超次元ゲイムネプテューヌ Origins Unknown   作:シモツキ

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第二十八話 もう一つの狙い

 俺も戦えたら。ただ身を守るだけじゃなくて、女神の皆には遠く及ばなくても、ほんの少しでも力になる事が出来たら。…俺にも、誰かを…大切な相手を、守る事が出来たら。…そう思うようになったのは、いつ頃からだったか。最初…記憶喪失状態で目覚めたばかりの時は、そうじゃなかった。自分の事で精一杯どころか、自分の身を守る事すらままならなかったんだから、そんな事を考える余裕はなかった。

 生前…普通の人間だった頃も、そんな風に思う事はなかった。モンスターやそれ以上の存在に襲われたり、戦わざるを得なくなったりなんて縁遠い話だったし…うずめ達女神と交友を持った事で、逆に自分が普通の人間なんだと、どうせ戦えるような力のある人間じゃないんだと無意識に思っていた節があったんじゃないかと、今からすれば思う。

 だから…あぁ、そうだ。うずめ達に守られながらも、きっと俺以上に戦えない海男達と生活する中で、あの零次元の環境でも絶望する事なく前を向き続けていた女神の皆の姿を見て、辛くても戦い続ける…皆の為に頑張り続けるうずめを支えたいと思うようになった事で、求めるようになったんだ。戦う力を。守れる強さを。

 

「ふー……疲れた…」

 

 盾剣を手放し、プラネタワー内にあるトレーニングルームの床に腰を下ろす。持ってきていたスポーツドリンクを飲んで、少しの間ぼけーっとする。

 天界での戦い以降、俺はうずめやくろめと共にプラネタワーに滞在している。元々『うずめ』はプラネテューヌの女神だった事もあって、普段はプラネテューヌで生活している。で、昨日からは天界の街への強襲時、念の為って事で各国に別れて待機していてくれたパーティーの皆が集まっていて…その皆に、さっきまで軽く手解きを受けていた。剣を武器にするメンバーは勿論、他の皆も相手をしてくれたり、体術面での指導をしてくれたりして、それはもう勉強になった。今の身体の…怪我をしようが欠損しようが元に戻る、変化を否定するような性質のせいなのか、身体能力そのものは鍛えてもあんまり向上してない気がする俺にとって、技術や思考の面で教えを受けられるのは、凄くありがたいものだった。…がっつり指導してくれた分、滅茶苦茶疲れたが。皆の指導の後、一人でもう少し練習を…と思って素振りを始めたら、即疲労が響いてくる位には、疲れちゃってる今の俺だが。

 

(当たり前だが、まだまだだな…。よく言えば、成長の余地が十分にある…って事だけどさ)

 

 皆からは色々な、大きい事から細かい事まで本当に色々なアドバイスを受けた。それはつまり、皆からすればそれだけ俺の戦い方が未熟で、改善すべき点が多かったって事。経験豊富な皆と比較すりゃ当然の事だが、流石にちょっと自分で自分に呆れ笑いをしたくなる位、マジで多かった。

…いや、いいんだよ?ほんと圧倒的な差があるのは当然だし。多分達人級の面々に指導を受けられるなんて、某史上最強の弟子になった気分にもなれたし。…でもまあ、ちょいとばかし想定外というか、自分も戦えたら…って気持ちを抱き始めた頃の俺が思い描いていた自分の姿とは離れ過ぎているというか……ぶっちゃけ、シンプルに戦える事に憧れて、そこに格好良さを感じていた部分もありました、はい。…俺だって、男だもの。

 

「ふぁ、ぁ…って、いかんいかん…。ただの休憩で、寝そうになってどうする俺……」

 

 さらりと出てきた欠伸に、感じ始めた眠気に、俺は首を振って抵抗。続けてスポーツドリンクをもう一口飲む事で目を覚まそうとする…が、疲れてる時の休憩、そしてその最中にごちゃごちゃ考えたり昔の事に思いを馳せたりするのは、ちょっと迂闊過ぎた。

 瞬く間に…それこそ瞬きをする度に強くなっていく眠気。睡魔が強くなるに連れて、抗う気持ちも薄れていって、「まあちょっと位寝てもいいか…そっちの方が疲労も回復するだろ…」みたいな思考になっていって、俺は床に寝っ転がる。床は硬いが、零次元で生活していた頃を思えば、ただ硬いだけなら別にそこまで気にはならない。

 

(…あ、駄目だ…マジで寝る……)

 

 瞼が重く、思考が回らず、もうなんか色々なものが睡眠に比べれば二の次に思える、急激な睡魔特有の感覚を何となーく感じながら、目を閉じる俺。あー、携帯端末でアラーム設定しておいた方がいいかな、まぁでもそれもいいかぁ…みたいな思考が頭の端の方で巡って……そこから先の事は、よく覚えていない。覚えていないっていうか、多分その後すぐに寝入ってしまったんだろう。

 

「…ん、んんっ……」

 

 それからどれ程の時間が経ったのかは分からない。何か刺激を、外からの刺激を感じた俺は目を覚まし、ゆっくりと目を開ける。

 

「おっと、起きたかウィード」

「…うずめ……?」

 

 目覚めた直後の、ぼんやりとした思考。その状態で初めに見えたのは、俺を見ている…床に横になった俺を見下ろしているうずめの顔で…なんか、近い。…これは……

 

「……え、キスしようとしてた…?」

「ぶ……ッ!?は、はぁぁっ!?してねぇし!そんな事してねぇわ馬鹿!バーカ!」

「あ、お、おう……(めっちゃ否定してくる…)」

 

 ぼんやり六割、冗談四割で聞いた結果返ってきたのは、それはもう強い否定。目一杯の力を込めたような否定に、思わず俺は気圧され…ぷいっと横を向くうずめに、苦笑をする。

 食い気味に否定されたところで、気落ちしたりなんてしない。こういう事を言えば、うずめはこういう反応をしてくるなんて分かっていた事だし…否定しながらも顔を赤くしていた、赤面していたうずめを見られたんだから、その時点で俺としては満足ってもの。

 

「よいしょ、っと。どうしたんだ、うずめ。というか…なんか、頬突っついてなかったか?」

「…誰かさんがちょっとトレーニングしてくるっつってから、いつまで経っても戻ってこねぇから見にきたんだよ。寝起き早々で馬鹿な事言ってる、誰かさんをな」

「そういう事か…ありがとな、わざわざ見に来てくれて。……で、頬は?」

「知ーらね。夢の中で美味いもんでも食って、思わず自分の頬を指でぐりぐりしてたんだろ」

「そういう事ではないと思うんだけどなぁ…(この反応、やっぱうずめが突っついてたんだな…全く、可愛い女神様め…)」

 

 身体を起こした俺は、横を向いたまま答えるうずめと言葉を交わす。寝ている間に頬をつつかれていた、というのは少しばかり気恥ずかしくもあるが…頬をつついて楽しんでるうずめの姿を想像出来たから、まあ良しとしよう。

 

「全く…寝起きで早速あんな事言うとか、どんな思考回路してんだ…」

「悪かったって。けどうずめだって、目を覚ましたら俺が顔を覗き込んでて、しかもその顔が割と近かったら、『え、まさか…』って思ったりするだろ?」

「そ、そんな事は…ねぇし、そんなのウィードだけだしー…!」

 

 ふざけた部分もあるとはいえ、寝起きで冷静に状況の把握と分析をしろっていうのも正直無茶振りだと思う。人によっては出来るのかもしれないが、少なくとも俺は出来ない。そしてそれはうずめもなんじゃないかと思い、立場を入れ替えて考えてみるよう言うと…またうずめの顔が赤くなった。さっきの瞬間的な赤面じゃなくて、俺の言葉から想像をしたのか段々と頬が紅潮していって…ほんっともう、可愛いなぁおい…!

……因みに、実際に立場が逆だった場合、うずめはびっくりして俺を突き飛ばす可能性も多いにあるんじゃないかと思う。というか多分、突き飛ばす。

 

「寝たら大分疲れが取れた気がするな。けどまあ、今日は終わりにしておくか。うずめ、まだ残ってるけど飲むか?」

「要らねーよ、そんな飲みかけのやつなんか…って、思ったが……」

「え、飲むの?」

「いや、飲まねぇけどよ。…けど、暫く前はそんな事気にしてられない状況だったりもしたんだよな、って思ってさ」

 

 あぁ、とうずめの言葉に頷きを返す。うずめが言っているのは、零次元での…それも崩壊が深刻化し、俺とうずめだけが残った時の事。あの時はほんと、色々となりふり構っていられなかった。安全と言える場所なんて殆どなかったし、食料確保だってかなりの危険を伴う状態だった。…実際に回し飲みをしてたのかって?それはまあ、ご想像にお任せする…って事で。

 

「…………」

「…………」

「…なぁ、ウィード」

「んー?」

 

 それから一度会話は途切れ、無言の時間が訪れる。もうトレーニングは終わりにするつもりだったから、そのままここを出ていっても良かったんだが、うずめにまだ動く気配がなかったから、俺もそのまま座っていた。

 そんな中で、俺はうずめから呼び掛けられる。俺は特に振り向く事もないまま、訊き返す。 

 

「どうせ言っても無駄だとは思うが…あんま、怪我する前提で戦うなよな」

「それは…無理だなぁ。大きいネプテューヌやプルルートにも言われたが…俺の素?…の能力で怪我なく倒せるモンスターばっかりじゃないし、怪我を避けてるとうずめ達に付いていける気がしねぇもん」

 

 うずめがそう言うのは、そう思うのは、当然の事。勝手極まりない話だが、立場が逆なら俺だってそういう事を言う。自分は無理だと返す癖に、あんまりやるなって絶対言う。

 けどこれは、仕方ない事だ。再生能力や、それを頼りにした防御を抜きにした俺の戦闘能力なんてたかが知れてるし、そんな程度じゃうずめ達に、皆に付いていけない。戦力にならない。

 というか、俺の最大の強み、戦闘に活用出来る能力を使わないようにするっていうのは、所謂縛りプレイってもんだ。縛っても尚十分強いなら良いが、俺はそうじゃないんだから、むしろ使えるもの、活用出来る能力は活用する事こそ大事だろうと、俺は思う。…たとえそれが、把握し切れてない部分のある能力だとしても。

 

「だよな、そう言うと思ってた。…けどよ…別に、ウィードが戦わなきゃいけない理由なんてないんだぜ?」

「でも前の戦いじゃ、役に立ったろ?」

「それはまあ、否定はしねぇよ。しないってか…そうだな、前の戦いじゃウィードに助けられた、いてくれて良かった。多分【オレ】も皆も、そう思ってるだろうさ」

 

 まさか素直に認めてくれるどころか、いてくれて良かったとまで言われるなんて、思ってもみなかった。だから最初は喜びよりも驚きの方が上回って…驚きが収まった後も、なんて返せばいいか分からなかった。

 

「だけど、だとしても『これからもその調子で頼むぜ?』…とは言えねぇよ。絶対に、確実に怪我しても再生するって断言出来る訳じゃねぇだろ?…痛いもんは痛いし、怖いもんは怖いだろ?」

 

 無言をどう受け取ったのか、うずめは続ける。珍しく、強く止めたり否定したりする訳じゃなくて、雑談の延長で言っているような…凄く、落ち着いた声音で俺に言ってくる。

…分かってはいる。これが、心配から来てる言葉だってのは。傷付いたり、痛みに苦しんだりしてほしくないって思ってくれている事は。…だけど……

 

「うずめの言う通りだよ。俺が知らないだけで再生は何かしらの条件があるのかもしれないし、痛いもんは痛い。怖さも…まあ、流石にゼロではないな。…けど、さ…俺も力に、なりたいんだよ。俺は女神じゃねぇし、皆程の強さはねぇけど…そんな俺でも、守りたいって気持ちは抱いちまうんだよな、これが」

「…ウィードも…人も、大変だな」

「そこはウィードも、だけでいいぞ。人間でも滅茶苦茶強い人は割といるしな。うずめは分かってるだろうけどさ。…でも、気にすんな。これは仕方ない事なんだよ」

「仕方ない事?」

「あぁ。男ってのは、好きな相手の前じゃ格好付けたくなるもんで、その相手の為に頑張る時が一番頑張れるもんなんだよ。多分だけどな」

 

 これまで俺とうずめはずっと、並んで同じ方向を見ていた。うずめが何を見ているかは知らないが、俺は部屋の壁を適当に見ながら喋っていて…けどうずめの問いへと答える形で、その問いに答える為に、俺はうずめの方を向いた。困ったもんだろ?けど、これが中々悪くないんだぜ?…なんて感じに、同じように俺の方を向いてくれたうずめに笑ってみせる。

 俺の言葉に、うずめは目を丸くする。きっと俺の返しは想像したようなものじゃなかったんだろう。丸くした瞳で、うずめは俺の事をじっと見つめて…それからうずめもまた、笑う。

 

「…そっか。それじゃ、仕方ねーな」

「だろ?」

 

 それなら仕方ない、と明るく笑ううずめに、俺も肩を竦めて返す。…やっぱり、思った通りだった。うずめに俺を咎めるつもりはなかったっていうか、答えは初めから分かっていて、だけどちゃんと伝えたかった…そういう事だったんじゃないかと思う。

 だったら俺も、それはちゃんと受け止めなきゃいけない。俺を思ってくれるうずめの言葉に、その気持ちには応えられないとしても…ちゃんと受け止め、心に留めておく事だけは、絶対に忘れない。

 

「おう。格好付けたくなっちまうもんは、どうしようもないもんな。…そうか、ウィードも俺と同じって事か……」

「いや、俺は仲良くない、顔も知らない相手の為に命張れる程気高い精神は持ち合わせてないし、格好付けてなくても格好付けてても実際格好良いうずめとは、雲泥の差だと思うけどな…」

「んな事ねーよ。ウィードだって、よく知らない相手でも困ってりゃ何か出来たら…位には思ったりするだろ?それになんだかんだ格好良いのはウィードも同じ……」

「ん?」

「あっ……」

 

 格好良さに関しちゃ、比べるまでもないだろう…ってのが俺の感覚。だがうずめはそう思ってなかったみたいで…何やら気になる言葉が零れた。えらい自然と出てきたもんだから、一瞬俺は聞き逃しかけ…うずめもうずめで意図して言った訳じゃないのか、はっとした顔をした後またまた顔が、みるみる赤くなっていった。

 

「今、俺の事を格好良いって……」

「い、言ってねーし!ウィードが格好良いなんて、全然言ってねーんだからなっ!」

「なんでツンデレみたいな言い方になってるんだよ…。……ツンデレのうずめってのも、案外悪くないかも…?」

「そんな属性俺に求められても困るっての…!」

「だよな、その属性はラステイションの…いや、ラステイションといえば優等生か…?『うずめ』が守護女神だった時も、そんな感じだったし…」

「…いや、俺の話だろ!?」

「あ、そうだった…って、軌道修正していいのか?」

「うぐっ…言われてみれば確かに、このまま話が逸れてる方が俺的には楽だった……」

 

 やっちまった…と肩を落とすうずめの姿に、俺は苦笑い。うずめが格好良いのは言うまでもないが、可愛いところも沢山あって、こういうちょっとアレな部分もあるからこそ、余計に愛しく感じるというか…なんか俺、いつもこういう感じの事考えてる気がするな。別にいいけど。

 

「…まあ、でも…うずめが俺の事を格好良いって思ってくれてるなら、俺の格好付けが空回ってるだけじゃないなら…俺も、もうちょっと頑張ってみるさ。前提は覆せないにしても、毎度毎度それ頼りになるような事はないように…ほんの少しでも、うずめが心配しなくて済むように」

「…それ、出来んのか?」

「まあ見てろって。ほら、言うだろ?男子三日会わざれば刮目せよ!って」

「言わねぇよ、最後がねぷっちが女神化する時偶に言うやつになってんじゃねぇか…。…あ、それともあれか?イストワールの三日ネタにも絡めてるとか?」

「いやそういう訳じゃ…ってか、イストワールさんの三日とか三時間とかのあれはネタじゃねぇだろ……」

 

 真面目な場でもそうなんだから、ネタだったとしたら筋金入り過ぎる…と、今度は軽く呆れを抱く。…ってか、折角ちょっと格好付けてみたのに、変な感じになってしまった。先にふざけたのは俺な訳だが。

 けど、俺がふざける直前、出来るのかと訊いた時のうずめの瞳に浮かんでいるのは…期待だったように思う。やってみせろよ、ウィード…そんな風に、俺は感じた。

 

「…さて、いい加減戻ろうぜ。話を続けるにしたって、ここじゃ味気ないしな」

「既に味気ないどころか、かなり濃いめの話をしてたと思うけどなー。…てか、いいのか?今なら俺も、トレーニングに付き合ってやるぜ?」

「や、もう疲れてるから…皆にも言われたんだよ。疲れてる時に無理に訓練をすると、非効率だったり危なかったりするだけじゃなくて、疲れのせいで崩れた動きを繰り返す事で身体が間違ったフォームを覚えちまう事もある…ってさ」

「あー、それもそうか…んじゃ、戻るとするか」

 

 ドリンクを持って立ち上がる。うずめも俺が手を差し出すまでもなく立ち上がり、俺達はトレーニングルームを後にする。

 

「…ウィード」

「うん?」

「ウィードが戦わなきゃいけない理由はない…なんて言ったが、俺達はウィードに助けられた。…その上で、俺達は負けた。そいつは認めなきゃいけねぇ。実力にしろ、準備にしろ、戦術にしろ、駆け引きにしろ…俺達に足りねぇもんがあったから、アルテューヌにゃ逃げられて、いりっちにもまるで届かなかった。だから…この際プライドは抜きだ。前言もぶん投げる。今後ウィードの力が必要になった時は……」

「おう、遠慮なく使ってくれ。俺の力は大した事ないが…これでも無いよりはマシだろ?」

「あぁ、無いよりはずっとマシだな」

 

 うずめは責任感が強い。前よりは改善されてるが、誰かを頼るのは…特にそれが女神でない、うずめが「守らないといけない存在」だと思ってる相手には、中々頼らない…というより、頼るって考えにならないんだと思う。

 そんなうずめが、自分の普段のスタンスをぶん投げて、俺の力も頼ってくれようとするなら…考える必要なんてない。俺の答えは、初めから一つだ。

 

 

 

 

 昔から、くろめは…『うずめ』は結構律儀なところがあった。根が真面目というか、『やるべき事』や『使命』に対して遊びがないというか…『うずめ』が独善的な思想に傾倒して、『くろめ』となってしまったのも、その性格が要因の一つだったんじゃないかと思う。

 そしてそれは、過去形じゃない。うずめの「周りを頼るのが上手くない」っていうのが多少なりとも改善されているように思えるのに対して…くろめの律儀さは、妥協しない感じは今も変わらない。

 

「ん?くろめ、出掛けるのか?」

「ちょっと、ね。帰りに何か買ってこようか?」

「じゃあ、悟水でも…」

「うん、却下」

 

 トレーニングルームから出てから数十分。大きいネプテューヌにうずめが呼ばれ、それに付いていかなかった事でまた一人になった俺は、のんびりしていた。のんびりまったりしていたところで、出掛ける様子のくろめと遭遇した。…プラネタワーにしろ教会にしろ広いから、同じ建物の中にいるのに「あれ、そういやさっきから全然会ってないな…」ってなる事もちょいちょいあるんだよな…。

 

「じゃあ別に買ってきてほしいものはないな。…気を付けて行ってこいよ?」

「気を付けるも何も、オレは危険な場所に行く訳じゃ…まあ、気を付けておくよ」

 

 ひらひらと手を振って、くろめを見送る。それからTVでも見ようかと一瞬思い…だが、止める。考え直す。

 

(…くろめ、もしや……)

 

 少し考え、踵を返す。くろめを追って、俺もプラネタワーから出る。すぐに後を追った訳じゃないから、外に出た時点でくろめの姿はもうなく…けど別に、問題はない。単に合流したいだけなら、携帯端末で連絡を取ればいいだけだし…もし俺の思った通りなら、くろめの行き先は分かっている。

 

「…別に、追わなくてもいいとは思うが…外まで出てやっぱ止めた、ってのもなぁ…。……ま、行くだけ行ってみるか…」

 

 後頭部を軽く掻いた後、俺は歩き始める。連絡は取らない。もし俺の予想したのとは別の場所に行ってたなら、当てが外れた…って事で帰りゃいいし、当たってたならむしろ連絡する事はくろめのやりたい事の邪魔になる。別に呼ばれた訳でも用事がある訳でもないんだから、くろめの邪魔にはなりたくない。

 

(…ほんと、追っかけたところで…って話なんだが、な……)

 

 急ぐ事なく、歩いてその場所へと向かう。ある程度近くなってきてからは、くろめに見つからないよう念の為慎重に進み…そうして俺は目的地、ある丘へと到着する。

 

「…やっぱり、か……」

 

 近くの木の陰に身体を隠しつつ見回せば、予想通りそこにくろめはいた。そこに…丘に建てられた墓の前で、くろめは膝を突いていた。

 墓の前でする事なんて、一つしかない。くろめは今日も、墓の前で…自身が未来を奪った人達へ向けての、妄想という願いを込めていて…そして恐らく、これは今日二度目の事。

 

(これがくろめにとっての負担じゃないなら…いや、くろめ自身は微塵もそんな事は思ってないよな……)

 

 くろめは毎日、こうして墓に来るようにしている。だが、いつも来られる訳じゃない。特務監査官の仕事で他国に行ってる時なんかは、流石に来られない…というか、俺やうずめに迷惑がかかるから、と行くのを止めているだろうし、今回の件でも暫く神生オデッセフィアに留まっていたから、その間は来る事が出来なかった。至ってそれは当然の事、仕方のない事。

 けど、くろめはそれを「仕方ない」で済まそうとはしない。行けない日が、来られない期間があったなら、その後は日に複数回行く事で、その分を埋め合わせようとしている。…律儀に、必ず。

 

「…ほんと、真面目で律儀で…融通が効かないんだよな、くろめは」

 

 それが悪いところであると同時に、良いところである。そんな風に俺は結論付けて、くろめの気が済むまで待つ事にした。…別に、止める気はない。くろめのしでかした事は、許されざる事だし…これが、くろめのここでの願いが何に繋がるかを俺は知っている。知っているから、止められない。それに多分…こうして毎日来る事が、くろめの精神の安定にも繋がっているんだろう。

 そして暫くの時が経ち、くろめが立ち上がる。それを見た俺も、こっそり離れて街に戻る。そろそろいいか、ってタイミングで、今度はくろめに連絡をする。

 

「くろめ、まだ出先だろ?俺も今出てるから、どっかで落ち合わないか?」

「なんだ、ウィードも出掛けていたのか。…まさか、ほんとにアレを買いに……」

「いや違う違う、さっきのは冗談だって……」

 

 実はずっと見ていた…なんて事は当然隠して、俺は街の外でくろめと合流。さっきまでと違う、近くで見たくろめの顔色は…悪くない。

 

「早いねウィード。街外れに用があったのかい?」

「あー、まぁ…一応、な」

「……?まぁいいか。で、この後は何か考えが?」

「んー…デートでもするか?」

「ぶ……っ!」

 

 まさかわざわざ落ち合ったのに、何も考えてないなんて事はないんだろう?…という表情のくろめに対し、ちょっと溜めた上で返す俺。するとこの返しは全く予想していなかったのか、くろめはかぁっと顔を赤くしてむせる。

 

「い、いきなり何を言い出してるんだお前は…!」

「考えがあるかどうか訊いてきたのはくろめの方じゃねぇか」

「そ、それはそうだけども…。…昔はこういう事を、気軽に言ったりはしてなかった気がするんだけどな…」

「そりゃ、昔は気持ちを伝えてなかったしな。後言っとくが、一応俺も恥ずかしさを感じてはいるからな?自分で言う事じゃないが、俺は軽薄な人間なんかじゃないからな?」

 

 ジト目で見てくるくろめに、勘違いはするなと言っておく。…こういう事を、マジで何も恥ずかしがらずに言える人って凄いよな。そうなりたいかって言われると…微妙だが。

 

「こ、こほん。とにかくで…デート以外にしてくれないかな。今からじゃ、時間的にも足りないだろう?」

「…つまり、もっと早い時間だったら受けてくれたと?」

「そ、そういう事じゃ……うぅ、調子が狂う…」

 

 がっくりと肩を落とし、くろめは恨めしそうに俺を見る。多分本人的には俺に不満をぶつけているつもりなんだろうが…肩を落とした事で上目遣いをする形となったくろめは、それはもう可愛いものでした。

 という事で良いものを見られた俺は、ふざけるのを止める事にする。何するかに関しては…ここからプラネタワーまでは距離があるし、駄弁りながらただ歩くのも、悪くないんじゃないかと思う。さっさと戻ってプラネタワーで寛ぐのも良し、のんびり歩いて戻っても良し、特別な何かがなくったって良いじゃないか。そんな風に考えながら、俺は口を開こうとした……その時だった。

 

「──それじゃあ、少しわたしに付き合ってはくれないかしら?」

 

 不意に空から聞こえた、聞き覚えのある声。くろめはぴくりと肩を揺らし、俺もなんだ?と思って見上げ…その姿に、はっとする。

 

「ねぷっち…いや、アルテューヌ……」

 

 ゆっくりと空から降りてくる、女神化したネプテューヌの姿をした存在。過去のネプテューヌであるという、アルテューヌ。

 これまでとは一転して、声に緊張感を滲ませるくろめ。同時にくろめは俺を守るように、自然な動きで俺の前へと立つ。そういうところは、やっぱりくろめも女神の一人で…だが今は、アルテューヌと同じ女神のくろめがいるから大丈夫、なんて考えられる状況じゃない。

 

「楽しく話してるところに割って入ってごめんなさいね。出来るだけ手短に済ませられるよう、努力はするわ」

「…それは助かるね。一体何の用事だい?」

 

 一見構えていない、大太刀も手にしていないアルテューヌだが、油断は出来ない。アルテューヌがここに現れた…その時点で、油断出来る要素なんて何もない。

 目の前にいるのがネプテューヌではなくアルテューヌだって事には、疑う余地はなかった。何せ今、ネプテューヌが外出する時は、必ず誰かと一緒で…って事になっている。アルテューヌにネプテューヌのフリをされても一発で分かるように、対策を打ってある。勿論それが通用するのは、事情を知っている俺達だけだが…ネプテューヌのフリをしてないにせよ、アルテューヌの判別に役立ったんだから、やっぱり有効な手だったと思う。

 

「単刀直入に言うわ。天王星うずめ、わたしに協力するつもりはない?」

「……!?」

 

 くろめはどうか分からないが、俺は声を掛けられるまで気付かなかったし、向こうは女神の姿である以上、不意打ちは容易だった筈。にも関わらずしなかったって事は、戦闘が目的ではないんだろう…そう俺は思っていた。だが逆に言えば、それ以外は全く思い付かなかった訳で…アルテューヌからの誘いに、俺は愕然とする。

 

「何を言うかと思えば…そういう話なら、他を当たる事だね」

「話も聞かないで拒否なんて、酷いわね。聞かなくてもいいの?」

「聞くまでもない…と、言いたいところだが…なら逆に訊こうか。前は散々はぐらかしていたようだけど、ちゃんと話す気があるのかい?」

「えぇ、話すわ。聞く気があるのなら、ね」

 

 じゃあ、話してもらおうか。そんな風に、くろめは再び肩を揺らす。俺を守り、同時に俺が前に出ないよう斜め下へと腕を出したまま、アルテューヌへ促す。

 確かに、何も聞かずに判断するのは賢い選択ではないと思う。けど、相手は敵。こちらへ明白に害を成してきた存在。そんな相手の言葉を聞こうとするくろめの選択に、その考えに、俺は不安に駆られる…が、そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、くろめは少しだけ首を動かし、横目で俺を見る。俺を見て…微かに、頷く。

 

(……っ…そっか…)

 

 恐らくアルテューヌからすれば、全く意味の分からない…ただ俺の方を少し見た程度にしか思えないだろう行為。だが俺には伝わる、理解が出来る。くろめは、アルテューヌから情報を引き出そうとしているんだ。狙いであれ、思想であれ、アルテューヌ側の戦力であれ…とにかく話をさせる事で、或いはやり取りを交わす事で、この状況をチャンスにしようとしているんだ。

 感心すると同時に、俺は恥じる。ほんの少しでも、くろめに対して不安を持ってしまった事を。俺が信じてやらないでどうするんだ、そう心の中で自分自身を叱責して、信じてやるんだと心に決める。

 

「うずめ、わたしは貴女に親近感を覚えているわ。単に、同じプラネテューヌの女神だから…って事以上にね」

「親近感…ね。それはオレに対する【俺】、君に対するねぷっちの事を指して言っているのかな?」

「それも理由の一つよ。しかも、お互い記憶の有無っていう共通点もあるでしょう?」

 

 言われてみれば確かに、片や過去の記憶があり、片や記憶喪失…って点でも、くろめとアルテューヌ、うずめとネプテューヌは、関係性含めて共通点がある。…けど、それだけで協力を求めるなんて事はないだろう。それだけじゃあまりにも理由として薄いし…何よりアルテューヌ自身、それも理由の「一つ」と言っているんだから。

 

「ただまあ、これは後から気付いたようなものよ。気付いてより親近感を覚えるようにはなったけど、逆に言えばそれだけ。わたしが貴女を誘う本当の理由は、そこにはないわ」

「だったら、その本当の理由を話してくれるかな。手早く済ませられるよう、努力してくれるんだろう?」

「勿論。…わたしが貴女を誘う、本当の理由は二つ。一つは、貴女の持つ力が強大だからよ。どうやら好きなように、自由自在に使える訳じゃないようだけど…それでも妄想を現実にする能力なんて、相手にしたくはないわ」

 

 そう言って、アルテューヌはくろめをじっと見つめる。その目からは、警戒を感じる。…それはそうだ。俺だって…いや殆どの人が、そんな能力を持った存在を相手にする事なんてしたくないだろう。

 

「相手にしたくない、か…あぁ、納得の理由だね。けど、それだけじゃまだ協力を持ち掛ける事には繋がらない。あくまでオレを『脅威』だと思っているなら、勧誘よりも早期の排除を考える筈だろう?わざわざ声を掛ける事なく、無言で強襲して一気に仕留める方がずっと手っ取り早いし確実なんだからね」

「あら、そうかしら。貴女の能力の事を細かく知っている訳じゃないんだから、安易に不意打ちするのはむしろ危険かもしれないでしょ?」

「うん?…困ったな、どうも君がオレの能力をどこまで把握しているのかが見えてこない。話を円滑に進める為に、一度君の認識を教えてくれないかな」

「残念だけど、偉そうに語れる程分かってる訳じゃないわ。分からないからこそ恐れてるんだもの。だから、むしろわたしとしては貴女が語ってくれる方が助かるわ」

「…………」

「…………」

「…OK、ならオレの能力に関する話は一旦置いておくとしよう。お互い、そんな簡単には引っ掛からないようだからね」

「そうね、同感よ」

 

 互いに相手を見つめながらの沈黙。俺には分からない、けど二人の間ではきっと繰り広げられているんだろう、無言の中での駆け引きを経て、くろめはやれやれと首を横に振った。ネプテューヌもそれに頷いた。くろめはアルテューヌがどこまで自分の力を把握しているのか…出し抜けるような穴があるのか探りを入れようとして、それに気付いたアルテューヌが逆に訊き返す事で能力の全容を知ろうとして、結果互いに引っ掛かる事なく矛を収めた…俺にもそれ位は分かるが、それを表情一つ崩す事なく仕掛け合えるんだから、やっぱり女神は別格だ。

 

「けど、だとしても腑に落ちないね。確かに把握し切れてない事に対しては十分に、十二分に用心をするべきだけど、仮に不意打ちによる排除を避けるにしても、オレだったら勧誘より先に、自分の行動に対する不干渉を求める。と、いうより勧誘なんてそれこそ危なくて、すぐには選べない選択肢だよ。何せスパイなり内側から崩す事なりを狙って、表面上だけ勧誘を受けるフリをされる可能性だって普通にあるんだからね」

「まぁね。…にしても…随分と饒舌じゃない。もっと色々と訊いてくるものかと思っていたわ」

「はは、言われてみれば確かに饒舌かもしれないね。もしかすると、君の親近感を覚えている…って言葉が存外嬉しかったのかもしれない。いや、かもしれないじゃなくて本当に嬉しいんだろう。…昔は理解されずに苦しんだんだ、親近感や共感を抱かれたら嬉しいに決まってるさ」

 

 意外だ、と言うようにアルテューヌは言葉を返す。ひょっとすると、アルテューヌもくろめの意図…やり取りの中で情報を引き出そうとする考えを察していたのかもしれない。それか察してなくても、そういう可能性を最初から考えていたのかもしれない。

 そんなアルテューヌへ向けた、くろめの嬉しいという言葉。くろめから一歩歩み寄るような言葉に、アルテューヌは僅かに口元を緩め…だが、違う。今度はこっちを見た訳じゃないが、今度は顔を見なくても、声だけで分かる。くろめが今感じているのは、嬉しさだけじゃないと。その言葉には、皮肉も込めているんだと。…理解されなかったんじゃない、本当は自分が理解しようとしていなかったんだ…そう言っているようにも、俺には聞こえていた。

 

「…まあ、とはいえオレばかり話していても仕方ない。だから、そろそろもう一つの理由を話してもらおうか。…そこにあるんだろう?排除でも、不干渉を求める訳でもない、オレを勧誘したいと思った理由が」

「察しが良いわね。えぇ、その通りよ。もう一つの方こそが、貴女に協力してもらいたい理由よ。だって……」

 

 自ら踏み込んで訊くくろめに、アルテューヌは軽く肩を竦めて返す。そしてアルテューヌはくろめを見据え、ついさっき浮かべた笑みをよりはっきりとしたものに変えて……言った。

 

「──わたしと貴女は、同じものを目指していたんだもの」

『……っ…!?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、くろめはびくりと肩を震わせる。俺もまた、全く予想していなかった発言に一瞬思考が止まり…そんな俺達を見やりながら、アルテューヌは続ける。

 

「あぁでも、同じっていうのはあくまで『今の信次元で』やろうとした事よ?貴女の元々の目的も…まぁ、気持ちとしては分かるけどね」

「…つまり、君の目的は……」

 

 くろめの元々の目的。それは、自分が信次元の全てを守る事。人も、自国も、他国も…同じ女神の皆すらも守りたくて、傷付いてほしくなくて、だから全部自分が…っていうのが、くろめの身勝手で、傲慢で、独善的で……だけど確かに優しさもあった、くろめの目指した在るべき形。

 だが、アルテューヌはそれじゃないと言う。今の信次元でと言う。つまり、アルテューヌの目的ってのは……今の信次元を、作り替える事。

 

「…自分が過去の存在になったから、ってか…?ネプテューヌが過去を、過去の自分を捨てて掴んだ未来が、今の信次元だから、それを否定するってのかよ…?」

 

 もしもそうなら…分からなくはない。そもそもの部分、記憶喪失以前の自分が別の自分として現れる…なんていう一番訳の分からないところを抜きにして考えるなら、正直…少しだけ、理解は出来る。仮に俺も記憶喪失のまま戻る事がなくて、くろめを敵だと認識したまま、くろめへ歩み寄る…繋がりを取り戻す事をしないままだったら、そしてそんな自分を記憶喪失前の…いや、死ぬ前の俺が知ったとしたら、きっと受け入れる事なんて出来ない。正しいとか、正しくないとかじゃなくて…気持ちとして、飲み込む事なんか出来ない。

 勿論、これは俺の予想だ。自分に当て嵌めて考えてみたら…って話だ。…けど、俺の呟きをアルテューヌは否定しなかった。何も言わず、ただ俺をじっと見ていた。もしアルテューヌに、俺達を誤解させる意図がないのなら…多分、間違ってはいないんだろう。ドンピシャか、大雑把に見れば合ってる程度なのかは分からないが…否定しないのなら、そういう事だ。

 

「…言ってくれるじゃないか、アルテューヌ。確かに君からすれば、記憶を取り戻す選択をしなかった、今のねぷっちは許せないだろうさ。記憶を取り戻さない…それはつまり、それまでの自分の…君の歩みを、思いを、描いていた未来の全てを否定する事だ。君そのものを、拒絶したも同然だ。だが…そんな事と『同じ』とされるのは、気に食わないね。君の怒りは理解出来るが、所詮は個人の怒りでしかないものを、オレの……」

「くろめ…?」

 

 ここに来て、初めてくろめが見せる、不快の感情。ある意味でくろめ…うずめと分かれるようにしてもう一人の存在となった、今のくろめらしい声音と雰囲気で、アルテューヌに気に食わないと言い…けれどその途中で、言葉が止まる。俺の前に出しているのとは逆の手で、自分の口元を覆う。

 

「…まさか…いや、けど…まさか君は…そうか、いりっちを嵌めたのも……」

「流石ね、わたしか言うまでもなく気付くなんて。それに…今ので確信したわ。やっぱり、貴女も同じものを目指していたのね」

「確信した…?くろめ、一体なんだ…?何に気付いたんだ…?」

 

 何か重大な事に気付いた様子のくろめに対し、アルテューヌがそうだと返す。くろめは理解し、その断片的な言葉でアルテューヌも確信して…俺だけが、何も分からず困惑する。話に付いていけなくなる。

 

「個人の怒りでしかない…そうね、それを否定するつもりはないわ。だけど…自分で言うのもどうかと思うけど、わたしは本来あり得ない存在よ。過去の自分が別の存在として…なんて、どう考えたってあり得ない事。取り戻されないままの記憶なんて、存在していないのと同じだし、だからわたしも、怒りも、他の全ての感情も…全ては幻影の様なもの。…だけど…たとえ幻影でも、奇跡でも、何かの間違いだったとしても…わたしは今、ここにいる。ここにいて、こうしてちゃんと感情を持っている。わたしの思いが、ここにある。貴女にとっては程度の低い思想でも、わたしにとっては大切な思いよ。そしてこれを、この思いを果たす事の出来る可能性があるのなら…わたしはそれを諦めるつもりなんて、微塵もないわ」

 

 静かに、けれど思いを籠らせ、アルテューヌは語る。多分これまでで一番の…何よりも真実なんだと感じさせる、そんな声で。

 そこから更に、アルテューヌは続ける。くろめを、くろめだけを見て、穏やかさすらある声で話す。

 

「話を戻しましょ。…わたしは、貴女と同じものを目指している。貴女が諦めた、志半ばで終わってしまったものを、掴もうとしている。…もう一度、それを目指す気はない?あくまで対等の協力者として、わたしに力を貸してくれる気はないかしら?」

「…今更、何を…オレは、既に…オレは、もう……」

「本当に?今わたしは、諦めた…って言ったけど、実際には諦めざるを得なかっただけでしょ?心残りはない?一度は潰えた可能性が再び現れたとした、もう一度手を伸ばすつもりはない?…わたしは、そうして得た可能性を掴んだわ。貴女は、違うと言うの?」

「…君を信じられる根拠が、どこにある。自業自得の結果とはいえ、オレは何度も裏切られてきた…そのオレを信じさせられるものが、君にはあると?それにそもそも、オレと君とじゃ目的地が違う。君の目的地よりも更に前に、オレの目的地はある。オレがその気になれば、君に協力するフリをした上で、君の望みには繋がらないような形にする事だって……」

「構わないわ。もしそうなったら、そうされたら、わたしは無念で無念で仕方ないでしょうけど…元々わたしはあり得ない存在、幾らだって割り切るわ。だから…好きなようにしてくれればいい。わたしが気に食わないなら、貴女からわたしを裏切ってくれていいし、わたしは貴女を信じるだけよ。貴女に信じてもらえるように、行動で示すだけよ。だから…もう一度、わたしと目指しましょ?貴女が嘗て目指した先を…もう一度」

 

 裏切っても構わないと、好きにしてくれればいいと、アルテューヌは言う。はっきりと言い切る。引き込む為に、出任せを言っている…なんて感じは、微塵もない。ネプテューヌと同じように…それこそ『ネプテューヌ』らしく、本気でそう思ってるんだと、感じさせてくる。

 くろめは、黙り込む。肯定も否定もなく、ただ沈黙する。そんなくろめに向けて…もう一度、言う。

 

「心配する事はないわ。未来は分からないもの。都合良くいくとは限らないけど、逆に言えば失ったもの、掴めなかったものを全て手にした上で、今あるもの、今失いたくないものもそのまま残せる…そんな未来の可能性だって、きっとあるわ。…だから後は、貴女次第よ。もう一度踏み出すかどうか…答えを、聞かせて頂戴」

「……っ…オレ、は…」

 

 揺らぐ、くろめの声。貴女次第だという言葉の通り、アルテューヌはそれ以上何も言わなかった。ただ、くろめの言葉を待っていた。

 どこまでアルテューヌがくろめの事を…くろめの歩みを知っているのか分からない。けれど確かに、アルテューヌの言葉はくろめを揺さ振っている。諦めざるを得なかった…それは本当にその通りで、くろめは自ら振り上げた拳を降ろしたんじゃなくて、負けて、潰されて、もう振るう事が出来なくて…だから、止まったんだ。俺が止めたんじゃない。俺はくろめを、もう一度立ち上がれるようにしたのかも、出来たのかもしれないが…止めたのは間違いなく、うずめで、皆なんだ。止まりたくて止まった訳じゃないし…止めた訳でもない俺が口を挟むのは、出過ぎた行いってもんだ。

 

(それにそもそも、結局何をしようとしたんだか全く分からねぇ。多分、やり直すとかそういう事なんだろうが…確証なんて、微塵もねぇ)

 

 このやり取りにおいて、俺はただの、くろめと一緒にいただけの人間だ。話に付いていけてないし、アルテューヌに対して言える事なんてちっともねぇ。ぶっちゃけ部外者だ、蚊帳の外から見てるだけの男だ。…けど、それでも……

 

「──大丈夫だ、くろめ。くろめはくろめのしたいようにすればいい。信じるようにすればいい。俺は何にも心配なんかしてねぇよ。くろめの事は…俺が、誰より分かってるって自負してるからな」

「…ウィード……」

「だから、思いのままに、心のままに…くろめが自分の道だって思うものを、選べばいいさ。もし、それが間違ってたとしても……その時は俺が、全力でふざけんなって止めるだけだからよ」

 

 肩に手を置き、俺は言う。振り向くくろめに頷き、にっと笑う。するとくろめは…目を、丸くする。

 

「…間違ってても肯定してくれたり、側にいてくれたりする訳じゃないんだな…」

「そりゃ、俺だってくろめのしてきた事は普通に許されちゃいけないって思ってるからな。昔何もしてやれなかった俺も不甲斐ないが…それ抜きにしても、くろめどうしようもねぇな、って思ってたりもするからな」

「…そ、そうなの……?」

「そうに決まってんだろうが、そこは甘えんな。…だけどそれがあろうとも、俺はくろめを信じてる。どんだけの事をしていようが、これから何をしようが、俺の中の、くろめへの思いは変わりはしない。昔からずっと、これからもずっと──くろめは最高に格好良い、俺の女神だよ」

 

 そこまで擁護するつもりはない、とはっきり伝えた上で…その上での思いも、合わせて伝える。俺の思いの全てを言葉に変えて、くろめに届ける。

 ここまでの、くろめとアルテューヌのやり取りに俺が口を挟む余地なんてない。俺程度がどうこう言える話じゃない。だから…二人のやり取りなんか投げ捨てて、俺はくろめにだけ言う。それでいい、それで十分なんだ。俺が今見てるのは、くろめだけなんだから。いつだって俺は、くろめを信じていて…昔は言えなかった事を、伝えられなかった思いを、今は届けられてるんだから。

 トレーニングルームではうずめに格好良いと言って、今はくろめに格好良いと言っている…なんとまあ、調子の良い事か。…だが、それが俺だ。うずめもくろめも格好良いと、好きだと思ってるのが俺なんだ。だから俺は俺を貫くまで。貫き切って…信じるまでだ。

 

「…全く…本当にウィードは、ウィードなんだから……」

 

 呆れたような、安心したような…そんな笑みを浮かべた後、ゆっくりとくろめはアルテューヌへ視線を戻す。俺が肩に手を置いたまま、くろめはアルテューヌと向かい合い…告げる。

 

「…君の言いたい事は、よく分かったよ。成る程確かに、オレも君には親近感を覚えるよ。…けど…残念だけど、オレは今の信次元も気に入っているんだ。取り返しの付かない事をしたオレを止めてくれた、受け入れてくれた、友達だと呼んでくれた皆のいる…人も女神も、オレが思っているよりずっと強いんだと教えてくれた、今の信次元をね。それに…オレはもう、決めているんだ。オレの犯した罪を、重ねてきた咎を、降ろすつもりはないと。いや、違う…それを降ろす事を、オレは許されていないんだ。オレの存在意義は、償い続ける事だ。償い切るんじゃない、償い続けるんだ。それすらも、犯した事からすればちっぽけな行いだが…だからこそ、もうオレは繰り返しちゃいけない。たとえそれで、誰もが救われるとしても、より良い未来を描けるとしても…主体はオレであっちゃ、いけないんだ。だから…悪いね、アルテューヌ。オレは君に、協力しない」

 

 それが、くろめの示す答え。くろめの進む、決めた道。多くのものを背負って、度々潰れそうになって…その度に無理矢理にでも立って、立ち上がらされて、そうして歩み続ける、くろめに定められた、その上でくろめ自身も定めた道。

 そしてそれを…くろめは真っ直ぐ、前を見て歩んでいる。どれだけ後ろ向きな理由であっても、根底が闇の中にあったとしても…格好悪く、真っ直ぐ前に、進もうとしている。くろめらしく、女神らしく。

 

「それと…根本的な事を、一つ訂正しておこうか」

「訂正…?」

「あぁ。君は俺を天王星うずめと呼んだが、オレはうずめじゃない。それは、オレじゃないオレ、【俺】の名前であって…同時に、【俺】の事でもない。『天王星うずめ』は、過去の、嘗てのプラネテューヌの女神だ。『今』は、もういない。だから、ここにいるのは…どうしようもなく愚かで、後ろ向きで、情けなくて、救いようのない……ウィードの最高に格好良い女神、暗黒星くろめだ」

 

 発されたその言葉に、アルテューヌは目を見開く。アルテューヌと正対しているくろめの顔は、俺には分からないけど…きっと、笑っているんだろう。ちょっと意地悪に、妙に自信満々に…笑ってみせているんだろう。

 

「…ふふっ…そう、それじゃあ仕方ないわね。まさかこんな返しをされるとは思っていなかったけど…そこまで言われるなら、いっそもう清々しいわ。何かちょっと、良いものを見せてもらった気分よ」

 

 大仰に肩を竦めるアルテューヌ。断られた事への怒りは感じられない。今言った通り、むしろすっきりしたような表情すらしている。けど…そんな風に捉えられていたのは、この瞬間まで。そこからアルテューヌの雰囲気は変容し…向けられる視線も、鋭く圧あるものへと変貌。

 

「…だけど、それなら覚悟して頂戴。協力してくれないのなら、貴女はわたしにとって危険な存在。だから貴女の、くろめの言った通り…脅威として、排除させもらうわ」

 

 全身に駆け巡るような緊張感。臨戦体勢を見せるアルテューヌ。そしてくろめへの認識を、協力者になってくれるかもしれない存在から、純粋な脅威へと改めたアルテューヌは…俺達に向けて、刃を向ける。




今回のパロディ解説

・某史上最強の弟子
史上最強の弟子ケンイチ及びその主人公、白浜兼一の事。ただ、元ネタはみっちりしっかり指導を受けられた訳ではないので、なったのは気分だけで、置かれた状況はそんなに似てないかもですね。

・「〜〜この際プライドは抜きだ〜〜」
ARMORED CORE2 ANOTHER AGEに登場するキャラの一人、ザルトホックの代名詞的な台詞のパロディ。バトル作品においては、割と使える機会が多そうな台詞ですね。

・「〜〜悟水〜〜」
テレビ千鳥において登場したペットボトルの水の事。結構前にも一度パロディネタとして出しましたね。栄養価とかはともかく、値段的には私は買いたくないですね。500mlで1500円ですし。
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