超次元ゲイムネプテューヌ Origins Unknown 作:シモツキ
速度を維持したまま振り向いて、追撃がない事を、二人が追い掛けてきていない事を確認する。ビヨンドフォームを解除して、小さく一つ吐息を漏らして…でも念の為、隠れたり遠回りをしたりしながら飛び続ける。そして、最後にもう一度周囲を確認してから、わたしはアルテューヌさん達と合流する。
「戻ったよ、お姉ちゃん、クロワールさん」
「よー、お疲れさん。その様子じゃ…へへっ、色々あったみたいだな」
声を掛ければ、アルテューヌさんより先にクロワールさんが返答をしてくる。わたしの顔を見たクロワールさんは、愉快そうな表情をして…むっとしてわたしが半眼で見やれば、クロワールさんは肩を竦めた。
「怒るなって、色々あったんだなーって言っただけだろ?」
「その前に笑ってましたよね?」
「そうだったか?…にしてもそういう反応は、血の繋がりなんてなんもない人間のネプテューヌとも似てるな。…まあ、血の繋がり云々を言ったら、そもそも女神の姉妹も繋がってるかどうかなんて怪しいもんだけどよ」
「それは、まぁ…。……似てるんです?」
「さっきのむっとした顔で見つめてくる感じがな。分かり易いしそういう方が話してても面白いってもんだ。なぁ?アルテューヌ」
表情を緩めて語ったクロワールさんは、それからわざとらしくアルテューヌさんへと振る。なぁ?…と振られたアルテューヌさんは、小さく鼻を鳴らす。
「貴女の話は、わたしからすれば面白くないのよ」
「ったく、これだから困るんだよな。そういう意味じゃ、アルテューヌよりは会話が楽しめそうなお前が向こうを裏切ってくれて良かったぜ」
「何を言ってるんですか、クロワールさん。わたしは裏切ったんじゃなくて、表返っただけですよ?」
「あー…お前も一貫してんなぁ」
今度はわたしが肩を竦めれば、クロワールさんは「よくやるなぁ」とばかりに感心したような声を出す。そこで一度会話は途切れて…今度はアルテューヌさんが、わたしに声を掛けてくる。
「…ただ崩すだけにしては、やけに時間が掛かっていたわね。もしや……」
「うん、ユニちゃん達と鉢合わせしちゃってね。でも何とかなったから大丈夫だよ」
「そう…。…肩の事もあるもの、信じる事にするわ」
「ありがとう、お姉ちゃん。傷の具合はどう?」
「大分楽になってきたわ。…本当に、大したものね。貴女の力は」
そう言って、アルテューヌさんは軽く左肩に触れる。今嘘を吐く理由もないだろうし…と、施した治癒が上手くいっている事にわたしは内心でほっとする。
それと、もう一つ。…きっと、今さっきアルテューヌさんの言った「信じる事にする」っていうのは、疑う気持ちもあったっていう事。多分だけど、わたしが皆にこっちの情報を流してるとか、何か企んでるとか、そういう可能性もアルテューヌさんの頭にはあったんだと思う。アルテューヌさんからすれば、わたしがこっちに付いた事自体が想定外且つ信じられないような出来事なんだから、疑われちゃうのも当然の事。わたしだって、疑われるのは承知の上で…けれどそのアルテューヌさんが、一先ずは…って感じでも「信じる」と言ってくれた事が、嬉しかった。
「それで、ここからはどうするの?まだお姉ちゃんには休んでもらいたいところだけど、それはそれとして考えておかなくちゃだよね?」
「そうね。…元々は、こっちからいーすんを狙っていくつもりだったけど……」
「あっちもこっちも予想外の事が起きた結果、どんでん返しが起こって今に至る訳だからなー。てか、今はプラネテューヌの守護女神も女神候補生もいるんだ、ここで一つ『真・プラネテューヌ』宣言でも出してみたらどうだ?」
「国民も土地も無しに宣言だけ出したって虚しいだけよ」
「だよね」
「今度は揃って冷めた反応かよ…んまぁ、今のは女神に振るネタとしてミスってただけか…」
詰まらなそうにするクロワールさんだけど、別にわたしは雑談したい訳じゃないし、それはアルテューヌさんも同じ事。だから端的に流して、会話を続ける。
「…ネプギア。貴女は、どう思う?」
「わたし?わたしは……」
じっとわたしを見つめる、アルテューヌさんの瞳。その問いに、わたしは少し考えて…口を開く。
「こっちが焦る必要は、ないんじゃないかな」
「…それは、腰を据えて動くべきって事?それとも、こっちから仕掛けるんじゃなくて、待ち構える方が良いって事?」
「前者も大事だけど、今言ったのは後者の意味でだよ。だって、原天界帰が実現しちゃったらその時点でもうどうしようもない、原天界帰の準備が整っただけでも殆ど詰みになるっていうのが向こう側の状況な以上、向こうはゆっくりじっくりなんて、精神的に出来ない筈だもん。万が一に備えた守りの策も、早速使っちゃった訳だし」
「確かにそうね。失敗したとは思っていたけど、向こうの精神的余裕を作り出す策を潰せたって意味では、失敗は失敗でも価値ある失敗だった…と言えるかもしれないわ」
「加えていーすんさんはプラネテューヌにいる…とは限らないにしても、こっちは各国とその教会…拠点の場所が分かってるけど、向こうはまだ把握出来ていない。そうなれば、手がかりを探す為にも動いてくる可能性は高いと思うんだ」
一つ目に続いて言った二つ目の理由にも、アルテューヌさんは頷いてくれる。その首肯を受け取って、更にわたしは言う。今思い付く、一番の理由を言葉にする。
「それに何より、こっちにはイリゼさんがいる。…あんな状態のイリゼさんを見たら、これまで以上に悠長になんかしていられないよ。むしろその点でいえば、セイツさんなんかはなりふり構わず仕掛けてくるかもしれないから、そういう面での注意が必要かもしれない…かな」
「なりふり構わず、か…具体的にはどんな事をしてきそうだよ?」
「それは…ちょっと、思い付きませんけど……」
「思い付かねぇのかよ…気を付けろって言う割には、理由がふわっとしてんな…」
まだクロワールさんは茶々を…と思ったけど、今度は結構真っ当な指摘。ざっくり、何となくで気を付けるより、ちゃんと具体的に想定して気を付ける方が良いのは当然の事。…ただ、でも…あまり、想像したくもなかった。大事な姉妹を酷い目に遭わされて、今もまだ助ける事が出来ていない、セイツさんの気持ち、そこからの思考…それは想像するだけでも辛いし……申し訳なかったから。助けられていないのは…わたしの、せいだから。
「…なりふり、構わず……」
「…お姉ちゃん?」
「ねぇ、ネプギア。だったら…もしわたしが、彼女を人質にする作戦を取るって言ったら、協力してくれる?」
ふっと考え込むような表情を見せたアルテューヌさんの呟き。それからまた、アルテューヌさんはわたしを見つめて言った。なりふり構わずという姿勢を、自分に当て嵌めて問い掛けてきた。…協力、か…それは……。
「…そんなお姉ちゃんは、見たくないな。それは、お姉ちゃんじゃない。お姉ちゃんは、そういう在り方の女神じゃない。わたしはそう思ってる」
「……えぇ、そうね。わたしも貴女に、そんな姿は見せたくないわ。今のはただ訊いてみただけよ、忘れて頂戴」
肩を竦めたアルテューヌさん。その顔付きや声からは、嘘を吐いているようには感じられない。…だからきっと、今のは本当の言葉。わたしは、そう信じたい。
「ネプギア。貴女の言う通りにしようと思うわ。…って言っても、本当にただ待ってるだけ…って訳にはいかないだろうけど」
「何の用意も展望もなく待ち構えてるだけじゃ、無策と変わらないもんね。…あ……」
「どうかしたの?」
「無策で思い出したんだけど…お姉ちゃんのカオスの力と、前に戦った時に感じたあの感覚って……」
「そういえば、何も言っていなかったわね。別段説明する程の事でもないけど…そういう事よ」
その存在は分かっていたけど、対抗策が今のところ『シェアリングフィールドで飲み込む』以外になかった、身体に流れ込んでくる違和感。それを思い出した事で訊けば、アルテューヌさんはその通りだと答えてくれる。
「…そもそも、どういうものなの?当然、負のシェアエナジーとは違うもの…だよね?」
「全く違うわ。負の…ううん、シェアエナジーとは根本的に違うものなの、カオスエナジーは」
「カオス、エナジー…」
「魔剤のカオス味じゃねーぞ?攻撃と防御を上げて反撃を与えたりもしねーぞ?」
「…何を言っているの?貴女は…」
「仏頂面を突き合わせるばっかりのお前等へ向けた、小粋なジョークだよ。つか、むしろ仏頂面を突き合わせるだけって、本当に同じネプテューヌとは思えねーな」
心底呆れた様子のアルテューヌさんへ、クロワールさんは軽い調子を崩す事なく答える。そしてそこから、「お前もそう思うだろ?」…と言うような視線を、わたしに向けてくる。…わたしはそれに、何も答えなかった。肯定も、否定も、しなかった。
「…えぇ、っと…具体的には、どんな力なの?っていうか、なんだか危険な力の様に感じたけど……」
「力は力、重要なのは使い手と使い方よ。…貴女の力も、そうでしょう?」
「それは、確かに…」
「ただでも、そうね…カオスエナジーには、何かを呼び起こす力がある。本来実体なんて…ううん、それ以前に存在する事自体があり得なかった『過去のネプテューヌ』を、一つの確固たる存在にまでした事からも、それは間違いないわ」
さらりとアルテューヌさんの口から語られる、『過去のネプテューヌ』という本来あり得ない存在を成立させた要素の正体。わたしは無意識の内に、生唾を飲み込んでいて…なら、ともう一歩踏み込む。ずっと気になっていた事を、今だからこそ確かめる。
「…じゃあ、もし女神の身体に…既に存在しているところに、カオスエナジーが流れ込んだら……」
「カオスエナジーを介して、侵食する事が出来る」
「……!」
「…事を期待していたんだけど…駄目ね。少なくとも、外から浴びせる程度じゃ効き目が薄過ぎるわ。…レジストハート…彼女には、内側から直接流し込めたけど……」
「むしろ直接流し込んだもんだから、あいつの怒りを更に思いっ切り呼び起こして貫手ぶち込まれる羽目になったんじゃねぇのか?」
ストレートな指摘に、無言で目を逸らすアルテューヌさん。そんなアルテューヌさんに、クロワールさんは肩を竦める。…セイツさんの性格を思えば、カオスエナジーの影響がなかったとしてもそうあり得ない事じゃない、とは思うけど…今は確かめようがないから、それは言わない事にした。
「…こほん。わたしから言えるのは、こんなところよ。少しは分かったかしら?」
「うん、ありがとねお姉ちゃん。…少し、休んでもいいかな?」
「一戦交えてきたんでしょう?構わないわ」
首肯を受け取り、わたしはその場を後にする。わたしが目を離している間に、アルテューヌさんは行動を起こしてしまう…なんて事は、ないと思う。まだ傷は癒え切ってないし、でも治りつつはあるって状況の中で、こんな半端な状態で動いたりはしない…と、思う。
「…………」
休むと言ったのは、嘘じゃない。疲れだって、当然ある。だけどまだわたしには、やらなくちゃいけない事がある。…伝えなきゃいけない、事がある。
そうしてわたしは、訪れる。イリゼさんが、眠る場所へと。イリゼさんが眠る結晶体、それが安置されている場所へと。
(…怒ってる、かな…。…ううん、怒ってないよね。イリゼさんならきっと、それがネプギアの願いなら、心からの思いなら…って、認めてくれると思う。…だから……)
結晶越しでも、イリゼさんの状態は分かる。どれだけ危険な状態なのか、見て取れる。そんな状態で維持されている事も、今ならすぐに助け出せるかもしれないのに、その選択をしようとしない事も…全部酷い事だって、理解している。
これまでわたしは、何度もイリゼさんにお世話になってきた。尊敬してるし、信頼してるし…わたしにとって大切な人の一人だって、心から思っている。そんな相手を助ける事、それを二の次にして、傷付けた側を助けようとするのは……裏切り以外の、何物でもない。…だけど、きっと…わたしの勝手な思いかもしれないけど…だからって自分の思いを、願いを曲げる事を、イリゼさんは喜んだりはしないって、そんな風にもわたしは思う。だから、だからこそ……
「……もう少しだけ…もう少しだけ、待っていて下さい。イリゼさん」
結晶体へと触れ、伝える。今わたしのしている事は、全部わたしの勝手な、わたしの我が儘。だからこそ、半端な事はしない。この我が儘を、わたしは最後まで貫き通す。その意思を、イリゼさんの前で誓う。
「…ふぅ。なんか、ほんとに疲れちゃったな……」
伝えなきゃと思っていた事を言えたからか、よりはっきりと疲れを感じる。戦いの内容もそうだったけど…やっぱり、お姉ちゃんやユニちゃんと、皆と敵対するのは辛い。
でも…それでもこれが、わたしのやりたい事だから。イリゼさんに誓ったんだから。たとえこれから更に辛い思いをする事になっても、わたしは……
「ここにいたのね、ネプギア」
「……っ…お姉、ちゃん…」
不意に聞こえた、呼び掛ける声。反射的に振り返れば、そこにいたのはアルテューヌさん。一瞬、イリゼさんへの呼び掛けを聞かれたのかと焦ったけど…どうやら、違うらしい。
「…大丈夫よ、ネプギア。わたしは人質なんて、姑息な手は取らない。そんなのは、女神の戦い方じゃないもの」
「あ……そ、っか…。…お姉ちゃんがそう言ってくれるなら、わたしはそれを信じるよ」
口振りからして、アルテューヌさんはわたしがさっきの発言を、人質の件を気にしている…そんな風に思った様子。聞かれた訳じゃなかった事に、わたしはほっとして…それと共に、アルテューヌさんがわたしを見つめている事に気付く。
「…えと…どうか、したの…?」
「…ネプギア。少し、いい?」
「へ?うぇ?」
小首を傾げたわたしへ、アルテューヌさんはおもむろに手を伸ばしてくる。その手はわたしの顔に、頬に触れそうな位にまで近付いてきて、わたしは困惑する。困惑するというか、混乱する。
わたしにとって憧れの、格好良いと心底思う存在。お姉ちゃんと全く同じ姿をした、もう一人のお姉ちゃん。そんなもう一人のお姉ちゃん、アルテューヌさんが、真剣な眼差しで、指先が耳に届きそうな程にまでわたしに手を伸ばしてきていて……次の瞬間、わたしは髪を上げられる。その状態でアルテューヌさんはじっと見て、言う。
「やっぱり…ここ、怪我しているわ」
「…え……?」
予想外…っていっても、何か予想出来てた訳じゃないけど…なアルテューヌさんの言葉に、思わずぽかんとしてしまう。一拍置いてから、怪我をしていたんだって事が頭に入ってくる。
「…あ、あー…そういう……」
「……?何か変だった?」
「べ、別に変なんかじゃないよ?あはは…」
微かに首を傾げたアルテューヌさんへ、誤魔化すようにわたしは笑う。…なんか、こう…びっくりと拍子抜けが立て続けにくるって、疲労感が……。
「…首、って…あ…そうだ、最後のユニちゃんの射撃……」
自分で首の怪我に触れて、それから思い出す。わたしは避けたつもりだったけど、ギリギリ掠っていたらしい。…あの状況から、掠った程度でも当ててくるなんて…ほんと、ユニちゃんは流石だなぁ。
「こんな擦り傷に気付くなんて、お姉ちゃんは目敏いね」
「気付いた、って程じゃないわ。偶々目に入っていたのを、後になってからふと気付いたってだけで…って、あれ…?」
「…つまり、やっぱり気付いてたって事?」
「…そういう事だったみたいね」
結局気付いていたんじゃん、とわたしが返せば、アルテューヌさんは苦笑気味の表情を浮かべる。なんだかそれがおかしくて、わたしもちょっぴり笑ってしまう。
「…こほん。まあそれはともかくとして、もっとよく見せてもらえる?正面からじゃ、きちんと見えないわ」
「…もしかして、気にしてくれてるの?掠っただけなんだから、大丈夫だよ?」
「大丈夫も何も、ネプギア自身には見えてないでしょ?貴女もわたしの怪我についてどうこう言ったんだから、わたしも貴女の怪我にはどうこう言わせてもらうわよ」
そう言いながら、更にアルテューヌさんはわたしの髪を掻き上げてくる。自分だって、と言われたら反論なんてしようがない。それに考えてみれば、ここで無理に断る言葉自体特に意味のない事で……
(…アルテューヌさん、わたしを心配してくれたんだ……)
アルテューヌさんだって、わたしがわたしなりの意図を持って協力している事は分かっている筈。警戒して、もっとわたしの行動を制限したり、逆に不干渉でいてもおかしくない筈。だけど、アルテューヌさんはわたしへ普通に接してくれてるし、こうして今も気に掛けてくれている。そこには当然、打算…わたしが戦力として『使える』から、って理由もあるんだろうけど……それでも、だとしても…確かにわたしは、わたしを気に掛けてくれるアルテューヌさんに、感じるものがあった。
*
戻ってきたネプテューヌとユニからの報告を受けて、改めて行った天界の調査。その結果分かったのは、あの浮島や周辺に、力の流れが『あった』という事だった。
「元々は、どこかからあの場所に力が流れていた。それを用いて、或いはあの浮島に流れるようにして、あそこを原天界帰の儀式?…の場にしていた。だけどネプギアが何度も攻撃をした…っていうか、エネルギーを撃ち込んだ事で滅茶苦茶な状態になっちゃって、その力や流れを手掛かりにする事は出来なくなった…って事で合ってる?」
「そういう事のようですわ。地脈、龍脈、霊脈、ミャクミャ…あ、これは違いますわね。…ともかくそういうものがあった筈だという結果が出ましたわ」
そんな怪我をしたまま行く気ですか?もし戦闘が起きたら絶対怪我を気にせず戦いますよね?……と睨まれてお留守番する事になったわたしは、行ってきた皆から報告を聞いていた。…言い返せなかったのが辛い…早めに治さないと……。
「なんであんな特別でも何でもなさそうな場所で…と思っていたけど、実際には見えないだけで、ちゃんと特別な場所だった…っていうのが結論なんだけども、それはそれとして『どうしてあんな場所を利用したのか』が気になるのよね。あそこしかなかったって事なら、なんでも何も…って話でしょうけど」
「他にも場所はあったけど、あそこが一番良質だった。拠点としている場所からは、離しておきたい理由があった。原天界帰をするのに…じゃなくて、原天界帰をした後において好都合な場所だった。…思い付くのは、こんなところね。それも破壊されていなければ、分かったのかもしれないけど…もし破壊工作がネプギアの発案なら、流石と言う他ないわ」
腕を組みながら疑問を口にするノワールに対し、顎に指を当てながらブランが私見を述べて返す。更にそこへ、ネプギアへ対する称賛も交えて、それにノワールやベールも頷く。
「けど、困ったわね…他にもどこかに手掛かりはあるかもしれないけど、どこを探せば…って話だし、他の場所も同じように手掛かりを潰してるかもしれないし……」
「今確定しているのは、アルテューヌがやり直しを狙ってるって事、その為の手段が原天界帰だって事、原天界帰にはイストワールが必要って事…他に何かあったかしら」
「その原天界帰を成功させる術として、イリゼも必要…というのもありますわね」
「それで言うと、セイツも気を付けなきゃ駄目よ。より確実に原天界帰を行う為に…って感じで、貴女も狙われるかもしれないんだから」
「そうなったら、むしろ望むところよ。前は貫手一発が限度だったけど、今度はもっと……」
「もしもしイストワール?」
「あ、止めて!?ポリスメン感覚でイストワール呼ぼうとしないで!?」
そうか、イストワールだけじゃなくてわたしも誘き出す餌になれるのか。だったらそれは好都合、それならイストワールの時みたいに誰かに危険を負わせる事なんかないし、今度こそ……と思っていたところでベールにイストワールを呼ばれそうになって、慌ててわたしは制止する。くっ…卑怯よベール!お姉ちゃんに言い付けちゃうよ戦法を使ってくるなんて…!……言われて困るような事をやろうとするな、って返されたらぐうの音も出ないけども…!
…と、軽くわちゃわちゃしたけど、実際今確定しているのは、ノワールやベールが言った事位。ついでに言うと、ブランの指摘も「かもしれない」レベルであって、わたしを狙ってくるとは限らない。つまり、今の状況は…結構な手詰まり。
(いや、でも手詰まりになるのは、今が初めてじゃない。悠長になんかしていられないけど…焦るような状況でもない)
頭からは、イリゼの事が離れない。アルテューヌの事は後回しにして、イリゼだけでも助けるべきだったと今でも思う。だけど、向こうだって決して有利な状況じゃない。ネプギアが向こうに付いた今でも、戦力的に有利なのはこっちなんだから、むしろ焦る事こそ最大の悪手。…まあ、焦る事がプラスに働く状況なんて、そもそもあるのか謎ではあるけど。
「そういえば、ユニちゃん達は……」
「ユニならうずめ達に頼んで連れ出してもらったわ」
「ロムもラムもね。交戦する事にまでなったユニは勿論だけど、ロムとラムもネプギアの行動はショックだった筈だし、少しでも気が晴れればいいんだけど…」
「そういう事であれば、わたくしに言って下されば良かったものを」
『…………』
「あら、わたくしはリラックスに適した紅茶とお茶菓子を紹介しようと思っただけですわよ?」
失礼しちゃいますわ、とばかりに肩を竦める、そしてその拍子に胸が揺れるベールに対して、ノワールとブランは半眼で見るのを止めない。明らかにまだ疑っている。…日頃の行いって、大事よね。
「はぁ…リラックスに丁度良い紅茶があるなら、それはネプテューヌにあげて頂戴」
「ネプテューヌには…気休めにもならないでしょうね…」
嘆息に続けてブランが発した言葉に、ベールは首をゆっくりと横に振る。わたしもそれに、小さく頷く。
『…………』
避けていた訳ではないけど、これまで触れずにいた話題。それが発された事によって、訪れる沈黙。
ネプギアとの戦闘で、ユニは精神的に疲弊していた。敵側に付いた友達と戦う事になったんだから、心が沈むのも当然の事。戻ってきた時、一見落ち着いているようだったけど…姉であるノワールはそれを見抜いて、うずめ達に連れ出してくれるよう頼んだんだと思う。
だけど、ネプテューヌはそれ以上だった。ユニはまだ取り繕えていた(勿論、ユニ自身の心の強さがあってこそだとは思うけど)けども、ネプテューヌは誰が見ても分かる程、心が憔悴してしまっていた。…まるで、立ち直る前のネプテューヌに戻ってしまったように。
「…ネプテューヌは、ネプギアが戻ってくるまでは駄目かもしれないわね」
「かも、しれないわね。わたしもロムやラムが…って思うと、冷静でいられる自信はないわ」
駄目かもしれない。わたしのその言葉を、誰も否定しなかった。それ程までに、戻ってきたネプテューヌは弱っていた。…いや、弱っていたというより……諦めて、しまっていた。
「…ネプギアちゃんは、何か考えがある筈ですわよね?そしてユニちゃんの話を聞く限り、決してそれが否定されるような事柄があった訳ではない筈……」
「…期待、していたからかしらね。ネプギアには何か考えがある筈。本心から裏切ってる訳じゃない筈。…けど、それが揺らいでしまった。信じていたからこそ、より辛かった…そんな風に、わたしは思うわ。…そうじゃないかもしれないし、それ以外の理由があるのかもしれないけど」
「…本当のところは、ネプテューヌ本人にしか分からないわね。同じ言葉でも、その言葉を向けられた当人と、横で聞いていただけの第三者じゃ、捉え方が違ってくる事もある。ブランの言う通り、言われた側の心理状態でも感じ方は変わってくる。だから……」
「…知りたいなら、本人に訊くしかない。そうでしょう?」
ネプテューヌが何を思ったか。何を感じて、何がそれだけ心を追い詰めたのか。…それは、ネプテューヌ本人でなければ、その場にいた訳でもないわたし達には想像するしかないし、それが合っているかどうかも分からない。知りたいなら、確かめたいなら…訊くしかない。
だけどそれは、容易じゃない。声を掛けたくても掛けられない、声を掛けるのを躊躇ってしまう。そんな雰囲気をネプテューヌはしていて…だからそれをはっきりと口にしたノワールに、自然と視線が集中する。
「…そうね、わたしもそう思うわ。だけど、話してくれるかしら…」
「ネプテューヌ、単にショックってだけじゃなくて、もう色々諦めちゃったって感じだったものね…。……正直、なんて言葉を掛けたらいいか分からないわ」
「無理もありませんわ。付き合いの長いわたくしでも、あんな様子のネプテューヌを見るのは初めてですもの」
「わたしもよ。これまでも怒りに駆られたり、少し前までのネプテューヌみたいに落ち込んだりする姿は見た事あったけど…諦める姿なんて、見た事ないわ」
そう。わたしは皆よりネプテューヌとの付き合いが短い。守護女神の三人と比較すれば大概の人はそうだけど、他の皆よりも更に『信次元のネプテューヌ』との付き合いが短いし、だから多分、皆よりネプテューヌについて知らない事も多い。
でも、そんなわたしより遥かに長い付き合いのベールやブランからしても、今のネプテューヌは見た事がないと言う。それ位に、今のネプテューヌは信じられないと言う。わたし達三人の言葉に、ノワールは深く頷いて…でもノワールが口にしたのは、後ろ向きな言葉じゃなかった。
「私だって、あんなネプテューヌは初めてよ。正直、アルテューヌ以上にネプテューヌらしくないっていうか、今のネプテューヌの方が偽者に見える位だわ。…いや、アルテューヌも別に偽者って訳じゃないみたいだけど…。…でも、そこで止まってたって何も変わらないでしょ?今のネプテューヌは、時間が何とかしてくれるような状態じゃないわ」
「…なら、やっぱりネプギア…というか、アルテューヌとの戦いを何とかするべきじゃない?ネプギアが意図を持って向こうに付いているなら、最後にはきっと戻って来てくれる筈だし、ネプテューヌが戦えそうにないのは痛いけど、最悪まだわたし達には神次元や他の次元とかから援軍を頼むって手も……」
「それじゃあ、駄目なのよ。確かにネプギアが戻ってくれば、戻ってきたネプギアと話す事が出来れば、それが一番なんでしょうけど…ネプギアはネプギアで、思いがあるんだもの。ネプギアなりに、きっと頑張ってるんだもの。そのネプギアに、ネプテューヌの事まで任せる訳にはいかないわ。何から何までネプギア任せなんて、守護女神の名が廃るってものよ」
はっきりとした意思を感じる、ノワールの言葉。瞳にも、浮かんだ表情からも、ノワールの思いが見て取れる。…ノワールは、今のネプテューヌの状態を自分事として捉えている。ネプギアにじゃなくて、自分がって…そういう風に、思っている。
「…何か、ネプギアちゃんの思いについて確信があるような言い方ですわね」
「まぁ、ね。…それに私は前に、ネプテューヌの事をネプギアに頼んだんだもの。だから今度は、私の番だって思っているわ」
だからまたネプギアに負担を強いる訳にはいかない。そう言うノワールの意思に、迷いは感じられない。出来るかどうかなんて気にしていない、そういう確たる意思が伝わってくる。責任感か、長い付き合いだからか、それとも別の理由かは分からないけど…それは確かな、真っ直ぐな決意。
「…そこまで言われちゃ、こっちも気弱な事なんて言ってられねぇな。分かった、ここは腹を括ってネプテューヌに……」
「ううん、この事は私に任せてもらえないかしら」
「ノワールに?…何か、考えがあるんですの?」
「考え、って程立派なものじゃないわ。ただ…私にはそうしたい理由と、そうしなきゃいけない責任がある…じゃ、駄目?」
そう言って、ノワールはわたし達を見つめてくる。思えばノワールはさっきから具体的な話をしている訳じゃないし、『考え』と言える程のものはない…っていうのは、謙遜じゃなくて本当の事なのかもしれない。
それでも尚、ノワールから感じる意思の強さは揺るがない。上手くやる寸法がないにも関わらず、確固たる意思を持てるって事は…それだけの思いが、ノワールを突き動かす何かがあるんだって事。…だから、わたしは頷く。わたし達は、頷いて返す。
「…ありがとう、皆。ネプテューヌの事は、任せて頂戴」
「えぇ、頼みますわ。今後の事は、わたくし達でもう少し考えてみますから、ノワールはネプテューヌの事に専念して下さいな」
「けど、自分から任せてって言ったんだから、半端な真似はしないでほしいものね。…期待してるわよ」
「頑張って、ノワール。今の貴女の中で燃えてる思い…凄く、素敵よ」
「…なんか、セイツだけ方向性違うわね…まぁ、いいけど…。…じゃあ、行ってくるわ」
席を立ち、ネプテューヌの部屋へとノワールは向かっていく。わたし達は、それを見送る。…し、仕方ないじゃない…わたしの言いたい事は基本、ベールとブランが先に言っちゃったんだから…。一応これでも自重して、エールっぽくなるよう言い方に気を付けたのよ…?
「さて、と。それじゃあ話の続きを…と思ったけど、何か案…出そう?」
「まあ、出そうかって言われたら…あんまり自信がないわね……」
「ふむ、であればわたくしから一つ。ネプギアちゃんの攻撃で『浮島にあった力の流れ』は手掛かりにならなくなってしまった訳ですけど…『天界の浮島』にあったという事実そのものは、手掛かりになるのではないかしら」
「…やっぱり、天界が怪しい…って事?」
「えぇ。力の源流なり、根城なりがあるのだと思いますわ。…尤も、これだけでは範囲が広過ぎて、手掛かりとしては弱いですけども…」
わたしの返しに頷くベールの言葉は一理ある。これだけじゃ動きようがない、というのもその通りだと思う。本当にここからどうしたものか…暫く頭を捻るわたし達だったものの、中々そこから先に進む事はなくて……その内に、ユニ達が帰ってくる。
「ただいまー…」
「ただいま…(へとへと)」
「すみません、こんな時に遊びに出ていて…」
「お帰りなさい、三人共。誰だって休息とか気晴らしは必要なんだから、気にしなくて大丈夫よ」
うずめ達は少し買い物をしてから帰るという事で、戻ってきたのはユニ、ロムちゃん、ラムちゃんの三人だけ。わたしの返しにぺこん、と軽く頭を下げたユニは…多少は気晴らし出来たんじゃないかと思う。ロムちゃんやラムちゃんも、取り敢えず疲れちゃう位には遊べた、そんな風にわたしからは見えた。
「うふふ、お疲れのようでしたら、わたくしがおやつと美味しい紅茶を用意してあげますわ」
「にしても、二人も結構疲れてるわね…運動か何かをしてきたの?」
すぐさま座るロムちゃんとラムちゃんを見て、ブランは小首を傾げる。そしてブランからの問い掛けに、二人は言う。
「うん。うずめさんたちと、三対三でしょーぶしたのよ」
「へぇ、三対三って事は、バスケとかセパタクローとか?」
「ううん、モルック」
『モルックってそんな疲れるスポーツだったっけ!?』
まさかの回答に、わたし達は揃って仰天。一体あの競技のどこにそこまで疲れる部分があるのか、むしろどんなやり方をしたら女神がへとへとになるのか。それが幾ら考えても分からず、ただただ混乱をするわたし達だった。
*
ネプギアはずっと、わたしを慕って、わたしに憧れてくれていた。わたしが何かしたから、凄い姿を見せたからとかじゃなくて、女神として生まれた時から、初めからずっと、わたしを尊敬してくれていた。
もしかするとそれは、そういう存在として望まれたからかもしれない。女神はシェアから、思いから生まれる以上、「姉を慕う妹」が望まれたから…って可能性も、普通にある。…だけど、そんな事はどうでも良かった。ネプギアが慕ってくれる事、憧れてくれる事、それ自体が凄く嬉しかったし、そんなネプギアが可愛かった。…その思いは、今だって変わっていない。
「…………」
生まれたばかりの頃も、少しずつ信次元やプラネテューヌに慣れていった頃も、わたしが犯罪組織に捕まっていた頃も、大きく成長したネプギアと再会した頃も、それから信頼出来る仲間として一緒に戦ってきた頃も、ずっとずっと…ずーっとネプギアは、わたしを慕い続けてくれた。くろめの策略で守護女神の皆と一緒に離反してしまった時や、大博覧会のプレオープンでの失敗の後も、わたしがどんなに駄目駄目で情けない姿を見せても、わたしに憧れ続けてくれた。…本当によく出来た、わたしには勿体ない位の、良い子過ぎる妹だった。ネプギアの方が姉みたいだって評価も、真っ向から否定する事なんて出来ない…わたし自身がそう思う位に良い子のネプギアが、わたしをお姉ちゃんとして尊敬してくれていた。
(…けど、それはわたしを…ネプテューヌを、慕ってくれてた訳じゃない。ネプギアが憧れてたのは、『お姉ちゃん』であって…わたし、なんかじゃない……)
ずっとわたしは、勘違いしていた。勘違いして、浮かれていた。浮かれ続けていた。これまでネプギアにとって『お姉ちゃん』と『
そして、ネプギアは、アルテューヌを選んだ。自分に相応しい、自分が慕いたい、憧れたい存在として…過去のわたしを、選んだ。だからもう、ネプギアはいない。もうネプギアは、わたしの…妹じゃ、ない。
「…馬鹿だなぁ、わたしは…ほんとに、ほんとに…わたしは……」
それに気付かず、そんな事も分からず、本当は違うって、ネプギアはわたしの事を思い続けてくれてるって、勝手に思い込んでいた。…当然だ。こんな駄目な、失敗ばかりなわたしより、ちゃんと『過去』を持っているアルテューヌの方を選ぶ事なんて。
もし原天界帰が実現すれば、信次元は過去へと上書きされる。わたしの存在はなくなって…アルテューヌが、『ネプテューヌ』を取り戻す。そして、そのまま同じように歴史が進めば、ネプギアが生まれて、今度こそちゃんと『姉妹』になる。だからきっと、ネプギアは…ネプギアは……
「入るわよ、ネプテューヌ」
……不意に、聞こえた声。部屋の外からの、ノワールの声。その声に、わたしは顔を上げて…気付く。
「…え、入る…?いや、あの…こういう場合って、普通『入ってもいい?』って訊くものじゃ……」
「五月蝿いわね、入るって言ったら入るのよ。もし扉の前にいるなら退きなさい。鍵を掛けてるなら開けなさい。じゃないと扉に強打されるか、鍵が壊れるかする事になるわよ」
「り、理不尽…!ちょっ、待っ……」
扉越しに感じる、有無を言わせない圧力。声だけで分かる。脅しじゃなくて、ノワールは本当にやるって。そしてわたしの言葉も碌に待たないまま、一方的に言うだけ言って、ノワールは扉を開く。扉が…開かれる。
「なんだ、普通に開いてるじゃない。…随分と冴えない顔してるわね、ネプテューヌ」
カーテンを閉めたままだった、暗かった部屋に差し込む光。その光を背に浴びるようにして入ってくるノワール。そうしてノワールは、わたしを見つめる。意思の籠もった──決意の籠もった、真っ直ぐな瞳で。
今回のパロディ解説
・「〜〜わたしは裏切った〜〜表返っただけですよ?」
浪人街における、代名詞的なやり取りのパロディ。ただ、浪人街においては「裏切った」と「表返った」は言っている人物が別で、似たような台詞は他にも幾つかの作品でありますね。
・「魔剤のカオス味〜〜」
モンスターエナジーのカオス味の事。…名前からは全く味が想像出来ませんね。混沌とした味なのかな、という位しか思い付きませんね。モンスターエナジーという商品名には合ってますけども。
・「〜〜攻撃と防御を上げて反撃を与える〜〜」
フューチャーカード バディファイトの魔法の一つ、カオスエナジーの事。完全に名前が一致するものが別作品にもあった時って、少し驚きますよね。
・「〜〜ミャクミャ…〜〜」
日本国際博覧会の公式キャラクター、ミャクミャクの事。今更ですけど、プラネテューヌの大博覧会と掛けてネプテューヌやネプギアがパロディした方が良かったかもしれません。
・「もしもしイストワール?」「〜〜ポリスメン感覚で〜〜」
ポプテピピックの登場キャラの一人、ポプ子の代名詞的な台詞の一つのパロディ。セイツは完全にイストワールに対しては弱いというか、強く出られない感じになってきましたねぇ。