超次元ゲイムネプテューヌ Origins Unknown   作:シモツキ

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第六十話(最終話) 帰るべき居場所

 嘗て私は、過去を追い求めていた。自分が何者で、どこで何をしていて、誰とどんな関係で、どういう『今』を積み重ねていて、どう『未来』を描こうとしていたのか…それを知りたかった。記憶のない、私の中にある空虚を、埋めたかった。…けれど、それはなかった。私に『過去』はなく、記憶は初めから存在していなかった。それが辛くて、怖くて、悲しくて…皆の存在に、救われた。救われたけどやっぱり、過去への憧れみたいなものはあって…だから今でも、イストワールさんやセイツ、オリゼの存在は大きい。過去の証明である家族の存在は、本当に本当に…私にとって、かけがえがない。

 そんな私とは対照的に、ネプテューヌは過去を求めなかった。過去よりも、今の自分の、皆とのこれからを望んでいた。そんなネプテューヌだったからこそ、今の信次元があると言ってもいい。もしネプテューヌがそうでなかったら、良し悪しは別として…きっと信次元は、違う未来を辿っていた。

 だからもし、逆だったのなら。過去を求めた私と、今や未来に目を向けたネプテューヌが、反対の立場だったのなら…今ここにいるのは、もう一人のネプテューヌ…アルテューヌだったのかもしれない。ネプテューヌが記憶を取り戻し、過去のネプテューヌが失われるような事がなければ…そしてもし、入れ替わるように記憶喪失となって以降のネプテューヌの人格が消えるという事もなく、一つに合わさり過去のネプテューヌも今を受け入れられたのなら、恐らくそうなっていた。──きっと、今のように。今、この時のように。

 

「ふんふんふ〜ん♪コンパ、ハンドミキサーあったよね?」

「あるですよ〜。実は最近、新しいのにしたんです」

「そうなの?あ、ほんとだ。前のより選べるスピードのパターンが増えてる」

 

 棚からコンパが取り出してくれたハンドミキサーを受け取り、ボウルの中の生地へとかける。小気味良い音と共に、生地は高速で掻き混ぜられる。

 

「…イリゼちゃん。ちょっと思ったんですけど、女神様の力があれば、普通の泡立て器でもミキサーと同じ位の勢いで掻き混ぜられたりしないですか?」

「あー…まあ、やろうと思えば出来ると思うよ?けど流石にそれは、力の入れどころが違うっていうか、それ用の便利な機器があって、使う上でのコストもそこまで嵩むって訳じゃなければ、わざわざ女神の力でおりゃー!…ってやるのも…ね?」

 

 ですよね、とコンパは肩を竦め、私達は苦笑し合う。私は生地へと目を戻し、コンパは砂糖やバターの用意を進めてくれる。

 今、私がいるのはコンパのアパート。私とコンパは、ケーキを作っている最中で、耳を澄ませば……いや、耳を澄まさなくても聞こえてくる。…イストワールさんの、お小言が。

 

「この際だから言わせてもらいますが、ネプテューヌさんは何事においてもやりっ放しなんです。自分の行った仕事は勿論、人に任せた仕事も進捗状況や結果を確認せずそのままにしていますし、ゲームや本も出しっ放し、何かをしていても別のものに興味が移るとそれまでやっていたものは後でいいやとその場に放置。それがミスや見落としに繋がったり、どこにやったか分からなくなったり、周りを困らせたりする場合がある事位は、ネプテューヌさんも分かっていますよね?( ̄^ ̄)」

「むぐぐ……それ、今のわたしに言う…?今の、っていうかこれまでわたしはずっとそれどころじゃ……」

「それはそれ、これはこれです。貴女に言いたい事は、まだまだ沢山あるんですよ?( *`ω´)」

 

 声音だけで伝わってくる、イストワールさんの怒り具合。内容的には完全にアルテューヌ…ネプテューヌの自業自得だけど、つい最近イストワールさんにしっかりがっつりみっちりお説教をされた私としては、同情を禁じ得ない。そしてそんなネプテューヌとイストワールさんのやり取りに対し、アイエフとネプギア、二人がそれぞれに反応をする。

 

「あぁ…そういうところは、記憶関係なく昔からなのね……」

「ま、まあまあいーすんさん。ここはプラネタワーじゃなくてコンパさんのご自宅ですし、叱るのはこの位で……」

「ネプギアさんも、最近は悪い意味で思い切りが良過ぎます。政治でも戦場でも即断即決が求められる場面はありますし、結果から考えれば今回の件におけるネプギアさんの判断と決断は、心から立派だと思っています。ですが、一歩間違えば…いえ、間違いなどなかったとしても、ネプギアさんのした事はあまりにもリスクが……」

「こ、こっちに飛び火してきた…!?うぅ、ごめんなさい…後悔はしていませんが、反省はちゃんとしてます……」

 

 なんとネプギアまで叱られ始め、ネプギアはしょぼんとなる。見なくても、小さくなったネプギアの姿が目に浮かぶ。…イストワールさん、なんか私とセイツへ徹底的にお説教した事で何かタガが外れてない…?

 

(…まあ、でも…イストワールさんからすれば、ずっと思ってた事、やっと言えた事でもあるんだよね、きっと)

 

 完全にとばっちり(非がない訳じゃないけど)なネプギアはともかくとして、ネプテューヌはある意味仕方のない事かもしれない。少なくとも、お小言を言われるだけの理由がネプテューヌにはある…いや、あった訳で……そしてそれを、長い間イストワールさんは言えずにいた。イストワールさんは封印され、その間にネプテューヌは記憶を失ってしまったから…記憶を失った後のネプテューヌは、もう同じネプテューヌであっても同じ『人格』ではないから、言えず終いになってしまっていた。

 それに…同じく記憶喪失以前のネプテューヌを知っているノワール達と違って、イストワールさんは前からネプテューヌと親しい間柄だった…と、思う。だからきっと…伝えたい事は、沢山あるんだ。お小言以外にも、もっともっと。

 

「コンパ、イリゼ、私も何か手伝った方がいい?…あっちはちょっと、居心地が悪くて……」

「あはは…でも、こっちは二人で手が足りてるですよ」

「けど、それじゃアイエフ的には困るよね?んー…使い終わった調理器具を洗うのとかでもいい?」

「えぇ、助かるわ」

 

 苦笑するアイエフに片付けを頼み、私達は調理を続ける。イストワールさんのお小言というBGM(?)を聞きながら二人で進め、焼き、冷やす。そうして冷蔵庫から出して、切り分け…完成する。

 

「皆、お待たせ。私とコンパ謹製のプリンケーキ、完成だよっ」

「……!い、いーすん出来たって…!わざわざ作ってくれたプリンケーキだよ、これを後回しにしたら絶対二人に失礼だと思うな…!」

「…まあ、そうですね。頂くとしましょうか(。-∀-)」

『ほっ……』

 

 二人して安堵の吐息を漏らす、ネプテューヌとネプギア。記憶があろうとなかろうと、やっぱりこの二人は姉妹。そしてイストワールさんを説得しようとするネプテューヌの姿は…もう完全に、アルテューヌ感皆無だった。…やはり強し、イストワールさん…。

 

「わたし、プリンケーキなんて初めてです。ね、食べよ?」

「う、うん。…頂き、ます」

「ふふ、召し上がれです〜」

 

 隣に座るネプギアに誘われる形で、ネプテューヌはフォークを持つ。プリンケーキへと差し、一口分を持ち上げる。その所作を私達が見つめる中、ネプテューヌはぱくりと口にし…目を、輝かせる。

 

「う……うましッ!」

「それは良かった。…ん、途中で味見もしたけど…うん、やっぱり美味しいね」

 

 早速二口目を運ぶネプテューヌを見ながら、私も食べる。私としても、プリンのぷるぷる感とケーキのふわふわ感を両立出来ているこのプリンケーキは中々の出来栄え。そして今回、作るお菓子として『プリン』ケーキを選んだ理由は…言うまでもないよね。

 

「ほんと、二人がお菓子作りをやったら間違いはないわね。プリン好きのねぷ子としても、これはばっちりの出来でしょ?」

「…うん。これは美味しい、間違いなく美味しい」

「ねぷねぷのお墨付きが貰えたなら、もうこれは百点満点ですねっ」

「だね。プリンに関しては妥協しないネプテューヌが言うんだから…これはまた一つ、私のお菓子ラインナップが増えたって言えるかな」

 

 皆で和気藹々と言葉を交わしながら、プリンを食べる。プリンの事だけじゃなくて、他愛無い話も、雑談も交わす。

 こうしていると、懐かしくなる。まだ初めての旅をしていた頃、色々な事が初めてだったあの頃が。イストワールさんが今の姿になったのは割と後の事だったし、ネプギアが生まれたのは更にその後だけど…そんなのは些細な事。

 そして、だからこそここにいる。だからこそ私達は、ネプテューヌが記憶を失い、記憶を取り戻さない事を選ぶに至るまでの事を思い出すように、振り返るように…コンパの住まうアパートで、今こうして過ごしている。

 

「しかし本当に、イリゼさんはお菓子作りがお上手になりましたね。好きこそものの上手なれ、とは正にこの事です( ´ ▽ ` )」

「同感です。イリゼさんもコンパさんも凄いですし、やっぱり料理が上手な人って憧れちゃうよね」

「…そうでも、ないかな。だってわたしは…食べるの専門だし」

「あはは…だよね。でも食べるのだって極めれば、それは一つの特技になると思うよっ!」

「いや別に、極めるつもりは…ないんだけどなぁ……」

 

 いつものようにネプテューヌを肯定する、とにかくネプテューヌに甘いネプギア。それにネプテューヌは頬を掻き、どうしたものかと若干ネプギアから目を逸らす。

 そんなネプテューヌだけど、その表情は柔らかい。プリンを食べている間は勿論、その前から柔らかで…普段の、私達の知るネプテューヌの様に、快活に、ハイテンションでいる訳じゃない。そうではないけど…今を、この時間を、皆で過ごしている事を、多少なりとも受け入れている…そんな風に、私には見えた。

 

「ところで、これを食べた後はどうするんです?」

「そうね…まあ、別に決めなくてもいいんじゃない?」

「いつもみたいに、のんびりするのも良いと思うですぅ」

「のんびり…それもいいかもしれませんね。先程は流してしまいましたが、コンパさんのお宅に来てまでお説教をするのは他ならぬコンパさんに悪いですし( ̄∇ ̄)」

 

 特に目的なく、のんびりするのも時には良いもの。そう思う私は、皆のやり取りにうんうんと頷き…そこで不意に掛けられる声。

 

「…オリジンハート…貴女は、怒っていないの?」

「え?」

 

 気付けば私を見つめていた目。ネプテューヌの、私を見つめる瞳。…後悔とか、罪悪感とか、そういうものは感じない。そんな単純な言葉じゃ表せないような、静かな感情の籠もる瞳が私を見ていた…私はふぅ、と息を吐く。小さく笑い、肩を竦め…それから、言う。

 

「いや、怒ってるに決まってるでしょ」

 

 流石に、それはそう。幾ら何でも、あれだけの事があって怒っていない訳がない。もしネプテューヌが、本気で私が怒っていないと思っていたなら…それこそ、私を何だと思っているんだと返したい。

 

「私は怒ってるよ。私自身の怪我もそうだけど、ネプテューヌは私の国民まで危険な目に遭わせた。信次元の住民ですらなかった三人まで巻き込んだ。それを私が…女神が怒らないとでも思う?」

「…分かってる。怒って当然だとも、思ってる」

「…でも、私の怒りは私へ向けた怒りでもあるの。結局最後は助けられる身になった、皆に辛い思いをさせてしまったのは、私に力が足りなかったからだから。…それに…過去がどれだけ大切で、どれだけ重いものなのかは…よく、分かってるつもりだよ」

 

 悪いのは勿論ネプテューヌだけど、私はそれで終わらせるつもりなんてない。そしてもう一つ…過去なんて存在しなかった私と、置き去りにされた過去である『ネプテューヌ』は、完全に真逆で…けれど、今や未来と共に、今を歩み、未来へ進む為に、過去もあってほしいと思う気持ちは、一緒だと思う…そう思うから、私は見届けようと決めた。だから今も、ここにいる。

 

「…凄いね、オリジンハートは」

「当然だよ。私は原初の女神の複製体、信次元第五の国家神生オデッセフィアの守護女神、オリジンハートなんだから。…だけどそれは、他の女神の皆だって同じ事。貴女も…ネプテューヌだって、きっと凄いんだよ。きっと…ね」

 

 謙遜はしない。信仰してくれる人達がいる私を、女神の自分を誇るのが、私の在り方。それが、皆の信仰に対する肯定だって思うから。

 そんな私が今の私になれたのは、皆のおかげ。女神の…そして、これまで関わってきた皆との時間が、一つ一つが、今の私の糧になっている。だから私は皆の事を凄いと思っているし…今ここにいるネプテューヌも、道を失い、一度は未来を描けなくなった事で歪んでしまっただけで、本当は、本質はちゃんと『女神』なんだと信じたい。

 

「…………」

 

 私の言葉に、ネプテューヌからの答えはなかった。勿論無視じゃない。答えに迷ってるという感じでもない。ただ、ネプテューヌは私を、皆を静かに見つめていて…そんな中で、私達は呼ばれる。

 

「ねぷねぷ、イリゼちゃん。二人的にはプリンの一番の魅力ってなんだと思うですか?わたしはスプーンで掬った瞬間の、ぷるんっとした感じが可愛いと思うです」

「私としては、ゼリーや羊羹とも少し違う食感、舌触りだと思うのよね。ベール様も前にそういう事を…って、な、何よその視線。やっぱり真っ先に思い出すのはベールの事なんだ、みたいな視線は止めてくれる…!?」

「わたしは見た目の綺麗さも良いと思いますね。種類にもよりますが、カラメルとのコントラストも素敵ですし(´・∀・`)」

「え、えっと…わたしはありふれた食材で作れるお手軽さが……ごめんなさい、嘘です…。ほんとは甘さだと思ってましたけど、何か『甘いのはもう前提だよね』って雰囲気なので捻り出しました…」

「プリンの魅力かぁ…よくお菓子を作る身としては、食材とかトッピングとかで色んなバリエーションを出せる点も良いと思うな。作る相手の好みに合わせたり、今回のプリンケーキみたいに『こんなプリンもあるの?』って驚いてもらえたりするのは嬉しいしさ」

 

 振られたのは、正に雑談、むしろ雑談以外の何物でもないとばかりの話題。仮に結論が出たところで何の毒にも薬にもならない会話で…だけど仲の良い相手と、のんびり過ごす中で話す内容なんて、そんなもの。それが良い…かどうかは分からないけど、それで良い。

 そして、皆の視線はネプテューヌへ向く。恐らくこの中で誰よりもプリンの好きな…ネプギア曰く、速攻でプリンが好きになったという『ネプテューヌ』の答えに、皆が注目し……たっぷりとした沈黙の末、ゆっくりと見回してネプテューヌは言った。

 

「──全部だよ。何がとか、どれが…とかじゃない。一番の要素なんて、女神であっても選ぶ事は出来ない……それが、プリンだよ」

 

 まるで秘められし真実を明かしたかのような、いっそ厳かな程雰囲気のある声。プリンの一番の良さって何だと思う?という軽い話題には不釣り合いにも程がある、気持ちが籠もり過ぎているその答えに、私達は全員が苦笑をし……そうして私は、気が付いた。小さくだけど…ネプテューヌも、笑っていた事に。

 

 

 

 

「これで良し、と。後は……うん、まだ山の様にあるねっ!」

 

 飲み込みきれない気持ちをぶつけるように、声を上げるネプテューヌ。それをわたしは半眼で見つめ…突っ込む。

 

「後はも何も、本当に山の様にあるんだから確認するまでもないでしょ」

「いやそうだけど、そうだけどさぁ……」

 

 仕事机に突っ伏したネプテューヌは、分かってるけども…と口を尖らせる。その様子にわたしは呆れ…はするけど、まあ気持ちも分からない事はない。だって本当に、書類が山の様になっているんだから。そしてネプテューヌは、ただサインしてる訳じゃなくて、ちゃん一つ一つ読んで確認してるんだから。

 

「…これ、ネプテューヌのところに来るまでにもう何人ものチェックが入ってて、多分問題点は修正済みでしょ?勿論女神として、国の長として、雑な仕事なんてしちゃいけないけど…ある程度は『既に皆が確認してる』って前提で見てもいいんじゃない?」

「そうは言っても、セイツだったらちゃんと見るんでしょ?」

「それはそうよ、人に仕事をさせて自分は楽を…なんてしたくないし。…けど、言い方は悪いけど、プラネテューヌの場合はネプテューヌのチェックが甘い前提で回ってる、甘くても大丈夫なようになってる…って思うわよ?」

「い、言ってくれるねセイツ…まあ、否定出来ないっていうか、実際わたしはそうだった訳だけど……」

 

 起案書を始め、何かの許可を得る書類っていうのは下から順に、上司へ、更にその上司へ…という感じで回ってくるもの。だから国のトップである女神のところへ来た時点で、基本的にはもう何重ものチェックが行われてる…って事になる。だから、女神はちゃんと見なくても大丈夫…っていう訳ではないけど、少なくともわたしの場合、「問題なかったから承認」となるのが殆ど。手抜きは駄目だけど、そう気を張る必要もないのが実際のところ。…でも……

 

「…だけど、ちゃんとやるよ。ううん…ちゃんと、やりたいんだ。わたしはわたしらしくいるのが一番…でも、もっといいわたしに、もっと誇れるわたしになりたいから」

「…それが、貴女の答えって訳ね」

「そーゆー事。それに…アルテューヌの事、言い訳にしたくないんだ」

 

 身体を起こして、ネプテューヌは言う。真っ直ぐな瞳で、はっきりと答える。

 ここは、プラネタワーにあるネプテューヌの執務室。イリゼ達が、アルテューヌと行動を共にしている…アルテューヌにネプテューヌが辿ってきた道、歩み作り上げてきたものを感じてもらっている中、ネプテューヌは自らの仕事に向かっている。ネプテューヌなりに、頑張っている。

 

「…変わったわね。いや…それとも変わってないのかしら?」

「…え、どっち?」

「いや、まぁ…今のは言い方が悪かったって自覚してるわ…。えぇと、だから…貴女は元々、一度決めた事へひたむきに突き進む面があった。国民を思う気持ちは、貴女だって強かった。そして今も、根底にある動機は同じ筈。だからそこは変わっていないし…それを自分がどう思うか、どう形にするか、そこからどうしていきたいか…そういうところへの見方とか、そもそも自分自身目を向けてるかどうかみたいな部分は変わっている…って事よ。…そうでしょ?」

「違うよ」

「え、ち、違った?」

「なーんてね。正解者に拍手!よく出来ました!」

「ちょっ…へ、変な嘘吐かないでよね!?」

 

 何故か某クイズバラエティの小僧みたいな事を言って茶化すネプテューヌ。一瞬、本気で見当違いな事を言ってしまったのかと思ったわたしは恥ずかしくなって…うぅ、やっぱり変わってないわねネプテューヌ…!そういうところこそ、改めてくれればいいのに…!

 

「あはは、ごめんごめん。…あ、でも、一個だけさっき言った事訂正してもいい?」

「…訂正?」

「アルテューヌの事を言い訳にしたくないって言ったでしょ?けどこれって、わたしらしくないし…言い訳云々じゃなくて、大騒動があっても大博覧会は大成功!そして示されるわたしの偉大さ!って感じの方が格好良いよね!」

「…ふふっ、大が多過ぎるっての」

「大丈夫!大事な部分はちゃんと言ってるから!」

「うん、流石にちょっとしつこい」

「あ、それはごめん」

 

 胸を張るネプテューヌに、思わず笑みが溢れる。しつこいと突っ込みはしたけど、やる気に満ち溢れる…それが伝わってくる今のネプテューヌの心は、とっても素敵。それに、女神としても今のネプテューヌには応援したいと思えるものがあって…だから、初めはちょっと様子を見に来ただけのつもりだったわたしは、座り直す。

 

「ここまで書類が雑多な状態だと、目を通すだけでも大変でしょ?種類ごと纏め直して、確認し易いしようにしてあげるから、頑張りなさい」

「え?い、いいよそんなの。これは…っていうか大博覧会はプラネテューヌの事業だし、セイツに手伝ってもらうのは……」

「わたしが手伝うのはただの書類整理よ。それとも整理じゃなくて、今のネプテューヌの前向きな気持ちを愛でててほしい?」

「ねぷっ!?気持ち悪っ!やだセイツ…!」

「そんなあからさまに嫌がる程なの!?」

 

 心のダメージと引き換えに納得させたわたしは、早速整理に取り掛かる。ネプテューヌもやる気を入れ直すようにぺちぺちと頬を叩いて、議案書を丁寧に見ていく。

 わたしは向こうには…アルテューヌの方にはいかない。向こうにわたしは必要ないし…ネプテューヌも、同じ事。だけどわたし達はわたし達で、やれる事がある。アルテューヌに勝利し、守った未来。そこに向けて…わたし達はまた一つ、積み上げ積み重ねていく。

 

 

 

 

 ノワール、ベール、ブラン…三人から始まった、アルテューヌに信次元の今を、これまでを、自分達の事を知って感じてもらう為の日々は、一日一日と進んでいった。アルテューヌには、色んなものを見て、聞いて、触れてもらった。特別な何かを行ったり、用意したりなんて事はしていない。特別な何かじゃなくて、今となっては『当たり前』になった事を、私達は伝えていった。

 それを、アルテューヌがどう思っているかは分からない。ただ…一度たりとも、アルテューヌが拒否する事はなかった。不満や困惑を見せる事はあっても…否定する事は、一度もなかった。

 

「今の私達の事、今の信次元と今を生きる人達の事、記憶を失ってからのネプテューヌの歩み…ここまで伝えた事、覚えてないなんて言わせないわよ?」

「言わないよ、別に。そんな事、言う気もないし」

「そ。だったら今日は……」

「待った。…もう、いいよ。もう、十分だから」

 

 言葉を遮り、アルテューヌは十分だと言う。その返しに、ノワールは目を見開き…それからむすっとした表情に変わる。

 

「もういいって何よ。いいかどうかを決めるのは貴女じゃ……」

「違うよ。そうじゃなくて──分かったから。ここは、今あるのは、わたしが望んだ…わたしが願った信次元じゃない。だけど…楽しかったから。凄く…楽しかったから」

 

 その言葉に、ノワールは…ううん、皆が静まり返る。プラネタワーに集まった女神の皆が、アルテューヌを見つめて…アルテューヌは続ける。更に、言う。

 

「分かるよ、分からない筈がない。貴女達が手を取り合って…支え合った教え合って、同じ思いを抱いて進んで来たから、今がある事は。当たり前みたいに、普通にプラネテューヌ以外の国に行く事だって、わたしが…ネプテューヌがわたしのままで、皆と戦い続けていたら、どんな結果になっても実現する事はなかっただろうし……わたしは皆と、友達にもなれなかった。こんぱに、あいちゃんに…色んな人達に、出会う事もきっと出来なかった。だから、分かる。もう一人のわたしが…貴女が、記憶を取り戻さない選択をした事も。…失いたくないよ、こんな温かい繋がりを」

「…アルテューヌ……」

 

 振り向き、アルテューヌはネプテューヌを見つめる。真っ直ぐに、ネプテューヌの瞳を見据える。

 きっとそれは…この答えは、ノワール達が望んだもの。改心させようなんて事は、多分思っていない。ただ、ノワール達はアルテューヌに分かってほしくて…確かにそれは、ネプテューヌと皆の歩みは、伝わっていた。ネプテューヌを見つめるアルテューヌの事を、ネプギアは嬉しそうに見つめていた。

 

「…だから、一つお願いがあるの。三人に…貴女達に、どうしても頼みたい事がある」

 

 和解、出来るのかもしれない。一瞬私はそう思って…そんな中で、ネプテューヌは言った。頼みがあると、真剣な声で。真摯な眼差しで。

 それに、三人は頷く。何も言わず、首肯で返す。そして…私達は、天界へ向かう。

 

「…で、天界まで来た訳ですけども……」

「ここで一体、何をしたいの?まさか、ピクニックしたいとかではないでしょう?」

 

 少し振りにやってきた天界。同行するのは、女神全員と、イストワールさんと、マジェコンヌと、ウィード君。少し歩いたところでベールとブランが問えば、先程の三人の様に、アルテューヌは無言で頷く。けど、止まる事なくそのまま先導するように歩いていく。

 

「どこか、行きたいところがあるのかしら」

「みたいだね…どこなのかは見当も付かないけど……」

 

 後ろの方を歩く私とセイツは、二人で軽く会話を交わす。ついでに心配してくれるセイツに、私は大丈夫だと返す。確かにまだ完治はしてない…けど、日常生活には支障ないし、それなりの距離歩き続けてもなんて事ない。戦闘だって、万全とは言えずとも、一通りは行える…と思う。…またイストワールさんに叱られるからやらないけど。普通に皆にも止められると思うけど。

 とまあ、そんな事も考えながら私は皆と共に歩いていった。暫く私達は歩き続け…本当にアルテューヌはどこへ行きたいのか。そういう雰囲気が漂い始めた辺りで、不意にアルテューヌは足を止める。

 

『……!ここは……』

 

 アルテューヌが足を止めたのは、かなり広い浮島の上。直後、ノワール、ベール、ブランの三人は驚きの声を上げ…数秒後、私も気付く。ここが、どこなのかを。

 

「…そっか、ここって……」

「ここは、何かあるのかい?」

「ある、じゃなくてあった、かな…。…ここは、四人が最後に戦っていた場所。アルテューヌがネプテューヌだった、最後の場所。…だったよね?」

 

 尋ねてきたくろめへ、私は返す。随分と前、マジェコンヌとの決戦の為に天界へ来た時に、私もその事を知った。そして私の言葉に、アルテューヌは首肯する。

 

「…つまり、貴女にとっては因縁の地…って訳ね」

「因縁…そうだね。思い出の場所なんて言い方はしたくないし、そういうのが一番合ってるかも」

 

 腕を組みながらセイツが言い、それもアルテューヌは肯定。これで、どこに行きたいかは分かった。後はここで何をしたいかだけど…まさか、一目見ておきたかったなんて事じゃない筈。だったら何故来たかったのか、来てどうしたいのか…前向きな理由が思い付かない中、皆もアルテューヌに注目する中、アルテューヌは前触れなく女神化する。

 ここはアルテューヌにとって、因縁の…忌々しいとすら言えるであろう場所。そこでアルテューヌが女神化した事で、一気に私達へと緊張感が走り……

 

「…ブラックハート。グリーンハート。ホワイトハート。わたしと…戦って頂戴」

 

 そして、アルテューヌは言う。戦ってほしいと…嘗てこの場で戦っていた、三人に頼む。

 

「…理由を訊いても、宜しくて?」

「戦いたいからよ。貴女達にとって守護女神戦争(ハード戦争)は、既に過去の事でしょうけど…わたしにとっては、そうじゃない。わたしの守護女神戦争(ハード戦争)は、まだ終わっていない。だから、どんな形であれ…わたしはちゃんと、決着を付けたいの」

 

 言葉から、表情から伝わる、アルテューヌの真剣さ。悪意は感じない。敵意は感じない。思えばアルテューヌがノワール達へと向ける視線には、いつの間にか刺々しさがなくなっていた。仲良くこそしないものの…もう三人の事を、敵だとは思っていないようだった。

 それでも尚、アルテューヌは求める。戦う事を、決着を…なし崩し的にではなく、自らの手で終わらせる事を。

 そのアルテューヌの言葉に、ノワール達は沈黙する。長い間、黙って…それから、誰からともなく女神化をする。三人別れ、ゆっくりと歩いていき……振り向く。

 

「…ありがとう、とは言わないわ」

「ああ。感謝されるような事でもねぇよ」

 

 静かに、再び緊張感が高まっていく。四人の目付きは、臨戦態勢に…女神のそれに変わっていく。そうして四人は武器を構え…けれどそこで、声が上がる。

 

「待って下さい!戦うなんて、そんな…それは、今は……っ!」

「…ネプギア……」

 

 否定の声を上げたのはネプギア。必死そうなその声に、アルテューヌは振り向き、少しだけ悲しそうな顔をして…そんなネプギアを、私が止める。首を横に振り、手で制す。

 

「見届けてあげよう、ネプギア。…アルテューヌ自身が、望む事なんだから」

「でも……」

「ネプギア。…わたしからも、お願い」

 

 渋るネプギアに、ネプテューヌも言う。アルテューヌの頼みを、果たしたい思いを、他でもないネプテューヌが肯定する。そして私達の制止に、ネプギアはやり切れない思いを表情へと滲ませ…だけど、それ以上は何も言わなかった。

 アルテューヌは、私とネプテューヌへ視線を送ってくる。私はそれに、何か言う事も頷く事もせず、ただ見返し…アルテューヌは、三人へと向き直る。そして、始まる。もう終わった筈の、終わっていた守護女神戦争(ハード戦争)の…最後の勝負が、幕を上げる。

 

「はぁああああぁぁッ!」

「……っ」

 

 声を上げ、地面を蹴ってアルテューヌは突進。翼を広げ、ノワールに突っ込む。振り上げた大太刀で袈裟懸けを放ち…ノワールはそれを、大剣で受け止める。受け止め、斬り結び…数秒のせめぎ合いを経て、ノワールはアルテューヌを弾き返す。

 

「…軽い、な……」

「…はい。今のは、アタシにも分かります」

「俺にも、分かる…俺が戦った時は、もっと……」

 

 大太刀ごと押し返されたアルテューヌは、大きく跳んで着地する。そこから立て直し、構え直す…けど、そこでうずめとユニ、ウィード君が呟く。

 確かに、アルテューヌの打ち込みは軽かった。アルテューヌは突進からの斬撃を放ったのに、ノワールはその場で受け止め、逆に弾き返していた。着地からの立て直しにも、一瞬の間が…着地の衝撃を堪える時間があるように見えた。…女神なら、即座に跳ね除け立て直せるような衝撃で。

 

「ふッ…でぇいッ!」

 

 再び飛んだアルテューヌは、もう一度ノワールに突撃…すると見せかけて、急旋回からベールへ接近。横薙ぎ、刺突、斬り上げと、連続攻撃をベールに仕掛ける。

 それをベールは細やかなステップと、大槍の柄を使った受け流しで凌ぐ。アルテューヌの連撃を全て捌いて、斬撃を大槍で逸らすと共に蹴りで反撃。咄嗟にアルテューヌは大太刀から左腕を離し、その腕で防御し…よろけている内に、ベールは跳躍。アルテューヌが動けるようになった時にはもう、次の攻防への態勢が整っていて…その構えに、隙はない。

 

「……ッ、まだよ…!」

 

 三度地面を蹴ったアルテューヌは急上昇。空中で後方宙返りを掛け、そこから急降下。ブラン目掛けて、その降下の勢いを乗せて大太刀を振り出す。

 迫るアルテューヌを見上げ、地面を踏み締めるブラン。そこからブランは戦斧を振り上げ…跳ね飛ばす。斬撃諸共、戦斧の軌道のままにアルテューヌを自身の後方へ飛ばす。

 

「…やっぱり…やっぱり、もう……」

 

 そこからもアルテューヌは仕掛ける。仕掛け続け、三人に返される。本気の、全力の面持ちでアルテューヌは攻め…三人は、静かにそれを防ぎ、弾く。

 零れるのは、辛そうなネプギアの声。…最早、誰の目にも明らかだった。一目瞭然だった。──もうアルテューヌに、まともに戦うだけの力はない事は。満足に戦う事はおろか、『戦い』の体を成す事すら厳しいんだって事は。

 そして、それはある事を意味している。これまでは感じさせなかった…けれど初めから分かっていた、そう遠くない事は確実だった…避けようのない、事実を。これからの、真実を。

 

「はぁ…はぁ…く……ッ!」

「…もう、終わりかしら?」

 

 消耗を隠せないアルテューヌと、まだ消費した様子を殆ど見せない三人。未だアルテューヌは闘志を失う事なく、構えも解いてはいないけど…アルテューヌからの、次の攻撃はない。

 

「流石はネプテューヌ。その状態でも、技術には衰えなし…と言ったところですわね。けれど……」

「終わりだったなら、こっちの番だ。…本気で、全力で…全身全霊で、いかせてもらうぞッ!」

 

 気合いの籠もった声と共に始まる反撃。ここまでのアルテューヌの攻撃とは比べ物にならない、速く、重く、強い攻撃が放たれる。三人の守護女神の攻撃が、アルテューヌを襲う。

 次々と迫る攻撃に対し、アルテューヌは防御態勢を整え受ける。…けれどやっぱり、防ぎきれない。反撃に移れないのは勿論の事、防御自体も幾度となく崩される。重い一撃は何とか凌いでいるようだけど、細かい攻撃はもう何度も受けてしまっている。

 

「…ねぇ、ラムちゃん…」

「うん…ボコボコにされてるのに、かっこわるくない…」

 

 あまりに一方的な攻撃。間違いなく一対一でも今のアルテューヌには太刀打ち出来ないというのに、一対三…それもノワール達は連携して仕掛けている訳だから、本当に戦いにならない。誇張なく、ただただアルテューヌは袋叩きに遭っているだけ。

 でも、だけど、ロムちゃんとラムちゃんの感じた通り…アルテューヌは、無様ではなかった。やられながらも、技術や経験を駆使してダメージを抑えている…なんて事を抜きにしても、今のアルテューヌには目を離せないものがあった。

 気付けば私は、女神化をしていた。皆も女神の姿になっていた。女神の…本来の姿で、戦いを見ていた。

 

「やるじゃない、ネプテューヌ!だけど、これで終わりよ。ううん…これで終わらせるッ!私の、私達の…守護女神戦争(ハード戦争)をッ!」

「そうね…これで、最後よッ!ブラックハート、グリーンハート、ホワイトハート──勝負ッ!」

 

 声が、思いが、ぶつかり合う。三人は飛ぶ。アルテューヌは翼を広げ、両の脚で地面を踏み締める。

 突き出される大槍。打ち付けられる戦斧。そして振り抜かれる大剣。一つ一つが必殺の、渾身の、きっと今の三人が出せる最大最高の一撃が放たれ……駆け抜けた三人と、一歩たりともその場から下がらなかったアルテューヌの背中が、背中同士で向かい合う。沈黙の中、静寂の中、数秒の時が流れ──アルテューヌは、倒れる。

 

「……ッッ!」

 

 もう堪えきれない。そう言わんばかりに、ネプギアが飛び出す。既に勝負は、決着は付いた。だから私もネプテューヌも止めず、私達もまた同じようにアルテューヌの方へと向かう。

 

「ロムちゃん、ラムちゃん、手伝って!三人で治癒を……」

「無駄よ、ネプギア……」

「そんな事ないよ!まだ、まだ……っ!」

 

 言うが早いか、ネプギアは手をかざす。けれどその手を、アルテューヌが止める。ネプギアは首を横に振って、そんな事はないと返し…でも、その後が続かない。…きっと、分かっているから。アルテューヌの、言う通りだって。

 確かに、三人で治癒すれば、怪我は何とかなると思う。だけどそうじゃない。もっと根本的な、根源的な部分で…もう、アルテューヌは限界を迎えていた。戦闘自体、恐らくは残り僅かな力を振り絞っていたようなもの。その最後の力を注ぎ込み…アルテューヌは、負けた。本当の決戦は…守護女神戦争(ハード戦争)は…終わった。

 

「…あぁ…負けたのね、わたしは……」

「…そうだな。けど、強かった。お前は本当に強かったよ、ネプテューヌ」

「勝ったとはいえ、わたくし達は三人がかり。それが、事実ですわ」

「だから、誇りなさい。貴女は私が…私達が三人がかりで倒す事を選ばせた女神なんだから」

「…そう、ね…ふふ、悪いけど…もう貴女達に、一対一で勝つチャンスはあげないわ…。わたしも、結局最後は負けちゃったんだから…貴女達も、これからずっとこの結果を背負う事ね…」

 

 小さく笑うアルテューヌの顔に、清々しさはない。だけど、満足そうではあった。たとえ結果が敗北でも、ちゃんと自らの手で、今度こそ自分自身で終わらせる事が出来た…それは負けた事以上の意味があるんだと、そんな風に私には見えた。

 勿論、アルテューヌは三人がかりを求めた訳じゃない。そうしない選択肢も、三人にはあった。けど三人共、それを選んだ。三人で、三人がかりで戦う事を決めた。それは、もう終わりの近いアルテューヌにせめて…という感情があったのかもしれない。決着は、嘗ての続き…三人で協働してアルテューヌを落としたあの時の続きであるべきだと思ったのかもしれない。三人は何も語らないから、分からない。分からないけど…きっとそれは、不要なんだ。今それを語る必要は…きっと、ない。

 

「…貴女達には、迷惑を掛けたわね…立派じゃない、女神候補生…大したものだわ、先輩達…貴方も、凄かったわ……」

 

 そうしてアルテューヌが紡ぐのは、謝罪と称賛。ユニ、ロムちゃん、ラムちゃん、うずめ、くろめ、ウィード君…一人ずつ見て、言葉を紡ぐ。皆、何も言わない。言わずに…アルテューヌを、見つめ返す。

 

「二人には、迷惑どころじゃない事をしてしまったわね…申し訳、なかったわ…」

「…もう、いいわ。貴女もまた、『女神』だって事…最後にちゃんと、見せてもらったから」

「私も、見届けさせてもらった。それに、貴女には分からないだろうけど…私には、感謝している事もある。…出来ればちゃんと、友達になりたかったよ」

 

 私とセイツにも、アルテューヌは声を掛ける。許しはしない。しないけど…最後まで見届けたアルテューヌの在り方を、私は忘れない。一連の事が起こるまでは、殆ど何も知らなかったアルテューヌの事。だけどもう、知っている。だからもう…私の歩みの中に、アルテューヌも在る。

 

「…すまない。私が……」

「謝る事はないわ…敵を策謀に嵌めるのは、当然の事でしょう…?…だけど…もし、申し訳ないと思うのなら…もう、道を誤らないで頂戴…わたしの、皆の信次元を壊そうとする事は…絶対に、許さないわ…」

 

 謝罪を制したアルテューヌは、マジェコンヌへ頼む。勿論だと、マジェコンヌは深く頷く。…本当に、アルテューヌからはマジェコンヌへの恨みや怒りを感じなかった。きっと…だからこそ、頼んだんだ。過去ではなく、未来の事を。

 

「…いーすん…結局貴女には、支えられてばっかりで、恩返しなんて全然出来なかったわね……」

「そんな事、ありません…ありませんよ、ネプテューヌさん…!貴女もわたしが…『イストワール』が側で見続けてきた、偉大な女神の一人です…!」

「…そう言ってもらえると、嬉しいわ…。それに…お説教も、聞けて良かった…」

 

 ふるふると首を横に振るイストワールさんに、アルテューヌは笑う。また会えて良かった、話せて良かった…アルテューヌの顔には、そんな思いが浮かんでいた。

 

「それと…クロワールには、感謝を伝えておいて頂戴…。わたしは好きじゃなかったけど…貴女が切っ掛けをくれたから、わたしはここまで来られた…って。…巻き込んじゃった人達にも、謝罪を……それから、こんぱやあいちゃん、皆には楽しかったって…そう、伝えて頂戴……」

 

 少しずつ、アルテューヌの声は小さくなっていく。その声からも、力が抜けていく。それでもアルテューヌは、言葉を紡ぐ事を止めず…ネプギアを、見上げる。

 

「…また、泣いているの…?所詮わたしは、貴女の知るネプテューヌじゃないのに…貴女のお姉ちゃんは、わたしじゃないのに……」

「違う、違うよ…!そんなの……ッ!」

「全く…まあでも、楽しかったわ…貴女との、姉妹ごっこは……」

「……っ…!…うん、わたしも…わたしも楽しかったよ──お姉ちゃん…っ!」

 

 意地の悪い、嘲笑うような表情を浮かべるアルテューヌ。…だけど、ネプギアは笑う。その目に涙を溜めながらも、笑って返す。そして次の瞬間、アルテューヌの肩は震え…表情が、歪む。

 

「…なんで、そうなるのよ…今のが皮肉だって事位…分かる、でしょう…?」

「だって…本当に、楽しかったから…!お姉ちゃんとの時間は、お姉ちゃんといる時と同じように楽しくて…お姉ちゃんの笑顔は、ちょっぴりでも心に触れられた事は、嬉しかったから…!お姉ちゃんは、そう思っていないのかもしれない…それでもわたしにとっては、貴女もお姉ちゃんなんだよ、お姉ちゃん…!」

「……っ、ぅ…ああ、そっか…そう、よね…。…ネプギアは…そういう子、だものね……」

 

 ぽろぽろと涙を流しながら、ネプギアはアルテューヌの肩を抱く。そんなネプギアに、アルテューヌの表情からは意地の悪さが全て消えて…ゆっくりと持ち上げられた手が、ネプギアの頬に触れる。その手が…震える。

 

「…駄目ね…戦って、もうやり切ったつもりでいたのに…ネプギアを見ていると、惜しくなってくるわ…まだ皆と…貴女と一緒にいたいって、そう思ってしまうなんて…情けない、姉ね……」

「そんな事ないよ…ッ!お姉ちゃんもずっと、わたしの憧れの…格好良い、お姉ちゃんだから…ッ!」

「ネプギア…。…本当に、情けないわ…もっと早く、この気持ちに向き合っていたら…この思いを、受け入れていれば…違う未来も、あったかもしれないのに……」

 

 優しく頬を撫でるアルテューヌは、声も顔付きも、穏やかだった。ネプギアの言う…ネプギアの姉、ネプテューヌだった。そして、アルテューヌに後悔が…無念が滲み…ずっと黙っていたネプテューヌが、声を吐き出す。

 

「…駄目よ…やっぱり駄目よ、こんなの…ッ!いーすん、わたしに記憶を戻して頂戴!そうすれば、もしかしたら……」

「──ふざけるんじゃ、ないわよ」

 

 記憶の復活。下界に落ちた事、落とされた事が発端ならば、記憶を取り戻さなかった事が、最大の分岐点。アルテューヌという存在が生まれた理由であり…嘗ての『ネプテューヌ』が、失われた理由。

 それを戻してほしいと、復活させてほしいと、ネプテューヌは言う。イストワールさんに頼む。これじゃ駄目だって。このまま終わらせたくはないって。……けど、それをアルテューヌが否定する。他でもないアルテューヌ自身が…怒りを孕んだ声で、言葉で押し留める。

 

「……ッ、どうして…!」

「この期に及んで、まだ貴女はわたしから奪うつもり…?わたしは何もかも奪われた、失った。女神としての思いだけは、無くさないでいられたけど…それだって、貴女の中にはある。だから……この怒りだけは、奪われたって事だけは、わたしのものよ。わたしだけのものよ。仮にそれで、わたしと貴女が一つになるとしても…なるのだとしたら、尚更…これを、わたしは貴女なんかに渡したくない」

 

 弱くなる一方だったアルテューヌの声に戻った覇気。渡さない、もう奪わせないという、固い意思。揺るがない決意。その言葉に、思いに、ネプテューヌは圧倒されて、何も言えなくなって……代わるようにして、アルテューヌが言う。

 

「…だけどわたしは、守れない…国民も、プラネテューヌも、大事なものを…もう何も、守護女神として守る事が出来ない…。…だから…代わりに貴女が、守りなさい。わたしから全てを奪ったんだもの…ならせめて、守ってみなさい。わたしから奪った全てを懸けて…守り抜きなさい、パープルハート」

「…勿論、よ…守るわ、守ってみせるわ…!でもそれは、後悔とか、罪悪感とか、貴女への償いとか…そういう事じゃ、ない…わたしの意思で、わたしの思いで、ネプテューヌの…女神パープルハートの在り方として、守り続けてみせる…!」

「…ふっ…貴女もわたしだけあって、そこは弁えているのね…。なら、もう一つ…ネプギアに、わたしの妹に、悲しみの涙を流させたら…絶対に、許さないわ」

 

 真っ直ぐ見つめるアルテューヌを、ネプテューヌが真っ直ぐ見つめ返す。ネプテューヌは誓う、宣言する。そして二人は…元は一人だった二人のネプテューヌは、頷き合う。

 

「…あぁでも…そんな事言っておきながら、今はわたしが…ネプギアに、悲しみの涙を流させちゃってるわね…ほんと、駄目なお姉ちゃんだわ…ごめんなさいね、ネプギア……」

「…何、言ってるのお姉ちゃん…わたし、泣いてなんかいないよ…?ほら、こんなに…こんなにっ、笑顔…なんだから…っ!」

 

 気付けば消えつつある、光の粒子に…シェアエナジーの光になって消えていく、アルテューヌの身体。

 手の甲で目元を拭い、ネプギアは笑う。精一杯、笑ってみせる。そんなネプギアの目尻に残った涙を、アルテューヌは指先で掬い…アルテューヌもまた、微笑む。

 

「…ありがとう、ネプギア…。側にいてくれて、支えてくれて、同じ時間を過ごしてくれて……短い間だったけど、わたしの妹になってくれて。…幸せ、だったわ…わたしはわたしを、自分の未来を取り戻せなかったけど…貴女のお姉ちゃんになれただけでも…意味は、あったわ…」

「わたしこそ、わたしこそありがとうお姉ちゃん…!わたしも幸せだった…!もう一人のお姉ちゃんに出会えて…本当に、良かった…っ!」

「じゃあ…最後に、お願い…いいかしら……?」

「最後なんて…ッ!……ううん…いいよ…なぁに、お姉ちゃん…」

 

 最後なんて言わないで。…そう、伝えたかったんだと思う。だけどネプギアはその思いを飲み込み、問う。最後の願いを…訊く。

 

「わたしの事を、忘れないで…わたしを、わたしもいたんだって事を、覚えていて…そうすれば、わたしは貴女の中に残り続ける…なくなったりなんて、しない…」

「…勿論だよ…忘れないよ、覚えているよ。だって…わたしはお姉ちゃんの事、大好きだからっ」

 

 交わす笑顔。交わし合う、姉妹の笑顔。崩れるように落ちていくアルテューヌの手をネプギアは握り、思いと思いで繋がり合う。お姉ちゃんという言葉で、大好きという言葉で、アルテューヌも満面の笑みを浮かべて……

 

 

 

 

「嗚呼、良かった…ネプギアに、皆に出会えて…ネプテューヌで在れて、本当に良かった…。……だから、これからも、皆が…信次元が、最高のハッピーエンドを迎え続けられる事を…願っているわ…」

 

 

 

 

 

 

──そして、アルテューヌは…もう一人のネプテューヌは、消えていった。最後に願いを…未来への、思いを残して。

 

「…ぅ、ぁ…あ…ぁぁああああああああああぁっ!お姉ちゃんっ、お姉ちゃぁああああああんっ!!」

 

 掴んでいた手が、抱いていた身体が消え、声も聞こえなくなり…最後の光が、一筋が天に昇っていった瞬間、ネプギアの慟哭が響いた。涙が、嗚咽が、止め処なく溢れていった。泣いて、泣いて、泣いて……涙が枯れるまで、泣き続けた。

 

 

 されど、ネプギアは立ち上がる。涙が枯れ果てた末に…拭って、立ち上がる。

 

「…ネプギア……」

「…大丈夫だよ、お姉ちゃん。辛いけど、悲しいけど、苦しいけど…このまま座り込んだままなんて、お姉ちゃんは望まないから。わたしが見せたいのは、こんな姿じゃないから」

 

 その言葉通り、まだネプギアは元気だとは言えない。それでも立っている。歩いている。抱えて、背負って、心に残して…進もうとしている。ネプテューヌの、妹として。

 

「だから…帰ろう。皆で守った…これからもわたし達で守り続ける、わたし達の居場所に」

「…ええ、そうね」

「うん、そうしようか。これからも、やりたい事と、やるべき事が…私達には、沢山あるもんね」

 

 ネプテューヌは頷く。私も頷く。皆で頷き…帰る。皆の待つ、私達の守る…誰かじゃなくて、皆で未来を描いていく、私達の居場所に。

 

 そうして、また一つ戦いが終わった。過去の選択が生み出した、選んだ未来が呼び起こした、一つの戦いが。未来は奪われる事なく、今が過去に上書きされる事なく…今も、過去も、未来も、守る事が出来た。出会いも、別れも、喜びも、悲しみも、希望も、絶望も……全部引っくるめて、ここまで来た。辿り着いた。

 だからこそ、進み続ける。歩み続ける。信次元は、私達は──皆で、一緒に。




今回のパロディ解説

・「〜〜うましッ!」
お笑い芸人、オードリーの春日俊彰さん又はペナルティのヒデこと中川秀樹さんのギャグの一つの事。しかし食べた際の感想として言うのであれば、ギャグと評するのは微妙になるかもしれません。

・「違うよ」、「〜〜正解者に拍手!よく出来ました!」、某クイズバラエティの小僧
平成教育委員会シリーズのマスコットキャラクター、勉強小僧及びその台詞の一つ(二つ)の事。小僧でもなければ勉強好きとはとても思えない、そんなネプテューヌとは対極のキャラですね。

・「ねぷっ!?〜〜やだセイツ…!」
DRAGON BALLの主人公の一人、孫悟空の台詞の一つのパロディ。実際に使えそうなタイミングはあまりないですが、ネット上では割と有名な台詞の一つかな、と思います。

・「〜〜楽しかったわ…貴女との、姉妹ごっこは……」
遊戯王ZEXALシリーズに登場するキャラの一人、ベクターの代名詞的な台詞のパロディ。ただ勿論、直後の台詞からも分かる通り、アルテューヌは嘲笑う為に言った訳ではございません。




 タイトルの通り、本作もこれにて最終話となります。しかしこれまでのOriginsシリーズと同様、エピローグ及びあとがきや設定集等もまだありますので、もう少し本作にお付き合い下さい。
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