超次元ゲイムネプテューヌ Origins Unknown   作:シモツキ

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第二十九話 喰らい付く根性

 嘗て目指したもの、手にしようとして諦めたものを再び掴もうとくろめに協力を持ち掛けた、アルテューヌの勧誘。それを、くろめは否定した。それはもう、自分が歩むべき道ではないと。今の信次元を自分は気に入っているし…自らの罪に、慚愧に背を向ける事だけはしないと。それが自分…暗黒星くろめだと。

 それは、その姿は、正しく格好良い女神だった。俺まで胸を張りたくなるような…そんな答えだった。だが…喜んでなんかいられない。くろめはアルテューヌの誘いを断った。脅威と認定されているくろめが、協力の道を跳ね除けた以上……もう、戦いは避けられない。

 

「……っ…」

 

 大太刀の斬っ先と、それに何ら劣らない鋭さを持つ視線が向けられる。直接の激突こそほぼなかったとはいえ、既に一度戦っている相手ながら…いいや、そこで実力を、見た目だけじゃなくその強さもネプテューヌと変わりないんだと目の当たりにしているからこそ、そのアルテューヌの放つプレッシャーに息を呑む。

 

「…くろめ。くろめの女神化は、確か……」

「あぁ。ウィードも知っての通り、まだオレはオレ一人じゃ満足に女神化する事が出来ない。不甲斐ない事この上ないけど…ね…」

 

 額に汗が滲むのを感じながら、俺は小声でくろめに言う。それに答える形で、くろめは自分の現状を…うずめと違って、シェアクリスタルがあっても自在に女神化出来る訳じゃないと返す。…相手はネプテューヌと遜色ない強さを持つアルテューヌ、対するこっちは満足に女神化する事が出来ないくろめと、再生能力とそれを活かした部分を除けば女神にゃ遠く及ばない俺、か…。

 

「…いや、この状況滅茶苦茶ピンチじゃね…!?なんで相手が臨戦体勢になるような事言ったんだよくろめ…!」

「なっ、し、仕方ないだろう…!それともウィードはオレがその場凌ぎで日和った答えを返してた方が良かったとでも?」

「それは…うん、嫌だな。さっきのくろめは格好良かったし」

 

 思わず何言ってくれてんだ、と言った俺だが、確かにくろめがその場凌ぎの言葉を口にするなんてのは…嫌だ。戦略的には、そっちの方が良いとしても…さっきのやり取りにおいては、くろめには本心を言ってほしかった。そして、多分…俺の勝手な想像かもしれないが…こういう時は、たとえ不利になると分かっていても、自らの意思、誇りや信念を貫くのが女神なんだろうと、俺は思う。

 

(…そうだな。くろめの言った事は、答えは、何も間違っちゃいない。そもそも即座に助けを呼べないような場所で、敵の接近にも気付かなかった時点で、戦わずに済まそうだなんて考える時点で楽観視が過ぎるってもんだ)

 

 アルテューヌはくろめを警戒しているのか、まだ仕掛けはせずにこっちの出方を伺っている。妄想能力の存在は勿論だが、くろめが満足に女神化出来ないって事を知らないのなら、警戒をするのは当然の事。

 そのおかげで、俺は心の準備をする事が出来た。こんな不利な状況だからこそ、戦わずに済ます方法がないか模索するのが賢明なんだろうが、残念ながら思い付かない。何にも出てこないんだから…覚悟を決めるしかない。そして、胸の前で片手を握り、心を決めた俺は……言う。

 

「…くろめ、ここは俺が何とか……」

「ウィード、オレの事は気にせずすぐに……」

 

 

『…うん?』

 

 被る声。重なるタイミング。完全にじゃないが、俺もくろめも同じようにして言い、同じように前に出ようとして…顔を、見合わせる。

 

「いや…いやいや、何を言ってるんだウィード。確かに今のウィードは、昔のウィードよりずっと強い。けど、だとしてもこの場じゃ力不足も良いところだ。それは分かっているだろう?」

「そりゃ、な。だけど、それを言うならくろめだって人の事言えないだろ?それに俺なら、一発や二発喰らっても何とかなるしな」

「一発や二発で済む訳ないだろ、桁が一つどころか二つは違うっての。何とか…って言っていたが、それは無理だ。悪いけど、無理だよウィード」

「だったらくろめの事を気にせずに、ってのも無理だっての。第一、狙いはくろめなのにそのくろめが自分から向かっていったらその時点で作戦としちゃアウトだろうが」

 

 無理だと言ってくるくろめに言い返す。無理なのはその通りだが、だからって俺が逃げるのは違う。それは気持ちとしても、考えとしても間違ってる。…んだが、くろめもくろめで中々それを聞き入れてはくれない。

 えぇいならば、と俺は強引にくろめを押し退けつつ、盾剣を顕現させる。だがすぐに、盾剣を掴んでない手をくろめに掴まれ引き戻される。というか互いに掴めるような距離でくろめを出し抜いて前に…なんて、技術でも発想でもまあまず出来ない。

 

「ウィード、君は……」

「悪いが俺は引っ込む気なんかないからな。くろめこそ今は……」

「…敵を前に仲間内で言い争うなんて事、実際にする人っているのね…これはわたしが口を挟んだら、二人して言い返してくるパターンかしら。…まぁ……」

 

 段々と言葉に気持ちが籠ってきたからか、自分でも気付かない内に声量が上がっていた。一応視界の端ではアルテューヌを捉えるようにしていたが、俺はくろめと、くろめも俺と向かい合って言い合う形になっていた。

 そんな俺達を前にして、アルテューヌが漏らす呆れの声。それからアルテューヌは小さく肩を竦め……

 

「──今回はそういうお約束を、真っ向から否定させてもらうわ」

『……──ッッ!』

 

 次の瞬間、アルテューヌは大太刀を振り被ると共に、一瞬で距離を詰めてきた。

 咄嗟に俺は盾剣を防御体勢で構えようとするが、相手は女神。間に合わない。しかも動きは、俺もくろめも纏めて薙ぎ払おうとするもので…だが刃が届く寸前、盾剣は押される。間に合わないと思っていた防御が、直前で間に合う。

 それは、くろめによるものだった。くろめが俺の盾剣の腹を手で押し、防御を間に合わせると共に、盾剣を支えてもくれていた。…だが、向こうはしっかり踏み込んでの攻撃なのに対し、こっちは咄嗟且つ、俺もくろめも片手しか盾剣に触れていない。そんな状態でアルテューヌの一撃を受け止め切れる筈もなく、俺はくろめ共々跳ね飛ばされる。

 

「ぅぐぁ…ッ!」

「くッ……」

 

 背中から地面に落ちて逆ヘッドスライディングになる俺と、何とか立て直し両脚と片手で着地をするくろめ。跳ね飛んだ俺達をアルテューヌは見ているだけで、即座の追撃はしてこない。おかげでくろめは勿論、俺も立ち上がる余裕が出来たが…今の一撃で、より感じる。感じさせられる。俺とアルテューヌとの…女神との差を。

 自業自得とはいえ、今のは不意を突かれた結果。だが、不意を突かれてなきゃ受け止められたかといえば…そんな事はない。しっかり防御体勢を取れていたとしても、踏み込んでの攻撃は防ぎ切れない。…俺が今、戦おうとしているのは…そういう相手だ。

 

「一応言っておくけど、発言の撤回は受け付けるわよ。元々わたしは、最初から信頼のある協力関係を結べるなんて思っていないもの」

「その寛容な姿勢には感謝するよ…これで分かっただろウィード。ウィードじゃアルテューヌは…いや、今のオレだって勝ち目はない。二人で戦ったって、やられるまでの時間が伸びるだけだ。だから……」

「だからこそ、どんだけやられようが『痛い』で済む俺が戦うべきだろうが…。そういうタフさだけだったら、女神にも負けない自信が──」

「何度も何十度も、きっとそれ以上にウィードが痛い思いをするって分かってるのに、勝てないどころか蹂躙される事が分かり切ってるのに、それを仕方ないなって、再生出来るから問題ないよなって…そんな風に、思える訳がないだろうが…ッ!」

「…くろめ……」

 

 それでも俺はやってやる、やってみせる。そんな思いで盾剣をアルテューヌに向けようとした、大丈夫だって示すように軽い声音で言ってみせた次の瞬間、肩を掴まれる。強引に身体の向きを変えられて…くろめに、言い切られる。…それは、嫌なんだと。策とか、状況的にどうとかじゃなくて…気持ちとして、心として、それを受け入れる事なんて出来ないんだと。

…思い出すのは、うずめとのやり取り。うずめは言っても無駄だろうな、って雰囲気でこそあったが、同じようにうずめも俺の事を案じてくれていた。その思いを無碍にする事は出来ないし…俺だって自分の再生能力だとか、狙いはくろめの方なんだからだとか、それっぽい理由を挙げてこそいたが、本当の理由はくろめと同じだ。くろめに傷付いてほしくないからだ。

 

(…だけど、それは出来ない。俺はまだ弱くて、くろめも本来の力を取り戻し切れていない今は、俺もくろめも危なげなく…なんて事は、出来ないんだ)

 

 良いでも悪いでもなく、それが現実。今の俺とくろめじゃアルテューヌにゃ勝てない、工夫次第でどうにかなるレベルを超えちまっている。だから今選べるのは、意思を通せるのは俺かくろめかの、どっちかだけ。そして俺は、譲るつもりも…毛頭ない。

 小さく一つ、深呼吸。アルテューヌからは、俺がこれから仕掛けようとしているように見えている…のかもしれない。だがこれから俺がするのは、くろめの説得だ。それもじっくり話すんじゃない、強硬手段で強引に、くろめの考えを変えさせる。

 

「聞いてくれ、くろめ。俺は何も、ただくろめに戦わせたくない訳じゃねぇよ。勝つ事は出来なくても、本気でこの状況を乗り切りたいって思ってる。けど…俺の頭と経験じゃ、その策を思い付く気がしないからな。俺とくろめだったら、思い付く可能性があるのはくろめの方だ。この状況を何とか出来るのは俺じゃねぇ、くろめなんだよ」

「それは別に、ウィードを戦わせながらじゃなきゃ出てこないとは限らない。…そういう事じゃ、ないんだよ。賢明じゃないって事は分かってる、十分に承知してる。それでもオレは…くろめは……」

 

 ただ逃げろと言ってるんじゃない、と伝えても、くろめの姿勢は変わらない。これで変わってくれればと思ったが…これでも駄目なら、仕方ない。だから俺は…今の答えで完全に心を決めた俺は……言う。

 

「…はぁ…じゃあ、本当にいいのか?そうなった場合の事を、くろめはちゃんと考えられてるか?」

「…そうなった場合の事…?」

「あぁ。もし仮にくろめが向かっていって、俺が逃げたとしたら…そしてくろめがイリゼと同じような事になったら、俺は絶対に後悔する。たとえ他に選択肢がなかったとしても、最善の動きをしたとしても、俺が残っていたら、二人で戦っていたらって、どうしようもない程に悔やむ。絶対に、な」

「……っ…すまない、でも…」

「──で、そんな俺を見たら、間違いなくうずめは慰めてくれるだろうな。ウィードのせいじゃないって、何も悪くないって、それはもう俺の心を癒してくれようとするだろうさ」

「え…?」

「傷心の時にうずめに慰められたら、癒してくれようとしたら…俺だって、その思いに応えたくなる。俺の中にある気持ちが、どんな風になるかなんて想像も付かない。けど、まぁ…これまで通りじゃなくなるのは、間違いないだろうな。…俺も、男だし。うずめは、うずめも…俺にとって、大切な相手だし」

「…………」

 

 

 

 

 

 

「…よし、オレがこの状況を何とかしてみせる。だから何とか出来るまでの間、アルテューヌはウィードに任せるよ。オレ達二人で何とかしよう。オレ達二人で…オレ達!二人!で!」

 

 暫しの間ぽかんとした表情になり、何も言わなくなってしまったくろめ。そして一時停止みたいな状態で固まる事数秒……復活したくろめは、考えを変えてくれていた。俺の意見を理解し、オレ達二人で…と言ってくれた。非常に大事な事だからか、二回どころか三回も言っていた。三度目のパワーは、中々のものだった。…我ながら、悪い男になった気がする……。

 

「意見は纏まったのかしら?」

「漸く、ね。気にせず仕掛ければ良いものを律儀に待ってくれるなんて、記憶の有無に関係なくねぷっちは優しいんだね。それとも…余裕の表れという事かな?」

「わたしは策は弄させてもらうけど、戦いそのものは正々堂々やるつもりよ。さっき強引に中断させたのに止めなかった時点で、どうせ何とかして打ち合わせするだろうとも思ったしね」

「正々堂々か…だったら正々堂々と、一対一で勝負といこうじゃねぇか」

 

 今度こそ前に出て、盾剣をアルテューヌへと向ける。そんな俺の行動に、アルテューヌは僅かに眉を動かす。

 

「…どういうつもり?わたしは一対二でも卑怯だとは思わないわよ?」

「俺一人で十分って事だ。…とは言わねぇよ。まあでも、まずは俺を倒してみろ…とは言わせてもらうがな」

「……もしかして、何か企んでるのかしら?それとも…くろめには、戦えない理由が?」

 

 少しばかり、見栄を張る。アルテューヌの意識を自分に向ける為に、わざと構えを崩しつつ大きく出る。

 これでちょっとは、アルテューヌを引き付けられる筈。そう思いながら、俺はアルテューヌをじっと見つめる。アルテューヌもまた、俺の事を静かに見据え…静かな声で、返してくる。

 

…………。

 

「やべぇ、どうしようくろめ…!速攻バレたぞおい…!」

「だからって即振り向くやつがあるか馬鹿…!それはもう、その予想は合ってるって教えてるようなものだからな…!?」

 

 思わずくろめに声を掛けてしまった俺だが、返ってきたのはご尤も過ぎる言葉。訓練はそれなりにしてるつもりだし、対モンスターの経験なら多少はあるつもりだったが…対人戦の、こういう駆け引きの知識や経験が、俺には圧倒的に不足していた。

 完全にこれは、俺のやらかし。だが、やっちまった以上もう取り返しは効かない。幸い今のくろめの状態はまだ分かっていない筈だから、せめてこれ以上情報を与えないようにするしかない。

 

「…なんというか…愉快な性格をしているのね、貴方は」

「そりゃどうも。…油断してくれて構わねぇぜ?」

「そうはいかないわ。わたしだっていつまでも、のんびりやってる訳には…いかないもの…ッ!」

 

 呆れ混じりに肩を竦めるアルテューヌに対し、油断してほしい…なんて思いながら言葉を返す。けどやっぱり、油断して、手を抜いて戦ってくれるつもりなんかないようで…次の瞬間、再びアルテューヌは踏み込み、一気に距離を詰めてきた。

 振るわれる大太刀を、今度はしっかりと受け止める。そこから地面を踏み締め、何とかアルテューヌを押し返す。

 

「へぇ、流石にこの位は受け止めるのね。なら……」

 

 軽やかに下がったアルテューヌは、即座に次の攻撃をしていく。鋭い斬撃を、俺は盾剣を掲げて防ぐ。袈裟懸け、横薙ぎ、上段下段と次々披露するようにして、アルテューヌは大太刀を振るっていく。アルテューヌの連撃を前に、俺は反撃の余裕なんか全くないが…それでも、辛うじてでも押し留める。

 

(よし、よし…ッ!不意を突かれた最初は簡単にやられたが、そうじゃなきゃギリギリ対応出来る…!勝つのは無理でも、こうして押し留められるなら──)

「そこッ!」

「ぐぁ……ッ!?」

 

 やれるかもしれない。くろめが何か思い付くまでの時間稼ぎなら、険しい道でも不可能ではないのかもしれない。…そう思った俺の期待を一瞬で崩す、アルテューヌの蹴り上げ。大太刀への防御体勢を取っていた俺の盾剣は、下から掬い上げられるようにしてかち上げられ、続く逆の脚での蹴撃で吹っ飛ばされる。

 油断した?俺の方が、何とかなるかもって油断していた?…いいや、違う。乗せられたんだ。アルテューヌはここまでわざと俺に対応出来る程度の攻撃をして、対応をさせる事で、俺に誤認をさせたんだ。…確実に、俺を退かす為に。

 

「悪いわね、強く蹴って」

「気に、すんな…結構痛かったが…結構痛かった、だけだ…ッ!」

 

 吹っ飛ぶ俺をちらりと見やった後、アルテューヌはくろめに向かっていく。戦闘開始した時点でくろめはある程度距離を取ってくれていたが、その距離もすぐに縮まっていく。

 間に合わない事は明白。間に合わないように蹴り飛ばされたんだから、そこに期待するなんて大間違い。…けど、まだ手はある。俺は盾剣を地面に刺す事で強引にブレーキを掛け、それと共に力を込める。引き抜く流れのままに盾剣を振り上げ、アルテューヌに向けて一発放つ。

 

「イージス…スロウッ!」

「……!」

 

 打ち込んだ橙色の一発は、ちょっと気取って技名まで言ったのに、察知でもされたのか見る事すらなく躱される。というか多分、声で察知された部分はある。そこから俺はもう一発放つが、やっぱり避けられて終わる。けど、それでいい。今の二発は当たれば御の字、当たらなくてもそれはそれで…ってつもりで放ったんだから。

 俺の本命は、三発目。しっかりと力を込めて、もう一度盾剣を振るう。橙色の光は飛び、駆け抜ける。そしてアルテューヌがくろめに向けて大太刀を振り上げ……振り下ろされた刃は、そこに割って入った…俺が放った『盾』にぶつかる。

 

「…これは、盾…?…盾を飛ばすなんて、どこぞのキャプテンか機動戦士みたいね」

「そんな簡単にゃ抜かせねぇよ…好きな相手守ろうとする時の男舐めんな…!」

「…えぇ。場合によっては、と思っていたけど…やっぱりくろめを倒すには、まず貴方を何とかしなきゃいけないみたいね…!」

 

 攻撃を阻んだ盾…俺が先の二発で攻撃だと思わせておいた(まあ当たれば一応打撃にはなるが)、飛ぶ斬撃ならぬ飛ぶ盾を見て、俺の方へ振り向くアルテューヌ。そのアルテューヌに盾剣の斬っ先を向ければ、アルテューヌは小さく頷きまた俺に仕掛けてくる。

 今度は、さっきよりも速い。さっき以上に鋭い斬撃が連続で打ち込まれて、すぐに俺は対応出来なくなる。簡単に、圧倒される。

 

(やっぱり強ぇ…いや、強いなんてレベルじゃねぇ…!これが、女神……!)

 

 全力で防御をしているのに、しっかりと防いでいる筈なのに、容易く姿勢を崩される。手に痺れが走り、体力を削られる。これまで女神の戦いは何度も見てきたし、強いなんて事は十分分かっていたが…こうしてぶつかる事で、真正面から打ち込まれて、よりその強さを実感する。威力も、速さも、対応し切れない技術も…何もかもが、モンスターとは段違い。

 

「けど…ッ!」

 

 幾度目かの打ち込みの後、アルテューヌは上段から真っ直ぐ斬り付けてくる…と見せかけて、大きく膨らませるような軌道で上から横に、薙ぎ払う形での斬撃を仕掛けてくる。再び乗せられ、上段斬りが来るものだと思っていた俺は、今ので完全に防御を崩され、無防備な姿を晒してしまう。

 だが、アルテューヌは斬ってこない。いや…動きを止めた訳じゃないが、ここに来て初めて動きが鈍る。俺はその隙を見逃さず、転んだら転んだで仕方ないって位の気持ちで身体を前に倒す事で盾剣を弾かれた衝撃に抗う。争い、押し切り…逆にアルテューヌへと刃を振り出す。

 振るった一撃は、あっさりとアルテューヌに防御をされる。盾剣を大太刀で受け止められ…だが、これまでとは違う。たった一発だが…ここで漸く、ずっと防御しか出来ていなかった俺は、アルテューヌへ攻撃をする事が出来た。

 

「……っ…斬撃の軌道が雑ね。それは剣であって、打撃武器ではないんでしょう?」

「そりゃまた、手厳しいな…ッ!」

 

 軽く防がれはしたが、攻撃出来た。その興奮に冷や水を浴びせるような、アルテューヌの言葉。こっちは弾かれたところから無理矢理攻撃に転じさせたんだから、雑な攻撃になったって仕方ない…なんて、言っても意味はないんだろう。そもそも俺達は戦ってるんだ、手厳しい言葉も当たり前だ。

 斬り結んだ状態から、俺は押し切りに掛かる…が、全然押し切れる気がしない。ならばと斬り結んだまま蹴りを放つも、片脚を地面から離した、踏ん張りが緩んだその瞬間に押し返され、俺は転倒。咄嗟に倒れた状態からそのまま横に転がれば、地面に大太刀が突き刺さる。

 

(大丈夫、大丈夫だ。だから焦るな、やられてばっかりの状況を不味いと思うな。考えてみろ、女神相手に俺は戦ってる…手も足も出ないが、瞬殺はされてないんだぞ?それだけで…結構俺も凄ぇじゃねぇか…!)

 

 ごろごろ転がって逃げながら、自分に言い聞かせる。まずは自分を落ち着かせて…続けて自分で自分を褒める。実際凄い、絶対凄い。上には上がいるだけで、俺より凄い人も沢山いるってだけで…それはそれとして、曲がりなりにも持ち堪えられてる俺だってやっぱ凄ぇ。

 そう思うと、焦りそうになる心が鎮静化される。そして、ここだってタイミングで跳ね起き、また斬撃を受け止める。…のは良かったが、何度も転がったところから一気に跳ね起き防御をしたものだから、視界が揺れる。身体がぶれ、防御が甘くなってしまう。

 

「ウィードッ!」

(……ッ、やべぇ…!)

 

 一瞬の隙でも、戦場では命取り。実際甘くなった防御をアルテューヌは正面から崩し、崩された俺はまた無防備な状態を晒してしまう。

 今度はもう、さっきのようにアルテューヌの動きが鈍ったりはしない。くろめの声が聞こえる中、俺の首へと鋭い刺突が放たれ、俺の喉はあっさりと貫かれ……なかった。確かに刺突は俺の首へと届いた。届いたが…掠めただけ。俺は無防備な状態だったにも関わらず、刺突は掠めただけで終わる。

 

「……ッ…!(外れた…?…いや、そんな訳あるか…!アルテューヌが、女神が、この状況でここまで外す訳がねぇ…!)」

 

 頭は今起こった事に困惑しながらも、身体は動き、下がる。アルテューヌは追撃してくるかと思ったが、俺に大太刀を向けながらも追ってはこない。よく見れば、少しだけ表情を歪めながら、追わずにその場で留まっている。

 絶対に、今のはおかしい。普通に考えて、アルテューヌがあのタイミングで外す訳がない。だからきっと、理由がある筈。例えばアルテューヌが負傷していて万全じゃないとかだが…それはどう見てもあり得ない。アルテューヌが手加減してるって可能性も、あんまり現実的じゃない。…だとすれば…手加減じゃなく、もしかしたら……

 

「…あぁ、そうか…躊躇ってるんだな、俺を…人間を、傷付ける事を」

「…………」

 

 俺に対する答えは沈黙。けど、これは俺にも分かる。この沈黙は、否定出来ないからこそのものだ。

 それなら何もおかしくない。むしろ一番納得がいく。アルテューヌが女神だというのなら…平気で人を傷付けられる訳がない。俺の再生能力をただの魔法か何かだと思っていて、既に普通の人間とは呼べない在り方だって事は知らないのか、知った上でそれでもまだ俺を人として躊躇っているのかは分からないが……これは俺にとって、有利な要素になる。敵であろうと人は傷付けたくないっていう高潔さに付け入るような形にはなるが…相手は女神、手段は選んでいられない。

 

「今度は、こっちからいくぞ…ッ!」

 

 地面を蹴り、アルテューヌへ斬り掛かる。アルテューヌは難なく躱し、横から大太刀を振り出してくる。それを俺は盾剣の腹で、盾を掲げるようにして受け止め、今度は盾剣を逸らす事で大太刀を流しつつ蹴りを放つ。それもアルテューヌは跳んで躱し、瞬時に俺の前から背後へ。

 

「もしかして、わたしは貴方を攻撃出来ないと…だから積極的に仕掛ければ、わたしは防御に徹するしかないと…まさか、そんな風に思ったの?」

「ぁぐ…ッ!」

 

 すぐさま振り向く俺だが、アルテューヌもそれに合わせて動く。俺の背後を維持するように、アルテューヌもぐるりと動き…俺の腕を、捻り上げてくる。

 

「だとしたら、流石にわたしを舐め過ぎよ。貴方の指摘は正しいものだけど…ただ斬るだけが、突くだけが戦いじゃないわ」

「そう、だろうな…ああ、そうだろうさ…!」

 

 がっちりと腕を捻り上げ、アルテューヌは俺の動きを封じる。ならば逆の腕で、脚でと動こうとした瞬間にアルテューヌは捻りを強め、痛みで俺を止めてくる。

 完全に、動きを封じられた。攻撃ではなく、拘束で封殺をされてしまえば、アルテューヌは傷付ける事を躊躇う必要はないし、再生能力だって意味を成さない。…そう、アルテューヌは思っているんだろう。──だが。

 

「アルテューヌこそ、俺を舐め過ぎだな。悪いが、こういう拘束は…俺にはあんまり、通じないんだよ…ッ!」

「な……ッ!」

 

 俺は腕に、力を込める。当然アルテューヌは拘束を強めるが、そんな事は無視して力を込め続ける。無理矢理に、強引に動かそうとする。

 肩に走る、軋むような痛み。一瞬でもずきりと痛いものが、力を込めている間ずっと走る。込めれば込める程、裂けるように痛みが肩から駆け巡る。それでも俺は動かす、動かそうとする。痛みなんか知った事か、ぶっ壊れるなら壊れちまえばいい、感じる痛みにそんな思いを叩き付けて、痛くて痛くて仕方ないのを奥歯を噛み締め必死に堪えて……不意に、腕を掴む力が消える。その瞬間を逃さず、俺は盾剣を目一杯振り抜く。

 

「……──ッッ!ぐッ、ぅうぅ…ッ!」

 

 振った瞬間、本当に肩が引き千切れるような感覚と激痛が身体を貫く。振り抜いている間、痛みで意識がどこかに飛んでいきそうになる。…肩が、外れていたのかもしれない。そんな状態で、無理矢理動かし盾剣を振ったのなら…そんなもん、痛過ぎる程痛いに決まっている。

 それでも俺はやった。強引に動かして、無理矢理振った。…直ると、分かっていたから。どんなに痛くとも、それは一時的で、すぐ元通りになるのだから。

 

「…貴方…ここまでやれば、わたしも手を離すって分かってやったって言うの…?」

「離してくれるかもな、とは思ってたさ…仮に離してくれなくても、一度駄目になっちまえば他は動き易くなるかもしれないとも、思いながらな…ッ!」

「……っ…そうね、どうやらわたしは貴方を舐めていたわ…貴方の力も、精神性も…!」

 

 さっきまでは泣き叫びたい程だった痛みが引いていく。肩から先の感覚もしっかりと戻り、ちゃんと動かせるようになる。

 両手でしっかりと柄を持って、打ち込む。さっきので、もう完全にアルテューヌに俺への軽視…人間なのだから、という軽い見積もりはなくなってしまっただろう。けどそれでも、まだ俺は可能性を感じている。

 

「そッ、らッ、よぉッ!」

「…戦い辛いわね…全く、縄の一つでも用意しておくべきだったわ…!」

 

 前に、前に出る。反撃に対する防御はしつつも、前のめりに攻撃を続ける。俺が強くなった訳でも、アルテューヌが弱くなった訳でもないが、ここまでとは完全に流れが変わっている。

 それは何故か。…それは、俺が非常識な攻勢を仕掛けているからだ。自分の安全性を度外視した攻撃を、アルテューヌへ放っているからだ。

 

(我ながら、確かに良くないよな…ほんと…!)

 

 別に俺は、某よく目が死んでるゾンビみたいに肉体の限界を超えた動きが出来る訳じゃない。けど、俺も最近分かった事だが、人は無意識の内に本来の、100%の力を出さないようセーブするのと同じように、人は自分でも気付かない内に安全な立ち回りをする、してしまうものだ。どの程度かは多分個人差があるし、何かに没頭したり気が取られたりするとその無意識の安全確保が綻びたりもするが、常に、完全に安全確保を捨て去る事なんて出来ない。そりゃそうだ。人には、生物には、生存本能や自己保存の心理があるんだから。傷付けば痛いし、大怪我をすれば動けなくなるし、死ねば何も出来なくなるんだから。

 けど、俺は違う。俺には痛みはあるが、大怪我したって動けなくなる事はないし…外傷で死ぬのかどうか、定かじゃない。そんな俺だから、どんな怪我をしても元通りになってしまうから、頭が安全性なんて気にする必要ないと思うのか、或いは元通りになる事で『動かない筈のところが動く』という状態に頭が混乱でもした結果なのか、俺の身体は安全確保をしなくなる。それは、普通は誰にでもある無意識の縛りがないって事で…相手からすれば、他とは何か違う動きになる。初めての相手なら、未経験の動きとなる。…まあ、その状態になるにはまず大怪我して、元通りになってって過程を踏まなきゃいけない訳だが。しかもこれも、暫く経つと元に戻っちまうから、戦いの度に大怪我しなきゃいけないんだがな…ッ!

 

「そこッ!」

「どわ…ッ!?…こ、の……ッ!」

 

 振るった刃同士がぶつかる。俺の斬撃に合わせる形で、アルテューヌも大太刀を振るって、刃が激突。このまま斬り結びに…と思っていたが、即座に俺は弾かれる。

 動きで多少翻弄出来たって、素のパワーやスピードの差はどうにもならない。うずめ達とかなら、そのパワーやスピードを補う立ち回りや、相手にそれを活かさせない駆け引きなんかも出来るんだろうが、今の俺にそんなものはない。そして相手は女神なんだから、その内俺の動きにも慣れるだろう。そうなったら、普通は出来ない動きとそれ故に慣れないって二つの要素の内、片方しか機能しなくなる。

 つまり、そこまでいったらもう完全に終わり。初めっから終わりが見えている…だからこそ、そこに至るまでを一秒でも伸ばすのが、俺の勝負。

 

「…そういえば、訊いていなかったから念の為言うけど、くろめを説得「ないッ!」…したくない、なんて事は?…って訊かれたらどうするつもりだったの?」

「普通そんな形の質問しないだろ…ッ!」

 

 弾かれた盾剣を即座に引き戻すのは厳しい。感覚でそう理解した俺は倒れ込むようにしてヘッドバットを仕掛け、例の如く避けられる。すっ転びそうになるのを足を踏み出す事で何とか堪え、即座に振り向…いた時には、アルテューヌに至近距離から大太刀の斬っ先を向けられていた。

 そのまま斬ればいいものを斬らないのは、やっぱりまだ躊躇ってくれてるのか。それとも、斬っても元通りになるだけだから、期待は出来ずとも斬るより訊く方を優先したいと思ったのか。何れにせよ、結果はこれ。俺は大太刀の下から盾剣を打ち付ける事で退かし、左手を離して殴り掛かる。その拳を掴まれ、片手持ちになった盾剣も同じく片手持ちの大太刀で押さえられれば、また俺は前のめりになり…拳を掴む手に、噛み付きにかかる。

 

(これでいい、これで…ッ!後一秒、もう一秒…遠い先なんて要らねぇ、すぐ側の一瞬を掴み続けろ…ッ!)

 

 掴まれていた腕を引っ張られ、危うく自分の腕を噛みそうになる。続けざまに、アッパーの様に蹴り上げられてぶっ倒れる。あぁ、痛い。蹴りも、背中から地面に打ち付けられるのも、どっちも痛い。

 けどまだやれる。ただ痛いだけなら、俺には大した問題じゃない。痛みを堪えれば、堪えて足掻き続ければ、女神相手に一瞬一瞬を積み重ねられるというのなら…くろめとこの場を乗り切る可能性に繋げられるなら…安いものだ。

 

 

 

 

 戦闘が始まってから、どれ程経ったか。結構経った、かなりの時間が過ぎた気もするが、実際にはそうでもないのかもしれない。いや…多分、俺が思っているよりは短いんだろう。必死こいて一秒一秒を稼いでるのに、結構長い時間が経ってたなんて、ある訳がない。

 

「はぁ…はぁ…ふっ、はぁぁ…ッ!」

 

 盾剣を振り抜き、エネルギーで構成された盾を放つ。だが何度放っても、避けられ、躱され、凌がれる。一つ放つ度に盾剣を振り抜かなきゃいけない、連射の効かないこれは、遠距離からプレッシャーを掛けるという事にはまるで向かない。だから遠距離戦は避けたい、そもそも距離が離れてるんじゃくろめの方にさっさと行かれてこっちの防御が間に合わなくなる可能性も高いんだから、ここまで俺はとにかく距離を取られないよう立ち回っていた。…だが……

 

「辛そうね。傷は回復しても、体力は回復しない…ってところかしら」

 

 俺の状態をはっきり見抜いたアルテューヌの、冷静な指摘。演技かもしれないぞ?…と言いたいところだったが、どうせ言ったって無駄だろう。それ位に、俺のパフォーマンスは落ちている。

 完全に今言われた通り、俺は体力が尽きかけている。痛みに堪えて、必死に戦って…いいや、必死に戦ったからこそ、何より先に体力が限界寸前まで来てしまった。

 何せこっちは、攻撃を防ぐ度にごりごり体力を削られてるんだ。それを考えればむしろ、ここまでよく持ったと言うべきところ。…尤も、そんな形で自分を褒めたって、今は何にもなりはしないが。

 

(もうまともに防御出来る気もしねぇ…こうなったら一か八か、組み付いてみるか…?)

 

 ちょっとでも体力を持たせようと荒く呼吸を繰り返しながら、アルテューヌに向けて走る。勿論、俺は人造人間でもなければ強襲形態に変形出来る訳でもないから、組み付いてから自爆を…なんて事は考えてない。ただ組み付いて、ちょっとでも動きを封じられれば…ってだけの事。

 けどそれだって、上手くいくかは分からない。そもそもアルテューヌだって距離を取ってた方が何かと楽なんだから、俺の接近を許すかどうかも……そう思った直後、アルテューヌの方から接近してくる。まさかの突撃に、俺の方が面食らう。

 

「貴方もやるわね。力も精神力も、中々のものよ…ッ!」

「女神にそう言ってもらえるなら、割とマジで…嬉しい、な…ッ!」

 

 突進からの刺突は盾剣の腹でしっかりと受け止めたが、それでも大きく仰け反ってしまう。続く斬撃に、俺は後退を余儀なくされる。防御する度、衝撃で後ろに押されていく。

 何度目かの攻撃の後、一瞬アルテューヌの攻撃が緩む。だがそれは、躊躇いによるものじゃない。それは溜めによるもので、咄嗟に俺がしゃがんだ次の瞬間、俺の頭のすぐ上を大太刀が薙ぐ。俺の背後には、そんなに背の高くない木があって…それが段ボールか何かの様に、あっさりと斬り裂かれる。斬っ先が反対側までは届いていないのか、木が倒れる事はなかったが…もし今のを身体に受けていたら、斬られた事にも気付かなかったんじゃないか…そう思う程の斬撃が、俺の頭頂を掠めていった。

 

(けど、外れは外れだ…ッ!)

 

 当たっていたらと思うと恐ろしいが、当たってないんだから気にする必要なんてない。俺はしゃがんだ状態から両脚に力を込め、飛び出るようにして斜め上への刺突を掛ける。

 受けるでも横や後ろへの回避でもなく、しゃがんだからこその反撃。お返しまで念頭に入れての動きではなかったが、我ながら上手い事いったとこの時は思っていた。思いながら突き出していた。だけど…突き出す中で、俺は気付く。アルテューヌが俺の攻撃に対し、薄く笑っている事に。

 

「……っ…!?」

 

 まさか、反撃を誘われた?…向けられる笑みでその可能性が思い浮かぶ俺だったが、もう身体は止まらない。俺が盾剣を突き出す中、アルテューヌは身体一つ分だけ横に逸れて、最小限の動きで刺突を躱す。躱すと共に、脚を振り出し……次の瞬間、腹部にボレーキックを叩き付けられる。

 身体がくの字に曲がり、本当にボールの様に蹴り飛ばされる。更に次の瞬間、背後の木へと激突する。

 

「がは……ッ!」

 

 腹と背中、立て続けに激しい衝撃と痛みが走り、呼吸が出来なくなる。落ちるようにして前に倒れ、地面に這い蹲る。

 油断した。女神相手に仕込み無しのカウンターが上手くいくなんてある訳がないのに、一方的にやられるだけでも『戦闘』として成り立っていたが為に…自分でも気付かない内に、自惚れてしまっていた。

 更に言えば、アルテューヌは打撃や衝撃で俺を追い詰める作戦にシフトしたのかもしれない。確かに、どっちにしろ怪我をさせても元通りになってしまうなら攻撃の種類は大した意味を成さないし、斬撃より打撃の方が…刃物より手や足の方が躊躇いは少なくなるだろう。そして躊躇いが薄れる事は、俺にとってマイナス……

 

「……──え?」

 

 そう思っていた時、不意に背後から聞こえた音。メキメキ、ベキベキという、割れ、折れ、潰れるような…そんな音。

 一瞬、訳が分からなかった。いきなり何の音かと、何事かと思った。けど…すぐに思い出す。俺の背後にあるのが何なのかを。ついさっき、何が起きたのかを。そして、それ等と今の音から導き出される答えに俺が辿り着くのとほぼ同時に…その答えもまた、倒れた俺へと襲い掛かる。

 

「ぁ"ッ…が……ッッ!」

 

 背中を、脚を襲う凄まじい圧力。地面に押し付けられるような、そのまま俺を押し潰そうとするような力が、重みが襲い掛かり…俺はそこから、動けなくなる。痛みではなく、身体へのダメージでもなく…へし折れた木の、重量によって。

 

(く、そ…ッ!)

 

 腕に、全身に力を込めるが、まるで起き上がれない。這い出ようとしても、身体が木の下から動かない。今の俺は、力を上手く入れられるような体勢でもない。

 やられた。完全にやられた。アルテューヌは…最初からこれを狙っていたんだ。カウンターの蹴りと、それで俺を木にぶつけた事だけじゃない。その前の斬撃も、俺が上手く躱したと思っていた一撃も…本当は、初めから木を斬り裂き、折れ易いように、俺の方へ倒れるようにする為の一手だったんだ。…全く、気が付かなかった。完全に、アルテューヌの掌の上で踊らされていた。

 

「アル、テューヌ…ッ!」

「ふぅ…ここまで手間取るとは思っていなかったわ。…本当に大したものよ、ウィードくん」

 

 俺を見下ろすアルテューヌの、静かな言葉。称賛の言葉を口にして、アルテューヌは飛んでいく。くろめへと、向かっていく。

 それを俺は、止められない。怪我はその内容に関わらず大事にはならない、だからどれだけダメージを受けても行動不能にはまずならない…そう考えていた俺には思い付かなかった、傷でも拘束でもない、重量による封殺という手段でその場に縫い付けられて、俺は何もする事が出来なくなる。どんなに回復能力があったって、俺の身体そのものは元通りになったって…この状況じゃ、何にもならない。

 

「くろめ…逃げろ、くろめ…ッ!」

 

 パワーやスピードだけじゃなかった。技術や経験だけでもなかった。戦いにおける多彩な策、状況や環境を上手く把握する目、そういうものを上手く活用する柔軟な思考…それもまた、今の俺とアルテューヌの、女神との間にある、絶対的な差だった。

 悔しさと不甲斐なさが心から滲み出る中、俺は叫ぶ。アルテューヌはくろめへと迫り…くろめとの、攻防戦が始まる。当然くろめは俺より強く、頭だってずっと回る。けど…やっぱり女神化しているのとしていないのとじゃ、そこにも大きな隔たりがある。加えてくろめには再生能力なんてなく、アルテューヌにも躊躇いはない。相手も女神なんだから、油断だってアルテューヌには存在しない。だから…くろめも、やられる。俺が見つめる事しか出来ない中、くろめは一歩も引かずに迎え討ち……だからこそ、やられてしまう。

 

「ぐッ、ぁ……!」

 

 斬撃をメガホンで受け止め、蹴りにも蹴りをぶつけ、拳には頭突きで対抗し、くろめは抗った。それでも一つ一つの衝撃でくろめの方が押され、次なるパンチには間に合わなくなる。くろめは殴り倒され…大太刀を、突き付けられる。

 

「…逃げれば、もう少しはこうなるまでの時間を稼げたんじゃないの?」

「馬鹿言え。オレはウィードの前で、戦いでそんな情けない姿を見せる訳にはいかないんだよ。既にこれ以上ない位情けない姿を見せて…これからも、きっと何度も情けない姿を晒してしまう筈なんだから」

「…そう。格好良いわね、貴女も、彼も」

「君こそ、嘗てのオレと同じものを目指してると言っている割には…その頃のオレより、ずっとマシな姿に見えるよ」

 

 絶体絶命な状況。誰の目にも明らかな危機。…そんな状況でも、くろめは不敵に笑っていた。押されて、何度も攻撃を受けて、ボロボロの状態なのに…その姿でも、くろめにはどこか格好良さがあった。

 それ故になのか、アルテューヌには微塵も隙を感じなかった。くろめが何をしても、何をしてきても、確実に対応する…そんな雰囲気を、纏っていた。

 

「わたしの勝ちよ、くろめ」

 

 何でもいい。何だっていい。とにかく何か出来れば、何か…そう思って足掻き続けるが、俺の望む先には、あまりにも遠い。全身全霊の力を込めても…届かない。

 そして、アルテューヌは大太刀を振り上げる。その瞳はくろめを捉えたまま、最後の一瞬まで絶対に隙は見せないという雰囲気のまま、両手で真っ直ぐ大太刀を振り上げ……

 

 

 

 

 

 

「いいや、勝つのはオレだ…オレ達だ、アルテューヌッ!」

 

──アルテューヌは、飛び退く。くろめが何かした訳じゃない。だが何かを感じ取ったかのように、アルテューヌは飛び退き…一瞬前までアルテューヌがいた場所に、巨大な手裏剣が飛来する。

 訪れる静寂。心の中で走る衝撃。俺が茫然とその場を見つめる中、更に一つの影が空から降り立つ。だがそれは、攻撃じゃない。空から地面に降り立った、片膝立ちでの状態からゆっくりと立ち上がったのは、パワードスーツを、或いはロボットを思わせる……青い、忍者だった。




今回のパロディ解説

・工夫次第でどうにか〜〜超えちまっている
とあるシリーズに登場するキャラの一人、垣根帝督の台詞の一つのパロディ。ウィードとアルテューヌでは、レベル4とレベル5第二位以上の差がある気がします。この場はくろめもいる訳ですが。

・「〜〜どこぞのキャプテン〜〜」
マーベルヒーローの一人、キャプテン・アメリカの事。盾を投げるキャラといえば、まずは知名度的にも彼ですね。ウィードは盾を投げてるのではなく、エネルギーの盾を飛ばしてる感じですが。

・「〜〜機動戦士〜〜」
ガンダムシリーズの事。盾の投擲や、盾の機能も持つ遠隔操作端末を操る機体はシリーズ全体で色々いますね。でもこの場合は、名前(技名)繋がりでSEEDシリーズのイージスを例に挙げるのもいいかもです。

・某よく目が死んでいるゾンビ
これはゾンビですか?の主人公、相川歩の事。凄まじいダメージや身体の損壊を受けても元通りになる主人公繋がりです。単なる回復ではなく、概念的な再生の域に到達してる繋がりでもあります。

・人造人間
DRAGON BALLに登場するキャラの一人、人造人間16号の事。もし仮に組み付いて自爆しようとしたら、イリゼといいウィードといい、主人公勢はもうちょっと手段を考えなよ…ってなりますね。

・強襲形態に変形
ガンダムSEEDシリーズに登場するMSの一つ、イージスの事。こちらは色々例がある上で…ではなく、シンプルにイージスのパロディです。別にウィードはイージスをモチーフにしてたりはしませんよ?
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