぁぁんっ!待って、待って待って待って活気があり過ぎるっ!皆これからの事に心を躍らせ過ぎてるのぉぉっ!」…という声が聞こえてきて…あー……。

 

「……全部、理解したわ…」

「えぇ、理解してもらえたようでこっちも助かるわ…」

「女神化してる分もあって、ほんとテンションがヤベぇんだよな…」

「開会式の間はちゃんとしていた辺り、理性のブレーキはあるんでしょうけども…イリゼと違って平時との差が激しいですわよね…」

 

 何となく思い浮かぶのは、ハイテンションなセイツを何とも言えない顔で遠巻きに見ている三人の構図。流石に何か問題を起こす事はないと思うけど…って、こういう思考が出てくる時点で、やっぱりちょっとアレ過ぎるわね…。

 

「あーでも、女神化前後での差の激しさってんならオリゼはセイツ以上だし、イリゼも最近…いや、暫く前からか?…はあの喋り方や立ち振る舞いが自然に出てくるようになってるっぽいし、昔のイリゼの方が特殊で、セイツはむしろ普通だったりするんじゃねぇか?」

「言われてみると、それもそうですわね。…いや、だとしてもあれを『普通』と言うのには抵抗がありますけども……」

「ま、普通って言葉が掛かってる対象が違うしね。ともかく、忙しい中電話して悪かったわ。私達も私達なりに楽しませてもらうから…最後まで気張りなさいよね」

 

 気の強い、ノワールらしい言葉でのエールを受けて、勿論そのつもりだとわたしは返す。丁度最初の目的地に着いたって事もあって、通話を切って車両から出る。

 この大博覧会には、各国から様々な人が来ている。それは、純粋に楽しもうと思って来てくれている人だけじゃなく、今のプラネテューヌの最先端を、技術の粋を見ようと、学んだり参考にしたりしようと思って来ている人も、きっと沢山いる。そしてわたし達自身も、この大博覧会を通してプラネテューヌの技術力、革新していくさまを披露しようと思っているんだから…最初から最後まで、これがプラネテューヌだと見せ切りたい。

 そして、それはきっと無理な事じゃない。どのブース、どの人も準備ばっちりなんだから、十分やれる。やり切れる。わたしもそれを、盛り上げ皆に伝えていくだけ。そう、今ここで、今日という日に…恐れるものなんて、何もない。

 

 

 

 

 何か問題が起こる事もなく、対処しなきゃいけないトラブルが発生する事もなく、順調に、好調に、大博覧会プレオープンは進んでいた。あちらこちらで好評の声が聞こえてきて、セイツじゃないけど、街を包む活気と思いに、気分が舞い上がるようだった。でも、『それ』は確かに近付いていて…ううん、初めからずっとあって……最初の気付きは、ほんの些細な事だった。

 

「うん、これも中々…やっぱり大きな事に活用される技術程目立ち易いけど、こういう日常に直結する発展も大事よね。凄く美味しいわ」

 

 ブースの内の一つ、調理器具を販売するメーカーの最新器具を使って作った料理を食べてみて、その簡単さと美味しさに感嘆する。簡単に、美味しい料理を作れる…それがどれだけ凄い事かなんて、考えるまでもない。

 

「──更に凄いのは、この薄さです!薄くすればする程強度が落ちるというのは当たり前の事ですが、これはなんと超伝導技術をベースに……」

 

 今わたしがいるブース、その近くにあるビルの大画面モニターに映っているのはネプギアの姿。

 ネプギアは今、別の場所で別の最新技術について解説をしている。実は予め情報公開していた展示ラインナップの内、アンケート上位となったものやブースについてはネプギアがインタビュー、又は解説するという事になっていて…自分の得意且つ好きな機械技術分野の解説という事もあって、難しい説明も難なくこなすネプギアの目は輝いていた。恐らく、本来の担当者と同等以上に…そして間違いなく、楽しんでいた。

 

(好きな事を仕事に、とは言うけど…これもその一つよね)

 

 女神という務めの中で、機械という好きな事に関わる仕事を行う。行えるように事を進める。そうしていったのは、他でもないネプギアな訳で…開会式の後、わたしはネプギアに申し訳ないと声を掛けたけど、あれは本当に無用な気遣いだったかもしれない。

 でもそれなら嬉しい見込み違いというもの。わたしは口元に笑みが浮かぶのを感じながら、料理をきっちりと全部食べて、席を立つ。

 

「とても良い商品だったと思うわ。市場に出る日が楽しみね」

 

 最後にもう一度賞賛の言葉を送って、ブースから出る。もうそこそこな数のブースを回したけど、まだまだ回る予定の場所は多いし、その後も色々とやる事がある。慌てる必要はないけど、今日はゆっくりしている時間なんて多分ない。…と、そう思っていた時だった。

 

「パープルハート様、お忙しい中申し訳ありません」

「っと、どうかしたの?」

「はい。スタンプラリーの景品が、今のペースでは早期になくなってしまいそうでして…」

「え、もう?」

 

 わたしを呼び止めたのは、運営スタッフの内の一人。何事かと思って訊けば、より多くのブースや展示を見てもらう為のスタンプラリーの景品数に不安があるという事らしくて…でもわたしは、それに疑問を抱く。

 おかげさまで沢山の人が来てくれているし、想定より早いペースで景品が減っていってしまうのは分かる。だけど……実を言うと、その景品はわたしが直々に発注をした結果、発注数を間違えて、「こんなに大量に用意してどうするつもりなんですか…?(・□・;)」…と呆れられたものだったりする。それなのに、早期になくなるだなんてちょっとおかしい……って、あ。

 

「…景品の在庫だけど、第四倉庫の中は確認した?」

「第四倉庫、ですか?…景品の保管場所は、第三倉庫と聞いていたのですが……」

「…あー……うん、実は第三倉庫の景品用スペースに置き切れなかった分を、第四倉庫に別途置いてあるのよ。その事を現場に伝え忘れてしまったわ、ごめんなさい」

「い、いえ。では、第四倉庫を確認してみます」

 

 一つお辞儀をして走っていくスタッフを見送り、わたしは自分のミスね…と額を片手で軽く押さえる。

 間違えて過剰に発注してしまったのがわたしのミスであれば、その分を自分で別の場所に置き、そこにあると伝えておくのを忘れてしまっていたのもわたしのミス。前者はまだ怪我の功名になりそうな感じもあるけど、後者はシンプルな伝達ミスで…そもそもわたしがやらなくてもいい発注を、「折角だし、ついでだし」の感覚でやったのが根本的な間違いね…気を付けないと…。

 

(…でも、何事にもミスは付きものよね。大した事ないレベルで済んだし、むしろこれは良い経験として前向きに……)

「あの、女神様。そろそろ移動しなくては時間が……」

「あ、そうね。それじゃあまた、運転お願いするわ」

 

 移動しようとしていたところだった、車両の運転手に声を掛けられて思い出したわたしは、すぐに車両に乗り、次のブースへと向かう。

 基本的にプラネテューヌの科学技術、最先端のものを披露していく大博覧会だけど、芸術や文化のブースも少なからずある。次に向かう事になっているのも、そのブースの内の一つで……

 

「……あら?今の通りはまだ直進だった筈じゃないかしら?」

「へ?…ですが、直進してはどんどん離れていってしまいますよ…?」

「……?」

「あ…いえ、すみません。私の記憶違いかもしれないのですが、ルートとしては左折するのが最短だった筈かと……」

 

 思っていたのとは違う道筋で行こうとする運転手の判断に、わたしは困惑。念の為端末のマップで調べてみるけど、やっぱりさっきの所は直進するのが最短…というか、わざわざ曲がる必要なんてなかった筈。交通規制とかでもないし、どういう事かしら…。

 

「…確認だけど、貴方は美術館エリアにどういう経路で行くつもりなの?」

「……はい?美術館エリアは、この次の次からですよね?」

「えぇ?」

 

 何か認識の違いがあるのかも、と思って運転手の考える経路を訊こうとしたわたし。けれど返ってきたのは、予想とは大きく違った言葉。

 一体何を、と困惑する。次の次ではなく、次。順番を間違えているんじゃ?とわたしは思って…でも何だか不安になって、端末から今日の予定を確認する。次にわたしが向かうべき場所は…うん、やっぱり間違ってない。

 

(…あれ、でも…これって確か……)

 

 書いてある順序と、わたしの記憶とに乖離はない。間違ってない。…このデータが、正しいのなら。そして、わたしの知る限り、この進行表は何度か変更が入っている。…まさか……。

 

「…いーすん、一つ訊きたい事があるんだけど……」

 

 さっき以上の不安を抱きながら、わたしはいーすんへと連絡。最新の…つまり、正式な進行表について確認をして…通話を、切る。

 

「…見ている情報が間違ってたわ、ごめんなさい。このまま進んでくれるかしら?」

「あ、は、はい」

 

 きちんと情報を更新していなかった。その上で、なまじここまでは最新じゃない情報でも合っていたから、最新じゃない事にも全く気が付かなかった。

 単純な、初歩的なミス。運転手に任せっ切りじゃなくて、自分でも周りを見て、道筋を考えていたから、狙っていた訳じゃないけどそれがミスに対するフォローになった結果、極めて浅い傷で済んだ。…だけど、良くない。内容は初歩的でも、傷は最小限でも、『事前準備における不注意』で、『偶々気付けただけ』のミスだなんて、運が悪ければ致命的な失敗に繋がっていたとしてもおかしくないんだから。

 

「……っ…」

 

 思わず出しそうになった溜め息を、ギリギリで堪える。今ここで溜め息を吐いたら、運転手に当然聞こえる。ここまでのやり取りを考えれば、自分のせいで溜め息を吐かせてしまったのでは、と運転手が気にしてしまうかもしれないし、実際には100%わたしが悪いんだから、運転手に負い目を感じさせてしまうなんてあっちゃいけない。

 それに、これを引き摺る訳にもいかない。二連続でミスに気付いて、どっちも自分が少し気を付けていれば防げた筈の事だって思うと、流石に少し気落ちしそうだけど、人前に立つ時にそれを周囲に感じさせてしまうようじゃ、守護女神の名折れ。反省するべきだとも思うけど、一旦この事は頭の隅に押しやって、ブース回りに集中を……

 

(…あ、いや、待った…わたし確か、事前確認の時も、こっちのつもりで話をして、そのままになってなかった…?…って、事は……)

 

 三度浮かび上がる不安感。でもこれまでのと違って、今度は今気付いても仕方がない事。どうしようもない事。ただただ、不安ばかりを抱えたまま、次のブースに着いたわたしは、急いで車両から出て……そのブースの担当者、展示してくれている人達に、驚かれる。女神様が来るのは、もっと後だった筈では?…と。

 

「ま、まさかこんなにも早くいらっしゃるとは……」

「来るタイミングが変わったって事を伝えていなかった、わたしのミスよ。皆もわたしがもっと後に来る前提で、色々予定を立てていた筈よね…申し訳ないわ……」

「そんな、滅相もないです!わざわざうちの様な大きくもない企業のブースにまで来て下さるだけで、我々としては大いに感謝しているのですから!」

 

 これまでとは違う、どうにもならないミス。しかもそれで困る事になるのは、わたしじゃなくてこのブースの人達。にも関わらず、担当者の人達はお客の応対をしながら急いでわたしの方の準備もしてくれて……それをわたしは、手伝う事も出来ない。女神が手伝ってるなんて、不手際があったと周りから丸分かりになっちゃうし、それでわたしの評価が落ちるなら自業自得だけど、ここのブースの人達のミスだなんて思われたら、本当に皆に申し訳が立たない。

 

「さっきの凄かったよなぁ。やっぱ最先端を感じたいってなったら、プラネテューヌが一番だよな」

「ちょいちょい謎なのもあるけどな。時代を先取りってやつかねぇ」

「次のパープルシスター様の取材ってどこだっけ?先回りして、良い場所取らなきゃ…!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。折角あそこにパープルハート様がいるんだから、もう少し…あっ、今目が合った!ねぇ今わたしの方を見てくれたわ、わたしの事を…ああぁ手まで振ってくれてるぅ……!」

 

 聞こえてくるお客の声から、皆それぞれに楽しんでくれてる事が伝わってくる。それは良い、本当に良い。各ブースや展示が成功してるって証拠なんだから、胸を張りたい気持ちにもなる。

 なのに…いや、だからこそ、自分が情けなくなる。致命的なミスこそないとはいえ、その場その場で何とかなっているとはいえ、皆の努力を、成果を、わたしのミスが台無しにしたかもしれないと思うと、頭の片隅に追いやっていた反省が意識の真ん中へと戻ってこようとする。

 

「(…駄目よ、駄目駄目。今マイナス思考をしてどうなるっていうの?…そう。ここで自責の念に駆られたって、何にもならない。皆だって、今わたしがそうする事を望んでなんかいない筈)…すぅ、はぁ…」

 

 このままだと不味い。そう思ったわたしは、自分の中で意識を切り替えるべく深呼吸を一つする。

 多分、他にも細々としたミスがあると思う。ここからもそういうミスに気付くだろうし、問題にならずに済んだだけで、ここまでにもミスがあったんじゃないかと思う。だからもう、終わるまでは気にしない。ミスがある前提で、乗り切れればそれで良しってスタンスに切り替える。皆の頑張りがここに集まっているからこそ、わたし個人の反省より、最後まで乗り切る事を重視する。

 考えてみれば、これまでだってそうだった。戦いの中では大概、完璧な対応なんて出来てなかったし、それでもわたしは、わたし達は、その場その場のベストを尽くして何とかしてきた。今だって、それは変わらない。何とかするって思いで、何とかしようと力を尽くせば、最終的には何とかなる。──そう、思っていた。そう信じていた。この時までは、まだ。そして、それは……あっという間に、崩れ去った。

 

「何とかなったわね…えっと、これで今度こそ次は……」

 

 急な予定変更に何とか対応してくれたブースでの時間を終え、迷惑をかけてしまった皆に謝罪と感謝を改めて伝えて、わたしはまた車両で移動。少しでも、一つでも問題が起こる前にミスに気付けたら、と準備中の自分の行動を片っ端から思い出し…そこで携帯端末が鳴る。

 

「いーすん、どうかし……いや、何かあったの?」

「はい。お忙しいネプテューヌさんにこれをお伝えするのは、少々心苦しいのですが…今、ネット上で交通に関して、混乱が広がっています」

「混乱…?」

 

 察したというか、早速また自分のミスが発端の問題が起きたんじゃないか…って気になったわたしは、いーすんが話す前にこっちから訊く。わたしの見立ては当たっていたみたいで、極度にではないけど重く受け止めてる感じの声をしたいーすんは、今起こっている事を言う。

 

「端的に言えば、公開されていた公共交通機関の運行情報と、実際の運行内容が違う、というものです。朝の段階では比較的齟齬が少なかった事と、逆に時間が経つにつれて来場者が増えてきた事から、今になっての発覚となりましたが、遡ってみたところ、かなり前からこの情報はちらほら出ていたようです」

「対応…というより、正しい情報の発信は?」

「既に行っています。ネプテューヌさんの方からもお願い出来ますか?」

 

 勿論、とわたしは返し、すぐに個人のアカウントで公共交通機関の発着時間には気を付けてほしい事、情報は公式のところから確認してほしい事を発信する。こういう形での対処に即効性はないし、調べたっきりで情報の再確認なんかをしていない人には届かない方法ではあるけど、今打てる手はこれ位しかない。

 

「…何とかなると思う?」

「時間に余裕を持って行動する事、公式ではない情報を鵜呑みにはしない事、どちらも個々人が意識して気を付けるべき事ですし、ネプギアさん他発信力のある方にもお伝えしているので、致命的な事にはならないと思いますが…既に情報が広がっており、現に誤った情報で予定通りに行かなかった人が多数いる以上、あまり楽観視も出来ませんね…。しかし何故、こんな安直なミスによる情報が……」

「どういう事?」

「その誤った情報というのが、平日の運行情報なんです」

 

 今日は休日。間違った情報に載っているのは平日の情報。それが誤情報の正体だといーすんは言い、通話越しに小さな溜め息が聞こえてくる。

 確かにそれは安直なミス。公共交通機関じゃなくても、こういうミスをした、しそうになったって経験なら、誰もが一度はしそうな事。でも、個人でなら本人のうっかりで済む事でも、情報として広がってしまったらうっかりじゃ済まない。

 

「一体どうしてこんな間違った情報が……」

「善意で動いたものの、情報の確認をきちんとせず広げてしまった結果か、それとも悪意で以って意図的に広げた情報か…ただ何れにせよ、今日となるまでに誤情報が広がっている事に気付けていれば、防げた混乱であるのも事実です。申し訳ありません…」

「謝らないで、いーすん。全く気付かなかったのはわたしも同じだし、ミスであれわざとであれ、悪いのは間違った情報を流した本人よ。だからいーすんが責任を感じる事は──」

 

 誰が流したのかなんてすぐには分からない事だけど、少なくともいーすんは悪くない。いーすんだって色んな仕事をしながら今日までやってきた訳で、その上いつどこでどんな情報が出てくるかも分からないネットの確認まで万全にしろだなんて、そんな無茶は求めない。

 即効性はないとはいえ、手は打っている。間違った情報に合わせて運行予定を切り替える事なんて出来ない…というか、もっと混乱が広がるだけだから、もどかしさはあるけど今は混乱が少しずつでも収まる事に期待して……

 

(…あ、れ…?…運行情報、って……)

 

 その瞬間、わたしの思考の中で何かが引っ掛かる。その内容に、その情報に、覚えがあるような…そんな気がして、自分の中で違和感が広がる。これは何故?納得出来ない部分があるから?自分もどこかでその情報を見ているから?……ううん、違う。そんな事じゃない。そんなレベルの事じゃ、ない。

 じゃあ、何?何故?どうしてわたしは、これを、この事を…この事に……

 

 

 

 

──覚えが、ある?覚えている?…そうだ、わたしは知っている。この情報の事も、どうしてこんな誤情報が…休日じゃなくて平日の情報が流れているのかも。だって……その情報を流したのは、()()()()()()()()

 

「……っ、あ…わたしは…わたしは、なんて事を……」

「ね、ネプテューヌさん?何があったんですか…?」

 

 ここまでは、運転手に聞こえてしまわないよう声を抑えていたし、表情にも出ないように努めていた。でも…それは、その事実は、わたしにとってあまりにも大きくて…駄目だと自分で気付くより先に、わたしは端末を落とし、両手で頭を抱えてしまう。

 

「…わたしよ、わたしなのよ…そんな馬鹿な事をしたのは……」

「は、はい?ネプテューヌさん、一体それはどういう……」

「暫く前、わたしは準備の進行状況を見る為に街に出た時に、公共交通機関の運行予定も見たのよ。見て…それでいいと思っちゃったのよ……」

「そんな……」

 

 急速に広がる罪悪感と、今の今までそれに気付かなかった自分を責める気持ちが心の中を締めていく。

 そう、間違いない。わたしは平日の運行予定を見て、それで良いと思ってしまった。公式の発表とかでそれを流した訳じゃないけど、ずっとそれで良いと思っていたから、そのつもりで話したり伝えたりした事も一度や二度じゃないし、それを切っ掛けに間違った情報が広がっちゃったとしか考えられない。

 

「ちゃんと見るべきだった…少し考えれば分かる事なのに、誰かに確認を取るだけでも分かりそうな事なのに、一回見て、それで良いと思って何もしなかったから……!」

「お、落ち着いて下さいネプテューヌさん。確かにそれは…その通りなら、ただのうっかりでは済みません……が、今はネプテューヌさんにもやる事があります。それに、責任逃れをするような言い方にはなってしまいますが、公式の場では一切言っていない事と、今調べた限りネプテューヌさんが原因だと断言出来るような情報は見当たらない事も、このような状況においては幸いです。ともかく今は、すべき事を……」

 

 気遣ってくれるいーすんだけど、いつもの顔文字が言葉にない。それはつまり、それだけ真剣だって事で、次気を付ければいい…なんて言葉じゃ片付けられないんだって事。

 でも同時に、いーすんの言う通りでもある。余程の事がない限り、大博覧会のプレオープンの続行そのものが危うくなるレベルでもない限り、わたしはわたしの決まっている役目をしなくちゃいけない。わたし自身が決めた務めを果たさなくちゃ、それはわたしが来るのを待っている人達への裏切りになってしまう。…分かってる、分かってはいるけど、ここまでのミスってなると、すぐに飲み込む事も出来なくて……そんな中、急にいーすんの声が途切れる。その後、誰かと話してるような声が聞こえて…また、わたしの中で不安が広がる。

 

「…いーすん……?」

「はい、はい…分かりました。一先ず近隣の有料駐車場を使って頂き、領収書を保管するよう伝えて下さい。ただ、積荷によっては多少の距離でも支障が出ると思うので、そうですね…そのような積荷だけは、直接降ろしても良いと通達を。緊急の対応で大変にはなると思いますが、宜しくお願いします」

 

 耳を澄ます。相手の声は何となく、そしていーすんの声がはっきりと聞こえてくる。いーすんの声だけでも、どういう事が起こっているのか伝わってくる。

 今起こっているのは、話されているのは、多分ブースや出店で使うもの、道具や食材等の追加を運んできた車両の停めるスペースがない、もう埋まってしまっているという問題。

 

「…すみません、ネプテューヌさん。…聞こえていましたか?」

「聞こえていたわ。聞こえてたし…多分それも、わたしの確認不足が原因だわ…。当日の動きとか、展示、出店団体とのやり取りとかは、基本わたしが受け持っていたから…」

「……いえ、ネプテューヌさんに任せきりにしてしまったわたしにも責任はあります。…わたしももっと…細かく、確認するべきでした……」

 

 悔やむような、いーすんの声。その言葉が、わたしの心に突き刺さる。だってそれは、わたしに任せきりにしなければ、信用し過ぎなければ良かったって事でもあるから。いーすんにそんな意図がないのは分かってるけど、そういう事でもあるんだから。

 でも、そう思わせたのはわたし。任せようっていう、いーすんからの信用に応える事が出来なかった、任せきりにするべきじゃなかったと思わせてしまったのは、他でもないわたし自身。それに、責任だけの話じゃない。どれだけ責任を持とうと、取ろうと、迷惑を被るのは現場の、今も動いている人達。皆、わたしの呼び掛けに応えてくれたのに。良いものを発表しようと、大博覧会を成功させようと頑張ってきてくれたのに。

 

「…ネプテューヌさん。まだ、ブース回りは出来そうですか…?」

「…やるわ。自分でやると決めた仕事を投げ出すなんて…そんな事をしたら、それこそ責任者失格だもの…」

 

 一度落とした端末を拾い上げた手、その逆側の手を膝の上で握り締める。最初は、途中までは、意気揚々とブース回りをしていた。どこに行ってもやる気があって、多くの人がいて、開催して良かったと思っていた。だけど今はもう、そんな前向きな気持ちじゃいられない。開催した事を後悔なんてしていないけど…出来る事なら、今すぐにでも迷惑を掛けた皆に謝りたかった。謝りに行きたかった。

 窓ガラスを見て、笑みを作る。こんな心境でも、ちゃんと笑顔は作れる。女神として、思考や心境と表情を切り離す事は造作もない。でも、今は…この笑みに心からの思いを乗せられない事が、悲しくて、情けなかった。

 

 

 

 

 頑張った。頑張ってきた。頑張るって言葉を慰めに使うのは好きじゃないけど…手を抜いたつもりなんて、ちっともなかった。本気で、全力で、取り組んだ。

 なのに、上手くいかない。ぼろぼろとメッキが剥がれるように、ミスが、問題が噴出する。一つ一つは小さなミスでも、重なれば少しずつ対応は難しくなっていく。そんな中で大きいミスが起これば、対応は困難になる。挑戦に失敗は付きものなのかもしれないけど…それは失敗の免罪符になんてなったりしない。

 それにこれは、未知への挑戦だから、元から避けられないリスクがあったからのミスじゃない。その殆どが、避けられた筈のミスで、打ち合わせや確認、連携不足による失敗で……全てが全て、わたしのせい。

 

「えっと…はい、何とかその時間なら間に合わせられます。細かい部分はその場で対応しますから、進行表の変更版だけ送ってもらえますか?」

「お願いします、ネプギアさん。こちらもネプギアさんの負担が減るよう、もう少し流れを調整してみます…!」

「任せて下さい!心配しないでね、お姉ちゃん。お姉ちゃんは次のところも重要でしょ?…あ、いや、軽んじていいブースなんて勿論一つもないと思うけど…とにかく大丈夫だからお姉ちゃんは心配しないで、自分の事に集中して!」

「…ありがとう、ネプギア。いーすんも、助かるわ…」

 

 小さなミスは対処の指示だけで済んだりもする。ただ言えば終わるんじゃなくて、現場に対応してもらうって形だけど、ただでさえ忙しい中で更に仕事を増やしてしまう形にはなるけど、一応それでミスをカバーする事は出来る。

 けどどうしたって、それじゃ対応し切れない事もある。例えばそれは、時間のミス。一つのブース内で完結している事なら、わたしが順番を間違えていたと気付いた直後みたいに、まだ何とかなる場合もあるけど、複数の場所や流れに関係している場合は、どうにもならない。そしてそのどうにもならない事をどうにかする為に、ネプギアやいーすん達が奔走していた。させて、しまっていた。

 

(大丈夫、気にしないで…そんな訳ない。大丈夫な訳ないし、気にしなくていい筈もないじゃない……!)

 

 インカムでの通信が終わると共に、またわたしは拳を握る。爪が掌に食い込む程に、強く強く握り締める。

 大丈夫な訳がない。ネプギアだっていーすんだって、皆元から忙しいんだから、気にしなくていい筈がない。元凶も、責任も、全部わたしにあるんだから。それでいて依然、何も出来ないのがわたし。妹にこんな気を遣わせてしまっているのもわたし。全部全部、わたしが悪い。

 

「でも、後少し…後少しで……」

 

 動けない一番の理由は、ブース回りの務めをほほ隙間なく入れてしまったから。プレオープンは本当のオープンより参加団体が少ないとはいえ、短い期間で開催する事になっていたから、可能な限り多くのブースを回る為に、余裕のない予定を組んでしまった。その時はそれがベストだと思ったけど…今思い返せば、余裕のない予定のリスクも、デメリットも、何も考えていなかった。ただただ、多くのところを回りたい、行ってあげたいという思いだけで決めてしまった。その考えそのものは、間違ってはいないのかもしれないけど…もっと、熟慮するべきだった。どれもこれも、わたしの考えが浅かった。

 だけど、最初から最後まで、ずっと回る予定だけを組んでいた訳でもない。今日回るところの大半はもう終わっていて、ブース回りが終了すれば、わたしも動けるようになる。そうなれば、自分が招いた問題の対応を、やっと自分自身でする事が出来る。

 

(まずは、謝らなくっちゃ。それから、全力で対応する。ガタガタになってるところに全部行って、それで……)

 

 今更だけど、何もしないよりはずっと良い。最後でも、少しだけでも、何もしないのとは全く違う。

…この気持ちは、皆への申し訳なさから?今も頑張る皆に、責任ある者として、ほんの少しでも報いりたいから?それとも…ただ、自分が悪いこの状況で、何もせずにはいられないだけ?……いや…だとしても、やれる事をやるのは間違ってない、間違ってなんかいない。

 

「皆、大博覧会の本番では更に多くのものを見せてくれるらしいわ。だから、是非本番も見に来て頂戴」

 

 また一つブース回りを終え、後は一つ。違和感を持たれない程度の速足で車両に戻って、すぐに走らせてもらう。

 逸る気持ちを抑えて、次のブースの事を考える。あくまでまずは、次のブースでの役目を果たす。そしてその後は……

 

「ねぷ子、聞こえてる!?」

「あいちゃん?…まさか、また何か……」

「そういう事よ。ねぷ子、ブース回りの後の予定、覚えてる?っていうか、覚えてるわよね?」

「え、えぇ…」

 

 流石に自分のやる事すら覚えてないなんて事はない、とわたしは指折り数えてこの後の予定を言っていく。その合間合間で自分が原因で起きた問題の対応をするつもりで…でも全部言い上げた時、あいちゃんからの返答はなかった。

 

「あ、あいちゃん…?」

「…ねぷねぷ、対談のコーナーは今日幾つあるのかは、分かるです?」

「対談?それなら、今日はもうやった一回だけ……じゃ、ないの…?」

「…じゃ、ないんです。もう一つ、あるんです…」

「そんな…けど、そんな事は……」

 

 ない筈。そう返そうとしたわたしに、こんぱは言う。元々は明日の予定になっていた対談が一つ、今日の予定に変わっていると。確認を取ったら、都合が付かない関係で今日に変えてほしい事をわたしに伝えたし、了承も得ていると。

 それを聞いた瞬間、ある事を…その会話をした事を思い出し、わたしは頭をが真っ白になる。一瞬、声が出なくなる。

 

「ねぷねぷ……」

「…どう考えたって、これは無理よね…ネプギアも別のところに行かないとだし、ここは……」

「…何とかする…何とか、するわ……ッ!」

 

 通話を切り、車両を出る。最後のブースの活動に出て、精一杯焦りを心の底に押し留めながら、やるべき事を終わりまで務めて…その場から離れる。

 もう時間は殆どない。でももう、車両で移動する理由もない。だからわたしは人目のない場所、驚かれない場所まで移って、そこから飛び立つ。

 

(間に合って、間に合って…間に合って……ッ!)

 

 間に合わないかもしれない…そんな事は考えない。ただ今は全力で飛ぶ。力の全てを飛行に、フルスピードで飛ぶ事に懸けて、空を駆け抜ける。

 わたしは何とかすると言った。普通に考えれば無理なのに、言ってしまった。諦めて、無理なものとして話をすれば、少しでも傷を浅くする、確実に傷を抑える方向での話も出来たのに、何とかすると言って、衝動的にリスクの高い方を選んでしまった。だからもう、本当に何とかするしかない。他に道は、ない。

……時間は、確認しなかった。見るのが怖いから。見て、それでもう開始時間になっていたら、間に合わなかったと確定したら…押し潰されてしまいそうな気がしたから。

 

「……っ…まだ、まだよ…まだ…っ!」

 

 見えてきたステージには、もうリハーサルの時に見た動きが始まっている。間に合わなかった?駄目だった?違う、違う…!分からない、そこに立つまでは、皆の反応を見るまでは間に合わなかったかどうかなんて分からない。だってそうでしょう?これもわたしの勘違い、思い違いかもしれないんだから。まだ始まってないのかもしれないんだから…!そう思って、心の中で言い続けて、飛んで、飛んで、そして……

 

 

 

 

 

 

「…皆、今日は集まってくれてありがとう。わたしもあまり詳しくはないから、対談というより、わたしも皆と一緒に話を聞く形になると思うけど…楽しんでくれると、嬉しいわ」

 

──そこには、わたしのいるべき場所には、わたしじゃないわたしが…今信次元にいる、もう一人のわたしがいた。普段とは全く違う雰囲気を纏った…女神の姿のわたしに扮した、わたしじゃない…パープルハートではない、『ネプテューヌ』が、いた。




今回のパロディ解説

・「(…駄目よ、駄目駄目〜〜」
お笑いコンビ、日本エレキテル連合の代名詞的ギャグ(というかフレーズ)のパロディ。しかしこれ、活字だと本当に分かり辛いですね。書いた私でも分からなくなるレベルだと思います。

・〜〜頑張るって言葉を慰めに使うのは〜〜
ガンダムビルドファイターズシリーズの登場キャラの一人、三代目メイジン・カワグチ(ユウキ・タツヤ)の名台詞の一つのパロディ。中々個性的な台詞の多い彼ですが、これはシンプルに良い台詞ですね。

・(間に合って、間に合って…間に合って……ッ!)
機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORYの主人公、コウ・ウラキの台詞の一つのパロディ。コウの台詞の中では、これが一番印象に残っている私です。
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