超次元ゲイムネプテューヌ Origins Unknown 作:シモツキ
実のところ、不安はあった。きっとお姉ちゃんなら大丈夫だって、ノワールさんがいてくれればって、信じてはいたけど…それでもやっぱり、不安だった。思い詰めたお姉ちゃんの姿を、ずっと側で見てきたから。側にいても、力になれていなかったから。
だから、嬉しかった。安心した。お姉ちゃんが、わたしの知ってるお姉ちゃんに戻ったのは。今度こそ本当に、憧れの『パープルハート』が戻ってきたのは。その気持ちに、嘘偽りはない。これでわたしも、不安なくわたしの思いを、信じるものを信じられる。…ほんと、これが望んだ事で、嬉しい事でもある、けど──。
「はぁああぁぁぁぁッ!」
「く、ぅ…ッ!」
刃を斜め下に、斬っ先が床に触れるか触れないかのギリギリの角度で構えた状態から、突進と共に振り上げてくるお姉ちゃん。下がって避ければ、即座にお姉ちゃんは刃を返し、袈裟懸けで返してくる。咄嗟に掲げたM.P.B.Lで防ぎはしたけど、その一撃は重い。
「わたしの逆燕返しに即対応するなんて、やるじゃないネプギア」
「まぁ、この位なら何とか…ね…ッ!」
余裕綽々な様子のお姉ちゃんを、大太刀ごと押し返す。即座に脚を蹴り出して、躱したお姉ちゃんを光弾で追撃。…でも、当たらない。射撃は近ければ近い程、相手に銃口を合わせる為に必要な腕の振りが大きくなるもので、加えてM.P.B.Lは銃としてはかなりの大型。拳銃は勿論、普通のライフルなんかよりも取り回しは悪くて…相手が女神となれば、近距離じゃそうそう捉え切れない。そして、わたしが射撃から斬撃に切り替えた…切り替えようとした瞬間に、お姉ちゃんもまた斬り込んでくる。
「ふ……ッ!」
(速い…ッ!)
一気に距離を詰めてきたお姉ちゃんと、斬り結ぶ。また押し合う形になって、今度はわたしが自分から下がる。お姉ちゃんならすぐ追撃してくると読んで、突進に引っ掛けるつもりで得物を振るう。
狙い通り、お姉ちゃんはすぐさま仕掛けてくる。行動も、タイミングも、読んだ通り。…だけど、お姉ちゃんには凌がれる。身体とM.P.B.Lの間に刃を挟み込むように、斬っ先を下に向けて立てた大太刀で攻撃を受けて…そのまま、肉薄。
「……ッ…!」
「あら、残念。当たると思ったのに」
「驚いたよ、まさかヘッドバットだなんて…!」
更に下がったわたしの鼻先を、お姉ちゃんの頭が掠める。両手は塞がっていたとはいえ、どうして今ヘッドバットなのかは全く分からない…けど、危なかったのは事実。下手したら、今もう終わっていたかもしれない。負けていたかもしれない。
前に戦った時、わたしはお姉ちゃんへ優位に立てていた。その一番の理由は、お姉ちゃんが万全には程遠い精神状態だったから。それが戦闘能力へ明らかに影響してたし…多分、頭もちゃんと回ってなかったんだと思う。だからわたしが、一方的に動きを読めていた。
だけど、今は違う。わたしがお姉ちゃんの動きを読めるように、お姉ちゃんもわたしの動きを読めている。しっかり読めるのなんて最初だけで、消耗してくれば自分の思考力も、相手の動きも変わってきて、読み合いの形は崩れるけど…そんな状態になるまで戦っていたら、きっとユニちゃん達も到着する。そうなったらもう、万事休す。
「(至近距離での斬り合いは、どうやったってお姉ちゃんの方が上手…とにかく一回、少しでも距離を──)あぐッ!?」
「……!貰ったッ!」
頭をフル回転させながら後退するわたし。けれど、それが間違いだった。思考に意識を割いていた分、背後への注意が薄れていて…わたしは壁に、激突する。
当然、それを見逃してくれるお姉ちゃんじゃない。一瞬でわたしは窮地に立たされて…でも、勢い良くぶつかったおかげで、わたしの体は跳ね返り、倒れ込むように前傾姿勢になっていた。だからわたしは反射的にM.P.B.Lを床に突き出して、自分を押す事で身体を横に転がらせる。無理な動きで床にも身体を打つ形にはなっちゃったけど…そのおかげで、何とかお姉ちゃんの接近から逃れる。
「いい思い切りの良さね。引き抜いた後は手を伸ばして、身体の回転に武器を巻き込まないようにしてるのも良い判断よ」
「そう言ってもらえるなら、光栄…かな…ッ!」
すぐさま跳ね起きたわたしへ、すぐさまお姉ちゃんの次の攻撃が来る。斬撃に斬撃をぶつける事で弾いて、横に跳ぶ。着地と同時に射撃を掛けて、今度は接近そのものを阻む。ぶつけた背中はかなり痛いし、無理に転がったから肩や腰も痛い。だけど、プロセッサは無事。動くのに、支障はない。
(焦っちゃ駄目、落ち着いてわたし…!お姉ちゃん相手に焦れば、一気に隙を突かれて負ける…!)
心の中で自分に言い聞かせて、射撃のリズムを不規則に切り替える。細かい回避で対応していたお姉ちゃんが、それじゃ対処し切れなくて大きく跳んだ瞬間を狙って、今度はわたしから距離を詰める。
仕掛けるのは、撃ちながらの刺突。変形や持ち替えで銃と剣を切り替えるんじゃなくて、銃の持ち方をしたまま刃を振るえる、ビームランチャーに大型のブレードユニットを装着した形状をしている銃剣、M.P.B.Lだからこそ出来る攻撃。でもお姉ちゃんだって、たったそれだけじゃやられてはくれない。跳躍状態から翼を広げ、素早く降りる事でわたしの射線から逃れて、すぐに大太刀を振ってくる。また刃同士で激突する。
「そういえば、ネプテューヌさんは「お姉ちゃん、ね」…わたしに言いたい事、沢山あるんだよね?それは、言わなくていいの?」
「勿論言いたいわ。けど、話しながらじゃその分戦闘に集中が出来なくて、戦いが長引いちゃうでしょ?」
「長引けばユニちゃん達が到着して、圧倒的有利になるのに?」
「長引けばそれだけアルテューヌ達が遠くに逃げる。自由に動ける時間が延びる。何も長期戦にしたくはないのは貴女だけじゃないのよ、ネプギア」
戦いが始まってから、何度目かの斬り結び。今もお姉ちゃんからの力は感じるけど、押し切る気配も、逆に下がる様子もない。わたしもだけど、お姉ちゃんも探りを入れている様子で…斬り結ぶと共に、言葉を交わす。
…やっぱり、今のお姉ちゃんに付け入るような隙はない。動きもそうだけど、精神面が完全に安定している。長期戦になって、ユニちゃん達が到着しちゃったら万事休すだけど、あんまり早期に終わらせる訳にもいかないって事を、お姉ちゃんには見抜かれてる。…こうして模擬戦じゃない形でお姉ちゃんと矛を交えるのは、お姉ちゃんがくろめさんの側に付いた時以来だけど…困ったな。あの時より、ずっとお姉ちゃんが大きく見えるよ…。
「…ネクストフォームは、使わないの?」
「それはわたしも思っていた事よ。ビヨンドフォームは、使わないのかしら?」
「…お互いまだ使う気はない、まだ使うべき時じゃない…そう思ってるって訳だね…ッ!」
だけど、あれからわたしだって成長している。あの時と今とで、わたしとお姉ちゃんの立ち位置は逆になったようなものだけど、一つだけ、決定的に違う。あの時のお姉ちゃんは、くろめさんの力の影響を受けていたけど…今のわたしは、全てわたしの意思で、わたしの思いで戦っている。だから、どれだけお姉ちゃんを大きく感じても…臆する訳には、いかない。
わたしはそれまでM.P.B.Lの峰に当て、力を込めていた左手を離す。右手だけでM.P.B.Lを持っている状態になって、即座に大太刀を両手で持っているお姉ちゃんに押し返される。けどわたしはそれに合わせて、お姉ちゃんの押す力を利用して身体を回しながら、左手でお姉ちゃんに拳を放つ。
「っと、甘いわよネプギア!」
「心配しないで、自覚はあるよッ!」
手を離した時点で何かあると警戒していたのか、軽々躱すお姉ちゃん。でもそれは承知の上、想定の内。視線が私の拳に移ったところでわたしはM.P.B.Lのトリガーを引いて、射撃を掛ける。その瞬間、お姉ちゃんの動きは…僅かに、鈍る。
これは、射撃を受けたからじゃない。M.P.B.Lはまだ大太刀と斬り結んだ状態。銃口が、明後日の方向を向いた状態。位置的に、お姉ちゃんからは銃口が視界の端にあるかどうか位の状態。…だから、気を引けた。視界の端で、当たる訳ない不可解な射撃が起こった事で、お姉ちゃんの思考にノイズをかける事が出来た。
「ふッ…せぇぇいッ!」
ほんの僅かな、だけど確かな一瞬を逃さず、わたしはM.P.B.Lを押し込む。その瞬間せめぎ合いはわたしが有利になって…だけど直後に押し返される。…当然だ。それ位、片手持ちと両手持ちには差があるんだから。
でも…今の押し返しは、多分反射的なもの。狙った訳じゃない動き。だから押し返しの力は中途半端だし、何よりお姉ちゃんの表情は歪んでいる。狙っていない動きの結果、微妙に体勢が崩れている。
そこへ打ち込む、左の蹴撃。さっきは殴打、今度は蹴り。伸ばした脚は、下から横へ振り抜いた足先は、確かにお姉ちゃんの姿を捉えて……
「──なっ!?」
……だけど、わたしの蹴りはお姉ちゃんを掠めただけだった。恐らく、擦り傷を与えただけだった。…お姉ちゃんが、M.P.B.Lの横をすり抜ける形で、崩れた姿勢から倒れるように前転を掛けた事で。
「間一髪…今のは本気でひやりとしたわ」
飛び込み前転の形で一回転したお姉ちゃんは、しゃがんだ状態から脚をバネの様に伸ばして一気に部屋の端まで跳ぶ。宙でぐるりと反転し、咄嗟にわたしが放った追い討ちの射撃を斬り払う。そして着地し…小さく、笑う。
転がる事による、体制が崩れている状態を逆に利用した回避。それは他でもない、ついさっきわたしがやった事。形は違うけど、窮地を脱する方法としてはほぼ同じ。ただ一つ違うのは…わたしは自分のミスによる窮地だったけど、お姉ちゃんはこの手でわたしの策から脱した。自分のミスを補ったわたしと違って、お姉ちゃんはわたしの攻撃を切り抜ける事で、回避でわたしの策を打ち崩した。
「…悔しいけど、完璧な回避だね。殆ど身体も痛めてないんでしょ?」
「掠ってるから完璧じゃないわ。それに無理矢理回転に入ったから、床に手を付けた時手首へ結構な負担を掛ける事になった気がするわね」
「そんな事、言ってもいいの?」
「えぇ。これでネプギアが手首へ負担を掛ける戦法を取ってくれるなら、むしろ動きが読み易くなって好都合だもの」
互いに止まって、言葉を交わす。勿論ただ話してるだけじゃない。話しながら、次の手を考えて、更に攻め込む隙も伺っている。出来る限り気取られないようにしながら、お姉ちゃんの両手首に視線を走らせて…心の中で、溜め息を吐く。緩く構えているせいで、わざとそうしてるのか、本当に実は痛めているのかが、全く分からない。
「攻めてこないのかしら?」
「どうかな。攻めてもいいけど、自分から距離を詰めるのはむしろ思う壺だとも思うんだ」
「そうね。けどそれなら、こっちからまた仕掛け──」
お姉ちゃんはどう思う?…って訊くみたいに、軽く肩を竦めて返す。そんなわたしの反応を受けたお姉ちゃんが、なら自分から…と動こうとした瞬間、それよりも早くわたしは撃つ。撃ちながら床を蹴って、斬り掛かる。言うまでもなく、これは不意打ちで…けれどお姉ちゃんは射撃を躱して、続く斬撃も大太刀で打ち払ってくる。…多分、今のも読まれていた。読まれていたし、これ位は凌いでくるんだろうなって、わたしも予想出来ていた。
互いに読み合って、予想し合って、わたし達は戦う。もっと前なら、こんな事出来なかった。前は今よりお姉ちゃんを分かっていなかっただろうし、今より遥かに弱かったから、仮に読めてもそれを活かす事が出来なかった。わたしがお姉ちゃんと真正面からぶつかって、お姉ちゃんに喰らい付いていくなんて…ずっと前のわたしなら、夢のまた夢だった。
だけどこれは、夢じゃない。確かに今、わたしはお姉ちゃんに喰らい付いている。そしてそれを、ちゃんと受け止められる…わたしは強くなってるんだって、自分を肯定出来る位には、わたしにもなった。…でも……
「はぁ…はぁ……」
どれ程時間が経った頃か。気付けばわたしは、息が上がりつつあった。わたしだけが、お姉ちゃんより明確に消耗していた。
(…やっぱり、ここじゃちょっと…厳しいな……)
初めは、途中までは確かに喰らい付けていた。完全に互角とまでは言えなくても、大差はない攻防が出来ていた。だけど…ここは、そんなに広くない部屋。普通に武器を振るったり、飛んだり跳ねたりする分には支障がなくても、主体的に射撃を、遠距離戦をするには、この部屋は狭過ぎる。
つまり、ここじゃ射撃そのものは出来ても、遠距離戦は出来ない…というか、成立しない。中距離から遠近織り交ぜて、相手や状況に合わせて近距離も遠距離も取るわたしにとっては、戦法が大きく制限されるって事。それでも普通のモンスター程度なら何とかなるけど、ユニちゃんやロムちゃん、ラムちゃん達よりはずっと戦えるけど……近距離戦が主体のお姉ちゃんに対して、遠距離から仕掛ける事も、逆に遠距離まで離れる事も出来ないのは…あんまりにも、不利。
「酷いものね、アルテューヌは。ここならネプギアより自分の方が戦い易いでしょうに、時間稼ぎをネプギアに任せて、自分は逃げるだなんて」
「そんな事ないよ。お姉ちゃん「何かしら?」……じゃなきゃ出来ない事があるし、何よりここを引き受けるって言ったのは、わたし自身なんだから」
「…降参するなら、今すぐ許してあげるわよ?だって、姉妹だもの」
「そうはいかないよ。大見得切って、この場を引き受けたんだもん。それなのに簡単に降参しちゃったら、格好が付かないでしょ?…それに、わたしの憧れの相手は、格好良い女神様だから。『お姉ちゃん』の前で大見得を切った以上…最後まで、頑張りたいから」
ここじゃわたしの方が明確に不利だって事は、お姉ちゃんも理解している。だからまだ息の上がっていないお姉ちゃんは、わたしの返しから一拍置いて、わたしに情けを掛けてくれる。そうするだけの、余裕がある。
けれど勿論、それに応じたりなんてしない。大見得を切っておいて情けない事なんて出来ない、とまずは肩を竦めながら言って…それからもう一つ、譲れない理由を言う。お姉ちゃんの目を、真っ直ぐに見て言う。この時わたしが発した「お姉ちゃん」って言葉が何を指すのかは、その時ここにいたお姉ちゃんが誰なのかは…きっと、言わなくても大丈夫だよね。
(…けど…時間稼ぎは、これだけやれれば十分かな。そろそろ皆も来るだろうし、それに……)
わたしに降参する気はないと分かった様子のお姉ちゃんは、ふっ…と目付きが鋭くなる。だったら遠慮はしないと言うように、擦るようにして一歩分片足を前に出す。もしこれが、わたしを情けを掛けるべき相手じゃないって…下に見るべき相手じゃないって思ってくれたからこその判断なら、それは嬉しい。嬉しいし…後からやっぱり応じていれば良かっただなんて思っちゃったら、それこそ何より情けない。だからそんな事は、出来ないししたくない。
ただ…だからって、戦うだけがわたしの選択肢じゃない。さっきまではそうだったけど、今は別の選択肢もある。お姉ちゃんとの戦い、ユニちゃん達が来るまでのタイムリミット、アルテューヌさんのやろうとしてる事、それに対するわたしの関わり…そういう事全部をひっくるめて考えて…わたしは、決める。
「…とはいえ、このままやってもわたしが不利なのは事実だし、考えるのを止めて意地だけで戦おうとするのは女神のする事じゃないよね。…って訳で…ここは痛み分けにして、お互い引くのはどうかな」
「それは、有利な側がする提案よ。まさか、それが分からない貴女じゃないでしょう?」
「うん、普通はね。だけどわたしは、提案をしている。つまり……」
「まだ何か手を、それも出来ればやらないでおきたい策を残してる…と?」
わざとわたしが途中で切れば、お姉ちゃんはその続きを理解して言ってくれる。そんなお姉ちゃんからの問いに、わたしは無言で視線を返す。何も言わないという形で…肯定を、示す。
「…そう。なら…尚更引く訳にはいかないわ。頭の良いネプギアの策だもの、ここで見過ごせば、その対価はいずれわたし達の命で払う事になるかもしれない…なんて、ね」
「…………」
「まあ、それは冗談だけど、実際ネプギアが何をしようとしてるのか分からない以上、引く訳にはいかない。分からないからこそ、放置は出来ないわ」
「…そっか。残念だよ、分かってもらえなくて」
更に一歩前に出るお姉ちゃん。まだ大太刀の間合いじゃないとはいえ、既にお姉ちゃんなら一瞬で肉薄出来る距離にまで踏み込んでいる。…それが、答え。言葉と共に示される、引かないという意思。
分かってはいた。ここで簡単に引いてはくれない事は。だからわたしは…トリガーを、引く。
「……ッ!取ったわ、ネプギ──」
駆け抜ける光芒を、お姉ちゃんは身体一つ分だけ、たったそれだけ横に滑る事で躱す。無駄のない、最小限の回避で凌ぎながら、即座に距離を詰めてくる。本当に無駄のない…的確に、最短距離を踏む軌道。だからこそ、はっきり予想する事の出来た動き。
わたしは腕を振り上げる。ビームを照射したまま、放つ光芒を持ち上げる。壁を灼くシェアエナジーのビームは、そのまま上に向かっていって……天井を、崩落させる。
「な……っ!?」
もう後は振り抜くだけだった大太刀を、お姉ちゃんは掲げる。崩れて落ちてくる瓦礫から身体を守りながら、その場を飛び退く。
その隙に、更にわたしは天井へ攻撃を撃ち込む。切り裂くように放った照射から単射に切り替えて、部屋の天井を次々と撃って崩していく。
「まさかネプギア、これが手だって言うの!?こんなの、下手すれば怪我どころか生き埋めになるわよ!?」
「出来ればやらないでおきたい策…そう言ったのは、ネプ「お姉ちゃん」…譲らないね、ほんと…!」
「当然よ、何度だって訂正してやるわ…!」
流石にお姉ちゃんもこれは予想出来なかったようで、ぎょっとした顔をわたしに向けてくる。こういう事だから、わたしだって出来れば避けたかったんだと伝える。実際もう、落ちて更に砕けた破片が、何度もわたしを打っている。大きい瓦礫は撃ち抜けばいいだけだけど、生き埋めになったら女神でも無事じゃ済まない。多分何とかはなるけど、何とかなるとしても勘弁したい。
それでも、わたしはやった。これ位の事をしなきゃ、お姉ちゃん相手に不利な状況から強引に終わらせるなんて出来ないから。先にこれを狙ってるって言っちゃえば、それで脅して痛み分けに…って手も取れるけど、下手に言えば予想外の方法で防がれる可能性もあったから、言わずに行うしかなかった。
「くッ…止めなさいネプギア!危な過ぎるわ!」
「止めないよ、引いてくれない限りはね…ッ!」
「だから危ないって言ってるでしょう!?もう、その強情さは一体誰に似たのよ…!」
止めなさいと、危ないと言われてもわたしは続ける。お姉ちゃんにここは引いてもらう為にやってるんだから、まだ止める訳にはいかない。
お姉ちゃんが引くか、わたしが続けられない状態になるか、それとも二人揃って生き埋めになるかの、嫌な汗が滲む度胸勝負。撃ち続けるわたしを、お姉ちゃんは見つめていて……次の瞬間、床を蹴る。
「…いいわ、ここは痛み分けよ…!だから、貴女も…早くここから退きなさいッ!」
ちらりと一瞬だけ後ろを見て、わたしの方を向いたままお姉ちゃんは後退。すぐさま元来た通路の方へお姉ちゃんは行って、その姿はあっという間に見えなくなる。
離脱したお姉ちゃんの姿を見送ったわたしは、最後にもう一発だけ射撃を撃ち込む。その瞬間、もう穴だらけになっていた天井に、その端から端まで一気に亀裂が走っていき…天井そのものが、崩壊。
「ふッ…でゃああああああぁぁッ!」
砕けた天井が降り注ぐ中で、わたしも床を蹴る。顔の前で両腕を交差させて、崩落の中を突っ切る。当然クロワールさんが開いた次元の扉はもうないし、お姉ちゃんが行った…戻っていった通路へ向かう訳にもいかない。そしてこの部屋にある出入り口は、その一つだけ。
小さいものから大きいものまで、幾つもの瓦礫が身体を叩く。プロセッサも傷付いていく。けれどわたしは迷う事なく、躊躇う事なく、ただ突っ切る事だけに全霊を尽くして……さっきの光芒で切り裂いた壁、その向こう側へと全力で飛び込む。
「……っ!」
目一杯の力で飛び込んだ次の瞬間、部屋が完全に崩れ落ちて、中が何も見えなくなる。…間一髪、本当に間一髪だった。最初からここに飛び込む事を考えていたとはいえ、ほんの僅かにでも踏み切りが遅かったら、今頃瓦礫に潰されていたかもしれない。
「…ふぅ…やっぱり強いなぁ、お姉ちゃんは…」
緊張感が解けて、ゆっくりと息を吐く。側で一緒に戦う中で感じる強さもあるけど、正対して、ぶつかる事で感じられる強さもある。特にここのところ、お姉ちゃんのコンディションは良くなかったから、復調した今は一層その強さが伝わってきた。しかも、これでまだ全力じゃない…ネクストフォームは一切使わず戦っていたんだからほんとに凄いとしか言いようがない。…まぁ、それはビヨンドフォームを使わなかったわたしも同じなんだけど。
「…それに、助かったよ。おかげで……」
立ち上がり、埃を払う。取り敢えず崩落したのは部屋の中だけだけど、今いる場所も支える力が足りなくなって崩れる可能性はあるし、のんびりしているのは得策じゃない。だからわたしは警戒しつつ、ここから離れる。
お姉ちゃん達が仕掛けてきたのは想定外。だけどそのおかげで、わたしはもう一つの想定外を一先ず凌ぐ事が出来た。ここからどうなるかはまだ分からないけど、『ここから』の事を考えられる状態になっただけでも、今のわたしにとっては大きい。
(お姉ちゃん。お姉ちゃんは今回、わたしの作戦勝ちって思ってるかもしれないけど…わたしと一対一の勝負になった時点で、勝っていたのはお姉ちゃんの方なんだよ)
折角居場所を突き止めたのに、逃げられてしまった。チャンスを逃してしまった。もしそう思っているなら、それは大間違い。お姉ちゃんの突入には大きな意味があったし、間違いなくその行動のおかげで、次へと繋がった。…勿論、お姉ちゃん自身にはそんな自覚ないと思うけど。
「…さて、と。これから…どうしたら良いんだろう……」
間違ってお姉ちゃん達と鉢合わせしないように、じっくり慎重に地下から出る。今は、焦る必要なんてない。アルテューヌさんの狙いを考えれば…急ぐ、必要はない。
そうしてわたしは前に聞いていた、脱出用の扉で街を後にする。街の外、天界へと出て…そこで、立ち止まる。…ふぅ…さて、ここで皆さんに問題です。アルテューヌさんとクロワールさんは、一体どこに行ったのでしょう?正解は……わたしも、知らないです。さっぱり分からないです…あの、もし知っている方、見かけたよって方は、わたしにご連絡下さい…。
(…まさか、もう疑似原天界帰は発動済み、なんて事は……)
思い浮かぶのは、既に終わっているという可能性。わたしは今に至るまで、何かが変わった、改変された…なんて感じる瞬間は一度もなかったけど、そもそも改変にしろ時間遡行にしろ、そういうのは特殊な条件に合っている人以外には、一切分からないもの…だと思うし、わたし抜きで成立するのか…って話でもある。…わたしがいれば成功するかって言われれば、それもわたしにはよく分からないんだけど…。
…そう。アルテューヌさんは、わたしの存在も成功させる為の要素に考えていた。具体的に考えていたのか、NG粒子の性質はきっと役に立つ…位の考えなのかは分からないけど、今はピースが欠けている状態に他ならない。そして、アルテューヌさんの性格を考えれば、きっと……そう、思っていた時だった。
「……っ!?これは……」
突如感じる、身体を震わせる衝撃波。攻撃力があるって程ではない…けど何か、空間が…天界そのものが揺らいだような衝撃に、わたしは本能的に振り向き見上げる。
今、わたしがいる場所よりも高い位置。恐らく浮島の一つがあった場所。そこが、その空間が…歪んでいた。まるで、次元の扉が開くように。空間が、次元の扉へと変わるように。
(一体、何が…まさか、これが……?)
ぐにゃりと歪んだ空間、次元の扉が形成される時のそれによく似た状態。だけど、違う。上手く言葉には出来ないけど、これはわたしが知ってるものじゃない。それに…段々と、歪んだ空間は広がっていく。周りを飲み込むようにして、全方位へと広げていく。
思い浮かぶのは、擬似原天界帰の成功。アルテューヌさんが過去に飛んだ事で、その影響で時空が歪んでしまった結果なのか、それとも原天界帰と同じように上書きでの改変が始まるのか、あの歪みに飲み込まれる事で改変されていくのか…そんな風に、幾つかの可能性が頭に浮かぶ。だけど、それも何か違う気がして…直後、わたしは気付いた。
「……!街が……」
天界にある浮島の一つ。見えないけれどそこにある、街への入り口。それが、消え始めていた。見えないものが消えていると分かるなんて、変な話だけど…分かる。だって、街が見え始めていたから。
そしてそれも、消えていく。街も、無くなっていく。消えて、無くなって……空間の歪みへと、引き寄せられていく。
*
一見すれば、何の変哲もない浮島。そこに、アルテューヌとクロワールは移動していた。
「さぁ、始めるわよクロワール」
「ネプギアを待たねーのかよ。ただでさえ『出来るかもしれない』レベルだってのに、自分から更にその可能性を下げるのか?」
「数は向こうが上な以上、待っていたらネプギアが来るより先に発見される可能性があるわ。ネプギアが身を挺して作ってくれた時間を、わたしは無駄になんてしない」
「ま、確かにそれはそうだな。つか、場所教えたのか?教えてねーなら、そもそも合流自体出来ねぇんじゃねーの?」
「……これが成功すれば、どちらにせよ合流なんて成立しなくなるんだから変わらないわ」
決意の籠った瞳を向けるアルテューヌに対し、クロワールは後頭部で手を組みつつ、気になっていた事を口にする。行き先を伝えていない状態で、どう合流するつもりなのかと問う。この時クロワールは、何か考えがあるのだろうと思って訊いていたが…返ってきた言葉で、半眼と共に確信する。これは、ノープランだったな、と。
「ったく…んで、お前は俺に制御をっつってたが、どうすりゃいいんだ?まさか、自分で考えて頑張れって言うんじゃねぇだろうな?」
「悪いけど、そうしてもらうしかないわ。でも、わたしもやれる限りの事はするから、そこは安心して頂戴」
「あのなぁ…お前、一回冷静になった方がいいぞ?くろめの時もそうだったが、なんでこう女神は自分の計画が崩されると、一回退いて立て直す…って事をしないで、安易にそこから挽回しようとするかねぇ」
「…わたしにはもう、そんな悠長に構えてる余裕はないわ。わたしは取り戻す、今を否定してやり直すって決めたのよ。だから、わたしは……」
「へいへいそうかい。ならやってみろよ。その結果どうなるかは知らねーけどな」
やれやれと呆れたように首を横に振るクロワールだったが、それにアルテューヌは怒る事なく、むしろその指摘を受け入れた上で拳を握る。その手を僅かに震えさせる。それを見たクロワールは、興味ないとばかりに…しかし態度に反してそれ以上の文句をぶつける事はせず、やってみろよとアルテューヌに返す。
その言葉に首肯するアルテューヌ。そしてアルテューヌは浮かぶ結晶…イリゼを封じた結晶体へと触れ、神次元のイストワールへ行った時と同じように、クロワールの本にも触れて目を閉じる。
(まずは、力を引き出す…耐えて頂戴、オリジンハート)
結晶体へ触れた手に、アルテューヌの操るカオスエナジーが渦巻く。それは結晶体へと広がっていき、アルテューヌは意識を集中させる。結晶体越しに包まれるイリゼの様子に変化はなく、今も静かに眠り続けているようにその目を閉じている。故に、アルテューヌに今のイリゼがどれ程耐えられるかなど分からず…しかし、妙な信頼感があった。どう考えても無茶で無謀な策を実行し、満身創痍も満身創痍な状態となりながらも耐え切った彼女なら、これにも耐えてみせるのではないかという、信頼感が。
「……やっぱり、神次元のいーすんと同じようにはいかないわね…だけど、まるで違うって訳でもない…何となくだけど、通じるものはある…!」
「マジか…そうなってくると、ちっとばかし楽しみになるじゃねぇか」
イストワールの、本来の原天界帰の経験が、失敗ではあったものの活きている。そんな風にアルテューヌは言い、可能性を感じさせるその言葉に、ここまではあまりやる気のなかったクロワールも少しばかり意欲を見せる。
(今度こそ、今度こそ成功させてみせる…!だからわたしは、その為にわたしは……!)
感覚を頼りに、アルテューヌは探る。イリゼの力、イリゼの中に存在する力を引き出し、行使してみせるのだと、心の中に気負いを抱く。そして沈黙の末…アルテューヌは、目を開く。
「来た…!クロワール、貴女の番よ…!」
「はいよ、やるだけやってみるさ」
振り向くアルテューヌに、クロワールは首肯。やるだけやってみる、という言葉は嘘ではないようで、ふっ…と真剣な表情となり、クロワールもまた意識を集中させる。
ここからは、クロワールは勿論、アルテューヌにとっても未知の段階。可能性に賭けた、次なる段階。だからこそアルテューヌも、そんな簡単にはいかないだろう、時間も掛かるだろう、それにまだまだ踏まなければいけない段階は多いかもしれないと、楽観視はせず考えていた。だが……
「…っと、これは…ん、ん…?」
「…クロワール…?どうかしたの…?」
暫くしたところで、クロワールが発した困惑の声。順調に進んでいる場合にはまず出ないようなその声に、何事かとネプテューヌは呼び掛けるが、クロワールからの反応はない。集中しているが故なのか、クロワールには聞こえておらず、そのままクロワールは感じる力を、アルテューヌが引き出した力の制御を試す。
しかしそこからは、何も起こらない。何も起きず、何も変わらないまま、ただ時間だけが過ぎていき……不意に、その瞬間は訪れた。
「あー…これは、あれだ。無理だ」
「なっ……」
ぱっ、と突然脱力し、無理無理と肩を竦めるクロワール。そのあまりにもあっさりとした、いっそさっぱりとすらしている言いように、アルテューヌは一瞬茫然となり…しかしすぐに、言葉を返す。
「無理って…何がどう無理なの?まだわたしの引き出しが足りないって言うの?」
「違ぇよ。もっと単純で、根本的な理由だ。…力の概念も性質も違い過ぎて、俺が制御出来るようなもんじゃねぇって事だ」
「そんな…けど、わたしは……」
「お前も自分で言ったじゃねぇか、『何となく』って。表面的には似た部分があったのかもしれねぇが、中核の部分はそうじゃねぇんだよ。てか、自分でも途中からなんだこりゃ状態なんだよ。つーか、よく考えてみろ。原天界帰の時点で、イストワールならどの次元の存在でも出来るようなもんじゃなくて、信次元のイストワールにしか出来ない芸当だ。その時点で『俺』が制御出来るかっつー話だし、お前が参考にしてる経験も、イリゼと直接関係がある訳じゃねぇ、神次元のイストワールに対するもんだ。そりゃ確かに近いんだろうが…そいつは相対的に見たらであって、絶対的な近さじゃねぇ。だから、俺にゃ判別なんて出来ないが…お前が引き出したと思ってる力も、お前が思っている通りの…擬似的に原天界帰が出来るような力とは限らないんじゃねぇのか?」
難しい、ではなくきっぱり無理と言われた事で、流石にアルテューヌも狼狽するが、だからといって諦める事など出来ず、食い下がる。しかしクロワールも、脱力しつつも真面目な顔で…努力や根性、気力で何とかなるようなものではないと、はっきりと返す。
その言葉に、アルテューヌは言い返せない。本当に近しい、だから本来の原天界帰に近い要領でやれる事なのか、そもそも自分が引き出しているのは本当に時間へ干渉し得る力なのか…そのどちらにも、アルテューヌの中で明確に答えられる部分などなく、反論を用意する事が出来ない。そしてアルテューヌの様子を見て察したのか、クロワールは冷静な声音で更に言う。
「…止めとけよ。出来そうにねーもんに執着したって、時間の無駄になるだけだ。諦められねぇってんなら、せめてネプギアとの合流を優先して、ネプギアに分析してもらってみろ。俺もよくは知らねーが、ネプギアはそういう分析も出来るみたいだしな」
「…ふざけないで頂戴。言った筈よ。この時間は無駄に出来ないって」
「だったら尚更、出来ねーもんに無駄な時間掛けるべきじゃねぇだろ。それに…俺だって言ったよな?いい加減、おもしれーもんを見せろって。折角ここまで協力してやったのに、碌におもしれー事が起きてねぇじゃねぇか。起きてねぇし…お前の考えてる擬似原天界帰は、成功する見込みもほぼ無ければ、仮に成功しても、俺が着いていける確証もねぇ。だから成功しても、そっから凄い事が起きても…俺は見られねーかもしれねぇ。…ふさけるなよ?アルテューヌ。俺の事をただの協力者、利害の一致で手を組んでるだけの相手だと思ってるなら、きちんと対価を払いやがれ。もしそうじゃねぇってなら、女神らしく『仲間』だとでも思ってるなら……尚更俺の期待を、裏切るんじゃねぇ」
窘めるように言うクロワールだったが、アルテューヌはそれをふざけるなと一蹴。だが、その態度が気に食わなかったようで、クロワールはアルテューヌへ近付く。近付き、反論し…それはこちらの台詞だと、静かな声で怒りを示す。今のアルテューヌは利害と情、そのどちらであっても自身を裏切っているのだと、ギロリとアルテューヌを睨め付ける。
この時クロワールは、アルテューヌに釘を刺すつもりだった。状況は違えど、狂っていく計画に執着したくろめを近くで見てきたからこそ、そうならないようにと指摘をしていた。くろめの時は結果的に、彼女の思う「おもしれーもの」を見る事が出来、その他収穫もあったが、どれも想定外の事態が起きた結果であり、偶々自分にとって好都合な流れになっただけだからこそ、このまま口を出さずに力だけ貸す訳にはいかなかった。…つまり、まだクロワールはアルテューヌへの協力をするつもりで言っていたのだが…それを最後まで聞いていたアルテューヌは、口を開く。
「……甘い仕事したんじゃないでしょうねクロワール」
「…オイ…アルテューヌ…お前……」
クロワールも、素直に考えを改めてくれるとは思っていなかった。それでも、釘を刺しておくのとしないのとでは違うだろうと思って言った。されどアルテューヌの反応は、全くの予想外であり…アルテューヌもまた、クロワールへ鋭い視線を浴びせる。
「面白くならなそうだから、自分に都合の良い事が起きそうにないから、わざと手を抜いてるんじゃないかって言ったのよ」
「な訳ねぇだろうがよ。お前、まさか本気で疑ってんのか?本気でそう思って、本気で言ってんのかよ」
「そうよ。だけど、そうじゃないなら安心したわ。やる気がないなら困ったものだけど…ただ力が足りそうにないだけなら、まだ手はあるもの」
「…何を言ってんだ?それは、普通逆だろうが。能力がないんじゃどうしようもないが、やる気がないだけなら手の打ちようは……」
不可解なアルテューヌの言葉に、クロワールが見せる怪訝な顔。何を言っているのか、何を考えているのか、不可解なその言葉の意味を考えようとし…されど次の瞬間、クロワールは気付く。アルテューヌが自身の本にも触れていた手…そこに、結晶体へ触れている手同様、カオスエナジーが漂い始めている事に。
「……ッ!?テメェ、まさか…!」
「安心して、わたしは貴女の力も引き出すだけよ。限界を超えてまでやる気はないし、貴女がやる気を持って臨んでくれるなら、今度こそ可能性はあるわ」
「ざっけんなッ!テメェ、自分の言ってる事が、やってる事が分かってるのかよ!?自分のやりたい事の為に、無理矢理利用しようなんざ、女神の風上にも──」
「そうよ、今のわたしは女神の風上にも置かないのよッ!だって、どうしたって今の信次元が認めているのは、国民や信仰してくれる皆が思っているのは、わたしじゃない『ネプテューヌ』なんだもの!」
流れ込む力、カオスエナジーに目を見開き、クロワールは声を荒げる。心理的、関係性的な意味ではない、物理的に自分を…それも勝手に『利用』しようとするアルテューヌに、いよいよ本気の怒りを見せる。
だがそれに触発されるように、アルテューヌもまた怒号を上げる。怒り…それに悲しみを抱いた瞳で、クロワールを睨む。
「ふざけるなって言葉は、わたしのものよ!わたしは何もかも失った!身体も、立場も、繋がりも、未来も…何もかもわたしのものじゃなくなった!それでも貴女の示した可能性に賭けて、縋って、ここまで来たのよ!だから貴女には本当に感謝しているわ!けど、だけど…気に食わないのよ、貴女は!腹立たしいのよ、貴女の事は!誰の事も、何の事も気にせずに、自分の楽しみの為だけに奪って壊していく貴女の在り方を、何かを楽しむ事すら出来なくなった、何も無くなったわたしが受け入れられるとでも思っているの!?その為に、わたしが応えるとでも思っていたの!?わたしは、わたしは……貴女とは違うのよッ!」
「何だよそれ…そんなの俺の知ったこっちゃねぇよ!別にお前に恩を売ったつもりはねぇ!その恩に報いろとも思っちゃいねぇ!俺の事をお前がどう思おうが、そりゃお前の自由だ!だから…関係ねぇだろうがよ!お前の理屈は、テメェの感情は、この行為の肯定にゃ微塵もならねぇ!とっとと止めやがれッ!でなきゃこっちだって……」
売り言葉に買い言葉。互いの言葉に怒りを刺激された二人はヒートアップし、沸き出す感情をぶつけ合う。ある意味でそれは、両者が初めて感情を剥き出しにして言い合う、互いの腹の内を晒け出す場面となったのだが…それは、長くは続かない。思いが晴れる事も、吐き出し切って吹っ切れる事もなく…一切予想しなかった、出来よう筈もない形で、不意にそれは終わりを告げる。
「……──っ!…ぁ、ぐッ……」
「クロワール…?それに今、何か……」
「く、そっ…なんだ、こりゃ……」
「ちょっと、何を言って…って、え……?」
突如、額を押さえるクロワール。ほぼ同時に、肌に伝わる何かの感覚。これまでとは明らかに違う様子にアルテューヌも多少冷静となり、何事かとクロワールの事を呼ぶ。されど先程のようにまたクロワールには聞こえていないのか、彼女は動揺に満ちた声を漏らし…次の瞬間、アルテューヌも気付く。周りが、周囲の空間が、歪み出している事に。
何が起きているかは分からない。だが原因があるとすれば、それは自分が今行っていた事に他ならない。そう思い、クロワールの本とイリゼの封じられた結晶体の両方から手を離すアルテューヌだったが、離しても空間の歪みは消滅しない。歪みはゆっくりと…しかし確実に、その範囲を広げていく。
どんどんと広がっていく歪み。空間を包むように、飲み込むように拡大する異常。…アルテューヌ達がいる浮島、そこから離れた位置にいるネプギアがこれを視認したのは、このすぐ後の事だった。
今回のパロディ解説
・「心配しないで、自覚はあるよッ!」
とあるシリーズに登場するキャラの一人、垣根帝督の台詞の一つのパロディ。ネプギアであればメルヘン要素も似合いますね。国としてメルヘンが似合いそうなのはルウィーですが。
・「〜〜ここで見過ごせば、その対価〜〜なるかもしれない〜〜」
機動戦士ガンダムSEEDに登場するキャラの一人、ラウ・ル・クルーゼの台詞の一つのパロディ。多分気付かなかった方が殆どだと思います。全然特徴的でもない台詞ですしね。
・「あー…これは、あれだ。無理だ」
明治製菓のアーモンドチョコレートのCMにおける、新垣結衣さんの台詞の一つのパロディ。チョコレートがあればクロワールももう一度頑張ってくれた…って事は流石にないでしょう。
・「……甘い仕事〜〜クロワール」、「…オイ…アルテューヌ…お前……」
ONE PIECEに登場するキャラの一人(二人)、赤犬ことサカズキと黄猿ことボルサリーノのやり取りの一つのパロディ。ここから「悪かったわね、姉妹」…とはなりません、アルテューヌの妹は別にいます。